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2009年1月

2009年1月29日 (木)

Bトレ日記 ~「カンタンに作れるタキ43000」の巻~

Bトレにはコンテナ以外に貨車がほとんどナイ。(「ワキ」は時代が古過ぎて論外)
今も昔も走っている貨物といえば「コンテナ列車」と「石油タンク列車」だ。

やっぱ、どーしても石油タンク貨車…つまり「タキ」が欲しくなるのが人情というもの。(笑)
ってなワケで作ってみました、それも大型の「タキ43000」を。しかもカンタンに…。
430001
他のブログなどで紹介されているタキ43000(またはタキ1000)の作り方は、Nゲージの同形式車両を切り継ぎ改造したのもだ。
仕上がりは超リアルなのだが、いかんせん、加工が大掛かりで大変だ。
量産するにも手間と気力と技術力が要る。

今回は、初心者でも比較的カンタンに製作できる方法をご紹介しよう。切り継ぎ加工は一切ナシよ♪
(これも初期の頃の作品なので、仕上がりの多少の「お気楽さ」はご諒承いただきたい…)

タネ車はKATO製「タキ1900 日立セメント」仕様車だ。
(写真は「三菱鉱業セメント」仕様車なので、車体標記位置などに若干差がある。ご注意を…)
430002
左が加工後のタキ43000、右が加工前のタキ1900。
Bトレにしては、長さが多少長いものの、「Bトレ版タキ43000」に転用出来そうな車両はコイツしかいないのだ…。

この車両からの改造のポイント(順番)は…
430003
1.中央下部のピンクの★部分のパーツをはずす。(使用しない)
2.車体上部両端のステップ(緑の矢印)をはずす。(使用しない)
3.車体裾のフレーム枠の、赤い矢印どうしの間を切り落とす。
4.車体屋根のハッチ(青い矢印)2個を切り落とし、穴を塞ぐ。
5.屋根の手スリの短縮および片側のハシゴを移設する。
の5項目だ。

では早速オペ開始だ!
まずは車体を分解しよう。
430004
中央下部のカバーのようなパーツをはずし、青い矢印のネジを緩め、はずす。
屋根のステップなどは、はずせるようになった時点で取り外そう。
無理にはずそうとすると壊れるので要注意!

Bトレなので、中に入っているオモリは使用しないではずしておこう。
でないと、機関車が「ボクには引っ張れませ~ん!ムリでーす!」と泣いてしまうだろう…

この時点で、台枠(フレーム枠)の中間部分を切り落とそう。
当然、前後に2分割されるので、組み立て時に向きを間違えないよう、メモや印などをしておこう。

これで上記の1~3までの加工は終了♪ …結構カンタンでしょ?
妻面(連結面)に開いた2個の小さな穴(下の写真の矢印部分)は、連結してしまえば見えないので、そっとそのままにしておこう。(笑)
430005
さて、次からはこの改造のヤマ場の「屋根」部分だ。

屋根のハッチが3個ある。その両端の2個をニッパーやカッターなどを使って削り落とそう。
するとポッカリ穴が開く。でもこれはそのままにしておこう。
穴の周りの、表面のデコボコだけをキレイに削っておくだけでOK♪

次に屋根の手スリの加工だ。
まず、一体成型されている手スリのパーツを左右に分割する。
この時に、手スリが車体に引っかかる(動かない)ようにモールドされている部分(ハッチの部品の下に隠れる部分)を残しておこう。
そうすれば、接着剤を使用しないで組み上げることが出来る。

分割出来たら、申し訳ナイが、手スリを写真のとおりに切って組み合わせて頂きたい。
(現物合わせで加工したので、詳細を忘れてしまったため…)
430006
写真の側の、向かって右側にハシゴが来る向きは、2つのパーツを組み合わせている。
赤い矢印のところが継ぎ目だ。(接着はしていない)
裏側の、左側にハシゴが来る向きのほうは、単純に両端を切り落とすだけでOK。

手スリの加工が済んだら、ここで車体を組み立ててしまおう。
タンク(車体)を組み、手スリを載せ、屋根ハッチを被せ、車体下からネジで留めよう。
台枠(フレーム)は、そのままでは固定できなくなっているので、ゴム系ボンドで車体に接着する。
デッキの向きが前後で反対にならないように注意!
台車取付け部周辺に接着剤が付かないようにも気をつけよう。
接着剤が乾くまでは、台枠が上下左右にブレないように固定して、触らないでおこう…。

