旅と鉄道(03関東)

2026年4月12日 (日)

お散歩日記 ~「JR中央線・中野駅南口」2026春~

今回は、オラの地元について語ろう

昨年末に入院した関係で、ここ最近はJR中央線(東京メトロ東西線)の「中野(なかの)」駅周辺を歩く事が多い。

まぁ、子供の頃から通学や通勤等で歩き回っているので、特に何とも思ってはいないが、ちょいと街の光景に変化が現れたので、記録用に撮ってみた
なので、昔の記憶や写真も混ぜて、お話ししよう

まずは、「中央線」と言うと、関東の方ならこの電車を想像する事でしょう。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1001
(2007年4月1日撮影)
オレンジの矢ぁぁぁぁ~~~~~~っ

銀色車体にオレンジの帯が特徴の、中央線快速電車だ。

写真は19年前の物なので、色々と懐かしい物が写り込んでいるねぇ~
2026年の現在は、この真上に駅ビルを建築中で、間もなく完成する。
なので、この見えているホームの雰囲気も激変した。

さてさて。

中野駅の場所って、関東の方なら大抵は知っているのだけど、地方の方だと全く判らないよねぇ~。
少し前まではコンサートやライブで、今では「サブカルチャーの街」として有名だ。
ここ数年で「世界的な観光地」と化してしまって、今や外国人のほうが中野駅の場所を知っているかもぉ~(笑)

では、中野駅がどこにあるのかと言うと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1002
(2026年のグーグルマップより)
の位置ね

…東京駅
…新宿駅
…中野駅
…JR中央線
…東京メトロ東西線

東京都庁がある「新宿(しんじゅく)」駅()から、快速電車(オレンジ色)だと1駅・約5分で到着する便利な場所だ
各駅停車(黄色)でも、3駅・約9分で到着する。

東京(とうきょう)」駅()からだと、快速電車()で5駅・約19分だ。

ちなみに、東京メトロ東西線()の「大手町(おおてまち)」駅は、東京駅の真横にある。
地下なのでみんな気付いていないが、実はかなり近い。
中野駅から大手町駅までは、8駅・約21分で到着する。

なので、混んだ中央線快速電車で東京駅まで行くよりも、空いている東西線(地下は全て各駅停車)で通勤した方が快適なのだ
(東西線は半分以上が中野駅始発なので、かなりの確率で座れる

地図を見るとお判り頂けるが、中央線は新宿駅に寄るのと皇居を避ける為に、S字状に大きく蛇行している。
東西線は皇居の北側を直線に近い形でショートカットしているので、各駅停車でも早いのだ

では、本題に。

中野駅周辺は現在大規模再開発中で、駅も同時にリニューアル工事が進められている。

北口は、中野区役所もあって「中野の玄関」なので、かなりの広範囲で工事が行われている。

駅は、ホーム直上に駅ビルを造って店舗が入るのと、駅ビル内に新たに改札口を造って、パンク状態の現改札口の混雑を緩和させる予定だ。
再開発が進んで大学(3校)と企業が移転して来たのと、外国人にサブカルの街として知れ渡ってしまったので、観光客でごった返しているのだ。
特に、ホームから北口の商店街を抜けるまでは、混み過ぎて歩くのにかなりイラッとする
通勤で毎日使うには、ちょっとストレスが大きいよねぇ…

南口は、つい最近に駅の横に大きなビルが完成したのだが、周囲は一般的な商店が多いので混雑はしていない。
なので、外国人観光客はかなり少ない。
北口と南口で全く違う光景が見られる。

中野区って、中央線を境に北と南で生活圏(と生活文化)がきれいに分かれていて、お互いに行き来して混ざり合う事はあまり無い。
一般的に、買い物や娯楽等では、南に住む人は早稲田通りまでしか行かず、北に住む人は大久保通りまでしか行かない。

…という訳で、北側に住むオラは、南口には生まれて以来それほど来てはいないのだ
丸井本店以外には、まず用事が無い…

そんな南口も、駅前ロータリーのリニューアル工事が進んで来たので、病院に通院した「ついで」に、わざわざ行って撮ってみた(笑)

どん!
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東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1003
(2026年2月14日撮影)
新旧混ざってるぅぅぅ~~~~~~っ

新しく出来た物と、これから取り壊される物が、両方写っている。

オラが今立っている場所が、最近出来た「住友不動産中野駅前ビル」だ。

このビルが出来たおかげで、南口の雰囲気が一気にグレードアップした。
バス停の屋根も、新しくてきれいだ

…もはや中野じゃないみたい(笑)

沿線の「吉祥寺(きちじょうじ)」駅には全然敵わないが、「荻窪(おぎくぼ)」駅には近付けたか…な
高円寺(こうえんじ)」と「阿佐ヶ谷(あさがや)」は越したと思う。(笑)
西荻窪(にしおぎくぼ)」は…(以下略)

昔の中野って、新宿と吉祥寺に挟まれた場所なので若者が通過してしまって降りて来ず、駅の規模の割にはいまいちパッとしない街だったんだよねぇ…
本当に「地域住民だけの街」という感じだった。

写真の中央に見えるのが中野駅の南口駅舎で、そのすぐ左後ろに見える白い建物が、間もなく完成する駅ビルだ。
その後ろの黒いビルはNTTで、通信用にも使われている。
その更に左後ろにチラっと見える白いビルが、大学(明治と帝京平成と早稲田)とキリンビール本社等があるエリアだ。
元々は警察大学(大昔は陸軍中野学校)があった場所で、移転した跡地を開発したという訳。
この一帯が完成したと同時に若者が激増して、中野駅の改札口がパンクした

駅舎の右後ろに見える白いビルが、かの有名な「中野サンプラザ」だ。

今まで50年に亘って、数々のコンサートやライブや演劇等が開催された。
聖地」と思っている人も多く、人気は高い
オラの成人式は、ここだった。
(中野区民はサンプラザよ

サンプラザは解体される予定だったのだが、費用の高騰で中断している。
解体する」にも「リニューアルして再利用する」にも高額の費用が掛かるそうで…。
現在は、区役所も含めて協議中。
まだしばらくは、この三角形のお姿を見られそうだ
追記:2030年度に解体開始で、2034年度に新複合施設が完成予定となった)

この場所から、少し左を見てみると…
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東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1004
(2026年2月14日撮影)
屋根が伸びてきたぁぁ~~~~~~っ

バス停の屋根が、伸びてきているねぇ~。

昔は、小さな屋根と大きな木が並んでいるだけだったんだけどね。

ちなみに、このバスロータリーも拡張されていて、以前よりもだいぶ広くなった。
この住友不動産中野駅前ビルが出来る前は、中央に横向きで停まっているバスの位置がロータリーの端っこだった。
バス手前の「バス専用」と書かれている部分が、以前のバス停の位置ね。

駅前再開発の進展に伴ってバス停の位置も度々変更され、今ではどこから乗れば良いかパッと判らなくなってしまった…
昔の感覚だと「関東バスは北口、京王バスは南口」だったのだが、今では行先の方向に合わせて分けられている。
駅前だけでなく、北口は早稲田通りまでの途中のバス停やバスルートも変更されているので、昔の知識は一切通用しない…。
(駐輪場もそう。改札からかなり離れてしまった…)

余談だが、この写真には京王バスの歴代の塗装が3種類も写っている。

偶然にしては出来過ぎてない!?(笑)

中央の横向きのバス(白と紺)が現在の塗装で、奥の横向きのクリーム色のがその前の塗装。
そして、左端の奥に進もうとしているクリーム色のが、更にその前の塗装。
オラは、この塗装は辛うじて記憶に残っている。
奥の前塗装のは、しょっちゅう乗っていた
今見ると、昔の都電の色に近いよねぇ~。

この写真に写っているロータリー周りのビル達は、昔と変わっていない。

奥の白いビルが「丸井本店」で、2011年に建て替えられた。
左奥のビルは2012年に出来た「中野ツインマークタワー」というマンションだ。
このマンションの位置に、昔の丸井本店の別館(B館)があった。
B館の屋上でフライドポテトを買って、中野駅の電車を見ながら遊んでいたよ

写真手前のバス停の屋根の位置には、昔はビルが建っていて、そこに入っていたフィットネスクラブ「ティップネス(TIPNESS)」に通っていた。
最上階にプールとジャグジーがあり、そこから見た景色がこれに近かった。
(ティップネスは、今はこのビルに入っている)

もうちょっと左を見てみると…
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東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1005
(2026年2月14日撮影)
ビルばっかりぃぃぃぃ~~~~~~っ

…何か、ビルが増えたよね。

駅前再開発を見越してか、マンションが増えた感じだ。

これらのビルの裏側に「大久保通り」が通っている。
大久保通りも拡幅等の工事中で、その関係でか、道路沿いの建物が次々とビルに改築されているようだ。
昔は狭くて、中野駅に入る交差点で渋滞していたよねぇ…
バスがいつもそこで足止めを食らってしまい、途中で降りて歩いて行った方が早い時も多かった。
現在の交差点はかなり広々としていて、だいぶスッキリとした感じだ
(昔は大久保通りが1車線しか無かったので、新宿方面から中野駅(中野通り)への右折は、バス以外は出来なかった。拡幅で解消)

