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2010年10月21日 (木)

プチ旅日記 ~「武蔵五日市駅1995」その2~

前回「その1」からのつづきーっ!

今回も、いにしえのJR東日本の五日市線「武蔵五日市(むさしいつかいち)」駅のご様子を

先日、グーグルで「武蔵五日市駅」で画像検索したら、昔の地上駅時代の写真がたったの「2枚」しかヒットしなかった。
なので、「これは世間のみなさんのためにもアップせにゃならぬぅぅ~~っ」という訳で、急遽特集した次第

五日市線の終点にあるこの駅は、1996年に高架駅化された。
これはその直前の、地上駅時代最後の写真だ。

さて、続きをば。

今回は東京(拝島)寄りのお姿をご覧いただこう。

まずは、1番線の車止め位置からホーム先端部分を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8201
みぢかいぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

この駅は、名目上は「島式ホーム1面2線」なのだが…
…まぁ、こんな感じで、実は島式ホーム部分は1両分(約20m)ほどしか無い。
その先に、延長した1番専用の対向式ホームが2両分ある。

…あれ3両分しかないじゃんと思った方、大正解(笑)

…そうなのだ。

実は、1番線ホームには3両編成までしか停まれないのだ。

なので、現在の4両編成の103系・201系は、東京寄り1両が半分(10mほど)はみ出た状態のまま停まっているのだ。
もちろん、はみ出た車両のドアは締め切り扱い。

昔の101系時代は、中央線からの直通列車は3両編成だった。
特別快速の「あきがわ」号が代表的。
なので、ぜ~んぜんモウマンタイ(無問題)。

ちなみに、2番線は101系基本編成(7両)に合わせて、しっかりと7両分ある。
今は全て6両編成だね。(103・201・E233系)

1番線って、もしかしたら17mの旧型国電(クモハ11など)は4両停まれたのかもしれない…
…まだ生まれていないので、見た事も無いけどぉ~。

そして、右側に停まっているバス群は「西東京バス」だよん。

懐かしいねぇ~

余談だが、昔の京王バスもこれと全く同じ塗装だった。
西東京バスは京王バスの子会社なので同じ色だったのだが、親分の京王バスが3回も塗装変更してしまった。
なので、本来、京王オリジナルだったこの塗装が、西東京バスで生き残った…という訳。
現在、西東京バスも色が変化しつつある。

では、1番線ホームの先端に行ってみよう。

ギリギリ行ける所まで進んで、撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8202
ごく普通ぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

これといった特徴の無い、ごく一般的な線路(ポイント)配置だ。

1番線に停まった4両編成は、写真中央部(正面手スリの右横)にある地面の黄色い横線まではみ出ていた。
この黄色い線が、車掌が見る停車位置目標だ。

…これだけの距離ならば、もう少しだけホームを延長すれば良かったんじゃなくね(笑)

まぁ、ホームの幅や接触限界等の規定があるからねぇ~。
無理だったのでしょう。

右奥の架線柱に、運転士用の「戸ジメS入」の標識(看板)があるね
(乗務員室に、先頭1両分のドアが開かないようにするためのスイッチがある)

…おっ、2番線に電車がやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8203
う~ん、ローカル

この時代は、日中の運用は4両編成で、朝夕の通勤時間帯は6両編成もやって来た。

では、駅の外に出て、新規高架線との関連部分を観に行こう

駅構内になるべく近い道を、てくてく歩く。

見通しの良い高台に来たぞ。

高台から観た従来の線路は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8204
ふみきりぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

電車のお顔の所に踏切があるねぇ~。

この踏切の道路は「秋川街道(あきがわかいどう)」と言い、左に進むと青梅(おうめ)市内へ抜けられる重要な道だ。

そして、奥の左右に伸びている土手(築堤)は昔の線路跡で、通称「岩井支線(いわいしせん)」と言った。
途中に「大久野(おおくの)」駅があり、終点には「武蔵岩井(むさしいわい)」駅があった。
セメント工場の貨物列車を運ぶ為に造られたが、旅客輸送も行っていた。

新しい高架線は、踏切横に停まっている白い車の辺りを通るように工事中。
現在の高架線に接続している上り勾配のアプローチ部分(この写真だと右奥)は、この廃線跡の土手の一部を再利用したものだ。

ちょっとアップで。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8205
あるばいとぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

この201系電車は、お顔の左上部分に「85H」と表示されているから、中央線快速用の武蔵小金井電車区所属の編成だという事が判る。
(中央線用車両のアルファベット表示は、「A」が三鷹電車区、「B」が中野電車区、「H」が武蔵小金井電車区、「T」が豊田電車区、「M」が長距離(甲府・松本方面行き)用や臨時列車等になっている。青梅・五日市線用の車両は無表示)
午前中に都心(東京駅または新宿駅)からやって来た直通列車が、夕方のご帰還まで五日市線でアルバイト(「間合い運用」と言う)しているようだ。

踏切に行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8206
う~ん、ローカル

子供の頃から変わっていないであろう光景だ
あとしばらくで、線路左側の木々の辺りに高架線がやって来る。

遮断機をよく観てみると、大型トラックやセメントホッパー車対策に、遮断棒が2段になってるのが見えるね
ここは左の山中に石灰石(セメント)の鉱山があるので、重量級のダンプ達が、激しく往来するのだ。

奥に見える岩井支線が廃線になったので、それ以降は自動車で輸送している。
(岩井支線の貨物輸送は1982年11月14日まで。旅客輸送は1971年1月31日まで)

このまま右を見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8207
かんしちうぅぅぅぅぅ~~~~~~っ

