« 実物日記 ~「形あるもの、いつかは壊れる。東京・中野 新井薬師前」2015新春~ | トップページ | 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その72:イスタンブールへ~ »

2015年3月 9日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その71:アテネからテッサロニキへ~

前回「その70」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

-----------------------------------

1996年8月3日(土):晴れ

Αθήνα:アテネ → Θεσσαλονίκη:テッサロニキ →

今日は11時半にお宿をチェックアウト。
そしてアテネ駅へ向かう。

今日は、パトラから来た時の「ペロポネソス」駅とは違い、真横にある立派な「ラリサ」駅のほうだ。
その名の通り、「ラリサ」方面への線路が伸びている。
テッサロニキイスタンブールはその先にある。

実は、両駅の線路の幅は違うのだ。

元々は別の鉄道会社だったのかな
なので2つに分かれていたのだろう…。
(2015年の現在は、統合されて1つの「アテネ」駅になっている)

ココで地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その71・アテネからテッサロニキへ-7101
(1996年当時の地図を撮影)
いよいよアジア大陸が見えて来た

…アテネ
…テッサロニキ
…ギリシャとトルコの国境の鉄道橋
…イスタンブール

イスタンブールの狭い海峡を挟んで、左がヨーロッパ大陸右がアジア大陸だ。

欧州の鉄道旅も、ついに明日で終わる…。

お宿は駅の目の前なので、あっという間に駅に到着。
お金もナイので、駅周辺で時間を潰すことに…

長~い待ち時間の間に、列車の写真も撮ってみた。

まずはコレ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その71・アテネからテッサロニキへ-7102
(1996年撮影)
特急(IC:インターシティ)用のディーゼルカーだ。

先頭の運転台の後ろにエンジンがあるらしい。
中間車は客車と同様っぽい。
クーラーとリクライニングシートが付いて快適なのだが、窓ガラスはヒビだらけ
崖からの落石等が原因のよう。
しかも、先頭下部のカバーがFRP製のためか、コレもバキバキにヒビが入っている

補修する金がナイのか、「コレくらいモウマンタ~イ(無問題)」的な国民気質なのか…

では、次。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その71・アテネからテッサロニキへ-7103
(1996年撮影)
コレはローカル用のディーゼルカーだ。

非冷房で2両編成。
日本の車両(キハ47形)と同じようなカンジ。

そして…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その71・アテネからテッサロニキへ-7104
(1996年撮影)
客車列車だ。

これから乗る列車はコレ。
ディーゼル機関車+客車3両の編成だ。

我々の乗る車両は、2等車の「119号車」。(3両編成なのに…
座席は31番33番

1等車の豪華な旅は、アテネ到着時で終了。

この先は、またビンボー旅行に戻るのだ。

119号車を探すと、イチバン後ろの車両だった。
車内は、8人掛けのコンパートメント(個室)になっている。

客車の色は、ドイツ国鉄と全く同じ色。(クリームタルキシュブルー(青緑))
他の車両は深緑色で、コレもドイツや東欧の旧型車両と同じ色。
みんな中古車なのかな

車内に入ってイイよ」と案内された。

雲1つない、夏の炎天下に置きっぱなしにされた車両達。
車内に入ったとたん、物凄い熱気が待っていた。

…まるでサウナだ。

窓を開けるも、ずっと停車しているので風は入って来ない。
さらに、クーラー様という贅沢品は付いていないので、ビニール張りの座席に座ると背中がモーレツに熱い。

暑い」のではない。「熱い」のだ

発車するまでに乗客全てグッタリ。
車両内が静まり返っている…。
汗がどんどん噴き出してくる。

14時24分、定刻に列車が動き出した。

動き出したら風が入って来て、車内と座席が少しずつ冷えてきた。
それに比例して、車内の会話も増えた。(笑)

