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2011年3月

2011年3月31日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その6:マカオ・街歩き~

前回「その5」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは英語またはポルトガル語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

マカオの詳細については、こちらのシリーズ日記「マカオ 2007」もご参照あれ。

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1996年5月12日(日):くもり のち 晴れ

澳門(マカオ:MACAU)

…マカオの朝は早い。

結局、ほとんど寝ずに朝を迎えてしまった…

今はどこにいるかというと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0601
(2008年当時の地図を撮影)
にいるッス~~~ぅ

やっぱりちゃんと寝たいから、お宿を探そうぜぇ…

5時頃にカジノを出て「火船頭街(ふぉしゅんたうかーい)」へ行くが、どこも閉まっている。(地図の周辺)
英京(London)」ホテルという所に入るが、「満室だ」と断られる。
仕方ナイので、隣のホテルに入って聞いてみると「3人でHK$360(4860円)だ」と言う。

…決めてしまった

でも、「今すぐにはチェックイン出来ないので、しばらくしたらまた来い」と言われた。
なので、散歩でもして時間を潰しますか…

メインストリート「亜美打利庇盧大馬路(Avenida de Almeida Ribeiro)」(アルメイダ・リベイロ大通り)を歩く。(地図のの間の道)
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0602
(2007年撮影)
しゃれおつぅ~~~~

所々に、ポルトガル様式のおされな建物が建っている。
でも、大部分は広東地方でよく見かける一般的な建物だ。

このすぐ右手に広場がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0603
(1996年撮影)
ぷりち~~~~~~~~ぃ

議事亭前地(Senado Square)」(セナド広場)と言い、マカオでいちばん美しい場所だ。(地図の

広場の周囲全てがポルトガル風の建物で、どの方向を見ても美しい
色といい、形といい、なかなかぷりちーな光景だ

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ちなみに、2007年現在の姿は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0604
(2007年撮影)
ぷしゅ~~~~~ぅ

ご覧のように、噴水周りの緑が増えたが、周囲は変わっていない。
ここは世界遺産にも指定されたそうで。

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広場奥の左側には教会がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0605
(2007年撮影)
超~おされぇ~~~~~

聖母玫瑰堂」(聖ドミニコ教会)と言う。
(「玫瑰(むいくゎい)」は、薔薇(ばら)の意味。)
この教会も、世界遺産

…これだけを見たら、完全にポルトガルだよね~
とても「中国人の街」とは思えナイ。

こんな美しい広場で時間を潰す。
まだお宿にチェックイン出来ナイので、広場のベンチで少し寝た後、すぐそばのマクドナルドで朝食を摂る。
その後、トイレに行こうとうろついたが、すぐ近くにあるのを気付かずに、リスボアホテル(地図の)の前まで延々と歩いてしまった…。 

時間も過ぎたので、お宿へ戻る。

すると、朝に言ったHK$360は2人部屋のことで、3人だとエキストラベッドが付いてHK$475になると言う。
チョット考えたが、眠いし、とにかく横になりたいので、それで決めてしまった。

ホテルの名前は「新新酒店(さんさん ちゃうてぃむ:HOTEL SUNSUN」(ホテル サンサン)。
設備も良く、キレイだ

そしてやっと念願の風呂に入り(バスタブに湯を張って)、昼の11時頃に寝た。

目が覚めたら19時半だった

夕飯を食べに出掛ける。

セナド広場から「大三巴牌坊(たーいさーむぱー ぱーいふぉん)」(聖ポール天主堂跡)に歩いて行く。(地図の) 
ここは観光コースでもあり、ショッピングコースでもあり、デートコースでもある。

つまり、「マカオの中心部」ってこと

それを夜に歩くと…閑散としている。
だが、同じように夜景を楽しみに来た人達も多い。

とりあえず、天主堂跡の前を通り過ぎ、隣の「大炮台(たーいぱーうとい)」(モンテの砦)に行く。

夜なので中には入れなかったが、砦の壁の周りがライトアップされていて、なかなか良い
大炮台の周りは完全にヨーロッパ風の雰囲気が漂っていて、落ち着いていてGood

当然、カップルが多い。
…あと、ナゼか犬も多い。(笑)

マカオの街並みは、中国(広州)の景色と欧州の景色が混ざっていて、人も香港よりグッと少なく、どちらかと言うと「欧州にあるチャイナタウン」といった感じ。
のんびりしていて、かなり住みやすそうだ

夜では何も見えナイので、昼に大炮台から撮ったおさしんをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0606
(2000年撮影)
見づらくてゴメンね…

目の前にスラッと建っている壁のようなモノが、天主堂跡。

奥の川が国境で、手前はポルトガルで、奥が中国。
こちらは静かだが、川の向こうからやかましい騒音が風に乗ってやって来る。

…あぁ、向こうはリアルに「ちうごく」だ(笑)

天主堂跡を撮影するために、下に降りる。

そして、手前の階段で記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0607
(1996年撮影)
ペライチっ

正面から見ると立派だが、ホントにこの壁1枚しかナイ。
後ろは大昔に火事で消失してしまったのだ。

そうそう、夕飯を食べに来たんだよ

…ってなワケで、お店に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0608
(1996年撮影)
ぴんくぅぅぅぅぅぅ~~~~~ぅ♪

セナド広場にある、お粥と麺の軽食屋さん。
(日本のそば屋や中華屋みたいな感じ)

一番上から3枚目にある広場の写真の、すぐ左側に建っている。
ここだけピンク色なので、すぐ判る
味は美味ッス~~

さて、お散歩しながらお宿に戻ろう。

途中の便利店(コンビニ)で、「ジンジャービール」なるモノを購入。

味は…覚えていない。(笑)

…ってことは、マズくは無かったのだろう、うん、うん

生姜の味は…したっけかな
でもこれって、よく考えたらカクテルの「シャンディーガフ」でなくね(笑)

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夜景だけではこの周辺の景色がよく解らナイと思うので、昼間の光景をいくつかご紹介しよう。
こちらのマカオ日記に詳しく書いたので、ご参照あれ

まず…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0609
(2007年撮影)
これが天主堂跡の姿。

マカオは、江戸時代に日本から逃れて来た「隠れキリシタン」と非常に縁のある場所で、ここも日本人が関係している。
壁面の彫刻には全て意味があり、隠れキリシタンにまつわる彫刻もあるそうだ。

壁の裏側は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0610
(2008年撮影)
ご覧の通り、何もナイ。

壁の前に立って、階段を見下ろすと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0611
(2007年撮影)
正面奥の細い路地一帯が商店街になっている。

何となく東京・渋谷の「センター街」っぽいカンジ。
大阪で言えば「アメ村」の周辺か…な。

まぁ、ご覧の通り、一日中観光客が絶えナイ。

マカオは非常にイイ街なので、香港観光のついでにぜひ訪れていただきたい
(鉄道は走っていないケドねぇ~
カジノで当てて「旅費をタダにする作戦」も可能だしぃ~~(笑)

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お宿に戻って、シャワーを浴びて、ベッドにゴロン。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月13日(月):晴れ

澳門(マカオ:MACAU) → 香港(ホンコン:Hongkong)

今日は9時頃に起きてベッドでゴロゴロ…。
11時半に部屋を出て、チェックアウト。

今日は「国境に行こう」ということに。(地図の

關閘(くゎんちゃーっぷ)」(国境)行きのバスに乗って向かうが、天気がイイので暑い…。
(バスにクーラーなんてナイよ)

バスは中心部を通り抜けて行くので、見える景色はどこも活気が溢れていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0612
(2007年撮影)
街中はこんなカンジ。

