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2011年5月 5日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その8:広州・街歩き~

前回「その7」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは北京語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月17日(金):くもり

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日は9時半過ぎに、留学生の友達(以降「Y君」)にたたき起こされた。

彼のカゼの具合は、まだ良くナイ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0801
(1996年撮影)
どうだい、このやつれ具合

昨夜、寝る前に撮影。
モザイクが掛かっていても、顔色が悪いのが判るっしょ

10時頃に中山大学(中大)正門近くのレストラン「海宝(ほいぽう:ハイパオ)酒店」で飲茶(やむちゃ:インチャー)をする。(下の地図の下辺り)
4人で合計90元(1170円)ほど。

安い

さすが、本場の飲茶(点心)はまいう~だね
食在広州(せっくちょい くぉんちゃう:シーツァイ クァンチョウ)」という言葉は、まぢで正しい。

その後、中大内の理容室で髪を切ることにした。
カットだけで5元(65円)。

笑っちゃうくらい安い

…が、もみあげと襟足を剃る時に、クリームも何も付けずに(もちろん蒸さずに)力いっぱい剃るのはいただけナイ。
切れるかと思った…。
カミソリも研いでいないらしい。

しかも、仲間のを剃った後、消毒も何もせずに(もちろん布でも拭かずに)オラのモミーを剃り剃りするのもいただけない。
(世界中でエイズが騒がれているのに…

…まぁ、それ以外は問題なかった。

さて、お宿に戻ろう。

広州の友人に連絡を取るが、「お母さんが亡くなった」と聞き、会うのを見合わせた。
TVを観たり、シャワーを浴びたり、洗濯したり、近所の市場で買出ししたり…と、しばしの休息。

そして18時頃、Y君と4人で1階にある学生食堂に行く。

6元で「おかず2品にご飯食べ放題」というシステム。
味は美味いが、広州料理なので、全体的に味付けはアッサリしている。

その後、部屋でワインを飲む。

中国産の「長城葡萄白酒」という白ワインだ。
味もなかなか

この「長城ワイン」は、中国では有名ブランドで、「中国では質が高い方」にランクされる。
(「世界的には」は、聞かないでくれぇ~~~い。

後は、Y君が「茶を習っている」と言っていたので、高級烏龍茶を淹れてもらうことに。
茶器を温めたり、茶葉を洗って蒸らしたり…
少しして、少量のお茶がお上品に差し出された。

うまぁ~い

渋みは全く無く、ほのかな甘みがあって、すごく上品な味。

さて、夜も更けてきたので、今日はもう寝ますか。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月18日(土):くもり

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日は8時頃に起き、食堂で朝食を摂る。

その後Y君はベッドへ。
カゼの具合はまだまだ良くならない。

仲間の1人と午後から街中へ出掛けた。

ここで、広州の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3805
(2001年当時の地図を撮影)
新しい地図なので、1996年当時とは建物や交通機関がだいぶ違うが…

…広州駅
…解放北路
…東風中路
…東山口
…北京路 (繁華街)
…列車の切符の場外売り場 (白雲路)
…天字碼頭 (埠頭)
…珠江沿いの夜景
…中大碼頭
…中山大学 (周囲の緑の枠内すべてが敷地)
…陳家祠 (陳氏書院)
…白天鵞賓館 (ホワイトスワンホテル)

1996年当時は、地図上の赤い線緑の点線(地下鉄)は全て存在していない。

今はの枠内の下の方にいるッス。
あまりに広過ぎて、どこまでが大学内だか判らぬ…

大学の裏側にある「中大碼頭(ちょんたーい まあたう:チョンター マートウ)」(地図の)から船に乗り、街の中心地「北京路(ぱっきんろう:ペイチンルー)」(地図の)へ行こう
(「碼頭」は「埠頭」の意味)

広州の町の中心には大きな川「珠江(ちゅーこん:チューチァン)」が東西に流れている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0802
(2008年撮影)
左が下流だよん。

この川は、香港とマカオの間にある「珠海(ちゅーほい:チューハイ)」へと続いている。

ちなみに、目の前の橋は「海珠大橋(ほいちゅー たーいきう:ハイチュー ターチャオ)」と言う。(地図のの左)
何となく東京の「勝鬨橋(かちどきばし)」に似ているね。
多分、こちらのほうがアニキ分だ

の~んびりと、お船に乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0803
(2008年撮影)
イイ眺めぇ~~~~ん

毎時30分発で、8角(10円。10角で1元)という安さ
広州の街もゆっくり眺められ、ちょうど良い遊覧船といった感じだ

15~20分ほどだろうか、船は北京南路にある「天字碼頭(てぃんちー まあたう:ティェンツー マートウ)」に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0804
(2008年撮影)
川沿いの埠頭ッス

上の写真は、天字碼頭の少し上流(解放大橋のたもと)にある、対岸との渡し舟用の埠頭で「省総碼頭(さーんちょん まあたう:シェンツォン マートウ)」と言う。(地図の
天字碼頭はもっと大きい施設だ。
…でも、イメージはこんな感じであまり変わらない。
2011年の現在は、どエラく立派(派手)になってしまったが…

