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2010年5月10日 (月)

実物日記 ~「奥多摩の貨物列車1986」その1~

今回は、昔のお写真をご紹介しよう

場所は、東京都の西の秘境、青梅(おうめ)線の「奥多摩(おくたま)」駅だ。

奥多摩駅が、どれだけ秘境にあるのかというと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1001
(2023年のグーグルマップより)
の位置ね

…奥多摩駅
…青梅駅
…拝島駅
…立川駅
…登戸駅
…浜川崎駅
…羽田空港
…新宿駅

羽田空港()が東京都の南東の端っこで、奥多摩()は北西の端っこだ。

新宿(しんじゅく)」駅()から電車に乗っても、1時間半は掛かる。
乗り換えのタイミング次第では、2時間も掛かる辺境の地だ

今回ご紹介するのは、この秘境から羽田空港の近くまでを走る貨物列車だ。

奥多摩駅()から青梅線を「立川(たちかわ)」駅()まで走り、そこから南武線に入って「登戸(のぼりと)」駅()を経由して「浜川崎(はまかわさき)」駅()まで行く列車だ。
浜川崎駅からは、神奈川臨海鉄道の貨物線を走って、近くにある「水江町(みずえちょう)」駅まで行く。
(水江町駅はの右横にある島の中ね)

起点から終点まで、ほぼ多摩川沿いに走る列車で、石灰石を運んでいる。
元々は、青梅線も南武線も私鉄で、この石灰石輸送の為に造られた路線だ。
石灰石以外にも、甲信地方への石油や米軍横田基地へのジェット燃料等も運んでいる。

まずは、1990年代中頃に撮ったお写真をご紹介しよう。

1992年~1998年の間である事は間違いないのだが、はっきりした日付は覚えていない…
画像データ上では「1997年9月28日」(日曜日)となっているのだが、本当にそうかは判らない。
(多分、当たっていると思うけど~)
当時のガラケーで撮った物なので、画像が粗いのはご容赦を。

当時の奥多摩駅は、こんな感じだった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1002
急カーブぅぅぅぅぅ~~~~~~~っ

戦時中、山間の狭い土地に急いで造ったので、駅全体が急カーブになっている。
現在でも急カーブなのは変わらない。

ここから右に視線を移すと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1003
ろくよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ん

狭い土地の割には広大な貨物ヤードがある。

ちょうど、EF64形1000番台の機関車が石灰石の貨物を運び出そうと準備している状態だ。

ここから後ろに振り返ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1004
ここから始まるぅぅぅぅ~~~~~っ

多摩川河口までの長い旅は、ここから始まるのだ

右側の2線が電車ホーム用で、左側にあるのが貨物ヤード用だ。
現在では、右側の2線以外は撤去されて駐車場になってしまった…
(貨物列車の運行は、1998年8月で終了した)

では、駅構内の奥に行ってみよう。

ホームをテコテコ歩いて、反対側の端っこに到着ぅ~
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1005
ここでおしまいぃぃぃぃ~~~~~っ

電車線は、ホームの端っこ部分で終わっている。
貨物線は、中央奥に見えるトンネルのような部分まで続いていて、そこに貨車を押し入れて、頭上から石灰石を貨車に積み込む仕掛けになっている。
石灰石を貨車に積む時は、町中に大きな「ガラガラじゃらじゃら」という音が響くほどで、この町の重要な産業(存在)である事を象徴している。

この工場の裏側と、さらに奥にあるトロッコの線路を見たい方はこちらをクリック
2015年4月の訪問で、全4回シリーズ)

ちょうど右側に、石油貨物列車が停まっているねぇ~。
ちょいと見てみよう

まずは機関車ちゃんをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1006
ぺったんこぉぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ

このディーゼル機関車、ずいぶんと背が低いねぇ~。
頭がぺったんこだ

上の写真にあった、奥のトンネルのような所に入るので、背が低く抑えられているのだろう…
前面が、石灰の粉で真っ白だね

台車は、アメリカの貨車が履いているような簡素な造りで、乗り心地は良くなさそうだ…
まぁ、本線を走る訳ではないので、この構内の移動だけだったらこれでも充分なのだろう。

続いて貨車ちゃんをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1007
ぽってりんこぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ

こちらは逆に、丸々としたぽってりさんだ
この石油貨車は「タキ9900」形と言い、お腹が膨らんでいるのが特徴。
全国で見られた一般的な車両で、形式名が違う仲間も多い。
(形態はほぼ同じなので、よく見ないと違いが判らない…

この車両は「タキ49636」君だ。
タキ9900形グループは車両数が多いので、番号の付け方が複雑で難解なのよ…

後ろには、これから発車する石灰石列車がいるねぇ~。
(形式名等は、後ほどご紹介

この時のオラ、この列車に乗って帰ったようだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1008
ホリ快ぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

ホリデー快速・おくたま号」だ。

土休日に、新宿駅()から奥多摩駅まで直通で来る快速(特別快速)列車で、3往復ほど走っている。
途中の「拝島(はいじま)」駅()で、「武蔵五日市(むさしいつかいち)」駅発着の「ホリデー快速・あきがわ号」と分割・併合する。

