旅と鉄道(12 201系電車)

2013年1月10日 (木)

旅日記 ~「東の上野、西の鶴橋。」2012~

前回「うへの驛」のつづきーっ!

2012年12月下旬、「青春18きっぷ」で大阪に遊びに行って来た。

今回は、ふと大阪の下町「鶴橋(つるはし)」に行ってみたくなり、大阪駅から「大阪環状線」に乗り込んだ。
いつもは乗らない、東半分の環状線からの景色を楽しむ。

ほどなく、鶴橋駅に到着。
(画像をクリックすると拡大するで~)
601
おれんぢ色の201系~~~~~っ

もはや東京では絶滅してしまった「国電」の生き残りだ。

鶴橋駅のホームはこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するで~)
602
う~~ん、秋葉原。

大阪環状線の駅は、東京で言うと、どことなく「秋葉原(あきはばら)」や「浅草橋(あさくさばし)」駅に似ている。
これで電車の色が黄色だったら、完全に総武線
(オレンジ色なら、一昔前の「武蔵野」か…)

この鶴橋駅は、近鉄の複々線が直角に交差している。
モロに秋葉原駅と同じ構造だ。

…さて、鶴橋駅の魅力はホームなんぞではナイ。
この駅の周囲に広がる「ワンダーランド」なのだ

改札に向かう。
この駅の最初の「(ヘンな)魅力」は、2階の改札を出るとそのまま「BOOK OFF」の店内になってしまうことだ。
逆に見ると、ブックオフ店内の一角にいきなり自動改札が置いてある状態。
通常の改札は地上(1階)にある。
(この詳細&写真はつづきの日記をご覧あれ

地上の改札を出ると、目の前に小さな店がたくさん集まったアーケードの商店街が目に飛び込んでくる。
(画像をクリックすると拡大するで~)
603
おぉ、いぇい!!

究極の下町の光景だ

少し進むと…
(画像をクリックすると拡大するで~)
604
道がいくつにも分岐していて、迷路のようだ。

迷わないように、しっかり道は覚えておこう。

さらに進むと…
(画像をクリックすると拡大するで~)
605
オバチャン用の服がいっぱい売っているエリアだね

…さすが大阪、服の柄が違うよ

突き当りからは食品のエリアになる。

この鶴橋、2つ上の写真にもチラリと写っているが、実は「コリアンタウン」でもある。
チマチョゴリ(民族衣装)や、キムチチヂミなどがたくさん売っている。

この雰囲気、東京では「上野(うえの)」駅(アメ横)界隈とヒジョーによく似ているのだ
東の上野、西の鶴橋」といったカンジか。
東京の「大久保(おおくぼ)」駅一帯もコリアンタウンだが、このような「ワンダーランド」的な楽しさはまったくナイ。

同行した仲間も、この雰囲気にビックリ。
かなり興味を持ったようだ。
(仲間は2012年春から大阪に就職して住み始めたが、鶴橋は初めてだったらしい)

奥に進んでくまなく見物。
途中に屋根のない部分があって、ココではいろいろ買って食べることができる。

その部分にナゾ…というか、お約束の物体が。
(画像をクリックすると拡大するで~)
606
顔出せーーーーーーっ!!

…なんか、大阪ってこういう「顔出しパネル」多くね

さて、商店街を堪能したあとは、駅の反対側へGo

こちらには、また別の「ワンダーランド」がある
(画像をクリックすると拡大するで~)
607
焼き肉ランドぉーーーーーーーっ

こちら側は小さな路地にビッシリと焼肉屋が並んでいる。

…昼からえぇ~ニオイ出しまくりやがって。

この路地、実は有名な店がひっそりと建っている。
ココが本店」と言うと、みんなビックリする。

その店とは…
(画像をクリックすると拡大するで~)
608
ふうげつーーーーーーーーっ

そう、お好み焼きの「鶴橋風月(つるはしふうげつ)」だ。
東京でも、ヨドバシカメラ各店舗のレストラン街に入っていたりするので、知っている方も多いと思う。
その、紛れもナイ「1号店」はココなのだ

その店の周囲の雰囲気をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するで~)
609
…狭いっしょ。

混雑時は外で待たなければならないので、暖房の配慮はしっかりされている。
(当然、人気店なので、時間帯によっては並ぶのを覚悟してね)

反対向きから…
(画像をクリックすると拡大するで~)
610
店内は意外と広く、席もそれなりにある。

味は他の店と変わらナイので、お近くの店舗で楽しんでいただきたい。
お店のサイトはこちらをクリック

オススメは「モダン焼き(ぶた玉)」と「塩そば」と「とんぺい焼き」。

これと ビール様があれば、オラ、し・あ・わ・せ

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…まぁ、鶴橋はこんなカンジで楽しんでいただければ充分だろう
コレ以外は、住宅と町工場しかナイからね。

大阪の中心地からも電車ですぐ来れるので、ランチや夕飯時にいかがぁ~~~♪♪

つづき「ふしぎ鶴橋駅」はこちらーっ!

