海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その15:西安・大慈恩寺と大雁塔~
(前回「その14」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの鉄道旅。
注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ★
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。
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1996年5月30日(木):くもり のち 雨
西安(せいあん:Xi'an) →
おはよう★![]()
今日は11時に「西安(シーアン)」駅前の旅行社に行くために、9時に起きた。
10時にお宿を出て、仲間の1人と駅前に向かう。
まずは市内の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の地図を撮影)
❻から❶へ行くよん♪
➊…西安駅
➋…鐘楼と鼓楼
➌…東大街(繁華街)
➍…南門
➎…碑林
➏…お宿(勝利飯店)
➐…小雁塔
➑…大雁塔(三蔵法師が経典をまとめた大慈恩寺)
➒…シルクロード起点の碑
まずは、駅前で「刀削面(タオシャオミエン)」を食べる。![]()
1杯3元(40円)。
刀削麺とは、読んで字の如く、麺(小麦粉を練った塊)を刀(と言うかヘラ)で削って、鍋に入れて茹でるもの。
日本で言えば「すいとん」に近い感じ。
スープは醤油ベースでほんのり酸っぱ辛く、「香菜(シャンツァイ:パクチー)」とチンゲン菜が載っていた。![]()
腹も満たされたので、旅行社に行く。
西安から次の目的地「敦煌(とんこう:トゥンフアン)」に行くために、最寄り駅である「柳園(りゅうえん:リウユァン)」までの切符を頼んだ。![]()
それまで頼んでいたのは全て×だった…![]()
ここで仲間と別れて、自由行動。
今日は「大雁塔(だいがんとう:ターイェンター)」に行くことに。(地図の❽)
ここもぜひ行ってみたかった場所だ★![]()
駅前の道をひたすら真っ直ぐ南に行けば、自動的に着く。![]()
お宿の前も通過し、大雁塔に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
目の前に見える塔が大雁塔だ。
ここは、本当は「大慈恩寺(だいじおんじ)」と言う。
何の場所かって?
…ふふふのふ。![]()
ココは「西遊記」でおなじみの「三蔵法師」が、「天竺(てんじく)」から命懸けで持って帰って来た、ありがた~~~い経典をまとめたお寺なのだぁ![]()
![]()
ここを訪れなかったら、西安に来た意味がナイ★![]()
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★ おまけ ★
上の写真はのどかな光景が広がっているけど、2011年に再び訪れた時はこうなっていた…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
おぅ、ぢーざす!![]()
![]()
…何だよ、まったく面影ナシ。![]()
さらに、大雁塔の真下から西安駅に続く道を撮った光景はコレだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
オラの「西安の想ひ出」を返せーーーーーっ★![]()
大雁塔の周囲は、もはや1996年の面影を残している場所なんて存在しないだろう…
どこもものすごい勢いで大規模ビル(商業施設)を建設している。![]()
![]()
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入口周辺は、観光地化されていて少しゲンナリしたけど、中に入ったらGoodだった♪
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
むかし「西遊記」で見たような…![]()
これを見て「ゴダイゴ」の歌がアタマに流れて来たら、もう立派なお年頃よん★![]()
まずはチケットを買う。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の実物を撮影)
ジオーーーーーーーーン★
甲種で13元。
9元から価格改定された痕跡が見える。
1人だったし、ケチらずにしっかりと観たかったので、素直に外国人丸出しでチケットを買ったッス★
(外国人料金用のチケットの為か、なぜか漢字は繁体字で書かれている)
境内に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
ほうほう。
大雁塔が真正面に。
ありがたや…(ー人ー)
2011年と比較してみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
ほうほう。
…良かった、あまり変わってナイや★![]()
塔の下にある建物に近寄ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
お宝ぁぁぁぁぁ~~~~っ![]()
![]()
「大雄宝殿」と書かれているねぇ…。
これも2011年と比較してみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
…あれ?デカくなってない?![]()
…ってか、階段が拡がっているのかぁ★![]()
建物の壁や飾りを見比べると、色は変われど建て替わってはいないようだ。
…んで、真ん中の西洋ネーチャンは何?![]()
![]()
女子って、こういう所ではゼッタイ変なポーズを取るよね。(笑)
これは世界的に見られる現象だ。
女子の本能?![]()
ちょっと引いたアングルでご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
木も一緒か…な?
おそらく、2本の木はそのままの位置で成長したのであろう。
![]()
建物の中を観てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
ぴかりんこぉぉぉぉぉ~~~~ぅ![]()
中は金ピカで、仏像が安置されている。![]()
境内の周囲の建物は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
おどぉぉぉぉーーーーう★
「法堂」と書かれているね。
右のカンバンの「保護文物 人人有責」が良い♪![]()
1996年当時の風俗が凝縮された1枚だ★
…んで、お目当ての大雁塔に近付いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
おぉ、いぇい★
聳えてるぅ~~~♪![]()
塔の入口に立つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
これもお宝ぁぁぁぁぁ~~~~っ![]()
まぁ、カンタンに言えば「国宝級だよ」という意味。![]()
チケットを買って、登ってみよう!![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の実物を撮影)
さんぞぉぉぉーーーーう★
気分は三蔵法師だ★![]()
中に入って階段を登り始めると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
…結構疲れる。![]()
階段も急だしぃ~。![]()
内部は思ったより広くなく、ここで数名の僧侶が経典の編集をしていたにしては狭いような…。![]()
経典の保管所だったのかな?
