(前回「その16」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ★
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。
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1996年6月2日(日):晴れ
敦煌(とんこう:Dunhuang)
今日は昼頃に、お宿の斜め前の「風味餐館」で「麻婆豆腐」を食べる。
日本人好みの味で美味しい♪

その後、13時頃にお宿の2つ隣の部屋に滞在していた日本人青年と一緒に「莫高窟(ばっこうくつ:モーカオクー)」へ行くことに…。
「莫高窟」とは敦煌の最大の見所で、崖の壁面に洞窟を掘り、その中で僧侶が修行をしていた場所(寺院)。
みんなここを観に敦煌へ来ているようなものだ★
たまたま知り合ったこの日本人青年、何とマットレスを持って旅をしていると言う。
「何で~?
」と訊いたら、彼が一言。
「そこに寝なさい」
いきなり部屋からマットレスを持って来て、階段の踊り場に敷きだした。
仲間の1人がマットレスに寝る。
すると、それは始まった…
「イテテテテテーーーーーッ!!」
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(1996年撮影)
…そう、彼は「さすらいのカイロプラクター」だったのだ★
カイロプラクティック(整体術)の勉強をしながら、アジア(インド・パキスタン方面)を旅しているそうで。
我々3人とも施術されることに…。
彼(N氏)はオラの背中から肩を触るなり、「重いバッグを持ってず~っと歩いてきたみたいだから、けっこう骨がズレているねぇ~♪
」と一言。
…確かに、この数日は移動ばっかりだったので、いつも荷物が肩に食い込んでいたよなぁ。
腕を上げると、ほんの少し痛い。
さらに背中の骨を触って、「ホラ、軟骨が少しはみ出ている」と言って、オラの肩を抱きながら一ひねり。
「ボキボキッ★」という音と共に、オラの肩のニブい痛みは治まった♪
わ~ぉ★ 肩が楽ッス♪

N氏「これでまたしばらくは、旅が出来そうだね~♪
」と一言。
…うれしいッス♪助かったッス♪♪

3人とも一通り施術を受け、すっかり健康体になった♪
みんなでお礼を言うも「イイよ、イイよ」と涼しい顔。
…カ~ッチョエェ~

まぁ、そんなんで、一緒に莫高窟に行くことになったという訳。
莫高窟に行くには、バスに乗らないといけない。
距離は片道27Kmほど。
チャリとかでも行けなくはナイが、そこには「死」が待っている。(笑)
地図で見ると…
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(1996年当時の地図を撮影)
ハミ出ちょるぅぅぅぅぅ~~~~っ★
このように、莫高窟は地図に載らないくらいの、右下のはるか先の荒野にある。
(❷がお宿)
これでは何が何だか解らないので、広域の衛星写真をば。
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(2019年のグーグルマップより)
莫高窟は■にある。
●…お宿
■…莫高窟
▲…鳴沙山と月牙泉
この荒野の中を、ケチッてチャリで行ってみようと思う?
莫高窟行きのバスは、街中の至る所で客引きをしている。
マイクロバスの窓やドアから、車掌が拡声器で「莫高窟~!莫高窟~!」と叫んでいるのですぐ解る。
バスは満員になり次第、街を離れて莫高窟へと走り出すシステム。
なので、混んでいるバスに乗ったほうが出発が早い★
料金は、往復で10元(135円)。
バスは緑の森を抜け、褐色の砂漠の中をひた走る。


やがて、いきなり砂漠の中に山が見えてくる。
そこが莫高窟だ。
バスを降りて入口へ向かう。
まずは、チケットを買う。
「甲票:80元」と書いてあり、「乙票」は15元ほどだ。
…さて、どうしよう。
甲票(つまり外国人料金)はベラボーに高いが、「ここはケチらないほうが絶対にイイ!」とガイドブックには書いてある。
なので、相談の結果、素直に甲票を買った。
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(1996年当時の実物を撮影)
チケットも豪華ぁぁぁぁ~~~~
次に、あまりの暑さに缶ビールを買う。(笑)
14:30から入れるということなので、ビールを飲みながら待つ。
見学にはガイドが付くので、順番待ちだそうだ。
しばらくして、入口にいたままモタモタしていたら、我々のチケットを見た係員が「招待所へ行きな」と言った。
なので、みんなで招待所へ行く。
招待所でチケットを見せる。
すると「日本人か?」と聞かれたので、「そうだ」と答える。
そしたら「ここにいて待ってろ」と言われた。
それから5分ほど待っただろうか、「ガイドが戻って来たから出発するぞ!」と係員に言われたので、慌てて席を立つ。
我々4人だけでガイド(若い男性)を1人付けてくれた。
しばらく無言で歩く。
「どうせガイド付けてくれたって、ちうごく語で話されても解んねーよなぁ!」と、酔っぱらい4人はグダグダ言い始める。(笑)
窟の入口に到着。
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(1996年撮影)
思いのほか、門が小さい…
ここで、ガイド氏が口を開いた。
…おぅ、ぢーざす!