列車は途中で(寝ている間に)増結されたらしく、気が付いたら7両編成になっていた。
先頭には荷物車(車両の半分は客室)、中間には1等車(半室)が付いている。

まず目指す「Θεσσαλονίκη(テッサロニキ)」駅までは520Km
イスタンブールまでの半分ほどの距離だ。

この列車は各停に近いものらしく、よく停まる。
その度に乗客も少しずつ降りてゆく。

途中、険しい山脈を越える。
速度はかなり遅い。
コレがこの国の主要幹線とは、ギリシャは相当近代化が遅れているな…。
とてもではナイが、他の欧州国のレベルではナイ。

そして峠を下り、エーゲ海の沿岸にやって来ると、列車は快調に飛ばし出した。

おりしも夏休み
海岸沿いの道路には、まるで湘南の様にレストランやバー等がライトアップされいて、そこにはバカンスを楽しんでる人々がパーティーしていたり、家族でキャンプしていたりと、すぐにでも降りて合流したくなるような雰囲気

さすが本場は違うね~

湘南のような「見かけ倒し」じゃないぞ
ヤンキーもいないしぃ~。(笑)
しばし、夕暮れの車窓の景色を楽しんだ。

夜もふけた23時20分、列車はテッサロニキ駅に到着。

ここで「我々の乗っていた車両だけを切り離す」との事。

…んっ

アテネの切符売場のおねえさんは「これに乗ればイスタンブールに行けるわ」と言っていたぞ
(でもその後に「多分…。私もよく知らない」という、何だか心もとない一言が…

駅に着く前に、車掌さんが「次で降りてくれ」と言っていたのだが、この車両に乗っているのはみんなイスタンブールに行く連中だ。
どうして~」といったような西洋人特有のノリで、誰も半分聞いていなかった。

でも確かに、この車両の行先表示板だけ「テッサロニキ行き」になっている。

…待てよ、この車両がココまでだとすると、やっぱり座席の指定もココまでじゃないか

…ってか、列車から降ろされる

そしたら、この先どーなるんだぁ
ちゃんとイスタンブールにたどり着けるんだろうな
あぁ~っ!?

そうこうしているうちに、車掌さんがまたやって来て「終点だから降りて下さい」と丁寧に言った。
我々は「イスタンブールまで行きたいんだけど…」と質問すると、「ここからイスタンブール行きが出るからダイジョーブだ」との事。

そのやりとりを各コンパートメントで繰り返している間に、車掌さんの何かがキレた

この車輌を切り離さないとイケナイから早く降りてくれああーっEverybody Out

そして血相を変えた車掌さん、殺人鬼の様な顔でコンパートメントを覗いちゃぁ、「Out」と怒鳴る。
(「Out!」とは「出て行けっ!」の激しいニュアンス)

これにはさすがの西洋青年達もオドロき、一目散にホームへ降りる。
まるで岩をどけたあとのフナムシ状態だ(笑)

ホームに出された我々119号車の連中はボーゼンとし、流浪の民と化していた。
早速、みんなで情報のやり取り。
その間に、愛しの119号車は車庫へと連れ去られて行ってしまった…。

すると、ホーム奥(列車の前方)の方から「イスタンブールに行く人はこっちに来な」と言う係員の声が…。
みんなして奥へ大移動。
案内されるまま、列車の一番前に連れて行かされた。
列車の前には何もなく、線路も終点になっている。

…あれ?

みんなも不安がっている。

そしたら係員曰く、「ココにイスタンブール行きの車両を連結するから待っていて

…やれやれ、心配したよ

つまりは、アテネからイスタンブールに行く直通車両はナイということだ。

ダイヤ上、1つの列車がそのままイスタンブールまで行っているように見えるだけだった。
ココまで来た他の6両はイスタンブールには行かず、同方向の途中駅で切り離されて、別の駅へ行く。
イスタンブール行きの車両は、この駅で初めて連結されるのだ。

