(前回「その6」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら)
このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは英語読みなのだ★
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。
香港の詳細については、こちらのシリーズ日記「小心地滑友の会」もご参照あれ。
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1996年5月14日(火):晴れ
香港(ホンコン:Hongkong)
今日は10時半頃に起きた。
重慶(チョンキン)マンションの安宿は狭い。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2001年撮影)
これで3人部屋だ。
左がダブルベッド、右がシングルベッドだ。
1人分の幅が60cm程度なので、「日本の40年前の寝台車並み」と言ったところか。(笑)
狭いけど、一応部屋はキレイだ。
たま~に虫さんが出るよん★
さて、今日は11:10頃に慌てて宿を出る。

中国のビザを申請しに行くためだ。
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※この当時は、ビザは絶対に必要だった。
日本で申請すると、個人では申請出来ずに旅行業者に頼むため、高額な費用(5000円以上)が掛かる上に、有効(滞在)期間が短い30日間のビザしか発給してくれない。
香港だと、安くて長期間のビザが個人で申請出来るのだ♪

現在は、15日間内の滞在であれば、ビザは不要ッス。
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ここで、香港の中心部の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年当時の地図を撮影)
ほとんどの観光客は、このエリア内だけをうろついているッス。
➊…啓徳空港 (カイタック)
➋…九龍湾 (カオルーンベイ:友達の家)
➌…油麻地 (ヤウマーテイ:お宿)
➍…九龍駅 (紅磡駅)
➎…尖東 (尖沙咀東:チムシャーツィ・イースト)
➏…尖沙咀 (香港の中心街)
➐…女人街 (通菜街)
➑…男人街 (廟街)
➊…堅尼地城 (ケネディタウン)
➋…上環 (ションワン:マカオ行きの船の埠頭)
➌…中環 (セントラル:ビジネスの中心街)
➍…山頂纜車 (ピークトラム)
➎…山頂 (展望台)
➏…湾仔 (ワンチャイ)
➐…銅鑼湾 (コーズウェイベイ:香港島の繁華街)
➑…北角 (ノースポイント)
お宿(チョンキンマンション)は❻にあるよん。
香港島の「湾仔(わんちゃい)」(地図の❻)にある、中国外交部の事務所に向かう。(赤い矢印↓のビル)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
慣れないと行きにくい場所ッス…
受付が、午前は9:00~12:20、午後は14:00~17:00なので、交付の日が遅れないように何としてでも午前中に申請書を出したい。

事務所に到着し、急いで申請書を書いて提出する。
その時刻12:00。
ギリギリだった…。
おかげで、HK$100(1350円)で翌日受け取りとのこと。
しかも、有効(滞在)期間「60日間」のロングビザだ♪
「60日間」ビザは、日本では絶対に取れナイ。
もし旅の途中でビザが切れそうになったら、中国のどこにいても北京か上海に行って延長の申請をしなければならない。
ホッとしたので、同じビルのレストランで飲茶(やむちゃ)をする。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2005年撮影)
いぃ~やっほぉ~~~~い♪


ここは以前「香港一広いレストラン」として有名で、ガイドブック等で飲茶の点心(てぃむさむ)を載せたワゴンを押しているオバちゃん達の写真を見たことがある方も多いはず。
昔から行きつけのレストランだ。
メチャメチャ美味いぞぉ~♪
(2010年10月現在、このビルは全体を改装工事中で、建物の中に入れなかった)
そして「銅鑼湾(とんろーわん)」(地図の❼)に行き、香港一大きいデパート「崇光(そんくぉん)」に入る。
この崇光デパート、英名だと「SOGO」と書く。
そう、日本の「そごう」デパートだ★
ここで日本のCDを探し(日本で買うより安く、本物が1枚1700円ほど)、地下の食品街で買い物をする。

日本の商品がたくさん置いてあるので、日本人は香港では何も困ることはナ~イ♪

仲間の1人がCDを探しに、後で合流する約束をして離れていった。

また湾仔に戻り、スターフェリーで九龍半島側に移動する。

(画像をクリックすると拡大するよん)

