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2012年1月

2012年1月30日 (月)

離島の旅日記 ~「緑一色、屋久島。2006」その1~

「鹿児島」日記のつづきーっ!

今回から、「離島の旅」シリーズも始めてみようかと

第1回目は、鹿児島県にある世界遺産屋久島(やくしま)」編その1を…。
(屋久島編は全6回)
01
このシリーズは、2006年に集中して日本各地の離島に旅した時のハナシで、以前からmixi(ミクシィ)に載せていたもの。
mixiがいつの間にか「友達限定の閉鎖的空間」になってしまったので、こちらのブログにも載せよっかな~と思った次第。

この当時、私はかなりの精神的ストレスから仕事を辞めて、しばらくのんびりしていた。
引きこもり」でもない、外出ばっかりしている「アクティブなニート」だった

今までの人生で「やりたくても出来ていなかったこと」を「まとめてやってしまえ~~~っ」てな事で、貯金を使ってガシガシ旅行に行きまくった。
そんな時のおハナシっす
(画像はクリックすると少しだけ拡大しまーす)

では、スタート

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 なぜ屋久島へ? 

むかし、居酒屋でバイトしていた時に一緒に働いていた娘が、しばらく屋久島に滞在することになった。
私と似たような「放浪癖」がある娘だ。

なので、せっかくの機会、遊びに行くことにした。
あちらさんも「まぢでおいでよぉ~~」とかなりノリ気。

…ってなワケで、2006年5月14~19日に行って来た。
東京駅から「大阪行きの寝台列車」で(えっ

東京→(寝台車)→大阪→(新幹線)→博多→(特急&新幹線)→鹿児島→(高速船)→屋久島
屋久島→(高速船)→鹿児島→(特急)→別府→(フェリー)→松山→(特急)→高松→(普通列車)→広島→(新幹線)→大阪→(特急)→松本→(特急)→東京

という、バカでバブリーな旅。(笑)
ホントに金持ってたんだねぇ~、当時のオラってば
(おかげ様で、今はピーピーでございます。m(_ _)m

こんな背景を意識しながら、以下を読んでいただきたい

このブログ内にも、この旅の前後の日記があるので、お時間のある方はどうぞ
各地名をクリック!博多鹿児島1鹿児島2別府松山高松1高松2

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屋久島へは、鹿児島から高速船「トッピー」で2時間ほどの船旅。
02
これは別会社の「ロケット」号。船自体は大体一緒。

船旅」といっても半分は鹿児島湾内なので、波も非常に穏やかで景色も良く、あまり船に乗っているという感覚はなかった。

しばらくしたら屋久島が見えてきた
なのに、なかなか辿り着かない…。
ずっと見ていたら、自分の予想をはるかに超える大きさだったのだ、この島は…。
島を一周すると約130Kmあるそうで

…ハッキリ言って屋久島をナメてました。ゴメンなさい。m(_ _)m

友達に会う」しか目的になかったので、何も情報収集やら登山の準備やらをしてこなかったので…。
単なる「緑の小島」だと思っていた次第。

この屋久島、周囲にある島々とは明らかに違う、この辺では「ちょっと特殊」な島だ。

まず「まるい」。島の形が円に近い
そして「高い」。大きな山がたくさんある。

よくマンガなどに出てくる、典型的なカタチだ。 コレ。→
03
島を見上げると全体的にこんな感じ。

その「高い」おかげで雨がよく降る
一ヶ月に35日、雨が降る」とも言われている
だから世界遺産になるような鬱蒼とした緑濃い森が出来上がったという訳。
(晴れていても、島の裏側では雨…なぁ~んて~のはフツーにある)

逆に、隣の「種子島(たねがしま)」なんてペッタンコだ。
種子島には雨はそれほど降らない。

屋久島がどんな所かは、写真を見ていただくのがイチバン。
有名過ぎるので、もうあえて詳細な説明はしないでいこう。

友達の車で島を一周したので、それをご覧いただこう。
(半日以上掛かった…。やっぱデカい島だ。

まずは…

島の玄関、北東にある「宮之浦(みやのうら)」地区の宿「晴耕雨読(せいこううどく)」から反時計回りで進み、島の北西にある集落の、はっじこ辺りにある浜で下車。
04
ココ「永田浜(ながたはま)」では、ウミガメの産卵が見れるのだ

カンバンの「日本一」の後ろにある、緑の模様が島のカタチだ。
ココは赤丸の場所にある。

砂浜へ行ってみよう。
05
砂浜にはウミガメの卵があちこちに埋まっている。
なのでそっと歩こう…。

夜には産卵のシーンを、おじさんが解説しながら見せてくれるぞ(有料)

浜の近くには河口があり、永田浜から川沿いに上っていくと…
06
シダが生い茂る森が…。川は左側。

さらに進んでいくと…
07
早くもコケの世界に。

遊歩道は滑りやすいので注意

見晴らしのイイ所に出た
08
横河(よっご)渓谷」というところ。

ちょっとした水溜りのような所があるので、ココで休憩。
09
夏は泳げるよん

大きな岩がゴロゴロしてるね。
大雨の日には激しい流れになるという証拠。

水辺に座って、近所の店で買った手作り豆腐を食べた。
チョー美味しい

さて、のんびりしたので次に移動しよう。

横道に入り、チョット進むと…
なんか見えて来た。
10
永田にある「屋久島灯台」だ。

灯台の横に、展望台っぽい場所があった。
11
灯台からの見晴らしはサイコー

この海は「東シナ海」だ。

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…これで、島の1/6くらい周ったカンジ。
さぁ、さらに進むぞー 

「その2」につづくーっ!!

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2012年1月26日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その27:武威から北京へ~

前回「その26:烏魯木斉から武威へ」からのつづきーっ!
「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
文中の地名・名称等にふり仮名がないものは、前回までの日記を参照されたし。

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1996年6月18日(火):雨 のち くもり

→ (武威(ウーウェイ:Wuwei)) → (蘭州(ランチョウ:Lanzhou)) → (西安(シーアン:Xi'an)) →

…あ~、たいくつ。

何もすることが無い。
ゴロゴロしているだけ。

そんな淀んだ時には、こ・れ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2701
(2002年撮影)
健力宝(チエンリーパオ)」だぁ

あぁ、どれだけこれに助けられたことでしょう

炭酸入りスポーツドリンクで、味は簡単に言えば「薄めのファンタオレンジ」。
美味しいよ
(この後、数年に亘ってこれにハマった…

列車は、雨の中をゆっくりと峠越え。
機関車のパワーが足りないのか、超スローだ。

この列車が走っている区間は、こんな所。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2702
(2019年のグーグルマップより)
ひたすら東へ~~~~~っ

からを経由してまで行く、3泊4日の走行距離3768Kmの長旅だ

同じ場所を実際の衛星写真で見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2703
(2019年のグーグルマップより)
激しく変化ぁぁぁぁぁ~~~~っ

山あり、谷あり、砂漠あり、大平原ありの、いかにも大陸な地形だ

途中、「蘭州(ランチョウ)」(地図の)等の大きな都市にも停車。
天気もどんよりしているので、食料の買い込み以外はベッドでゴロゴロ。
車内にも、どんよりした雰囲気が漂っている…。

列車は進み、「宝鶏(パオチー)」駅に到着。(地図の
ここから先は平地になるため、列車はかなりの速度を出して走り始めた。

…あ、雨が止んだ。

そして夕焼けになった。

そこに大きな虹が出現

車内の雰囲気が少し和む。 

列車の心地よい速度と夕焼けと虹…
最高の組み合わせだ

さて、夕飯の時間だ

…あ、今日食べたメニューは何だったかというと…

朝食:鶏の手羽先(しょうゆ味でパック入り)とカップ麺
昼食:鶏の手羽先と食堂車で作った弁当(肉団子とピーマン入り)
夕食:鶏の手羽先と食堂車弁当(肉団子とキャベツと青菜)と
    ソーセージと青島ビールと宝鶏ビール

手羽先ばっかやん。

美味しそうだったので、駅の売店でまとめ買いしちゃった★ てへっ
事実、美味しかったぁ~

列車は黙々と走り、真夜中に「西安(シーアン)」駅に到着。(地図の

やっと「ふりだしに戻った」感が…

実際には、このもう少し先の「鄭州(ていしゅう)」駅(地図の)までが、行きのルートと重複している。

…まぁ、何はともあれ、明日はいよいよ北京

では、おやすみんみ~~~~ん

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1996年6月19日(水):晴れ のち くもり 一時 雨

→ (西安(シーアン:Xi'an)) → (鄭州(チョンチョウ:Zhengzhou)) → 北京(ペイチン:Beijing)

おはよう

目が覚めたら、昨日までとは反対向きに列車が走っていた。
途中の「鄭州(チョンチョウ)」駅(地図の)で進行方向が変わったらしい。

夜だったので気付かなかったが、この鄭州駅を出発した時に、あの超有名な「黄河(こうが)」を渡ったらしい。

オラの友人がその場所の写真を撮っていたので、ご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2704
(2003年に友人が撮影)
大黄河ぁぁぁぁぁ~~~~~っ

鄭州市黄河名勝区」と言う場所だ。

写真中央に鉄橋があるねぇ。
ちょうど貨物列車が通過中なんだけど、見えるかな…
それだけこの橋はデカい。

黄河の幅は、写真の中ほどから左奥まである。
とてつもなく大きな大河だ。
この撮影時は、水量が少なかったらしい…。

さて、朝ごはんの時間だ

みんな揃って、もぐもぐタイム

今朝は、蘭州駅で買ったカップの「牛肉麺」だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2705
(2019年撮影)
す~っかりおなじみぃぃぃぃ~~~~っ

香港の資本が入っている会社「康師傅(カンシーフー)」の製品なので、味はバツグンに美味い
小さな幸せ

隣の区画のお兄ちゃんは、どうやらニセモノのカップ麺を買ってしまったらしく、蓋を開けたら具が入っていなかった
よく見ると、有名な本物とは微妙に蓋のデザインが違い、会社名も似ているが違った。
(「康康傅」とかだったような…)

お兄ちゃん、周囲を見ながら「…アイヤー」と一言。

それで周りは大笑い。

しかも、食べたら美味くない…。

またさらに「アイヤー!