平日の昼のため、学生が多く歩いていた。

小さい島なので、ほどなく国境に到着。
島の北端が中国大陸に接していて、そこからちうごくに出入りするワケだ。

まずはゲートのある場所へ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0613
(1996年撮影)
しゃれおつぅ~~~~

この門がある所までがポルトガル
ポルトガル国旗もしっかり掲揚されている

門の一歩奥は中国だ。
紅い国旗「五星紅旗」が見えるね■■

この門の左側に出国用、右側に入国用の通路があり、手前は広場になっている。

ここで記念撮影。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0614
(1996年撮影)
ガラスの壁越しにちうごくの光景が見える。

こちらは自由な資本主義の国。
ガラス1枚隔てて、自由の少ない共産主義の国。
民族は同じなのだが、通貨も言葉(標準語)も文化も違う。

う~ん、日本人にはフシギな光景だ…。

2011年の現在は、かなり自由に通り抜け出来る(要パスポート)ので、日帰りで中国大陸に遊びに行くのも面白いね

3日後に控えたちうごく入りにワクワクしながら、この門を後にする。

腹減ったぁ~~~

近くに食堂があったので、昼食を摂る。

仲間が食べた「パイナップル海鮮チャーハン」、なかなか良かった
エビ・イカ・魚とパイナップルが入っていた。
味自体は、フツーの庶民的なチャーハン。
これもポルトガル料理の影響を受けているのか…な

さぁ、香港に戻ろう。

バスに乗り、埠頭に向かう。(地図の) 

ヤオハン(地図の)に寄って本を買い、ターミナルビルで切符を買う。
帰りものんびりフェリーにしようと思ったけど、2時間後の17:30発とのことなので止めた。

結局、すぐ乗れる15:30発の水中翼船「ターボキャット(TURBO CAT)」に乗る。
料金はHK$119(約1600円)。
(平日なので安いのだ。曜日や時間帯で値段が変わる)

お船はこんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0615
(2008年撮影)
どっしり

料金は少しお高いが、設備はヒジョーに良い
日本人のツアー客もよく乗っているので、日本語も少々なら通じる。

余談だが、マカオの海の色は、いつもカフェオレのような濁った茶色だ。
これは、中国の川から大陸の土が流れ込んで来るため。
香港はキレイな緑がかった「碧い」(エメラルド)色をしている。

さぁ、カッ飛ばすわよん

ターボエンジンの「キュイイイィィィィィィィ~~~~~ン」という甲高い音が唸り始めた。
まずは静かに港を出る。
沖に出た頃、お船が本気を出した 

船はヒジョーに快適で、半分寝ながらうつらうつらしていたら、1時間ほどで香港の上環に到着。
もう着いちゃった…

入国審査を済ませ、街に出る。

ここで尖沙咀恒生銀行に行って両替することに。
もう16時半なので慌てて移動し、ギリギリセーフで換金出来た。
17時で閉まる。この当時は恒生銀行がイチバン為替レートが良かった)

そのまま近くの「重慶大厦(ちょんひん たーいはー:チョンキンマンション)」に行く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その6・マカオ・街歩き-0616
(2012年撮影)
右奥のピンク色の広告が2枚ぶら下がっている建物がチョンキンっす

ここは安宿が固まって存在している雑居ビルで、バックパッカーの拠点だ。
ちなみに、左手前の建物は、超~高級の「半島酒店(ペニンシュラホテル)」ッス。

ついに我々も本格的安宿デビュー

エレベーターの前にいた客引きに声を掛けられ、13階の「Osaka Guest House」に宿を決める。
大阪」って言ったって、日本人が経営しているなんて~ことはナイ。

1人1日HK$140(約1900円)。
結構安いね

その後、香港の友人達とまたもや食事。

重慶マンションに泊まることにした」と言ったら、みんな一度観てみたかったらしく、宿まで付いてきた。
以前は物騒で危険なビルとして有名だった。
今はかなり安全

さぁ、今日から硬くて狭~いベッドだぜぇ~ぃ

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その7」はこちらーっ!

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2011年3月28日 (月)

ジオラマ日記 ~「TOMYTEC“集合住宅A”をいぢる」の巻~

今回はジオラマ用のストラクチャー(建物)なんぞを…。

久々にストラクチャーを買った。
01
TOMYTEC(トミーテック)」の「集合住宅A」というものだ。

前から気になっていた。
昭和中期の昔に作られた、当時にしては「モダ~ン」なデザインの建物。

さっそく箱を開けてみた。
02
ご覧の通り、半完成状態で入っていた。

説明書はバラバラの図だったのだが、文中にも「一部組み上がってるかもよぉ~」と書いてあった。
…お、ラッキー

屋根かぶせれば、もう完成ぢゃん

20秒で完成させ(笑)、完成写真を撮ってみた。
03
イイねぇ~♪

ぢゃぁ~、ちょっとグレードアップしてみよう!

…よし出来た
(画像をクリックすると拡大するよん)
04
…あれ?何かリアル。

ま、いいっか

家の玄関のほうも見てみよう。
05
屋根が大きいね。

へぇ~、左右非対称なんだ…。

こっちから見た光景もグレードアップしてみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)06
どぉ?

汚し具合(ウェザリング)が上手でしょ?

玄関をアップで見よう。
07
ドア周りが良く出来ているね

これもいぢったぞ
08
リアルでしょ?

この部屋は「もう住んでいない空き家」という設定にして、ドアを板で塞いでみた。

側面のテラス風な部分をアップで見てみよう。
09
ココは別パーツになってるので、上手く組み合わないや…。

でも、イイや。

グレードアップしてみよう。
10
むりやり接着したので、矢印の部分を境に左右で傾いちゃった。

ま、しょうがナイね。
木で誤魔化しておこうっと

気に入ったので、いっぱい並べてみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
11
いいカンジだねぇ~♪

やっぱ、駐車場もナイとね。

住宅の周囲に道路も作ったぞ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
12
バス停も置いてみた。

100円ミニバス(コミュニティーバス)が走っているという設定。
バスには「すぎ丸くん」なんて愛称でも付けてみよう

手前のゴミ網が雰囲気出てるでしょ
みかんの木も植えてみた。

家の周囲はで囲んでみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
13
こんな家があったら理想だよね~

…久々にイイもの作った

(おしまい)

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★ おまけ 

本当は東京の杉並区にある「阿佐ヶ谷(あさがや)住宅」というところだ。
実際に、この家がモデルになっている。

地下鉄丸ノ内線南阿佐ヶ谷(みなみあさがや)」駅(杉並区役所)から南へ徒歩3分ほど。
桜に囲まれた「善福寺(ぜんぷくじ)川」沿いにある。

周囲は花見の名所でもあるのだ。 
(画像をクリックすると拡大するよん)
14
むかし、オラはこの近くに6年ほど住んでいて、毎日通勤でこの住宅の敷地内を通過していた。
緑がいっぱいあって、静かですごくイイ空間だ。
オラのかなりのお気に入りスポットである。(今でもたまにチャリで訪れる)

そんなある朝、カメラを持った数人が、この家をバシャバシャと撮影している姿があった。
「そろそろ建て替えで壊すから、関係者みたいな人が記念に撮ってるのだろう」と思っていた。

だが、その数ヵ月後に模型屋の店頭でとんでもナイ箱を発見した。
…そう、紛れもナイ「1/150の阿佐ヶ谷住宅」だったのだ。

いやぁ~、ビックリ。

もうすぐ建て替えで全部壊されてしまうので、見たい方はお早めにぃ~
(地上6階・地下1階の高層住宅になるそうだ。)

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余談だが、この住宅の隣に、ある小さな工場がある。
そこでは何と、鉄道用の標識(勾配標やキロポストなど)を作っているのだ!
フツーの住宅地のブロック塀に、いきなり新品のキロポストが何本も建っていたりする。(笑)

むかし見たときには「ほくほく線用」と書かれていた。
結構あちこちに納品していると思われる。

もうすぐ桜の時期なので、花見がてらに探してみればぁ~?
(あえて場所と会社名は教えなーーい

つづき「タウンショップ1」はこちらーっ!