今停まっている列車は新宿行きで、拝島駅までは6両編成で走り、その先は10両編成となる。

青梅線内は「奥多摩)」「御嶽(みたけ)」「青梅)」「福生(ふっさ)」「拝島)」「立川)」駅のみにしか停車しないが、追い越しをしない(出来ない)ので、実はそれほど速くはない。
ただ単に「各駅には停まらない」という程度だ。
中央線内は特別快速と同じ走りをするので、カッ飛ばすわよん

…さて、ここまではJR時代のお話し。
ここからは国鉄時代よん

時代を1986年まで戻りましょ~~~う

学校の趣味仲間と一緒に出掛けた時のものなので、多分1986年だと思う。
もしかしたら1987年の可能性もある…

まずは、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1009
雪景色ぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

雪が残っている寒い中、川崎の臨海地区から空車で戻って来た石灰石列車だ。
4枚目の画像と同じアングルだね。
機関車は「EF64-1047」号機で、この子のグループは、国鉄では最後の製造とも言える、期待の新車だ
(国鉄最後の新製機関車は「EF64-1053」号機で、その後はJRになるまで6年以上も新製されなかった)

この頃の青梅線を走る電気機関車はEF64形1000番台が主流で、何故か群馬県の「高崎(たかさき)」駅に常駐している上越線用の機関車が使われていた。
すぐ近くを走る中央線所属のEF64形0番台は、以前に使用していたが、期間はそれほど長くはなかった。

同じ「EF64」形でありながら、0番台と1000番台ではお姿が全く違う。
性能は同じなのだけど、1000番台の方がお洒落さんだ

では、後ろにつながっている石灰石用の貨車を見て行こう。

はじめに、この貨物列車の一番おしりにつながっていた子から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1010
赤ホッキぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

この貨車は「ホキ2500」形と言い、国鉄所属の車両だ。

車番は「ホキ2628」で、車体の左側に「西」と書いてあるので「東京西鉄道管理局」所属という事になる。
2023年追記:現在のJR東日本の感覚で言えば「八王子支社」のエリアに近い)
常備駅は奥多摩駅なので、ホームグラウンド(我が家)にいる事になる。

車体が赤系のレンガ色なので、通称「赤ホキ」と呼ばれている。
関東・中部・中国地方で見られる車両だ。

ちなみに、ホキ2500形の私有貨車版は「ホキ9500」形と言う。
奥多摩には、ホキ9500形も同居している。
お姿は全く同じで、車体の標記を見なければ判別出来ない。
これは、次回のその2でご紹介しよう

余談だが、この日は寒かった…

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1011
真っ白ぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ

一面、雪で真っ白だ。
降ってはいなかったものの、風はかなり冷たい。
同じ「東京都」とは思えないや…

写っている車両は「ホキ2672」号車で、これも国鉄所属。

貨車を順に見ていくと…おや違う色の車両がいるぞ

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1012
黒ホッキぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

この貨車は「ホキ34200」形と言い、「奥多摩工業株式会社」所属の私有車両だ。
(「ホキ4200」形に石灰石飛散防止用の蓋を上部に取り付けたため、「ホキ34200」形に改称された)

車番は「ホキ34274」だ。
これも常備駅が奥多摩駅なので、我が家にいる事になる。
私有貨車なので「奥多摩⇔水江町間専用車」とも書かれている。

「ホキ」の文字の左に小さく「ロ」と書かれているでしょ。
これは、車体に巻いてある黄色い帯と同じ意味で「制限時速65Km」を表している。

北海道専用車両にも黄色い帯が巻かれているが、こちらには「道外走行禁止」と書かれている。

奥多摩工業のロゴマークがかっこ良くて、昔から好きだった
」の字を、上手にデザインしているよね

このロゴマークを丸くしてかわいくすると、「奥多摩町」のロゴマークになる
(奥多摩町の公式サイトはこちらをクリック

どっちも、オラにとっては「傑作デザイン」だ

このホキ34200形は色が黒いので、通称「黒ホキ」と呼ばれている。

黒ホッキー」は車体も短いし老朽化してきたので、性能の良い「赤ホッキー」に世代交代する事になった。
これはその過渡期の姿で、この当時では当たり前に混結して走っていた。
赤ホッキーだけで16両編成(機関車は別で)で走っていたのは、よく見ていた。
(相当長いよ~

そして、奥多摩駅構内のさらに奥を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1013
メカメカしぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

メカニカルなセメント工場の中に、線路がたくさん敷かれている。

どの線路も、全て1つにまとまって、奥の建物の中に吸い込まれているね~。
トンネルっぽくなっているその建物の中で、貨車に石灰石を積み込んでいる。

この光景は、上から5枚目の画像と変わっていないね。

ちなみに、この貨物線部分のレールは、背の低いぺったんこな物を使用している。
一番左に見える電車線よりも規格の低いレールで、ローカル線や重量の軽い車両しか走らない路線で使用されている。