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2010年6月17日 (木)

実物日記 ~「まさか乗るとゎ…:京葉線201系」2010~

前回「その9:大阪環状線」のつづきーっ!)(その1はこちら

…続いちゃった(笑)
前回同様、今回も「イレギュラー」っつーコトで

先日2010年6月13日、仕事の絡みで、千葉県にある「幕張(まくはり)メッセ」の展示会に行って来た。
朝10時集合だったので、余裕を持って早く出て、テキトーに東京駅8:53発の「京葉(けいよう)線」快速電車に乗ることにした。

ホームに降りてビックリ
201
あらま、アタナだったのネー

引退間近の青い201系だ。
ぜ~んぜんココロの準備が出来ていなかったので、チョットあたふた。(笑)

実はこの日、デジカメを持って来ようと思っていた。
前日から、なんか「予感(お告げ?)」めいたモノがあったのだが…。

出掛けてから、カメラを忘れて来たことを思い出す。
…ま、いっか」と思っていた矢先に、コレだ。
仕方ナシにケータイで撮影。
実はこの日の後半にも、「あぁ、デジカメがあれば…」的な出来事が多発したのだった。

気を取り直して、とりあえず「プーーン」音(チョッパ制御器から出る、201系独特の電子音)を聴くために、モーター車の「モハ201」形に乗る。(笑)
ホントにコレが最後だろう…」と思ったので

それにしても、平日の通勤時間帯にしては異様に青年&ファミリーが多い。
何かTDL(ディズニー)でイベントでもあるのか?と思った。

やがて、かなりの混雑で発車。
周りの人のハナシを聞いていると、ほとんどが関西弁…。
事実、オラの周りは全て関西人の若者グループだった。

…あれー?」と、しばし考える。

」そっか、そっか。

グーゼンだったのだが、この快速列車が、大阪方面から来る朝イチの「のぞみ」に接続する一番列車だったのだ。

この直前に、「舞浜(まいはま)」駅に先着する各停もあったのだが、みんな勝手が良く解らないせいか「快速に乗ればえぇんやん?」と、快速に乗り込んで来たっぽい。(笑)
京阪神区間と違って、そうカンタンに追い越さないのにねぇ…。

やがて電車は地上に出て、「新木場(しんきば)」駅周辺の高架線を走る。

…ふと思った。

青い201系
・目の前は
・聴こえて来るのは関西弁のみ
・大荷物持ってリゾートランドへ向かう人々…。

…この電車って、もしかして「京葉線」ぢゃなくて「大阪環状線
実はこの電車、次の停車駅は「舞浜」ぢゃなくて「ユニバーサルシティ」なんだろっ(笑)

…ま、そんな思考が脳内を駆け巡る中、電車は「舞浜」駅に到着。
案の定、車内のほとんどの若者が下車。ガラガラに。

残ったのは、ビジネスマン&デキるOLのみ。
彼らは幕張メッセ組だろう。
私の隣には、メッセ出展者の西洋人女性が座った。
これがフツーの「平日朝の下り通勤列車」だよ。
うんうん…。

途中、「新浦安(しんうらやす)」駅で、アヤシゲ黄色いゴーグルをした「へっぽこ特急E257系」に追い抜かれる。
それ以外は、何事もなく、当たり前のように「プーーーーーーーン」とうなりながら201系は走る。

…それにしても、一駅間が長いねぇ~。

そして「海浜幕張(かいひんまくはり)」駅に到着。

下車後、早速撮影開始!
202
まずはホームでの「日常なう」を1枚。

次に、行き先字幕を撮影。
203
このデザインの字幕になってから、乗ったコトあったっけかな…
(1回くらいはあるハズなのだが…)

ケータイなので、撮った後、メモリに記録する時間が長い。
なので、限られた枚数しか撮影するタイミングがナイ。

慌てて用意して、最後の1枚を撮影
204
…あぁ、ピントが合っていなかった。

…ま、でも、201系に乗れたんだからOKとしませう
今頃は、中央線のオレンジ色車両は「さよなら祭り」になっているのでね

さぁ~て、ココの201系がいなくなったら、お次は「代々木上原(よよぎうえはら)」駅から203系乗り回しますか。(笑)

(おしまーいっ・・・だよね?)