そのカップ麺をそこそこ食べたら、汁ごとカップを窓から捨ててしまった
当時の中国では当たり前の光景だ。

どの車掌も、車内に食べかすを置いておくとものすごく怒って、その食べかすやビン等を窓から外へ捨ててしまうのだ。
線路沿いはゴミだらけなのだが、貧しい民が廃品回収の小銭稼ぎで拾いに来るので、上手く(リサイクルが出来ている。

…なぁ~んか、複雑。

お兄ちゃんがカップ麺を捨てた時、風で汁の一部が窓の外から戻って来て、オラの頭にちょっと付いた。

今度はこっちが「アイヤー」。

お兄ちゃんも笑いながら「対不起~(トゥイプチー:ゴメンね~!)」と謝っていた。
また、それを見た車内が大笑い。

…ま、ちょっとした「ミニコント」でしたとさ

列車は快調に走る。

もうこの地域は平地が多いので、車窓の景色もあまり変わらない。
のどかな田園風景が広がっている。

そして、暑い日差しの中、列車は「石家荘(せきかしょう)」駅に到着。(地図の

セミの鳴き声がすごい…。
6月だけど、もう「」って感じだ

この石家荘駅を出ると、次は終点の北京だ。
なので、最後の食料を…とばかりに、ホームに降りる。
どこの駅も定番商品は同じだったので、少々飽きが来ていたが…。

でも、目の前に湯気が上がっているワゴン販売が…。

近寄ってみたら、「天津包子(ティェンチンパオズ)」と書かれた美味しそうな肉まん(小籠包)が
10個5元(65円)だったので、迷わず購入。

ちょっと多いかなぁ…」と思ったけど、食べてみたらメッチャ美味ぁい
ほど良い塩加減で、上品なお味
しかもあっつあつふっかふか

今まで中国で食べたモノの中で、これが一番美味しかった。
仲間にも1個ずつあげたら大絶賛

列車はいよいよ北京に近付いてきた。
車窓の景色も、だんだん都市っぽくなりだした。

突然、天気が悪くなった。

夕立ちだ……ってか、昼立ち(笑)
すごいどしゃ降りだ。

雨が小止みになった頃、列車はついに「北京西(ペイチンシー)」駅に到着した。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2706
(2002年撮影)
…駅舎、デカ過ぎぢゃなくね!?

まだ出来たばっかりの駅だそうで。
北京駅だけでは列車を捌けなくなったので、街の中心から少し離れたこの場所に「西駅」を造ったそうな。
なので、異様(無駄)にバカデカい。
楼閣までの高さは102mもあるんだって
西駅はその名の通り、西部方面に行く列車が発着している。

列車はホームに停車。

同じ区画のみんなも下車。
最後に挨拶しようと思ったら、誰も彼も互いに挨拶もせずに、さっさと行ってしまった。
文化の違いなのかなぁ~~。

まだ工事中の駅舎内を、うろつきながら出口に向かう。
本当に広いので、みんなに付いて行かないと迷子になってしまう…。
まるで空港のターミナルのようだ。

やっと地上に出られた

…んで、振り返って見上げたのが、上の写真の光景という訳。
あまりのデカさに、3人で「アイヤー!」と大合唱。

…さて、ここからが問題だ。

今夜の宿はどうしよう?

しばしみんなで考える。

ここで北京市街の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・北京の地図-3809
(2006年当時の地図を撮影)
北京の街は巨大なので、少々見づらいがご容赦を。

…北京動物園
…西直門駅
…雍和宮(チベット寺院)
…華夏賓館
…軍事博物館
…北京西駅
…西単(繁華街)
…故宮(天安門)
…王府井(繁華街)
…天安門広場
…大柵欄街(繁華街)
…北京南駅
…西友(BITCC)
…北京駅

今はにいるよん

とりあえず繁華街まで行こう」ということになり、52番のバスに乗って市内の中心地へ…。

北京はさすが「首都」なだけあって、道幅がとにかくデカい。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2707
(2002年撮影)
これでも狭い方だ。

途中、有名な「天安門広場」を通過。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2708
(2002年撮影)
…おぉ、いぇい

ついに来たね~~~、北京
ちょっとわくわく

この広場の少し東にある「東単(トンタン)」と言う所でバスを降りる。

ここには有名な繁華街「王府井(ワンフーチン)」がある。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2709
(2002年撮影)
1996年当時はこんなにキレイではなかった。

王府井は、東京で言えば「新宿」や「渋谷」みたいな所で、最新のファッションからレトロな日用品まで、あらゆるものが売っている。

ここの入口付近にあったマクドナルドに入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2710
(2002年撮影)
どなるどぉぉぉぉぉーーーーーっ

麦当労」と書いて「マイタンラオ」と読む。
広東語だと「マックトンロウ」と読み、広東語の当て字が中国全土に広がった。

マックで夕食を摂りつつ、ガイドブックでお宿探し。

・ビッグマックセット(18.9元
・マックチキンサンドウィッチ(
9.5元

久々の西洋フード

香港(5月13日)以来かも…。

チキンサンドは、簡単に言ってしまえば「チキンナゲットバーガー」。
けっこう美味い
さすが北京、「パチもの」ではないな…。
(西洋料理の値段は、中華料理に比べて異様に高いが)

相談の結果、お宿が決まったのでタクシーで移動することに。
不慣れだし、北京はタクシー代も安いのでね。

街の東にある「華夏賓館(ホァーシァーピンクァン)」と言うホテルに向かう。(地図の
地下鉄の「東四十条(トンスーシーティァオ)」駅の近くだ。
そばには「工人体育館」もあるね。

北京の街並みは、さすが「4000年の古都」だけあって、すごく風情がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2711
(2002年撮影)
のどかぁ~~~~~~~

開発が進んでいるけど、一歩路地に入ればまだまだこんな感じの光景があちこちで見られる。

大きな街路樹がいいよねぇ~

実は、意外と北京って田舎臭いのだ。
上海(シャンハイ)」のほうが、はるかに近代都市だ。
(オラは北京のほうが大好きだよん

10分ほど走ったか、タクシーはお宿の前に到着した。

フロントで交渉すると、安い3人部屋で1泊218元。
1人当たり72元(970円)。

…ここに決めた

ホテルは一部改築中らしい。
我々は工事中の通路を歩き、奥にある建物の5階の517号室に案内された。

部屋の中は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その27・武威から北京へ-2712
(1996年撮影)
ドミぃぃぃぃぃ~~~~~っ

ホテル」と言うよりは「ドミトリー」的な感じの部屋。
部屋も改装の途中っぽく、天井の化粧板が半分しか張られていない。
でも、申し分ない環境だ

早速、風呂に入って洗濯をすることに。

いやぁ~~~、4日ぶりの、お・ふ・ろ

バスタブに湯を張り、の~んびり浸かる。

生き返るぅ~~~

仲間も順番に湯船に浸かって、移動の疲れを回復。

その後、洗濯。

…だが、洗濯をしている最中に事件は起こった。

仲間の片方が、「洗濯物干しロープ」を部屋に張ろうとして天井材に触った。
そしたら、端っこから順番に天井材が「ボトン!ボトン!」と落ち始めるではないかっ
一瞬のうちに一列の天井材が床に落下。

それを見ていた2人で「アイヤーーーーーっ!!」と叫んでしまった。
上の写真が、まさにその現場だ

直そうとしても、上手く天井材が嵌ってくれない。
しかも、そのうちの1枚をもう1人が踏んでしまい、まっぷたつに割れてしまった
なので、何事も無かったかのように、落下した天井材を「見えにくい洋服ダンスの上にキレイに揃えて置く」作戦にした。

なぁ~に、ここは「ちうごく」。

こ~んくらいテキトーでも、バレやしないって。
何か言われても「え~知らないよ~。最初からここにあったも~ん」って言えばごまかせるしぃ~

まぁ、何とかごまかせたので一安心。
…あー、疲れた。

さて、寝るか。

では、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その28」はこちらーっ!