ちなみに、写真奥の駅前の道(中野通り)を左に1Km程行くと、青梅街道との交差点部分に東京メトロ丸の内線の「新中野(しんなかの)」駅がある。
新中野駅周辺は江戸時代からある古い街なので、かなりレトロな雰囲気がある。
駅周辺の「鍋屋横丁(なべやよこちょう)」という名前からして、江戸臭いでしょ。(笑)
(中野区民は「なべよこ」と略して呼んでいる)

ここから後ろに振り返って、中野駅のホームを見てみよう。

ほれほれ。
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東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1006
(2026年2月14日撮影)
時代の推移ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

目の前に見えるホームは1番線で、各駅停車(黄色い電車)用だ。
主に「三鷹(みたか)」行きの列車が発着する。
2番線は、中野始発の千葉方面行きが発車する。
(今ホームに停まっている列車がそうね)

このアングルで見るのは初めてかもぉ~

以前は小さな商業ビルだったので、客として中に入らなければ見られない光景だった。
ちなみに、現在の「住友不動産中野駅前ビル」が建てられる前は、古い団地だった。
(かなりの面積があった)

この1番線のホームの屋根って、右から左へ行くにつれて、どんどん新しくなっている。
正面の部分がいちばん古く、オラがお子様の頃から変わっていないと思う。
(恐らく開業当時からのホーム部分ではないかと思う)
その左側が、現在の中野駅では標準的なスタイルの物だ。
そして、更に左に行くと、駅ビルの下に潜ったので、全くの新しい屋根(…と言うか天井)に変わっている。

ホームの手前にもう2本線路があるでしょ。

これは、隣接する車庫から伸びている物で、車庫内で入れ替えをしたり、三鷹方面にある引き上げ線に列車を移動させる時等に使う。

昔、各駅停車の車両を新しくする時に、同じタイプの山手線の列車(205系初期車)を持って来て試運転(運転士の習熟運転)をしていて、ここに黄緑色の山手線が停まっていてビックリした記憶がある。

では、ついでに車庫もご覧いただこう。

ほれほれほれ。
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東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1007
(2010年8月7日撮影)
中野の歴史そのものぉぉぉ~~~~っ

1921年(大正10年)からあり、JRの中でも由緒ある車庫だ。
現代の中野の歴史は、この車庫と共にある」と言っても過言ではない。

昔は「中野電車区」と言って、車両の配置もあった独立した車庫だったのだが、今では三鷹駅にある大きな車庫の補完的な存在になっている。
面積も縮小され、この写真を撮っている場所も以前は車庫だったのだが、今はホームセンター「島忠(しまちゅう)」が建っている。
この島忠の屋上からは、中野の街も新宿高層ビル群も見えるので、撮影には好適な場所だ

このくらいの角度から見る中野サンプラザが、いちばん特徴がハッキリ見えて良い

余談だが、中央線快速にグリーン車が連結される前までは、オレンジ色の快速用電車も早朝と深夜は「各駅停車」として走っていた。

これね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1008
(2007年6月23日に阿佐ヶ谷駅で撮影)
速そうな各停ぃぃぃぃ~~~~~~っ

中野駅の一番列車(各停)は上下ともオレンジ色の列車だったので、中野の車庫に毎晩2本停まっていた。
なので、黄色い列車の中にオレンジ色の列車が「お邪魔しますぅ~」といった感じで停まっているのが面白かった。
(その逆が武蔵小金井電車区で、黄色い列車が2本停まっていた)

では、最後にちょいとレアな写真をご覧いただいて、おしまいにしよう。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都中野区「JR中央線・中野駅南口」2026春-1009
(2007年4月1日撮影)
ビバホリデぇぇぇぇぇ~~~~~~ぃ

中野駅6番線に停車中の「ホリデー快速おくたま・あきがわ号」だ。

土・日・祝の朝と夕方に3~4本ほど運転される行楽用の列車で、歴史は古い。

快速」と名乗っているが、停車駅は「特別快速」の俊足ランナーだ
青梅線内も快速運転で、終点の「奥多摩(おくたま)」駅までの所要時間は、一般の列車に比べたらかなり少ない。

下りの始発は新宿駅だが、上りは東京行きで運転されている。
(昔は新宿行きだった)

グリーン車連結に伴う12両編成化で、この歴史ある「おくたま号(奥多摩行き)」「あきがわ号」も消滅してしまった…
(昔は「御嶽(みたけ)」駅発着の「みたけ号」もあった)
現在のおくたま号は、途中の「青梅(おうめ)」駅止まりだ。

余談だが、ホーム上にある「喫煙所」も懐かしいねぇ~。

この頃から、だんだん喫煙者には厳しい世の中になっていったよね…。
(オラは吸わないけどねぇ~)

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…ふぅ、中野駅南口のお話しだけしようと思っていたら、いつも通りに話しを色々広げてしまったね…

まぁ、こうやって記録して残しておかないと、どんどん忘れ去られてしまうからねぇ~。

今、中野区内の各駅は工事で激変中なので、たくさん記録しておかねばっ

…と言っても「お散歩のついで」にだけどね。

では、またぁ~

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2026年3月 7日 (土)

お散歩日記 ~「世田谷・下北沢駅前:ここはそんなスポットではありません!」2026春~

今回はサックリと

オラの普段のお仕事は、東京都世田谷区の「下北沢(しもきたざわ)」駅を中心とした「北沢地区」と言うエリアで行っている。
なので、下北沢駅はほぼ毎日のように利用している。
(ほとんどが小田急線で、京王井の頭線は時々ね)

…そんなある日、いつも歩いている道端に、オラが知らない「隠れスポット」があるのを発見した

場所は、ここね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1001
駅前の裏っかわぁぁぁ~~~~~~っ

小田急線の「南西口」改札を出て左に曲がった所で、「ダイエー」「ユニクロ」「ダイソー」等が入っているビルの裏側だ。
写真の正面(水色の看板)左側が南西口改札で、右斜め奥がメインの東口改札(駅前広場)ね。

ビルの角にはビル内の店舗の案内板があって、朝はいつもこの横を通り過ぎている。

ある日、ここで立ち止まる用事があった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1002
見慣れない角度ぉぉぉ~~~~~~っ

…そう言えば、普段はこの角度からこの案内板を見ないなぁ~。

帰る時は道の左側をまっすぐ歩くので、右側にあるこの案内板のすぐ横は通らないのだ。
(シモキタの街は、暗黙のルールで「左側通行」になっているのでね

改めて、の~んびりこの案内板を眺めていると…

…おやオラの知らない隠れスポットの案内もあるぞ。

近寄って、アップで見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1003
コンビニぢゃなぁぁぁ~~~~~いっ

パッと見、コンビニの「MINI STOP(ミニストップ)」のように見えるのだが、落ち着いて読んでみると…

YANI SPOT(ヤニスポット)」 

…おいおい、ここはそんなにコンビニエンスなスポット(便利な場所)では無いぞ。

…ここに立ち止まって、ヤニ(たばこ)を吸ってはいけませぇぇぇぇぇーーーーーん!!  

写真の正面奥の数十m先に喫煙所があるので、そこで吸いましょうね

この他にも、シモキタ界隈には紛らわしいスポットがあるので要注意。

これとかね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1004
蹴っ飛ばせぇぇぇぇぇ~~~~~いっ

スーパーの「まいばすけっと(My Basket)」じゃないからね。
(本物のお店は、このすぐ近く(奥左側)にある

これとかもね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1005
服が売ってなぁぁぁぁ~~~~~いっ

下北沢の街には「PARCO(パルコ)」は無いぞ。
服を買いたいなら、駅前の古着屋街に行こう。

更に、これね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区・下北沢駅前「ここはそんなスポットではありません・ヤニスポット」2026春-1006
女子アナもいなぁぁぁ~~~~~いっ

下北沢の街には「フジテレビ」のような、一般家庭に電波を飛ばす施設は無い。

みなさんも、変な情報に惑わされずに、正しい情報を入手してシモキタの街を楽しみましょう

ではではぁ~~~~

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2026年2月28日 (土)

お散歩日記 ~「ここは新宿?台北市内?」2026春~

今回はサックリと

お仕事の、いつもの東京都世田谷区の常駐現場がお休みの日に、別の現場へ飛ばされた。
なので、久々に地下鉄の「新宿三丁目(しんじゅくさんちょうめ)」駅を利用する事に…。

1日目は東京メトロ副都心線に、2日目は都営新宿線に乗った。

両駅の改札は離れているけど、西武新宿線の「西武新宿(せいぶしんじゅく)」駅から乗り換えでやって来る人にとっては、どちらも同じ地下道を通る事になる。

早朝でまだ人の少ない地下道を歩いていると、東京メトロ丸の内線の東側(四ッ谷寄り)の改札付近にやって来た。

ここね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都・新宿三丁目駅「ここは新宿?台北市内?PayPayと台新銀行の広告」2026春-1001
真っ白ぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

天井・壁・床が真っ白でしょ

地下道の(写真で言うと)ここから先は、左半分はデパートの「伊勢丹(ISETAN)」のイメージ(白色系)に、右半分は「丸井(OIOI)」のイメージ(茶色系)にデザインされている。