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2010年6月 3日 (木)

実物日記 ~「まだ当たり前におるがな、201系」~

前回のつづきーっ!)(その1はこちら

まだつづいてしまった…(笑)
今回は「番外編」と言うのだろうか、大阪環状線の201系を…。
201
中央快速線と同じ「オレンジの201系」というコトで。(笑)

京阪神の緩行線で走ってた頃は水色で、外観はオリジナルの姿だった。
だが、環状線の103系を駆逐しに来た前後に、外観がおされ&オレンジ色になり、「オーサカ」の街中を走り始めた。

旅行に行った時、時間に余裕があったので、「天王寺(てんのうじ)」駅で数枚撮ってみた。
202
案外カッコイイ!
側面の形がお気に入りだ 特に雨どい付近が。

東京の201系もこうだったら、もう少し快適な通勤通学が出来たのになぁ…。
…乗り心地は変わらナイんだろうけど

別の時に「新今宮(しんいまみや)」駅でも撮影してみた。
203
中央線沿線民には「高円寺~西荻窪」駅あたりにも見えなくもナイ
何となく「しっくりくる」1シーンだ。

もう1枚。
204
やっぱ「国鉄規格」というのは、ある意味「すごい」と思う。
だって、日本中どこに行っても同じようなシーンが見れるのだから。
地形や気候も生活習慣も違うのに…。

まぁ、もう少し「オレンジの201系」は楽しめそうだ
…お金は掛かるけどね(笑)

つづく…んだな、これが。

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2010年5月31日 (月)

実物日記 ~「さらば201系!中央線201系:その8」2010~

前回「その7」のつづきーっ!)(その1はこちら

今回はホントに最後の中央線快速201系を…。
101
2010年4月29日、そいつは突然やって来た

中野駅周辺で友達と買い物中、いきなり目の前にオレンジ色の帯がやって来た。
…あれ?先日もう隠居されたハズ…?

突然の、2日間だけの「奇跡の復活劇」だ
沿線では、撮り鉄たちが「お祭り騒ぎ」だったそうな…。

まさか、来るとは思ってなかったので、何も準備せず。
慌ててケータイで撮影した次第。

生まれて以来の見慣れたアングルで数枚撮影
102
…これ、これ

「グーゼン」というか、「運命」というか、ホントに最後の「日常の201系なう」が地元の中野駅だったとゎ…。
これは「天啓」だ(笑)。記録に留めておかねばなるまい

発車して去りゆくまで撮影。
103
ケータイなので、画質もヘッタクレもナイが、自分にとっては大事なシーンだ。

周辺の「丸井本店」や「ガードの標語」もなくなってはいるが、確かに「中野駅北口」だ。
「関東バス」だけが、友達だ(笑)
(この中野駅も、駅前広場を含めた「大改良工事」がまもなく始まる)

最後の1枚がコレ。
104
これを以って、私の目の前から「日常の201系」が消え去った。

今も走ってはいるが、あれは「イベント列車」だ。もう「日常なう」ではナイ…。
(どうやら、5月23日にも通常運用で走ってたらしい…orz)

車内のフンイキや走行音を味わいたいのなら、「203系」という弟分がまだいる。
こちらも「余命イクバク」系なのだが…。
あとは「環状線」か。チト遠いなぁ~。

何にせよ、中央快速線で生涯をすごした201系、お疲れちゃ~~ん
学生時代の楽しい想い出をありがとう

つづき「その9」はこちらーっ!

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2010年4月26日 (月)

実物日記 ~「オレンジの矢。中央線201系:その7」~

その6のつづきーっ!)(その1はこちら

今回も「引退シリーズ」として、オレンジ色の201系のおハナシを…

第7弾はフツーに走る光景を。(笑)
「高尾(たかお)」駅から出発だ☆
201
まずは高尾駅3番線に停まっている列車。
これといって特徴がないのが特徴の、ごくごく「日常なう」の1枚☆

3番線の列車を数枚撮ってみた。
202
先頭車(クハ200)を背後から。
まさか撮られているなんて、気付いていまい…(笑)

東京寄りに移動して…
203
これもごくフツーの1枚。
この位置からだと、名物の「天狗」像や背後の京王線などが写らないので、高尾駅の特徴が薄れてしまう…。

今度は2番線に移動してみた。
204
2番線名物の段差ホームだ☆
駅舎が古いため、その前の部分のホームだけ高さが低いのだ。
なので、9号車(2両目)の中ほどくらいまでスソが丸見え。
バリアフリーって何?「バリアフル」な状態なんですけど☆

もちろん、私のBトレ「高尾駅モジュール」も、コレはしっかり再現してある。
今度見てみてねん♪

外からも1枚。
205
今度は115系が並んでくれた☆
京王線の高架下の駐車場付近から撮影。

昔は手前の線路が2本とも留置線だった。
だが、列車遅延時にホームが埋まってしまい、甲府方面の特急が通過できないハプニングが発生。
なので、それ以降、4番線(115系)の隣の線路が下り専用通過線に改造された。
…ってなワケで、現在は手前の線路のみに1列車しか昼寝できない。

またもや東京寄りへ移動♪
206
1番線を出発する快速列車。
この1番線だけ、少し東京寄りにズレている。
なので、先頭付近だけ「対向式」の片側ホームになっている。
奥は留置線で、たまに団体臨時列車が寝てたりもする。
昔の正月の初詣臨は変なのがいっぱい来てた。EF58とかね♪