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2012年1月23日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その26:烏魯木斉から武威へ~

前回「その25:烏魯木斉・食あたりと博物館」からのつづきーっ!
「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がないものは、前回までの日記を参照されたし。

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1996年6月16日(日):晴れ

烏魯木斉(ウールームーチー:Wulumuqi) → (十三間房(シーサンチエンファン:Shisanjianfang)) →

おはよう

今日は10時頃に起きた。
そしてシャワーを浴びる。

その後、3人で近くのレストランに行き、朝食を食べる。

・家常豆腐(麻婆豆腐の厚揚げ版的な一般家庭料理)
・辣子鶏(鶏肉と唐辛子の味噌炒め)
・米飯(普通のご飯)

3人で27元(365円)だったので、1人100円程度だ
美味かった

部屋に戻って支度をする。
そして、14時(新疆時間で12時)にチェックアウト。
(日本以外の国では、チェックアウト時間はたいてい正午だ)

まずは、歩いて新疆飯店へ行き、1階の天馬旅行社に寄ることに。

ここで街の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・ウルムチ市街の地図-3808
(1996年当時の地図を撮影)
中央を上下に走る大きな道路は、まだ工事中だった…。

.ウルムチ駅
.新疆飯店
.二道橋市場(バザール)
.自治区政府幹部招待所(トルディーさんが紹介してくれた宿)
.テングリモスク(南門モスク)
.漢民族の繁華街
.紅山地区(旅行社・郵便局)

からに寄ってへ行く。

テコテコ歩いて、新疆飯店に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2601
(2006年撮影)
このお宿にはいろいろ世話になったのぉ…

ここの旅行社でしばらく話しをしながらくつろいだ後、夕飯を食べに仲間の片方と旅行社の美女姉との3人で外出。

オラは邪魔者なのだが、2人では会話が通じない場合も多いので、「通訳」として同行。
これが奴にとっては、この美女との「最後の晩餐」なのだ…
(美女姉は「大学の英文科卒」と言っていたが、日本の中学2年生程度の語学力だった)

心配そうに奴の顔を見る美女姉。
奴もだいぶ復活したが、まだ「完全復活」状態ではない。

少し北に行った所にあるレストランに入る。

・粉絲炒肉(はるさめと豚肉炒め。ほぼ麻婆春雨)
・宮保鶏丁(鶏肉とピーナッツの唐辛子炒め)

美味ぁ~い

そしていったん旅行社に戻り、準備を整えてお別れを言う。

17時になったので、目の前のウルムチ駅に向かった。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2602
(2006年撮影:1996年当時はもっと小さくてボロかった)
これでウルムチの街ともお別れだ…

待合室に行き、18:20発の「70次特快 北京西行き」の列に並んで改札開始を待つ。
やがて改札が開始され、大勢の人民と共に列車に乗り込む。
我々は5号車だ。

この列車の機関車は、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2603
(2002年に北京北駅で撮影)
ぶりぶりざえもーーーーーーん

東風4型」と言う、この当時では一大勢力を誇ったディーゼル機関車だ。

編成は20両近くあるのかな…
(調べてはいない)

5号車の客車は、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2604
(1996年撮影)
いつものみどりいろぉぉぉぉ~~~~

乗り込む時に気が付いた。

あれ新しくない…。

旅行社で切符をもらった時に「新型車両だから快適だよ」と言われていた。

そっか、新型は新型でも「最新型」ではなかったのだ…

最新型は空調設備も整った、日本の寝台車と似たような設備だ。
この緑色の客車は「その一歩手前」で、クーラーが無い。
新型なのに、わざわざクーラーを取り付けない設計で製作された不思議な車両だ。

しかも、クーラー付き車両よりも後に登場している。
形式で言うと「25B型」って~ヤツ。

でも、ウルムチに来る時に乗った旧型車両(22型)よりは、設備は格段に良い

…まぁ、窓が開くから車窓の旅が楽しめそうだ

空調料金」も追加で取られていないしぃ~

指定された寝台に行くと、オラと仲間の2人の区画が別だった。
まぁ、隣の区画なので、ちょいと廊下に出れば顔が見られるのでモウマンタイ(無問題)。

車内は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2605
(2006年に北京の博物館で撮影)
オープンな空間~~~~~~

これは深緑色の旧型客車「22型」の硬臥車だけど、車内の造りはほぼ同じ。
今回は準新型の「25型」なので、内装がもう少し近代化されている。

硬臥車は3段寝台で、上段の寝台はかなり上(網棚よりも少し上)にある。
中国鉄路の車両は天井が高いので、寝台の各段の間にも充分な高さがあり、普通に座っても狭苦しさを全く感じない。

さて、いよいよ列車は北京に向けて発車。

3泊4日、走行距離3768Kmの長旅だ

この列車が走る区間は、こんな所。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2606
(2019年のグーグルマップより)
ひたすら東へ~~~~~っ

からを経由してまで行く。 

同じ場所を実際の衛星写真で見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2607
(2019年のグーグルマップより)
激しく変化ぁぁぁぁぁ~~~~っ

山あり、谷あり、砂漠あり、大平原ありの、いかにも大陸な地形だ

列車は動き出した。

18時過ぎとはいえ、実際の現地の経度だと15時くらいなので、外の景色は普通の午後だ。
夕方という感じでもない。
何か変な感覚…。

中国は、全土が「北京時間」に統一されている。
なので、西に行けば行くほど、実際の時間(太陽の傾き)とズレが生じてくる。

寝台は3段なので、向かい合わせのベッドも合わせると1区画で6人いる。
我々の区画も6人乗っている。

まだ乗ったばかりなので、会話はほとんどない。
寝っ転がりながら、まったりと景色を眺める。

しばらくして日も暮れたので、さっそく祝杯
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2608
(1996年撮影)
あれ腹痛は…

まぁ、これから4日間は寝ているだけだしぃ~

飲んでいるのは「燕京ビール」で、「燕京(えんきょう)」とは「北京」のこと。
ツバメがたくさん飛んでいるからだろうか…。
(本当は「燕」と言う国があったんだよ~)

ちなみに、ウルムチのビールは、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2609
(2006年撮影)
うぅーーーーーすぅーーーーーっ

烏蘇(ウースー)ビール」と言う。

中国のビールは、どれも美味しくて飲みやすい。
ドイツや日本の技術が入っているからだとか。

さて、酔っ払ったことだし、寝るとするか。

では、おやすみんみ~~~~ん

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 おまけ 

ウルムチは、アジア大陸で最も海から遠い都市
なので、いろいろ変わったモノが存在する。

2つほどご紹介しよう。
(全て2006年の「シルクロード一人旅」の時に撮影)

ウルムチ駅を出てしばらく走ると、こんな光景に遭遇する。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2610
(2006年撮影)
ぐるぐるぅぅぅ~~~~~っ

世界最大の風力発電所。

発電機(風車)は、全部で250機以上あるとか…。
(正確な数は判らなかった)

ここは渓谷っぽい地形の上、昼夜の気温差が激しいので、吹く風の量も半端ないそうだ。
でも、まともに動いているのは半分くらいしかなかった…。

次はこれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2611
(2006年撮影)
何だか塔があるね…。

テッペンに網の球が載っているし。
しかも、こんな大草原のド真ん中に…。

近寄ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2612
(2006年撮影)
ほうほう。

ここが「アジア大陸の中心地点」だそうだ。

東経:87度19分52秒
北緯:43度40分37秒

ウルムチ市街から南へ、車で1時間ほどの所にある。

中国の雑誌で見て、訪れてみたかったのだ。
でも、まだ新しかったので、ガイドブックにも載ってないし、人々も知っていない。

タクシーの運ちゃんがあちこちの人民に聞いて、やっとたどり着いた場所だ。
(運ちゃんも「知らなかった…」と驚いていた)

塔の近くに寄ってみた。
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ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2613
(2006年撮影)
何か↓矢印っぽいモノがぶら下がっている。

その下には丸い棒状の石が…。

石を見てみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2614
(2006年撮影)
十字に溝が掘ってあり、その中心にがある。

そう、つまり、この○印がアジア大陸の中心点だそうだ

…みなさんは気が付いたかな
この塔、よく観ると「」の形をしている。
そう、「Asia(アジア)」の「」だ

中心点で記念撮影。

タクシーの運ちゃんも撮ってあげた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2615
(2006年撮影)
決して「田●まさし」ではナイ

トルファン在住のウイグル人、「ズノン・トルディー」さんだ。
日本語がペラペラで、楽しい旅だった
でも、後で超高額のタクシー代を請求されたが。(笑)
500Km以上乗っていたからねぇ…

アジアの中心で愛を叫んだけど、 聴いてくれる女性は視界の中にはいなかった…。
(本当に大草原のド真ん中なので、人が僅かしかいない)

以上、おまけコーナーでしたとさ

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1996年6月17日(月):くもり

→ (十三間房(シーサンチエンファン:Shisanjianfang)) → (武威(ウーウェイ:Wuwei)) →

おはよう

今日、同じ寝台の区画にいるみんなに、我々3人が「日本人」だということがバレた。
それまではカタコトの中国語(単語)で返答していたので、「ぶっきらぼうで無愛想な若者だなぁ…」くらいにしか思われていなかったっぽい。
それが、夜中に我々が日本語で会話しているのを、同じ区画のおじさんが聴いたらしい。
…んで、みんなが起きて6人揃って座ったところで、おじさんが「彼らは日本人だ」と一言ポツリ。
(隣の、仲間2人がいる区画にも話していた)

その後はもう大変っ

また今までと同じやり取りが始まった。

中国語は喋れるのか
喋れない
そうか、そうか。
○○は知ってるか
知っているけど、中国語で答えられない
そうか、そうか。
それじゃぁ、△△は知ってるか
だからよぉ~~~~!!

