シルクロード一人旅日記 ~「我的長征 2006」その45:北京・天安門と南池子大街~
(前回「その44:北京・故宮の周りを歩く」からのつづきーっ!)
(「その1」はこちら)
このシリーズは、「香港」からスタートし、中国奥地にあるシルクロードの街「カシュガル」「トルファン」「ウルムチ」を巡って、無一文に近い状態で「北京」へ戻って来た、1ヶ月半の過酷な一人旅。
…では、スタート★
※この日は写真を激しく撮りまくったので、3回に分けてご紹介ぃ~♪
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2006年7月26日(水):くもり 一時 雷雨
北京(ペイチン:Beijing)
今日1回目のゴール地点の「午門(ウーメン)」にやっと到着した。(下の地図の➐)
(画像をクリックすると拡大するよん)
ちかれたびぃ~~~~~★![]()
ここは紫禁城(故宮)の正門なので、いつも賑やかだ。
ここまでで、休まずに5Kmくらいは歩いたと思うので、ちょっと休憩しよう。![]()
ちょいと疲れたよ…。![]()
ちなみに、映画「ラストエンペラー」で最後の皇帝(愛新覚羅 溥儀)が宦官達の前で立った場所は、この門の上の楼閣ね。
そして、自転車に乗った溥儀が門から出ようとしたら衛兵に門の扉を閉められて「開けろ!(Open the door!)」と叫んだのは、中央の門ッス。
今はどこにいるかというと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2019年のグーグルマップより)
➐だよん★
■の故宮博物院の周りを、反時計回りで1周しているのだ★
2006年と比べて、細かい部分は北京オリンピックの関係もあって思いっきり改築されていると思うので、大体の雰囲気で見てくだされ★
(さすがに故宮は清朝時代のままだけど…)
●…お宿(天倫松鶴酒店)
▲…王府井(繁華街)
●…胡同の名残りの道
★…屋台村(東華門美食坊夜市)
★…美食街(ビルの地下のフードコート)
◎…王府井小吃街(巨大な軽食横丁)
■…故宮博物院(紫禁城)
◆…天安門
➊…東華門(東門)
➋…北東の角楼
➌…神武門(北門)
➍…景山公園
➎…北西の角楼
➏…西華門(西門)
➐…午門(正門・南門)
➑…天安門広場
➒…南池子大街の入口
➓…北京協和医院(旧跡)
今日は、結果的には●→▲→●→➋→➌→➎→➏→➐→◆→➑→➒→▲→◎→▲→●→▲→◎→★→➓→●と歩いた。
今回は➐から最初の◎の後の●までをご紹介~♪
この地図を開きながら日記を読んでね![]()
➋から➒までの直線が約2Kmなので、結構歩いたよねぇ~。![]()
なぜこんなに歩いたのかというと、このエリアには昔の街並みがまだ残っているのだ。
2年後の北京オリンピックに向けてガンガン建て替えられているので、今のうちに探検している次第★![]()
この地図を衛星写真で見ると、このとおり。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2019年のグーグルマップより)
ふぅーーーーーーとん★
■の位置が、紫禁城(故宮)の中心点で、城を囲むように昔ながらの家が建ち並ぶ路地「胡同(フートン)」が残っていて、一部は観光用に保存されているけど、ガンガン取り壊されてビルに建て替えられようとしている真っ最中だ★![]()
2019年の衛星写真を見ると、まだ古い家が結構残っているので、保存運動とかがあったのだろう。
今回もまた、グーグルマップの中国国内の衛星写真は、文字や道路の表記が全て右上にズレているので気にしないでね。![]()
(米中間の政治的なやり取りの影響ッス…)
●●➊等の記号はオラが付けたので、1つ上の地図と位置が同じだよん。![]()
では、話しを進めよう。![]()
午門の前の広場で休憩しようと思ったら、座れるような場所が全く無い…![]()
後ろを振り返っても、ご覧のとおり。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
…ね、椅子なんて無いでしょ★
…仕方ない、歩く速度を落として先に進みまひょ。![]()
正面に見える楼閣が「端門(トゥァンメン)」で、その先にあの超有名な「天安門(ティェンアンメン)」がある。
裏側から見ているので、とりあえず天安門の正面まで行きまひょ。
端門をくぐって、真っ直ぐゆっくりテコテコ歩く。![]()
![]()
ちなみに、天安門の上から見た端門は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年6月に同行の仲間が撮影)
これもデカい…![]()
奥にチョロっと見えている楼閣が、午門の左端だ。![]()
天安門の中央の門に入ると、外の世界が見えた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
オープン・ザ・ドーーーーーーーァ★
先ほどの、溥儀が叫んだ門と雰囲気はかなり似ているので、ここで同じように撮ってみた![]()
![]()
今見えている外の世界は「天安門広場」だ。(地図の➑)
まずは、天安門自体を眺めよう。(地図の◆)
門を出てクルっと振り返って見上げると…![]()
![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
まおまおーーーーーーーーっ★![]()
中華人民共和国建国の父「毛沢東(マオツートン:もうたくとう)」主席の肖像画がっ★
この肖像画は、ほとんどの日本人がTVやニュースで観た事あるでしょ★