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2011年3月24日 (木)

震災日記 ~「東日本大震災直後からの行動と西武新宿線」2011~

世の中も落ち着きを取り戻しつつあるので、通常の日記は28日(am0:00)から再開します。

今回は、2011年3月11日に起きた「東日本大震災」の直後の、私の行動と西武新宿線の出来事を記録に残しておこうと思う。
(既出だが、震災関係の日記は表示をやめたので再掲)

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・3月11日(金)

都心の職場で仕事をしていたら、ゆっくりとした横揺れを感じた。
あ、地震だ…」とは思ったが、この程度の揺れならなんともないと考えていた。

だが、通常ならもうとっくに収まってるはずの揺れが収まらない。
「…長いな」と思った。

横揺れが長く続く時は、大抵遠くの場所で大きな地震が発生している。
どこかで大地震発生したな」と思った途端、「グラッ」と東京も大きく揺れだした。

その後はみなさんご承知の通り。

職場でみんなでニュースを見る。
未曾有の大惨事が起きていたのだ。

そうしている間にも余震が何度も襲った。みんな急いで机の下に潜る。
ヘタに動けない…。
社内に「建物から出るな」という緊急放送が流れる。

1時間半くらい経った頃だろうか。
帰れる人から帰宅しなさい」と全社にお達しが…。

交通機関は全てストップ。道路も渋滞し始めた。
電車は動きそうにもないので、徒歩で帰る事にした。

それならば早いほうがいい。

遅くなるとみんな動き出すだろうし、日が沈んだらもっと寒くなる。

なので、職場の仲間数名で固まって移動開始。
寒風吹く中、JR中央線「水道橋(すいどうばし)」駅前に到着。
やはり、大勢の帰宅する人で混雑している。

線路の横を流れる神田川を見たら、逆流していた。

普段も満潮のときは逆流するのだが、この時は流量が多かった。
たぶん、津波の影響だろう…。

駅の改札前には人だかりが。
タクシー乗り場で、ちょっと不満そうな顔立ちでずっと待っているOLの姿も。
言っては何だが、こんな時にまともに動くものなどありゃしない。
やはり徒歩で移動するのが確実だ。
(都心のタクシーは40分以上来なかったそうだ)

みんなは板橋・埼玉方面なので、白山通りを北上するとのこと。
私は西武線方面なので、私一人だけ仲間から離れる。

新宿方向へ歩き出した。
東京ドームの周囲はあらゆる方向に向かって歩く人だらけ。
今まで見たこともないくらいの人の多さだ。

あまりに人が多く歩きにくかったので、隣の「飯田橋(いいだばし)」駅前に到着する前に、裏道へ逃げることにした。
地下鉄丸ノ内線の「後楽園(こうらくえん)」駅の留置線の脇に出て、そのまま丸ノ内線沿いに歩く。

この裏道は、高田馬場付近から水道橋や秋葉原方面に抜ける最短ルートで、車も人も少ないため、自転車でよく利用している。
勝手知っている道なので、何も困ることなく歩く。
空いてるので、いつもと変わらない速さで歩ける。これならば2時間で帰れそうだ。

途中、2階のベランダの壁が崩落している家(アパート)があった。
古い建物なので、老朽化していたようだ。
一応、警察が来て周囲にロープを張っていた。

地下鉄有楽町線の「江戸川橋(えどがわばし)」駅前に到着。
ここからは神田川沿いに歩く。
桜並木の緑道になっていて、普段ならのんびり散歩する人が集う、のどかな空間だ。
だが、今日はみんな黙々と足早に歩いている。
私の前を歩いていた人も、どうやらこの道をいつも利用しているのか、まったく迷わずに歩いている。

しばらくして、都電の「面影橋(おもかげばし)」電停の近くを通過。
道路を見ると、何と都電は動いているではないか
あ、もう交通機関は動き出したのかな」と思ったが、後から知ったのでは、この時はバスも含めて交通機関は都電しか動いてなかったらしい…。

すぐに「高戸橋(たかどばし)」の交差点に到着。
ココは、南北に走る「明治通り」と、東西に走る「新目白通り」という主要道路どうしが交差する場所。

…ものすごい人だ。

山手線の利用者は明治通りを、中野区・練馬区方面の人は新目白通りを歩いている。
その大きな塊どうしが交差するのだ。
そこには渋滞した車の列もいる。

なんとか1回で交差点を渡ることに成功。
ふたたび裏道へ逃げる。

途中、コンビニに寄ろうかと思ったが、レジに10人以上並んでいたので諦めた。
(今思えば、この時はまだまだ余裕だったのだ。買い貯め騒ぎになる前だったので…)
山手線をくぐり、西武新宿線沿いに出る。

ここの歩道はかなり広いのだが、人の波に覆われてしまっている。
(新宿線が高田馬場のカーブに入る直前の、あの左側にある歩道)

…い、異常だ。

日没寸前で暗くなった道を、大勢の人が黙々と同じ方向に歩く…。
生まれてから今まで、こんな光景は見たことがない。

ふと、阪神大震災時の「御影(みかげ)」駅周辺の光景を思い出した。

ほどなく、新宿線の「下落合(しもおちあい)」駅が見えてきた。
電車は動いていないようだ。
…というか、真っ暗だ。

ホームには上下とも電車が停まっている。
しかも、パンタグラフが降りていて通電されていない。

「…あ、これは当分動かない」と感じ、そのまま歩こうとした。

…が、ふと「記録に残しておこう」と思い、ホーム横の踏切へ移動。

…で、撮った写真がこれだ。
(画像をクリックすると拡大されます)
東日本大震災直後からの行動と西武新宿線2011-1001
古いケータイなので、画質はご勘弁を。

左の黄色い301系(8両編成)は各停「拝島」行き、右の銀色の20000系(10両編成)は準急西武新宿」行き。
(正面の行き先字幕は消えているが、この後表示された)

この写真を撮ろうとした寸前にパンタグラフが上がり、通電開始。
無線で何か交信している音が聞こえた。
すぐ動くかと思ったが、この後2時間くらい動かなかったようだ。

本線上に真っ暗な電車(特に左の301系)というのも、何か「とんでも無いことが起きた」という不気味さを感じさせる。

下落合駅は8両分しかホームがない。
おまけに、前後は踏切に挟まれている。

この準急の先頭がきれいにホームに収まっているということは…と思い、駅の西側に行ってみる。

案の定、2両が後ろにはみ出して停まっていた。
そのため、踏切は閉まったまま。
この道は目白(池袋)と高田馬場(新宿)を結ぶ裏道で、普段も結構交通量が多い(バス路線でもある)。

だが、この日は車が1台もいない…。まるで深夜のようだ。

電車が動いていないと判ったら、後はもうひたすら歩くだけだ。
でも、もう半分以上歩いたので気は楽だ。
カバンが重いのを除いては。(パソコン+非常用のお茶で重くなっていた)

後は西武線沿いに歩く。

どんな細い路地裏でも、そこが近道だと判るとみんな入って来る。
やはり異様な光景だ。

事実、路地裏で迷いかけている青年がいたが、私が何の迷いもなくスタスタと角を曲がって歩いているのを見て付いて来たようだ。
こうして、何とか2時間で帰宅することが出来た。

