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2013年2月

2013年2月28日 (木)

グルメ日記 ~「麺の街、ふじよしだしぃ。吉田うどん」2008~

今回は、2008年に山梨県の「河口湖(かわぐちこ)」に行った時のおハナシぃ。

河口湖に行った目的の一つに、名物の「吉田うどん」を食するというのがあった。
河口湖町の隣、富士吉田市の一帯はうどんの街だ。

…ってなワケで、富士急行線に乗って移動開始

河口湖駅から2駅目で下車。
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2001
富士急の本拠地「富士吉田(ふじよしだ)」駅だ。

2013年現在、富士吉田駅は「富士山(ふじさん)」駅と名を変えている。

JR中央線の「大月(おおつき)」駅からやって来た富士急行線は、ここでスイッチバックし、逆向きに進んで河口湖駅へと向かう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2002
河口湖は左奥の方向に、大月は右の方向にある。

さて、駅で吉田うどんのパンフレット(ガイト)をGETし、早速街へ…。

この街のうどん屋はどこも営業時間が短く14時には閉まってしまう。
ただ今13時

急がねばっ

早足で遠くにある目的のお店に行くも、すでにのれんが外されていた。
閉店前だが、「売り切れでーす」とのこと。
行列が出来る人気店だから仕方がないな…。

…で、急いで別の店を探す。

もう14時に近いので、確実に開いているお店を選ぶ。
結局、富士吉田駅近くにあるお店が良いということになり、今来た道を引き返す。

駅前に戻った。

お店は駅の目の前だそうだ。
パンフの地図を頼りに駅ビルから道を眺めると、その場所には民家らしき建物があった。

でも、どー見てもフツーの家だよなぁ…

とりあえず、その建物の前まで行ってみると…
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山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2003
おぉお店やナイけぇ~~~♪♪

カンバンには「吉田の手打うどん 研考練」と書いてある。

この場所から後ろを振り返ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2004
右側の白いフェンスと木々の向こうは駅ビルだ。

駅からこんなに近い

…初めっからココにすれば良かった。

お腹も空いたので、そそくさとお店に入る。
昔ながらの食堂」といったカンジの、ナイス店内
お店のオバチャンも、なかなかイイ味を出しているぞ

メニューを眺める。
すると、「“当店オリジナル”のあげだしうどん」なるものが書いてあった。

…う~ん、気になる。

オバチャンに話を聞くと、「うどんを油で揚げてある」とのこと。

めずらすぃ~~~~~~~~っ

興味があったのと、オバチャンの勧めもあって、注文してみた。
何度も「フツーのおうどんじゃアリマセンよ」と警告()されたが。(笑)

しばらくして出てきたのは、見た目はフツーのうどんだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2005
美味そぉ~~~~~~う♪♪

いっただっきまぁ~~~~っす

麺をすくってみると……揚がっている。
確かにフツーのうどんよりも硬くて動かない。

で、食してみると……

粘り気のない揚げ餅」のようだ。

太麺というのもあって、なかなか噛み応えがあり、結構美味い
ただし、揚げてあってツルツルしていないから、フツーのうどんのように「ズズーッ」とはすすれないが。

つゆの味付けは、あっさり醤油でダシの味。
上に大根おろしがたくさん載っている。

これが揚げ麺に合うんだな~

…そう、「揚げだし豆腐(餅)」と同じ感覚だ。
もちろん、生姜も載ってるよ~ん

確かこれで550円だった…ハズー。

満足して店を出る
富士吉田駅の隣の「月江寺(げっこうじ)」駅まで歩きながら、街を散策することにした。

さっきは急ぎ足だったのでちゃんと見ていなかったが、この街には素晴らしい景色がある。

それは↓コレだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2006
おフジぃーーーーーーっ

富士山に向かってずっと上り坂の道だ。
鳥居の中にはおフジ様が

ここが昔からの富士山詣の参道だよん。

この辺から道を曲がって、坂を下りつつ月江寺駅まで行く。
(この一帯は富士山の裾野部分だから、一方向の緩い坂が延々と続いている)

…で、途中にあったお店のノボリに目が留まった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
山梨・富士吉田の吉田うどん2008-2007
…ト、トマトラーメンだとぉ~~~~~~ぅ

それは、吉田うどんに対抗するかのようにアバンギャルトで挑戦的な麺だ。
ただ、オラは食べる気にはならなかったが。
…まぁ、こういうのはそれぞれ好みがあるからねぇ。
(2013年の現在では、結構メジャーなメニューになりつつある)

そんな訳で、吉田うどんはもう1回はチャレンジしたい。

ただぁ~、営業時間が11~14時というのは何とかならないのぉ~
しかも「日曜日休み」という店も多いしぃ~。

観光で売っていくなら改善してもらわないとぉ…
元々は地元民相手の商売なんだろうけどぉ~。
(2013年ではどうなったのか、まだ調査に行っていない…)

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2013年2月25日 (月)

旅日記 ~「お茶とみかんと天浜線。2013」その2~

前回「その1」のつづきーっ!

豊橋旅行の帰り、静岡県のローカル私鉄「天竜浜名湖鉄道」に乗り込んだ。
521
ローカルだろぅ

車体中央に書いてある「TH2111」は車両番号。
番号の上の「THR」は「テンリュー・ハマナコ・レイルロード」の略。

まずは、途中の駅まで行ってみよう

さぁ、いよいよ出発だっ
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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車両の上に電車用の架線(電線)もナイ、ヘロヘロな線路を進んで行くのだ♪♪

列車は軽快に出発した。
さすが新車、足取りは軽い
JRの線路から離れるように、左へ左へとカーブして行く。

動き出してほどなく、次の駅「アスモ前(ますもまえ)」に停車した。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
523
う~~ん、まっすぐ

ココからは線路がまっすぐだ

この駅名からして、どう考えても国鉄時代には無かった駅だ。
横には大きなグラウンドがあった。
アスモ」って、自動車部品メーカーの名前だそうだ。

前面の見晴らしが良いので、こんな写真もカンタンに撮れる
(少し後ろからズームで撮ったでぇ~)

見晴らしがあまりに良いので、少しの間写真を撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
524
イイカンジだねぇ~~~~♪♪

山裾を走るカンジなので、トンネルもあるが、それほど「山間部っ!」という場所は走らない。

列車は3つめの「知波田(ちばた)」駅に到着した。
525
…信号機、低くね

今まで見た中でイチバン低い信号機だ
天浜線の信号機はどこも異様に低い。
これもローカル私鉄の醍醐味♪♪

少し走ると、いよいよ浜名湖が見えて来た。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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キレイだねぇ~~~♪

いつも見る東海道線(海側)からの光景とは違って、同じ湖とは思えないくらいの、のどかな佇まいだ

さて、この辺の見所はもう1つあるのだぞ

それゎ……
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
527
みっかびーーーーーーーーーーーっ★

…そう、「三ヶ日(みっかび)みかん」で有名なミカン

この一帯は、至る所にミカン畑がある。
ちょうど季節(チト過ぎていたが…)なので、ミカンがたくさん生っていた

車内からは…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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こんなカンジでミカンが楽しめる

列車は次(4つめ)の駅、「尾奈(おな)」駅に到着した。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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こくてつーーーーーーっ

