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2011年8月15日 (月)

HOゲージ日記 ~「やっぱ“でーべー”っしょ♪」の巻~

今回は当ブログ初の「HOゲージ」なんぞを…
(一部の写真はクリックすると拡大されるよん)

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これはドイツ鉄道(DB)の客車で、1・2等合造車だ。
日本風にいえば「オロハ」「スロハ」ってなカンジ

外国型はHOゲージで集めていた。(Nゲージのほうが高かったので…)
主に型車両がメインで、少しだけも持っていた。

昔はたくさん持っていたのだが、Bトレを始めてからはHO・Nゲージともに大半を売却処分してしまった。
で、手元に残った(残した)僅かな車両のうちの1両がコレだ
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メーカー名は「ザクセンモデレ」(ザクセンモデル)という。
旧東ドイツにある(あった)会社で、欧州模型メーカーの激しい統廃合の中で、どうにか残っていたブランドだ。
もうあるかどうかは判らない…

なんでこんな車両を持っているかというと…
現在、当ブログで連載している「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」中に、実際に乗ったからだ。
(しかも1等車だぉ)

私は大のDB(でーべー)好き
本物のDB車両達が見たくて、初めての海外旅行はドイツに行ったほどだ。
しかも、元「東ドイツ」の車両ときたら、これは「アタリ」以外の何ものでもナイ

帰国後、いそいそと銀座の「天○堂」に向かい、迷わず購入
その後、一年ほど中古で売りに出したものの、買い手がつかずに手元に戻って来た。
これは「ずっと保存しておきなすぁい」というお告げだったのだろう………か?

車端部はこんなカンジ。
503
屋根が「三角おむすび」みたいな、まぁるい形をしている。

欧州の客車は、ほとんどの車両の両端部にテールライトが付いている。
なので、この車両も「オロハ」とでも言うべきか。

色は、江ノ電のような配色。
これは、昔の東ドイツ国鉄(DR)では標準的な塗り分け。
東西ドイツが統一された後でも、しばらくはこの色のまま走っていた。
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(1996年7月11日撮影)
…ね。そうでしょ

前後の車両の塗色(白&)は、当時の新色(急行・近郊列車用)。
JRの信州に近いね。

ちなみにこの駅は、ドイツ・デンマーク国境のドイツ側の駅「Puttgarden:プットガルテン」だ。
ホームの奥はすぐ港になっていて、フェリーが直に接岸できる。

この列車もフェリーに乗って、デンマークからやって来た。(始発は「コペンハーゲン」駅)
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こんな風に、お船の中に留められて、どんぶらこっこと…。

列車の乗客は船内にも遊びにいけるが、自分の座席は車両の中。
つまり、乗車したまま乗船するのだ

いくら1等車とはいえ、景色はトラックの側面のみ。
照明は申し訳程度。(船から電源をもらってるため)
クーラーはナイ。だって非冷房車だもん。

日本でも青函連絡船がこのような車両航送をしていたが、乗客は船室に座らせたとか…。
(戦後すぐの頃の、お偉いさん(進駐軍)しか乗れないような列車だった)

こんな面白い体験をしたら、やっぱ記念に欲しくなるよねぇ~

では、細部を見てみよう。
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車体中央部の標記類だ。

欧州の車両は、1等座席部分には、窓上に黄色山吹色のラインが引かれている。
この車両は約半分が1等座席なので、窓上のラインも途中までまで引かれている。
(この当時の欧州人がJR東日本のE751系を見たら、全車両1等車だと思ってしまう。まぢで。)
ちなみに、2つ上の実車の写真と見比べて欲しい。
模型では窓5個分、つまり半分が1等の標記になってるのだが、実車は窓4個分が1等室だ。
なので、この模型は「間違ってるぅ~~っ」というワケ

中央の「DB」マークは「ドイツ鉄道Deutsche Bahn:ドイチェ バーン)」の意味。

ちなみに、1994年までは同じ「DB」でも意味が違った。
ドイツ連邦鉄道Deutsche Bundesbahn:ドイチェ ブンデスバーン)」だった。
「西ドイツの国鉄」という意味。ドイツ統一前の名称。

「東ドイツの国鉄」は「DR」と言った。
ドイツ国有鉄道Deutsche Reichsbahn:ドイチェ ライヒスバーン)」だった。

1990年の国家の統合を受け、1994年に鉄道も統合・民営化された。

…ってなワケで、この車両(実車)も、撮影する2年前まではこんなおデヴな「DB」という文字ではなく、
ひょろ長くて細い「DR」という文字が書かれていた。

DBマークの下の長~い数字は、車両番号だ。
欧州の車両は「UIC番号」という規則で車番を標記するように決められている。

51 80 30-40 539-4

この区切られた数字ごとにすべて意味がある。(後述)

