(前回「その38」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
注:文中の地名・名称等にふり仮名がないものは、前回までの日記を参照されたし。
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1996年7月8日(月):晴れ
Helsinki(ヘルシンキ) → Vaasa(バーサ)
おはよう★
今日は昼頃まで寝ていた。
ゆっくりと起きた後、いったん外に出て駅前で両替をする。

(フィンランドのお金の単位は「マルカ」と言う)
そして再びお宿に戻り、共同のリビング兼キッチンのような部屋で昼食を食べる。
「昼食」と言っても、シベリア特急で食べようと思って買い貯めたカップラーメンの残りだけどね★
3人でラーメンをズルズルすすっていると、奥の部屋から背の高い30代くらいのロシア人男性が、ウォッカと共に現れた。
我々を見るなり、すごくフシギそうな顔をして近寄って来る。
彼、開口一番(英語で)「何だ?それは…」
我々「???」
「おぉ!知ってるぞ~、知ってるぞ~! それは“カップヌードル”というヤツだろ」
「はい」
「オレは何でも知っているぞ★」という「したり顔」をした彼、またもや我々の手元をフシギそうに覗き込んだ。
「何だ?それは…」
「???」
「おぉ!知ってるぞ~、知ってるぞ~! それは“チョップスティック(箸)”というヤツだろ」
「はい」
…そっか、もうここは欧州だもんね。
もうこの地では、これらのアイテムは珍しいんだ。
そして、更に彼が訊いてきた。
「オマエ達は中国人か?」
「日本人だよ」
「おぉ!日本か!あの小さな国の…」
…何かハナシの展開が…

「オマエらはあんな小さな国のクセしやがって、世界で一番大きいオレの国と戦争して勝ったんだからな~」
…褒めているのか?けなしているのか?
そして彼は、我々のテーブルに一緒に座って話しだした。
手にはしっかりとウォッカ様がご同伴だ★
彼はどうやら船乗りらしく、世界中を巡っているらしい。
いろいろ根掘り葉掘り訊いて来ては、その度に「おぉ!知ってるぞ~、知ってるぞ~!」と返事をする。
そんなハナシの最中に、小柄な30~40代くらいのロシア人女性が現れた。
キッチンに水を取りに来たようだ。
すると、ウォッカ氏がその女性に向かって「コイツらは日本人だ★」というようなハナシをロシア語で始めた。
女性は我々を見て「ふぅう~~~~ん……」という顔をして、二言、三言ハナシをしただけで部屋に戻ってしまった。
また彼と4人での会話が始まる。
ほどなく、今度は50代かと思われる大柄な女性が現れた。
同じように、彼はロシア語で我々の解説をする。
するとその女性、興味を示したのか、我々のテーブルに一緒に座って話し出した。
5人での会話が始まる。
最初は興味津々の顔で我々を見ていたのだが、途中から突然彼女の目つきが変わった。
彼がその女性に何かを言ったのだろうか?
その目線の先にはオラがいる。
そして急にしなっとした口調で「ねぇ、アンタだったらUS$50でイイわよ♪」と言い出した。
…こ、これって…
仲間2人の顔を見ようと振り返ったら、ほぼ同時に2人とも目線を逸らしてカップラーメンをズルズル食いだした★
そしたら、彼女がオラの腕をガシッと掴んで「ねぇ、アタシの部屋そこだから。見えるでしょ?」と言って来る。
「いや、もうチェックアウトしなきゃいけないんだ」
「イイぢゃナイの!すぐ済むわよ♪ ホント、アンタなら50ドルでイイから
」
…こ、怖えぇ。

ロシアの○○婦って、もっと若くて金髪で美人でグラマーな人達だと勝手に想像していた。
だが、ここに揺るぎのない現実を見せ付けられ……いや、ガッチリとした揺るがない初老女の太い二の腕に拘束され、今までの身勝手な妄想が一気に崩れ去った。
(西洋人は老けるのが早いからねぇ…)
…こ、怖えぇ。モスクワの仲本工事より怖えぇ。
何が怖いって、シワシワのまぶたの奥から見える爛々とした目が怖い。
(1996年当時は)まだエイズ等の問題があったので、これは何としてでも逃げなければならない。
仲間2人はラーメン食い人形と化しているので、全くアテにならない。
とにかく、オラの2倍以上はある二の腕をふりほどき、「チェックアウトの時間だっ!!」と言って逃げる準備をした。
仲間も一緒に立ち上がり、荷物を持ってお宿を出る仕草をした。
彼女は残念がっていたけど、「いつでもおいでー!次に来たらアタシの部屋に泊まりなー★」的なことを言って部屋に戻って行った。
…あぁ、怖かった。
どうやら、ここは○○婦のたまり宿らしい。
確かに、駅前で安いからなぁ…
(後で知ったが、欧州にはこういう宿が多いらしい)
ホントにチェックアウトの時間だったので、ウォッカ兄さんを残したまま、そそくさとお宿を出る。
お宿を出てから仲間2人に「なぜ助けてくれなかったんだ!!