写っているモノすべてが国鉄時代の「遺品」だ。
取り換えることなく、ずーーっと使ってたんだねぇ~~~~

この駅から先、駅舎の横におもしろいトイレがいろいろ建っているので要チェック

列車はいよいよ最初の見所へ…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
530
浜名湖が目の前だ

実は、この辺の湖は「奥浜名湖(おくはまなこ)」(本名「猪鼻湖(いのはなこ)」)と言う。
浜名湖の奥にある、小さく区切られている湖だ。
地形上、この小さな湖が出来たっぽい。

列車はのんびりテコテコ走り、ミカンの本拠地「三ヶ日(みっかび)」駅に停車。
ココで新所原行き列車と交換(単線なので行き違いの待ち合わせ)をした。

三ヶ日」の地名の由来は、月の3がつく日(3・13・23日)に市が開かれたので、「3日の日」→「三ヶ日」と呼ばれるようになったのがキッカケだそうな。

奥浜名湖を横目に、列車は次の駅、「都筑(つづき)」駅に到着した。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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まだまだ「つづき」はあるぞ

このカンバンのカスれ具合が良い

さて、列車はホントの浜名湖沿いの駅、「浜名湖佐久米(はまなこさくめ)」駅に到着した。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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ご覧のとおりに、浜名湖が目の前に迫っている。

ココの駅は何の変哲もナイのだが、名物があって多くの人が下車する。

それゎ…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
533
カモメさんだ

近所のおぢさんが餌付けをしていて、毎日お昼ころになると、列車の時間に合わせて餌をあげに来るそうな。
カモメさんたちも心得たモノで、その時間になると大量に集まって来るそうで…
列車のまわりで餌を食べまくっている姿を見ようと、観光客たちが集まるって~~~ワケ

あいにく、もぐもぐタイム1本あとの列車の時間とのこと…。
仕方なく諦めて、そのまま乗車。
カメラを持って待っている人も結構いた
もぐもぐタイムに停車する列車は、この駅で1分間停車して「撮影タイム」を設けてくれるそうで

列車はさらに進む。

そろそろ浜名湖のはじっこに来るころだ。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
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イイ風景だ♪

でも、こんなに家が建っているのに、浜松駅を通らないせいでお客がいない……残念だ。

列車は「西気賀(にしきが)」駅に到着。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
535
ココは駅舎内にフランス料理レストランがあるそうで。

地元の食材を使ってる…って、「んなぎ」もフレンチになるのかなっ

列車はココで、浜名湖とバイバイキン。
ココからは内陸部を走る。

さて、いよいよ最初の目的地「金指(かなさし)」駅が近づいてきた
降りる準備をして到着を待つ。

列車は金指駅に到着した。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
536
イイ雰囲気だねぇ~~~~♪

一瞬、途中下車しようか止めようか悩んだものの、折角の「フリーきっぷ」なので降りることにした。
実は、この駅にある観光スポットは、次の列車を1時間待ってまで見るほどのモノではナイのだ

ココでも新所原行の列車と交換待ち。
その間、停車中の列車を撮影しまくった

そのうちの1枚を。
537
シヴいねぇ~~

なかなか凝った駅名板だ。

この駅のホーム屋根、実はコレが登録有形文化財
木造の、かなりシヴい造りのお屋根だ

さて、いったん列車を降りて、のんびり1時間過ごしますか…

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 おまけ 

天浜線の各駅の解説はこちら(公式サイト)をクリック

つづき「その3」はこちらーっ!

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2013年2月21日 (木)

ジオラマ日記 ~「プレイバックPart30」の巻~

前回「Part29」のつづきーっ!
「Part1」はこちら)(「Part10」はこちら)(「Part20」はこちら)(「Part40」はこちら)

今回も「特攻野郎Bチーム」サイトのトップページ画像を使った「ジオラマ総集編30」を。

テーマは「自然」。
いつもどーり、はぺろぉ~んと見てくださいまし。

画像をクリックすると少しだけ拡大するのだ

まずは…。
3001
富士山が一望できる、海道富士(ふじ)」駅付近をイメージ。

1988年に欧州の「オリエント急行」が日本にやって来た時の光景を、それっぽく再現。
欧州の列車が日本まで来る…。
コレはもう二度と実現しないだろう…

ジオラマは「特攻野郎Bチーム」の「ZERO」氏の作品。
客車は「特攻野郎Bチーム」の「ノコnoko」氏の作品。
背景はが現地(富士宮近郊)で撮影。

お次は?
3002
山間部の里を走るローカル客車列車

日本のあちこちで見られた光景だ。
なつかしや…

ジオラマは、「特攻野郎Bチーム」の「Nakanaka」氏の作品。

そして同じく…
3003
山間部のローカル駅だ。

四国の駅をイメージ。
車両たちも、「ディーゼルカー王国」と言われた昭和時代の四国の主たちばかりだ

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の「Nakanaka」氏の作品。

場所を変えて…
3004
海上から狙ってみた

九州の海岸線と山間部を走るローカル線をイメージ。
このアングル、結構お気に入り

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏の作品。

最後に…
3005
1つ上の写真と作品は同じだが、改修工事を受けた後の光景だ。

砂浜をはじめ、褪せてしまった素材を新しいものに交換。
剥せないものは、上から重ね貼りした。

だいぶ明るいイメージになったっしょ
九州だから「太陽がいっぱい」のイメージをさせないとね

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏の作品。
改修工事はが担当。

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…ま、今回はこんなカンジ~~
いかがでしたか?
これらの作品は「特攻野郎Bチーム」サイト上の「ギャラリー」に掲載されているので、ぜひご覧ください。

それではぁ~~

つづき「Part31」はこちらーっ!!

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2013年2月18日 (月)

旅日記 ~「お茶とみかんと天浜線。2013」その1~

今さらだが、正月のハナシを。

2013年1月4・5日青春18きっぷで「豊橋(とよはし)」まで行って来た。
その帰り、「いつもまっすぐ東海道線で帰るのは、つまんなーい」ってな流れで、今回は途中で「寄り道」することにした

朝、豊橋駅からJR東海道線に乗り込む。
いつもならバカみたいに東京駅まで5時間乗り進んで行くのだが、今回はすぐに下車。

豊橋駅から2つ目の「新所原(しんじょはら)」駅で降りる。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
501
いやぁ~、閑散

正月休みのせいか、ガラガラだ。
こんな長いホームでも、停まる電車は4~6両編成だけだ。

今回は、このホームの右側にチロッと見えている列車に乗り換えだ
しかも、人生初♪♪

では、その列車さんにご登場いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
502
てんはまーーーーーーっ

そう、今回は「天浜線(てんはません)」こと「天竜浜名湖鉄道(てんりゅうはまなこてつどう)」に乗るのだ

元々は国鉄「二俣線(ふたまたせん)」という名前だったのだが、赤字ローカルゆえに廃止に。
それを地元が第3セクター路線として引き継いだモノ。
静岡県内の「新所原」駅と「掛川(かけがわ)」駅の間をのんびり走っている。

決して人口が少ない地域を通っているワケでもナイのに、なぜ赤字路線になったかというと、この地域最大の都市「浜松(はままつ)」をバイパスする線路配置だったからだ。
浜名湖(はまなこ)や海沿いを通る東海道線が、戦争などの有事の際に鉄橋などを破壊されて通れなくなった時の「迂回路」として、戦時中に建設された。

平和な今、逆にそれがネックとなって乗客が少ない路線になってしまった…。

…ま、歴史のおべんきょーはココまで。

さぁ、天浜線に乗ろう

まずはJRの駅の跨線橋(こせんきょう)を渡る。

すると、橋の窓から…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
503
ちっこい駅だよぉ~~ん

なんとか2両編成が停まれるくらいの短いホームだ。

右側のまっすぐ光ったガッチリした線路JR東海道線
足元にある、2本の茶色いへろへろな線路天浜線
業績の差は見ての通り。

まずはJRの改札を出る。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
504
水色の建物がJRの駅舎だ。

