海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その16:玉石のΩカーブを越えて敦煌へ~
(前回「その15:西安・大慈恩寺と大雁塔」からのつづきーっ!)
(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
さぁ、いよいよシルクロードの中央部「西域」に突入だっ![]()
注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ★
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。
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1996年5月31日(金):晴れ
→(第143次直快)→
昨夜の「西安(シーアン)」駅を21:40に出発した第143次直快「庫尓勒(こるら:クーアールルー)」行き列車は、順調に闇夜を走る。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
軟臥(A寝台)個室の旅は快適だ♪
旧型客車とはいえ、一通りの設備は整っている。
日本の旧客寝台車(ロネ)も、こんな感じだったのだろうか…?![]()
今回の貧乏旅では初の優等車両で、ちょっとウキウキ★![]()
3人で話しをして、くつろぐ。
周囲のおじさん・おばさんからの質問攻めもなく、リラックス出来る。![]()
列車は進むも、外の景色は真っ暗だ。
なので、しばらくしたら寝てしまったようだ。
後は記憶にない…。![]()
おやすみんみ~~~~ん♪![]()
ZZZZzzzz....
おはよう★![]()
目が覚めると明るかった。
カーテンを開け、外を見る。
…おぉ!景色が一変している★![]()
列車は「黄土高原(こうどこうげん)」の中にいた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年に北京郊外で撮影)
これは北京で撮ったものだけど、イメージ的にはこんな感じ。
周囲は険しい岩山ばかりだ。
昔は「黄土高原」という名前の通りの緑豊かな地帯だったのだが、山肌の全てを畑にしてしまった結果、肥沃な土が全て流出して今や悲惨な姿を晒している。![]()
木も生えない、段々状になったハゲ山。
まるでテトリスのブロックのようだ…。![]()
「毛沢東(もうたくとう)」時代の「大躍進運動」による、負の遺産だ。
日本にも飛んで来る「黄砂(こうさ)」は、この辺の土が強風で舞い上がったものだ。![]()
列車は、平原や(死の)渓谷みたいな所を、代わる代わる通り抜ける。
景色的には「ワイルド」ではあるが、「美しい」ものではない。![]()
途中、いくつもの駅を通過する。
中国のローカル駅は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年に北京郊外の清河駅で撮影)
これは北京近郊の清河駅で撮ったものだけど、どこも大体同じ雰囲気。
駅舎は小ぢんまりとしていて、ホームに屋根は無い。
…で、駅舎の近くのホーム上に「お立ち台」があって、列車が通過する時は駅員が立つ。![]()
たとえどんな辺境の地の駅でもだ。
砂漠でも高山でも大平原でも…。
もちろん、何時でも。
ホーム上は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年に北京郊外の沙河駅で撮影)
ホームには小さな駅名板があり、次駅とその距離が書いてある。
左のブロックの建物はトイレだ。![]()
もちろん、個室などと言う仕切りは無い。
(…あ、「男界」と「女界」は、しっかり分かれているで~)
…気が付いたら、この列車の機関車は電気機関車になっていた。
最初からそうだったのかなぁ…?![]()
牽引機は、これだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年に北京で撮影)
おしょうさぁぁぁぁぁぁ~~~~ん★
「韶山(しょうざん)1」型と言い、記号で書くと「SS1」。
「SS」は、「韶山」の発音「シャオシャン」の頭文字を取ったものだ。
実際の牽引機は、塗色と側面のデザインが違う。
(これは北京の博物館にあった初期型だ)
列車は昼頃に「金昌(きんしょう)」と言う駅を出発した。
「武威(ぶい)」と言う有名な都市の、すぐ西側にある。
実は、ここから最大のイベントが楽しめる区間に入る。![]()
当時は全く知らなかったので、かなりビックリした★![]()
![]()
今はどこにいるのかと言うと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2019年のグーグルマップより)
❺だよぉぉぉぉ~~~~ん★
我々は◆から❸まで乗車する。
この次の「玉石(ユィシー)」駅前後は険しい地形になり、高低差がかなりあるらしい。
なので、線路が「これでもかっ★」と言うくらい、ク~ネクネ、く~ねくねしてしまうのだ。
「Ω(オメガ)カーブ」なんて言うだけでは説明出来ないくらいにねっ!
