海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その11:寝台列車で西安へ~
(前回「その10:広州・珠江と路地裏を歩く」からのつづきーっ!)
(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
注:文中のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ★
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。
-----------------------------------
1996年5月23日(木):晴れ
広州(こうしゅう:Guangzhou) →
おはよう★![]()
今日は特に早起きの日だ。
8:51発の「第44次特快 西安(シーアン)行き」列車に乗るためだ。
広州と西安の位置関係は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2016年のグーグルマップより)
南から中央部へ直行よん♪![]()
6時頃に起床し、6時半にチェックアウト。
…んで、7:10頃には広州駅に着いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2001年に同行の仲間が撮影)
あれ?まだ列車の案内が出ていない…![]()
…あっ、8:51発を8:15発と間違えていた★![]()
まぁ、早く着いた分には問題ないので良しとしよう♪(笑)
駅に入り、該当の候車処(待合所)で人民達と待機。
そして8:10頃に改札が開始された。
大群がぞろぞろと列になって、列車のいるホームに向かう。![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
車内に入る。
我々の席は、7号車9組の上・中・下だ。
…そう、硬臥(B寝台)なので3段寝台なのだ。
車内は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2006年に北京の博物館で撮影)
これは深緑色の“あの”旧型客車「22系」の硬臥車ッス★
今回は新型の「25系」なのでもっと近代的だけど、車内の造りはほぼ同じ。
上段はかなり上(網棚よりも少し上)にある。![]()
中国鉄路の車両は天井が高いので、寝台の各段の間にも充分な高さがある。
普通に座っても狭苦しさを全く感じない。
ちなみに、防護用の柵等はナイので、上段に上った時は転落にご注意を★![]()
一応、気休め的な縦の帯は張られているが…。![]()
寝台の向かいは、上・中段がおじさんで、下段は母と幼女の2人組だ。
列車が走り出した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影)
これは香港で撮った列車だけど、イメージ的にはほぼ同じ。
中国の列車は、どっかの「JR」とかいう会社の列車と違って、実に滑らかに動き出す。
動き出したのに気が付かないほどだ★![]()
![]()
かつて「日本」という国にあった「国鉄」と言う所の列車も、滑らかな動き出しだった…。
走り出してしばらくすると、おじさんに話し掛けられた。
そしたら、我々3人が日本人だと気付き、みんなでいろいろ話し掛けて来た。
オラは、「広東語」は少し話せるけど「普通話(北京語ベースの標準語)」は全く話せない。
なので、広州を出たら意思が通じなくなるので、かなり不安だったのだ。![]()
おじさんたちは話し掛けて来る。
おじさん:「中国語は出来るのか?」(もちろん普通話で)
オラ:「聴き取れません(出来ません)」(これだけは最初に覚えておいた)
おじさん:「そうかそうか」
…しばしの時間。![]()
別のおじさん:「中国語は出来るのか?」
オラ:「聴き取れません」(さっき言っただろ
)
おじさん:「そうかそうか、話せないのか」
…またしばしの時間。![]()
おばさん:「中国語は出来るの?」
オラ:「聴き取れませんってば
」(さっき言ったぞー![]()
)
おばさん:「そう、話せないの」
これの繰り返し。![]()
おかげで「聴き取れません(听不懂:ティンプートン)」だけは、1時間もしないでリアルに学習・習得出来た。
ヘタな語学教室より効果がある![]()
![]()
でも、我々も一生懸命会話をしようと努力した。![]()
ガイドブックや日中辞典を見ていたら…![]()
「あら、日本人も漢字を使うの
」とビックリされた。