こういう時はトイレットペーパー買占め騒ぎとか出るよなぁ…」と思っていたのだが、歩き疲れて面倒臭くなったので、スーパーに行かなかった。

これが大きな判断ミスとなった。

この時、家にはティッシュが1箱の半分、トイレットペーパーが1ロールしか残っていなかったのだ。

8日頃から「週末(12日)に買~お~っと」と思っていたからだ。
それが、まさかの大地震。

花粉症の私に取っては死活問題なのだが…

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・3月12日(土)

12日は余震があまりに多くて外出を断念。
布団に潜り込んでひたすらNHKを観ながら、緊急地震速報に過敏に反応する24時間だった。

一日中寝台車に乗っているような感覚。

揺れてない時間のほうが少なかった。

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・3月13日(日)

スーパーに行ったら…… えぇ、みなさんご存知の通りの状況。
ティッシュ等の紙類が1個、いや、1枚も残っていない。
数軒回ったが、どこも同様で、入手は諦めた。
すぐに帰宅し、一向に収まらない余震に備えていた。

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・3月14日(月)

日付が変わる頃、NHKが騒ぎ出した。

計画停電を今日から行う」とのこと。

東京23区は対象から外されたものの、電車は変電所の位置の関係で動けなくなってしまう。
西武新宿線は、なんと「西武新宿」~「鷺ノ宮(さぎのみや)」駅間のみ運転とのこと。

…おいおいおい。昭和30年代に逆戻りかよ。

生まれて以来、「鷺ノ宮」行きは荷物電車以外で見たことがない。

余震も続き、停電騒ぎもあるので、出社するのか自宅にいるのかを上司と相談した結果、出社することに。
昼からの出だったせいもあるが、電車はガラガラ。
(中央線は凄かったらしい)

電車に乗ろうとしたら、ちょうどその時に駅に到着した電車から下りは「上石神井(かみしゃくじい)」行きに延長されるとの放送があった。
なので、鷺ノ宮行きがどう表示されているのかは見られなかった。
上石神井行きは「各停 上石神井」と表示されていた。

逆に、上りの西武新宿行きは「臨時」とだけ表示されていた。
たぶん下りも「臨時」表示だったのだろう。
上石神井行きは運転区間が延長されたことを強調するために、ちゃんと表示したと思われる。

帰りに途中の「中井(なかい)」駅でホームの発車案内表示器を撮影してみた。
(画像をクリックすると拡大されます)
東日本大震災直後からの行動と西武新宿線2011-1002
ご覧の通り「鷺ノ宮」行きだ。

西武新宿線は、これ以下の短区間運転は出来ない。
生まれて初めて見た。

ちょうどやって来た電車は301系。
字幕は「臨時」になっていた。
他の電車も全て「臨時」表示だった。

301系は、新宿線に在籍している2本とも運用に入っていた。
省エネ車両ではないので「節電」と言う観点からは疑問だが、運転本数が少なくて回生ブレーキが効かないのだったら、銀色の20000系も30000系も省エネ車ではない。

21時過ぎで夜遅かったせいもあるが、車内はガラガラだった。

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・3月15日(火)

買い貯めではなく本当に必要なので、会社に行く途中で必死にティッシュとトイレットペーパーを探した。
そうしたら、都心にはまだティッシュが残ってたのだ。
慌てて2箱買う。(1人で2箱あれば充分でしょ)
だが、トイレットペーパーは本気でどこにもない。

昼頃からは、周囲の会社員達が一斉にドラッグストアへ。
ものの1時間ほどで在庫は無くなった。

…良かったぁ、先に買っておいて。

遅めの昼食を食べ、社内にいると…
なにやらNHKが騒いでいる。

福島第一原発で水素爆発 しかも放射線が漏れている

…これはただ事ではない。

午後の仕事をし始めた途端、全社内にお達しが回った。
原発がただならぬ状況になっているので、全員帰宅し自宅待機せよ」とのこと。

みんな慌てて帰る準備をする。

そんな中、ある上司が「あ、米売ってたぞ」と一言。
その声で、買いそびれていた数名がお店にダッシュ。
(本当に必要だったのに無くて困っていたらしい)
無事買うことが出来て安心したようだ。
(必要量しか買っていないよ。持って帰るわけだし)

そうして、みんな帰宅の途へ。

途中で、数日間家に籠ってもいいように、花粉症のクスリを買う。
(これも無くなりかけていたので…)
会社の判断が早かったおかげもあって、電車はまだ空いていた。

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こうして無事帰宅し、後は余震に悩まされながら21日まで家に留まってたという流れである。

TVはどこも「津波の映像」か「原発の現状」しか放映していなかった。
CMにいたっては「AC」の6種類程度の同じCMが延々と繰り返し流れている…
(スポンサー各社がCM放映を自粛したため)

さすがに、みんな精神的に参ってきたらしい。

被災地の苦労に比べればこんなことは何でもないのだが、元気(無事)な人間まで精神的に参ってしまうと、救援や復興の手助けまで支障が出る可能性もある。
19日頃から、TV番組も通常のものに戻り始めだした。

原発問題さえなければ、もう東京は完全に復旧し復興に向けて全力で動き出せたことだろう。
だが、放射線という「見えない恐怖」にしばらくは警戒が必要だ。あと停電にも。余震もまだ終わっていない。

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本当に個人的な意見だが、今回の大震災は「グルメ」だの「ブランド」だのと、必要以上の贅沢をし続けてきた日本人への戒めだったのかもしれないと思う。

これを機に、もう一度原点に立ち返って普段の生活様式を見つめ直したほうが良いのではと思う。

昭和50年代くらいまでは、電気もガスもこんなに浪費しなくても生活出来ていたはず。
平成の今だって、人間の暮らしなんてそうそう変化するものではない。
なので、しっかりと考えて実践すれば、省エネルギー生活は出来ると思う…。

…もっと歩こうよ。階段を上ろうよ。自転車に乗ろうよ。そしてもっとシンプルに。

出来る人から、少しずつ。

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2011年3月10日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その5:マカオ・カジノで徹夜~

前回「その4」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは英語またはポルトガル語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

マカオの詳細については、こちらのシリーズ日記「マカオ 2007」もご参照あれ。

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1996年5月11日(土):くもり のち 雨

香港(ホンコン:Hongkong) → 澳門(マカオ:MACAU)

今日は10時頃に起きた

そして11:45頃、仲間2人がこの友人宅へ荷物を持ってやって来た。
荷物を置いて、12時半頃に出発。

今日は「澳門(おうむん:マカウ)」に行くのだ

マカオの場所はココっす。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・香港とマカオの地図-3804
(1996年当時の地図を撮影)
香港の西にある、ごく小さな島々ッス

まずはMTR(地下鉄)に乗って、「上環(せぉんわん:ションワン)」駅にある埠頭「港澳碼頭(こんおう まあたう)」に向かう。
ここはマカオ行きの船が頻繁に発着する大ターミナルだ。
(「碼頭」で「埠頭」の意味)

埠頭に到着後、ターミナル内で切符を買う。
13:30発の水中翼船HK$136)があったけど、安さを取って15:00発の高速フェリーHK$84)にした。
土曜日なので、どちらも割増料金になっている…(HK$1=13.5円