5分ほど待ったら、増結車両2両が隣の線路にやって来た。
どうやらこの駅で進行方向が変わって、こっちが後ろになるみたいだ。

隣の線路から機関車に押されて来た客車2両は、目の前の渡り線(ポイント)を渡って来て連結された。
ココで待ってろ」と言われた地点の目の前に渡り線。
ホームの途中である。
…んで、増結車両はみごとに目の前のポイント上に停まっている

そう、増結客車の1両目は、アテネからテッサロニキまでこの列車を引っ張って来た機関車がいた位置に収まっているので、ホームに対して真っ直ぐに停まっている。
そして2両目(最後尾)は、渡り線のポイント上にはみ出していて、ホームに対して斜めに停まっている状態だ。

やがて「乗ってイイよ」と係員の声がした。

オラの目の前は2両目の客車。
後ろには、席を取ろうと血眼になっているみんながいる。

ワァーッ」と言う声と共に一斉にホームから線路に降りて(欧州のホームは高さが20cmくらいしかナイ)、複雑なポイント部分を早足で跨ぐ。
そして、インドや戦後の買出し列車の様に、車両のデッキのステップに我もと群がりよじ登る。

…東南アジアのお祭りか

ココで荷物が軽くて少なかった我々2名は難なく席をGET
そして、ほぼ同時にコンパートメントの席が埋まった。

ラッキー

思いもよらない、深夜の激しいバトルだった。

無事に席を確保出来たところで、車内を見渡す。
この車両も古く、1968年ポーランド製の非冷房車だ。
車体色は、コレも深緑
…どおりで、東欧諸国の客車と同じ色なワケだ

同室になったアメリカ青年達と挨拶し、1発ギャグかましてなごみ(笑)、落ち着く。

コレで、イスタンブールまで座って行けるぞ

…おっと、もう出発の時間だ。
意外と停車時間が短い。

切符と一緒にもらったポケット時刻表では、21:45着の22:20発となっている。
1時間半近くの遅れだな…

車掌さんが怒って「Out!」と叫ぶワケだ…

さぁ、いよいよ明日はイスタンブールに到着だっ

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その72」はこちらーっ!

|

« 実物日記 ~「形あるもの、いつかは壊れる。東京・中野 新井薬師前」2015新春~ | トップページ | 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その72:イスタンブールへ~ »

▼ユーラシア大陸横断鉄道旅行」カテゴリの記事

コメント

アテネの切符売場のおねえさんに座席指定券の謎の答えを教えてあげたかったね。(^-^;

1発ギャグって何したのだろう~?( ´艸`)

あと。
当時の様子をよく覚えてるのね♫
確か 日記つけてたんだよね?
読んでいて詳しく書けてるなぁ・・・っと思ったもので。

投稿: ひめ子 | 2015年3月10日 (火) 22時57分

★ ひめぽ

オラは記憶力はメチャクチャ良かったのだ

だけど、さすがに19年経つと、もう忘れて来ている…
早く書き上げねばっ
(当時の日記だけが頼り)

投稿: まりりん | 2015年3月11日 (水) 00時29分

私はまりりんさんよりも7年程前にギリシャに行きましたが
飛行機も酷かったですよ
窓から見えた翼は継ぎはぎだらけ
座席は柄がみんなバラバラで(お古を寄せ集め)
オマケにリクライニングが壊れて動かん。
コックピットは布のカーテンで仕切られてるだけ~
機長さんがよく見えました
結構ガタガタ機体が揺れてスリル満点
よく無事に帰ってこれたと思いますよ・・・

投稿: mitsumiya | 2015年3月11日 (水) 10時43分

★ 麗子さま

なんか、ギリシャって歴史上に偉大な痕跡を残したのに、現代は東欧諸国並みの水準に落ちてしまっていますよね…
国民気質なのかな?

沖縄と一緒で、暖かくて島が多い所はみんなのんびりさぁ~

投稿: まりりん | 2015年3月11日 (水) 13時38分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 実物日記 ~「形あるもの、いつかは壊れる。東京・中野 新井薬師前」2015新春~ | トップページ | 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その72:イスタンブールへ~ »