天浜線の駅舎は、左横の2階建てのおされなヤツだ

浜名湖」というくらいだから、名物のうなぎ弁当でも買おうかと思ったら、まだ売店が開いていなかった。
今から乗る列車が出たすぐ後に開店だそうだ

仕方なく、窓口で切符を買い、ホームに入る。

すると目の前に…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
505
どどぉーーーーーーーん

コレが今から乗る列車さんだっ

ディーゼルカーの1両編成。
比較的最近に配属された車両で、まだ新しい。
現在は、天浜線のほとんどの車両がこの形式だ。

1両しかナイので「急いで窓側のイイ席を確保しなくてゎっ」と、いそいそと車内に入ると…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
506
……誰もいねーーーよ。

…あ、前に1人だけいた

ま、席もあっけなく確保できたので、発車まで駅を眺めることにした。

まずはホームを。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
507
シヴいねぇ~~~~~★ 

」のテイストが溢れている
何でも、この路線の鉄橋などの設備は、建設当時(昭和10~15年)のままのものが多いとか。
なので、いろいろなモノが国の「登録有形文化財」に指定されている。
いま、天浜線はコレらを「観光スポット」として展開中

…お、時刻表があった。
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
508
う~~ん、少なひ。

でも1時間に1本あるんだから、まだまだイケるか

さて、車内に戻ろう。

席に座って、さっき買ったきっぷを見てみた。
509
1日フリーきっぷぅぅぅぅ~~~

途中下車しないで乗り通すのであれば、フツーのきっぷとさほど変わりはナイが、途中下車するのであればこれは便利♪
しかも、ルートが3種類選べる。
(「新所原~掛川」「新所原~浜松」「浜松~掛川」だ。浜松へは途中から「遠州鉄道」に乗り換える)

コレは全区間天浜線の「新所原~掛川」のきっぷで、1500円ナリ

まだ運転士さんが来ていないので、今のうちに運転席も見ておこ~っと
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
510
一般的なローカル線のワンマンカー仕様だね。

料金箱などもごく一般的なモノ。
ワンマン用の機器は、バスでも使っている共通品が多い。

ちなみに、走行中でもイチバン前の前面ガラス(右側)にへばり付くことが出来る。
これはローカル線ならではの醍醐味(だいごみ)だ♪♪
ただし、運転士さんの視界を遮るなよ

そして、運転席は…
(画像をクリックすると拡大するよぉ~ん)
511
をぉ!近代的ぃ

まるで電車のような運転台だ。
この車両はディーゼルエンジンで走る「気動車」なので、電気のモーターで走る「電車」とは運転方法が違う

自家用車やトラック・バス同様、「ギアチェンジ」などもする。
そのレバーらしきモノが付いているね。
まぁ、今では鉄道車両とて「オートマチック車」だが。

…あ、運転士さんがやって来た
そろそろ出発

わくわく♪

わくわく♪♪

つづき「その2」はこちらーっ!

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2013年2月14日 (木)

グルメ日記 ~「国際文化麺類学」2013春~

オラは「カラダの半分は麺で出来ている」と言っても過言ではないほどの、無類の麺好きだ。

そば・うどん・パスタ・ラーメン…何でも来い。
日常は「もりそば」か「カレーそば」をよく食べるのだが、旅に出るとラーメン三昧になってしまう。

近年、「ご当地ラーメン」がブームになっているためか、旅先にありとあらゆるラーメンがオラを待っている。

やれやれ、困ったものだ…

ラーメン博物館」的な所が多くなったので、短期滞在でも食べ比べ出来るようになり、非常に楽である。
…下っ腹には苦であるが。

まずは、2007年2月末に訪れた、北海道のラーメンをご覧いただこう。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1001
ピリ辛まいうぅぅぅぅ~~~~~ん

ピリ辛味噌」味のラーメンで、冬場には最高の味だ

次に…
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グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1002
チャーシューたっぷりぃぃぃ~~っ

焼き醤油」味のラーメン。

焼き」とは珍しい。
おそらく「焦がし醤油」的なニュアンスだろう。

そして、
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1003
あっさり爽やかぁぁぁぁ~~~~っ

見た目も爽やかな、「海鮮塩」味のラーメンだ。

ご覧の通り、カニちゃんとホタテくんがたっぷり入っている

北海道は「こってり系」も「あっさり系」も両方あり、選択の幅が大きく色々楽しめる。
オラはあっさり系の醤油か塩が好きだな

ラーメンは、今や立派な「日本料理」。 [ ]

中国人が日本のラーメンを食べに、わざわざ中国からやって来るほどである。
そして一様に「日本のラーメンは美味しいねー」と言う。

ラーメンは日本の「文化」と言っても良いだろう。

あなたはどのラーメンがお好きか…な

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では、その「中国のラーメン」をご紹介しよう。

正確には「ラーメン(拉麺)」ではないかもしれない。
(ラー)」とは「引っ張って伸ばす」という意味がある。
なので、製麺時に「」してなかったら、それはラーメンではない。

ちなみに、「」は書いて字の如く「(小麦粉)」を練って「」状に平たく伸ばした物を言う。
(「かんすい」が入っているとかは関係ない)
なので、パンも中国語では「麵包」と書いて、麺の仲間に入ってしまうのだ
ピザもそうね)

まぁ、こんな理屈っぽい事は抜きにして…

まずは…
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1004
わんたんみぃぃぃーーーーーーーん

香港・広州名物の「雲呑麺(わんたんめん)」だ。

雲呑麺は、中国南方の広東料理だ。
(雲呑って、広東語なのよ)
これは細くて硬い麺で、見た目以上にコシがあってアゴが疲れる。

スープは非常にあっさりした塩味(エビ等のダシ)系で、日本人の口にとても良く合う。
雲呑の具は大抵がエビで、これも店ごとに特徴があり、レタスが入っている店も多い。
味は、どの店でもまずハズレは無い。

この1杯の麺を食べるために、香港に通い詰めたほどで、オラにとっての「第2の郷土料理」なのだ

ちなみに、日本でも東京で食べる事が出来る。
日本では2店舗くらいでしか食べられないそうだ。
(麺が輸入しにくいらしい…)

次に…
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1005
しるくろぉぉぉぉ~~~~~~どっ

これは「豆の麺」で、正式名称は忘れた。

中国でも西の奥地、シルクロードの「新疆(しんきょう)ウイグル自治区」に住む、トルコ系ウイグル人がよく食べる麺だ。

麺は、日本のスーパーで売っている乾麺(うどん)と全く同じ。
4000Kmも離れた地で、同じ麺を食しているとは…。

スープは醤油味がベースで、これまた日本の味に近い。
具は、豆・トマト・ピーマンが入っている。
通常、地元民がよく食べているのは、豆の代わりに羊肉が入っている。

ウイグル語で「ソーメン」と呼ばれていたような…。
スープを掛けないと、「ラグメン」と言うものになる。

ラグメンは、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1006
具だくさぁぁぁぁ~~~~~~~ん

これはオラにとって、旅先で出会った新しい「逸材」だった。

ラグメンは、日本の家庭でも簡単に作る事が出来るので、ぜひお試しあれ。
うどん・パスタ用トマトソース・羊肉(鶏肉)・ピーマン・玉ねぎがあれば、すぐ出来る

そして…
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1007
まぜまぜまぁ~~ぜ、まぜぇ~~っ

日本でもお馴染みの「炸醤麺(ジャージャーめん)」だ。

でも、写真のものは新疆ウイグル自治区の「トルファン(吐魯番)」で食べたアレンジされているものなので、参考程度に見て頂きたい。

上記のうどんの麺に、挽肉と野菜のみじん切りを辛く炒めたものを掛けていて、日本で食べるジャージャー麺とそれほど変わらなかった。
ただし、本場の炸醤麺はどうであるか…