(2004年撮影)
これがスターフェリーだ
今まで大きな画像を出していなかったねぇ…
このお船、「両運転台」と言うか、どっち向きにも進めるようになっている。
なので、埠頭に着いてもすぐに逆向きに出航出来る優れモノなのだ

座席(木のベンチ)も、背もたれが転換出来るようになっている。
九龍側の「尖沙咀(ちむさぁちょい)」に到着。(地図の❻)
埠頭の目の前にある時計塔の下で、仲間と待ち合わせる。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2006年撮影)
大昔はこの時計塔の位置に九龍駅(今の紅磡駅)があったそうだ。
昔の青森駅や高松駅のように、港に直結した駅で、ここからロンドン行きの列車が走っていたとか。

駅の移転後、この時計塔だけが残された。
この写真のすぐ左と後ろは、ビクトリア湾だ。

海沿いに遊歩道もあるッス。
今日はもう特に何もしないので、セブンイレブンでカップラーメンを買って安宿に戻る。
部屋でラーメンを食べ、洗濯等をしてゴロゴロした。


(ゴロゴロ出来るほど広くはナイが…
)
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪


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1996年5月15日(水):晴れ
香港(ホンコン:Hongkong)
今日は11時頃に起きた。
14時頃にお宿を出て湾仔へ行き、昨日申請したビザを受け取る。(地図の❻)
コレで準備は整った♪

その後、地下鉄「佐敦(ちょうとん:ジョーダン)」駅近くの「男人街(廟街)」(地図の❽)に行き、安いTシャツ等を買う。
で、またすぐに宿に戻った。
次の目的地「広州(くぅおんちゃう:グヮンジョウ)」に留学している友達(日本人男性)に、電話で連絡を取ってみる。

…通じナイ。

まぁ、「ちうごく」だしぃ。
(この当時の中国は、まだ電力・通信事情が良くなかった)
夜に、香港在住の友達(日本人女性)とみんなで食事。


その後、先日まで泊っていた香港人の友達の家(地図の❷)に行き、ハナシをする。
…そのままオラだけ、ここに泊ることにしてしまった。
再度、広州に電話するが、またも本人につながらず。
仕方ナイので、学生寮の同室と思われる人に伝言を頼んだ。
(言葉が通じナイので、友達にしゃべってもらった)
さぁ、いよいよ明日は「ちうごく」入りだ★
もう寝よう♪
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪


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1996年5月16日(木):晴れ のち くもり
香港(ホンコン:Hongkong) → 広州(こうしゅう:Guangzhou)
今日は友達の家で目覚めた。
8時頃に家を出て、出勤する友達と一緒にラッシュの地下鉄(MTR)に乗り、「金鐘(かむちょん:アドミラリティー)」駅で友達とバイバイキン★
そして、1人で安宿に戻り、仲間と合流。
出発の準備をし、10:50頃にチェックアウト。
…さぁ、今から広州に行くぞ★
香港と広州の位置関係は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1996年の地図を撮影)
距離的には150Kmほど。
●(青枠)…香港(英国領)
●(緑枠)…マカオ(ポルトガル領)
●…深圳
●…広州
●から●までは、「東京~沼津」間と同じくらいかなぁ~。
近いけど、国境(●)を越えるので時間が掛かるのだ★
地下鉄で「九龍塘(かうろんとん:カオルーントン)」駅まで行き、九広鉄路(KCR)に乗り換える。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1995年撮影)
ご覧のように、完全なる通勤用の中間駅だ。
ひっきりなしに来る12両編成の電車に乗り、国境の駅「羅湖(ろーうー:ローウー)」を目指す。
(余談:編成に1両だけ連結されている1等車の運賃は、単純に普通車の倍額)
KCR沿線の風景は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
ヒジョーにのどかぁ~~~~♪
「香港」と言うと「高層ビルと派手なカンバン」というイメージが浮かんで来るけど、中心地を一歩外れれば、ヒジョーに閑散としたのどかな景色なのだ。
電車を10分も乗れば、こんな風景になってしまうのさ~♪
20分ほどで、電車は羅湖駅の1つ手前の「上水(せぉんそい:シェウンシュイ)」駅に到着。
パスポートを持っていない人は、この駅で下車しなければならない。
上水駅から先は、国境間の「立ち入り禁止」区域なのだ。
羅湖駅は立ち入り禁止区域内の、まさに国境ギリギリの所に位置していて、昔からこの近辺に住んでいる人以外は外に出ることは許されていない。