塔の上まで上ったぞ★
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
仏像があった★![]()
後ろの空には、高い建物がまだ僅かしかない。![]()
一通りぐるっと見て回ったので満足♪![]()
では、お宿に戻ろう。(地図の❻)
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★ おまけ2 ★
2011年の光景を、もう少し。
大雁塔の境内を歩いていると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
IT革命やぁぁぁぁ~~~~っ★
人目に付かない場所で、パソコンをいぢっている僧侶。![]()
もはや仏教界にもIT化の波が…![]()
街中にて。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2011年撮影)
電線ぐるぐるーーーーっ★![]()
多分、通信用の電線だろう。
これから工事をする前準備だと思うけど、タイヤがぶら下がっているようにしか見えない…![]()
もし、こんなグルグル状態で通電していたら、電磁力で発熱や通信障害等の影響がかなり出ると思う。
昔の中国だったら、一夜で盗まれていただろうね★![]()
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お宿に戻ってからは、14時半頃まで休憩。![]()
その後、再び駅前の旅行社へと向かう。(地図の❶)
今度は1時間半くらい待たされる。![]()
…が、結局、今夜の「第143次直快 庫尓勒(こるら)行き」の軟臥(A寝台)ならあるということなので、それにした。
硬臥(B寝台)の切符を待ってあと数日も西安に留まるなら、倍額近くても軟臥で移動した方が結局は安上がりだ★
(1996年当時の中国国鉄は、どの駅からも方面別に見ると、1日数本しか走っていなかった。普通列車も「1日2往復のみ(全席指定)」なんて当たり前)
さぁ、そうと決まったら移動の準備だ★![]()
お宿に戻り、支度をする。
部屋には、ひげもぢゃ氏と同室の日本人が遊びに来ていた。
なので、彼らと一緒に夕食を摂る。![]()
食後、部屋に戻り、彼らとハナシをする。
すると、ひげもぢゃ氏は20時半頃発の列車で「上海(シャンハイ)」へ、我々は21:40に「敦煌」へ、もう1人の日本人は22時半頃に「成都(せいと:チェントウ)」へ…と、同じ日にバラバラに分かれることが判った。
何という偶然…。![]()
今夜が西安という街との「潮時」なのかもしれない★
それぞれに別れの挨拶をした後、西安駅に向かう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
これが最後の西安駅だ★
わずかな日数だったけど、何度も通ったなぁ…![]()
駅に着いたので「軟席候車室」(グリーン車旅客用待合室)へ入る。![]()
いやぁ~、リッチ![]()
フッカフカのじゅうたんに、ゆったりソファー。![]()
貴賓室で列車を待つこの快感★
ほんの少し前までは、軟座と軟臥車なんて、共産党幹部と外国人しか乗ることが出来ない「
超高級車両
」だったのだ。
そして、第143次直快のアナウンスが…。![]()
ゆったりと席を立ち、2番ホームへ移動。
乗る車両は「7号車」で、寝台番号は「14・15・16」だ。
車両は、深緑色の旧型車(22型)だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2001年に広州郊外で撮影)
わくわく![]()
ついに、この旧型車両に乗れる日が来た![]()
![]()
長年の夢だったのだ♪
(ちなみに、中国国内では「緑皮車」と呼ばれている)
軟臥車両の外観は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年に北京で撮影)
ゆったり★
窓の数しか個室がなく、4人用のコンパートメントになっていて、室内は非常にゆったりとしている。
硬臥とは大違いだ♪
(硬臥は狭くて個室は無く、6人で1区画(3段寝台)になっている)
車体のドア横に書いてある形式名「RW」とは、「軟臥」の発音「ルァン ウォー:Ruan Wo」の頭文字を取ったもの。
この車両は22型なので、「RW22」となる。
(硬臥車両は「イン ウォー:Ying Wo」なので「YW22」となる)
ホーム上で7号車専属の車掌に切符を見せ、室内に入る。
我々のベッドは、上段2つに下段1つだった。
検札に来た専属の車掌さんは、若い女性で、とぉ~~~ってもLovely![]()
超絶カワイイ![]()
![]()
しかも笑顔で親切♪
我々の切符を預け、代わりに寝台番号が書かれた札をもらう。
(寝ている間の盗難防止のため)
「ちゃんと部屋の鍵を掛けてくださいね♪
」と言って、笑顔で去っていった。
かぁ~~わぁ~~いぃ~~うぃ~~~![]()
…ヤヴェ、この列車にして大正解
(笑)
最初は高くて文句を言っていたケチな仲間の片割れも、彼女を見てニッコニコ♪
料金というのは、高ければ高いなりに見返りがあるのだよ。(笑)
へぇ~、中国国鉄も変わったなぁ…![]()
そう言えば、旅行社のおねぃさんも親切だった♪![]()
「中国人も親切な人が多いね★」と思った、今日この頃だった…。![]()
時間になり、列車はゆっくりと発車。
いよいよ西安ともお別れかぁ…![]()
まずは、西安にカンパイ![]()
![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
再見!西安★
…って、飲みっぱなしだよ、このバカども。(笑)
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪![]()
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コメント
刀削面ってテレビで見た事あるような気がする…。

文章読んだ感じではそんな気がするなぁ。
まりちゃんって中国に何か特別な思いがあるの?
何度も訪れているよね。歴史や文化に興味があるとかかな?
西遊記は見た事あるけど、お話ばかり楽しんでてあまり建物とか覚えてないや…。

中国はあまり興味がない国だったけど、知ろうとしなかっただけなのかもしれない。いろいろと知ってみると また見方が変わるかもしれないと思う私なのでした。
投稿: ひめ子 | 2012年8月 4日 (土) 22時19分
★ ひめぽ
刀削麺って、すいとんみたいなカンジだよ
オラ、前世はちうごく人ぢゃなかったのかな…
ちうごくの文化も難なく受け入れられるし、ちうごく語を学んでも何の苦労もなかった…
現地の人々にも間違われるんだから、ほぼ間違いナイでしょう…
投稿: まりりん | 2012年8月 5日 (日) 00時48分