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2015年2月19日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その68:パトラからアテネへ~

前回「その67」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年7月31日(水):晴れ 一時 くもり

→ Πάτρα:パトラ → Αθήνα:アテネ

今朝は骨盤の痛みで目覚める。
船室の床が硬かったためだ。

昨夜、イタリアの「Brindisi(ブリンディジ)」港を出航したフェリーは、ギリシャの「Πάτρα(パトラ)」に直行せず、手前の島に寄るとのこと。
まだしばらくは船旅が続きそうだ。

デッキに出て外を眺めることにした。

外を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6801
(1996年撮影)
うるとらまりーーーーーーーーん

海の色が真っ青だ
マリンブルー」とはこの色のことかぁ…。

イタリアの海(アドリア海)は緑色だったのだが、ギリシャ(イオニア海)の海は青いんだね。
オトラント海峡」を境にして海の色(深さ)が変わったようだ。

しばし海を眺める…

ココで、この船に日本人がもう2人乗っているということが判り、そのうちの1人の女性とハナシをした。
20代で、小学校の図工の先生をしているそうな。

旅先では、全世界どこに行っても日本人にちょこちょこ遭遇する。
(この当時は、日本人の個人海外旅行がブームだった)

少しハナシをしたあと、席に戻って昼寝した。

では、昼寝している間にギリシャの地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6802
(1996年当時の地図を撮影)
ギリシャは島国だ。

ペンで塗りつぶした線の上を移動している。

移動している順に、
ブリンディジ(Brindisi)
パトラ(Πάτρα)
アテネ(Αθήνα)
テッサロニキ(Θεσσαλονίκη)
ギリシャとトルコの国境

もうこの地図も、南の端っこの部分に来たね。
この先はユーレイルパスのエリア外なので、描かれていない。

ここでヨーロッパが終わるのだ

余談だが、ギリシャは、神奈川県の川崎~三浦半島の部分と何となく似ている気がする。(線路は京急線だ)
の国境が東京都との県境(多摩川)で、(テッサロニキ)が横浜駅。
そして京急線と同じようなルートを走り、(アテネ)の横須賀中央駅に到着する。
その後、半島の先端にある(パトラ)の三崎口(油壷)に終着するというカンジ。

…チョット強引なこじ付けかな

さて、昼寝も終わった頃なので、ハナシを元に戻そう。

お船は、15時にパトラの港に着いた。
みんなと一緒にぞろぞろと下船する。

下船時に、船内でパスポートにギリシャ入国のスタンプを押された。
中身(本人や期限など)の確認など何もなく、とにかくスタンプを押していくようなカンジ。

…事実上のフリーパスぢゃナイか。

まぁ、イタリアから来た船なので、チェックは厳しくはナイのだろう。
(その後、EU連合になって越境時はフリーになったからね)

さて、ココからアテネに行く列車を探さねばならない。
まずはを見つけなければ。
お船のみんなもアテネに行くのだろうから、早く行って列車の予約をしないとっ

…と思ったら、目の前の400m先にあった。(笑)

ほどなく駅につき、すぐさまアテネ行きの列車の予約をする。
16:28発の特急列車(IC:インターシティ)の席が取れた。

いやぁ~~、あらかじめ両替しておいて良かった

指定券はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6803
(1996年当時のモノを撮影)
コピー用紙ぃぃぃぃぃぃ~~~っ

コピーした紙に手書きの、ヘロヘロしたお手製指定券だ。
しかも、用紙は手で切り分けた感580%

…学園祭の整理券か

発車まで1時間ほどあるので、駅をくるっと眺めてみた。
この駅は結構小さい。

まずは記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6804
(1996年撮影)
コレで証拠は残ったぜぇ~~~ぃ

後ろの屋根に、駅名の「ΠATPA」の文字が見える。
フシギなことに、ギリシャ語の知識が無かったのに「パトラ」と読むことが出来た。

オラ、スゲぇ~~~~っ

…ナゼかって

それはね、6月にロシアのシベリア鉄道を一週間乗り通したでしょ。
その時に、駅名板とガイドブックを一所懸命に見ていたワケ。
(今どこにいるか調べるため)
なので、何となぁ~くロシアのキリル文字が読めるようになったのよ。

…んで、実はロシアのキリル文字とギリシャ文字は、ルーツが一緒なのだ

…というワケで、何となく読めてしまった次第。
学校では、電気や物理の時間に教科書に書いてある単位や記号の文字(πやΩ)だけは見ていたんだけどねぇ…

駅構内は、前半分がクネクネしている。
上の写真では線路が真っ直ぐ見えるが、振り返ると、線路もホームもクネクネだ。
そのクネクネした先はヘロヘロの単線になっていて、工場らしき土地の中へ消えている。

工場への貨物の引き込み線かなぁ~」と思っていたら、何とそこから特急列車がやって来た。

コレが本線だって

特急列車は、ディーゼルカーの3両編成。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6805
(1996年撮影)
一応、「特急」らしいお顔をしている。(コレはアテネの駅で撮影した別の編成)

