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2011年5月26日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その11:寝台列車で西安へ~

前回「その10:広州・珠江と路地裏を歩く」からのつづきーっ!
「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月23日(木):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou) →

おはよう

今日は特に早起きの日だ。
8:51発の「第44次特快 西安(シーアン)行き」列車に乗るためだ。

広州と西安の位置関係は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3802
(2016年のグーグルマップより)
南から中央部へ直行よん

6時頃に起床し、6時半にチェックアウト。

…んで、7:10頃には広州駅に着いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1101
(2001年に同行の仲間が撮影)
あれまだ列車の案内が出ていない…

…あっ、8:51発を8:15発と間違えていた

まぁ、早く着いた分には問題ないので良しとしよう(笑)

駅に入り、該当の候車処(待合所)で人民達と待機。
そして8:10頃に改札が開始された。
大群がぞろぞろと列になって、列車のいるホームに向かう。

車内に入る。
我々の席は、7号車9組上・中・下だ。

…そう、硬臥(B寝台)なので3段寝台なのだ。

車内は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1102
(2006年に北京の博物館で撮影)
これは深緑色の“あの”旧型客車「22系」の硬臥車ッス

今回は新型の「25系」なのでもっと近代的だけど、車内の造りはほぼ同じ。

上段はかなり上(網棚よりも少し上)にある。
中国鉄路の車両は天井が高いので、寝台の各段の間にも充分な高さがある。
普通に座っても狭苦しさを全く感じない。

ちなみに、防護用の柵等はナイので、上段に上った時は転落にご注意を
一応、気休め的な縦の帯は張られているが…。

寝台の向かいは、上・中段がおじさんで、下段は母と幼女の2人組だ。

列車が走り出した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1103
(1996年撮影)
これは香港で撮った列車だけど、イメージ的にはほぼ同じ。

中国の列車は、どっかの「JR」とかいう会社の列車と違って、実に滑らかに動き出す
動き出したのに気が付かないほどだ
かつて「日本」という国にあった「国鉄」と言う所の列車も、滑らかな動き出しだった…。

走り出してしばらくすると、おじさんに話し掛けられた。
そしたら、我々3人が日本人だと気付き、みんなでいろいろ話し掛けて来た。

オラは、「広東語」は少し話せるけど「普通話(北京語ベースの標準語)」は全く話せない。
なので、広州を出たら意思が通じなくなるので、かなり不安だったのだ。

おじさんたちは話し掛けて来る。

おじさん:「中国語は出来るのか」(もちろん普通話で)
オラ:「聴き取れません(出来ません)」(これだけは最初に覚えておいた)
おじさん:「そうかそうか

…しばしの時間。

別のおじさん:「中国語は出来るのか
オラ:「聴き取れません」(さっき言っただろ
おじさん:「そうかそうか、話せないのか

…またしばしの時間。

おばさん:「中国語は出来るの
オラ:「聴き取れませんってば」(さっき言ったぞー
おばさん:「そう、話せないの

これの繰り返し。

おかげで「聴き取れません听不懂:ティンプートン)」だけは、1時間もしないでリアルに学習・習得出来た。
ヘタな語学教室より効果がある

でも、我々も一生懸命会話をしようと努力した。

ガイドブックや日中辞典を見ていたら…

あら、日本人も漢字を使うの」とビックリされた。

中国では意外と知られていない事実のようだ…。

それからは筆談がメインになった。
簡体字を書くのは慣れていなかったが、話すのに比べれば無問題(もうまんたい←広東語)

…楽しいぞ、硬臥車
(軟臥車は4人個室なので静かなもんだ)

途中、検札が来た。
列車長と思われる女史に我々の切符を見せた。

これが表。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1104
(1996年当時の実物を撮影)
日本では懐かしい「硬券」ッス

広州 - 西安」「空調 硬 特快 臥 下」「全価428元」と書かれている。

これが裏。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1105
(1996年当時の実物を撮影)
下部には「広州站市2」と書かれている。

広州駅市内切符売り場2」というような意味だろう。

その上部に、指定列車の日時、寝台番号が書かれたシールが貼られている。
523日 44次列車 8:51発」「空調硬臥 7号車 9番 下段」という意味だ。

女史、この切符を見るなり大声で…

あんたたちこれどこで買ったの!?

えぇぇ~~~~~~っ??

フツーに切符売り場で買ったんですけど…。
何かヤバい

目の前にいたおじさんが詳細を聞いてくれた。
それによると…

アナタたちの切符は「昔の切符」で、今はこの料金ではない」とのことらしい。

そっか、追加料金か…と思ったら、その逆で。

これは外国人料金のだ。今は外国人料金は廃止されたので、人民と同じ料金」と言っているようだ。

…あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁ。

女史は再度聞く。

…ホントにどこで買ったの

白雲路の切符売り場だ」と言うと、「そっか、まだ古いのが残っていたんだ」的なことポツリを言う。

そのやり取りを見てたおじさん、間に入ってくれて、
まぁまぁ、彼らも外国人で勝手が判らなかったんだし、料金も不足していないんだし、このままでイイでしょ
的なことを女史に言ってくれた。