上の屋根にある赤い●の紋章は、中華人民共和国のモノだ。
この肖像画の位置に、1949年10月1日に毛沢東氏が立って「中華人民共和国と政府は、今日成立した!」と叫んだ。![]()
なので、10月1日は「国慶節」と言う祝日になっている。
(日本で言う「建国記念日」だよん)
ここから左を見ると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
ばんざぁぁぁぁーーーーーーーいっ★
「中華人民共和国万歳」と書かれている。
右を見ると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
だいだんけつぅぅぅぅーーーーー★
「世界人民大団結万歳」と書かれている。
少し離れて見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
おぉ、いぇい★
世界中の人が見たことがある光景が目に入って来る。![]()
中央の門は通れるが、手前の橋は皇帝専用のままなので、進入禁止になっている。![]()
門の奥に見えるのが端門の中央の門で、午門はその先にある。
本当に真っ直ぐでしょ★![]()
そして、ここで後ろに振り返ると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
広ぉぉぉぉぉーーーーーーーいっ★![]()
これが「世界一広い広場」と言われている「天安門広場」だ。(地図の➑)
最初に言っておくけど、正面の建物で広場が終わると思うなよ★![]()
天安門の上から眺めると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年6月に同行の仲間が撮影)
あそこで半分ーーーーーーーーっ★
右奥に見える尖がった高い塔の後ろにある建物までが、天安門広場だ。![]()
ちなみに、正面中央の建物は「毛主席紀念堂」と言い、中には毛沢東氏本人の剥製が展示されている。
中は無料で見学出来るが、一言も喋ってはいけなく、隊列を組んで歩くために立ち止まることも禁止されている。
軍人さんの後に付いてサクサク歩いて、数秒間だけ毛沢東氏を観ることが出来る。
右にチラッとだけ写っている建物が「人民大会堂」で、日本の国会議事堂に当たる。
この広場は東京ドーム10個分の広さがあるので、奥まで行ったらそれだけで疲れて終了となってしまう。
なので、今日は目の前の赤い国旗の辺りまで行ってみることに。
地下道を通って、広場に出る。
今日はすごい人出だ…![]()
地方からの団体客が多い感じがする。
天安門全体が写りそうな場所まで行って、撮ってみた。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
これでも収まっていないよ…![]()
混んでいるし、これ以上奥に進みたくはないので、これで良しとしよう★![]()
さぁ、戻るべぇ~~~★
再び地下道を通って、天安門の前の道に出た。
ここからは東(地図の右)へ進もう。→
この道、天安門広場の東端を境に、東西で名前が変わるのだ。
今から進む方向は「東長安街(トンチャンアンチエ)」と言う。
歩き出す前に、振り返って天安門を撮ってみた。![]()
![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
デカいねぇ~~~~★![]()
門の右側にある観客席のような所は、式典や軍事パレード等の時にお偉いさん達が座る場所だ。![]()
![]()
![]()
後ろに振り返ると、こんな歩道になっている。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
いかにも北京~~~~~~っ★![]()
![]()
赤い壁が数百メートルほど続いている。
車道と壁に挟まれた歩道なので、ただひたすらテコテコ歩くしかない。
観光客も大勢歩いている。
ほどなく、赤い壁が切れて道路と門が現れた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
立派な門やでぇぇぇぇ~~~~![]()
分厚い門だねぇ~。![]()
見上げてみると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
いけこぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ★
ここが「南池子大街(ナンチーズターチエ)」の入口だ。(地図の➒)
➒から➊までが南池子大街で、その先が今日最初に歩いた「北池子大街」だ。
この道を➊と➋の間まで歩けば完全に紫禁城(故宮)を一周することになる。![]()
でも、この道は何度か歩いているので、疲れているしお腹も空いてきたので、今日はチラッと覗くだけにしよう。![]()
![]()
(お宿を出てから、まだ一度も座れていない…
)
門を入ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
…ん?少し変わったような…![]()
雰囲気は変わっていないのだけれど、歩道の柵や建物の大きさが違っているような…
アップで見てみると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
奥のほうは変わっていない感じぃ~。![]()
ちょうど12時ちょい過ぎなので、昼食を食べに外に出た人達がぞろぞろとこちらに向かって歩いて来る。
(中国の昼休憩は、1時間半~2時間ほどある)