下船して、繁華街を歩き始める。
天字碼頭から真っ直ぐ北に伸びている道が繁華街の北京路(北京南路)なので、そのまま北上していくことに。

今日の目的は、「中国国鉄の時刻表を手に入れる」ことだ。

…が、本屋に入って探すも、どこにも売っていない。
路上の売店にもナイ。

…日本とは事情が違うようだ。

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外国では、時刻表を買う一般人なんて、まずいないのだ。

1日数本しか列車が走らなくて、時間に不正確な所も多いので、時刻表は要らない。
欧州では本数が多いので、すぐ来た列車に乗り込む習慣がある。
日本人だけが「●時●分に到着して、乗り換えが5分で…」とか、分単位でセコセコ動いている。

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仕方なく広州駅(地図の)まで歩いて行くことに。

街に地下鉄はなく(工事中)、大混雑のポンコツバスのみしか走っていない。
しかも、朝夕は大渋滞で、橋を渡るだけで数十分掛かる場合もある。
チャリンコがあれば便利なんだけどねぇ~。 
(独特のルールがあるらしいが)

北京南路(ぱっきん なーむろう:ペイチン ナンルー)」→「北京路」→「東風中路(とんふぉん ちょんろう:トンフォン チョンルー)」→「解放北路(かーいふぉん ぱっろう:チエファン ペイルー)」と進んで行く。

結構な距離だ…
(後で調べたら、6Kmくらいあった)

北京南路は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0805
(2008年に同行の仲間が撮影)
緑がいっぱい

広州の街は、大抵の道には大きな樹が茂っていて、都会なのに落ち着いた雰囲気だ。
日除け・台風避け・空気浄化の効果もある。

この写真(上と、下の2枚)は、おそらく1本西側の「広州起叉路」だと思う。
でも、雰囲気は一緒ッス~

道路にはこのような光景がよく見られる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0806
(2008年に同行の仲間が撮影)
イッパァーーーーーーーッツ

大きな荷物を運んでいる工員達。
この辺は、衣類・金物類を扱っている店(問屋)と町工場が多い。

チャリ軍団は、昔ながらのデフォルトの光景だ

大通りの脇には、こんな光景も良く見られる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0807
(2008年に同行の仲間が撮影)
もっしゃもしゃ

やはり樹がたくさん植えられ、イイ雰囲気だ
…ただし、音はやかましいけど。

ちょっと中心部へ近付いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0808
(2008年に同行の仲間が撮影)
レトロ~~~~~ぅ

昔ながらの、広東地方でよく見かける建物だ。
香港やマカオも、昔はこんな感じだった…。

この建物に、白熱電球の組み合わせが一般的。
なので、夜景は魅力的だ。

蛍光灯はまだまだ少なく、ほとんど見かけナイ。
たま~に白い蛍光灯の光を見つけると、店のじいちゃんが「ウチは蛍光灯だぜ~ぃ」と自慢して来る

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 おまけ 

2008年に再訪した時に、この北京南路にあるチョット気になる横道に入ってみた。

右に何やら古い門があるねぇ…。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0809
(2008年撮影)
路地の名前が書いてあるね。

この道は「高第街(こうたいかーい:カオティーチエ)」と言うそうな。

気になる雰囲気

早速入ってみよう
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0810
(2008年撮影)
おぉ、いぇい

この路地は、端から端まで全て卸売り問屋の店舗がびっしりと並んでいる。
一部の店は、小売りもしているようだ。

この雰囲気、かなり気に入った
ぐるっと歩いてしまった…。

いやぁ~、楽しい寄り道だった

では、また元の「北京南路」に戻ろう。

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ここで振り返ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0811
(2008年撮影)
奥が、今歩いて来た道。

左奥側が珠江だ。
(写真が新しいのでマンションがあるけど、この1996年には当然ナイよん

上の「おまけ」の、高第街の門は真ん中にある。

すぐに、大きな交差点に出た。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0812
(2008年撮影)
人が増えてきたぞ

ここから奥は「大南路(たーいなむろう:ターナンルー)」と言う道で、北京南路は左側に走っている。
この交差点から右側は、我々が歩いて来た道は「北京路」と名を変える。

この辺からは繁華街になる。
ファッション関連の店等が立ち並ぶ、広州の中心地だ。

例えて言うなら、「超庶民的な表参道」といった雰囲気か。
…どちらかと言えば「浅草」や「上野」のような感じ…かな
2011年の現在では、もっと近代的で日本と変わらナイ光景だけどね~)

すぐに小さな交差点に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0813
(2008年撮影)
この道は、多分「惠福東路(わいふぉっく とんろう:フェイフー トンルー)」だろう。

ここからはショッピングストリートになる。(地図ののエリア)

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1996年当時の写真がナイので、2008年に再訪した時のモノをご覧いただこう。
あまりに近代化され過ぎて、当時の雰囲気はほとんど残っていないが…

北京路をさらに進むと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0814
(2008年撮影)
コレは現在の北京路の姿。

