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2010年9月16日 (木)

実物日記 ~「ウグイスな103系」~

古い写真のコーナーだよん。

今回は、国鉄とJR東日本の「黄緑(ウグイス)色の103系電車」だ

それも、全て仲間からの「もらい物」の写真だ。(笑)
(…て、手抜き

時代的には1980~1990年代だと思われる。
(国鉄の末期とJRの初期の頃ね)

まずは一発目。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1001
東京の顔ぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

国鉄時代の「上野(うえの)」駅に進入する、山手線(やまのてせん)の内回り電車。
右の奥が上野公園(京成電鉄の上野駅)で、「不忍池(しのばずのいけ)」等がある。

時代的には、駅前を大量のイラン人が徘徊していた頃かも。
(もはや日本ではないくらいに、とにかくイラン人に占拠されていた)

この写真で1つ気になるのは、先頭車の左横にある信号機だ。

この当時はすでにATC(「自動列車制御装置」の略で、運転席の速度計に、今の区間で走れる最高速度が表示される仕組み)になっていたよねぇ…
何で信号機があるんだ
しかも、これ、光っていないよねぇ

もし信号機を使用していないのであれば、信号機のお顔に白い「×」印を貼り付けるか、お顔を90度横に向けてしまうように、規則で決まっているのだが…。
(鉄道では、点灯していない信号機は「停止」という意味になる)
山手線と京浜東北線のATC化の時は、廃止する信号機が大量にあるから、特例でこうしていたのかな…

お次は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1002
これが本当の山手線~~~~~~~っ

五反田(ごたんだ)」駅に到着する、外回り電車。

JR化後の、すぐの頃だね。
今とほとんど景色が変わっていないのでは

ちなみに、正式な「山手線」の区間は「品川(しながわ)」駅~「新宿(しんじゅく)」駅~「田端(たばた)」駅間だ。
田端駅~「東京(とうきょう)」駅間は東北本線で、東京駅~品川駅間は東海道線だ。
なので、五反田駅は「本当の山手線の駅」と言えよう

この写真の編成は、中間車の「モハ(電動車)」2両だけ非冷房車だ。

この時代にはよくあったパターンで、先頭から3~4両だけ冷房車だった。
10両全てが冷房車」というのは、貴重な存在だった。

この編成は、今の「弱冷房車」の先駆けだね(大ウソ)

前から4両目の「サハ(モーター無しの付随車)」だけ、色が褪せているね。

この時代までは、全国的に車両(電動車は2両ユニット)単位で塗装や検査(自動車で言う車検)をしていたので、編成内で色が結構バラバラだった。
電車区(車庫)では、しょっちゅう編成内の車両の差し替えをしていた。
その後、JRになってからは大規模な転配も無くなったので、合理化の為に編成ごとに検査をするようになり、編成で色合いが統一された次第。
(…と言っても、車体が銀色(ステンレス)化してしまったので、色の差など、帯以外は判らなくなってしまったが)

当時の鉄道模型のNゲージ車両を単品で購入した時の、生産ロットによる色の差なんて、かえってリアルになって気にならなかったのだが

さてさて、もういっちょ。
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東京「ウグイス色の103系」-1003
(1988年6月26日撮影)
ばいばいきぃぃぃぃぃ~~~~~~ん

山手線での「103系さよなら電車運転」の時の、外回り電車。

おそらく、東京駅に進入する姿だろう。

この少し前に、山手線に銀色の205系が登場した時は、あまりの快適さに大喜びした
山手線の「狂気のラッシュ」に、103系のようなコイルバネの台車では、乗り心地が最悪だったのだ。
おまけに、ブレーキ時に車輪表面に「フラット(欠け)」が生じると、車体全体が「ダン、ダン、ダン、ダン…」と車輪の回転に合わせて細かく振動する。
そうなると、乗り心地は貨車とほぼ同じ。
歯が痛い時なんて「殺人凶器」だったね。(笑)