さらに東京寄りに…
207
駅構内のはじっこ付近。
東京方面から来ると、最初のポイントがある辺りだ。

その撮影地点には…
208
道路が通っている。結構交通量も多く、地元の生活街道だ。
「西東京バス」との組み合わせも、東京西部のニオイがプンプンしてイイっ☆

余談だが、昔の京王バスは、コレとまったく同じ塗装だった。
西東京バスは京王バスの子会社だったので同じ塗装なのだ。
その後、京王バスが塗装変更したので、オリジナルの塗装が西東京バスのほうに残ったというワケ。

さて、今度は逆(?)の写真を。
209
高架線があるのに、地上を通過する201系。
工事が完成する前の「武蔵境(むさしさかい)」駅付近の1コマ。
いやぁ~踏切無くなって、良かった、良かった♪

今度は結構移動したぞ☆
210
お堀端を走る201系。
「市ヶ谷(いちがや)」駅付近だ。

オレンジ」の組み合わせが好き♪
水面も見事な緑色だしぃ。(笑)

見晴らしのイイ場所で撮るとこうなる。
211
奥に見える斜めの橋のあたりが市ヶ谷駅。
列車は「快速:東京行き」だ。

少し横に移動して…
212
今度は下り快速列車を1枚。
「豊田(とよだ)」行きか?

さらに横に移動。
213
同様に下り快速列車を。
こうやって見ると、中央線というのは、都心のほうが緑に囲まれて走っている気が…
実は、「新宿~国分寺」間は、意外と線路沿いに緑地がナイ。

最後に大定番の1枚を♪
214
都心の中央線と言えば、やっぱこれっしょ♪♪
まさに「オレンジの矢」だね☆

これで手持ちの201系の写真は、ほぼ出し切った!
・・・が、後日ラッキーハプニングが起こったので、再度登場していただく☆
201系、お疲れちゃ~ん♪

つづくーっ!

オマケ:

特攻野郎Bチーム」の仲間「たかし」氏のブログ「二足歩行という名のブログ」にも201系の詳細な記録があるのでご参照を♪

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2010年4月12日 (月)

実物日記 ~「オレンジの拡張。中央線201系:その6」~

その5のつづきーっ!)(その1はこちら

今回も「引退シリーズ」として、オレンジ色の201系のおハナシを…
(ネタを出し切るまで続けてやるっ!(笑))

第6弾は東京西部の多摩地区を走る光景を
東京(とうきょう)」駅から出発だ
201
まずは東京駅1番線(現3番線)に停まっている中央線快速列車。
この日は1987年3月31日。
何を隠そう、「日本国有鉄道」最後の日
この日まで各線に「さようなら」ヘッドマークつきの列車が走った。

翌日からは、同じデザインながら、青い部分が赤くなった「JR」バージョンのヘッドマークが装着された。
「さようなら」部分には「こんにちは」と書いてあった。
JRのマークは緑色だった。

次は「武蔵境(むさしさかい)」駅。
202
高架化工事が始まる直前の姿。
これも何気に撮っておいた。
右の「西武多摩川線」はツートンカラーの101系だね

中央線は、下りホームに屋根がない駅が多かった…。

チョット移動して…
203
府中本町(ふちゅうほんまち)」駅。
武蔵野線と南武線が交差する駅だ。
(この駅の3枚は友人が撮影)

この列車は、当時、武蔵野線に2本のみ在籍していた201系だったと思う。
でもヘッドマークが付いてる(取り付け座がある)車両なので、転配があった後の武蔵野線編成かもしれない…。
204
103系に挟まれた
オレンジのクハ103、クーラーもHゴムも灰色で、ほぼ原型に近い姿だね

さらに1枚。
205
今度は101系が並んでくれた

これは……非冷房車だと思う。
乗務員室の背面(中央)に配電盤(操作盤)がナイようなので…

さぁ、山奥へ移動
206
青梅線の「奥多摩(おくたま)」駅だ。
「ホリデー快速おくたま号:新宿(しんじゅく)」行き。

左側に貨物のヤードがある時代だ
タキ9900とホキ2500(9500)が停まってるね
でも、貨物は末期の姿だと思う。(写真のデータは「2000年12月」になっている)
201系も今ドキの仕様になってるしぃ…。

…チョット山を下りてみた。
207
五日市線の「武蔵増戸(むさしますこ)」駅にて。
103系の中から撮影。
当時はまだ、五日市線に201系が入線するのは珍しかった
なので、慌てて撮った1枚だと思う…。

お次は終点で。
208
武蔵五日市(むさしいつかいち)」駅を出発する「特快:新宿」行き。(友人撮影)
まだ「ホリデー快速」という名称はナイ時代。
なので、字幕も「特快」だ

この当時は地上駅だった。
現在の高架駅は、左端の線路(留置線)の左側部分にある。
この201系のいる番線(1番線)は、ホームが約3.5両分しかなかった。
(TOMIX島式ホームの片側の端に地上駅舎を横付けしたような構造だった)
なので、最後尾(立川寄り)の車両はドアが開かなかった。