の繰り返し。

…やれやれ。

我々の区画には、貧乏日本人3人と、子連れの母、40歳くらいのおじさん、60歳くらいの初老のおじさん、60歳くらいの母とその娘が集まって食事していた。
初老のおじさんは、第2次世界大戦時の影響で日本語が少し話せたので、いろいろ通訳をしてくれた。
(ちょっと申し訳ない気分になったが…

母娘の娘が「日本にはこんな果物あるのあんな山は」とか、いろいろ訊いてくる。
うまく答えられないでいると、おじさんが的確な答えを言ってくれる。

…ありがとう

その娘が、我々が持っていた本を見るなり驚いた。
あら、日本人も漢字が読めるの!?」と。

すかさず、おじさんが解説してくれた。
日本人は普通に日本語で漢字を使っているんだよ」と。
娘さん、興味津々でオラの日中辞典を読み出した。 

…そっか、日本人が漢字を使っているのを知らない中国人って、たくさんいるんだぁ~。

新たな発見だった

列車は、まったりと走っている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2616
(2006年にトルファンで撮影)
岩砂漠の峠を越える時はゆっくりと…

峠を降りて平原に出ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2617
(1996年撮影)
速いーーーーーーっ

今度は結構な速さでと、まさに「緩急付けて」走っている。

時々、列車は駅に停車する。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2618
(1996年撮影)
それぇぇぇぇぇ~~~~~ぃ

待ってましたっ」とばかりに外に出る。

体を動かすのと、食料を買い込むためだ。
停車時間は長くないので、売店や売り子さん達に乗客が群がる。
中国全土で定番の商品からご当地食品まで、色々なモノがある。

席に戻ると、みんなで買った物を交換したりして食べる。
これもなかなか楽しい
特に、言葉に不慣れな我々には買いにくい果物類はありがたい。
どうしても、野菜・果物類は不足がちになるからね…。

途中、列車は「嘉峪関(かよくかん)」と言う有名な場所に差し掛かった。(地図の
窓を開けて、しばらく外を眺める。

目を凝らして観ていると…見えた、見えた
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2619
(1996年撮影)
そうそう、これこれ

高さ1~2mくらいの土の壁があった。
これ、何だと思う

…そう、これがあの有名な「万里の長城」なのだ

このボロい土壁は、延々と続いている。

えーーーーっ!」と思う方も多いと思う。

でも、これはれっきとした本物の長城だ。
あの40歳くらいのおじさんも「あれが万里の長城だぞ」と、誇らしげに言っている。

長城の大部分は、このような崩れた土壁になっている。
普段みんなが写真等で見ているのは、一部分だけ整備された場所なのだ。

これを写真に撮ろうとしたら、40歳くらいのおじさんに声を掛けられた。

ちょっと待てそれは撮るな

…何か軍事機密的な理由とかでダメなのかな

お前は北京の“八達嶺”に行ったことはあるか」と訊いてくる。
うん、あるよ」と答える。
さらに、「八達嶺で長城に登ったか」と。
うん。あるよ」と答える。

そしたら、「じゃぁ、撮ってイイよ」だって

…どうやら、あの「世界に誇る万里の長城」が、こんなボロい土壁だけだったと「日本人に」思われたくなかったらしい。

おじさんの「ちうごく人魂」が動いたようだ。

列車はまだまだ進む。
そろそろ日も暮れてきた。

結局、今日食べたのは…

朝食:カップ麺「中華美食ラーメン」(8元もする高級品)
昼食:果物やお菓子いろいろ
夕食:食堂車で「いんげんと肉の炒め物」と「すいか」

だったよなぁ…。

動いていないから、あまりお腹も空かないしぃ~。
それに、まだ食あたりからの病み上がりだしぃ~。

暗闇の中、列車は行きに通った金昌の「くねくねカーブ「その16」を参照)」を越えているようだ。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その26・烏魯木斉から武威へ-2620
(1996年撮影)
くねくね~~~~~~

でも、外は真っ暗だし、ビールも飲んでるので外はまったく見ていない。

車内の網棚には、缶ビールが段ボール箱に入ってたくさん載っている。
どこの区画でも酒盛り状態

さぁ~て、今日も寝ますか…。

おやすみんみ~~~~ん

つづき「その27」はこちらーっ!

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2012年1月19日 (木)

レイアウト日記 ~「森のある風景」の巻~

今回も「集合式単線ミニモジュール」(略して「単モジ」)編を…。
00
これは、「特攻野郎Bチーム」の公開展示会用に制作したもの。

Bチームのオリジナルの、新企画(新規格)の作品だ

コンパクトにまったりとローカル風景などを楽しむために、この「単モジ」が生み出された。
01
ボードのサイズは200mm×200mm。高さは60mm

上の写真はボードを2台つなげている。

ボードの側面には、DIYショップで売っている「フローリング補修用テープ」を貼ってある。
カンタンに言えば「木目のシール」で、そのまま貼るだけで見た目がカッチョエェ仕上がりに即変身する。
100円ショップのは耐久性がナイし、見た目が安っぽいのでオススメしない。

曲線の半径はR140mm。TOMIX(トミックス)製の線路を使用。
線路には僅かだが「カント(傾き)」を付けてある

この作品は、「大糸(おおいと)」線の「信濃森上(しなのもりうえ)」駅~「白馬大池(はくばおおいけ)」駅間がモチーフ。
時代は特に決めていない。…っていうか、変化のしようがナイ。(笑)
昭和の旧型国電」から「平成の銀色電車」まで、何でも似合う

日本のどこにでもある風景」を目指して作ったので、特定の建築物などは一切入れなかった。

では、1台ずつバラして、いろいろな角度から見ていこう。

この2台は、ほぼ左右対称に作ってあるので、写真の左側のモジュールのみで見てみよう
02
季節は「」に設定。

だが、特に細かいこだわりはナイ。

では、反時計回りでグルッと見ていこう。

最初に右側面を。
03
線路の内側は「木々の頭」というイメージ。

斜面の中腹を線路が通っている」カンジにしたかったのだが、どう見ても「草むら」だなや…。
(今後、ボードを削って改装工事するかぁ…)

森の部分は、段ボールを数枚貼り重ね、持ち上げてある。
段ボールの上に茶色い画用紙を貼り、土のパウダーを撒き、木を植えた。
ボードと斜面の境目は、緑のスポンジを接着して継ぎ目を隠した。

さらに回転。
04
真後ろの姿。

このモジュールは、一番奥に配置して使用するように制作した。
なので、こちらの面は、通常みなさまのお目に触れることはナイ。

もういっちょ
05
針葉樹ばかりでは見た目に変化がないので、広葉樹も植えてみた。

さらに、地面も傾斜をつけて、線路と同じ高さまで下げてある。
このほうが、隣に別のモジュールをつなげた時の違和感も少ない。

これで一周見て回った。
では、つづいて細部を見てみよう

まずは樹木から。
06
木は「ウッドランドシーニクス(KATO)」製の針葉樹と広葉樹を使用。

フツーに枝にゴム系ボンドを塗り、スポンジを接着。
広葉樹には、DIY店のドライフラワーのコーナーで売っていた葉先のようなものを使用。
チョー大量に入って500円ほどだったので、かなりお・ト・ク
今まで結構植えてきた。やっと使い切った…。

写真の右側にある4本の木は、素材が足りなくなってしまったので、割り箸で代用した。
カタチを整えて、茶色く塗って、深緑のスポンジを接着。
針葉樹だったら、これで結構ごまかせる
割り箸なんてタダみたいな存在だしぃ~~

でも、全部を割り箸で作るとオモチャっぽく見えるので注意。
あくまで奥の見えにくい所のみに、「コストダウンのため」に使用すべし。
広葉樹にはNG。ちゃんとした製品か、電線をねぢねぢして使おう。

オマケに…
07
右側のモジュールにはフィーダー(給電用コード)を付けてある。

線路に銅線をハンダ付けし、KATO製のフィーダーコードに接続してある。
Bチームのメンバーが、ほぼKATO製のパワーパックしか持っていないための処置。

余談だが、TOMIX線路の金属ジョイントは、材質上フツーのハンダ付けが出来ない
なので、電線はレールの側面にハンダを付けしよう。
線路どうしをハンダ付けする場合は、金属のジョイントをはずしてつなぎ、レールどうしをハンダ付けするのがベスト。
道床にもプラスチックのジョイントがあるので、ハンダ付けが完了する前でもグラつきが少ない。

さぁ、これで全部見て回ったぞ

…ってなワケで、車両を置いて撮影してみた
まず、その1。

最初の写真から少しさかのぼって…。
08
165系急行「アルプス」。

往時の大糸線の主役と言ってもイイ
私はコレで育った。

次に…
09
大糸線の華、183系特急「あずさ」だ。

アルプス無き後は、あずさが多く入線するようになった。

路線を変えて…
10
119系を置いてみた。

これは、長野県南部~愛知県を走る「飯田(いいだ)線」をイメージした。

飯田線も狭隘な山間部を走るローカル路線だ。
同じような景色も多い。

同じ長野県の「篠ノ井(しののい)」線も同じカンジだし、何気に西武秩父線なども再現できるのだ

車両次第でどの線にも変身できる、便利なモジュールっす
ちっこいけど、結構楽しめるっしょ?

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…ってなカンジっす
ご参考になりましたか?

ではまた~~~♪♪

つづき「森のある風景(直線)」はこちらーっ!