余談だが、上水~羅湖駅間の運賃は異様に高く、九龍~上水間の運賃と同じくらいだ。
つまり、たった1駅間で運賃は倍になる★
上水駅を出ると、途端に線路際に物々しいフェンスが何重にも立ち並ぶ。
そのフェンスに平行して、何やらブッといパイプが何本も走っているのが見えてくる。(赤い矢印↓)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
これは何だ…?
そう、これは「水道管」なのだ。
香港のあの人口を支えるには、大量の水が必要だ。
だが、香港内では調達しきれないので、大陸から水を「輸入」しているのだ。
(今や同じ国だからモウマンタイ(無問題)だけど♪)
ガス管とかもあるのかなぁ…?
広大なヤードの横をゆっくりと通過し、電車は終点の「羅湖」駅に到着。
ホームに降りる。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2001年撮影)
ちょうど大陸直通の列車が通過中だ。
今立っている所が「英国香港」の羅湖駅、この列車の先頭部分の所が「中国」の「深圳(さむちゃん:シェンジェン)」駅だ。(地図の●)
(日本語では「しんせん」と読む)
目の前のポイントのすぐ先にあるガーダー鉄橋部分が「国境」の川。
列車の左側は香港、背後のビル群は中国だ。
このように、両駅は近接している。
東京の地下鉄丸ノ内線「新宿~新宿三丁目」か、JRの「新宿~代々木」駅間くらいだ。
このホーム上(写真右側)に出国審査のゲートがある。
香港人は1階、中国・外国人は2階に行き、手続きをする。
香港人は非常にスムーズに手続きが終了し、簡単に中国へ入ることが出来る。
その逆に、中国人はそう簡単に香港へは入れナイ。
イギリス側の「出国」スタンプを押してもらい、国境に掛かった橋(通路)を歩く。
9日間に及ぶ「英国生活」にピリオドを打ち、いよいよ人民「中国」へ突入だ★
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
これが国境部分だーーーっ★
左がイギリスで、右が中国。
(ホントは撮影禁止らしいので、コッソリ撮った。
)
この川を境に、民族は同じなのだが、通貨・言語・漢字・社会制度が激変する。
例えば…
英国香港:ドル・英語(広東語)・繁体字・資本主義
中国 :人民元・北京語・簡体字・社会(共産)主義
という風にだ。
特に漢字
これが意外と厄介。

例えば日本語で「広州」と書くが、香港では「廣州」、中国では「广州」と書く。
「児童」は「兒童」、「儿童」となる。
ビミョーに違っていたり、大胆に省略されていたり…と、いろいろだ。
紺色の「警察官」が立っていた建物から、緑色の「公安」同志が立つ建物に入る。
2階に上がり、メチャメチャに散乱した入国審査用のエントリーカードを拾って記入する。
備え付けのペンは使えるワケがなく、持参のペンで記入する。
入国審査でパスポートを提出。
何の笑顔もなく、「入境」スタンプが押されたパスポートを放り投げられて、無事入国完了。

余談だが、慣れてくると、この究極の無愛想顔でパスポートを放り投げられた時に「あぁ、ちうごくに来た
」とワクワク・ゾクゾクしてくる

やる気のナイX線検査機(係員も)の脇をそのまま通過し(気まぐれで呼び止められて検査される)、建物の外に出る。
すると、そこはもう深圳の街中だ★
深圳駅は、すぐ左にある巨大なビルだ。
駅までの道は真っ直ぐなので、迷うことは決してナイ。
…やかましい、とにかくやかましい。