中山四路(ちょんさーん せいろう:チョンシャン スールー)」(&五路)との交差点(地下鉄「公園前」駅)あたりから見た光景。(地図のの上)
もちろん、1996年にはこんなおされなショッピング街は存在していなかった。

この辺は「渋谷」「新宿」といった雰囲気。
最新のファッションや電子機器も手に入る。

悪質な客引きも多いので要注意。

広州には昔の雰囲気を残しつつ、現代風にアレンジした商店も多く存在する。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0815
(2006年撮影)
まぁ、こんな感じだ。

これは「下九路(はーかうろう:シアチウルー)」だ。(地図の右上)

道全体がテーマパークっぽくもある。

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さて、北京路を抜けて左に曲がり、だだっ広い「東風中路」を少し歩く。(地図の

…まぁとにかく、ちうごくの道幅は広い。

有事の際には滑走路にもなる」と言われても、あながちウソとは思えない…

大きな道どうしの交差点を右折し、「解放北路」に入る。(地図の

広大な公園「中山紀念堂(ちょんさーん けいにむとん:)」(地図の)と「越秀公園(ゆっさう こんゆん)」(地図のの右)の脇をひたすら歩く。

余談だが、中国語では「記念」と書かずに「念」と書く。
そして、さっきから頻繁に登場している「中山」は、かの有名な「孫文」の号で、中国では「孫 中山(そん ちょんさーん:ソン チョンシャン)」と呼ばれている。
中山」の号は、日本亡命中に、日比谷公園付近に住んでいた「中山さん」から取ったそうな。

解放北路は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0816
(2007年撮影)
左が広州駅方面で、奥の森は越秀公園

もうこの辺は商店も少なく、町工場と雑貨屋とボロ社宅等がある地域だ。

振り返って撮影してみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0817
(2007年撮影)
右奥が珠江方面。

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余談だが、この写真を撮った地点の右側は、昔はフツーの建物が建っていた。
それが、改築工事の時に、何と昔の王様の墓が出て来てしまった

すぐに国家により管理・発掘され、今では「西漢南越王墓博物館」となって開放されている。(地図のの左)
国家級の施設なので、警備員は軍人だ。

1996年当時はまだ静かな地域だったような…。

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歩くこと2時間は掛かったろうか…。

やっとこさ広州駅に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0818
(2001年に同行の仲間が撮影)
…つ、疲れた。

さぁ、時刻表を探そう

…も、時刻表を売っている場所が判らナイ。

駅の中に入るには、切符を持っていないとダメだし、売っているとも限らナイ。
周りの人に聞いても、皆がまるで違う方向を指差す。

しょうがナイので、自分のカンを頼りに駅舎の出口付近に行くと、近くの売店で売っているのをハッケーーーンッ

迷わず購入
1冊は8元。(110円)

この小さな本が、この先重要な役割を果たしてくれるのだ

これで、今日の目的は達成
さぁ、お宿に戻ろう。

さすがに歩き疲れたので、帰りはバスに乗ることに。

人でごった返している駅前から、始発のオンボロバス(552番)に乗る。
始発だから座れるのでラクだ

バスは街中を抜け、珠江を渡り、街外れを走る。
かなり長い時間乗り、「中大正門」で下車した。(地図のエリアの下)

中大の対面にある市場で「亀令膏(くゎいりんこう:クイリンカオ)」(亀ゼリー)を買い、宿に戻る。

そして、3人で1階の学生食堂で夕食を摂ろうと列に並んだが、食堂のオニイサンに「オマエ達は学生じゃないからダメだ!」と言われる。

…そっか、今はY君がいない。

オニイサンは「留学生」と書かれた看板を指差しながら…

オマエたちは留学生か」と北京語で聞いてくる。

仕方なしに、広東語で「いいえ」と答えると、オニイサンは「やっぱり違うだろ」と語気も荒く答える。
我々3人でシュンとなっていたら、オニイサンの横にいたオバサンが「今回だけよ」という感じでオニイサンを説得してくれて、何とか食事を出してもらうことが出来た。

ありがとう……  優しい

後でY君にこのことを話したら、「何だよ、食堂のヤツらもケチ臭せぇなぁ…」と一蹴。
ちうごくは、このくらい逞しくないと生活していけナイ。

しばらくして、「お口直しに…」という訳ではナイが、外の屋台に4人で夜食を食べに行った。

まぁ、今夜もこんな感じで寝るとするか…。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その9」はこちらーっ!

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コメント

今 必死でメモってたらテレビでマカオが…。来週は香港だって。
楽しそう~。
えっと。コメントに戻ります。(笑)
たくさんの地名や駅名。
また来週 お昼にのんびり調べます。

まりちゃん。商店街って好き?
私も大好き
のんびり見たいよね?(笑)

投稿: ひめ子 | 2012年6月 3日 (日) 00時08分

★ ひめぽ

広州は、川と広州駅の間くらいしか歩いていないので、地図で探すのも楽だよん

商店街、楽しいよね
古ければ古いほどイイ

投稿: まりりん | 2012年6月 3日 (日) 03時53分

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