この地下道も暗黙のルールで「左側通行」なので、いつも行きは伊勢丹側を、帰りは丸井側を歩いている。
(外国人観光客は自国の右側通行の感覚で歩くので、守らない人が多いが…

朝に人のいない真っ白な通路を歩くというのは、何気に気分が良い

いつも通りに歩いていると、最初は気付かなかったのだが、ふと「違和感」を感じた。

壁の広告を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都・新宿三丁目駅「ここは新宿?台北市内?PayPayと台新銀行の広告」2026春-1002
何か微妙に違うぅぅぅ~~~~~~っ

かわいいイラストの広告が3つ並んでいるのだが、よく見ると「ひらがな」がどこにも書いていない。

…あれ日本語じゃないぞ。

立ち止まって、ちゃんと見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都・新宿三丁目駅「ここは新宿?台北市内?PayPayと台新銀行の広告」2026春-1003
たいワン~~~~~~~~~~~~っ

何と、台湾の銀行「台新銀行」の広告だった

…おいおい、ここは東京の新宿だぞ。

この空間だけ、何だか台北(たいぺい)市内の地下道か、台湾の空港の通路にいるようだ。
(伊勢丹は海外にも店舗があるからねぇ~)

オラ、昔は海外旅行に行きまくっていたので、最初は「当たり前の光景」過ぎて気付かなかったよ…。
香港の地下道等では、このような広告はたくさん見掛けるのでね

書いてある内容を見ると、日本のキャッシュレス決済「PayPay(ペイペイ)」とのコラボ企画のようだ。

日本の「PayPay」が使えるお店で台新銀行の「Pay+」を使うと、最高で20.8%のポイントが付くよん」というキャンペーンのようだ。

ポイント還元のキャンペーン期間は「2026年2月3日午前10時から6月30日」までとなっている。

台湾人向けならではの広告の特徴として、「日本時間10:00AM」と書かれている。
(日本と台湾は、1時間の時差があるのでね

他の2つも見てみよう。

2枚目は、これね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都・新宿三丁目駅「ここは新宿?台北市内?PayPayと台新銀行の広告」2026春-1004
おフジぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

こちらは、富士山の写真だねぇ~。

イメージ的に「日本国内の旅行(移動)でも使えるぞ」という感じだ。

3枚目は、こんな感じね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都・新宿三丁目駅「ここは新宿?台北市内?PayPayと台新銀行の広告」2026春-1005
現地っぽいぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

ごく一般的な感じの絵柄で、これがいちばん台湾や東南アジア圏の広告っぽい。

使用している漢字が「繁体字(はんたいじ:日本で言う旧漢字)」なので、ますます東南アジアっぽい

台湾人・香港人・マカオ人・東南アジア等の華僑は、この「繁体字」を使用している。
日本人も、第二次世界大戦頃まで使っていたのと、人名では今でも使用しているので、馴染みが深い。

中国(中華人民共和国)人民・シンガポール人は、中国独自の簡素化した「簡体字(かんたいじ)」を使用するので、広告の文字を見ただけで、どちら向けの物なのかがすぐ判る。

ちなみに、日本で現在使用している漢字は日本独自で簡略化した物(日本字)なので、「同じ意味の漢字が3種類存在する」という事になる。
例えば、日本の「ひろしま」をそれぞれの漢字で書くと、日本は「広島」、繁体字は「廣島」、簡体字は「广岛」となる。
しぶや」は、「渋谷」「澀谷」「涩谷」となる。

中国語を学習する時に「(方言の)何語を選択するか」で文字が変わるので、ちょいと面倒臭くて不便なのだ…
(簡体字が最後に登場したのだから、昔から「日本字と統一すれば良かったんだよ」という意見が多いが、両国間の政治的状況で、敢えて独自路線を進んだようだ)

オラは、香港で使っている「広東(かんとん)」を最初に勉強したので、繁体字はモウマンタイ(無問題)
(「モウマンタイ」って広東語だよ 本当は「冇問題」と書く)

何だか、今や新宿(…と言うか東京都心部)が「外国人の街」になってしまった感があるけど、バブル期は世界のあちこちに日本語だけの広告があったのだから「おあいこ」でしょ

まぁ、これだけ「多くの台湾人が観光に来ている」という証拠でもある

みなさんも、都会の街角で「今どきの異国情緒」を感じてみるのもいかがでしょう…か(笑)

ではではぁ~~~~

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2025年9月 6日 (土)

お散歩日記 ~「いよいよお別れ。世田谷区・北沢ビル」2025秋~

今回はサックリと。

2025年も相変わらず、お仕事で東京都世田谷区の「下北沢(しもきたざわ)」駅一帯をうろうろしている。
もう、5年間は歩き回っているのではなかろうか

シモキタの街は「歩いた事が無い道は無い」と言えるくらい、どんなに細い裏道も歩いた事がある。
なので、すでに見慣れた光景もあれば、移りゆく光景もある。

下北沢の駅周辺は、現在再開発中で、古い建物がどんどん壊されて新しいビルへと生まれ変わっている。
特に、地元民念願の駅前ロータリーを新設中なので、その道路部分となる家や店舗は、かなりの部分が無くなっている。
(下北沢駅前は狭過ぎて、一般車が気軽に入って停車する事が出来ないのだ)

そんな中、再開発とは直接関係の無い場所の建物が「そろそろ解体される」と知り、記念に…と写真を撮ってみた。
9月13日に、写真と文章を追加したよん

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1001
るいふぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

かなり古い建物でしょ

この建物は「北沢ビル」と言う3階建てのアパートで、1階が店舗で2・3階が住居として建てられた。
現在は、1階は飲食店で2・3階が古着屋となっている。

北沢ビルの場所は、ここね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1002
(2025年のグーグルマップより)
の位置ね

…北沢ビル
…小田急線の改札口
…京王井の頭線の改札口
…仮設喫煙所
…「一龍」移転先

中央の改札口から約200m、徒歩2分ほどの距離にある。

ここは商店街のど真ん中で、昼前頃から夜遅くまで、日本の若者と外国人観光客で賑わっている。
特に、ここ数年は外国人の比率が高く、昼過ぎや休日は半分以上が外国人かもしれない…

さてさて。

この北沢ビルの「古さ」が気になるでしょ

ちゃぁ~んとテレビでも紹介されていますよん

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1003
(NHK「ブラタモリ」より)
ふにゃたもにぃぃぃぃ~~~~~~っ

NHK「ブラタモリ」の下北沢の回(第232回:2023年4月22日放送)でも、しっかりと紹介されている。

画面にも書かれているとおり、北沢ビルは昭和37年(1962年)に建てられたそうな。
ちょうど日本の人口が増え始めて、郊外に町が広がっていった時期ですな

今では、下北沢に残っている当時に建てられた物の中では、最も古いビルのようで。
(お屋敷とかは、もっと古いのがあるからねぇ~

この北沢ビルの前を歩いていたら、2階の店舗が空き家になっているのに気付いた。
そして、そこの窓には「近日解体予定」との張り紙が…

…何ですとぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ!?

…あぁ、ついに解体かぁ~。

まぁ、これだけ老朽化していたら、大きな地震が来たらちょいと危険だよね。

どおりで、1階の左端にあったお洒落なカフェが、いつの間にか近くに移転してしまった訳だ
その時は気付かなかったねぇ…

では、建物の外観をご覧いただこう。

側面は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1004
らくがけなぁぁぁぁぁ~~~~~いっ

壁には落書きだらけで、もうこれ以上落書けない状態だ。(笑)

2階には外階段の真ん中から、3階には建物の裏側に回って中に入るようだ。

2階のドアの上に3階のドアがあるんだけどぉ…
今開けたら危険だよね
昔は、どういう構造になっていたのだろう

建物の裏側は、この時は通勤の途中だったので撮影しなかったけど、後日改めて撮ってみた。
(早朝だから、人が写っていないでしょ

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1005
ごっちゃごちゃぁぁぁ~~~~~~っ

…まるでスラム街の建物のようだ。

落書きが無ければ、普通の下町にある建物っぽいんだけどねぇ~。

北沢ビルは、写真の右手前に写っている細い建物とセットになっているようで、入り口は共用だ。

2・3階の元住居部分は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1006
意外とシンプルぅぅぅ~~~~~~っ

窓枠は後年の改造で違いがあるが、基本のデザインは「あっさりシンプル」な物だったのが感じ取れる。
屋上には出られるような感じだねぇ~。
きっと、昔の「物干し台」的な存在だろうねぇ…

2階の大きな窓には、きれいな古着が飾られていたのだが、今では「立入禁止危険」の張り紙が…

夜通し飲みまくって早朝から酔っぱらって歩いている若者が多いので、この部屋に忍び込んでしまう可能性もあるからねぇ~。
(特に、終電逃した連中が…ね)

2階のいちばん右端の壁には「北沢ビル」と書かれた立体的な看板があるのだが、お店(NAN STATION)の看板で隠れちゃったねぇ…
まぁ、すでに朽ち果てて「北沢ヒ」しか残っていないけどぉ~

1階の店舗部分は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1007
結構賑わってるぅぅぅ~~~~~~っ