そして人の洪水。人・ひと・ヒト。




「人民共和国」とは良く言ったものだ…
国内に生物(動物)は「人民」しかいないのだろうか?というくらいのヒトの数。(笑)
ここ深圳は、昔は小さな農村だった。
それが「改革開放」政策で「経済特区」になり、近代都市に激変したのだ。

香港から見た深圳の街が、これだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(1995年撮影)
もっと昔はビルもナイ田舎町だった。
「1年経てば街の景色が変わる」くらいの急変ぶりだ。
2011年の今は、もうこんな景色ではナイ。
(今や、手前の香港側のほうが田舎だ)
当然、治安も良くナイ。
この街に住めるのは、難しい試験に受かった「エリート」のみなのだが、地方からコッソリと流れ込んでくる民も多く、一時は「盲流」と言われていた。
貧富の差が激しいので犯罪も多く、当時は「夜は出歩くな」とも言われていた。
物乞いに囲まれながらも移動し、駅前の高級ホテル「シャングリ・ラ」で人民元に両替をする。

(次の訪問時に知ったが、このホテルでは宿泊客以外は両替出来ナイそうだ。断られちゃった…
)
信号もなく横断歩道も機能していない、無法地帯の道路上を無理やり渡って駅に戻る。
「車は止まらない(減速しない)もの」という考えでタイミング良く渡らないと、いつまで経っても渡れナイよん。
その時、決して走ってはイケマセン★
走ると車か人にぶつかるよ。
さて、広州行き列車の切符を買おう。
まずは、建物内の切符売り場をチェック。

2ヶ所あるねぇ…
キレイで空いてる2階の「外国人切符売り場」ではなく、1階の「人民」用切符売り場に並んだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
これは後年の撮影なので近代的でキレイだが、1996年当時は古く薄暗く混雑していた。
…ナゼ1階にしたかって?
この1996年当時は「外国人料金」というのが存在していて、外国人はあらゆる場所で2倍近い料金を支払わなければならなかった。
なので、東洋人は一生懸命に中国語を覚えて、何とか「人民料金」で支払いが出来るように努力したものだった。


(後で知ったのだが、この直前に列車の外国人料金は廃止されていたそうだ
)
ついでだったので、ケチッて「特急」だけど普通座席車の切符を買った。
普通座席車は中国では「硬座(インツォ:Ying Zuo)」車と言い、グリーン車は「軟座(ルァンツォ:Ruan Zuo)」車と言う。
…解りやすい。(笑)
「第8次特快」という特急列車で、14:30発で広州駅16:40着。
車両は、先ほどの国境にいた列車と同じ25型だ。(確か…)
深圳→広州(約150Km)が49元で、エアコン代が別途2元の、合計51元。
何と690円
…や、安すぎる~っ


中国の列車に乗るには、まず「候車処(待合所)」という所に行って、乗る列車の区画の中で待たなければならない。
(軟座や軟臥(A寝台)利用者には、豪華な専用待合室がある)

勝手にホームに行くことは出来ナイ。
アナウンス後、大勢の人民と共に改札を通り、ホームへ向かう。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に広州駅(または広州東駅)で撮影)
座席は指定されているので、該当の車両へ移動する。
今回乗る列車は十数両程度だが、長距離列車は平気で「20両編成」とかだったりするので、かなり歩かされる。
各車両のドアに「小姐(しうちぇー)」(娘さんの意味)が立っているので、切符を見せて車内に入る。

全席指定なのに、大きい荷物を持った人民が急いで走っている。

彼らは網棚に荷物を置きたいので、早く行ってスペースをキープするためなのだ。
我々は走る必要はナ~イ。


深圳駅は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年撮影)
広告等の飾りもナイ、無機質なホームが並んでいる。
中国内は、どの駅も似ているッス。
社会(共産)主義だからね。
…んで、その硬座車だが、その名に恥じぬ硬さであった。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2001年に同行の仲間が撮影)
う~~ん、ハードだぜぇ~~~ぃ★