そこにこんな大きなEF64形(重量は96t)が走って来ると「大丈夫かいな線路が沈んだり曲がったりしない??」と思ってしまう…。
いつも不思議な感覚で見ていたのを想い出す。

ところで、左に停まっている奇妙な貨車は何者ぞ!?
全国的にも、ほとんど見かけないお姿だよね…

この子の正体は、これだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
東京「奥多摩の貨物列車1986」その1-1014
チッチキチぃぃぃぃぃ~~~~~~っ

この貨車は「チキ80000」形と言う。

JR貨物のコンテナ貨車(コキ)を短くしたような感じで、色は黒に塗られている。
車番は「チキ80009」号車で、これも奥多摩工業株式会社の私有貨車だ。

この車両自体には特に変わった所は無いのだが、これに載っているレンガ色のコンテナが珍しいのだ

このコンテナは「生石灰(きせっかい・せいせっかい:酸化カルシウム)」用のタンクで、ちょっと特殊な形状になっている。
T10」と書かれているので、「T1」からの続番だと思われる。

…で、この「生石灰」なのだが、これは水に塗れると「大変な事」になる。

よく、お弁当等でヒモを引っ張ると暖かくなって加熱出来るものがあるよね。
これは、袋の中で生石灰に水を掛けて化学反応させているのだ。
水に触れると、僅かな時間ですごく発熱する。
数百℃まで上がるそうだ)

乾燥剤も同じ原理だそうで、案外身近に使われているようだ。

…という訳なので、もしこのコンテナの内部に雨水が入ってしまうと、どうなるか…

コンテナが溶けちゃうんじゃないの!?

まぁ、とにかく「禁水」な、要注意なシロモノなのだ

この車両は、石灰石貨物列車(ホキ軍団)の端っこに、2両ほどくっついて走っている姿をよく見かけた。

そのお姿は、次回にでも…

では、また~

つづき「奥多摩の貨物列車1986その2」はこちらーっ!

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コメント

一度はじっくり観察しておきたかったな。

懐かしや、ED16。

投稿: 二足 | 2010年5月10日 (月) 18時59分

サスガニ「ED16」ハ古過ギルヨー

投稿: まりりん | 2010年5月10日 (月) 22時09分

私が小学生の頃です。
今は奥多摩工業に伸びる線路はなく、奥多摩工業従業員の駐車場となっています。
写真を見てとても懐かしく思いました。
電車の「キーッ」という音を聞きながら、そばの小学校で育ちました。
あの頃の思い出よみがえってきます。

投稿: 南川 | 2011年7月21日 (木) 16時24分

★ 南川さん

はじめまして。
生粋の奥多摩っ子「おくたまー」なのですね!

ホントに、このヤードはいつ見ても楽しいものでした…。

投稿: まりりん | 2011年7月22日 (金) 10時01分

11年前の記事に指摘もどうかとは思いましたが、この記事を読んで誤解される方が増えても、ということで・・・
北海道の貨車の黄帯も、65km/h制限の意味自体は全く同じです。
「道外禁止」の文字と一緒に黄帯を巻かれているものが多いので誤解している人もおられるようですが、北海道運用限定車は65km/h制限が基本であったため、結果的にセットで表記されているものが殆ど、ということです。

投稿: くたきち | 2021年12月13日 (月) 19時18分

★ くたきちさん

ご指摘ありがとうございます。
私も北海道車の黄帯は疑問に思っていたのですが、ちゃんと調べずにそのまま放置していまして…(^^;)
文章もとりあえず修正しておきました。
時間があったら、この日記もリニューアルできれば…と思っております。

投稿: まりりん | 2021年12月14日 (火) 05時49分

こんばんは。
線路が剥がされて駐車場になってしまった奥多摩駅の側線、改めて見てみますとちゃんとしたヤードになっていたのですね。
山奥のこの駅に忽然と聳え立つ奥多摩工業の工場、生産現場が間近にあってとても興味深く感じられます。
トラック輸送に変わってしまったのだと思いますが、道路事情も決して良いとは言えない場所、鉄道貨物を活かすことはできなかったのかと寂しく感じます。

投稿: 風旅記 | 2023年10月28日 (土) 00時54分

★ 風旅記さん

昭和~平成の建築ラッシュが落ち着いた頃から、各地の車扱いの貨物列車(特にセメント列車)が消えていきましたね…

沿線の青梅街道は道幅も狭くカーブの連続で、大型のホッパー車が走ると結構危険です。
自転車も多いので、見ていてもヒヤヒヤする時があります。
多摩川対岸の吉野街道は道幅も広くて走りやすいので、歩行者もそちらを歩くほうが安全ですね。
毎日あれだけのホッパー車が走っているのですから、貨物列車を残しておけば良かったのでは…?と考えてしまいます。

貨物列車の長さは16両くらいでしたので、その設備を活かしておけば、グリーン車がつながった8両編成も奥多摩まで入線出来たんですけどねぇ~。(電車は7両編成までは入線実績があります)

投稿: まりりん | 2023年10月29日 (日) 22時19分

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