オラは本場は訪れてないので、残念ながら判らない。
(…ってか、「本場」ってどこ

さらに…
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1008
大陸の味ぃぃぃぃ~~~~~~~っ

蘭州の「牛肉麺」で、個人的に日本のラーメンに一番近いと思っている。

その名の通り、牛肉がふんだんに使われている。
味も、醤油ベースでとても美味だ
パクチーがどどーん!と入っているお店が多い。

敦煌のお店では目の前で「」してくれたので、間違いなく「ラーメン」だった。
(この写真のお店(桂林)は判らない…

最近、牛肉麺は都心や中華街等で食べられるようになりつつあるので、これも食べてみる事をお勧めする。

最後に、
(画像をクリックすると拡大するよん)
グルメ・麺類いろいろ「国際文化麺類学」2013春-1009
削りまくれぇぇぇぇ~~~~~いっ

これは、西安辺りの名物「刀削麺(とうしょうめん)」だ。

この写真の味は「坦々麺(たんたんめん)」に近いもので、ピリ辛醤油味。

刀削麺は読んで字の如く「面を刀で削っている」ので、「」はしていないのでラーメンではない。

でも、美味しいのでご登場頂いた
今回はタイトルが「麺類学」だから良いのだ 

麺を引き伸ばしていないので、逆にもちもち感があって、まいう~
日本の「すいとん」や「極太煮込みうどん」に近い食感かな。

ラーメン」にも、国際的に色々な種類がある事がご理解頂けたかな
これでオラも安心して眠れる 

以上、「自己満足的拉麺講座」おしまーい。

では、またぁ~~~~~

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2013年2月11日 (月)

ジオラマ日記 ~「プレイバックPart29」の巻~

前回「Part28」のつづきーっ!)(「Part1」はこちら

今回も「特攻野郎Bチーム」サイトのトップページ画像を使った「ジオラマ総集編29」を。

テーマは「埼玉県西部」。
いつもどーり、もきゅ~んと見てくださいまし。

画像をクリックすると少しだけ拡大するのだ

まずは…。
2901
東武東上線をイメージ。

板橋区付近を、それっぽく再現。
…板橋区はまだ東京都だなや。

ジオラマは「特攻野郎Bチーム」の「AVE」氏の作品。

お次は?
2902
何気ない「日常の西武線」を再現。

西武池袋(秩父)線西吾野(にしあがの)」駅付近をイメージしてみた。

モジュールは、「特攻野郎Bチーム」の「ZERO」氏の作品。

そして同じく…
2903
車両を変えてみた。

一昔前の特急「レッドアロー」号(5000系)だ。
車両はNゲージのキットを切り継いで改造。

背景は、実際の西吾野付近の車窓から撮ったモノだ。

アングルを変えて…
2904
川原から見上げて狙ってみた

このアングル、結構お気に入り

お山を越えて西に移動して…
2905
秩父(ちちぶ)鉄道をイメージ。

実際にはこのような場所は存在しない。
あくまでも、「イメージ」だ…
車両が秩父鉄道なだけだろ」…というツッコミはやめてチョーダイ

車両は、JR103系(総武線)に秩父鉄道の茶色い帯のシールを貼っただけ。
これも実在しない「なんちゃってウソ電」だ。

モジュールは、の作品「桜のある風景」。

同じ線内を移動して…
2906
途中のローカル駅をイメージ。

実際には、このような片面のホームが1つしかナイ駅というのは、秩父鉄道ではかなり少ない。
まぁ、これもローカルな雰囲気を楽しんでいただきたい

ちなみに、写っている車両「急行:秩父路」(6000系)は西武線(101系)からの改造。
実車も同じく、西武線のお古を改造して登場した

モジュールと車両は、「特攻野郎Bチーム」の「ZERO」氏の作品。

最後に…
2907
秩父鉄道武州日野(ぶしゅうひの)」駅をイメージ。

休日の、西武線からの直通列車との交換(単線行き違い)風景を再現。
この少し後には、SL列車「パレオエクスプレス」もやって来るよ~ん
(実物はね…)

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏の作品。

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…ま、今回はこんなカンジ~~
いかがでしたか?
これらの作品は「特攻野郎Bチーム」サイト上の「ギャラリー」に掲載されているので、ぜひご覧ください。

それではぁ~~

つづき「Part30」はこちらーっ!!

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2013年2月 7日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その42:コペンハーゲンからベルリンへ~

前回「その41」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名・名称等にふり仮名がないものは、前回までの日記を参照されたし。

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1996年7月11日(木):くもり 一時 雨

→ København(コペンハーゲン) → Berlin(ベルリン)

昨夜22時半にスウェーデンの首都にある「ストックホルム中央」駅を発車した夜行列車は、一路デンマークの首都「コペンハーゲン」に向かって走っている。

列車は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4201
(1996年当時のパンフを撮影)
ぁぁぁぁ~~~~~

夜行列車なので、さすがに自分では列車全体は撮れないッス。

おはよう

明け方に目が覚めると、走っている音がしていなくてとても静かだった。
隣に同じ客車がいたので、「駅に停まっているのかな」と思って二度寝しようと思ったけど、停まっているのに揺れている。

何だ何だ??」と思って、起き上がる。

落ち着いて状況を調べると…

確かに車両は揺れているんだけど、鉄道車両にはあり得ない、ゆ~っくりとした上下の揺れ方だ。

これは…と思い、客車のデッキに行ってみる。

…おっ、外に出られるみたいだ

デッキの扉にはカギが掛かっていないので、車外に出られる。

薄暗いデッキのドアを開けると、そこには明るい外の空間が待っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4202
(1996年撮影)
うわああぁぁぁぁ~~~~~っ

何とっお船の中にいたのだっ

列車ごとフェリーに乗っているらしい。
どうりで、船のような揺れ方をすると思った…

急いで自席に戻ってカメラを取り出す。
そして、いそいそと船内探検

まずは、自分の車両の周りを撮影。(上の写真ね)

そして、広い場所へ移動すると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4203
(1996年撮影)
確かにお船の中だ

隣のトラックには人がいないな…

自動車の乗客は、船室に移動しているようだ。
列車内の乗客は、客車内に座っているシステムっぽい。

日本では、青函連絡船(戦後頃まで)以外に、定期列車をそのまま船に載せてしまうことはやっていなかったと思う。

デンマークの周辺は島だらけで、陸地がつながっていない。
なので、このような方法で頻繁に列車が運ばれている。

…どうやら、今いる海がスウェーデンとデンマークの国境のようだ。
スウェーデン側の街は「Helsingborg(ヘルシングボリ)」と言うらしい。

寝ている間に、スウェーデンを出国しちゃったのねぇぇぇぇ~~~~っ ╋━

それほど長くない時間でお船が対岸に到着し、列車はデンマークに入国した。╋━

車内では何の検査もなく、車両はそのままフツーに船から出され、元の列車に仕立て直されて出発した。
ここからは、ずっと地上を走る。

解りにくいので、地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4204
(1996年当時の地図を撮影)
島だらけぇぇぇぇぇ~~~~っ