ところがこの山手線の103系、この後さらに我々を不快にさせてくれようとは、この時はまだ誰も気が付かなかった…。

…で、その後の「最終兵器」のお姿をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1004
最恐・最凶・最叫せぇぇぇぇーーーん

国鉄末期の、東北新幹線とほぼ同時に新規開業した「埼京(さいきょう)」線に転属した後の姿で、「池袋(いけぶくろ)」駅でのシーン。

ヘッドマークには「埼京線・川越線電化 祝 開業」と書いてある。

まだ「池袋」駅~「川越(かわごえ)」駅間のみの運転だ。
(新宿駅までは開業していない)

同じ列車の、停車時のお姿をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1005
ひろびろぉぉぉぉぉ~~~~~~~ぅ

1番線に佇む「快速 川越」行き列車。
今で言うと、3番線だ。

まだ湘南新宿ラインのホームは無い。
…って言うか、このホームは埼京線用に造られたばっかりだ

埼京線になる以前の「赤羽(あかばね)」線の頃は、現在の8番線(東武東上線の隣の線路ね)から黄色い103系が発着していた。

左奥に停まっているのは、西武池袋線の特急「レッドアロー」号(5000系)だ。

103系とレッドアローの間には、貨物線(貨物駅)があった。
現在の1・2番線は、このスペースに造られた。

国鉄時代は、お隣の「板橋(いたばし)」駅まで貨物列車が走っていた。
列車の留置線(電留線)は、その貨物用スペースに造られた。

お次は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1006
関東甲信越小さな旅ぃぃぃぃ~~~っ

赤羽駅に到着する下り列車。

この列車は、昔の赤羽線そのままの区間の運用だ。
池袋駅から、僅か3駅で終点となる。
でも、これが無いと田端駅経由で大回りしなければならないので、何気に重要な路線だった

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…で、この103系を「最終兵器」と呼ぶゆえんだが。

池袋駅~赤羽駅以外の区間では、今までになかった高速(時速95Km)で飛ばすようになった。
当時の山手線の最高速は75Km
(余談だが、埼京線への転属時に、運転席のスピードメーター周りのATC速度表示機に「100」を追加改造した。
103系は「最高速度100Km」と言っているが、実際には90Kmあたりから一向に加速出来ない 

すると、103系の中でも比較的新しい仕様のモーターを搭載した車両は、中速域から金属的な「キィィィィーーーン」という音を発生しだす。
この、戦闘機にも似た爆音が、沿線住民やホームの待ち客を悩ませた。
(今の201系が近い音を出しているような…)

高田馬場(たかだのばば)」駅で西武新宿線を待っている時に、この爆撃をよく食らっていた。
隣の人や公衆電話の会話が、全く聞き取れないのだ。

205系(後期型)になってかなり改善されたが、どうした訳か、また戦闘機バージョンのモーターを搭載した205系が登場した。
まぁ、これは当時、社会的にも結構話題(ニュース)になったものだ。

東北新幹線が上野駅まで延伸する時に、沿線住民が「騒音が増えるから反対っ!!」と建設反対運動を起こした。
国鉄は延伸工事の見返りとして埼京線を並行させて開業させることで、住民との決着が付いた。
ところが、いざ開業してみると、新幹線の騒音はごく僅かで、並行している埼京線の103系の方が何倍もうるさい。

…本末転倒じゃない

まぁ、駅が出来て都心に直接行けるようになったメリットはあったのだから、我慢するしかない…か。
2023年追記:埼京線車両がE233系になってからは劇的に静かになったので、この騒音問題は収束したと思われる)

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さて、最後におまけを。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1007
景色がひろびろぉぉぉぉ~~~~~ぅ

オラの日記では既出だが、総武線の「本八幡(もとやわた)」駅付近を走るウグイス色の103系。

…と言っても、両先頭車だけ黄緑だったのだが。
中間車の8両は、全て総武線オリジナルの黄色(カナリア色)になっている。

しばらく(2年間くらい)はこの姿で走っていたので、記憶にある方も多いはず。
1985~1986年頃だと思われる)
この混色編成は、昔の赤羽線を髣髴させる姿で、個人的には結構気に入っていた。