何と、流暢な日本語ではナイか…
みんなちゃんと説明を聴きだす。
何だよ、ガイド氏も早く日本語で喋りかけてくれよぉ…。
それぞれの窟の鍵を開けて、1つ1つ説明してくれる。
この莫高窟のような石窟寺院は、西域の各地にある。
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(2006年にトルファンで撮影)
せっくつぅぅぅぅぅ~~~~★
これはトルファンにある「ベゼクリク千仏洞」だけど、イメージ的には莫高窟も似たようなものだ。
それぞれの窟で、それぞれの僧侶が黙々と修行をしていたのだ。(ー人ー)
窟の中には、すばらしい仏教壁画や仏像がある。
酔っ払っているのが恥ずかしくなるくらいの素晴らしさだ
解説を聞きながら、荘厳な小世界を真面目な気持ちで観て行く。
1300年も前からある窟もあるそうで…。
仏像は特に素晴らしく、大仏・寝仏などなど…。
言葉では言い表せないくらいだ。
いやぁ~、やっぱり人は欲に溺れてはイケナイねっ!(ー人ー)色即是空~
…と、素直にそう思った。(笑)
窟のいくつかは特別なものもあり、別料金で見せてくれるとのこと。
でもビンボーなので、「見ないでいいです」とガイド氏に告げた。
一通り見たので、入口前に戻る。
すると、奥のほうに「乙票」で入っている人達の姿が見えた。
…そっか、やっぱり中国人民は「15元分」しか見せてくれないんだ★
全然立派でない、どちらかというとボロくてチャチい窟しか案内されないのだ。
見学ルートも全く違う。
ガイドブックの言うことを信じて「甲票」を買って大正解♪
ちょっと休憩して、16時にバスに戻る。
そして敦煌の街まで帰還。

ここで莫高窟ツアーは解散だ。
宿に戻ったら、もう1人の日本人青年(K氏)と知り合った。
なので、みんなで夕飯を食べに行くことに…。
宿のすぐ近く(市場巷:市場路)に夜市がある。(地図の❸)
そこには道端で「シシカバブ(ケバブ:羊肉の串焼き)」を焼いている露店がたくさん並んでいる。
酒屋の前に陣取り、酒屋のオッチャンにテーブルとイスを出してもらう。
当然、酒はこの店から「大量に」買ってあげた★
(当時の中国では、ビールを「冷やす」という概念があまりなかったので、何とか少しでも温度の低いビールを探して買いまくった
)
さて、カバブはどこのにしよっか…?
とりあえず、いろいろな人から買ってみよう!
…ってな感じで、周囲の露店から20本単位(笑)で買ってみた。
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(2006年にトルファンで撮影)
うっまそぉぉぉぉ~~~~う★
これはトルファンので肉が大振りだけど、イメージとしては同じだ。
鉄串(チャリのスポークもあった)に小さい羊肉が8個くらい刺さっている。
そこに、いかにも西域らしい香辛料がたくさん掛かっている。
店ごとに味が違うので、食べ比べてみると面白い♪
味は言うことナシ!
ビールが進む、進む…★


ちなみに、肉は1本5角(0.5元:7円)、肝は1本1元が相場。
結局、5人でカバブを120本も食べてしまった★

120本でも60元(800円)ちょっとだから、ワリカンにすると激安
いやぁ~、食った飲んだ酔った♪
周囲のお店のオジサン達も、たくさん売れたので満足顔だ。
みんな満足♪
23時頃、気持ちよ~くお宿に戻る。
ここで今日はみんな解散~~~っ♪
また明日ね~~ん★
おやすみんみ~~~~ん♪