…ストックホルム(スウェーデンの首都)
…コペンハーゲン(デンマークの首都)
…ベルリン(ドイツの首都)
…列車での移動ルート
…フェリーに列車を載せる区間
…海峡の橋

今はの上のいるよん。

右上のが、昨日いた「Stockholm(ストックホルム)」ね。
そこから、太く黒い線を描いたルートで南下して来ていて、が列車の経由地。

今日は、最終的には右下の「Berlin(ベルリン)」まで移動する。
からまでの距離は、約850Kmほど。

今乗っている列車は「København(コペンハーゲン)」止まりなので、もう1回乗り換える。
の海峡は長い鉄橋で越えて、の間の海(どちらも国境)は、列車ごとフェリーに載せられて移動。

つまり、ベルリンまではお船に2回乗るということだ

路線図だと解りにくいので、ちゃんとした地図で改めてご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4205
(2019年のグーグルマップより)
うん、見やすい

デンマークは、海だらけっしょ。
しかも、国土は九州くらいの大きさしかナイ。
(実はその他に「グリーンランド」という超広大な土地(日本の5.7倍もある世界最大の島)があるけど、北極圏なので沿岸部にしか住めない)

列車は数時間走り、朝7時半頃に「コペンハーゲン中央」駅に到着した。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4206
(1996年撮影)
う~~~~ん、赤い

駅の柱も客車も、全て赤い。
赤い客車は、デンマーク国鉄(DSB)の車両だ。

ちょうどオラの後ろに隠れてしまったが、車体に自転車のマークが描いてあり、その部分には自転車が積み込める。
欧州ではごくフツーのサービスで、休日のツーリングに最適だ

駅舎は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4207
(1996年撮影)
う~~ん、ぷりち~~

正方形をベースにデザインされているね~

さて、ここからはドイツのベルリンへ向かうので、乗り換えだ。

乗り換え時間は、約2時間

その間に駅のトイレに行こうとしたら、何と有料のチップ制

デンマークのお金を持っていないので、入れない…

朝ご飯も買えない、ジュースも買えない…
両替するほど滞在するわけでもなく、……いや、そもそもまだ銀行が開いていない。

とりあえず、駅舎内のベンチに座って歯磨きをするも、洗面台や掃除用の排水口もない。
水回りは全て有料トイレの中…
仕方なく、ごく少量の水で口をゆすいでティッシュに出して、ごみ箱に捨ててしまった。
もうこれしか方法がナイ…

小さな国ごとにお金を両替するというのは不便だ…
(今なら「ユーロ」という統一通貨があるけどねぇ~。この頃はまだ無かった)

何も出来ないので、3人でおとなしくホームで待つことに。
駅周辺を1時間くらい散歩する気力すら失せた…

ホームのベンチで座っていると、目の前に特急列車がやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4208
(1996年撮影)
てれびくぅーーーーーーーーん

…これだっ本物だっ!!

この車両、「テレビ列車」というようなあだ名が付いている。
ご覧のとおり、お顔が何となくテレビっぽい。

お顔のフチの黒い部分は、ゴムで出来ている。

なので、列車を増結する時は、このお顔のゴムどうしが「ぶちぅ~~~~~」とくっつく。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4209
(1996年撮影)
…ほらね

かなり濃厚な「ちう」だ。

こうすれば隙間が一切開かないので、安全だね
しかも、乗り心地を良くする連結部分のクッションの役目も果たしている。

さらに、お顔の運転席部分は内側に折りたためるのだ

ゴムの内側の運転席部分が、部屋のドアのようにまるまる側面に寄せることが出来て、ぽっかり空いたスペースは隣の車両への通路となる。
日本の国鉄(JR)も似たような構造の車両があるけど、こちらは真ん中の細い通路部分のみ折りたためるようになっているだけで、運転席は移動しない。
お顔ごと折りたたんでしまうほどの「」さはナイ

さて、次に乗る列車は、9:05発の「ハンブルク・ベルリン」行き国際特急だ。
(国際特急は「EC(ユーロシティ)」と呼ばれている)
ドイツ国内で、ハンブルク行きとベルリン行きに分割する。
我々は、もちろんベルリン行き車両に乗車。

列車がやって来たので、今度は堂々と1等車に乗り込む。

車両の外観は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4210
(1996年撮影)
でーーーーーあーーーーーる

旧東ドイツ国鉄(DR)の車両だっ

色的には「江ノ電」に似た感じかな。

ドイツ国家は1990年10月3日に東西統一されたけど、鉄道等のインフラは「ある日を境に一気に…」ということは出来にくい。
なので、しばらくは旧東ドイツの車両がそのままの姿で走っているという訳。
旧西ドイツ側の人々から見れば「東ドイツの残骸の忌まわしいもの」かもしれないけど、外国の「鉄ちゃん」から見れば、今や何の恐れもなく安心して乗れる旧共産圏の「ありがたい車両」だ

車内に入り、1等コンパートメント(個室)に入る。

この車両は、1等と2等の合造車で、1等6人個室が4室、2等8人個室が6室ある。
詳細を知りたい方は、こちらの模型の日記もご参照くだされ。
(この車両に乗った後に、同じモノのを探して買ったッス

車内の通路部分は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4211
(1996年撮影)
手前の4室が1等部分で、仕切りドアの向こうが2等室だ。

座席に座る。

設備が古いとはいえ、さすがそこは欧州の1等室。
座席はかなりゆったりしている

窓の下にある、くず物入れを見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4212
(1996年撮影)
ここにも、でーーーあーーーるっ

旧東ドイツ国鉄の略称「DR」(デーアール:ドイツ国有鉄道)の文字が

旧西ドイツ国鉄は「DB」(デーベー:ドイツ連邦鉄道)と言い、東西統一により新たに民営の「DB」(ドイツ鉄道)となった。
略称は以前の「DB」と同じだけど、マークの形は少し変化している。

もう存在しない、謎と恐怖に包まれていた国の車両に乗っていると思うと、ゾクゾク・ワクワクする

初めて好きになった外国の鉄道がドイツだったので、なおさらだ。

編成内の他の2等車両は、旧西側の車両だったり、改修(レベルアップ)工事をした旧東側の車両だったり…とさまざま。
車両の色も新旧混ざっていて、ちょうど過渡期のようだ。
白地に窓周りが水色の車両が、新色ッス。

列車は静かに発車。

結構な速度で快調に走っている。
欧州の鉄道は乗り心地のレベルが高いねぇ~~~~
在来線でも、日本の新幹線並みの乗り心地が味わえる。

まぁ、土地の広さと地盤の固さと線路の幅と車両の長さと重さが違うからねぇ~。
単純には比較出来ないッス。
(欧州の車両の長さは日本の新幹線より長くて、幅はJR在来線とほぼ一緒)

列車は、またもや海峡部分に来た。
だけど、今度はそのまま走っている。

車窓の先を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4213
(1996年撮影)
おぉ大きな鉄橋だっ

ここは鉄橋で一気に渡るようだ。(地図の

この橋の名前は「Storstrømsbroen(ストアストレム橋)」と言うそうな。
2車線の道路と単線の線路が並んでいる。

デンマークは、瀬戸内海のように小さな島が点在しているので、部分的には鉄橋が架けれらている。
やはり、フェリーで車両を航送していたのでは時間が掛かるため、高速化も含めて鉄橋を建設しているそうだ。