101系時代は7+3両編成だったので、なにも困らず。
(101系「あきがわ」号は3両編成だった)
たぶん、17m車(クモハ11等)の4両編成が停まれる長さだったのだろう…

で、後年ホームが改良されたような気が…(もう記憶が薄れてる)

最後に、超レアな写真2枚を。(2枚とも友人撮影)
209
見慣れない駅を通過する201系。
字幕からして臨時時列車っぽい。
お顔の右側にある駅名板を見ると…
黄緑色の枠で「かたくら」と書いてある。

…そう、横浜の「片倉」駅だ

ヘッドライトの下部の窓ガラスに手書きの行き先板が表示されている。
東神奈川⇔相模湖」となっている。
何度か、この相模湖行きは走ったようだ。

この頃から「はまかいじ」の先駆けとなる列車が走り出したような…。
クモヤ143+165系の中央線乗り入れ列車も走らなかったっけ?!
桜木町か横浜始発で…

おしりも撮ってたみたいだ。
210
手書きの字幕には列車名も書いてあるが、ホントにマジックで手書きなので読みづらい。(笑)
たぶん「ハイキング号」と書いてある。
(興味ある方は自分で調べてネ(笑))

まぁ、こんな時代もありましたとさぁ~

もうチョットつづくー!

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2010年4月 5日 (月)

実物日記 ~「オレンジの春。中央線201系:その5」2007~

その4のつづきーっ!)(その1はこちら

今回も「引退シリーズ」として、中央線201系のおハナシを…

第5弾は「中野(なかの)」駅と「高円寺(こうえんじ)」駅の光景を♪
201
中野駅に停まっている201系。フロントガラスに桜が映ってるね☆

…ってなワケで、今回のテーマは「」。
といっても僅かだが。(笑)

まずは高円寺駅から。
202
定番の構図で。
…ってか、生まれてから一度もこのアングルで撮ったことがなかった。(笑)
なので、みんなを真似て1枚☆

フツーの人はここで満足だが、私は続きを撮ってみた。
これぞ「日常の視点」だ!(ホントか?)
203
特快がホームに差し掛かり…
204
そして通過。
一般人の日常生活では、こっちのアングルのほうが一般的だろう。
この日は休日かな?ホームに人がいないや。

下り列車も来たぞ☆
205
…何の目的も無く撮ってるね♪(笑)

この列車とすれ違いにE233系がやって来た。
206
まだこの時は半分くらいしかいなかったような…
将来(引退)を見越して撮っておいて正解♪♪

…さて、場所を中野駅に移そう。
8番線(快速上り)ホームの高円寺寄りには桜の木がある。
桜と201系をコラボしてみた。
207
この日は2007年4月1日。
新宿駅の線路切り替え工事の関係で、7・8番線のホームが臨時に延長されていた。
(中野駅折り返しの特急(12両)用に)
まぁ、コレも貴重な1枚だろう…たぶん☆

お次は…
208
これぞ、「The 中野駅 of 中野駅」の1シーン。
あまりに「当たり前」なので、「鉄」はこの構図では撮らないだろうなぁ…
でも一般の人には受けがイイと思……ってる。勝手に。(笑)
10~20年後に価値が出てくる1枚だ。きっと☆

手前の6番線(下り快速)にも列車が来た。
209
到着して…
210
ドアが開いた。
コレは少し「鉄」的構図を意識して撮った1枚。

中野駅の端っこで撮影するなんて、いままで数回しかナイ。
しかもすべて学生時代だ。チョー久々☆

この列車が発車した。
211
桜を絡めて……って、臨時ホームぢゃま!(笑)

あとは、個人的に見慣れた光景をと思い、1枚♪
212
中野駅ユーザーなら、ゼッタイ見たことあるアングルだよねぇ~♪

…どうだい、「あ~ぁ、コレから仕事(学校)かぁ…」という気分にさせてくれるだろう?(笑)

ホームの途中で201系を撮ってみた。
しかも「色気」付けて☆
213
クハ同士の連結面だ。
グーゼン、ホームにいた人が写ってしまった。
…が、かえってそれがイイカンジがする♪

この人たち、すぐ後に来る「ホリデー快速(おくたま・あきがわ)」を待ってるんだよねぇ。
カッコがいかにも「山登りしまっせ~!」という雰囲気なので☆

だから、この写真見ただけで、「あ、この日は休日だ☆」って判るよね♪

この二人、ナゼこの201系に乗らなかったかというと…
214
「武蔵小金井(むさしこがねい)」行きだったからなのさぁ~。
彼らにはまったく無用な、中途半端な行き先の列車だ。(笑)

中野駅の外に出た。
215
これも中野駅北口ユーザーなら「当たり前」の光景。
基本的には40年くらい変わってないと思う。

…が、今や「201系」も「丸井(本店)」もナイ。(丸井は建替え中)