もうすぐ解体するとは思えないほど、お客さんの出入りは多い。

いちばん右側の「NAN STATION(ナン・ステーション)」は比較的新しいが、他の3店舗(洋食屋・ラーメン屋・カフェ)は結構昔からある。

中でも、中央のラーメン屋さん「一龍(いちりゅう)」は、オラの常駐現場の職人さん達にも人気で、現場が近くにある時にはいつも通っている。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1008
真っ赤な龍ぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

中華そば専門店」と書かれているとおり、メニューは「中華麺・チャーシュー麺・メンマ麺・にんにく麺・もやし麺・ワンタン麺・冷やし中華つけ麺・ギョーザ・ビール」しかない

仲良しな職人さん曰く「あっさり・シンプルな、クセの無い味」との事。
いつも食後に現場に戻って来ると「今日も美味しゅうございました」と、ご満悦顔だ

店先に丸椅子が並んでいるのを見ても、待ち客が出来るくらいの人気店だという事が判る。

そんな人気な一龍にも、ついに店先に張り紙が…

お客様へお知らせ 当店は九月十五日をもちまして一時閉店させて頂きます 尚、移転先につきましては後日お知らせいたします 一龍
…と書かれていた。

…おっ、完全閉店じゃなくて「移転」するのね

これなら、あの職人さんも安心だ(笑)

この日記を書いているのが2025年9月6日なので、一龍は残り9日間の営業となるね。

食べておきたい方はお早めにぃぃぃぃ~~~~っ

余談だが、一龍の看板のデザインは、「」がお箸になっていて「」の裾がどんぶりになっている。
そして、そのどんぶりからお箸で持ち上げた麺をよぉ~く観ると、ひらがなで「いちりゅう」と書かれている。
かなり秀逸なデザインだ

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2025年9月21日追記

一龍の移転先が決まりました

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1011
いざ鎌倉ぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ

現在地からすぐ近くの、鎌倉通り沿い(マサキビル1F)に移転との事。(地図の
京王井の頭線の踏切(西口改札)の近くだね

良かった、良かった

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…まぁ、こんな感じで北沢ビルの「最後の姿」を記録してみた。

解体開始は、早ければ9月末くらいにか…なと思うんだけど、まだ告知はされていない。

…と思ったら、建物の裏側の入口に解体のお知らせが張ってあった。(上から5枚目の写真ね)
工期は「令和7年10月1日から令和7年12月26日まで」となっていた。

写真に残しておきたい方は、お早めに

あと、下北沢駅前の「ピーコック」「三省堂書店」「みずほ銀行」等が入っていたビルも、先日から解体が始まった。

今は防護壁に囲まれて、建物全体の姿は見る事が出来ない。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1009
シモキタのシンボルがぁぁ~~~~っ

駅への出入口(階段)の真ん前に建っていて、目の前(今のロータリー部分)にあった戦後のバラック商店街(闇市の名残)との対照が特徴的だったのだが…

こちらは、駅前再開発の関連だろうか
きれいで大きなビルが建つんだろうね

まだ駅前ロータリーのアプローチ道路(茶沢通りの交番横から入る道)も土地の買収が終わっていないので、中途半端な状態。
立派なロータリーは出来たのだが、道路が無いから物理的に車が入れないので、周囲は全てフェンスで囲まれている。
完成はいつの事やら…

商店街の中にも一般車(納品車)用のロータリーを同時に造っているのだが、こちらも同じ理由でまだ更地状態。
ついに一部は「喫煙コーナー」として整備されてしまった
吉野家横浜銀行のビル)の隣ね(地図の))

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区下北沢駅前「いよいよお別れ。北沢ビル」2025秋-1010
本気の仮設ぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

仮設」とは言え、かなりしっかりしたコンクリート造りなので、10年近くは使えるぞ、これ。(笑)

これらの道路新設部分以外は手を付けないので、今までの「シモキタ」のゴチャゴチャした雰囲気は維持されると思う。

昔、JR中野(なかの)」駅北口右側にある、レトロでゴチャゴチャした商店街を「きれいに再開発しよう」という声が上がったが、反対多数で断念した経緯がある。
その結果、今では外国人観光客がこぞってやって来て飲みまくっている「一大観光地」と化した。
新宿大ガード横の「思い出横丁」や、吉祥寺の「ハモニカ横丁」と同じ感じね

なので、シモキタもこのまま残しておいた方が「観光資源」としてはかなり有効だと思われるぅ~と、オラは信じている。(笑)

果たして、北沢ビルはどんな姿に生まれ変わるんだろう

外観は全く一緒で、中の設備が最新だったりして

では、またぁ~~~~

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2025年7月13日 (日)

探検日記 ~「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏~

オラが長年に亘って疑問に思っていた事が、解決出来る日が来た

それは、全くの偶然からであった。

実際に判明したのは2024年5月なのだが、日記にする気力が無くなっていたので、1年以上も放置してしまった次第…。
なので、日記の写真は2024年5月当時の物であ~る

では、スタート

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いつもの東京都世田谷区での仕事が無い前日、会社の本部から「明日は東京都多摩市の現場に行ってくれぇ~い」と指示メールが来た。

…多摩市かよぉ~、遠いなぁ~。

東京(とうきょう)」駅が東京都の東の端っことすれば、多摩市は西の端っこに近い。
(東京都は、東西に細長い形をしている。「ペンギンが西向きに寝っ転がっている」感じね
神奈川県とはお隣に接していて、山梨県もそう遠くはない。

…仕方ない、行くとしますか。

通勤ルートを検索すると、『京王線「聖蹟桜ヶ丘(せいせきさくらがおか)」駅からバスに乗れ』という結果が出た。

えぇ~、聖蹟まで行くのかよぉ~。
(東京の人間は「聖蹟」と略して呼んでいる)

…そう言えば。

聖蹟桜ヶ丘の「聖蹟」って、何だ!?

昔から疑問に思っていたんだよなぁ…
恐らく「聖なる遺蹟(史蹟)」だろう…というのは想像出来るのだが。

お子様の頃は、「インターネット」なんてぇ~近未来システムは存在していなかったので、「検索」は出来ずに「詮索」もしくは「探索」するしかなかった。
ちゃんと調べようとしたら、都内の図書館や歴史資料館まで行かなければならなかったので、面倒なので調べなかった次第。

…ま、いっか(笑)

明日の仕事とは関係無いしぃ~

…じゃ、おやすみんみぃ~~~ん

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…で、翌朝。

いつもどおりに西武新宿線で「西武新宿(せいぶしんじゅく)」駅まで行き、京王線の「新宿(しんじゅく)」駅まで徒歩でテコテコ移動。
いつもは、京王線の手前にある小田急線の改札に向かうのだが、今日は京王線だ

京王線の新宿駅は、駅構内の全ての構造が破綻していて、乗降客の動線が交差しまくっていて歩きにくくて終日ゴチャゴチャしているので、なるべく利用しないようにしている。
最近は、行きは小田急線に乗り、帰りは京王線の駅のほうが現場から近い時だけ乗って帰って来る…というパターンで利用している。

今日は久々に朝から京王線に乗るぞ。
しかも「大移動」だ

めったに乗らない特急に乗り込む。
(オラが普段利用している駅たちは、新宿発だと各駅停車しか停まらないのでね)

…おっ、今日は座れたぞ

京王線は日本でトップレベルの混雑路線なので、特急列車で座れるチャンスはあまり無い。
(逆に、各駅停車は結構空いている)

では、出発進行!!

特急列車は、武蔵野台地を西へとひた走る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1001
(2016年12月に桜上水駅で撮影)
ピンクと紺色ぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

京王線の車両は、濃いピンクと紺色の帯が特徴だ。

この写真は各駅停車だけど、特急だと思ってね

余談だが、この写真の「桜上水(さくらじょうすい)」駅は、踏切とホームの端が接しているので、踏切の歩道上から撮ると、このようにホームから線路上に降りて撮っているようなアングルになる。
各駅停車の追い越しと、この構造のせいもあり、ここの踏切はラッシュ時は開かないので有名
(ただいま高架化工事中

新宿駅から30分ちょっと乗ったかな…特急列車は聖蹟桜ヶ丘駅に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1002
(2024年5月撮影)
大都会ぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

聖蹟桜ヶ丘駅は多摩川に接した街にあり、この辺の一大拠点となっている。
なので、昔から利用客が多い。
多摩ニュータウン(下の地図の一帯ね)に鉄道が無かった時代は、ここが最寄り駅だった)

最初に就職した建設会社で、この近くの現場の設計を担当した事があったので、周辺の地理は理解している。
でも、ビルがたくさん建って大都会になってしまったので、雰囲気はまるで違っている…

電車からいそいそと降りて、改札近くのバス停に移動。

初めて乗るバス路線なので、急いで移動する。
(本数も少ないし、発車まであまり時間が無いのでね)

やった無事にバスに乗れたぞ

仲間も同じバスに乗り込んで来て、バスは発車した。
(今日は2人でお仕事ね

さて、聖蹟桜ヶ丘駅がどこにあるのか、詳細をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1003
(2024年のグーグルマップより)
の位置だよん