台枠が固定できたら、屋根の穴の「ハゲ隠し」(笑)作業に移ろう。
上記の写真の、青い矢印から緑の矢印まで、薄いシールを貼ってしまうのだ。
横幅は、手スリがあった部分の溝が見えない所まで。

シールを貼ったら、シールをツヤ消し黒の塗料で筆塗りしよう。
なぁ~に、ホンモノもこの部分は油で汚くなってるから、気にしない、気にしない♪(笑)
塗り終えるとこんなカンジになる。
430007
右の加工前のタキ1900とは、だいぶ変わったべなぁ~♪

あとは、デッキの手スリとステップを白く塗れば、メリハリが効いてアクセントになるので、余力があったら是非やっておこう!
そして石油会社のシールを貼って、出来上がりぃ~~♪
(車体標記はそのままのほうがキレイに見えるから、いじるのは止めておこう)

これでやっと、貨物ヤードがバラエティ豊かな「自然な状態」になった☆
430008
このタキ43000が8連で特攻野郎Bチームの大モジュールを走る姿は壮観だ。ぜひ一度ご覧あれ

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2009年1月26日 (月)

海外鉄旅日記 ~「南欧の目蒲線?」ポルトガル1996~

南欧のはじっこの美しい国「ポルトガル」。
1996年7月21~23日、私は友人と首都「リスボア(リスボン)」に行った。

そう、前回の「オリエント急行1996」の旅の続きである。
Port01
ここはリスボアの海沿いにある「コメルシオ広場」だ。

「ヨーロッパで一番美しい」といわれている。

私がナゼ、このようなハッキリ言ってヨーロッパのド田舎にやって来たかというと…
目的はただひとつ。

ユーラシア大陸最西端の「ロカ岬」に行くためだ。

香港を出発し、ひたすら西をめざして鉄道旅行をしてきた人間にとって、これは当然の事(?)であろう。
…いや、ここまで来たら、もはや「義務」だ。

スペインから列車でポルトガルに入ると、テージョ川のすぐそばにある「リスボア・サンタ・アポローニャ」駅に到着する。
駅は意外と小ぢんまりした造りだ。

欧風レイアウト(ジオラマ)を作る時に、「スペースがないけどヨーロッパ調のターミナル駅を置きたいっ!」と思って作ったら、こうなったって感じだ。
まあ、解りやすく言えば「伊豆急下田駅のヨーロッパ(ドーム屋根)版」かな。

最西端の「ロカ岬」には、サンタ・アポローニャ駅のコメルシオ広場を挟んだ向こう側にある、小さな私鉄風の駅から「電車」に乗って行く。

1996年当時、ヨーロッパはほとんどが「客車」列車で、「電車」はごく一部しかなかった。
貴重な存在だ。

この駅の名前は「CAIS DO SODRE:カイス ド ソドレ」。
ここから終点の「CASCAIS:カスカイス」までは40分ほどの旅。
どうやら、他線とは繋がっていない、単独で運行している1本の路線みたいだ。

この路線、ポルトガル国鉄の路線なのに、至るところに「和風な匂い」がしていて、あまり「ヨーロッパの鉄道」という感じがしない。
日本のどこかの地方私鉄みたいだ。

車輌のデザインも、前面はJRのディーゼルカー「キハ20」、全体的には昔の「営団地下鉄日比谷線3000系」だ。
Port02
外板はステンレスで、窓周りが黄色で裾は紺色の塗装。

日本人にはすんなり馴染むデザインだ。(馴染みやす過ぎる!)
車内はチャチなクロスシートで、冷房なんて高級なものはあるワケがナイ。

こんな車輌達が(確か)5輌(7輌?)でトコトコ走る姿はもう「懐かしの東急目蒲線」♪

しかも、よく見るとアルミ構体の試作車的な車両も1両混じってるではナイか…!
(↓真ん中のポッテリした車両)
Port03
…完全に東急電鉄の世界だ。

5000系(青ガエル)と5200系の混結や、7200系や8000系の試作車体を思い出させる。
こんなユーラシアの西端で、極東(日本)テイストの電車に出会えるとは…(少し郷愁をそそられる)

この路線は他の線とはつながっていないので、こんな感じになったんだろうなぁ…。(買収私鉄路線か?)
ちょっとファンになってしまった私であった♪

さてこの電車、なんと快速運転をしていて、快速は途中の駅(ちょうど中間位)までノンストップ。
そこから終点まで各駅に停車する。(相鉄や京阪みたいな運転形態だね…)
カイス ド ソドレ駅からは快速と各停が交互に発車。各停は快速の最初の停車駅まで。
終点まで行くので当然「快速」に乗り込んだ。