ちなみに、今乗っている列車のルートは「渡り鳥コース」と呼ばれている。
ちょうど実際の渡り鳥と同じルートだったことから、名付けられたそうで。

お天気がイマイチだったので、橋の上からの景色は拝めなかった…

橋を渡り切って快調にスッ飛ばしていると、列車は「Rødby(ロービュ)」駅に停まった。(地図のの左下にある

ここからは、またフェリーに載せられるそうな。
しかも、デンマーク側の国境駅だ。

今回は、北欧4ヶ国から出るので、しっかりと出入国審査が行われるようだ。

すぐに係員が乗り込んで来て、出国審査が始まった。
…と言っても、手続きは超カンタン。

パスポートを見せて、「日本人か」「Yes」「OK」くらいで済む。(笑)
日本の国力と礼儀正しさの効果はスゴい…

これで北欧ともお別れ。

いよいよドイツに入国かぁ…

車内で座っていると、列車が動き出した。

いったんフェリーまで行ったと思ったら、また戻って来てしまった。
あれれ??」と思っていたら、どうやら列車をフェリー内の留置線に押し込んでは数両ずつ切り離して戻り、また別の留置線に押し込んで行く…の繰り返しをしているっぽい。

3回目だろうか、やっと我々の車両がフェリーに押し込められる番となった。
しかも、何と先頭だぜぇ~~~~~い!!
ラッキーーーっ

後ろから機関車に押され、列車はゆっくりとフェリー内へと向かう。

こんなチャンスは滅多にナイので、車両のデッキに移動して見学することにした。
超~~特等席

さっきまで気が付かなかったけど、目の前に今まで見たことも無いフシギな線路が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4214
(1996年撮影)
3つに分かれてるぅ~~~~

何と、ここで線路を小さく3つに分岐させて、船内で大きく左右に振り分けるという作戦だ。
つまり、線路が3本僅かずつズレて重なっている状態。

もっと船に近い所で分岐させてもイイのに、ナゼこの地点で

積雪の関係で塩害の関係で??メンテナンスの関係で???

こんな特殊な線路、初めて見た…
世界でもそう無いね

いやぁ~~、スゴく良いモノを見させてもらったよ
最高の「デンマークみやげ」だ

そして、車両は船内のイチバン左奥へ押し込められ、固定された。
客車単体で留置されると徐々にブレーキが利かなってくるため、チェーン等でしっかりと船体に固定される。

機関車が切り離されたら室内が真っ暗になったけど、すぐに船から電源をつないでもらったため、照明だけはボンヤリと点く状態になった。
とりあえずの電源なので、空調等の大電力を消費する機器は動かないようだ。

一応「一等船室」なんだけどねぇ~。

…って言うか、実はこの車両自体にクーラーが無いのだ
(東ドイツ製だからねぇ~

このまま車内にいてもイイし、船内に行くこともOKだそうだ。

薄暗い部屋に閉じ込められているのもイヤなので、船室探検に出掛けることにした

階段を上って、デッキ(甲板)にも行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4215
(1996年撮影)
う~~~ん、船旅

あとはお天気さえ良ければ…。 

お船は出航した。

距離は19Kmで、45分の航海だそうな。

船室は明るく快適な空間で、テレビの他にも時間を潰せる(と言っては語弊がある)モノが充実している。
国際航路」なので中はすべて「免税」で、免税店では酒・タバコがかなり売れていた。
(欧州は税金が高いので、タバコ等は贅沢品)

しかし、船室には我々が座れる座席はナイ…。
なので、我が1等船室に戻ると…

そこには、テレビも無く薄暗くて空調の効かない、淀んだ狭い空間が待っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4216
(1996年撮影)
…せ、狭い。

景色を観ようにも、隣には大きなベンツ君(トラック)が鎮座している。
そして、前方には桟板が、これから観に行く「ベルリンの壁」のように自由を奪っている。

仕方なく、車両の下周り(機器類)を見学。

ん~~、ドイツ車はいい

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 おまけ 

ここで、乗った車両の「鉄っちゃん的な」詳細を解説しよう。
ちょいとマニアックよん。

まずは、側面のベンツ君との隙間に入り込んで…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4217
(1996年撮影)
文字がいっぱぁーーーーーい

この、車体の横に書かれた文字で、この子の全てのことが判る。

この数字や記号は、世界共通の国際規格(UIC)で、主に欧州各国の車両が使用している。
(日本のJR東日本でも使えるけど、国際直通列車が無いのでまだ採用していない)

まずは、赤い文字で堂々と書かれている「DB」のマーク。
これは「ドイツ鉄道」のロゴで、国際規格とは関係ない。

次に、その下の数字の列「5180 30-40 512-1」。
これが、この子の車体番号(本名)だ。

「5180」の「51」は、「お船で運べる一般型客車だよ」という意味。

「5180」の「80」が国番号で、ドイツは「80」が割り振られている。
(ちなみに、日本のJR東日本は「42」だよん)

この子は、生まれが旧東ドイツ国鉄なので、生まれた当時は「80」ではなく「50」だった。
(東ドイツの国番号は「50」だった)
でも、東西統一で東ドイツは西ドイツに吸収されて消滅してしまったため、この子の国籍は「ドイツ」となった。
なので、よ~~く見ると「5180」の「8」を書き換えた跡がある。

オシリの「1」も書き換えた跡があるっしょ。
これは、「5180 30-40 512」という数字が間違って書かれていないかをチェックするためのもので、特殊な計算式で1桁の数字が算出される。
「8」を書き換えた影響で、ここも変更されたッス。

その下に書いてある、アルファベットの「ABom222.1」は形式名で、国ごとに違う場合もある。
A」が1等で「B」が2等を意味している。
この子は1・2等の合造車なので、「AB」となっている次第。
om」にも意味があるけど、長くなるので省略。
222.1」は日本で言う「形式」と「番台」で、この子をJR風に呼ぶとすれば「マロハ222形100番台」となるであろう…。

ちなみに、上の「5180 30-40」の「30」が、「1・2等合造車」の意味だよん。

裾に書かれている文字や記号は、その他の色々な意味を持っている。
「ABom」の下に書かれている「39t 44t」は、おそらく体重で、空腹時と満腹時だと思う。
左奥の文字は、所属のエリアや駅名などが書かれていて、この子はベルリンっ子だね。

見える範囲には書いていないけど、車体の長さは26.4m
日本の新幹線は25mで在来線は20mなので、日本の感覚からすれば結構長い。

この他はあまりにマニアックな内容になるので、省略
(詳細を知りたい方はこちらをクリック

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近くにいる、他の車両の中も見てみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4218
(1996年撮影)
おぉ自転車が積んであるっ

国境を越えてキャンプしに行くようだ。
イイなぁ~~~~。

この車両は内装がキレイだから、旧西ドイツの車両だな…

しばらく「列車の船旅」を楽しんでいたら、お船はドイツ側の街「Puttgarden(プットガルテン)」駅に到着した。(地図の一番下の

港に着いたら、そのまますぐ入国審査で、係員がやって来た。

我々を見て、パスポートをチラッと見て…

日本人か
Ja」(ヤー:ドイツ語のYes
OK

車両の壁にパスポートを付けて、入国スタンプをバンバンバンッ
(↑かなりのパゥヲー

ダンケシェーン」(ありがとう)
ビッテシェーン」(どういたしまして)