…東京駅
…新宿駅
…京王線
…立川駅
…聖蹟桜ヶ丘駅
…都立桜ヶ丘公園(旧聖蹟記念館)
…多摩センター駅

今日のお仕事の現場は、の桜ヶ丘公園の周辺で「街路樹の剪定をする」との事。
なので、ちょっとずつ移動しながらのお仕事だ。

桜ヶ丘公園付近を、アップで見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1004
(2024年のグーグルマップより)
ほぼ中間~~~~~~~~~~~~っ

京王本線()よりも、京王相模原線や小田急多摩線の駅の方が近いねぇ…
帰りはどの駅でもいいや

この辺は、昔に友達と毎週のようにドライブしていたエリアなので、結構懐かしい

我々は、の右斜め上にある137と書かれた辺りでバスを下車した。
ここが今日の集合場所だ。

周りは全てゴルフ場で、「桜ヶ丘」の名前の通りに丘の上にある。
地図の41と書かれた辺りからは、ずっと上り坂だ。

…歩いて来なくて良かった。

緑に囲まれて環境は抜群なのだが、この都道137号線は地元のバイパス道らしく、バスも含めて交通量がかなりある。
ここでずっと「片側交互通行」の交通整理を仲間としていた。

…日陰も無いし、疲れたよ。

お昼になったら、職人さんに「近くに大きな公園があるから、そこで1時間休憩ね」と言われて、車で公園()まで連れて行ってもらった。

入り口には、こんな看板が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1005
(2024年5月撮影)
桜の丘ぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ

…なるほど、ここが「桜ヶ丘」(桜の丘)なのね

さらに、「桜ヶ丘公園」の下には気になる文字が…

旧聖蹟記念館

…もしかして、ここが「聖蹟桜ヶ丘」の駅名の由来になった場所!?

おっしゃお昼休憩ついでに探検ぢゃ~~~~っ

この看板から、左に視線を移すと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1006
(2024年5月撮影)
いかにも多摩ぁぁぁぁ~~~~~~っ

The 多摩丘陵」というような、典型的な多摩丘陵の光景が広がっていた。

奥に見える建物群が、聖蹟桜ヶ丘駅方面の町ね。
その奥には、奥多摩の山々が見える。

…結構登って来たんだねぇ~。

さて、進もう。

ここから左に進んで行くと、公園の中心部がある。
トイレもそこにあるらしいので、行ってみよう

木々の中を歩いている途中で、左側を見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1007
(2024年5月撮影)
高尾山かぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ

まるで「高尾山(たかおさん)」のような…いや、それ以上鬱蒼とした緑の斜面が広がっている。

」と言うよりも、もはや「」に近い。
(歩いている道はちょうど尾根筋のようで、道の両側が下り斜面になっている)

見晴らしが良い場所にベンチがあったので、ここで仲間とお昼ご飯を食べた。
でも、暑いので日陰に隠れて…ね

食べ終わったら、いよいよ探検タイムだ

奥に進んでみよう。

すぐ近くに、小さな看板があった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1008
(2024年5月撮影)
なるほどねぇぇぇぇぇ~~~~~~っ

ちょっとした解説が書いてあるぞ。

桜ヶ丘公園一帯はもともと自然の豊かなところです。そのため、明治天皇が兎狩(うさぎがり)に訪れ、地元の人々も雑木林や草花を大切にしてきました。

…だそうな。

…これは「明治天皇」に関係あるな

先に進んでみよう。

少し歩くと、トイレの先に変わった建物があるのが見えてきた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1009
(2024年5月撮影)
黄色くて丸いぃぃぃぃ~~~~~~っ

…何か気になる建物だぞ

平日のお昼時なのだが、我々2人の他にも10人ほどがこの建物を観に来ている。
地元の人々か…な

でも、まずはおトイレ様優先で♪ 

…ふぅ、スッキリ

おトイレ様の場所から後ろを振り返って見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1010
(2024年5月撮影)
ほぼ山の中ぁぁぁぁぁ~~~~~~っ

今日は高尾山(御岳山)に来ましたぁ~」と言っても、ごまかせるレベルだ。

正面やや右側の奥から、テコテコ歩いて来たんだよん

では、謎の建物を観に行こう。

1つ上の写真で言うと右側が正面のようで、そちらに回って見てみると…

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1011
(2024年5月撮影)
UFOかぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ

まるで、宇宙から夜中にコッソリと着陸したUFOのような感じの、黄色くて円形の建物が建っていた。

聖蹟」という言葉の響きからして、もっと和風な感じかと思っていたら…結構洋風なのね

…何か「聖蹟」よりも「秘密基地」という感じに近いかもぉ~。(笑)

正面のドアが開いていたので、遠くから覗いてみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1012
(2024年5月撮影)
何かいるぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

中には、彫刻や銅像みたいな物が展示されているようだ。
博物館になっているのか…な

外に解説板が建っていたので、見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1013
(2024年5月撮影)
なるほどねぇぇぇぇぇ~~~~~~っ

…今までの全ての謎が解けたぞ

ここが「旧多摩聖蹟記念館」だそうで、1930年(昭和5年)に建てられたとの事。

天皇が行幸(ぎょうこう)された場所を、全国的に「聖蹟」と呼んでいるそうな。

そして、「聖蹟桜ヶ丘」の駅名は、この建物を基にして名付けられたとの事。

この記念館は、オーストリアでおこったセセッションと、ドイツのユーゲントシュテイルと呼ばれる建築デザインの影響を見ることができる」だそうな。

ゲルマン民族系のデザインなのね

建物の裏側に回って見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1014
(2024年5月撮影)
丸くないぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

こちら側は、円形の建物から直線的な部屋が飛び出ているような感じになっている。

…何か、色からして「丸いスポンジケーキにカステラを添えた」ようなイメージなんですけどぉ~

一周回ったぞ

この丸い建物のすぐ脇に、こんな建物も建っていた。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・多摩市「聖蹟桜ヶ丘の『聖蹟』って何だ?」2025夏-1015
(2024年5月撮影)
おどぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

小さなお堂で、「五賢堂」と書かれている。

グーグルマップのクチコミを見てみると…
明治維新百周年を記念して、1968年に明治天皇ゆかりの場所であるここに建てられた。お堂の中には、明治天皇の立像を囲んで、明治維新に功績のあった五名の志士(西郷隆盛・大久保利通・三条実美・岩倉具視・木戸孝允)のブロンズ製胸像がある
…との事。

…何か、雰囲気からして、こっちの方が「聖蹟」っぽいんですけどぉ~。

これで探検はおしまい。

お仕事に戻るぞぉ~!!

…いやぁ~、「聖蹟」の謎が解けてスッキリしたし、お勉強にもなったぞ

今日一番の成果だ

お仕事の内容(目的)なんて、もはやどうでも良い。(笑)
これだけでも、朝早くから来た甲斐があったぞ

…もう帰ろうよ。(笑)

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この後、お仕事的には小田急多摩線の「はるひ野(はるひの)」駅や京王相模原線の「若葉台(わかばだい)」駅のすぐ近くまで行った。
目の前の林の奥から、両線の列車がガンガン走っている音が聞こえてくる。

今日のお仕事はここで終了っぽいので、ここで解放されれば両駅まで歩いて行ける
1Kmちょっとなので)

でも、職人さん達に「駅まで送っていくよどこがいい」と訊かれたので「2人とも新宿まで行きますので、若葉台でもはるひ野でも大丈夫です」と答えたのに、結局は聖蹟桜ヶ丘駅まで延々と車に乗って送り届けられる結果となった。

…何だよぉ~、すごい時間のロスぢゃん。

職人さん達は北へ帰るので、南側にある両駅にはあまり行きたくなかったご様子。
(…と言うか、南側の道にはそれほど詳しくなかったっぽい)

車に乗っている時間だけで、20~30分は掛っただろうか。

はるひ野駅だったら、あと20分は早く家に着いたね…

まぁ、車内での職人さん達との会話も楽しかったので、「良し」としますか
昔のドライブコースも走ったしねぇ~
(懐かしや

たま(多摩)の遠出も良いものぢゃ

では、またぁ~

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2025年6月 8日 (日)

お散歩日記 ~「2×2は4だよね…? 下北沢」2025春~

今回はサックリと。

普段はお仕事で、東京都世田谷区にある、「下北沢(しもきたざわ)」駅一帯をうろうろしている。

そんな中で、駅前商店街にある、ちょいと変わった看板を発見してしまった…。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「2×2は4だよね…?下北沢」2025春-1001
インド料理ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

バイキング食べ放題」と書かれているが、焼肉屋ではなく、インドカレーのお店である。

東京都内でよく見かける一般的なインドカレー屋さんは、料理の量は決まっていて、ご飯とナンがおかわり自由な所が多い。

これだけでもちょいと変わっているのに、ビル横の看板に書いてある店名を見てみると…

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「2×2は4だよね…?下北沢」2025春-1002
ににんがはちぃぃぃぃ~~~~~~っ

インド料理 ににんがよん」と書いてあるのだが、数式を見ると「2x2=4(ににんがよん)」ではなく「2x2=8(ににんがはち)」になっている。

…う~~~~~~~む。(ーー;)

これはリアルに間違えたのか、それとも「ウチの店は、料理を組み合わせると2倍ではなく4倍も美味しくなるのだっ」という自信の意味が込められているのか…

仕事仲間にも教えてあげたら、全員が「うむむむむ……」という顔になっていた。(笑)

まぁ、何にせよ、一発で覚えてもらえるインパクトのある店名である事には間違いない。

…それを狙っているんでしょうね、きっと。

さすが、数学の国、インド

では、またぁ~

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2024年12月23日 (月)

お散歩日記 ~「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋~

前回「東京23区の街なかの紅葉・中野編2024晩秋」からのつづきーっ!