それを聞いて女史も「仕方ないわねぇ…。それにしてもお気の毒さま」的なセリフを言って検札を終わらせてくれた。

後で聞いたら、列車の外国人料金は、我々が中国入りするほんの少し前に廃止されたそうだ。
(その分、人民料金も大幅に値上げされたそうで)
それを知らなかったのは痛恨のミス…。

1.5倍くらいの料金を払わされたぁぁぁぁ…。
(まぁ、当時は情報が手に入りにくかったからねぇ~。インターネットなんて無いし)
制度変更の過渡期にはよくあった話しさ。

手痛いイベントが終了し、また元の雰囲気に戻った。

会話が一段落すると、後はみんなゆっくりとくつろぎタイム。
お茶を飲んだり、何かを食べたり、寝たり…の繰り返し。

まぁ、「退屈」っちゃぁ~退屈だ。
大陸なので、景色も大きく変化しないし。

夜になった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1106
(2008年に広州駅(もしくは広州東駅)で撮影)
イメージ的にはこんな感じ。(機関車はもっと昔風に脳内変換してちょ

みんな寝だしたので、我々も寝るか…。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月24日(金):晴れ

→ 西安(せいあん:Xi'an)

朝からひたすら食って寝る。(笑)

…何もすることが無い。

初めての硬臥車の旅。
慣れていないので、少し緊張していたのかもしれない。
(言葉の問題もあるので…

何だかんだで列車は遅れたようで、18時に「西安(シーアン)」駅に到着した。
33時間の列車旅。

あぁ~疲れた…。

列車からホームに降り立った途端に、呼び込みの人に声を掛けられた。
警戒していたら、何とその人は今夜泊ろうとしていた宿「勝利飯店」の人だったのだ。
(ガイドブックで下調べしておいたッス)

なので、早速話しを聞いてみた。

そしたら、「1泊20元(270円)の部屋からある」とのこと。
しかもバスで宿まで送ってくれるそうな。

ガイドブックに書いてあったのと相違無かったので、ここに決めた。
仲間の1人がやたら警戒していたので、一応「工作証(職業&身分の証明書)」を見せてもらう。

駅前に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1107
(1996年撮影:これは午後だよ)
ご覧のように、駅舎は「古都」のイメージに合うようなデザインになっている。

…にしても、だだっ広い。

人も車も、沿岸部の都会に比べたら、たいぶ少ない。
大陸内部の都市は、これが初めてッス~

お宿のマイクロバスに乗り込む。

一緒に駅から乗った、同じ宿に泊る娘から「あなたは韓国人」と聞かれた。
日本人だよ」と言うと「へぇ~。そうは見えないわ」と言われる。
周りのみんなも「うん。私もそう思った」と言う。

その時は別に気にしていなかったが、この後各地で同じ質問を受けることに…。

…ナゼ!?

ほどなく、無事にお宿に到着。
勝利飯店」は、駅前の道「解放路~和平路」を真っ直ぐ南下し、市街を囲む城壁(和平門)をくぐったすぐ南側にある。

とても解りやすい場所にあるねぇ~。
これは迷わなくて良い

チェックインしたら、「1人35元(470円)の3人部屋が空いている」とのことなので、部屋を見せてもらって決めた。
部屋も広くて申し分ない

風呂は共同浴場を使用する。
…と言っても、垂れ流しのシャワーがたくさんあるだけのタイル貼りの空間だけど。

部屋に入ったら、いきなりさっき駅にいた呼び込みの人が入って来た。
何事だ!?」と思ってかなり警戒していたら、一言。

明日、観光に行かないか

話を聞いてみると、西安には「東線一日遊」と「西線一日遊」という、2大お約束観光コースがあるそうで。
ほとんどの観光客が、このどちらか、または両方に参加するとのこと。(これ事実)

…そっか、これが狙いだったのか。

我々は、超有名な「秦兵馬俑坑」に行きたかったので、「東線」に参加することに。
参加費は1人40元(550円)で、各施設の見学料は別途らしい。

7:30に迎えに来る」とのこと。

申し込んだらさっさと去っていったので、とりあえず外出することに。
近場のレストランで食事を摂って、とりあえず明日に備えて早めに宿に戻る。

…なんか頭痛がするなぁ。

とにかく、寝てしまおう。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その12」はこちらーっ!

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コメント

日本の寝台列車にも乗ったことがないけど、3台寝台ってホント高さがあるし、硬そう。

日本人が漢字を使ってるって中国ではあまり知られてないんだね。
今は どうかな?

「外国人料金」なんてものがあったんだね。全く知らなかった。
その頃は他の国でもあったのかな?中国だけ?

呼び込みの人 私だったらかなり警戒してしまうかも?
やっぱりこの旅って大変そう。

投稿: ひめ子 | 2012年7月24日 (火) 00時57分

★ ひめぽ

外国人料金は、共産国にはけっこうあったと思う。
フツーの資本主義国なら、内容で料金の差をつけるんだけどね…

この旅は、お金をケチッってしているので、結構メンド臭いことばっかりしているんだよ。
もう少しお金掛けてイイなら、楽に出来たんだけどねぇ~~
でも、それが楽しい

投稿: まりりん | 2012年7月24日 (火) 10時10分

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