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2012年1月16日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その25:烏魯木斉・食あたりと博物館~

前回「その24」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がないものは、前回までの日記を参照されたし。

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1996年6月13日(木):晴れ

烏魯木斉(ウールームーチー:Wulumuqi)

おはよぉ~~~~う…

今日はえらい疲労のため、一日中部屋にいることにした。
さすがに、昨日までの硬い寝床と雨に濡れたらねぇ…

昼飯と夕飯を、近くの食堂で摂る。

昼食は1人で…
・蛋炒飯(たまごチャーハン)
・青椒肉絲(チンジャオロースー)
・木須肉(ムースーロー:豚肉・卵・きくらげの炒め物)

の3品を。

夕食は3人で…
・清湯牛肉麺(澄んだスープの牛肉麺)
・狗不理包子(“カオプーリー”という有名店の肉まん(ショーロンポー))
・柿子炒蛋(トマトと卵の炒め物)

を食べた。

帰り道、露店で絵葉書を買った。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2501
(1996年当時の実物を撮影)
ぜっけぇぇぇぇ~~~~~~いっ

新疆(しんきょう)ウイグル自治区の景勝地を撮影したもので、18元
10枚入りだったので、10人に手紙を出すことにした。

さらに、宿の前でアイスを買った。
香酥糕(シャンスーカオ)」という名前で、バニラっぽい味で美味

仲間の1人が、オラが美味そうに食べているのを見て、同じモノを買おうとした。
…んで、「そのアイスの名前は何て言うの」と訊いてきたので、「シャンスーカオ」と答えた。
すると、「えっチャンスカードが入ってるの」と一言。

…ぅぉぉぉぉおおおお~~~~~いっ!!

その後、お宿に戻って手紙を書いていたら、トルディーさんがやって来た。
しばし、みんなでハナシをする。
23時半頃、トルディーさん帰宅。
(こちらは時差の関係で日没が遅いので、日本の感覚的には20時くらい)

さて、寝るとするか…。

おやすみんみ~~~~ん

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1996年6月14日(金):くもり のち 雨

烏魯木斉(ウールームーチー:Wulumuqi)

…おっ、おっ、おはようっ!!

今日はものすごい腹痛で目覚める。
…と言うか、起こされた。

トイレに行ったら、お腹のものが全て出てしまった。
もうピーピー状態…。
胸もムカついていた。

仲間の1人も起きて、トイレに入る。

…おいおい、吐いていやがるよ

残りの1人も「具合悪りぃ……」と、ベッドで安静状態。

…どうやら全員「食あたり」っぽい。

いや、間違いナイ。

とりあえず、みんな出すもの出し切った後、ベッドに寝ながら会議を始める。
昨日までにみんなが食べた食材を、消去法で洗い出す。
すると、どうやら昨夜の「トマトと卵の炒め物」のが原因っぽい。

こちらには「冷蔵庫に保管する」という習慣がナイ。
…って言うか、冷蔵庫がナイ。

食べた量に比例して、3人とも症状の重さが違う。
嘔吐下痢腹痛」で、オラは真ん中の下痢症状止まりだった。

これは、ほぼで間違いナイだろう…。

天池の疲労で体力(免疫力)が下がっていたからなぁ~。

そんな訳で、今日は博物館へ見学に行く予定だったのを急遽中止。
楽しい3人部屋が、そのまま「病室」へと変化した

3人とも寝返りも打てずに、ずっと天井を見たまま仰向けに寝ている。

ちょっとでも胴体(胃腸)をひねると、即トイレ行きだ。
うかつには動かせない。
天井では、扇風機がプルプルと回っている。
それを見続けるしかない3人。

…まるで「生まれたての赤ん坊」のようだ。

時折、蚊の鳴くような声で「...ぉ~ぃ、生きてるかぁ~...」と横から聞こえてくる。
それに反応して2人が「生きてるよぉ~...」と上を向いたまま返答する。 

参ったなぁ…。

完全に想定外のハプニング発生。
数日後には列車で移動だ。
切符も、旅行社に取得を依頼してある。

…どうしよう。

昼過ぎになって、何とか起き上がれるようになったので、様子見も兼ねて手紙を出しに行くことにした。

重たいカラダを引きずって、中心部の「中山路」にある郵便局まで行く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2502
(2006年撮影)
郵便局はこの周辺にある。

手紙を見せたら「国際郵便は、紅山の郵便局に行ってくれ」と言われてしまった。
紅山は町の北端だ。

キツイなぁ…。

ここで街の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・ウルムチ市街の地図-3808
(1996年当時の地図を撮影)
中央を上下に走る大きな道路は、まだ工事中だった…。

.ウルムチ駅
.新疆飯店
.二道橋市場(バザール)
.自治区政府幹部招待所(トルディーさんが紹介してくれた宿)
.テングリモスク(南門モスク)
.漢民族の繁華街
.紅山地区(旅行社・郵便局)

今は、からまで何とかたどり着いたところで、へ行けと言われた状態。

フラフラと歩いて行くも、途中で限界に達したので、近くにあった高級ホテル「ホリデーイン・ウルムチ」に入る。
そこのレセプション(フロント)で、ムリヤリ手紙を預けてしまった。

何号室に泊まっているの」と聞かれたので「泊まっていない」と言ったら断られそうになったが、オラがヘタって困った顔をしていたのを見た受付嬢、何と手紙を預かってくれた。
オラが外国人だというのもあったのだろう…。
謝謝」とお礼を言って、ホテルを出る。

…もう限界だ。

天気も良くナイので、そそくさとお宿に戻る。(地図の
(…と言っても、ズルズル体を引きずるような状態だけど)

ベッドに寝っ転がり、今後の最終目的地「東南アジア」のガイドブックを読む。

…おっ、思った以上に体力の快復が早い

これなら何とかなるかも…。

宿の売店でジュースソーセージを買い、部屋で食べる。
どちらも胃腸に優しいモノだ。
まだ油物は止めておこう…。
(でも、ここは“ちうごく”だしなぁ…

う~ん、とりあえず、寝よう。(笑)

おやすみんみ~~~~ん…。

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1996年6月15日(土):くもり 一時 雨

烏魯木斉(ウールームーチー:Wulumuqi)

今日はお腹の調子がちょっと良くなって来たので、午後から外出。
(3人のうち、2人は行動出来るくらいにまでは快復。 もう1人は、嘔吐は止まったが、今度は下痢ピーと格闘中

昨日と同じ「中山路」まで行く。(地図の
今日はさらに北上してみよう。
ここから先は初めてだ。

ものすごい都会なのだが、売っている物の種類は少ない。
北京上海等の沿岸部に比べれば、まだまだこれからの開発都市だからね。

昨日は行けなかった博物館に行くことにした。
中山路の辺りから「7」番のバスに乗って、博物館の前で下車。(地図ののさらに左上)

入口に立つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2503
(1996年当時の実物を撮影)
どどぉーーーーーーん!

広大な敷地の中央に、立派な建物がある。
新疆維吾尓自治区博物館(しんきょうウイグルじちく はくぶつかん)」だ。

チケット(上の写真)を買って、中に入る。
お1人様15元(200円)。

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 おまけ 

余談だが、2006年に再訪したら、全面改築されてキレイになっていた
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2504
(2006年撮影)
あおびかりぃぃぃぃ~~~~っ

何となく以前のイメージは残してある感じ。

ゲート横のカンバンは、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2505
(2006年撮影)
たっぴつぅぅぅぅぅ~~~~~っ

ウイグル語中国語で書かれた立派なモノだ。
博物館の名称は変わってナイね。

1996年当時は、博物館の中は撮影していなかったので、替わりにこれを。
(当時は「撮影禁止」だったような…

中央のドーム状部分は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2506
(2006年撮影)
ぴかりんこぉぉぉぉ~~~~ぅ

まだ新しいのでピッカピカ
中央には、ウルムチの市街地の模型が展示してある。

 おまけ ここまで 

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さて、建物の中に入ろう。

新しくはないが、建物は意外にデカく、展示物もかなり多い。
この地域の少数民族達の歴史や風俗等の展示も多く、興味は尽きない

特別展示のコーナーも入って観ていたようだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2507
(1996年当時の実物を撮影)
たてひざぁぁぁぁ~~~~っ

チケットには「歴史文物陳列」と書かれていて、別料金で5元だ。
(…あれ記憶にナイ。

もっと観ていたかったのだけど、体力がまだ復活していないので、立ち疲れを感じ始めた。
大事をとって、早めに切り上げることにした。
また来ればイイしぃ~~
(…と思って2006年に来たら、全部改装されてしまっていたというオチ

博物館を出て、バスに乗ってお宿に戻った。(地図の

しばしの休憩タ~イム

体力も少し復活したので、列車の切符を旅行社に取りに行くことにした。
最初に泊まった「新疆飯店」の1階にある「天馬旅行社」だ。(地図の
(ウルムチ到着初日に「天池」ツアーを申し込んだ所)

移動中に雨が降ってきたけど、すぐに止んでくれた。
ラッキー

5日ぶりの新疆飯店。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2508
(2006年撮影)
見た目は立派なんだけどねぇ~~

旅行社に到着したら、あの漢民族の美人おねぃさんは不在だった。
ロビーで待っていたら、彼女の「」と名乗る青年が現れた。
たぶん、本当の姉弟だろう。
どことなく似ているような…。
(でも「一人っ子政策」でなかったっけちうごくってば…

しばらく彼とハナシをする。
日本のタレントにすごく興味があるらしく、いろいろ訊かれた。
知識もものすごい。
我々3人よりもたくさん知っている。

…一体どこで情報を仕入れたんだ東京から4500Kmも離れたこの地で。
1996年当時は、満足な情報通信網など無かった。ましてやインターネット環境など…)

しばらくして、美女姉も戻って来た。
別件で外出していたらしい。

ここで、頼んでいた列車の切符をもらう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2509
(1996年当時の実物を撮影)
なつかしの硬券ーーーーーーっ

烏魯木斉(ウルムチ)」駅発、「鄭州(ていしゅう)」駅経由の「北京西(ぺきんにし)」駅行きだ。
走行距離3768Kmの、中国で第2位の長距離列車だ。
(1位は「上海⇔ウルムチ」4077Km