余談だが、鉄橋(ガード)部分にある標語は…
「交通安全」「アッ危ない」「そのスピードが」「死を招く」「中野警察署」
と掲げてあった。
…が、いつの頃からか「死を招く」以降が取り外されてしまった。

…チト露骨過ぎたのか?(笑)
なんか「尻切れトンボ」状態。

もうチョット近寄ってアップで。
216
特攻野郎Bチームのメンバーがこの構図で「ワンジオ」(ミニジオラマ)を作った。
その比較(参照画像)のために撮った1枚だ。
BチームのHP上に掲載されている。(「ギャラリー」→「ワンジオ」→「SF」とクリック)

チョット贅沢を言えば、この下に「関東バス」が写ってくれてれば、もっと中野駅らしさが出たのだが…orz
ちなみに、ガードの向こう側(南口)は「京王バス」のテリトリーだ。

…まぁ、こんなカンジでいろいろ撮ってみた。
中野駅~荻窪駅沿線住民(利用者)しか高反応はナイと思うが(笑)、それで良い☆
だってボクらは「武蔵野人」だも~ん♪(えっへん!(笑))

これが「中央線沿線文化」というモノだ。(まぢで?!)

つづきはこちらーっ!

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2010年4月 1日 (木)

実物日記 ~「オレンジの衝撃。中央線201系:その4」~

その3のつづきーっ!)(その1はこちら

今回も「引退シリーズ」として、中央線201系のおハナシを…

第4弾は「900番台」…つまり「試作編成」を♪
201
中野駅に停まっている「特快:高尾」行きだ。

昭和54年(1979年)1月、突如コイツは現れた☆
今までの「国鉄型」とは違った、斬新なデザインでだ♪
しかも、「省エネ電車」と謳われたように、今では当たり前の「回生ブレーキ」などの新機軸を盛り込んでの登場だ。

当時の電車は「抵抗制御」が当たり前。
冬でも床下から大量の熱をガンガン放出していた時代。
夏に抵抗器の上に乗車すると、ドアが開くたびに「強(狂)暖房車」と化していた。
運よく冷房車に乗れたとしても、抵抗器つきの車両は暖房車だった…。
本格的なチョッパ制御車は、都心でも「営団千代田線」くらいしか走っていなかった。
(「有楽町線」は、まだ5両で「池袋~銀座1丁目」間を往復するだけの、利用価値が極低の路線だった)

そんな地獄を味わっていた時代に、このナイスガイ☆
「カッコイイ!」以外のナニモノでもなかった…。

中野駅7番線で展示(だったっけか?)されたこの編成を見て、お子様ながらにコーフンしたものだ。
今で言えば「キターーーーーーーー!」的な?「萌え♪」的な??(←もう古いだろ。笑)
チョッパ装置の「プーーーン」という音にも、「未来的なイメージ」がしてカッコイイと思ってた☆

たまたまこの日、カメラを持っていたようで、しかもグーゼン900番台がやって来た。
なので、慌てて撮ったような記憶が…
当時は親から“お下がり”の「へっぽこカメラ」しか持ってなかったので、画質は諦めてくだせぇ…
(でもこの写真も某誌に掲載されたが…。どうやら貴重な1枚らしい)

当時は「模型少年」だったので、写真も「模型作りに役立つよう」な視点で撮っている。
なので、編成を1両ずつ形式写真風に撮ってるね…
では、1両ごとに見ていこう♪

まずは先頭車。
202
高尾寄りの「クモハ200」(10号車)。
試作車にしか存在しない、2両のみの形式だ。
900番台の側面字幕は「103系方式」だったので、このクモハだけ、隣の車両の字幕と並んでしまっていた。

お次は…
203
「モハ201」(9号車)。
最初はダブルパンタで登場したものの、量産型が出た後に1個パンタに改造された。
細かいところも量産車に合わされたが、外観的にはあまり変化は無かった。

さらに次。
204
「サハ201」(8号車)。
最初は「モハ200」で登場したものの、量産化改造でモーターを外され「サハ」に改造された。(8M2T→6M4T)
戸袋窓上にモーター冷却用のルーバーがあるのがその名残り。
床下がスッカラカンだ☆

もっと次。
205
「モハ200」(7号車)。
登場時とほぼ同じ姿のまま。
8号車のサハ201とは「兄弟」だ。(笑)

まだまだ次。
206
「モハ201」(6号車)。
9号車とまったく一緒。
この頃はみんな窓を開けてたよねぇ…
ちなみに、201系から「上段下降・下段上昇」式のユニット窓になった。
101・103系は「全上昇」式で、フルオープンできた。
(301系は地下鉄仕様なので、特殊な構造だった)

そしてラスト。
207
「クハ200」(5号車)。
これは登場時とほぼ同じ姿のまま。
登場時唯一の付随車(モーターなし)形式だった。
900番台の運行番号の字幕は、「白地に黒文字」。103系と同じだった。