「し」「つ」「ひ」「ら」の文字をつなげまくったみたいな。
それが何と2箇所も★
詳細はグーグルマップで見てみよう★
「中国 金昌站」または「中国 玉石站」で検索すると出てくるよん。
金昌駅の場合は画面左上に、玉石駅の場合は左右両方にスライドさせていくと観られるッス。
列車は曲がりまくりながら坂を下ってゆく。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
自分が乗った車両から撮った、自分の乗っている列車。
…つまり、こんなに曲がっているのだ★
周りは荒涼とした景色が続く。
途中で、駅らしき所に停車。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
何も無い~~~ホームも無い~~~★
現在では、この地点に駅は無いことになっている。
時刻表にもグーグルマップ先生にも載っていない。
廃駅になったか?それとも信号所だったのか?
1996年は単線だったけど、2011年の今は複線になっているのかな?
ここは「玉石」駅の西側にある。
グーグルマップ先生で拡大してみると、かすかに痕跡が見える。
ちなみに、車両の右下の地上に書いてある白線間は「ホーム」だ。(笑)
さらに列車はく~ねくねと曲がる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…お、集落が見えてきた♪
このぐるぐるカーブ区間の中にも駅が2つほどある。
(駅間は非常に長いが)
更に進む。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…もう、どんだけ曲がっとんねん!![]()
…ってか、この列車、長くね!?![]()
自分が乗っているのが7号車。
…って~ことは、機関車を入れると18両編成って~ことか★
ちなみに、このクネクネ区間では、後続列車や対向列車も見えちゃったりする。
同じように、ク~ネクネ走っているよん★
…あっ、近くに人がいた!
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
ウシくんとロバさんだ♪
のどかな光景だ…![]()
…こうして「く~ねくねショー」が終わり、列車は「張掖(ちょうえき)」駅に到着。
ここからは、また普通の平原の景色になる。
なので、室内でまったり。![]()
夜になって、仲間と2人で隣の食堂車に行く。![]()
・辣子炒肉(豚肉のとうがらし炒め)
・涼伴黄瓜
・ご飯 2杯
を注文する。
料理が来た♪
…えっ?![]()
辣子炒肉は、豚肉の脂身が5・6切れしか入っていなく、あとはピーマンととうがらしのみ。
涼伴黄瓜は、読んで字のごとく「きゅうり」のキムチ和えみたいなものだった…。
(「黄瓜」になぜ気付かなかった?)