晩秋と言えば「紅葉」だよね

でも、今年は地球温暖化のせいか、紅葉が少し遅いような気が…

最近は貧乏なので、紅葉の有名な観光地に行く事が出来ないので(外国人観光客が多過ぎるというのもある)、日常歩いている場所で紅葉を楽しんでみた
東京23区内の、ごく普通の街なかにも、隠れた名所があるのだ

…という訳で、今回は「その2」として、東京都世田谷区で観た紅葉をご紹介

今回の場所は、小田急線の「祖師ヶ谷大蔵(そしがやおおくら)」駅の北側だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1001
(2024年のグーグルマップより)
の位置ね

…荒玉水道道路
…祖師谷住宅中央公園
…(旧)そしがや温泉21
…仙川

の下(南)に祖師ヶ谷大蔵駅があり、右(東)には「千歳船橋(ちとせふなばし)」駅があり、左(西)には「成城学園前(せいじょうがくえんまえ)」駅がある。

祖師ヶ谷大蔵駅から南北に向かって商店街が伸びており、今どきにしてはかなり活気のある、楽しい街だ
北に伸びる商店街の中程に、天然温泉の銭湯「そしがや温泉21」(地図の)があったのだけど、2023年3月に設備老朽化により閉店してしまった…

もう何十年も通った銭湯だっただけに、悲しい思いでいっぱいだ…
今は広大な更地になっていて、新たな建築工事が始まっている。
(そしがや温泉21の日記はこちらをクリック

そして、のすぐ上(北)には、有名な「木梨サイクル」がある。
とんねるず」の木梨憲武氏の実家で、店先に父親の作三(さくぞう)氏がいたのを何度も見た。
(以前は、この商店街の北のはずれに住んでいたそうな)

祖師ヶ谷大蔵駅と千歳船橋駅周辺は、今でも畑が残るのどかな近郊都市なのだが、団地がたくさん建っているため、朝の通勤時間帯は大変な混雑となる。
(なので、千代田線直通の準急列車が停まるのだ)

逆に、仙川(せんがわ)の谷を越えると、突然街の雰囲気が変わり、超高級住宅地となる。
地図の左側に区画整理された部分が見えるが、これが俗に言う「成城の豪邸」群だ。

このさらに左側には野川(のがわ)が流れていて、急な崖(国分寺崖線)になっている。
崖を下りると、またのどかな畑のある光景が広がる。

こんな感じね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1002
経済的国境ぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

右に見える高台が崖の上(成城の豪邸群)で、地下に成城学園前駅がある。
この野川のすぐ近く(左側)には「喜多見(きたみ)」駅がある。
奥に、小田急線の巨大なコンクリート橋が見えるでしょ

この野川の右側が「世田谷区成城」で、左側が「世田谷区喜多見」となっている。

町名のブランド力のせいか、右側には超高級な住宅しか建っていない。
僅かに、昭和の木造アパートが見えるが、全て川のすぐ傍にあるだけだ。
高台へ行けば行くほど、家のグレードが上がっている。

逆に、左に行けば行くほど畑が広がっている。(笑)
すぐ先は、もう「狛江市(こまえし)」だ。
(狛江市は日本で2番目に小さな市で、羽田空港の半分もない)

まだここはギリギリ東京23区内なのだが、すでに「多摩」の匂いが漂っている。
まぁ、数キロ先は、神奈川県の川崎市だからねぇ~。

余談だが、地図のの「荒玉水道道路(あらたますいどうどうろ)」は、道路の下に水道管が通っている。
そのためか、どこまで行っても真っ直ぐな直線となっていて、地図で見ると非常に面白い
杉並区の「高円寺(こうえんじ)」から世田谷区の多摩川の土手(狛江市との境目にある浄水場)まで、一直線だ
オラの、昔のサイクリングコースでもあった。

さてさて。

今回も、通勤途中に「あっ今撮っておこう!!」と、慌ててへっぽこスマホで撮ったので、画質が少々霞掛かっているのはご容赦を。(笑)

…これでも、翌朝に撮り直したんだけどね。
(最初に撮ったのは夕方で、全体的に暗かった…)

では、の場所にある「祖師谷住宅」に行こう。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1003
ウルトラなけやきぃぃぃ~~~~~っ

けやきロード祖師谷」と書かれた、昭和チックな商店街がある。
恐らく、この団地が出来た頃からこのままの姿なのだろう…
でも、中の店舗はお洒落に改装されていて、人気のコーヒー屋等もある。

けやきロード」と言うだけあって、見事なケヤキの木がたくさん並んでいる。

ちなみに、右に見える街灯は、ウルトラマンをモチーフにデザインされている。
祖師谷にはウルトラマンの撮影所があった関係で、町全体がウルトラマンで飾られている。

左に見えるのが祖師谷住宅で、この辺では最初期の団地ではなかろう…か
かなり老朽化が進んでいる感じだ。

この団地が出来た当時は、祖師谷はまだ「東京の端っこ」の田舎だったのだろう。
今の感覚で言うと、多摩ニュータウンや八王子市内の団地群に近い感じだろう…

このけやきロードを奥に進むと、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1004
静かで爽やかな朝ぁぁぁぁ~~~~っ

鳥のさえずりと朝日の木漏れ日が、とても美しい

この祖師谷住宅はかなり広大で、見える範囲全てが団地となっている。

今立っている場所が地図ので、ここから左を見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1005
うまい棒ぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

細長いイチョウの木が、公園(祖師谷住宅中央公園)を囲むように並んでいる。

…何か「うまい棒」みたい。(笑)

公園の中に入って見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1006
黄色い壁ぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ

すごいでしょ

黄色い壁(カーテン)が見事だ

朝なのでまだ人もほとんどいないため、ゆっくりと撮影出来た。
(遅刻するぞ)

地図を見ると、このイチョウの木に囲まれた部分が「中央公園」で、隣接する同じような空間は「中央北公園」となっているようだ。
パッと見では、一続きの同じ公園に見えるね。

…で、中央北公園からイチョウの木を見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1007
黄色が燃えているぅぅぅ~~~~~っ

まぶしいくらいの黄色だ

このような、黄色一色の紅葉も良いね

この周辺を歩いていて発見したのだが、この団地もついに建て替えるらしい。
建築計画のお知らせが貼られていた。
何期かに分けて工事するようだ。

すると、このレトロな団地とのコラボも、今年で最後になるかもしれないねぇ…
祖師谷」と言えば、オラ的にはこの団地のイメージだったんだけどねぇ~。

撮っておいて良かったぁ~

最後に、別の場所で1枚撮ってみた。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・世田谷「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編」2024晩秋-1008
昭和全開ぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

見事なまでの「昭和の秋」といった感じだ
(駐車場は今どきだが

ここは、同じ世田谷区の「千歳台(ちとせだい)」の5丁目で、地図で言うとのさらに上(北)にある。
祖師ヶ谷大蔵駅との距離を、さらに進んだくらいの位置にある。

もうこの周辺は畑だらけだ。
でも、畑のすぐ横には巨大な団地やマンションがいくつも建っていて、畑と団地が交互に見えるような、ちょいと変わった光景が広がっている。

以前、この近くでお仕事をした事があり、その時に撮った、1週間に1便しか来ない「千歳台五丁目」のバス停は、すぐ近くにある。
(バス停の日記はこちらをクリック

今回、久々にこの地にやって来たという訳。

このすぐ近くの生活道路も、そしがや温泉21に行く時に何度も通った、オラのサイクリングコースだ

懐かしいねぇ~

…まぁ、こんな感じで、今回も東京都心での紅葉を楽しみましたよ、えぇ。

何も、混雑する観光地に行かなくても、見事な紅葉は近場でも楽しめるのですよ、はい

来年は、カメラ片手にぜひぜひ遊びに来てくださぁ~い

では、またぁ~~~

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2024年12月16日 (月)

お散歩日記 ~「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋~

晩秋と言えば「紅葉」だよね

でも、今年は地球温暖化のせいか、紅葉が少し遅いような気が…

最近は貧乏なので、紅葉の有名な観光地に行く事が出来ないので(外国人観光客が多過ぎるというのもある)、日常歩いている場所で紅葉を楽しんでみた
東京23区内の、ごく普通の街なかにも、隠れた名所があるのだ

…という訳で、今回は東京都中野区で観た紅葉をご紹介

今回の場所は、西武新宿線の「沼袋(ぬまぶくろ)」駅の北側だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・中野「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋-1001
(2024年のグーグルマップより)
の位置ね