」と問い詰めたら、「被害者は少ないほうがイイ
」と一言。
…確かに。(笑)
結局、ロシアを出国した後までも、ロシア人の呪縛からは逃れられなかったという訳だ。
…やれやれ。
気を取り直して駅に向かう。
ヘルシンキ中央駅は、広場を挟んだ目の前にある。
広場は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
かなり広い~~~~~~っ★
この建物は「ヘルシンキ国立劇場」だそうな。
建物の後ろが広い公園になっていて、その周囲はもう海だ。
左にチラッと見えている建物が駅で、お宿はここから右を向いた目の前にある。
さて、今日のこれからの行動なのだが、移動のルートによってかなり違ってくることが判った。
まずは地図をご覧いただきたい。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の地図を撮影)
どのルートにしようか…
ここ「●ヘルシンキ」からスウェーデンの「●ストックホルム」まで行って、列車でドイツに入国することは決めていた。
ストックホルムまでのルートが問題なんだよなぁ…
ルート的には、
❶お船で直接ストックホルムへ行く。(地図の赤い点線)
❷列車で北上して、陸路でスウェーデンに入って大回りで行く。(海を挟んで上に伸びている赤い線をぐるっと回る)
❸少し北上して、「●バーサ」と「●ウーメオ」の間をお船で渡る。
この3つがある。
❶は、早いのだけど、料金が掛かる。
❷は、時間はかなり掛かるけど、手持ちの「ユーレイルパス」が使えるので料金不要。
❸は、1泊程度で行けて、お船もユーレイルパスで乗ることが出来る。
仲間の1人が、頑なに「お金を使いたくない」とケチケチビームを撃ちまくっていたので、❶の料金と❷と❸の宿泊費を比較して決めることにした。
(とにかく早くインドに行きたくて仕方がないみたい。頭の中にはインドの事しかない。何のために我々と一緒に旅に来たのやら…
)
ちなみに、❷のルートはこんな感じだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2019年のグーグルマップより)
どえらい遠回りぃぃぃぃーーーーーっ★
ここ(●)からバーサ(●)まで行く距離の倍くらいかけて北上せねばならない。
しかも、国境の「★ケミ」と「☆ハパランダ」の間の列車があるかどうかが、よく判らない…
手持ちの時刻表には、列車が書いていないのだ。
まして、何もない小さな町だったらどうする?
宿泊は出来るのか?2泊で済むのか?
もし★と☆の間に列車が走っていなかったら、何で移動するのか?