…ってなスピードで終了

さすが、「日・独・伊 三国同盟」のパゥヲーはスゴい。
戦後何十年も経っても、良くも悪くもこの効果はこれ以降の各地でホントに感じた…

これでドイツに入国っ

以前は空港で入国したので、入国スタンプを押されなかった。
欧州ではよくある事のようで、日本帰国後に空港の税関で「どこに行って来たの」と訊かれた人も多かったとか。
今回は、しっかりとスタンプが押されたぞ

全員の審査が済むと、列車は連結作業に入る。
デンマークの時とは逆の順序で列車が引き出され、元の編成に組み上がって行く。

今度は一番先にお船から出されたので、ホームに降りてのんびりする時間が出来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4219
(1996年撮影)
すぐ奥がフェリーの桟橋だ。

ホームとフェリー乗り場は跨線橋でつながっているようだね。

しばしまったり。

ここで、初めて編成を外から眺めてみると…

…あれ我々の「1等車」だけが古い。(笑)

他の車両は、全て白い新色の更新工事済みの車両だ。
この一等車だけ古いのかぁ~。

…ま、いっか

古くても、日本の車両とは比べ物にならないくらいに乗り心地は良いのでね

列車が元通りに組み上がったので、いよいよ出発

列車は静かに動き出した。

さすがドイツ、乗り心地は大したものだ。
高速でもほとんど揺れなく、まさに日本の新幹線状態。
1996年当時の鉄道は、総合的に見るとドイツが世界最先端だった)

途中の「Lübeck(リューベック)」駅で、ハンブルク行きの客車を切り離した。(地図のの左下にある
ハンブルクは、ここからあと少しの距離にある。
我々のベルリン行きの編成には、別の車両をくっつけた。

列車は、一路ベルリンへ向かって走り出した。

線路はローカルな非電化の単線だけど、かなりな高速でスッ飛ばす。
日本では体験出来ない感覚ぅぅぅ~~~~
(現在なら「ほくほく線」やJR北海道の特急があるけど、1996年当時の感覚だと「単線の北陸本線」っぽいかな…

そして、18時ちょっと前に、ついに「Berlin-Lichtenberg(ベルリン・リヒテンベルク)」駅に到着した。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4220
(1996年撮影)
着いたぁーーーーーーーーっ

べるりん なう!!どいちゅらんと なう!!!!

初めての旧東ドイツ側の駅で、超~ドッキドキ

やっと本当の首都に来ることが出来た
(西ドイツは、分断中は「ボン」に首都を置いていた)

さて、感動している場合ではナイ銀行に急ぐのだーーーーっ!!!

大急ぎで駅前の銀行に駆け込む。

ギリギリセーフ

ここで当面必要な金額を「ドイツマルク(DM)」に両替する。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4221
(1991年撮影)
上が切れちゃった…

この時のカメラは、ファインダーとレンズの位置の関係で、近寄って撮ろうとするとご覧のように映っている範囲がズレてしまうのだ。
なので、どのお札も表面側の上辺が欠けてしまっている次第…。
帰国して現像するまで、ちゃんと写っているかが判らないからねぇ…

左側は旧紙幣(100DM札と20DM札)で、右側は新札(100DM札と10DM札)だ。
東西統一によって、紙幣も新しくなった。
(上が表面で、下が裏面だよん)

ドイツは労働時間にキッチリしているので、休日や平日の時間外はお店が一切開いていない。
観光地ですら、営業していない。

これで安心

さぁ、今夜のお宿を捜そう

今いるリヒテンベルク駅は、旧東ドイツ側のターミナル駅だ。

まずは、ベルリンの旧西ドイツ側の中心地の「Berlin-Zoo(ベルリン・ツォー)」駅へ移動しよう。
(この駅の正式名称は「Berlin Zoologischer Garten(ベルリン動物園)」と言う)

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 おまけ 

…さっきから「西側」だの「東側」だの言っているけど、それって何??」とおっしゃる若い方々、ここで解説をしておこう。

まずは、古い地図をご覧あれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4222
(帝国書院の高等社会科地図帳(1987年版)P58を撮影)
これがドイツ東西統一前の、悲劇の都市ベルリンだ。

赤い壁で囲まれた「西ベルリン」と書かれているエリアが、資本主義国(英・仏・米)の西ドイツの管轄地で、それ以外の周囲は社会・共産主義国の東ドイツ領だった。
つまり、西ベルリンは西ドイツの「飛び地」で、本土とはかなり距離が離れている。

何でこうなったかと言うと、第二次世界大戦で日本とドイツが敗戦国となった時に、ドイツは4ヶ国(英・仏・米・ソ)で分割統治されることになった。
そのため、首都のベルリンも4分割され、各国が管理し始めた。

すると、資本主義3ヶ国の管理する西ベルリンとソビエトの管理する東ベルリンとの経済格差が大きく開きはじめた。
社会主義国は、構造や思想もかなり違う。
そこで、資本主義3ヶ国とソビエトとの溝が深まり、ドイツ内のそれぞれの管理区域を「西ドイツ」「東ドイツ」と言う別の国にしてしまった。

ここでソビエト側に不都合な事が生じた。
ソビエトが支配する共産主義の管轄内に、西側への「抜け道」が出来てしまったからだ。
ベルリン市内へ行って西ベルリンのエリアに入れれば、列車や飛行機で自由な世界へ脱出することが可能だったのである。
(列車は東側領内は無停車で、厳戒態勢で監視された)

なので、東ドイツ国民を西ベルリンとの行き来をさせないようにするため、突然予告なしにこの地図の赤い壁「ベルリンの壁」が出来てしまった次第。
境界線上に位置する物は、地下鉄も家の窓も、全て塞がれた。

突然離れ離れになってしまった家族や恋人達が続出。
壁まで行けば遠くから顔を見ることは出来ただろうが、話しをすることは当然出来ない…
もし、東側の人が挙動不審な動作をすれば、東側の兵士によって「即射殺」だ。

そして、アメリカ等がソ連への見せつけの意味等も込めて、西ベルリンに「これでもか」と生活物資を大量に供給。
よって、東ベルリンはだんだん貧しくなっていき、制限・監視だらけの東ベルリン(東ドイツ)に比べて、西ベルリンだけは豊かで自由な生活が送れた。

その後、東ドイツの恐怖政治と抑圧に耐えられなくなった市民達が、この壁を越えて「自由で楽しい豊かなエリア」に逃げようと試みた。
その度に、見つかった市民は東ドイツ側の兵士によって射殺されるという悲劇が繰り返されてきた。
(西ベルリンへ入れれば、飛行機で欧米各国へ行くことが出来た)

1989年11月に、市民デモ等で切羽詰まっていた東ドイツ首脳陣の単純なミスによって壁の通り抜けが自由になる法案がわずか数日で可決・施行され、1989年11月9日にベルリンの壁のゲート(国境)が開かれて市民が一気に西ベルリンに流れ込んだ結果、東ドイツという国はあっけなく崩壊してしまったという訳。
(その数ヶ月前までの書記長は若手部下の周到な作戦にハマって失脚し、すでにソビエト政府にも見放されていたようだ)

その後、1990年10月3日に、崩壊した東ドイツが西ドイツに吸収合併される形でドイツは急速に東西統一され、現在に至るという訳。

この歴史の流れを知っておかないと、ドイツ、特にベルリンという場所の事がよく理解出来ない。

もし、日本も分割統治されていたら、関東以北の東日本がソビエトの管轄になって、東京の23区内がベルリンと同じように分割管理されていたかもしれない。
そして、人々は西日本へ脱出しようと試みて……というような歴史になっていた可能性も否定出来ない。
(実際、ソビエトが北海道の半分近くを分割統治したいと言ったそうだけど、米大統領がこれを拒否したらしい)