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1996年6月3日(月):晴れ
敦煌(とんこう:Dunhuang)
今日は10時頃に起きて、11時くらいに風味餐館で朝食。
「肉絲炒麺(ロースーチャオミェン)」を食べる。
日本語では「豚肉の細切り焼きそば」という意味なのだが、実際に出て来たのは和風な「焼きうどん」だった★
でも、これはこれで美味い♪
…何でここはちうごくなのに、どれも味付けが日本料理に近いのや?(笑)
その後、街中にある「CITS(中国旅行社)」に行く。(地図の❹)
西安での教訓から、今回から早めに列車の切符を予約することにした。
とりあえず、希望の日にちの列車をいくつか選んで予約をした。
「5日にまた来い」と言われて、店を後にする。
そして、のんびりタイム♪
1人で昨夜の夜市の道(市場巷)へ行くことにした。(地図の❸)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
にぎやかぁ~~~~~★
夜とは違って、昼は「自由市場」になっていた。
衣料・靴・時計・香辛料…色々なモノが売られている。
一通り観て回る。
結構楽しい♪
自分にとっては、初めてのイスラーム文化。
見るもの・聴こえるもの全てが新鮮な刺激となってカラダに入って来る
敦煌は、民族的には大半が漢民族系なのだが、生活様式はイスラーム式の住民も多い。
街は小さいので、あっという間に見終わってしまった。
…まぁ、お宿に戻るか。
お宿に戻ってちょっとしたら、N氏が西瓜を買って来た♪●
早速みんなで食べることに…
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
まいぅ………あれ?
砂漠のオアシスで食べる西瓜もナカナカのもの…と言いたかったけど、まだ熟れてなかったらしく、そんなに甘くなかった…。
男5人でスイーツにガッカリしているという画も、落ち着いて考えてみると、チト怖い。(笑)
しばらく部屋でハナシをした後、食事しに行くことになった。
風味餐館の3軒ほど横にある「友誼飯館(ゆうぎはんかん)」に行く。
ここもかなり美味で、お店のおじさんも親切だ♪
また宿で、まったりタイム。
21時頃か、N氏だったかな?
「ここの宿でチャリンコ貸してくれるから、みんなで出掛けない?
」と言ってきた。
…面白そうなので、早速借りることに★
お宿の門の近くにいたおじさんに話しをして、チャリンコを5台貸してもらう。
オラのは、前輪のブレーキが外れていた。
みんなのは、ちゃんと前後のブレーキが効いている…。
一言言ったら、オヤジ曰く、「後ろが効くからイイだろ!」
…あ、そ。
さらにオヤジ曰く、「オマエのはベルも付いてるし、カゴまであるんだ!他のにはナイんだぞ。これでチャラだ」
…お、そう来たか。(笑)
確かに、カゴ付きは便利だ。
なので、文句は言わないことにした。
…だって「ちうごく」だもん♪
チャリは上海製だったので、勝手に「上海2号」と呼ぶことにした。
他のみんなのは、ブレーキ完備・ベル&カゴ無しの「上海1号」だ★
さぁ出発ぅ!
目的地は「鳴沙山(めいさざん)」★
街から南に5Kmほどの所にあるお山だ。(地図の❻・衛星写真の▲)
夕暮れの砂漠の中を、みんなでチャリチャリと進む。