水中翼船だと50分ほどで着くのだが、フェリーは110分掛かるそうな。
のんびり船旅気分を味わうとするか。
別に急ぐ用事は何もナイしぃ~

出国審査を済ませ(英国領だからね)、お船に乗る。
少々古っぽいが、ごくフツーの船といった感じ。

船室の後ろがスロットマシーン置き場になっている。
さすが、「カジノの街マカオ」に行く船だけのことはある

…あ、「出国審査を済ませた」ということは、当然、国際便なので船内は「免税」だ。
酒やタバコが結構売れる。

見る景色が何もナイ(島もナイ)ので、ヒマ潰しと景気付けにと、ちょいとスロットマシーンを回してみる。
2香港ドル(HK$2)のコインを投入。

ガチャン!……カチッ!カチッ!カチッ!……はずれ。

もう1回。

ガチャン!……カチッ!カチッ!カチッ!……またはずれ。

えぇ~いもう1回

ガチャン!……カチッ!カチッ!カチッ!……またまたはずれ。

…ヤヴァい。

沢木耕太郎氏の小説「深夜特急」のように、マカオで大金をスッてしまうのか

軽く熱くなる。(笑)

何回回したろうか…
そろそろサイフの中の小銭がなくなるという頃、

ガチャン!……カチッ!カチッ!カチッ!……ビンゴーーーーっ

カチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャカチャ…
と、イキオイ良くHK$2コインがいっぱい落ちて来た

現金が落ちて来ると、チョット興奮(笑) 

結局、HK$26を使って、HK$50くらい返って来た。
なので、戦果は上々 倍額だ
仲間も「イイなぁ~~~…」と羨ましそう。

これでかなり気を良くする。
(これがいけなかった…

ニコニコしているうちに、17時頃、船はマカオに到着。

でも、外は雨・あめ・アメ…。

入国審査を済ませ、マカオの港に降り立つ。
我々が最終目的地と定めたポルトガルに、一足先に入国。

そう、マカオはポルトガル領なのだ。
1999年中国に返還された)

つまり、この船は「イギリス発ポルトガル行き」ということ。

…地球の裏側なのにね。

なので、いきなり案内板が「漢字とポルトガル語」の組み合わせに変化する。
(公用語はポルトガル語)

さぁ、英語はもう書いてナイぞ

でも、ポルトガル語を話す住民は、わずか2%ほどだ。
ほとんどは広東語だ

お金もマカオ独自の「パタカ」があるのだが、香港ドルがフツーにどこでも使えるので、わざわざ換金する必要は全くナイ。
逆に、おつり等に香港ドルと混ざってやって来たりする。
すると、それはマカオ内でしか使えないために、再訪しないのであれば、パタカは使い切らないと香港ではただの「キレイな紙切れ」となってしまう。
それをみんなは「はずれクジ」と呼んでいるとか、いないとか。
オラも今まで数回「はずれ」を頂いたことがある

ターミナルビルを出る。

とりあえず、目の前にあるスーパー「八百伴(ぱーっぱっぷん)」に行く。
マカオ一の大きなスーパーだ。
この八百伴、英語では「ヤオハン」と言う。

…そう、あの日本(静岡)のスーパー「ヤオハン」だ。
(日本のは昔に倒産したが。静岡にはまだあるのかな

ヤオハンでマカオの地図を買う。
(この先の中国・広州のも一緒に買った)
そして1階にあるマクドナルドで、3人で作戦会議。

現在地が判らず、隣の人に「今、我々はどこにいますか」と聞いたら、あーだこーだと3人がかりで教えてくれた。
どうやらこの人達も地元の人ではないので、よく判らないらしい…。

中心地まで行くバスの番号まで教えてくれたが、とりあえず徒歩で行くことにした。
倹約するのと、地図上ではそんなに距離がナイので、徒歩でも充分行けると判断したからだ。
(島の裏側まで行っても3Kmほどしかない)

マカオは、縦に並んだ3つの小さな島と半島からなる地域で、北にある一番大きい半島が中心地。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その5・マカオ・カジノで徹夜-0501
(Wikipediaより)
他の2つの島は小さく、何もナイ。

どの島も長~い橋が架かっていて、バスで移動出来る。
空港(右の細長~い埋立地が滑走路)は、1995年に出来た。

結局、現在地は下の地図の上の方に書いてある「外港ごいこん)」だということが判った。

2011年の今では、小さい島どうしの間は埋め立てられてつながってしまい、カジノの乱立等で1996年当時の面影はまったくナイ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その5・マカオ・カジノで徹夜-0502
(2008年当時の地図を撮影)
変わり過ぎだよ…

とりあえず、今夜の宿を探すため、安宿が集まる「火船頭街(ふぉしゅんたうかーい)」へ向かうことにした。
外港とは反対側の、島の裏側(西側)の海沿いの道だ。

ここで市街地の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その5・マカオ・カジノで徹夜-0503
(2008年当時の地図を撮影)
マカオ半島のアップっす

…フェリーで着いた港(外港)
…ヤオハン
…リスボアホテル(カジノ)
…火船頭街

ヤオハンを出て、海沿いの「友誼大馬路(やういー たーいまあろう)」を歩く。(地図のの間の黄色い道)
大馬路」と言うくらい、広い道だ。

左側は全て海で、見晴らしがすごくイイ
ただし、今日は雨なのだが…。
2011年の現在はこの海は埋め立てられ、1つの大きな街が出来上がってしまった…)

歩いている人はほとんどいない…

ほどなく、目立つ建物があるのが目に留まった。

…あ、カジノだ

ここはマカオ一のカジノ「葡京酒店(ぽうきん ちゃうてぃむ:リスボアホテル)」と言う。(地図の
ホテルの一角にカジノがある。

「酒店」は「ホテル」のこと。
では、「葡京」は…
「ポルトガル」は漢字で「葡萄牙(ぽうとうがー)」と書く。
「葡萄牙」の「京(みやこ)」で「リスボア(リスボン)」というワケ。

そう、リスボアは「葡萄(ぶどう)」の都なのだ
ポートワインって美味しいよね

さて、ここでちょうど半分の距離に来た。

軽く歩き疲れたし、興味があったので「チョット寄ってくか」ということに相成り候。
(「深夜特急」を読んだ方なら解るよね(笑))

荷物を預けて中に入る。
(ナゼかカメラだけは持ち込みOK)

…すごい熱気だ。

ちょっとだけ覗くつもりが、相談の結果「ここで徹夜」ということになる。

スロットをやったが、行きの船のようにはいかず、合計でHK$570(7700円)もスッてしまう…。
これはヤヴァい!と思って、いったん外に出る。

外はすっかり夜だった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その5・マカオ・カジノで徹夜-0504
(1996年撮影)
おぉ入口が光ってるぅぅぅぅ

お腹が空いたので、近くの露店で(ガチョウ)を食べる。

まいう~

その後また入場し、地下のバーで「チップくれ」と店員にせがまれたり、すごい美女が全身ピッタリくっつけて来て耳元で「アタシと遊ばない♪」みたいなことを囁いて行ったり、「777」が出たのに、コインを1枚しか入れていなかったので「あたり」(150枚)にならなかったり…

…と、いろいろあった。

楽しかったけど、眠いせいもあって飽きてしまった。
まだまだ夜は続くのに…。
あぁ、ベッドが恋しい。

…ダメだ、もう眠い。
表で座って寝ていよう…。

…でも寒いや。

つづき「その6」はこちらーっ!