あ、右奥の「クモユニ74形」は気にしないよーに
(気になる方はこちらをクリック

この逆の組み合わせは、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「ウグイス色の103系」-1008
うぐいす餡サンドぉぉぉぉ~~~~ぅ

武蔵野線の「府中本町(ふちゅうほんまち)」駅の折り返し線に停車中の、混色編成。

これは、武蔵野線の103系化に関連して、首都圏の各路線からかき集められた時のもの。
オレンジ色への塗装変更が間に合わなかった車両は、このようにカラフルな編成となった。
103系の5色が全て転属して来たので、編成ごとに色々な組み合わせがあって、面白かった

今回は、こんなところで~。

では、また~

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 おまけ 

各色の車両の日記はこれらをクリック

あおここをクリック
きいろここをクリック
オレンジ色…(101系・103系・201系)該当の形式名をクリック
灰色ここをクリック

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コメント

103系編成の中間数両が非冷房だったのはよく覚えていますよ。
夏の暑い日にあえて乗ったこともあるからね。

その中には900番台なんかも組み込まれていて、山手線が205系に置き換わって果たしてどうなるか、と思いきや埼京線で平成になってからも使われ続けた。後で造られた101系最終型なんかとっくになくなっていたのに。

103系って、たしか全車両JRに移管されたんだっけ。

投稿: 二足 | 2010年9月17日 (金) 18時41分

103系は、事故廃車以外ゎ全車移管されたと思います。
(老朽廃車は昭和63年度後半から)
※ 仙石線で105系に改造されたヤツは「国鉄最後の日」に落成してるそうな。なので、コイツを絡めると…

900番台(901・902の2ユニット)は、非冷房のまま冷房車の中間(5・6号車)に閉じ込められて埼京線で爆走してたような気が…。
んで、キョーフの「910番台」編成だけは、クハのとなりのモハユニット(911・913)だけ冷改されて、編成ごと山手線に最後の最後まで居座ったッス★
ピッカピカのステンレスキセのAU75クーラー積んで出場した時はビックリしたもんだ。
「・・・ついに禁断のコヤツにも、おクーラー様が搭載された」…と。
誰がどう見ても(一般人から見ても)ボロい車体(編成)だったからなぁ…。
912のユニットだけクーラーが搭載されてなかったのは、さすが「国鉄」♪(笑)

非冷房時代、両端のクハ(ATC車)は、クーラーがあるにも電源装置がナイので使用できず…orz

それで、モハ102-911と913は、別の古めの一般型モハ103とユニットを組みなおして浦和区と豊田区に…(古めのモハ102-0は廃車。912は電装解除されてサハに)
モハ102は冷房車、相手のモハ103は非冷房車という変則ユニットが登場した。
(後にモハ103も冷改されたが、分散型クーラーを搭載されたので、またまた変則ユニットに…)
モハ103-911~913は、制御機が1000番台と同じような特殊タイプなので一般車とは併結に問題アリだったので、サハ化されて常磐線あたりにブッ込まれたような…
(どちらもほどなく廃車されたが)

・・・あぁ、なつかしや。900番台シリーズ


…ちょっとまぢで調べちゃった♪(てへっ)

投稿: まりりん | 2010年9月18日 (土) 02時05分

山手線の103系というと国電の中でも定番中の定番といった存在でしたが、JRマークのついた姿はJR化から1年ほどしか見られなかったことから何か新鮮な印象を感じます。

投稿: kaipan | 2023年11月25日 (土) 22時33分

★ kaipanさん

…そういえば、山手線のJR103系って短い存在でしたよねぇ~。
JRマークが付いていると、埼京線のイメージが…。
(横浜線という感じは個人的にはしませんが。(^^;))
サハにクーラーが付いているかどうかで、冷房車の混雑率が変わっていた記憶があります。(笑)

投稿: まりりん | 2023年11月26日 (日) 20時50分

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