海の近くをひたすら西へ走るこの線は雰囲気がとても良く、江ノ電っぽくもある。
ちょうど夏休みシーズンということもあって、あちこちの駅でバカンスを楽しむ人達が乗り降りしていた。

ちょうど頃良い時間に、電車は扇風機をプルプルいわせながら、ユーラシア最西端のカスカイス駅に到着。
ユーラシア最西端への「鉄旅」の最後を締めくくるにふさわしい路線だった

ここからはバスに乗り「ロカ岬」に行くのだが、わずか数分の差で間に合わず…。
地元のおばさんが親切に教えてくれたところによると、次のバスはなんと1時間半後
仕方ない、待つとしよう…。

…ん?そうだ!せっかく水着持って来たんだから、目の前海だし、泳ごう!…といって泳いじゃったよ、夏の大西洋♪
Port04
イメージとしては最高でしょう?でも現実は×。
いくら暑くても水温は低いのだ。

よく考えたら北緯38度。仙台や「あの北の国」の軍事境界線と同じ緯度…。
西洋人と東洋人は寒さ・冷たさに対する感覚が違うらしく(後で知ったのだが本当にそうらしい…)みんな平気で泳いでいる。
私も頑張ったのだが、5分もしないうちに「ごめんなさい」モード。

さっさと服を着て、友人と近くのオープンカフェテリアで海を見ながらTea time。
こっちのほうが優雅だねぇ~♪

そして、やっとバスが来たので乗り込んだ。バスは電車と違って近代的。新車だね!
イナカ道をトコトコ西へ…。もう地元の人しかいない、完全な生活路線。
そこに少しだけロカ岬に行く観光客が乗っている感じ。
ここはあまり訪れる人は少なく、ヨーロッパ人は特に少ないらしい。
でも、リスボアの宿屋のおばあちゃんが「日本人は必ず行くよ」とは言っていたけど…

やがて視界が開け、海が一望できる崖だらけの所にバスはやって来た。
すると目の前に灯台が見える…。どうやら目的地はココみたいだ。

運転士のおじちゃんが、すんごい巻き舌で「ロロロロ~~カ!」と大声で教えてくれて、数名が下車。

バスはこの先まだ走って行くらしく、僅かな人を乗せてバイバイキン。 (^O^)/~~~
Port05
やっと到着!最西端。

これで香港に始まり、中国・ロシア・北欧・欧州と続いた列車旅の「ゴール」に辿り着いたのであった♪
Port06
ここの灯台のそばには観光センターがあり、そこでは最西端に来たという証明書を書いてもらうことができる。
当然お願いする事に…。

見事な書体(ドイツの飾り文字みたい)で名前を証明書に入れてもらい、完成!(しかも通しナンバーが打ってある)

そして、ユーラシア大陸のホントのはじっこを撮影。
ちなみに、海のはるか向こうはアメリカだ。
Port07 
これで我が旅の目的は終了! さぁて、日本に帰るか…

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翌日、リスボアの街を歩いた。

街には路面電車があちこちに走っている。
リスボアは新市街と旧市街があり、路面電車は旧市街に多い。

スタンダードな車両はコレだ。
Port08
なかなか愛らしい、ぷりちーなスタイルをしている♪

たま~に、新車もやって来る。
Port09
こちらは「いかにも最近の欧州車」というカンジだ。

リスボアは坂道が多い。

当然、路面電車も坂道を走る。
Port10
建物の隙間がナイ…。

中には、こんな狭い所も走っている。
Port11
信号によって、電車も車も一方通行にして行き来している。

ガケ崩れなどの工事現場の、片側車線交互通行みたいなシステムだ。

この場所を、引いて見るとこんなカンジ。
Port12 
路上駐車の車も電車にぶつからないようにキッチリと停めている。

…あの陽気(イイ加減)なラテン人が。

ここから写真の少し手前に戻ると…
Port13 
こんなカーブが出現する。

これも引いて見るとこんなカンジ。
Port14
右の店に座って眺めていると、実に面白い。

電車が自分に突っ込んでくるんではナイかと…
下り坂の急カーブ、結構怖くない?乗ってるほうも見てるほうも。

あと、線路もよく見てほしい。
ここは単線ではナイ。複線が重なっている。
「ガントレット」というヤツだ。
やはり信号で交互通行をしている。

何気に見つけた「鉄スポット」に満足しながら、さらに街を歩いてみた。
(大昔に、このカーブをTVで見たことがあったのを思い出した)