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2011年3月 7日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その4:香港・赤柱(スタンレー)~

前回「その3」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは英語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

香港の詳細についてはこちらのシリーズ日記「小心地滑友の会」もご参照あれ。

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 ごあんない 

香港は、5月16日の昼まで滞在したので、もう少々香港ネタにお付き合いいただきたい。
旅を始めたばっかりで金銭的に余裕があったのと、現地在住の友人がたくさんいたので、みんなに顔を合わせるのとで長期滞在して遊びまくっていた日々だった…。

この後に過酷なイベントがたくさん待ってるとも知らずに…。

浮かれているのも今のうちだけだぞーっ

では、スタート

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1996年5月10日(金):くもり

香港(ホンコン:Hongkong)

今日は11時頃に友人宅で目覚める。

そして部屋で1人ゴロゴロ…。
(合鍵ももらってあったし、アパート玄関の管理人のおじさんにも話が通っている)
部屋に置いてあった日本のガイドブック(中国語版)を読みながら時間を潰す。

…さて、出掛けるか。

今日お出掛けする所は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・香港の地図-3803
(2012年当時の地図を撮影)
香港島の裏側なのぢゃ

島の先っぽにある「赤柱(ちぇっちゅう:スタンレー)」まで行く予定ッス~(地図の

14時半に仲間と中環の埠頭で待ち合わせの約束をしていたため、牛乳とバナナ2本を軽く摂っただけで出掛けた。

友人宅は、地下鉄(地鐵:MTR)「九龍湾(かうろんわん:カオルーンベイ)」駅の近くにある。(地図の
このMTRは、どの線も結構地上区間を走るので、この九龍湾駅も地上にある。

地下鉄に乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0401
(1995年撮影)
運転席から外が見えるのか?」っちゅ~くらい、前面窓の小さい電車だ。

側面は外吊り式5ドアの、通勤輸送に特化された車。
2011年の現在は全て新車に置き換わってしまったが、側面の姿はあまり変わっていない。)

この電車、座席がステンレスなので、座ると冷たい…。
(一年中、冷房ガンガンなのだ

おまけに座面がツルツルなので、加減速の度に、コントのように全員が右へ左へ…。
(今思えば楽しい電車だった

中環に到着し、仲間と合流。(地図のの少し上)

ここから2階建て「巴士(ぱーしー:バス)」に乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0402
(2010年に同行の仲間が撮影)
この黄色いバスの2階の最前席をキープ。

最高のビューポイント
(昔は古いバスで非冷房だったので、全ての窓が開いた)

この最前席をキープしたいので、わざわざ始発点から乗車したのだ

バスは複雑な香港の道をスイスイと進む。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0403
(2005年に同行の仲間が撮影)
都心部でも景色はなかなか良い。

高層ビル群の間をすり抜けるように走るので、見ていて飽きない

やがて、島の中央にある長いトンネルを抜け、島の裏側に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0404
(2010年撮影)
こちらは打って変わって、のどかな風景だ。

この周辺は金持ちの豪邸街で、我々が一生働いても買えナイような車(ロールスロイスやフェラーリ等)がたくさん停まっている。
香港は税金がほとんどナイので、金持ち度のケタが違う。

しばらく走って、16時少し前にバスは終点の「赤柱」に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0405
(2010年に同行の仲間が撮影)
のどかな漁村~~~~

ここには「スタンレーマーケット(赤柱市場)」と言う、西洋人相手のアウトレット店が建ち並んでいて、連日、大勢の観光客で賑わう。
ニセモノではなく、本当に工場から流れて来た格安品があるので、良く探してみよう

ここで1時間のフリータイム
買い物には興味がナイ(…というか、これから長期の旅に行くのに買い物なんて出来ナイ)ので、ぐるっとぶらつくことに。

まずは入口から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0406
(2007年撮影)
つきあたりぃぃぃぃ~~~~~~

正面の突き当たりが細い路地との丁字路になっていて、そこにお店がいっぱい並んでいる。

まずは左に曲がってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0407
(2007年撮影)
左側はこんな感じだ。

光景は、2011年の今でもほとんど変わっていない。

この路地をず~っと進むと、海岸に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0408
(2005年に同行の仲間が撮影)
びぃーーーーーーーちっ

香港は狭い土地に密集して建物が建っているため、中心部には埋め立て等でほとんど海岸がナイ。
島と小さい半島で出来た都市なのに…。

なので、こういった砂浜が観られると、ちょっとホッとする
いつも赤柱に来ると、ここを訪れるようにしている。

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別の時期だが、こんな光景にも出会った。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0409
(2007年撮影)
わんわんっ

おじさんが棒を投げると、犬が喜んで海の中に入って棒を取って来る…。
何とのどかな

1996年当時には考えられなかった光景だ。
香港も豊かになったものだ…。
(経済も人の心も)

昔の香港人のペットは「小鳥」がほとんどだった。
犬や猫を飼うという余裕は無かった。

食べていたとか言わないよーに

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この砂浜の左側は、こんな感じだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0410
(2007年撮影)
香港も立派な「南の島」であることを感じさせてくれる場所だ。

…そうだ、「香港」は亜熱帯にある南の島なのだ

ちょっとのんびりした後、今度は来た道を丁字路まで戻って、右側の路地を進む。

すると、こんな場所に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0411
(2010年撮影)
新しい写真なのでだいぶキレイに整備されてしまっているが、こんな風に海岸が望める

さっき歩いたマーケットは、写真中央のイチバン低い建物が並んでいる所だ。

ここは、海を眺めながら美味しい西洋料理が食べられる、パブのストリートになっている。
西洋人達は楽しそうに、ここで昼からビールを飲み語り合っている。

我々は「極貧バックパッカー」なので、今回はスルー。
近くの掘っ建て小屋のような所で、「叉焼麺(ちゃーしうみん)」を食べた。

さて、夕方になってきたので、帰ることに。

帰りのバスは、違う行き先の「北角(ぱっこっ:ノースポイント)」(地図の)行きに乗る。
こちらはトンネルを通らず、細い山道をく~ねくねく~ねくねと、のんびり走る。

峠を越え、島の表側まで来た所で、ハデな建物類が目に留まった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その4・香港・赤柱(スタンレー)-0412
(1995年撮影)
ふぅーーーーーぱう

虎豹別墅(ふーぱう ぴっそい)」と言う庭園で、またの名を「タイガーバームガーデン」と言う

タイガーバーム(萬金油)」というのを聞いたことがあるだろうか
肩こり等の時に塗る、スーッとするヤツだ

それの創設者の別荘で、一般開放しているのだ。
何を表現したいのか、かなりアバンギャルトな色彩とデザインの庭園は、香港観光の「お約束スポット」になっている。

1997年の中国返還前に香港に行った事のある人は、ほぼ100%ここを訪れている。
ほどなく、この庭園は、中国返還を恐れた()創設者が拠点をシンガポールに移して(移住して)しまい、閉園となってしまった。

ここも観ておこうと思ったけど、17時過ぎくらいで店が閉まっていて、人もまばらだったので止めてしまった。
そのままバスから降りずにスルーッと通過

バスは終点「北角」に着いた。(地図の

この辺は香港島の下町といった感じで、色々な商店や市場があって、活気もあり面白い。
少しブラブラと散策する。

その後、北角の埠頭からお船に乗り、対岸の「九龍城(カオルーンシティ)」に行く。(地図の
ここで香港の友達(初日の日本人女性)に連絡を取り、夕飯を食べに行くことに。

ここからバスに乗って向かいたいけど、不慣れな場所に来てしまったため、どのバスに乗ればイイのかよく判らない。
空港の近くなので、「的士(てぃっくしー:タクシー)」がいっぱい走っていたから乗ってしまった

…んで、そのまま、いつも寝泊りしている友人宅のアパート「淘大花園(とうたーいふぁーゆん)」(後述)で降りた。(地図の
ここの1階で、みんなで食事をすることに。

楽しく食事し、近くのKFC(ケンタッキー)に移動してハナシしているうちに、友人が帰って来た。
22時も過ぎたので解散。
友人とともに上階の部屋に戻った。

その後、部屋でボケーっとして、TVを観てシャワーを浴びる。

…あ~、今日も疲れた

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その5」はこちらーっ!