しかも、あまり美味くない。![]()
![]()
とてもご飯が進むおかずではなかったが、無理やりご飯を腹に詰め込んだ。
これでしめて30元ほど。
(ご飯は1杯2元)
…ちと高いなぁ。![]()
この列車の料理は「はずれ」だった…。
少々ガッカリしながら部屋に戻る。![]()
さぁて、寝るとするかなぁ…。
そうそう、西安の「ひげもぢゃ」氏からもらった「水のいらないシャンプー」を使ってみた★
う~ん、ちゃんと「洗髪」出来ているのだろうか、これ…?![]()
効果あるのかな?![]()
![]()
…だからくれたのかっ★![]()
![]()
アイヤー……![]()
仲間からもらった「ひげそり用ジェル」も、な~んかうまく機能しない…。
騙されたかっ!?![]()
とにかく、おやすみんみ~~~~ん♪![]()
![]()
![]()
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1996年6月1日(土):晴れ
→ 柳園(りゅうえん:Liuyuan) → 敦煌(とんこう:Dunhuang)
目が覚めたら「西域」だった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…どうだい、この何も無さ![]()
まさに「西域」と呼ぶに相応しい、一面の乾いた世界の中を走っていた。
所々、緑の茂る土地を通過する。![]()
写真を撮ろうと窓から身を乗り出したら、ちょうど窓の下に行き先表示板(サボ)があった。
「…こ、こりゎ!」と早速撮影開始。![]()
![]()
…んで、撮った写真がこれだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…おいおい、「お持ち込み」かよっ!!(笑)
何気にこれ、すんごく重い。
車掌にバレないように、さっさと元に戻す。
この時に落っことしたら大変だ。
サボ君が砂漠の中で永遠に過ごす羽目になる…。![]()
…おっ、どんどん乾いてきたぞ★
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
いや~~、さ・ば・く![]()
「バダインジャラン砂漠」の端っこだそうな。
目に見える人工物は、目の前の電柱と電線しかない。
いよいよ列車は、我々の降りる駅「柳園(リウユアン)」に近付いてきた。
すると、景色が一変した。![]()
周囲は一面の岩山だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年にカシュガル郊外で撮影)
ゴツゴツぅぅぅぅ~~~~★
これはもっと奥地の「喀什(かしゅがる)」の列車内で撮影したものだけど、こんな感じだった。
ひげもぢゃ氏が「テキサスに似ているよ」と言っていたのを思い出した…。
…確かに。![]()
(オラ、テキサスに行ったことないけどぉ~~~★)
車内で最後のまったりタイムをしていると、ラブリー車掌嬢がやって来た。![]()
![]()
降車駅が近付いた案内と、預けた切符を返してくれるためにだ。
その後、我々の部屋に入って来て、ちょこん♪と座った。
「何だろう?」と思っていたら、いろいろ英語で話してみたかったらしい。
外国人もまだ珍しいのだろう。
しかも、歳も近いしね。
彼女も勉強中なのだ★![]()
![]()
ラブリー英会話を楽しんでいたら、年配の上司の女性車掌が通り掛かって…
「あんた何やってるの!さっさと仕事しなさいっ!
」
みたいにまくし立てた。![]()
![]()
ラブリー車掌嬢、慌てて「ごめんなさいっ!
」と言って、職場に戻って行った。
去り際に、笑顔で「謝謝
」と言い残して…
かぁ~~わぁ~~いぃ~~うぃ~~~![]()
…ヤヴェ、この列車降りたくない★![]()
![]()
だが、無情にも列車は「柳園」駅に到着してしまった。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2002年に北京で撮影)
ホームはこんな感じだ。
これは「北京北」駅で撮影。
実際の柳園駅は、これ。(地図の❸)
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
荒野の駅ーーーーーっ★
目が覚めてからは、機関車がディーゼル機関車になっていた。
形式は「東風4」型で、記号では「DF4」だ。
この当時の一大勢力を誇った主要形式で、立ち位置的には日本の「DD51」に相当する。
電気式のディーゼル車で、エンジンの「ブリブリブリブリ…」と唸る大きい音が特徴。
なので、オラは親しみを込めて「ぶりぶりざえもん」と呼んでいる![]()
![]()
余談だが、この「柳園」駅は2000年~2006年の間は「敦煌」駅と呼ばれていた。
敦煌の最寄り駅としてのアピールで改名したのだが、本当の敦煌の市街地付近に新駅(新線)が出来たため、元に戻ったという訳。![]()
ホームに降り立つ。
日差しがマヴスィ…![]()
![]()
![]()
![]()
空が真っ青だ。
雲がほとんど無い。
ドアに車掌嬢が立っていた。![]()
(ドアは手動なので)
笑顔で見送られる。
そして、列車が動き出した。
今度はこちらが笑顔で見送る番だ★
「謝謝!再見~~~っ!!」と叫んだら、車掌嬢がビックリしながらも嬉しそうな笑顔で手を振ってくれた。![]()