…等の不安要素があった。
ちなみに、☆のすぐ上からは北極圏になる。
夏は全く日が沈まず、冬は太陽を拝むことが出来ない。
…そんな訳で、「❶を検討してダメだったら❸で移動しよう」という事になった。
(オラ的には北欧の町も観てみたいのだが…。あのケチのパワーには勝てん
)
まずは、駅のコインロッカーに荷物を預ける。
(お宿に預けたら、またあのオバチャンに腕を掴まれる…
)
そして、夕方の❸の列車の時間まで、お船での移動の調査と市内を観光することに…
ヘルシンキの街は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の地図を撮影)
ぺにんしゅらーーーーーーっ★
三方を海に囲まれた、突き出た半島のような感じの街。
地図の中心がヘルシンキ中央駅(地図の6)で、そこから東(右)側が繁華街だ。
もっとアップで見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の地図を撮影)
黄色い1~6が、今回の移動した場所。
結果的には、この番号順で移動したよん。
まずは、泊まっていたお宿(1)から3人でスタートし、いったん駅(6)に寄って荷物を預けた。
そして、地図を見ながら、港(2)までテコテコ歩く。
仲間2人にとっては生まれて初めての欧州の街なので、あちこちで感動している★(笑)
(モスクワでは感動している余裕など無かった…
)
そして港に到着。(地図の2)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
ひろびろぉ~~~~ぅ★
右側が岸壁で、正面は地図の3の方向。
中央の高いドーム状の建物は、「ヘルシンキ大聖堂(Helsingin tuomiokirkko)」だ。(地図の25)
ここはフェリー発着所になっていて、他国への船が出ている。
港のフェリーターミナルでストックホルムまでの値段を訊くと、「2等船室で300マルカだ」(約6500円)と言われた。
…高い。
相談の結果、止めることにした。
鉄道で遠回りをしたほうが、夜行列車にも乗れるので、2日余計に掛かっても安い。
(この時は調査不足で、実はもっと安くお船で移動出来たのだ…)
結局、列車で移動することになったので、15時までフリータイムにすることに。
まずは、上の写真の奥の突き当り(地図の3)まで歩いてみる。
…あっ、何かいっぱいお店があるぞ★
ちょっとした広場に、露店がいっぱい並んでいる。
楽しそぉ~~~う♪
広場の中に入ってみた。(地図の3)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
青空市場だ★
いやぁ~、色々なモノが売っているね★
ワクワクする

左側の露店の屋根上に見えるとんがった建物は、「生神女就寝大聖堂(しょうしんじょしゅうしんだいせいどう: Uspenskin katedraali)」だそうな。(地図の19)
市場をいろいろ眺めながら、イチゴを1パック買ってみた。
うんまぁ~~~~~~~~い♪

久々の生の植物(果物・野菜ともに)だ★
天気もイイし、すごく開放感がある。
ロシアとは大違いだね★
自由ってスバラシイ
ここから、のんびり歩いて駅まで戻ることにした。
繁華街へ向かって歩き出すと、ほどなく公園に出た。(地図の4)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
イイねぇ~~♪
みんな楽しそうに歩いている。
まぢでロシアとは大違いだ★
オラ、ホントに陸路で欧州に来たんだ♪
北欧のせいか、人々の金髪率がものすごく高い。
それだけ、太古から日照時間が少ない土地なのだろう。
繁華街に行ってみた。(地図の5)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
おぉ!よぉーろっぱぁーーーーーーっ★
メインストリートの中を、市電がのんびり走る。
すんごくイイ♪
本屋に入ってみたりして、商店街を眺めながら駅に戻った。(地図の6)
集合時間まで少し余裕があったので、駅の中で写真を撮ることにした。
仲間2人は「鉄ちゃん」ではナイので、今のうちにの~んびりと列車の写真を撮ろう♪
改札は無いので、勝手にホームに入る。
(欧州には、「改札」というものは地下鉄以外に存在しない)
すると、目の前に…
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
ぶこっつーーーーーーーぅ★
無骨なロシアの客車がいた。
これは、サンクトペテルブルグからヘルシンキまで走っている列車「レピン(Repin)」号だ。
我々の乗った、フィンランド国鉄車両の「シベリウス」号と同じ区間を走るものだ。
…こっちに乗らなくて良かった。(笑)
車両のグレードが究極に違う。
シベリウス号と値段は違うのかな?