中国では意外と知られていない事実のようだ…。![]()
それからは筆談がメインになった。![]()
簡体字を書くのは慣れていなかったが、話すのに比べれば無問題(もうまんたい←広東語)♪
…楽しいぞ、硬臥車★![]()
(軟臥車は4人個室なので静かなもんだ)
途中、検札が来た。
列車長と思われる女史に我々の切符を見せた。![]()
これが表。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の実物を撮影)
日本では懐かしい「硬券」ッス★![]()
「広州 - 西安」「空調 硬 特快 臥 下」「全価428元」と書かれている。
これが裏。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年当時の実物を撮影)
下部には「広州站市2」と書かれている。
「広州駅市内切符売り場2」というような意味だろう。
その上部に、指定列車の日時、寝台番号が書かれたシールが貼られている。
「5月23日 44次列車 8:51発」「空調硬臥 7号車 9番 下段」という意味だ。
女史、この切符を見るなり大声で…
「あんたたち!これどこで買ったの!?」![]()
えぇぇ~~~~~~っ??![]()
![]()
フツーに切符売り場で買ったんですけど…。![]()
何かヤバい?![]()
目の前にいたおじさんが詳細を聞いてくれた。
それによると…
「アナタたちの切符は「昔の切符」で、今はこの料金ではない」とのことらしい。
そっか、追加料金か…と思ったら、その逆で。
「これは外国人料金のだ。今は外国人料金は廃止されたので、人民と同じ料金だ」と言っているようだ。
…あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁ。![]()
女史は再度聞く。
「…ホントにどこで買ったの?」
「白雲路の切符売り場だ」と言うと、「そっか、まだ古いのが残っていたんだ」的なことポツリを言う。
そのやり取りを見てたおじさん、間に入ってくれて、
「まぁまぁ、彼らも外国人で勝手が判らなかったんだし、料金も不足していないんだし、このままでイイでしょ★」
的なことを女史に言ってくれた。
それを聞いて女史も「仕方ないわねぇ…。それにしてもお気の毒さま」的なセリフを言って検札を終わらせてくれた。
後で聞いたら、列車の外国人料金は、我々が中国入りするほんの少し前に廃止されたそうだ。
(その分、人民料金も大幅に値上げされたそうで)
それを知らなかったのは痛恨のミス…。![]()
1.5倍くらいの料金を払わされたぁぁぁぁ…。![]()
![]()
(まぁ、当時は情報が手に入りにくかったからねぇ~。インターネットなんて無いし)
制度変更の過渡期にはよくあった話しさ。![]()
手痛いイベントが終了し、また元の雰囲気に戻った。![]()
会話が一段落すると、後はみんなゆっくりとくつろぎタイム。![]()
お茶を飲んだり、何かを食べたり、寝たり…の繰り返し。![]()
まぁ、「退屈」っちゃぁ~退屈だ。
大陸なので、景色も大きく変化しないし。![]()
夜になった。![]()
(画像をクリックすると拡大するよん)
(2008年に広州駅(もしくは広州東駅)で撮影)
イメージ的にはこんな感じ。(機関車はもっと昔風に脳内変換してちょ
)
みんな寝だしたので、我々も寝るか…。
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪![]()
![]()
![]()
-----------------------------------
1996年5月24日(金):晴れ
→ 西安(せいあん:Xi'an)
朝からひたすら食って寝る。(笑)
…何もすることが無い。![]()
初めての硬臥車の旅。
慣れていないので、少し緊張していたのかもしれない。![]()
(言葉の問題もあるので…
)
何だかんだで列車は遅れたようで、18時に「西安(シーアン)」駅に到着した。
33時間の列車旅。
あぁ~疲れた…。![]()
列車からホームに降り立った途端に、呼び込みの人に声を掛けられた。![]()
警戒していたら、何とその人は今夜泊ろうとしていた宿「勝利飯店」の人だったのだ。
(ガイドブックで下調べしておいたッス)
なので、早速話しを聞いてみた。![]()
![]()
そしたら、「1泊20元(270円)の部屋からある」とのこと。
しかもバスで宿まで送ってくれるそうな。![]()
![]()
ガイドブックに書いてあったのと相違無かったので、ここに決めた。![]()