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 おまけ 

淘大花園」とは…

香港ではごくフツーの、高層分譲アパート。
英語では「アモイガーデン」と言う。
この楽しい想い出の場所が、数年後には修羅場と化した…。

…勘のイイ方ならピンと来ただろう。

そう、2003年、あのキョーフの新型肺炎「SARS:サーズ」(重症急性呼吸器症候群)が発生し、香港中に拡散した最初の場所なのだ。
それも友人宅の隣の棟
(この時、友人はもう引っ越していたのでいなかった)

新種の感染症で世界的に拡散し、かなりの人数が死亡した。
当然、この淘大花園(E棟)は10日間の完全隔離処置(住民も)が取られ、全体を完全に消毒した。
(下水管が感染媒体だったらしい…)

いやぁ~、あの大事件が発生した時はビックリした。

だって、全部見たことのある光景がTV画面に映し出されるんだモン…。
ホント、惨事が収まって良かった…。

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2011年3月 3日 (木)

レイアウト日記 ~「続・土手のある風景」の巻~

前回「土手のある風景」からのつづきーっ!

今回も「DCC集合式モジュールレイアウト」編を…。
(「DCC」とは「デジタル制御(デジタル・コマンド・コントロール)」の略称だよん)

全体像は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1201
こちらも盛り上がってますぅぅ~~ぅ

地面のはるか上の土手を走る線路を表現。
タイトルは「土手」になっているけど、正確には「築堤(ちくてい)」と言う。

これは「特攻野郎Bチーム」の公開展示・運転会用に、初期に制作したもの。

この作品は、東京・武蔵野の東村山(ひがしむらやま)辺りをイメージし、時代は「昭和中期~後期(1960~90年)」頃に設定。
つまり「西武線の3ドア車両達が似合う風景」という事

まぁ、こちらも特に場所を限定していないので、全国のどこの線区にも応用が利く作品だ

ボードのサイズは長さ523mm×幅300mmで、地面の高さは40mm、線路の部分は100mm
Bチームの「Nakanaka」隊員の手作り品だ。
本業が建具屋なので、寸法や作りはかなりしっかりしている

線路はKATO製のユニトラックを使用している。
敷設した線路の全長は463mm(248+186+29mmの長さ)で、全てのDCC用直線モジュールがこの規格で統一されている。

路盤(線路部分)は、角材とベニヤ板で、高さが100mmになるように調整してかさ上げ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1202
持ち上げたッス

法面(のりめん)」(土手の斜面のこと)の芝生部分は、段ボールやボール紙を45度の角度で貼り付けてある。
日本の鉄道の築堤は基本的には45度なので、それに合わせている。

築堤に掛かった費用は、わずか30~50円ほど。
全てそこら辺に捨ててある廃材から再利用してある。

エコだねぇ~~~~

石膏や金網なんか使わなくても簡単に出来るよん
それに、すんごく軽量だしぃ~。
(発泡スチロールは経年変化する(歪む)ので、なるべく使用は避けるべし)

築堤の土台が出来たら、法面に茶色い画用紙を貼って、全体的に水性塗料の「マホガニー(こげ茶)」を塗っておこう。
仕上がりがリアルになるよん

塗料が乾いたら、まずは線路を敷設しよう。

線路の固定位置が狂わないように、鉛筆と定規で路盤に位置を書いておく。
線路(道床)の全周を書いておけば、接着する途中でも位置の微調整が出来る

線路の固定は、全てゴム系ボンド(G17)を使用。
道床の裏側にまんべんなくボンドを塗り、鉛筆で書いた線に合わせて路盤に置いていく。

線路が固定出来たら、両端の接続線路が来る部分を灰色で塗っておこう。
そうすると、隣のモジュールと連結した時にも線路間が美しく見える

灰色も塗れて乾いたら、線路間に砂利(バラスト)を撒こう。

線路間の路盤を隠して左右のレールが一体の複線に見せるためだ。
複線用の線路だったら、この作業は不要なんだけどねぇ~。
(これを作った当時には、複線線路はまだ売っていなかった…)

砂利は、KATO製の目の細かい物を使用。
色合いは、線路の製品によっても変わるので、自分の好みでチョイスしよう。

線路の間に木工ボンドを薄めずに塗って(水で薄めたらいつまでも固着しないからダメだよ)、砂利を豪快に撒く。
一日ほど乾燥させて固定出来たら、大きな箱の上でボードをひっくり返して、固着しなかった余分な砂利を落とそう。
箱の中の砂利は、容器に入れて再利用しよう。

もし、レールの側面等にも砂利が付いてしまったら、ピンセット等で丁寧に取り除いておこう。
この作業を省略すると、列車が脱線するぞ

レールの砂利が除去出来たら、お好みでレールに茶色を塗っておこう。
オラは水性塗料の「ウッドブラウン」で、全ての作品のレールを筆で塗っている。
(鉄橋の線路だけは、固定する前に塗ったほうが楽だよ)

レールのつなぎ目は塗っちゃダメだよ
塗料が流れ込むと電気が流れなくなって、車両が走らなくなるからね。
つなぎ目は、塗る前にハンダ付けしておくと安心。
(ハンダ付けに自信のない方は、無理にする必要はありません)

塗料が乾いたら、レールの上面と内側に付いた塗料を剥がしておこう。

目の細かい砂消しゴムが便利
画材屋さんで売っている物が良く、HOゲージ向けの模型用は目が粗くてレールに傷が付くので使わないほうがベター。

この時点で、一度線路をつなげて走行テストをしておくと完璧だ
左右の線路とも、両方向から走らせてチェックしてね。
意外と「逆走時にだけ脱線する」等の現象も起こるので。

線路敷設が万全になったら、法面に芝生を植えよう。

芝生は、緑のパウダー(ウッドランドシーニクス(KATO)製のターフ)を使用。
まずは木工ボンドを薄めずにまんべんなく塗って(水で薄めたらダメだよ)、パウダーを豪快に撒く。
一日ほど乾燥させて固着出来たら、大きな箱の上でボードをひっくり返して、固着しなかったパウダーを箱の中に落とす。
箱の中のパウダーは、容器に入れて再利用しよう。
(他の色や砂利等と混ざらないように注意)

芝生をリアルに見せるコツは、濃淡2種類の緑色を混ぜる事。
同じメーカーのパウダーの濃淡2種類を買ってくれば、極端に色合いが違って安っぽくなるのを防げる。
この芝生も2種類の緑色を使っているよん。

芝生も固着出来たら、築堤の端面に灰色か緑色の画用紙を貼って、単体で観た時もきれいになるようにしておこう。
隣にどんなモジュールが来るか判らないので、展示会で木材丸出しのみっともない端面を見られたくなければ、必ず貼っておくべし
灰色を使用したほうが、コンクリート壁っぽく見えて自然だね
鉄橋の下は、当然ながら灰色の紙を貼ってコンクリート壁を表現しておこう。

ここまで出来たら、築堤の下の地面の制作に取り掛かろう。

ここはお好みで作ってね

…オラは今回もちょいと手抜きした。
(カーブ版と同様「金を掛けない」という方針を貫いたので)

最後に、線路周りのデコレーションと架線柱の設置をしたら、出っ来上っがりぃぃぃぃ~~~

では、詳細を見て行こう。

まずは土手の外側から…と言っても、直線版は何も無いので省略。

土手の内側(上の画像だと右側)を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1203
耕せーーーーーーーっ