一緒だったら絶対に乗らない。(笑)
ここからモスクワまで直行する列車「トルストイ(Tolstoi)」号」もあるそうな。
これらの客車を観ていると、真ん中に1両だけ色の濃い車両がいた。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
オリエント急行のような何かーーーーーっ★
この色の濃い子は、食堂車のようだ。
パッと見、「オリエント急行」っぽい色なのだが、実態は似ても似つかない。
この列車、車体の窓上には「サンクトペテルブルグ ― ヘルシンキ」と2ヶ国語で書かれ、窓下にはロシアの鉄道のマークが小さく記されている。
こちらの乗務員は、全てロシア人と思われる。
多分、接客サービスにも雲泥の差があるんだろうなぁ…。
余談だが、フィンランドの線路の幅はロシアと同じ1524mmなので、直接乗り入れることが出来る。
その他の北欧の国は、世界標準軌の1435mmだ。
つまり、最初の地図の★と☆の間(フィンランドとスウェーデンの国境)は、線路がつながっていても幅が違うので、直通運転は出来ないのだ。
ケチな「インド行きたい野郎」が一緒じゃなかったら、行ってみたかった…
駅の構内には、通勤電車も停まっていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
めづらしやぁぁぁぁ~~~~っ★
1996年の欧州では数少なかった「電車」だ。
当時の欧州は、機関車が牽く客車列車が主流で、日本のように電車ばかりが走っている国は、世界でもかなり珍しい存在だった。
電車は2両編成で、それをつなげて4両にしたりして走っているっぽい。
前面から側面への黄色い塗り分けが、日本の国鉄型特急電車のパクリっぽいのは気のせいか…?
…おっ、特急電車もいたぞ★
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
カァ~ッチョエェのぉ~~~~★
ロシアにはいないカッチョ良さだ
これはイタリアの高速列車「ペンドリーノ」と言う振り子式電車を、フィンランド仕様にしたもの。
形式名は「S220」形と言い、最高速度は220Km。
少し近寄ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
う~ん、イタリアン★ ■□■
北欧なのに、南欧の香りがする♪
フィンランドは、比較的電車が多い国なんだねぇ~。
…そっか、スウェーデンと線路の幅が違うから、直通運転用の欧州規格の客車で揃える必要が無いんだ。
単独で運用出来るなら、電車編成のほうが維持・管理が楽だよねぇ~。
集合時間になったので、駅舎に戻って仲間と合流。
ここフィンランドからは、「ユーレイルパス」と言う「ヨーロッパの鉄道が乗り放題」の超ナイスな切符を使用する。
ホントはロシアとの国境からも使えたのだが、北京からヘルシンキまでがツアーだったので、フツーに切符をもらった次第。
ユーレイルパスは、イギリス以外の欧州の国々が乗り放題となる。
なので、この先はポルトガルの大陸最西端まで行ってギリシャまで戻ってくる間は、切符を買う必要は一切ナイ。
(ただし、座席や寝台の指定券は別途購入する必要がある)
使用するためには、駅員か車掌さんに「今日から使用します」という証明を書き込んでもらわなければならない。
なので、駅の窓口で使用開始の記入をしてもらった。
ユーレイルパスの外観は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の実物を撮影)
真っ赤っかぁ~~~~~っ★
赤い立派なカバーに入っている。
中身は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の実物を撮影)
いくつか入っているぅぅぅぅ~~~~★
緑色の冊子みたいなのが切符だ。
上にある小冊子は付属のガイドブックで、英語版の他に日本語版も入っていた。
1996年当時は日本人の使用率が非常に高かったので、日本人には行き届いたサービスがあった。
ちなみに、このパスは欧州では買えないので、その他の国で事前に購入しておく必要がある。
切符の冊子を開いてみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の実物を撮影)
御開帳~~~~~ぅ★
上が切符本体で、下が付属の切符だ。
上の切符には「08 07 96」と「07 08 96」という数字が書かれている。
これは「1996年7月8日から1996年8月7日まで有効」(1ヶ月間)という意味。
この記入が無いと使用出来ない。
記入は、列車に乗る前に駅で書いてもらっておく必要があり、記入が無いと罰金を取られる。
(国際直通列車で国境から入ったり、夜行列車内で日付が変わったりした時は、車掌さんに記入してもらう)
右上の黒い四角いハンコは、切符を発行した場所で、我々のは「東京のHIS 1996年4月20日」となっている。
その下の青いハンコは、有効期間を記入してもらった場所のモノで、当然、本日のこの駅のスタンプだ★
今回のこの切符、何と「1等車も乗り放題」なのだ★
日本で言えば、「JRのグリーン車が全て乗れる」という豪華パス

…ちょいと無理しちゃった。
だぁ~って、欧州の素晴らしい列車達に乗りたいがために来たんだモ~~ン★
これだけは譲れなかった…。
(後でこの「1等パス」が、ものすごい威力を発揮する
)
この切符は「セーバーパス」と言い、2~5人で同時(一緒)に使用する事がお約束。
そのため、個人用よりも少し安くなっている。
なので、下の切符に同行者の名前とパスポート番号が記入されている。
(ボカしてあるけどね)
金額を見たら、3人で「245,700円(US$ 2136)」と書いてあった。
…そんなに高かったっけ?