のすぐ下(南)に沼袋駅があり、さらに下にはJR中野(なかの)」駅がある。

中野駅まで歩いて行っても20分ちょっとの距離(約2Km)で、ちょうど良いお散歩コースだ

このの場所にはお寺が多く集まっているので、住宅地なんだけど、非常に静かで緑豊かな空間となっている。
オラも子供の頃から歩いていて、お気に入りのスポットだ

ここの紅葉はきれいなので、時期を狙って撮りに行った次第。

…と言っても、移動中に「あっ今撮っておこう!!」と、慌ててへっぽこスマホで撮ったので、画質が少々霞掛かっているのはご容赦を。(笑)

まずは、の場所にあるお寺「久成寺(くじょうじ)」から。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・中野「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋-1002
そうだ 東京都、行こぉぉぉ~~~う

見事でしょ

これだけの絶景であれば、わざわざ新幹線に乗って激混みの京都まで行く必要は無ぁ~い

東京都(ひがしきょうと)で充分だ(笑)

久成寺は日蓮宗のお寺で、1607年(慶長12年)に牛込弁天町(今の東京都新宿区弁天町ね)で開山された。
その後、1911年(明治44年)に、今の場所に移転したそうな。

道路から少し奥に引っ込んでいるのであまり目立たず、子供の頃から印象は薄かった。
隣の「明治寺(めいじでら)」の方が有名なので、お寺の名前を言っても知らない地元民も多いだろう…

でも、紅葉の季節になると、ご覧のように最高のビュースポットになるのだぁ~よ

…もうこれで京都に行かなくていいや。(笑)

この場所から右側を見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・中野「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋-1003
全ての道は鎌倉に通ずぅぅぅ~~~っ

まるで、鎌倉の裏道にいるような雰囲気でしょ

右側は住宅地で、左側はお寺だ。
手前の、柵が異なっている所辺りがお寺の境目だと思われる。
手前が久成寺で、その奥全てが明治寺だ。

では、奥の曲がり角まで行ってみよう。

この場所から左側を見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・中野「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋-1004
黄色いじゅうたぁぁぁ~~~~~~ん

イチョウの葉が地面いっぱいに落ちていて、見事な黄色い絨毯(じゅうたん)となっている

奥に見える黒いビルが、中野駅前にあるNTTのビルだ。

この明治寺の部分までが高台なので、端っこに立つと見晴らしが良い

ちなみに、「中野サンプラザ」は、NTTビルの左側に建っている。
この場所からだと、見えないねぇ…
もうちょっと奥まで行けば見えるんだけど、手前に丸井の本社ビルが建っているので、全体像は見られないね。

左側は墓地になっていて、右側には小さな公園とたくさんの小さな観音像が建っている。
(黄色い絨毯の突き当りに、公園の入口がある

明治寺は、通称「百観音(ひゃくかんのん)」と言い、地元民にとっては「ひゃっかんのん」と言った方が通じやすい。

子供の頃、通りすがりのおばさまに「明治寺はどこですか」と訊かれても、誰一人判らなかったという経験がある。
おばさまが「…あぁ、百観音とも言うのかな」と言った瞬間、お子様全員が「あぁここだよっ」と即答したというオチ。(笑)

百観音の小さな公園が、オラが子供の頃の遊び場だった
滑り台が石(コンクリート)製なので、お尻が痛かったんだよね…

最後に、もう1枚。

この明治寺の高台のすぐ下(南側)には、見事なイチョウの木がある。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・中野「東京23区の街なかの紅葉・中野編」2024晩秋-1005
(2022年12月に撮影)
黄色いアフロぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

すごいでしょ

中野区内で一番大きなイチョウの木で、樹齢はおよそ600年だそうだ。

ここは「禅定院(ぜんじょういん)」と言う、真言宗豊山派のお寺だ。

イチョウだけではなく、牡丹園藤棚でも有名だ。

この場所で後ろに振り返ると、沼袋駅前が見える(徒歩数分)。

以前、鎌倉の鶴岡八幡宮の石段の脇にも見事なイチョウの木があったのだけど、落雷だったかで倒れてしまった。
なので、今ではこれがオラ的には「八幡宮の代わり」という感じだ。

余談だが、このお寺群の広い一帯は通り抜けられる道が無いので、ぐるぅぅぅぅ~~~っと遠回りしなければならない。
地図を見ても、周辺には道が無いのが判るでしょ。

自転車なら問題ないが、徒歩だと地味に面倒臭いのよ…
しかも、最短距離だと急坂があるしぃ~。

…まぁ、こんな感じで東京都心での紅葉を楽しみましたよ、えぇ。

隣の「新井薬師前(あらいやくしまえ)」駅のすぐ近くには、童謡の「たきび」の発祥地(古民家)があり、ここの紅葉も見事なので、併せて訪ねて頂きたい。
(「たきび」の古民家の日記はこちらをクリック

来年は、カメラ片手にぜひぜひ遊びに来てくださぁ~い

では、またぁ~~~

つづき「東京23区の街なかの紅葉・世田谷編2024晩秋」はこちらーっ!

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2024年8月26日 (月)

つぶやき日記 ~「一枚の写真から・全て曲がってます。東京・四谷」2024夏~

今回もサックリと。

東京都新宿区」は、都心方面に行くほどレトロな街が多い。

観光客等は「東京都庁」周辺の高層ビル群をイメージするけど、地元民は「四谷(よつや)」「市ヶ谷(いちがや)」等と聞くと、江戸の雰囲気が残っているレトロなごちゃごちゃした下町のイメージが浮かんで来る。

そんなレトロな街の1つ「荒木町(あらきちょう)」の「車力門通り(しゃりきもんどおり)」を歩いていたら、ちょっとおもしろい看板を発見した。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都新宿区荒木町「全て曲がってます」2024夏-1001
全てが曲がってるぅぅぅ~~~~~っ

奥の突き当りを左に曲がると、すぐに地下鉄丸ノ内線の「四谷三丁目(よつやさんちょうめ)」駅前(甲州街道)に出る。

この一角は、高低差がかなりあるためか真っ直ぐな道が無く、全てが直角に曲がりくねっている。
昔の大名屋敷跡のとの事、

この写真のすぐ後ろも、直角に折れ曲がっている。

そんな曲がり角の手前にあった電柱の看板には「まがり医院」と書かれている。

確かに、病院は角を曲がってすぐの場所にある。
病院の先もまた、直角に折れ曲がっている。

極め付きなのは、「まがり医院」の看板も曲がっている事だ

う~ん、「くねくねタウンだ

この一帯は小さな飲食店がたくさんあり、昼はランチで、夜は飲みで…と、多くのビジネスマンで賑わっている。

昭和中期で時間が止まったかのような場所も多いので、カメラ片手に訪れてみては
美味しそうなお店も、たくさんあるよぉ~ 

では、またぁ~

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2024年8月12日 (月)

探検日記 ~「今や伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏~

前回「一枚の写真から・都会の小さな楽園。東京・世田谷代田2024夏」からのつづきーっ!

今回はお盆休みなので、久々にちゃんとした日記を書こう。(笑)

前回では、東京都世田谷区にある小田急線「世田谷代田(せたがやだいた)」駅上の、小さな癒し空間をご紹介した。
今回は、そのすぐそばを走っていた「今や伝説と化した臨時の短絡線」をご紹介しよう

では、スタート

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オラは、いつもは世田谷区内の北東部に当たる「北沢地区」を、毎日うろうろしている。
そんな中で、とある公園(代沢せせらぎ公園)に1つの案内板(地図)があるのを発見した

それは、これだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1001
文化地図ぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~っ

北沢地区の、文化人等の住居跡を記した地図だ。

歴史や文学が好きな人には、非常に嬉しい案内板だ
下北沢(しもきたざわ)」駅を起点に、2つの散策コースが設定されている。

さすが世田谷区、数々の著名人が住んでいたんだねぇ…
今でも超有名な芸能人等がたくさん住んでいるけど、どこに住んでいるかは教えなぁ~い
(毎日うろついていると大体判るのよ。工事現場のすぐ横だったりするからね)

そんな中、地図上に鉄ちゃんには見逃す事の出来ない、超重要な記述があった

アップで見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1002
伝説の路線~~~~~~~~~~~っ

何とっ僅か数年しか存在しなかった伝説の短絡線「代田連絡線(だいたれんらくせん)」が描かれているではないかっ!!