ドイツ国内では、UICの数字の下に小さく書かれている「ABom222.1」という形式名で呼ばれている。
日本風に言えば「オロハフ222の100番台」といったニュアンスだ

それ以外の、車体の裾に書かれた文字・記号類は、車体の長さ・重さや最高速度、所属区、航送出来るかどうかなどが記されている。
ちなみに、この車両の長さは26.4m。最高速度は140Km。(特急形客車は250Kmくらい)

実写の標記も見てみよう。
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模型とほぼ同じ。

…ってか、

51 80 30-40 512-1

って、模型と27番しか違っていない
…兄弟だ。

よく見ると、51 80 の「8」と最後の「1」が書き換えられた跡がある。
これはドイツ統一によって、「国番号」が変わったため。

西ドイツ(DB)は「80」、東ドイツ(DR)は「50」だった。
今のドイツも「80」なので、50 → 80 に変わったワケ。
(現在の50番は「ボスニア・ヘルツェゴビナ」)

最後の「1」は車両番号チェック用の数字。
複雑な計算式の結果に出てくる1桁の数字が書いてある。
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余談だが、このUIC番号は世界規格だ。
当然、日本の番号もある

日本(JR)は「42」が割り振られている。

なので、試しに「オハ14 101」をUIC番号で標記してみると…

50 42 29-29 101-9

ってなカンジになる
(日欧で車両の区分けの概念が違うので、完全にこの数字にはならない。あくまでも例えだ)

もし、日本の車両が欧州まで乗り入れることになったら、車体にはこのようなUIC番号を書かねばならない。
(逆に、日本に来たオリエント急行には、「シナ」などと標記が書かれたままだった。)

-----------------------
…あぁ、ハナシが逸れまくった

さて、続きをば。
508
1等車側のデッキ付近。

1等の「」と、「 喫煙」「 禁煙」の両室があることが標記されている。
白い小窓は「おトイレ様」だ

台車をアップで。
509
これは近鉄の台車(近畿車輛:KD51)に近いカンジだね。
オシ17の「TR53A」台車もこんなカンジ。
それを横に「びろ~~ん」と伸ばしたみたいな

ドイツには「ミンデンドイツ式」という有名な台車もある。
日本でもこのミンデン台車を履いた車両はたくさんいた
新幹線0系や東武8000系、営団地下鉄5000系や小田急NSE(3100形)などなど…

子供の頃は「民電ドイツ」だと思っていた。
だって、私鉄(民鉄電車)しか履いていない台車だったからね(笑)
新幹線の台車は、スカートで見えなかったしぃ。
(ホントの「ミンデン」は地名だよん)

次に室内を見てみよう
510
ご覧のように、車内は全部コンパートメントになっている。

実車はこのとおり。
511
廊下のドアから手前が1等室。奥が2等室。

この車両では、1・2等での大きな差は、座席数以外はあまり無かった。
一般的には、1等が6人個室・2等が8人個室だったり、全部6人個室でも座席のグレードが違ってたり…といったカンジだ。

まぁ、この時代でも「 古参 」の部類に入る車両だったからねぇ…
旧西ドイツ側の「近代的でおされな車両」とは比較にならない。

では客室(コンパートメント)側を。
512
模型ではどちらも6人掛けになっている。
たしか、実車は2等室が8人掛けだったと思う。
(…あまり2等室側は見なかったため、記憶にナイ…)

模型にはナイが、実車にあったレアなモノを
513
なんと「DR」のくず物いれだぁ

ここだけ東ドイツのニオイがプンプンしていた

東ドイツ、この6年前(1990年)までは、うかがい知ることの出来ない共産主義国だったからね。
今の北朝鮮のように…。
うかつに入国しようものなら、生きて帰って来れる保証はほとんど無かったし。

正式な手続きで入国しないと、入国時に射殺されるパターンがほとんどかなぁ…。
まぁ、誰も望んで入国なんかしなかったケドね。
不法出国は「無条件で即射殺」だった。
それで多くの人が命を落とした。「ベルリンの壁」の悲劇がその代表だ。

だから、旧東側のエリアにいる時は、何気にドキドキしながら乗ってたのだよ。
この車両は特に「東ドイツそのもの」だったし。
(「ホントに統一されて自由になったのか?」と。この直前に、モスクワで警官に詰所まで連行されたからね…)

…ま、そんな激動の時代の、良き車両の物語。

最後に…
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旧東側の風景は、手付かずだったので美しかった…。

あうふ びーだーぜーん(Auf Wiedersehen)

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