1人8万円だけど、2等との差額分はホテル代等が浮かせると思えば、結果的には安いもの。
さて、駅舎でまったりしていると、我々の乗る列車もホームにやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
おされぇ~~~~~★
15:58発の特急「IC 57号」だ。
機関車+客車7両(食堂車付き)の編成っぽい。
客車は新車で、赤い帯がカッチョエェ
欧州の列車は、種別ごとに名前がある。
日本で言うJRの「特急」は「IC(InterCity:インターシティ)」と呼ばれている。
国境を越えて走る「国際特急」は「EC(EuroCity:ユーロシティ)」と言う。
日本の特急列車と大きく違うところは、「在来線でも200Kmで走行する」ということ。
なので、沿線の踏切やホームで待っていると、とんでもない速度でやって来る★
あと、車両の設備の基準(国際規格でグレードが高い)もある。
1996年当時の最高速度は、新幹線(高速専用線)区間で250~300Kmで、在来線区間では160~250Km。
普通列車でさえも、120~140Kmくらい出して走る場合も多い。
欧州は駅や列車内のアナウンスが無いため、自己責任でホームに行く。
発車ベルもナイ。
(「騒音防止」という概念があった)
我々の乗る車両は、編成の最後尾だった。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
つまり、駅舎の目の前♪
早速ユーレイルパスの威力を使用して、今までビンボー旅行だったのを一転させ、堂々と「1等車」様に乗り込んだ。
車両の窓上に黄色い帯があるのが1等車の印で、ドアの横にも「1」と書いてある。
この列車には、1等車は1両しかない。
車内に入る。
…おーまいがっ★ 別世界だっ★
何て優雅なのだろう~~~
指定は取っていなかったので、予約の入っていない席を選んで座る。
予約が入っている場合は、席の近くに予約区間を記した黄色い紙が掲示してある。
せっかくなので、コンパートメント室(6人個室)に座ってみた。
日本では体験出来ないからねぇ~~~♪
この車両は、半分が個室区画で、残りの半分が一般的なオープンの座席区画になっている。
当時の欧州は、まだコンパートメントが主流で、日本みたいな座席が並んだ車両は少なかった。
「プライバシーの確保」というのが重要視されていたけど、段々と「女性の1人旅では個室は不安」という考えも増えて来て、オープン座席の車両が増えてきた。
もう、気分は「ジェントルマン」★
振る舞いが、心なしか優雅になる。(笑)
ほどなく出発時間となり、アナウンスも駅の放送もなく、列車は静かに出発。
車掌さんが検札に来た。
最初は「ビンボー学生のオマエら、ここは1等車だぞ!」的な顔をしていたのだが、パスを見せた途端にニッコリ笑顔で「ありがとう♪」と返事された。
(この先々で、これがつづく。(笑))
走り出した車内はサイコーだ★
広々した個室、混んでいなくて静かな車内。
列車は、今まで見たことがナイ絶景の中を進んで行く。
フィンランドは氷河等の関係で湖や池が無数にあり、車窓のあちこちに見ることが出来る。
「フィンランド」とは、元は「湖沼(fen)の国(land)」という意味だそうだ。
地図で見ると、このとおり。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2019年のグーグルマップより)
…ね、湖だらけでしょ★
内陸部は水面だらけだ。
国土全体が湿地帯っぽく見える。
それ故に橋も多く、列車のパンフレット等にもたくさん掲載されている。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時のパンフを撮影)
こんな水面の上や…
森の中の湖を…
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時のパンフを撮影)
こんなふうに横断したりしている。
北欧だねぇ~~~~★
子供の頃からイメージしていたのと変わらないや★
フィンランドは「ムーミン」の生まれた国で、実際に目の前にムーミンがいても何の不思議もナイ。
それだけ幻想的な景色なのだ。
そんな景色を眺めながら、揺れない静かな車内で夕日を浴びていたら、ウトウトと寝てしまった…