景色も雄大で、チョー気持ちイイ♪
20分くらいで、お山の入口に到着。
駐車場にチャリを置き、チケットを買って中に入る。
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(1996年当時の実物を撮影)
おされなチケットぉぉぉぉ~~~~
砂山の手前に「月牙泉(げつがせん)」と言う小さな湖があって、それも観光名所だ。
でも、今は日も暮れて良く見えないので、パス★
余談だが、このチケットの裏面はこうなっていた。
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(1996年当時の実物を撮影)
しぃーーーーーふーーーーーーぅ★
この「康師傅(カンシーフー)」と言うのはカップ麺のメーカー名で、中国では知らない人はいない。
日本で言う「日清」や「マルちゃん」的存在。
(「師傅」で「マスター」と言う意味。日本的に言えば「康シェフ」か…な?
)
このカップ麺に、列車内でどれだけ助けられたか&笑い話が作られたか…
中国で列車の旅をしたことがある方なら、共感していただけるはず~~~★
(笑い話は「その27」を読んでね
)
さぁ、今から後ろの山に登るぞ♪
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(1996年撮影)
気合い充分っ★
…あぁ、でもこれぢゃぁ、何だかよく解らないねぇ~。
では、明るい時の写真をば。
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(2006年にトルファンで撮影)
は~い、そうでーす!砂漠の砂山でぇーーーーっす★
これはトルファンで撮った砂漠だけど、見た目は大体同じ。
今からみんなで砂山に登って夜景を観るのだ♪
山に向かって歩き出すと、近くにいたオジサンが声を掛けてきた。
「ラクダに乗らないかい?」
う~ん、乗ってみたいけど、お金がナイ。
なので「間に合ってま~~す♪」と明るくお返事。(笑)
さぁ、山の裾まで来たぞ★
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2006年にトルファンで撮影)
これもトルファンのだけど、ほぼ同じ。
一歩踏み出す。
ズブズブと音を立てて足が埋まってゆく。
急いで反対の足を前に出す。
ズブブブブ……
また埋まってゆく。
そうやって左右の足を急いで前に出す。
…も、カラダがなかなか上に上がっていかない。
…そりゃぁそうだ。
だって、サンダルで砂漠の砂山に登っているんだから。
(笑)
でも、そこはみんな若者。
元気に気合いで登り通した★
山頂に到着~♪
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(2006年にトルファンで撮影)
ちかれたび~~~~~ぃ★
実際は日も暮れたので、こんな風には見えナイが。
「イメージ画像」ということで。(笑)
いやぁ~、スゲー疲れた。
早速、山頂でビールでカンパイ★
うめぇ~~~♪

しばし山頂からの景色を楽しむ。
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(1996年撮影)
周囲に明かりはナイ。
遠くにやたら明るい施設があるのが見える。
工場か?石油の採掘場か?
…あ、空港か?
あれも、実際は何十Kmも離れているんだろうなぁ…
それほど周囲に明かりはナイ。
やがて完全に日が沈み、星が見え始めた。
さらに、月が昇って来た。
…で、でけぇ。
ここで月明かりのもと、1本のワインを取り出す。
そして、みんなで再度カンパイ★
…ま、まぢぃ。

何てぇマズさだ。(笑)
薄いぶどうジュースに、砂糖を大量に入れたような味。
さすがにみんなもKO負け。
なので、この銘酒はお山に捧げることにした。
みんなで厳かに献酒の儀式を執り行った。(ー人ー)
さぁ、お口直しに「まほうのみず」だっ!
再び缶ビールをプシュッと開けて、カンパ~~イ★
…う、うめぇ♪

重い荷物を背負って登った甲斐があったッス♪
(だから足が砂に沈み込んだんだよん)
裸足になったり、寝っ転がったりして、夜空を堪能。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年撮影)
す~~~っかり出来上がった、野生児5人。
1時間以上はいただろうか。
満足したので下山することに。
今度は、黙っていても勝手に足が下ってくれる。
前に転ばないように、ズリズリと歩く(滑る)。
下山したら24時頃だった。
すぐ近くに月牙泉があるのだが、もう真っ暗だし深夜だ。
なので、そのままお宿に戻ることに…。
暗い一本道をチャリチャリこいでると、途中にきらびやかな建物が目に入った。
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(1996年撮影)
すごいキレイなホテルだ
ちょっと寄ることにした。
チャリを停めて中に入る。
すると、レストランが開いていて、何と「飲茶(やむちゃ)」が出来るとのこと。
こんな西域の砂漠の中で、広東料理が食べられるとゎ…★
「広東夜茶」と書かれた看板がある。
そう、広東人は夜にもお茶と点心で「夜食」を摂る習慣があるのだ。
お店に入って飲茶をする。
そしたら、店員さんがやって来てハナシをしだした。
何でも、まだ出来て1年経ってナイとのこと。(95年9月完成)
どおりで、こんなピカピカなんだ★
しかも、香港資本の建物だそうで。
ちょっと広東語で話したら、ビックリして喜んでくれた♪
すこしオマケしてもらえたぞ★
…さすがにもうお腹いっぱい。

飲めない、食えない、そして眠い。
お店を出て、またチャリチャリお宿に戻る。
結局、お宿に着いたのは1時過ぎになってしまった。
まぁ、こんなイナカなので、アブナイ人に会うわけでもなく。
…って~か、人がいない。(笑)
さぁ、寝るぞ、寝るぞ!
おやすみんみ~~~~ん♪


(つづき「その18」はこちらーっ!)
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