ちなみに、もっと奥の光景はこんな感じ。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年6月に同行の仲間が撮影)
いいねぇ~~~~♪![]()
2002年当時は、の~んびりした良い道だった![]()
![]()
横道への入口を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年6月に同行の仲間が撮影)
これまたナイス![]()
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中国と言えば「自転車」だよねぇ~~~~
![]()
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そして、さらに…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年6月に同行の仲間が撮影)
The 北京ーーーーーーーーっ![]()
![]()
これぞ、一昔前の北京の日常の光景だ★![]()
![]()
夕日も当たって素敵ざぁ~ます
![]()
ここで、「気になる場所」を再確認するため、ほんの少しだけ奥に進んでみた。
実は、1995年(恐らく)に、この道の入口すぐ左側にある胡同の家に泊まったことがあるのだ。![]()
東京で知り合った友達が「故郷の津軽の老夫婦と一緒に北京・長春の旅に行くので一緒にいかが?」と誘ってくれたのだ。
その時に、老夫婦が青森で世話した留学生の、親戚の家に泊まった次第。
生まれて初めての中国(共産・社会主義国)で、言葉も全く解らずで、ドッキドキだったなぁ…![]()
そんな状態で、昔ながらの一般住宅に泊ったのだから、余計にドッキドキ![]()
確か、この時代は「外国人を一般家庭に泊めてはいけない」という規則があったよなぁ…![]()
なので、公安(警察)に見つかったら超ドッキドキ![]()
1980年代くらいまでは、中国からの招待状が無ければ、中国国内に入ることは出来なかった。![]()
なので、観光は団体ツアーのみで(自由行動不可)、あとは親戚(残留孤児や婦人等の家族)か企業から招待状を郵送で送ってもらうしかなかった。![]()
毛沢東氏の後の実質的指導者「鄧小平(トンシャオピン:とうしょうへい)」氏の改革開放政策で、このような仕組みは徐々に撤廃されていった。
そうそう、言葉と言えば。![]()
この「長春(チャンチュン)」への旅の時、日本人が4人と若い中国人夫婦と乳児(女の子)の7人で移動した。
オラ、当時は北京語(標準語)は解らなかったので、日本語で会話をした。
でも、老夫婦と友達は津軽衆なので、津軽弁全開で会話をする。
中国の夫婦も青森県の「弘前(ひろさき)」にいたので、津軽弁が解って会話の途中で笑ったりしている。
…オラだけ日本語も中国語も聴き取れねーーーーよ。![]()
なので、友達と中国人夫婦に、日本語の標準語に通訳してもらって聴いていた次第。![]()
ちなみに、中国人夫婦は東北地方の出身なので、北京語(本来の意味での北京の下町言葉。江戸弁みたいなモノ)をさらに語尾に「er(英語のアールの強い版)」を付けた話し方をするので、日本人が知っている一般的な中国語の単語ですら聴き取りが困難だった。![]()
…という訳で、この時のオラは終始おとなしかったの
(笑)
その後、東京でも歳の近い津軽衆3人と食事したら全く会話に入れなかったので、津軽弁を勉強した次第。
(弘前出身のこの友達に「津軽弁の本」を買って来てもらって、実際にしゃべってもらいながら学習
)
そんな想い出を再び思い出しながら、その家があった方向へ進んで行くと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
…何ぢゃい、こりゃ。![]()
…あ、あれ?こんな大きな建物は無かったぞ。![]()
門の上に「皇城食府」と書かれているので、高級レストランのようだ。![]()
![]()
柱や壁の色からして、まだ新しいね…
そして、この左側にあった家の場所に行ってみると…![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
公園ッス★![]()
家が1軒も無くなって「菖蒲河公園(しょうぶがわこうえん)」と言う公園になっていた。(地図の➒の左横ね)
ちなみに、菖蒲河は、天安門の前にあった橋の下を流れる小川のこと。
泊った家のあった辺りを見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
見事に無ぇッス。![]()
オラの初中国の想ひ出がぁぁぁぁぁぁ~~~~っ★![]()
北京オリンピックに向けた再開発で、きれいに無くなってもうた…。![]()
…あぁ、がっかり。
もうここには用事が無くなったので、先に進むことにしよう。
再び、東長安街を東(地図だと右)に向かってテコテコ歩く。
ほどなく、「王府井(ワンフーチン)」の入口に到着した。(地図の一番下の▲)
お昼時なので賑やかだ★
目の前に、気になる物体が鎮座している…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(7月30日に撮影)
何ですとーーーーーーーーーぅ★![]()
これは一大事っ!!![]()
「第七届北京王府井国際啤酒広場(第7回北京王府井国際ビール広場)」と書かれているではないかっ★![]()
![]()
![]()
もう7回もやっているのか…![]()
…で、国際ビール祭りの広場はどこ???![]()
右の紅白のパラソルがそうなのかな~?