この切符は、日本で言う「乗車券」+「特急(自由席)」。
なので、特急(特快)の普通座席(硬座)の運賃しか書いていない。
片道204元(2750円)。
3768Kmも乗って3000円以下とは……安いっ
(日本のJRだと、約3万円)

切符に押された青いスタンプは、列車名と発車時間だ。
上が「70次」、下が「18:20開」と書かれている。

裏も見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2510
(1996年当時の実物を撮影)
ものくろぉーーーーーーぅ

中央下部には発行駅の「烏魯木斉站(ウルムチ駅)」、右横には下車駅の「北京西」が書かれている。

この小さな切符1枚が、当時の一般市民の「約1ヶ月分の収入」に相当する。

さらにもう1枚手渡された。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2511
(1996年当時の実物を撮影)
していけぇーーーーーーーん

左上に「硬臥票(下)」と書かれている。
これは日本で言う「B寝台(下段)」の寝台指定席券だ。

乗車券同様に、始発・終着駅名が書かれ、列車名・発車時間が押されている。
寝台料金は196元(2650円)で、これも安い。

裏側も見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2512
(1996年当時の実物を撮影)
何やらピンクの紙が貼られている。

そこには…
烏站 硬臥乗車証
70次 5車 下鋪 17号
6月 16日
と書かれている。

この意味は…
烏魯木斉(ウルムチ)駅 B寝台乗車証
第70列車 5号車 下段 17番寝台
6月16日発
ということ。

このペラ紙がちぎれると乗れナイので、慎重に扱うように注意された

ピンクの紙の下には…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その25・烏魯木斉・食あたりと博物館-2513
(1996年当時の実物を撮影)
書き込めぇぇぇぇ~~~~~っ

下車 無効
第... ... ...号車
第... ... ...番寝台
ウルムチ駅
と書かれている。

ここに書き込む代わりに、ピンクの紙を貼ったようだ。
(余談だが、このピンク色って当時のトイレットペーパーと同じ色なんだよねぇ…

結局、北京西駅までの料金は、1人400元(5400円)。
あと、これに諸々の税金や設備ごとの割り増し料金が少し加算される。

今回の旅としては、かなりの手痛い出費だ。
(日本の物価から考えれば、この移動距離でこの値段は激安なのだが…)

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この切符、「あれ」と気が付かれた方もいらっしゃるのでは

そう、我々は香港からポルトガルを目指して西に移動中だ。
そして今は、ユーラシア大陸の本当の中心「ウルムチ」にいる。

つまり、大陸の半分まで到達したわけだ。
…んで、今手にした切符は東端の「北京」行き。

…あれぇ~、思いっきり方向がやんけ。

…って言うか、ふりだしに戻ってるぢゃん

事実、この切符を依頼する時にも、旅行社の人とこんなやりとりがあった。

ウルムチの後はどこに行くんだ~い
北京だよ
それで北京から日本に帰るんだ~
ううん、北京からモスクワに行く
モ、モスクワ~っ!?
うん
…おいおい、ここはウルムチだぞオマエ達はもう半分も来てるんだぞ
うん
ウルムチからだって、カザフスタン経由でモスクワ行きの列車の切符取れるんだぞ、そうすればすぐ着くじゃないかここからモスクワまでは近いんだぞ

地図で見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・烏魯木斉からモスクワまでの鉄道ルートの地図-3801
(1996年当時の実物を撮影)
ウルムチから左の赤い路線を進んでモスクワへ行くルートが最短なのだ

知ってるよ
じゃぁ、何でわざわざ北京になんて戻るんだい!?
シベリア特急に乗りたいからだよ
から右の赤い★の路線を進んでへ行くルート)
……そっか。
…そう。
それで、最終的にはどこまで行くんだい
ポルトガルだよ
へぇ~~~っすごいねぇ~っ

…という訳で、北京行きの切符を手に入れたのだった。
これだけはオラの譲れないイベントだった。

シベリア特急に乗るために、この旅に出たのだから…

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さて、これでウルムチから移動する準備が整った。

お宿に戻ろうとすると、美女姉が「もう1人の彼はどうしたの」と訊いてきた。
そう、ここには3人のうち、軽症の2人がやって来たのだった。
彼は吐いてお腹壊して寝ているよ」と言ったら、ものすごく心配していた。

…ヤツと彼女の関係、なぁ~んかアヤシイ...
ヤツはこの美女に一目ぼれだしぃ~。

お宿には徒歩で戻ることにした。
それほど距離もナイのでね

お宿の近くの食堂で夕飯を摂る。
・紅焼茄子(ナス・ピーマン・トマトのケチャップ風炒め)
・ごはん

移動の前日なので、大事を取って無難で控えめなメニューに。
しっかり火が入っていることを確認しながら食べる。
久々の白飯は美味かったぁ~~~

そして部屋に戻り、そのままゴロンと寝ることに。

明日からは、いよいよ北京に移動だぞ

では、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その26」はこちらーっ!

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2012年1月12日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その24:天池から烏魯木斉へ~

前回「その23」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年6月12日(火):雨

天池(ティェンチー:Tianchi)  → 烏魯木斉(ウールームーチー:Wulumuqi)

おはよぉ~~~う。

今日は朝食のために起こされる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その24・天池から烏魯木斉へ-2401
(1996年撮影)
まだ眠い~~~~~~

山に行く」と言っていたフランス人のカップルは、どうやら行かないらしい。
前日に我々のハナシを聴いていて「えっ雪山までたどり着けないの!?」と言っていたので…。
まぁ、外も天気が良くないのでね…。

朝食はオートミール風の、「牛乳にご飯を入れて、砂糖を好みで追加するもの」と「ナン」だ。
フランス人達と、もぐもぐ食べる。
美味くはナイが、これ以外に食料がナイのだから、文句は一切言わない。
たぶん、こちら(カザフ族)ではゼイタクな朝食だと思う。

食べ終わったので、のんびりしようと思ったら、キッズにぢゃまされた
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その24・天池から烏魯木斉へ-2402
(1996年撮影)
え~、遊ぶのぉ~~~~~~

登山と乗馬で疲れた体に、ガッチガチの床と布団で横向きになって寝ていたため、ものすごくカラダが痛い…。
仕方なくキッズの相手をする。

そして昼頃、日帰りのゲストがやって来て、一緒に昼食。

ここで、クザットさん(ガイド兼パオの住人)に、ウルムチにいるトルディーさん(ガイド)からの手紙をもらう。
手紙には、今日の行動予定とこのツアーの料金の払い方が、日本語で書いてあった。
日本語が上手だ…。

手紙にあるとおりに、クザットさんに料金を支払う。
これで清算完了

出発は何時にするの」と聞かれたので、日帰り団体と同じ14時に決めた。
それまでストーブにあたって、のんびりタイム。
今日は雨なので、外が寒い…。

出発時間になったので荷物を背負い、湖沿いの、かろうじて通れる幅の小道(写真の部分)を歩く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その24・天池から烏魯木斉へ-2403
(1996年撮影)
狭いっしょ

湖の下端にあるレストラン(駐車場)まで移動。
30分は歩いたな…。

傘や雨具を持っていなかったので、ビショ濡れだ。

さ、寒い…。

…今まで砂漠の中を通って来た人間が、雨具など持っているわけがナイ(笑)

迎えに来たマイクロバスに、そのまま乗り込む。
ビショ濡れだが、雨・風がしのげるだけありがたい。
バスはすぐに発車。
ウルムチ市内へと戻る。

あぁ、美しい景色とおさらばだ…。

あのキッズともお別れ。
楽しかったなぁ~。

天池とウルムチ市街の位置は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その22・天池周辺の地図-2201
(2019年のグーグルマップより)
だよん

…天池
…ウルムチ駅(市街地)

2時間くらい乗っただろうか、バスは市内に入った。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その24・天池から烏魯木斉へ-2404
(2006年撮影:当時はもう少しビルが少なかった)
…あぁ、まるで景色が違う。

緑の山々が恋しい。

ほどなく、バスは旅行社のある「紅山賓館」に到着した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・ウルムチ市街の地図-3808
(1996年当時の地図を撮影)
中央を上下に走る大きな道路は、まだ工事中だった…。

.ウルムチ駅
.新疆飯店
.二道橋市場(バザール)
.自治区政府幹部招待所(トルディーさんが紹介してくれた宿)
.テングリモスク(南門モスク)
.漢民族の繁華街
.紅山地区(旅行社・郵便局)

今はにいるよん。

ここでツアーは解散。

バスを降り、旅行社のオフィスへ行ってトルディーさんを待つことに。
どうやら、留学のための試験を受けているらしい。

少しの時間、天池から一緒だった香港人青年とハナシをする。
オラのつたない広東語でも、彼はちゃんと聴いてくれて、優しく返答してくれた。
もし香港の街中だったら、こうはいかない…。
多謝!!
(彼は、日本人が「北京語(標準語)」ではなく「広東語」を喋ってくれるというのが、非常に嬉しかったらしい…)

ほどなくして、トルディーさんが現れた。

何と、今夜からのお宿を紹介してくれるそうだ。
ラッキー
来た時に泊まった「新疆飯店」(地図の)は、ちょっとねぇ…。
(行きの車中でトルディーさんに宿のハナシをしたら「同じくらいの値段でもっとイイ所があるよ」と言っていた)

トルディーさんに案内され、一緒にホテルまで移動。

新華南路」にある「自治区政府幹部招待所」なる所に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その24・天池から烏魯木斉へ-2405
(2006年撮影:当時とはまったく景色が違う)
招待所は、白いビルの裏手辺りにあった。

…こ、これって「共産党幹部用のホテル」ぢゃナイっすか

極貧外国人バックパッカーが3人も泊まっちゃってイイんッスか

でも、トルディーさんは笑顔で「平気、平気」と言って手続きを済ませてくれた。

やはり、中国では「コネ」がモノを言う…。

1人1泊42元(567円)で、バス・トイレ付き。

超うれぴ~~~~~~~っ!!