この部分は、いろいろ悩んだ挙句、またもや畑にした。
しかも、既製品の畑のシートを貼っただけ。

…えぇ、手抜きです。はい。(笑)

お隣の建物の幅のせいで土手の横に道路が作れなかったので、ここに家が建てられなかったのだぁ~よ。

季節は夏頃に設定したけど、特に細かいこだわりは無~い。

土手との境目の柵は、KATO製品を使用。
ゴム系ボンドで接着してある。

一応、手抜き工事と思われないように、柵の所にスクーターを2台置いてごまかした。(笑)

次に、畑の隣にある建物を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1204
肩まで浸かれぇーーーーーーーーぃ

見事な破風(はふ)造りの銭湯だ

昔は全国どこでも見られた造りだったけど、今ではめっきり減ったよねぇ…。

1980年代頃までは、今のコンビニ並みにあちこちにあったのだが…。
家庭の風呂が普及して激減した次第。
今の銭湯は「家風呂では味わえないゆったり感と多彩な設備」を求めるユーザーのために、かなり楽しい施設になっている。
昔の銭湯なんて、ただ「湯に浸かって、近所のおじちゃん・おばちゃんと世間話をして、牛乳飲んで帰ってくる場所」でしかなかった…。

…あ、この銭湯は「朝日湯」と言うよん
建物はTOMYTECH(トミーテック)製品で、特に改造はしていない。

では、このモジュールのメインである「道路」を見てみよう。
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DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1205
大街道ぉぉぉぉ~~~~う

イメージ的には「東京都と埼玉県の県境辺り」を狙っている。

西武線の「所沢(ところざわ)」駅近辺かなぁ…。
でも、JR中央本線の「八王子(はちおうじ)」駅近辺と言われてもそう見える。

…ま、そんな「ゆるモジ」である

道路は、グレーの画用紙を貼っただけ。
道路のラインは、細い帯のテープを貼っただけ。

テープは、昔で言えば「ICテープ」、今だと「グラフィックテープ」とでも言うのか。
ミリ単位でいろいろな太さのテープがあって色も多く、画材屋さん等で売っている。
特に、0.5mm幅の黄色と白色は道路にお勧め。
銀色金色は車両の帯にも使えるよ

道路標識やガードレールは、KATO製品のパーツを使用。

道路の両側にあるコンクリート壁を見てみよう。
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DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1206
すぢすぢぃぃぃぃ~~~~~~っ

壁面は、車が通過して出来た汚れっぽく、茶色系のクレパスで汚してある。
車の動きに合わせて、横に線(スジ)を書くように汚していくのがポイント

築堤の完成後にスジを書いたので、クレパスを持った手がこの隙間に入らなくて苦労した…
なので、先に汚しておいてから土手に貼り付けたほうが良いかも。

対向車線側も、こんな感じ。
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DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1207
ほぼおんなじぃぃぃぃ~~~~

スプレーでの落書きも書いておけば、もっとリアルだったかな
(実物には書いちゃダメだよ

上に見える鉄橋は、KATO製の単線用を2個並べてある。
色は、濃いめの緑色をかなり適当に筆塗りした。
実物の鉄橋も、古い物は塗膜が厚くなってぽってりしているのもあるのでね

道路にいる「デコトラ」は、缶コーヒーのおまけ。
この当時、コンビニで流行ったよねぇ~~。
一応キープしておいて良かった

やはり、大街道には大型トラック等の「はたらくくるま」が必要だしぃ~
車達も古めの車種を選んで固定してある。

さらに、鉄橋には仕掛けが…
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1208
(原画像が消失したので荒い画像で許してね)
ピッカリ

そう、裏側(矢印の部分)に白色LEDを仕込んであって光るのだ

これで道路を照らすのだ
詳細は後ほどご紹介。

では、道路の左側を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1209
へぃラーメンお待ちぃっ

こちらは商店と住宅が3軒と、真ん中に細い生活道路がある。

この路地を入って行くと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1210
ローカルぅ~~~~~

古い平屋の家と駐車場がある。
都市近郊の街っぽく仕上げてみた。

アングルを変えて見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1211
ここにもいるーーーーーーっ

白い中華屋の壁にも、やはりバイクが…。
今だったら、スーパーカブが売っているから出前用に置けたんだけどなぁ~。

この路地は、駐車場にいる白い車がちゃんと出られるように幅を設定してある。
街道から出入りする時は、ちょっとした運転テクニックが必要そうだけど。(笑)

あれ路地の手前が斜めに曲がっているね。

何故だろう…

そう、ここで隣のカーブモジュールに景色がつながっているのだ
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1212
おぉ、いぇい

どうだいちゃんとつながっているだろう

景色が上手くつながるように、草や家を配置。
モジュールで草の色が違うのは、前回述べた理由(日焼けによる退色)による。

さてさて、このモジュールにも実は結構な仕掛けがしてある。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1213
夜のとばりがバリバリ~~~~っ

…そう、これらも光るのだ

電球色や白色のLEDをそれぞれの建物に入れてある。
建物内を黒く塗ったりアルミテープを張ったりして、遮光や光の反射を調整している。

…私、キレイ?」(…ふ、古っ

う~ん……街灯が欲しいところだけど、運搬や設営時の衝撃を考えると強度的に無理っぽい…。
まぁ、これは夜景の雰囲気をそれっぽく味わっていただければ、それで良い

でも、街灯が無いと口裂け女が…(だからぁ…)

LEDの電源は、線路から取っている。
DCC(デジタル制御)で運転しているので、常時点灯なのが良い
従来のアナログ運転だと、車両を停めたら消えちゃうからね

では朝日湯のアップもご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1214
1時間後に待ち合わせねぇ~~~~

若いファミリーが銭湯にやって来たというシーン。
1時間後に待ち合わせね」と言ってこれから中に入って行くところかな

自販機と車のライトが光っていなーい」と言う奴、表へ出ろ。(笑)

その真っ暗な自動車が走っている道路の鉄橋下は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1215
いい感じぃぃぃぃ~~~~

…あっ、昭和だったらオレンジ色のナトリウム灯にしたほうが良かったか…な
蛍光灯のつもりだと、これでは明る過ぎるしねぇ~。

さて、夜景はこのくらいにして、実際に車両を置いて見てみよう

まずは、下から見上げた状態。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1216
おぉ、いぇい

家のベランダに置いて、太陽光で撮影。

すんごいリアルでしょ
まさに所沢駅周辺って感じぃ~

次は、道路上から見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1217
リアル過ぎるにも程ガァーーーーール

オラ渾身の1枚になった

鉄橋の奥の景色が良いでしょ
借景」というやつだ。
隣の家等が、いい感じで写り込んでいる

実は、人形の配置も結構計算して(ストーリーを決めて)置いてある。
計算と言っても、微分・積分までは使っていないけどぉ。

デコトラの上にある2本の「ツノ」は、東京都庁だ

この時に住んでいた東京・杉並区の部屋は良い環境だった…。
部屋から新宿の夜景が見られたしぃ。

いやぁ~、これで展示会でも土手モジュールが目立つようになった

結構、どんな車両でも違和感無く恰好良く走り抜けてくれる
(画像をクリックすると拡大するよん)
DCC集合式モジュールレイアウト・続・土手のある風景-1218
カッチョエェ~~のぉ~~~

直線の築堤はものすごく簡単に、しかも安く作れるので、ぜひお試しあれっ!!

制作当初の目的だった「武蔵野のイメージ」は他の画像でたくさん再現してあるので、このブログ内や「特攻野郎Bチーム」のサイト内にある「TOPページ画像集」でご覧下され

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…ってな感じです。

いかがでしたご参考になりましたか

では、また~~~

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