…これは珍しい

今まで代田連絡線がちゃんと描かれた地図はほとんど存在せず、「幻の線路」となっていたのだ。

見付けちゃったからにゃぁ~、撮るしかないわね

炎天下のクソ暑い中、スマホを取り出して地図を撮影。

後は現地を調べてみるだけだ

…なぁ~んてね

実は、この連絡線の場所は、半年間も毎日常駐していたエリアなのだ。
なので、この地図を見た瞬間に、どこの家の所を通っていたかが瞬時に解った
あまりにいつも居た場所なので、写真すら撮った事が無いエリアだよ。(笑)
顔見知りになった住人さんも多い

…で、今回は日記を書く時間も出来たので、この線路跡をご紹介してみようと思った訳

では、この代田連絡線の解説をしよう

場所はどこ

現在の小田急線「世田谷代田」駅と京王井の頭線「新代田(しんだいた)」駅の間。
造られた当時は、世田谷代田は「世田谷中原(せたがやなかはら)」駅、新代田は「代田二丁目(だいたにちょうめ)」駅と名乗っていた。
(現在の代田2丁目は全く違う場所にあり、世田谷代田駅の南側の一帯なので、むしろ世田谷代田駅が代田二丁目駅を名乗ってもいいくらい。(笑))

何の目的で造られたか

小田急線の車両を井の頭線に送り込むため。

何でそうしたのか

第二次世界大戦中の1945年(昭和20年)5月25日の早朝に、米軍の空襲によって、井の頭線の「永福町(えいふくちょう)」駅にあった車庫が大打撃を受けた。
井の頭線在籍の全31両中の、24両もが被災したそうで。
それで、急遽小田急線から車両が送り込まれる事となった。
軍隊も応援に来て、1ヶ月弱の短期間で完成したとの事。

戦争中なので民間の土地を強制的に接収して、焼け残った民家も取り壊しての、突貫工事だったらしい
(土地は戦後に返還されている)

何で小田急線からなの

戦時中は、政府の政策によって、小田急も京王も京急も、全て東急電鉄に合併されていた。
なので、同じ会社どうしで線路の幅と架線電圧が同じ事から、小田急線から送り込まれた。
(京王の本線は、線路の幅が路面電車と同じで広い)

…と言うか、東急合併前は、井の頭線は小田急の路線だった。
(現在の京王電鉄となったのは、戦後の分割後)

余談だが、改良(地下化)される前の地上時代の下北沢駅には、小田急線と井の頭線の間に中間改札は無かった。
なので、どの改札口から入っても、どちらの列車にも乗る事が出来た。
現在、改札前に水色とピンクでしつこく「小田急線はこちら」「井の頭線はこちら」と大きく書かれているのは、その名残りだ

いつまであったの

1945年6月頃(文献によって年月が違うものがあるので、定かではない)から1953年9月までとの事。
使用していたのは最初の数年間のようだ。
(京王1800形の新車搬入まで使っていたという記述がある)

これで解説はおしまい

では、現在の代田連絡線の跡地を見て行こう

地図の下(世田谷代田駅)から上(新代田駅)へ向かって見て行こうね。

まず最初の、世田谷代田駅から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1003
(2024年のグーグルストリートビューより)
今や温泉~~~~~~~~~~~~っ

今立っている場所は、世田谷代田駅の真上に出来た遊歩道「下北線路街」だ。
この右斜め後ろには、小さな改札口(東口)がある。
正面の左右に見える和風な建物は「由縁別邸 代田(ゆえんべってい だいた)」と言う高級温泉旅館で、箱根から源泉を運んで来ている。

連絡線は、駅前ロータリーの環七通りと交差する部分(地上時代の踏切の少し先)で分岐して、この左側の建物辺りを走っていたものと思われる。
…あ、戦時中の資材不足の中での突貫工事なので、もちろん単線

線路は、正面左側に見えるマンションの部分から、左に曲がり始めるようだ。

マンションの前に行ってみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1004
(2024年のグーグルストリートビューより)
痕跡無しぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~っ

今や完全に痕跡は無い。

線路は、右の電柱の辺りから、正面の丁字路部分で左にカクッと曲がって進んでいるようだ。
正面の大きな木が稲荷神社で、地図を見ると、この手前を通過している。

余談だが、正面突き当りの白い建物の左横が、前回ご紹介した「白髭(しろひげ)のシュークリーム工房」だ。

その白い建物のすぐ右横の場所が、前回の日記の「癒しの空間」になっている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1005
癒しの空間~~~~~~~~~~~っ

この写真で言うと、正面の和風な建物の後ろを、連絡線が右奥へとカーブしている訳だ♪ 

では、進もう。

ここで道路はいったん下り坂となる(その先は上り坂)が、線路はそのままの高さで通っていたのではないかと思われる。
この谷っぽい地形は、現在ここを横切っている道路の為に切り下げられたものかもしれない。
(下北沢駅前(鎌倉通り)と環七をつなぐ、この辺りのメインの道路でもあるため)

この、交通量の多い道を横切って坂を上りきると、こんな住宅街になっている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1006
(2024年のグーグルストリートビューより)
線路どこよぉぉぉぉぉぉ~~~~~っ

何の変哲もない普通の住宅街だが、オラには超見慣れた場所だ。(笑)
この電柱の場所に立って警備(通行止め)した事が、何度もある。

地図を見ると、連絡線は左斜め後ろからやって来て、この黒い車から正面の白い家に進んでいる。
地図で言うと「代田連絡線跡」の「」の字と「戦時応急車両搬送線」の「」の字の間ね

さらに進もう。

ここからは、連絡線は直線に近い形で進んでいる。
左に見える白い車の横にも真っ直ぐな道があるのだが、この部分だけ究極的に狭く、小型車以外は通り抜け出来ない。
そこを無理やり通ろうとする奴もいるようで、この一帯の家の車や壁には傷を付けられた跡が残っている。
どこにでも、悪い奴がいるもんだ…。

少し進むと、直線部分の中間地点に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1007
(2019年のグーグルストリートビューより)
まるで判らなぁぁぁぁぁ~~~~いっ

…これ、連絡線があった事を知っている人じゃないと、全く判らないよね。

場所的には、地図の「戦時応急車両搬送線」の「」の字の所ね

奥に進む道路の右側の家々が、連絡線の跡地と思われる。
家並みが奥で左にカーブしていて、地図の線路跡と同じ形になっているので、ほぼ間違いないだろう

先ほどの写真もそうだけど、ここから右側は下り坂になっていて、この高さが小田急線と井の頭線を難なく結ぶのにちょうど良いようだ。
ちなみに、左側は上り坂になっている。

この日記を書くのに、「鉄道ピクトリアル」の2003年7月号「京王電鉄特集」(No.734)を参考にしたのだけど、そこの173ページに写っている1950年代の当時の写真、もしかしたらこの場所かもしれない。
…何か、直感で感じる。(笑)

余談だが、オラが警備員になって初めての世田谷区内の仕事(入社10日後)が、この十字路に立って右の下り坂を通行止めにする事だった。
なので、感慨深い場所でもある。(笑)
その後は、約半年間、この周囲を毎日うろうろしていた。

今の常駐現場の工事でも、この交差点のちょっと奥をやった。
久々に立って、懐かしかったねぇ~

2020年5月に仕事内容も地理も何も解らず緊張して立っていたこの場所に、今やこの辺の地理(特にトイレの場所(笑))に精通したリーダー(警備隊長)となって悠々と立っている事に、時の流れを感じる。(笑)
この辺ならば、「住んでるよ」とウソを付けるくらいに詳しいよん

でも、まさかこの見慣れた場所に代田連絡線があるとは思いもしなかったねぇ~。
オラ程のヘビーな鉄ちゃんでも気付かないんだから、一般の方々はなおさらだよ

先に進もう。

奥の突き当りに見えている家辺りで線路も左に緩くカーブしている。
この家の数軒後ろは、もう井の頭線の線路だ

ちょうどこの位置の井の頭線は、この道路の高さと同じになっている。
(左から右への下り坂の途中の、ちょうど良い中間点だね)

最後は、井の頭線の新代田駅のホームから見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1008
(2024年のグーグルストリートビューより)
おそらくここぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ

上りホームから下北沢駅(渋谷)方面を見たところ。

線路の奥に見える電車の位置が、下北沢駅のホームね。

…で、連絡線の位置は、地図と写真の建物の関係からして、右手前のアパートと奥の白いマンションの間にある一軒家であろうと推測出来る。
鉄道ピクトリアル」の当時の写真と見比べると、この2軒の一軒家が線路に対して斜めに建っている事と、連絡線の合流地点のカーブがかなり似ているのだ

ちなみに、ホームの背中側の上空には環七通りが走っている。
…という事は、代田連絡線は「環七に対して半円状に造られていた」という事だ
まぁ、当時は「環状七号線」という言葉(計画)すら無かったのではないかと思われるので、たまたまの偶然でしょう…。
(↓下に追記したよん

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2026年4月19日追記

世田谷代田駅前広場の案内板にも連絡線の地図が記載されていたので、ご紹介

西口改札を出ると、目の前にこんな案内板がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1009
(2026年4月9日撮影)
富士山ビューーーーーーーーーーーぅ

この場所は富士山が目の前にくっきりと見える名スポットなので、その解説が書いてある。
そして下には、世田谷代田駅の由来と、代田連絡線の解説も書いてある。
連絡線の地図もあるねぇ~。

地図をアップで見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京都世田谷区「伝説の短絡線・代田連絡線」2024夏-1010
(2026年4月9日撮影)
かなり正確ぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

地図は、昭和25年(1950年)頃の物のようだ。

最初から2枚目の地図と見比べると、線路の位置はほぼ同じなので、間違い無いね。
しかも、この一帯の街の区画も、今とほとんど同じだ

新代田(代田二丁目)駅から北側(地図だと右側ね)の道が、広くなっているねぇ…
もう「環七通りの整備が始まっていた」という事だろうねぇ~。

いやぁ~、良い地図を発見した

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おっしゃこれで代田連絡線の探検は終~了~ぅ

今や伝説の路線と化してしまったので、「みなさんもいかがぁ~」とはお勧め出来ないけど(笑)、身近にある「隠れた廃線跡」を探してみるのも楽しいかもね

では、またぁ~

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