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2011年2月 3日 (木)

実物日記 ~「東西の境目、大糸線」~

また古い写真だよん

今回は「大糸(おおいと)」線だ。それもディーゼルカー「キハ」が主役
(客車編はこちらをクリック
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JR西日本「糸魚川(いといがわ)」駅に佇む「キハ52」。
(小田急ぢゃナイよっ!)

1両で、険しい山間部の「糸魚川」~「南小谷(みなみおたり)」間をトコトコ走っている。
今は小ざっぱりした「キハ120」に世代交代。キハ52は昨年春までの運行だった。残念。

普段は専用の短いホーム(4番線)にいるのだが、この時は本線上(3番線)にいるね。
12両以上も入る長いホームに、たった1両でポツーン…。
ホームが異様に長く見える。(笑)

その車内を見てみよう。
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クーラーが付いてからの姿。

近代的なように見えて、実は窓枠下部が木製である
学生の落書き(落彫り?)がすごかった…。

クーラーの性能は「弱弱冷房車」程度。
正直、窓開けてトンネル内の冷気を入れたほうが、はるかに涼しかった。

では糸魚川を出発
列車はてろてろ走って小さな駅に到着。
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平岩(ひらいわ)」駅でプチ休憩中の列車。
対向列車の交換待ちだ。

乗客も、外の空気を吸いにのんびりホームでくつろぐ。
ゆっくりとした、のどかな時間だ…

お、対向列車(糸魚川行き)が来たゾ
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う~ん、小田急。(笑)

こんなのどかだが、大雪や台風の日はトンでもない景色へと変貌する。
それほどこの区間の自然環境は厳しい…。

この辺一帯は西日本と東日本の境目。
JRの境界もそうだが、地層もそうなのだ。
フォッサマグナ」というのを聞いたことがあると思う。
早いハナシ、地面の巨大なプレートどうしがぶつかり合ってる場所(境目)なのだ。
それゆえに、いろいろと自然災害が多い場所でもある。

その反面、車窓の眺めは絶景だ
こんなにワイルドな所はそうそうナイ。

そうそう、この平岩駅までが新潟県だ。奥はもう長野県
現在は、写真の列車が入線してきている線路は撤去されている。
ココも単線の駅になってしまった。

列車は険しい渓谷のはじっこを、トンネルで隠れるように進み、やっとこさ南小谷駅に到着。
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南小谷駅に進入する列車。

この駅から南はJR東日本の管轄だ。
JR西日本は、この写真の奥の線路にある架線柱が終わった辺りからが管轄だ。

松本~南小谷までは電化されていて、一応この駅の北側本線上にも、入換用に600mほど架線が張られている。
その先の糸魚川までは、トンネルも小さい「ディーゼル車両」だけの世界だ。

私はこの非電化区間が大好きで、たまに通っていた。
だが、年々列車本数が減り、もはや気軽に乗車できる状況ではなくなってしまい、それ以来足が遠のいていた。
(2009年12月と2010年1月は大雪で断念…コチラを参照

しかも、まもなく開業する北陸新幹線が開通した日には、この非電化区間が廃止されてしまうというウワサも聞いた。
…確かに、現状ではバスで充分だ。

こんな斜陽な路線だが、昔は元気だった
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南小谷駅に進入してくる、当駅止まりの列車。「キハ58」だ

…そう、キハ52になる前は、キハ58が走っていたのだ。(国鉄だよん)
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ホームから出発する糸魚川行き列車。

…ね?キハ58でしょ。それも2両編成
この非冷房キハ58×2両ってぇ~のが、お子様心にカッコイイと思った。

まぁ、この時代、信州には(急行列車の間合い運用以外の)「普通列車の冷房車」なんてモノはいなかったが。
となりの115系も冷房準備仕様のままだ。
それだけ昔は夏でも涼しかったってコト。

115系の横っ腹に貼ってある白っぽいものは「さわやか信州」キャンペーンのステッカーだ。
長野鉄道管理局の115系には全て貼ってあった。

余談だが、国鉄時代の「境目」は、県境と同じ「平岩(ひらいわ)」駅だった。
松本から平岩までが「長野」鉄道管理局、平岩から先が「金沢」鉄道管理局となっていた。
昔発売されていた「信州ワイド周遊券」も、平岩駅の1コ手前の「北小谷(きたおたり)」駅までがフリー区間だった。
なので、意味も無く、何も、ホントに何も無い北小谷駅で降りたことがある。
で、すぐ来た上り列車に乗って折り返した記憶が…。(それ一度きりでやめた:笑)

最後に…
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南小谷以南を走るキハ58。
信濃森上(しなのもりうえ)」駅だ。キハは「信濃大町(しなのおおまち)」行きだ。

昔は、信濃大町駅までフツーにキハがやって来てた。
編成も2~3両だったような…。
昔の本を見ると、「キハユニ26」なんていうリーサルウェポンが写っている

余談だが、この駅の左側(3番線)に、急行「くろよん」が昼寝していたのを想い出した。
大阪(名古屋)から来た、湘南色の167系4両だった記憶が…。
(松本で急行「ちくま」から分割した付属編成)
あぁ、なつかしや~

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…あぁ、北陸新幹線が出来たら、キハのすべてが「想い出」と化してしまう。orz
年内にまた行っておこう
最後の「日常なう」を撮りに…。

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コメント

かつては2~3両編成で、最近までキハ52単行、今やキハ120でもまかなえるだけに、遂に廃止の危機になってしまった。

もし95年の災害不通が最近起きたら、間違いなく再生しないだろうな。JRの商売から見て。

投稿: 二足歩行 | 2011年2月 5日 (土) 17時25分

いっそのこと、思い切って電化してJR東日本に売り渡してしまってたほうが良かったのでは…
新宿発糸魚川行きの特急が走ってれば、少しは需要が増えてたと思うのだが。

投稿: まりりん | 2011年2月 5日 (土) 20時28分

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