新疆飯店の劣悪ドミトリーが30元だったから、この差はかなりデカい。

ちょうど入れ替わりに日本人2人組がチェックアウトをするところだった。
彼らも、トルディーさんにここを紹介されたっぽい。

彼らと少しだけハナシをした。
お土産にウイグル楽器を買ったそうで。
どうやって持って帰ろうっか…」というハナシで盛り上った。

トルディーさんにお礼を言って、さよならをし、部屋に入る。

早速シャワーを浴びる。
もうカラダが冷え切っていて、3人ともガマンの限界だ
バスタブもあったので、湯を張って湯船にも浸かる。

生・き・か・え・るぅ~~~~~ 

あ~、シアワセ

入浴後、部屋でしばしくつろぐ。

洗濯をしようと思ったけど、キョーレツな疲労感に負ける。
結局、日記を書いて寝ることにした。

おやすみんみ~~~~ん

つづき「その25」はこちらーっ!

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2012年1月 9日 (月)

レイアウト日記 ~「はたけのある風景」の巻~

今回は「集合式単線ミニモジュール」(略して「単モジ」)編を…。
00
これは、「特攻野郎Bチーム」の公開展示会用に制作したもの。
新企画(新規格)の作品だ

コンパクトにまったりとローカル風景などを楽しむために、この「単モジ」が生み出された。
Bチームのオリジナル規格
01
ボードのサイズは200mm×200mm。高さは60mm
上の写真はボードを2台つなげている。

ボードの側面には、DIYショップで売っている「フローリング補修用テープ」を貼ってある。
カンタンに言えば「木目のシール」で、そのまま貼るだけで見た目がカッチョエェ仕上がりに即変身する。
100円ショップのは耐久性がないし、見た目が安っぽいのでオススメしない。

曲線の半径はR140mm。TOMIX製の線路を使用。
線路には僅かだが「カント(傾き)」を付けてある

この作品は、「大糸(おおいと)」線の「信濃森上(しなのもりうえ)」駅付近がモチーフ。
時代は特に決めていない。
昭和の旧型国電」から「平成の銀色」まで、何でも似合う
…それだけイナカの風景はあまり変化しないというコト。(笑)

では、1台ずつバラして、いろいろな角度から見ていこう。

まずは、上の写真の左側のモジュールから見てみよう
02
季節は「」に設定。
だが、特に細かいこだわりはナイ。

こちらには道路を通してある。
実物は「千国街道(ちくにかいどう)」の裏道っぽい。(旧道か?)

では、反時計回りでグルッと見ていこう。
最初に右側面を。
03
線路の内側にを配置。

ココは、段ボールで一段持ち上げてある。
その方が少しでも立体感が出て見栄えがするので…。
実景も似たようなモノだ

さらに回転。
04
この2枚の画像で、大体の配置バランスはお判りいただけただろう。

もういっちょ
05
単体で見る時は、こちらが正面になる。……っぽい。(笑)

これで一周見て回った。
では、つづいて細部を見てみよう

まずは道路から。
06
道路は今までの方法どおり、グレーの画用紙をベース板に貼って再現。
その上に、「デザインテープ(ICテープ)」の白線をぴ~~~~っと貼って歩道も再現。

…だが、実際はこんなところを歩く人はいない。山深いイナカだから。
この白線は、「歩道の区分」というよりも「夜間の脱輪防止」用だなや。
実際の現場も、セメントのミキサー車やダンプなど多し。歩くと危険だよ

道路と線路の間にはカンバンがある。
07
実際はもっと違う形なのだが、模型なのでこだわらない。

…ってなワケで、手元にあった余剰のTOMIX製カンバンをテキトーに切って接着。
表面には、チラシの中から使えそうなもの(今回は某ケータイ電話会社)を選んで、両面テープで貼り付けた。

チラシって、何気に使えるよん(特にスーパーのが)

横の道路標識は、KATO製品をそのまま使用。
何も加工はしていない。

架線柱はTOMIX製。
ベース板にゴム系ボンドで接着している。

お次は畑へ…。
08
畑の手入れをしているジィさん発見!!

ジオラマは、何気な~く置いた人形が大きな効果を発揮する。
それが、たとえ1体でもだ

…ただし、ちゃんと「ストーリーこの人は何故ココにいるのか?)」を考えて配置すべし。

畑は緑のスポンジを一列に接着しただけ。
野菜類を表現するには、なるべく単色の(安っぽく見える)スポンジを使用したほうが、それっぽく見える。
草むらを表現する時は、カンジの(品質の高い)スポンジを使用すべし。

畑は、キャベツ・ニンジン・サツマイモ…などなど、良~~く実物を見て再現しよう
出来上がりが、ぜんぜ~ん違うから
車両ばかり見てないで、線路周りの風景も良く観察しよう

さてさて、今度は右側のモジュールを見ていこう。
09
こちらは「民家が一軒、奥には畑」というカンジ。

これも反時計回りで見てみよう。
10
イナカなので、家と線路の間には柵も何もナイ。
いたって平凡な光景だ。

では次。
11
畑は、お隣のモジュールと同じ作り。

さらに回って…
12
線路の外側にはらしきモノを配置。

決して「余ったスペースをごまかすための“やっつけ仕事”」ではナイ。決して…。

こちらも一周したので、細部を見ていこう
まずは畑。
13
こちらの畑は果樹園っぽいカンジで。

野菜以外にも果物を作っているというイメージ。

この樹木は「TSUGAWA(津川洋行)」製品だ。…ったと思う。
(もらい物なので…

隣には野菜を配置。
黄緑色のスポンジを使って、ニンジンなどの若草色っぽい野菜を表現。
…だけど、写真に撮ると色が飛んぢゃってるねぇ…。
ホントはもっと落ち着いた色だよん

では、家を。
14
こちらは農家の「離れ」的な建物をイメージ。
農機具小屋」というか、「作業場」というか…

建物は、TOMYTECH(トミーテック)製「駅前タクシー営業所」を使用。
前面のカンバンを、グレーの画用紙で隠しただけ。

アップで見てみよう。
15
軽トラを降りて、おっちゃんが帰って来た

カンバンのグレーの画用紙には、茶色系統のクレヨンでウェザリング(汚し)をしてある。
100円ショップで売っている「フローリング補修用」クレヨンが便利。
茶色系のクレヨンが4・5本入っている。

建物の裏には…
16
バァ様が洗濯物を干している。
おっちゃんの母親だろうか…?

これが、このモジュールの隠れた見どころ
展示会で見つけてねん

さぁ、これで全部見て回ったぞ

…ってなワケで、車両と背景を置いて撮影してみた
まず、その1。
17
最初の写真から少しさかのぼって…。

旧「信州」の115系普通列車。
今の青系の「長野(オリンピック)」になる1つ前の塗色だ。

次に…
18
さらに2代さかのぼって、水色だった旧型国電の時代をば。
この水色旧国の時代は、私は知らない。

「大糸線」の車両は、「水色(旧国)」→「」→「信州」→「長野」と変化してきた。
現在は、ステンレスの銀色車体に長野色の帯を巻いた電車が走っている。

路線を変えて…
19
飯田線(いいだせん)」のイメージ。

車両は水色のと同じなのだが、色が変わると路線も変わる。
これは、長野県南部~愛知県を走る「飯田線」をイメージした。

飯田線も狭隘な山間部を走るローカル路線だ。
同じような景色も多い。

最後に、アングルを変えて見てみよう。
20
いいねぇ~~~

実際に道路の上に立って(またはバスの中から)見た雰囲気。

こうやって見ると、背景の存在って~いうのも大事だね

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…ってなカンジっす
ご参考になりましたか?

ではまた~~~♪♪

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2012年1月 5日 (木)

旅日記 ~「初めて来たのに違和感ナシ・沼津港」2011~

あけましておめでとうございます!
2012年もよろしくお願いいたします

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今回は静岡のお話など。

2011年8月に「青春18きっぷ」を1回分手に入れた。
だが、使わず(雨と風邪で使えず)に月日は流れ…
ついに最終期限(9月20日)が間近となってしまった。

なので、9月10日、風邪(RSウィルス)で体調不良のカラダを無理やり動かして出動することに…。

Myバディといろいろ相談した結果、「静岡県の沼津(ぬまづ)あたりがイイんでなくね」ということに
…ってなワケで、「東京(とうきょう)」駅から東海道線で、まっすぐ沼津駅へ。

熱海(あたみ)」駅で、始発の沼津行き(211系)に乗り換える。
…えんらい短距離区間列車(わずか3駅)だなや

列車はすぐに終点沼津駅に到着。
当然、全員降ろされた

ホームで振り返ったら、列車が3本並んでいたので思わず撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8001
案外カッチョエェのぉ~

斜めに並ぶ」というのも珍しい。

手前の211系のお顔に付いている点々は、ぶつかってツブれた虫(カゲロウ)の残骸だ。
どの列車も同じように汚れていた。

早速、駅前に出る。

…あ、暑ひ

夏も過ぎたというのに、なんだ、この日差しゎ…。

とりあえず、漁港に行くことにした。
駅前の大通りを、日陰を求めてジグザグに進む。(笑)