…がっ

列車が目の前に来てビックリ

何とほとんどの窓ガラスがヒビだらけなのだ。

しかも、ガラス押さえの縁のゴムがベロンと外れかかっているのも多数。
良く見りゃ、前面もカバーがひび割れてへっこんでいるではナイか…。

…ダイジョーヴなのかコレ。

とても「欧州の車両」とは思えないレベル。
中央アジアか東欧にいるようなカンジ。

とにかく車内へ入ろう。

…お、一応クーラーは効いているのね
イスも座り心地は悪くナイ。

この編成、ディーゼルエンジンは先頭車の運転席後部にあるらしい。
そして、中間車はエンジンがナイ「客車」に近い構造のようだ。

列車は定刻に発車。
予想通り、ヘロヘロの線路の上を揺れながらテコテコと走る。

クーラーとリクライニングシート付きの路面電車というようなカンジ。(笑)

ほどほどの速度で淡々と走り続ける。
時々、景色が大きく変わる場所があった。
切り立った高い崖の上(コリントス運河)を鉄橋で渡ったり、崖の横を走ったり…

…そっか、窓ガラスや前面カバーのヒビって、崖上からの落石とかのせいだったのね。

…どっちみち危険ぢゃなくね!?

市街地では、列車は玄関先を横切って進んで行く。
まるで「江ノ電」みたいだ。
田舎の景色は、フシギと日本に近いモノがある。
馴染みやすそう

そして、4時間弱走った後、20時過ぎにアテネの「Πελοπόννησος(ペロポネソス)」駅へ到着した。
20時と言っても、まだ外は比較的明るい。

駅について列車を降りた直後、仲間の1人がインドへ向けて離脱した。

ココからは2人旅になる。
ユーレイルパス(3人同一行動用)がギリシャまで使えるので、トルコ国境までは有効なのだが、一刻も早く自分のペースでインドに行きたいらしく離脱したのだ。

…最初(成田)から、インドに直行すれば良かったんいぢゃナイ
(彼は思い込みが激しく、初めからこの旅の目的を深く考えていなかったようだ。この後、イラン経由でインドに行けていた。もちろん日本に帰国したよん)

あっけなくアッサリ別れた後、我々2人は駅の近くにいた人に声を掛けられ、ホテルのパンフをもらった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6806
(1996年当時のモノを撮影)
良さげぇ~~~~~

イイカンジの建物だし、日本語の案内も書いてある。[ ]

日本語だけ手書きだ。
宿泊者が協力したのだろうか

とりあえず、行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6807
(1996年当時のモノを撮影)
お宿は駅のすぐそばだ。

左下の黄色い部分アテネの駅
(東欧・トルコ方面の「ラリサ」駅と、パトラ(ペロポネソス半島)方面の「ペロポネソス」駅の2つが隣接している。2005年に統合された)
そして、すぐ右にある赤い■がホテルの場所だ。

お宿の名前は「HOTEL RIO」。
シャワー付き・朝食なしで、1人1泊2500GRD(ドラクマ:約1250円)。
さすが欧州のはじっこ、かなり安い。
もうアジア並みの物価だ。

…つまりギリシャは「ヨーロッパの田舎」ということ

部屋を見せてもらうと、我々のだけが離れの部屋だった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6808
(1996年撮影)
部屋の前の中庭がサイコ~~~~~

もうコレだけで気に入ったので、ココに泊まることにした
シャワーは、洗面台の蛇口脇からシャワーのホースが分岐している簡易なモノだったが、まぁイイだろう。

部屋に荷物をおろし、とりあえず近くのストアに買出しに行く。
そのまま小さなレストラン(ギリシャ語では「ταβέρνα(タベルナ)」と言う)で、スブラキを食べる。

ここのスブラキは、丸い木の皿(プレート)にナン・トマト・赤玉ねぎと一緒にキレイに盛り付けられていて、超~美味だった♪
肉はたぶん鶏肉で、塩味がベースのモノ。
トルコの「ドネルケバブ」と同様、スライスした肉を長い棒に刺し回転させ、横からバーナーで炙っている。
お値段は1000ドラクマ(約500円)。

ラッキーパプニングに満足し、お宿に戻る。 
そしてシャワーを浴びる。

…お湯ぢゃナイ。

気持ち、ぬるい水」というカンジだ。
まぁ、夏の南欧だからイイっか

明日はアテネ観光だ

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その69」はこちらーっ!

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コメント

♬桃色吐息のステージはヨーロッパの田舎、ってか、

投稿: bell | 2015年2月19日 (木) 08時37分

まりちゃん

アドリア海の緑の海も、エーゲ海の青い海も地球の宝物だね~
今回は若かりし頃のまりちゃん満載^m^ムヒヒ
ところで、物理はともかくとして、電気って…
工学系?

投稿: あめぶる | 2015年2月19日 (木) 09時50分

★ おっかさま

ギリシャとポルトガルは「ヨーロッパの最果て」と呼ばれていましたからねぇ~

投稿: まりりん | 2015年2月19日 (木) 09時57分

★ 師匠ぉ

オラは今でも若いわよん

高校と大学の専門は電気工学よ

投稿: まりりん | 2015年2月19日 (木) 09時59分

前回の記事の時も思ったので今回は実践してみたんだけど・・。
今回の特急の指定券を見てね。
左手で書くと似たような数字が書けそうだなぁ~って。
そしたら似てた★ (^-^;

今度ワタシもホームで仁王立ちして写真撮ろぉ~~っと♪

投稿: ひめ子 | 2015年2月20日 (金) 13時01分

★ ひめぽ

そういえば、西洋人は左利きも多いね。
日本人は強制的に右利きに直されるけど、外国ではそんなことはしないからね

パトラ駅の仁王立ち、もちろん「ドヤ顔」だよん

投稿: まりりん | 2015年2月20日 (金) 14時43分

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