この後まだ4両いるが、列車が加速してしまったのと、当時のカメラの性能ではこれ以上は「ブレてしまう」&「シャッターが追いつかない」ので、断念してしまったと思われる。orz

でも最後に1号車の「お顔」だけ撮ってあった☆
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グーゼン、奥に黄色い201系がいて、並んでくれたねぇ~♪
ちなみに、2号車も「サハ201」だが、こちらは「モハ201」をサハ化したもので、屋根上はパンタや配管を外した跡がまるまる残っていた。

…まぁ、こんなカンジで少年時代の私にとっては「お宝」的編成だった☆

その後、この編成は三鷹電車区に残った関係で黄色くなり、中央総武緩行線に転勤になってしまった。
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新宿駅「9番線」に佇む黄色い900番台。(友人が撮影)
現在の「13番線」だ。

この黄色くなった時点で900番台に対しての「あこがれ」は消え去った…orz
ほどなく、ATS-P型取り付けの関係で、クモハへの搭載が難しい900番台は、2分割されて量産車編成の中間に封じ込められてしまった。

そして、さらに!
まさか「青く」なるなんて…!

KATOの201系900番台は「時代を先読み」してたんだね。(笑)

つづきはこちらーーっ!

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2010年3月29日 (月)

実物日記 ~「オレンジの遠足。中央線201系:その3」~

前回のつづきーっ!)(その1はこちら

今回も「引退シリーズ」として、中央線201系のおハナシを…

第3弾は「山線」こと「高尾(たかお)」駅以西への運用について語ろう
201
高尾駅に停まっているこの列車、「大月(おおつき)」行きだ。

通常、オレンジ色の「中央快速」電車は、都内の東京~高尾間を往復している。
だが、一日数本、高尾以西の山間部へと「遠足」に出掛ける。
201系デビュー前は、101系がごくたま~に臨時で出張るくらいだった。
それが、201系になってからは115系に取って代わり、東京駅からダイレクトに大月駅まで定期的に乗り入れるようになった。

やっぱ115系ぢゃぁ、都内の乗車率に対してはキツイよねぇ…
しかも、新宿発のままだと、東京~新宿間の列車本数が減っちゃうしぃ。

…ってなワケで、当たり前のように201系は高尾から先へお出掛けして行く
202
行ってらっしゃ~~い
おやつ持った?水筒は?しおりは?歌集は?タオルは?
滑りにくい靴履いて行くのよっ(笑)

…さてさて。
では、この大月行き、「定期列車としての最初」はいつなのか?

正解はコレだぁ!1・2・3
203
今や超~懐かしの東京駅旧1番線
現在の3番線(京浜東北線・北行ホーム)だ。
ココに写っている列車こそが、東京発大月行きの初列車
1986年11月ダイヤ改正日の正午ころだ。

当時は国鉄最後の年なので、装飾もセレモニーも何もなく、ごく当たり前のようにこの列車は出発した。
そう、もう何年も前から走っているかのように…

まだスカートも電照板もナイ時代だから、お顔がシンプルだね
特快」板も廃止された、ごく短期間の貴重な姿だ。

ファンも少ない中、一人熱く写真を撮る私。(笑)
まぁ、(確か)平日のお昼だからねぇ…
側面の字幕も当然撮っておいた。
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これまたシンプル

当時は「中央特快」や「青梅特快」などの種類はなかった…っていうか、特快の青梅行きはナイ時代。
国分寺(こくぶんじ)」駅もまだ通過していた。

それに、この列車って、高尾駅で付属4両切り離してたよね?
確か高尾駅のホーム屋根に、職員用の分割・併合案内板が新規に取り付けられてたような…。
後ろ4両の字幕は「特快 高尾」って、ごくノーマルな表示だったような。
だから、東京駅でわざわざイチバン前まで行って写真撮った気がする…。

この1番列車を見た後、しばらく経って、仲間と一緒に「鳥沢(とりさわ)」駅に撮影しに行った。
その時にやって来たオレンジ君がコレだぁ!1・2・3(写真クリックで拡大)
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かなり古い写真なので、画質うんぬんはご容赦を
ん?これってやっぱ6両だよねぇ…?

ちなみに、ココを振り返るとあの有名な、「新桂川橋梁」(通称「鳥沢鉄橋」)だ。

当時は山間部に「都心の通勤電車」がやって来るコト自体が、超画期的なコトだった。

…さぁ、ココまで来たら、もう1クエスチョン!