仲間の1人がやたら警戒していたので、一応「工作証(職業&身分の証明書)」を見せてもらう。
駅前に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
(1996年撮影:これは午後だよ)
ご覧のように、駅舎は「古都」のイメージに合うようなデザインになっている。
…にしても、だだっ広い。![]()
人も車も、沿岸部の都会に比べたら、たいぶ少ない。
大陸内部の都市は、これが初めてッス~♪![]()
![]()
お宿のマイクロバスに乗り込む。![]()
一緒に駅から乗った、同じ宿に泊る娘から「あなたは韓国人?」と聞かれた。
「日本人だよ」と言うと「へぇ~。そうは見えないわ」と言われる。
周りのみんなも「うん。私もそう思った」と言う。
その時は別に気にしていなかったが、この後各地で同じ質問を受けることに…。
…ナゼ!?![]()
ほどなく、無事にお宿に到着。
「勝利飯店」は、駅前の道「解放路~和平路」を真っ直ぐ南下し、市街を囲む城壁(和平門)をくぐったすぐ南側にある。
とても解りやすい場所にあるねぇ~。
これは迷わなくて良い![]()
![]()
チェックインしたら、「1人35元(470円)の3人部屋が空いている」とのことなので、部屋を見せてもらって決めた。![]()
![]()
部屋も広くて申し分ない♪
風呂は共同浴場を使用する。![]()
…と言っても、垂れ流しのシャワーがたくさんあるだけのタイル貼りの空間だけど。![]()
部屋に入ったら、いきなりさっき駅にいた呼び込みの人が入って来た。![]()
![]()
「何事だ!?」と思ってかなり警戒していたら、一言。
「明日、観光に行かないか?」
話を聞いてみると、西安には「東線一日遊」と「西線一日遊」という、2大お約束観光コースがあるそうで。
ほとんどの観光客が、このどちらか、または両方に参加するとのこと。(これ事実)
…そっか、これが狙いだったのか。![]()
我々は、超有名な「秦兵馬俑坑」に行きたかったので、「東線」に参加することに。
参加費は1人40元(550円)で、各施設の見学料は別途らしい。
「7:30に迎えに来る」とのこと。
申し込んだらさっさと去っていったので、とりあえず外出することに。
近場のレストランで食事を摂って、とりあえず明日に備えて早めに宿に戻る。
…なんか頭痛がするなぁ。![]()
とにかく、寝てしまおう。
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪![]()
![]()
![]()
| 固定リンク
「▼ユーラシア大陸横断鉄道旅行」カテゴリの記事
- 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その92:東京へ~(2015.11.16)
- 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その91:シンガポール・街歩きと最後の晩餐~(2015.11.12)
- 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その90:クアラルンプールからシンガポールへ~(2015.11.09)
- 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その89:クアラルンプール・街歩き~(2015.11.05)
- 海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その88:クアラルンプール・お盆の墓参り~(2015.11.02)


コメント
日本の寝台列車にも乗ったことがないけど、3台寝台ってホント高さがあるし、硬そう。
日本人が漢字を使ってるって中国ではあまり知られてないんだね。
今は どうかな?
「外国人料金」なんてものがあったんだね。全く知らなかった。
その頃は他の国でもあったのかな?中国だけ?
呼び込みの人 私だったらかなり警戒してしまうかも?
やっぱりこの旅って大変そう。
投稿: ひめ子 | 2012年7月24日 (火) 00時57分
★ ひめぽ
外国人料金は、共産国にはけっこうあったと思う。
フツーの資本主義国なら、内容で料金の差をつけるんだけどね…
この旅は、お金をケチッってしているので、結構メンド臭いことばっかりしているんだよ。



もう少しお金掛けてイイなら、楽に出来たんだけどねぇ~~
でも、それが楽しい
投稿: まりりん | 2012年7月24日 (火) 10時10分