![]()
こちらも手を振り返す。
…あぁ、行っちまった。![]()
旅に「一期一会」は付き物だ。
…さぁ、気を取り直して、敦煌に向かおう!(地図の▲)
駅前に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…と言っても、駅舎の建て替え工事が始まったばかりらしく、何も無かった。(笑)
右の瓦礫の山部分が駅舎のあった所で、奥に見える横に長~い屋根は、ホームの屋根だ。
左側の建物は、駅前のホテルらしきもの。
(これも使用中止みたいな感じだった)
ここから敦煌の街まではバスで向かう。![]()
![]()
バスターミナルが、駅から徒歩数分の所にある。
そこまでテコテコ歩く。
駅で降りた乗客は、ほとんどが敦煌へ向かう。
バスターミナルの切符売り場で、敦煌までの切符を買う。![]()
お値段は10元(135円)。
すぐ横のバス停車場に行くと、マイクロバスがたくさん停まっていた。
![]()
その1台が準備をしていた。
運転士に切符を見せると「乗れ」と言う。
乗ろうとしたら「待て、荷物を屋根に載せろ」と言う。
車内は狭いので、大きい荷物は全部屋根に載せると言うのだ。
荷物を渡したら「1個5元だ」と言う。
…え~、金取るのぉ?![]()
みんな載せているので、しぶしぶ5元を渡す。
後で聞いたら1個3元なんだって!
ぼったくられたっ★![]()
![]()
「たかが2元(27円)」と思うなかれ。
2元あったら、この地域では牛肉ラーメンが1杯食べられるのだっ!![]()
そういやぁ、荷物を載せる時に周りに誰もいなかったよなぁ…。![]()
そばに人民が1人でもいたら、3元と言われていたのにぃ!
我々の荷物は、屋根にロープで縛り付けられた。
まぁ、とにかくバスは走り出した。
(次々に乗客を乗せ、満員になったら出発するというシステム)
この最寄り駅「柳園」から敦煌の街までの所要時間は、たったの「2時間半」!(笑)
そう、駅から街までは128Kmも離れているのだ★![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2019年のグーグルマップより)
…どこが「最寄り駅」だよ。![]()
❸…柳園駅
▲…敦煌市街
日本の感覚で言えば、「沼津(ぬまづ)」駅や「甲府(こうふ)」駅を「東京の最寄り駅」と言っているようなものだ。
バスは駅前の集落を抜けると、すぐに砂漠の中へと入っていった。(地図の★の道)
イメージ的には、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年にトルファンで撮影)
砂漠の中の一本道。
周りには何も無い。
本当に何も無い…。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年にトルファンで撮影)
オラ、間違えて月面に来ちゃった?![]()
太陽以外には、すごく薄っぺらい雲と、忘れた頃に生えている小さな木、そしてミニ竜巻。
時折すれ違う車(トラック)と、道沿いに建っている建物がいくつか。
…生まれて初めて見る光景だ。![]()
本やTVでは見ていたが、生の景色はぜ~んぜん違う![]()
暑さ・匂い・車の振動・周囲の会話…
五感を通して刺激が入って来る。
…スゲェぜ、砂漠![]()
![]()
だが、あまりにも変化しない風景とド直線のせいか、いつの間にか寝てしまった。![]()
…で、気が付いたら、もう敦煌の街の入口まで来ていた。
目が覚めたらビックリ★![]()
また景色が一変していた。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年にカシュガルで撮影)
…き、キレイだよぉ~~~~ん![]()
今度は「これでもかっ!」と言うくらいの、緑のオアシス★![]()
オアシスの街の周囲は、砂漠の脅威から守るために木がたくさん植えられているのだ。
敦煌も他の街と同様、緑の森に囲まれている。
そんな事とはぜ~んぜん知らなかった当時のオラ、かなりのカルチャーショックを受けた。![]()
![]()
まさかこんなに緑があったとは…。
「オアシス」の本当の意味を実感★
バスはこんな感じの道を進み、市街地へ入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年にカシュガルで撮影)
緑道ぉぉぉぉ~~~~う★
これはカシュガルの道だけど、同じような雰囲気だ。
市街地へ入ったぞ★
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…あれ?街中は他のちうごくの都市とあまり変わらないや。
ちょっとガッカリ。![]()
ちなみに、これが敦煌のメインストリート。
街は小さいので、すぐに全部見て回れる。![]()
ただクソ暑いので、1日で全部歩き回ったら確実に死ぬ★![]()
(2011年の今は激変していて、こんな景色はもう見られないだろうなぁ…)
地図で見ると、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の地図を撮影)
ちっこいぃぃぃぃぃ~~~~っ★
恐らく、街は2Km四方くらいではなかろうか?