日本が占領していた朝鮮半島は、みなさんもご承知のとおり、アメリカとソビエトで分割統治され、現在の韓国と北朝鮮になっている。
日本が今の状態でいられるのは、奇跡に近いのだ。
(ほとんどは米国の思惑で決められた)

このように、べルリンは欧州最大の華やかな都市でもあるけど、悲しい都市でもあるのだ。
わずか6年前までの出来事だ。

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では、移動しよう。

市内には「Sバーン(えすばーん:近郊鉄道)」と言う、日本の山手線等の通勤電車みたいな列車が走っている。
(「バーン(Bahn)」は線路や道路の意味で、地下鉄は「Uバーン(うーばーん)」と言う)

このSバーンは、ユーレイルパスが使えない。
(場所によっては使えるみたい。よく理解出来なかった…

なので、駅で切符を買う。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4223
(1996年当時の実物を撮影)
ふぁうべーべーーーーっ

切符の中央に書かれている「VBB(ファウベーベー)」のロゴは、「ベルリン=ブランデンブルク交通連合」という意味だそうな。

列車に乗るには、まずこの切符を、改札口っぽい所に置いてある時刻の刻印機に差し込む。
すると、ガチャンという音と共に、切符に乗った駅と時刻が印字される。
(この切符は翌日に乗ったモノなので、1996年7月12日17時5分の刻印がされている)

ドイツの駅に改札は無い。

だからと言ってタダ乗りをしていると、突然の抜き打ち検査があって、切符を持っていない場合はものすごい罰金を払わされる。
なので、みんなは正しく切符を買って乗っている。
ここは「さすがドイツ人」と、感心してしまう…。

ベルリンのSバーンは、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4224
(1996年当時の絵葉書を撮影)
シヴぅぅぅ~~~~い

これは戦前から走っている、かなりの古老だ。
車内は白熱電球で、かなり味がある。
今どきの新車も走っていたけど、新し過ぎて何も興味が湧かなかった…。

DB(ドイツ鉄道)の長距離列車の横を複々線で並走して、こまめに停車しながら走っている。
東京の、山手線と東海道線と同じような感覚。

Sバーンは、日本のバスみたいに「系統番号」があって、我々は「S5」または「S75」に乗ればOKということが解った。
(路線図は次回でご紹介)

ツォー(動物園)駅までは12駅あるので、車窓からはちょっとしたベルリン市内観光が出来る
途中の駅には東西統一時まで放置されていたものもあるため、それらの駅は修復が終わる(我々の訪れる1ヶ月前の1996年6月)まで通過していた。

時々、複々線ですれ違う長距離列車達にドッキドキ

鉄道模型のカタログでしか見たことが無い車両達の「実物」が走っているからだ。
もう窓にへばりついて、外の景色にクギ付けぇぇぇぇぇ~~~~っ
1人でコーフン状態。

しばらくして、ツォー駅に到着。

駅前をうろついていると、「ヨーロッパセンター」と言う建物の中にインフォメーションカウンターがあるのを発見
ここでお宿の予約も出来るようだ。

中に入って、今夜のお宿を予約した。
3人1部屋で、1人当たり50DM(3900円:1DM≒78円)

さすが首都だけあって、少し高いね…。

首都復興の真っ最中なので、「復興税」も入っているようだ。
(ベルリンはパリと並ぶ、欧州1・2位の大都市だ)

カウンターでお宿の最寄り駅の説明を丁寧に受ける。
我々が日本人だと判ったら、急に懇切丁寧になった。
あまりに丁寧なので、少し恐縮ぅ~~~~

そして、言われたとおりにSバーンに乗り込み、西に4つ進んだ「Witzleben(ヴィッツレーベン)」駅で下車。

お宿は、駅から徒歩3分ほどの場所にあるそうだ。

お宿の名は「PENSION MESSE」(ペンション・メッセ)。
フツーの街中の、ごくフツーの建物(隣どうしがくっついたビルみたいな建物)だ。
MESSE」は、あの「幕張メッセ」と同じ「見本市」という意味なので、展示会場が近くにあるのかな

建物の中に入って、フロントに行く。
案内された部屋は、3階の8号室

部屋は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その42・コペンハーゲンからベルリンへ-4225
(1996年撮影)
小ざっぱりぃぃぃぃぃ~~~~

ドイツらしい、清潔だけど簡素で機能優先的な感じの部屋だ。

トイレはフロアで共同。
シャワーは各部屋にあるけど、隅の一角にただ半透明の仕切り版を立て掛けただけの、上から湯気ダダ漏れな屋根の無いユニットシャワーだ。
同室の人からは裸が丸見えだし、シャワーの湯気で部屋の天井が湿気だらけになる…

でも、それ以外はまぁイイ部屋だ

荷も下ろせて落ち着いたので、夕飯を食べに行くことに。

駅前までテコテコ歩いて行って、レストランに入る。

・チキンのマスタード焼き
・麺入りスープ
・Berliner Weiße(ベルリナー・ヴァイセ)

…を注文。

これで合計21DM(1640円)。

Berliner Weiße」は、ベルリン名物の「ビールのカクテル」で、アルコール度数の低いビールにかき氷と同じようなシロップを入れたモノ。
モノによって、かったり、緑色だったりする。

さっぱりしていて、甘酸っぱくてとっても飲みやすく、まいう~~~

昨夜からろくな食事をしていなかったので、お腹も満足

心も満たされたので、お宿に戻って寝るとするか。
あー、今日は移動ばっかりで疲れた

それぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その43」はこちらーっ!

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2013年2月 4日 (月)

プチ旅日記 ~「とろとろ看板 at 相模湖」2008夏~

2008年7月、気分転換にフラッと目的もなく神奈川県の「相模湖(さがみこ)」に電車で行ってみた。

何となくが見たかった次第。
ウチからだと、JR中央線だけで行けるのでね。

東京都内から、いつものオレンジ色の快速電車に乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川・とろとろ看板 at 相模湖2008夏-1001
いつもの電車ぁ~~~~

途中の「高尾(たかお)」駅で、山梨方面へ向かうローカル列車に乗り換え。

…と言っても、わずか1駅間だが。

相模湖駅には15時頃到着。

…相変わらず人がいない。(笑)

駅前からつづく坂道を下り切れば、もうそこには湖がある。
徒歩10分も掛からない。
(下りはね

天気が良かったので湖の写真を撮る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川・とろとろ看板 at 相模湖2008夏-1002
のんびりぃ~~~~

奥は相模原(さがみはら)・横浜(よこはま)方面。

湖の中心方向を見る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川・とろとろ看板 at 相模湖2008夏-1003
キレイだなや

この湖の水は、神奈川県民の貴重な水源なので、汚すなよ
(ちなみに、相模湖駅は神奈川県で、山梨県ではナイ)

少ししたら、突然、山梨のほうから巨大な黒い雷雲が迫って来た。

…これはヤヴァそうだ

なので、さっさと帰ることにした。
結局、1時間も滞在していないぞ…。

帰り際に、湖沿いの商店街を覗いていたら、ミョーに文字がとろけている看板が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川・とろとろ看板 at 相模湖2008夏-1004
ろろろろろろろろろ~~~~~ん

」だか「」だかも見分けがつかん。(笑)

…相当ねばっこそうな、とろろそばorうどんが出て来そうだ。

このカンバン、今もまだ残っているのかな

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