これは深緑色の旧型客車(22型)の硬座だが、この特急(25型)の硬座も、これにキレイな白いシーツカバーが掛かっているだけで、座り心地に大差は無かった…。
3+2人掛けの、座面の小さい直角シートだ★
深圳駅を出発。
列車は滑るように滑らかに走る。

イスは悪いが、乗り心地は日本のJRよりはるかに良い♪

大陸なので地盤が固いのと、超重量級の貨物列車が走る関係で、レールや路盤が頑丈に造られているのだ★
車両自体も重いしねぇ~。
ちなみに、線路幅は国際標準の1435mm(日本の新幹線と同じ)。
都市部の風景がしばらく続く。
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
かなりの大都会になったねぇ~~~。
来る度にビルが増えているね。

…が、少し走るとのどかな田園風景に変わる。

(画像をクリックすると拡大するよん)

(2008年に同行の仲間が撮影)
何とのどかなイイ風景だろうか。
こうやって見ると、広東地方というのは「米どころ」なんだなぁ~って思った。


農民も牛くんも、の~んびりと田んぼの世話をしている。

列車は何気に120~140Kmくらいの速さで走る。
…案外速いっ★
だが、「特急」なのによく駅に停まるし、途中駅で列車の待避。
…ナゼ?
なので、ノンストップ便よりも時間が掛かっていて、遅い。
ノンストップ便に追い抜かれたようだ。
(最近では、「特急」よりも速い「准高速」や「高速」等がある)
窮屈だし、ケツが痛くなってきた…。
しかも、斜め前の2人はスス汚れた「いかにも地方から出てきました」系の人民だし。
(我々は3人席に座っていた)
唯一の救いは、目の前の乗客がカワイイ小姐だったということ♪

(当時の「荻野目洋子」似の、キレイな香港人だった)
荻野目ちゃんも退屈してきたのか「今何時ですか?(広東語で)」とオラに聞いてきた。
それが唯一の会話だった。
しばらくして、列車は「広州(くぉんちゃう:グワンジョウ)」駅に到着★(地図の●)
(画像をクリックすると拡大するよん)

(2001年同行の仲間が撮影)
着いた、着いた♪
あ~、ケツが痛かった…。
早速、広州の友達(日本人)に電話し、タクシーに乗る。
「中山大学(ちょんさーん たーいほっく)」の正門前で待ち合わせをし、大学の広大な敷地内の宿泊施設(ホテル?)に泊ることになった。
1泊1人80元(1080円)ほど。
2部屋あり、各部屋に立派なベッドが2つあるので、4人まで寝られる。
風呂も広い(広大だ)し、キッチンに冷蔵庫まである★
すばらしい♪

…あの香港の狭い安宿は何だったのだ?(笑)
泊る所に満足したので、そのまま4人でホテルの1階のレストランに行き、食事をする。
やっぱり「広東料理」の本場、ヒジョーにまいう~♪

淡白で上品な、塩味がベースの味付け。
香港も美味しいのだが、外国の影響も受けているので、「広東料理」と言うよりは、もはや独立した「香港料理」と変化してしまっている。
ココでやっと「本当の広東料理を食べた」という感じがした★

しかも、満腹状態まで食べても1人30元弱(380円くらい)。
安い~~~~っ
食のパラダイスやぁ~~~っ


食後はお宿に戻ってゴロゴロ。
結局、留学生の友達も「カゼ気味だから」というよく解らない理由で、一緒に泊ることになった。
(寮のベッドは寝にくいらしい…。いや、日本語が恋しくなったか
)
さぁ、ちうごくに一歩踏み込んだぞ★
大陸の旅はこれからだ…
…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん♪


(つづき「その8」はこちらーっ!)
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