中央を横切る大通りと、縦2本の大通りがメインのようだ。
バスは北(地図だと上)からやって来たっぽい。![]()
ほどなく、バスは街の南端にある、終点のバスターミナルに到着した。(地図の❶)
荷物を屋根から降ろしてもらう。![]()
アイヤー!砂だらけだ★![]()
敦煌のお宿は、ガイドブックを見てもう決めていた。
バスターミナルの目の前にある「飛天賓館(ひてんひんかん)」だ。(地図の❷)
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…道に迷いようが無ぇ。(笑)
フロントで交渉。
3人部屋で60元。
(1人20元:270円)
迷うことなく決める。![]()
部屋もいい感じだぞ♪
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
20元で泊れるんだったら申し分ナイ![]()
![]()
結構快適よん♪
(たしか3階だったような気が…)
さて、お宿も決まったし、移動で疲れたし…。
お腹も空いてきたなぁ~。![]()
とりあえず、お宿の外へ出る。
ガイドブックと現地調査の結果、お宿の斜め前にある「風味餐館(ふうみさんかん)」に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
しゃれおつぅぅぅぅ~~~~★
ここは外国人がよく利用するお店で、「料理も美味しいし種類が豊富♪」との情報。![]()
入口にも、英語と日本語で店名が書かれている。
英語だと「Shirley's cafe」だって。
ぜ~んぜん名前が違うね。![]()
Shirley(シャーリー)さんがやってるお店なのかな?
日本語のは、漢字をそのまま日本語読みにしただけなのだが、こまか~い所は突っ込まないよーに★(笑)
早速注文する。
・咖哩鶏飯(チキンカレー)
・茄子とマッシュルーム炒め
を頼む。
メニューも英語と日本語があるぞ♪
むしろ、中国語が…(笑)
料理が来た。
う、う、美味ぁ~~~~~~~~いっ!!!![]()
![]()
すんごい美味だ![]()
![]()
情報どおり。
少し西洋風の造りの店内で、軽井沢辺りにありそう♪
なので、味もそんなイメージを想像していただければ、ほぼ同じだろう。
お店の人と少し話しをする。
中国人とは思えないような物腰の軟らかさで、落ち着きがある。
間違いなく、外国で生活したことがある人だ。
かなり気に入ったので、仲間と話し合った結果、ここに通うことにした★(笑)
宿に戻ってシャワーを浴び、本を読む。
ふと時計を見ると「21:30」。![]()
でも、まだ外は明るい。
ちょうどキレイな夕焼けの最中だ![]()
22時を過ぎて、やっと暗くなった。
いよいよ「西域」に来たぞっ!って感じだ★![]()
※中国の時間は全国的に「北京時間」に統一されている。
東部沿岸寄りの北京が基準なので、当然、西に行くほど時計の針と太陽の位置がズレてくる。
敦煌では、感覚的には「3時間ズレている」と感じた。
では、おやすみんみ~~~~ん♪![]()
![]()
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コメント
このシリーズ、まぢで面白いっス!!