でも、こういうのって、一般の物価からすると相当高いんだよねぇ…![]()
…ってな訳で、この場所のすぐ左側にある「王府井小吃街(ワンフーチン シャオチーチエ)」に入ってみることにした。![]()
左を向くと、こんな感じ。(地図の◎)
(画像をクリックすると拡大するよん)
混んでるぅぅぅぅぅぅーーーーーっ★![]()
お昼時なので混んでいるね…![]()
中に入ってみよう。
ここは昔の北京をイメージした、観光客相手の軽食とおみやげ屋さんが並んだ一角だ。![]()
![]()
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奥まで見えるこの道以外にも、奥で左右に広がっている。![]()
軽食は中国各地の料理が勢揃いしていて、「胃袋の中国一周ツアー」が出来る。![]()
ここは2002年にも入ったことがあるので、価格と勝手は知っている。
観光地価格だけど、ビール祭りよりは安いからね★
(2002年はぼったくっられた。地元の中国人もぼったくられていた。その後、その店は消えたようだ…)
各店員さんの威勢のいい掛け声を通り抜け、奥に行くと…
…ん?以前より規模が小さくなっている。![]()
元々ビルに囲まれた空き地っぽい場所だったから、本来のビルがいくつか建てられたのかな?![]()
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何か、串焼きか小籠包くらいは食べてみようかな~♪![]()
歩いていたら、急に雲行きが怪しくなり、途端に雷雨になってしまった★![]()
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わーーーーーーーっ!!![]()
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持っていた折り畳み傘を慌てて広げる。![]()
昨日買っておいて大正解だ![]()
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これでは買い食いは無理なので、いったんお宿に引き上げよう★![]()
王府井を真っ直ぐチャッチャと歩いて(地図の▲を北上)、お宿「天倫松鶴酒店」に到着ぅ~。(地図の●)
(画像をクリックすると拡大するよん)
いったん、ただいまぁ~~~~★![]()
お部屋に入って、ベッドにゴロン。
途中で食事休憩するつもりが、結局は故宮の周りを完全に一周歩いて戻って来てしまったよ…![]()
あ~ぁ、疲れた。![]()
まぁ、お宿だったら余計なお金も掛からずに寝っ転がれるからね![]()
お腹は空いてきたけど、まだ「小腹が空いたなぁ~」程度なので、完全に空腹になるまで食べないでおこう。
ちょっと足を休めよう。![]()
…ってな訳で、つづきは次回ぃぃぃぃぃ~~~~っ★![]()
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コメント
なるほど~。津軽弁習得のルーツはこんなところにあったのね。
天安門広場、広すぎる!!芝生もきれいすぎる~。
投稿: ばんび | 2019年9月25日 (水) 14時22分
★ ばんびさん
毛沢東氏が天安門の上で宣言した時には、まだこの広場はありませんでした。
京都の街と似たような感じだったっと想像されます。
名古屋の100m道路と同じく、一つの町の区画ごと撤去して広場にしたっぽいですねぇ…。
芝生がきれいなのは「国家の中心地の玄関」ですからねぇ~。
メンツをことさら大事にする中国人にとっては、どんな権力を使ってでも豪華にきれいに飾りたい場所でしょう
投稿: まりりん | 2019年9月25日 (水) 19時24分