今夜の目的地「Vaasa(バーサ)」は、この列車では行くことが出来なく、途中で乗り換えなければならないのだ。
なので、目が覚めてからは注意して起きているようにした。
しばらくして、列車は「Seinajoki(セイナヨキ)」と言う駅に着いた。(地図の▲)
ここで特急列車を降りて、そばに停まっていた短い普通列車に乗り換える。
この普通列車は、港へ向かう支線を走るバーサ行きの列車だ。
ローカル線とはいえ、車両もキレイで線路も揺れない♪
列車は滑らかにのんびり走る。
そして20時半頃、列車は港町のバーサ駅に到着した。(地図の●)
駅はかなり小さく、ホントのローカル線の終点だ。

列車から降りる。
乗客もそれほどいなく、みんなと一緒に駅舎に行く。
何か資料や案内図を…と思っていたら、みんなが駅舎から出た途端に、入口に鍵を掛けられてしまった。
これが本日の最終列車だったようだ。
…は、入れない。
さて、困った。
対岸のスウェーデン(●ウーメオ)に行く船はもう終了していたので、ホテルに一泊することに。
仕方ナイので、駅前にあった(と思う)案内地図を見て、目の前のホテルを数件あたってみることにした。
結局、最初に訪ねた「Vallonia」という4つ星ホテルに泊まることにした。
「4つ星」と言っても、1泊朝食付きで3人で430マルカ(9300円)。
…安い。ここに決めた★
まずはこの街のパンフを見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時のパンフを撮影)
でっかい日没ぅぅぅぅ~~~~っ★
ほうほう、この街ではこんな夕日が観られるのか…★
中に地図があったので見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の地図を撮影)
かなり小さな港町のようだ。
❶…駅
❷…お宿
❸…マクドナルド
❹…フェリー乗り場
バーサという地名の表記が「Vaasa」と「Vasa」の両方あるねぇ~。
言語によって違うみたいだ。
(フィンランド(スオミ)語とスウェーデン語だそうな。バーサは2言語を使う町とのこと)
今いるホテルが❷なので、駅は道路を挟んだ目の前だ。
チェックインして部屋に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
キレイなイイ部屋だぁ~~★
白い壁で清潔感タップリ♪
まずは荷物を降ろして座る。
いやぁ~落ち着いた★
しばらくして、窓から外の景色を観ようと分厚いカーテンを開ける。
…あ、明るい

21時過ぎだというのに、午後のような明るさだ。
(上の写真の窓がまさにそう)
…安心したら腹減った。(笑)
しばらくして、夜飯を食べに外に出る。
夕方の明るさなんだけど、人が全く歩いていなくて車もほとんど走っていない。
…何か、日の出直前の日本の地方都市のようだ。
明るく光っていた見慣れた赤いカンバンを発見したので、そこを目指して歩く。m
そして、マクドナルドに入ると、おじさんが1人だけポツ~ンと座って食事していた。
(地図の❸)
そうだよね、今はもう「深夜」なんだよね。
食事を済ませて、お宿にテコテコ戻る。
…も、外の明るさが気になり、0時過ぎにちょっと外出★
目の前の駅に行ってみた。(地図の❶)
ホームに入って、1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
イイねぇ~~~~♪
駅舎に鍵は掛かっていても、ホームには仕切りもナイので出入り自由だ。
駅の時計は「0:17」を指すも、空は日の出直前のような明るさだ。
目の前にある森のすぐ裏側に、太陽さんがいる。
駅の歩道橋に上がってみる。(地図の★)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
超絶明るいぃぃぃぃーーーーっ
ホントに、森の向こうから今にも太陽が顔を出しそうだ。
バーサの街は北緯63度辺りにある。
もう少し北に行くと北極圏で、完全に「沈まない太陽」が観られるのだ。
これが「白夜(びゃくや)」というモノかぁ~~~★
夏はこれが数ヶ月続くんでしょ?
スゴいなぁ~~。
明るいけど、おやすみんみ~~~~ん♪


(つづき「その40」はこちらーっ!)
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