小さな公園のようなところに来た。
Port15
やはり、「ポルトガル」といえば「タイル画」に尽きる。

街の至るところにこのような壁画(?)が…

高台に出たので、リスボアの旧市街を上から眺めてみた。
Port16
「赤茶色の屋根」に、「黄色い壁」と「白い窓」…

これがポルトガルだ。
(…あ、マカオもか。)

展望台の横にはレストランがあった。
Port17
こんな景色のイイところで飲むビール(ポートワイン?コーヒー?紅茶?)は最高だろうなぁ…

ポルトガル、のんびり旅行には最高の場所。かなりのオススメだ♪
またいつか「リスボアの目蒲線」に乗りに行こう…

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2009年1月22日 (木)

Bトレ日記 ~「どっちだって良くなくな~ぃ?…キハ20(52)」の巻~

ナゼかBトレには、メジャーであるこの形式↓がナイ。
2001
「キハ55」などという、今ドキ世代には分からないマイナーな形式を出しているのに…
かつては日本全国にこの系列がいたのだぞ。あの八高線でさえも。

…ってなワケで、超カンタンにではあるが作ってみることにした。

タネ車はKATOのNゲージ「キハ20」。でもボディ(上回り)しか使用しない。
私はASSYパーツでボディだけ入手した。
中古品でもOKであれば、完成品を買ったほうが安いかもしれない…

早速、車体を分割する。
今回は塗装を省略したので、切り継ぎも慎重に行った。
まず、完成品の側面(両サイド)をご覧いただこう。
2002
ご覧のとおり、青い矢印のところで切り継いでいる。
初期の頃なので、「お気楽道」の極みで行った改造のため、継ぎ目のスジがくっきりだ。
かえって判りやすいかもしれない。うんうん。(笑)

切れ味のいいニッパーで一発「パツンッ!」と切って、軽くヤスリがけしてゴム系ボンド(!)で接着。
この時は、なんて横着をしたものだ…。
当たり前というか…、後になって接合面が取れてしまった。orz...
応急処置はしたが、いつかキチンとレストアしよう。

トイレの表現を残すため、敢えて中間の窓を1個だけにしている。
…ナゼかって?
トイレがナイと漏らしちゃう~っ!…ではなく、キハ55とあまり差が無くなってしまうからだ。

で、バラしてみるとこんなカンジだ。
2003
窓ガラスは、オリジナルのパーツをそのまま使用している。
ここがポイント♪(後述)
動力はBトレ用の「通勤電車1」だ。

では車体を上から見てみよう。
2004
青い矢印のところに注目。
窓ガラスのこのツメを残すことによって、屋根をハメコミ式にすることができる。
ツメの位置はオリジナルのキハ20のままだ。

今度は下から…
2005
矢印部分に紙を貼っている。
これは床板(動力装置)にボディを載せた時に、高さが他車と合うようにするためのものだ。
ゴム系ボンドで、高さを調整しながら貼ろう。
もしズレてしまったら、紙を貼り足して調整しよう。
2006
屋根は車体加工後に、長さを合わせて切り継ごう。
そうしないと、長さ合わせに失敗する可能性が大だ。

元々の製品がシンプルな構造なので、Bトレ化改造も至ってカンタンだ。
これでおしまい♪
気合さえあれば量産できる形式だ。時間もそれほど掛からない。
しかも1両当たりの単価も安い…と、言うことナシ!

さぁ、「キハ20が出来たぁ~♪」というコトで、写真を撮ってみた。
2007
イイねぇ~♪イイねぇ~~~♪♪

今度は他形式と併結した写真を…
えーっと、手持ちのキハ58でイイや。
2008
おぉ!大糸線の糸魚川駅っぽいぢゃん!