…おっ、大きな交差点に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8002
やったーっココには屋根があるぞ

真横に地図があった。
静岡・沼津港2011-8003
真ん中の■■赤い四角が現在地。

目指す港は左の先。
右に線路が縦に走っているねぇ。
その上から左斜め上に「ぺろん」と線路が分岐している…。

興味あるが、体力が持たないので、とりあえず今回は見送り。
(…これが後で関係してくるんだなや)

交差点の、交差している道路名(カンバン)を見る。

…なんか変わった名前だなぁ~。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8004
旧国」一通り~~っ

茶色い「おじいちゃん」電車(旧型国電)が、各種ひととおり走ってるのか

…いや、んなぁ~ワケナイ。
旧・国道一号線通り」という意味か。

東京では「国道一号線」のことを、通称「一国(いちこく)」と逆に呼んでいるので、理解に一瞬時間が掛かった。

屋根の下を歩くも、わずか数十mで屋根が終わってしまった。
向こう側の歩道には屋根があるというのに…

なので、コンクリートに囲まれた道路上を歩くのは「溶けてしまう」可能性があったため、次の交差点で左斜め前に見える川沿い(狩野川)を進むことにした。
水面が横にあれば、暑さは軽減されるだろう…。

わずか数十歩で、川沿いに出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8005
おぉ快適

こっちのほうが、ぜ~んぜんイイぢゃん

上の写真は途中で振り返って見たモノ。
正面のビル群は、駅前に建っているヤツらだ。

左のマンションの右横を、よ~く見て欲しい。
そこには、ほんの僅かだが、雲の上からアタマを出した富士山が…

先へ進もう。

水辺とはいえ、やはり日差しは暑く、日陰も案外ナイ…。
でも、目的地はそう遠くナイ。

…おっ、が見えて来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8006
…イイ天気だ。ホントにイイ天気だ。

この橋の奥が海。
漁港は橋の右側だ。

橋のたもとで右に曲がり、坂を下りると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8007
ほどなく漁港のお土産屋さん街に到着

お昼なので、海鮮類でも食べようと思ったら、どこも定食丼物で値段も高い。
…バッグの中の財務大臣(サイフとも言う)と相談して、「次期国会に先送り」という結果に。

屋台で貝などの串焼きでも売っていれば、気軽に食べられたのだが…。
他の漁港と違って、あまり「安い商売」する気ナイみたい。

ここで、少々休憩。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8008
観光センター的な建物「沼津みなと新鮮館」が岸壁沿いにあったので、中に入って座る。

すぅ~ずぅ~すぃ~うぃ~
生き返った

目の前の岸壁を眺める。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8009
右奥の高いとんがった建物は、水門&展望台だ。

左側がこの建物。

立っている場所から、すぐ右を見る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8010
ごく一般的な漁港のフンイキ。

のどかだねぇ~

オフシーズンなのか、昼食時なのにもかかわらず、観光客の姿が比較的少ない。

何も買わずに去っていくのもMOTTAI-NAI!ので、なにか「ご当地モノ」を買うことにした。
だが、全店探しても「これだっ」というモノはあまり売っていない。

でも、1軒だけ、オラが求めていたものを売っていた店があった。
そこで、数分悩んで購入。

お店の人とも…

店員:(おっよくコレを選んだな…的な顔をして)
   「コレ食べるの初めて~
オラ:「はーい。
んじゃ、中に入っている食べ方の説明書を良~~~く読んでね
はーい。
食べやすいの選んであげるわね
はーい。
お兄さん、遠くに住んでるの
はーい。
じゃ、保冷剤いっぱいいれておくからね
はーい。

…ってな会話のやりとりをした。

そうまでして食べるモノとゎ…

…そう、イルカさんなのだぁ~~~っ!!

静岡(特に清水)と千葉(銚子)ではフツーに食べるそうな。
事実、銚子電鉄の「外川(とかわ)」駅近くのスーパーでもイルカさんの切り身が売っていた。
むかし、清水出身の男子に「 えっイルカって、東京の人、食べないんですかぁ~っ」とオドロキの顔をされたこともある。

今回買ったのは、味をしみ込ませてある切り身だ。
見た目は味噌漬けの牛肉っぽい。
なんとなく「こうきう(高級)感」すら漂っている。(笑)

だが、2枚1パックで「500円」という破格のお値段
ウチに持って帰って、焼いて食べるのだ
昔から「いつかは…」と思っていた。

これで念願のイルカさんを手に入れた」と満足して、漁港を後にした。

帰りは違うルートで。
…っていうかぁ~、気になってた道があるんだよねぇ。

来る時に地図を見てたら、なんかミョーな緩いカーブを描く1本の道があった。
」なら ピンとくる道だ

漁港のすぐ近くから始まっているその道は、市街地を斜めに横切って駅の方向へ大周りに伸びている。

まずは漁港から、その道が交差する最寄りの場所へ行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8011
正面の舗装道路の奥が漁港

左斜め前の遊歩道の奥は、先ほどの川に突き当たって終わる。

…う~ん、のニオイがする。

少し左側を見た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8012
フツーの住宅街だよなぁ~。

…って、あれっ??

アパートの庭になんかいるぅ~っ

近寄ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8013
おぉJRコンテナ。それにしても、チョー色褪せてますなぁ…

元々はこんなワインレッド色■だ。

…ますます鉄臭い。

後ろに振り返って駅方面に進むことにした。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8014
このゆるいカーブ、イイぞぉ…(笑)

この道を歩いていて、ふと思った。
どうやら、廃線跡には間違いなさそうだ。

…にしても、似ている。

何に似ているかって
JR中央線から伸びている、東京都内の3本の廃線跡の遊歩道にだよ

三鷹・武蔵境・国分寺(北府中)の各駅から伸びている遊歩道と、雰囲気が酷似している。

静岡県にいる感覚がマヒする。
まるで東京都の武蔵野市にでもいるようだ。

ほどなく、広い場所に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8015
団地の脇の公園」といったカンジ。

この公園も、昔は貨物ヤード機関庫だったのだろう…。
写真の奥が漁港だ。
(後で調べたら、ここで漁港と川に行く線路が分岐していたっぽい)

武蔵野市役所の裏手付近(「武蔵野競技場前」駅跡地)にも似ている。

さらに進もう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8016
この辺は五日市街道との交差付近に似ている。

途中、道沿いに小さな菜園があった。
地元の自治体(町内会)がやっているものらしい。

その農具用倉庫だろうか、看板が掲げてあった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8017
し、下河原ぁ~~~っ

…まんま東京・府中市の緑道ぢゃねーかっ
国分寺~北府中~東京競馬場前&下河原」と伸びていた「下河原(しもがわら)」線の跡地だ。
その緑道は、JR武蔵野線「府中本町(ふちゅうほんまち)」駅のすぐ西隣にある。

それと地名も雰囲気もウリウリ二つ

…何というグーゼン。
この上記の2枚の写真を見せて「府中の下河原線だよ」と言っても、大抵の人はゴマかせる。

オラもビックリだ

この先も道はずっと続いているのだが、途中から木陰も少なくなり、日差しがキョーレツに当たるようになる。
さすがに、体調が快復していない状態なのでバテて来た。

次回また来よ~っと」ということにして、この鉄歩道から離脱。
まっすぐ駅に戻ることにした。

今度は、来る途中にチラッと見えていたアーケード街に進路を取る。

…やっぱりアーケード商店街だった
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8018
日陰、日陰

…って、目の前にぶら下がってるモノ、何だありゃ
下で女の子がなにか叫んでいる。

近付いてみよう…
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8019
あ、「アジの干物」…。

しかも、リアルにケムリ出ているしぃ~

下に「アジ平と呼べ」と書いてあるのを見て、女の子が叫んでいたらしい。
声が届くと煙が出てくる仕掛けになっている

女の子、裏側も見て、また叫び出した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8020
…おぉ今度は「かぼちゃ」。

ハロウィンバージョンだ

この写真は、女の子が「ハロちゃぁ~~~ん」と呼んで、口から煙が出たところ。
なかなか楽しいひと時だった…

こうして沼津クエストは終了した。

駅に戻り、地下のスーパーでお土産ないか物色するも、特に見つからず。
なので、おとなしくホームに行く。

すると、先に貨物列車が通過するとのことなので、電車が来るには少し余裕がある。
御殿場線で戻ろうかとも考えたが、ロングシートの車両(313系)のだったのでキャンセル。

ホーム上のおそば屋さんで、コンテナ貨物列車の風を受けながら小腹を満たす。

…あれ今日初めての食事だ

ほどなく「熱海」行きが来たので、乗り込む。
熱海に到着後、「東京」行きに乗り換えるためにホームを移動。
最後尾のボックスシート車両の停車位置に行く。

席を余裕で確保出来そうなので、しばし撮影タイム
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8021
おっ、ズキューの電車が来ているねぇ~

だが、長年、東急東横線で見慣れていただけに、どう見ても「東急の電車」のイメージは拭えない。
…ま、伊豆急は東急の子会社だしぃ。

帰宅後、この写真を見て、またもや思った。

あれこれって…
(画像をクリックすると拡大するよん)
静岡・沼津港2011-8022
…似てなくね

2011年の熱海駅」と「1980年代の中野駅」は、これまたウリウリ2つ系だったのだぁ~っ

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 おまけ 

イルカさん、焼いて食べてか~ら~の、一句。

人生で 一枚食べれば それで良い

脂身が「ワックス」のような味だった…
部屋中ワックス臭いは、胸焼けが3日続くは…

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