201系自体が高尾以西に走った」のはいつから?
証拠はコレだぁ!1・2・3(写真クリックで拡大)
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チト見えにくいが、前面に「特快」板並みの大きさで「高尾⇔大月」と書かれた板を掲げていた。
1985年の姿。定期運用開始の1年前だ。
字幕は真っ白。当時は「大月」の字幕はまだ用意されていなかったので。
この列車は臨時運用で、将来の定期乗り入れに向けた試験的な意味もあった。
臨時とはいえ、結構頻繁に走ってたような…。

臨時なので運行番号は「63“M”」。
当時、通常の中央快速電車は「A」(三鷹区)・「H」(武蔵小金井区)・「T」(豊田区)のいずれかを表示していた。
「M」は高尾以西に行く「普通」列車以上が使用していた。

101系800番台時代からの慣習か、この試験的運用は武蔵小金井区の編成が使用された。
1985年3月1日に、モハ201-161・162・163のパンタを、試作品「PS918」(現在のPS24の基礎)と交換してね。
早速、3月5~7日に試験(試運転)で甲府まで走行している。

走り始めた頃は、やれ「トイレが無いなんてっ」とか「イナカだから回生ブレーキが効かなくて、省エネの意味ないんぢゃナイの」とか言われた。
だが翌年、東京駅から直通運転が開始されると、途端に「都心から乗り換えナシで来れるっ!」と好反応に。(笑)
地元の学生達も「東京の電車が走って来る」と大喜び
確かに、115系に比べたらカッコイイずらなぁ~(笑)

鳥沢鉄橋のたもと(高尾寄り)でも1枚。(写真クリックで拡大)
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現在は、このアングルで撮影したら捕まるぞ。(笑)
当時(たぶん1986年)はまだ寛大だった時代。良識を持って行動していれば怒られることも無かった。
この鉄橋の通路(写真の線路脇)を、地元の女子高生達がフツーに歩いて渡ってたからなぁ…
鉄橋の下の道路まで降りて、また坂道を上るのはメンド臭いからねぇ~。(下の写真を参照)

今はゼッタイに中に入るんぢゃナイぞっ!!
…ってか、もうフェンスなどがしっかり出来ていて入れないが。

鉄橋の脇あたりから、橋全体と201系のコラボで1枚(写真クリックで拡大)
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この時は10両で走っているなぁ…。

このシーンが気に入って、Nゲージでこの鉄橋作ったっけ…
201系はGMのキットしかナイ時代。
101系も115系も183系も「まともな完成品」は販売されてナイ時代。
165系は…あったかな?!
EF64だけしか無かったような…orz

鉄橋はあっても、走らせる模型がアリマセンでしたとさ。(笑)
今は恵まれてるよ。うんうん

その4につづくー!

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2010年3月25日 (木)

実物日記 ~「オレンジの非日常。中央線201系:その2」2004~

その1のつづきーっ!

今回も「引退シリーズ」として、中央線201系のおハナシを…

舞台は2004年10月22日(多分)の「御茶ノ水(おちゃのみず)」駅。
私はアキバで買い物をし、御茶ノ水まで歩いて中央快速に乗ろうとした。
改札に入り、ホームへ下りる。
すると、何だか様子がヘンだ…

どうやら、快速電車がストップしていたらしい。

で、様子を伺ってみると、ついさっき運転再開したようだ。
快速電車はダイヤが乱れきっている…。

諦めて各駅停車で帰ろうと思ったら、快速電車はすぐにやって来るとのコト。
なので、快速ホームで電車を待つことに…。

ほどなく高尾行きがやって来た。
車内もそれほど混んでいない。
乗る前にホームの行き先案内表示を見てみた。すると…
201
高尾行きの後に来るのは…
何だこれ~~~~~~~っ!!

普段は夜中の数本にしか見られない「中野行き」ではナイかっ☆
しかも、通常それらはすべて「各駅停車」(オレンジ色のネ)だ。
これは非常事態ゆえに発生したイレギュラー列車だ。

う~ん……どうしよう。(笑)

超レアな中野行きに乗ってみようかな…

いや、待てよ!
中野行きだったら、「あのホーム」に到着するハズ…

「よしっ!」と急いで高尾行きに乗り込むことにした。
新宿では多少混雑したが、中野駅で下車。

そのまま降りたホームで、すぐ後に来る中野行きを待つことに。
2分後、ソイツはゆっくりやって来た。(写真をクリックすると拡大)
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ほぉ~~ら、やっぱり「7番線」(臨時ホーム)で折り返しだ☆

昼に東京方面から快速電車が入線するのは滅多にナイ。
超貴重な写真だ♪
(余談だが、この写真、某鉄道誌にも掲載された)

今まで何度か中野行きを見たことはあるが、朝のラッシュ時等に事故で上り快速が急遽「中野打ち切り」になったりというのがフツーだ。

証拠写真的に、側面字幕も撮っておいた。
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…どうだ♪
「各駅停車」が入っていない「(快速)中野行き」だぞ☆

この列車、あっという間に「東京行き」となって折り返し出発してしまった…。

今となっては超貴重なシーンだ。
いやぁ~、とっさに撮っておいて良かった♪
ケータイでもキレイに撮れてるっしょ☆

私のお宝画像だ♪♪

つづきはこちらーっ!

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