むりやり突っ込んで来て遮断棒を折るダンプ等を監視しているようだ。

さらに右を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8208
ダブルでガァァァァァーーーーードっ

こちらも、遮断棒が2段だねぇ~。

道路の歩道から撮ったら、何かゴチャゴチャした構図になっちゃったねぇ…
(車道に出たらダンプに轢かれるしぃ~

もっと右を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8209
絶賛工事ちうぅぅぅぅ~~~~~~っ

旧線と新線の位置関係が良くお判りいただけよう

軽くアップで。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8210
踏切制御器ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

間もなく消えゆく踏切の、「想ひ出の参考資料」として見てくだされ

最後に1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京・武蔵五日市駅1995その2-8211
のびゆくしんせぇぇぇ~~~~~~ん

伸びゆく新線」的な、わくわく感をイメージさせる1枚。

東京の中でも田舎臭かったこの線も、やっと近代化されるのか…と。(笑)

現在の武蔵五日市駅は、新しくきれいになって使いやすくなった。
だけど、個人的には「何の味もない小奇麗な終点の駅」になってしまった。

快適に利用するなら今の駅、模型化するなら昔の駅。

…という感じかな。

小さい頃、ハイキングや河原のBBQ等で、さんざん通った地上駅。
そりゃぁ~、「思い入れ」っていうのもありますからね

西東京バスの車掌さんとのやり取りも、今や昔話ですよ…。
(東京都内で最後まで車掌さんがいた)

これらの写真、何かの参考になれば幸いですぅ~~~~

では、またぁ~~~

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コメント

あきがわ号って3両だったっけ。
小6の遠足で駅近くの川原でBBQやったのに使ったと。
駅には丸目2灯のバスが現役で走っていた。ナツカシス。
それから15年後、温泉施設に向かうエセSL列車バスを見たのはこの駅だったか?
その時は武蔵岩井まで歩いてみた。ホームが残っていた。

それを最後に15年、行っていないorz。

投稿: 二足歩行 | 2010年10月21日 (木) 12時51分

101系は3両でした。

エセSLはこの駅から出ています。

廃線跡っぽい所を横目にバスは走っていたので歩いてみたかった記憶が・・・
今度改めて訪れてみようか・・・な?

投稿: まりりん | 2010年10月21日 (木) 14時22分

現地住民です。
素敵な画像たちをありがとうございます。
車庫につき通行禁止の看板が懐かしいですね。

3分間は開かない踏切、狭すぎるロータリーは解消されたのは嬉しいですが、この雰囲気も失われたのは残念ですね。

投稿: | 2013年12月19日 (木) 00時13分

★ 現地住民さん

コメントありがとうございます

子供の頃、この駅周辺で遊んでいたのが懐かしい…

今行っても、まるで違う駅になってしまったので、まだ親しみが湧きません。
駅前広場を一歩出ると、昔ながらの雰囲気が残ってるのですがねぇ~。

五日市街道も、拡幅されて立派になりすぎてしまいましたね。

投稿: まりりん | 2013年12月19日 (木) 10時15分

こんにちは。私も地元住人です😊。五日市線を検索してこちらを拝見しました。ほんとに懐かしいです。あれからもうずいぶん経って、以前の駅を知らない人の方が多くなってしまいましたね。

ところで、ひとつお願いがございます。今度公民館の街歩きイベントで昔の五日市線のことを解説するのですが、そのときにまりりんさんの写真をご紹介したいので、ダウンロードして使わせていただけないでしょうか。古い写真はあっても、現在の高架と両方を一度に見られる写真は初めて見ました。これだと、昔のことは知らない人でも現在と比較しやすいですよね。どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: dodoko | 2020年3月20日 (金) 09時55分

★ dodokoさん

はじめまして。
当ブログをご覧いただきありがとうございます。

こんなチャチな画像でよろしければ、どうぞお使いくださいませ♪
その時に、このブログの宣伝もしていただけると嬉しいのですが。(^^;)

私のブログは「資料館」的に作っておりますので、まさに今回はピッタリな活用法です★
是非是非、よろしくお願いいたします!(^o^)

投稿: まりりん | 2020年3月20日 (金) 11時04分

まりりんさん、ありがとうございます!
早速お返事をいただいたのに、出かけていて確認遅れて申し訳ありません<(_ _)>
ご快諾いただきうれしゅうございます\(^o^)/。
当日はプリントするかiPadで表示して、みなさんにご覧いただきますね。
もちろん、こちらのブログもばっちり宣伝する予定です(^o^)。
ありがとうございました!!

投稿: dodoko | 2020年3月21日 (土) 10時29分

初めてご連絡をさせていただきます。私、現在「スイッチバック」の書籍を制作中でして、そのなかでまりりんさんの写真(武蔵五日市駅の高架化途中の写真)を使用させていただければと思っております。詳細はメールでやり取りをさせていただければと思いますが、ご無理なき範囲でご検討のほど宜しくいたします。

投稿: TETSUHEN | 2023年11月17日 (金) 21時44分

★ TETSUHENさん

はじめまして。
…と言うか、貴サイトは拝見した事がございます。
武蔵五日市駅の写真、どうぞお使いくださいませ。
出来ましたら、当ブログのURLもご記載くださいますようお願い申し上げます。

投稿: まりりん | 2023年11月18日 (土) 05時16分

まりりんさん、早速の快諾のお返事ありがとうございます。詳細に関してご相談できればと思っております。お手数ですがメールいただけると幸いです。

投稿: TETSUHEN | 2023年11月19日 (日) 03時13分

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