いっそのこと書籍化して欲しいくらいに・・・・
もしされたらsigepeは間違いなく買いますね。
>ちうごくのローカル駅は~

海外の鉄道にもやはり日本のようにローカルで寂れた(小さい?)駅はあるんですね~
何だかでっかいちうごくは主要なところに駅がぽつぽつあるばかりのイメージでそんなに細々とした駅が無数にあるとは想像しづらかったです。。
一体ちうごくの各停はどのぐらい所要時間をかけて全線を走破しているのか気になります(^^;)
>中国 金昌站
グーグルマップ先生wで見てみました。
パネェっす!!
何だかリアルにモジュールレイアウトの世界が広がっている様な感がします。。
>「…こ、こりゎ!」
貴重なショットwww(^^;)それにしてもデカいですね!
>バダインジャラン砂漠
ものすごくイカツイ名前ですね。。漢字でどう書くのか気になります。。
>本当に何も無い…。
あぁ・・・・旅に出たひ・・・・
>風味餐館(ふうみさんかん)」
家の近くに似たような名前の中華屋さんがあったような気がします。。
長文+拙文読了感謝!!!
投稿: sigepe | 2011年7月 8日 (金) 21時32分
10年前だったら書籍化出来たでしょうねぇ…


でも今は、多くの皆さんが現地を旅されています。
ちうごくに行き易い、便利な時代になりました
ちうごくのローカル駅は、結構近距離の間隔で存在します。
大都市の主要駅の隣の駅も、こんな風にどローカルな匂いを漂わせています。
日本や欧米のように「近郊列車」というものが存在しないので、こんなちっこい駅なのです。
(ちうごくの都市周辺の交通は、バスか地下鉄が主流)
ちうごくの「普慢」列車は乗らないほうがイイです。


走ってるよりも停まってるほうが長い。(笑)
2泊3日の長距離列車で「硬座」に乗った日には……大抵の日本人は気が狂うし、病気になります
でもメチャクチャ楽しいよん
まずは、青森~鹿児島間を、旧客普通列車(スハ43)のボックスシートに乗り続けられますか?(w
金昌駅からの「くねくねカーブ」は、ぜひ友達たちにも見せてあげてください。

「世界にはこんなのもあるんだ」というのを知ってもらう為にも…ね
サボは鉄板で出来ているので、リアルに重かったッス…。
「バダインジャラン砂漠」は中国語(漢字)では「巴丹吉林沙漠」と書きます。
砂漠の「沙」の字に注意。
「バダインジャラン」とは、たぶんモンゴル語でしょう。意味は不明。
風味餐館、私も都内のどこかで見たような気が…
でも、敦煌のは「ふうみさかん」ですから。(w
投稿: まりりん | 2011年7月 9日 (土) 15時32分
中国の歴史に触れながらまり日記を読んでいくと 「黄土高原」の写真もただの風景としては見れないね。
「くねくね線路」ぐーぐるまっぷで見たよ。
ほんとに くねくねしてるね。(笑)
乗ってる列車から列車を撮ってるのがおもしろい写真だと思った。白い白線間(ホーム)も私的にはなんか好き。
その土地土地で 環境の応じて工夫されていることってまだまだ知らないことありそうだな…。
サボ君持ってるまりちゃん、イイ笑顔だね。( ´艸`)♡
投稿: ひめ子 | 2012年8月 6日 (月) 22時47分
★ ひめぽ
ぐるぐるまっぷ先生見ましたかっ


昔から世界の鉄道好きには堪らない場所なのだそうだ。
ちうごくの近代史は必ず知っておいたほうがイイ。
普段の生活の中にもいろいろ関係してるからね
サボって、アナタ意味知ってるの

(「サイドボード(側面案内板)」の略だよん)
このときは寝起きだったので、頭バクハツしてるでしょ

投稿: まりりん | 2012年8月 7日 (火) 00時24分