あれっ?大糸線って「キハ52」だよねぇ…

…そっか、Bトレだと長さが同じになっちゃうから、キハ「20」もキハ「52」も関係なくなるのか!
(実物は搭載エンジンの関係上、キハ52のほうが中間の窓1個分、車長が長い)

というコトで、この車両の形式は「見た人が決めて」くだされ。(笑)
併結相手で柔軟に形式が変化するこの車両、かなり「お得」です♪
アナタも1両いかが? 今度の休みにでも「サクッ」と…

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2009年1月19日 (月)

Bトレ日記 ~「クラスメイトのような存在…営団5000系」の巻~

500001
私は営団東西線の5000系があまり好きではない。(笑)
「内装が暑苦しい」「抵抗器が冬でも熱い」「うるさい」「ドアの開閉が攻撃的」などなど…
クーラーが付いて回生ブレーキ化されて、少しはまともになったものの、やっぱ…ね。

特に、朝の高田馬場→早稲田間なんて地獄だったよ。非冷房だし。
早稲田→神楽坂の下り坂カーブなんて、脱線しそうな音を立てて曲がってたからね。
車体がガタガタ外側に向かって振動してたから…。
学生の自分でも「これはヤバい…」と思ってた。
今思えば、7両編成だったからあんなに混んでたんだなぁ~。

だが、物心付いた時から彼らは走っていた。
そして、学生時代はイヤというほど彼らに乗って通学した。7年間も。
中野~大手町間はもうウンザリ。(笑)

…とはいえ、あまり好きではナイ相手でも、毎日顔を合わせていると馴染みが出てくるというもの。(笑)
強いて言えば、「クラスメイト」みたいな感覚かなぁ…
中央線を再現する上と、私の青春時代を語る上で、欠かせない彼らの存在を称え、Bトレ化することにした。

今回、模型化するのは5000系の中でも異色の存在である「アルミ車」だ。
…ナゼかって? そりゃぁ、“つるん”としてて改造がラクだからさ。(笑)
500002
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ベース車は201系。これはNゲージのGM製キットと同じ手法だ。
ということは、当然「お顔」もGM製201系キットに付属の5000系のパーツを使用する。
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今回の201系と5000系の相違点は…
1.顔が違う(何度も当たり前のことを言うな)
2.戸袋窓の大きさが違う
3.中央窓が連続窓か個別窓かの違い
4.ドア縁の凹みの厚さ(鋼製車体かアルミ車体かの、肉厚の違い)
5.屋根全般
6.車体の色
…と、案外多い。
でも、雨樋の位置や屋根カーブ、ドア窓の大きさ等がイチバンしっくりくるのだ。

さぁ、改造に入ろう。

まず最初に、塗装を落とそう。
これは前回の「西武2000系」にも書いたが、「IPA」(水抜き剤)を使用する。
(ホームセンターなどの車のコーナーで、青いボトルに入って100円程度で売っている)
ただし、青い201系をベースにする場合は、逆に落とさないほうがイイかもしれない。
「IPA」入手が困難な場合は、塗膜が厚くなってしまうけど、そのままでもモウマンタイ(無問題)だ。

塗料が落ちたら、水色の帯を表現するために、側面パーツにだけ「東武ライトブルー」をスプレーしよう。
すると、京葉線や京都・神戸線よりも鮮やかな201系が誕生する♪
500005
塗料が乾いたら、帯の部分だけマスキングして、「アルミシルバー」をスプレーしよう。
この時に、一緒に前面と妻面のパーツも銀色に塗ろう。
乾燥後、マスキングを剥がすと…
500006
これだけでも何となく東西線っぽい。

次に、戸袋窓を下に拡張したように見せよう。
これには黒い塗料を使用する。ツヤ消しよりも半光沢のほうが良い。
窓ガラスのツヤと違和感がナイからだ。

細い面相筆で、一つ一つ丁寧に塗っていこう。
まずは四角く塗って、後で銀色で角の修正を掛けていく方法が素早く出来てラクだ。
戸袋窓の内側下部も黒く塗るのを忘れずに。上から眺めた時に繋がって見えないからね…
先頭車の乗務員扉横の窓だけは、油性マジックで黒く塗ったシールを貼ったほうがカンタンだ♪
乾燥したら、側面パーツに窓ガラスをはめ込もう。
すると、↓こんなカンジになる。
500007
そしたら、今度は中央窓の加工だ。
幅1mmのプラ帯を銀色に塗って、窓の高さと同じ長さに切り、ゴム系ボンドで接着しよう。(下の写真の赤い矢印部分)
すると…
500008
ホラ、もうすっかり5000系だべ!
背景が黒い所(トンネルとか)だと違和感ナイでしょ?

このノリのまま、お顔の化粧も済ませよう♪
銀一色のお顔にライトブルーを筆塗り。
(スプレーでも良いが…マスキングがメンドくさいよ!)
細部の色を入れ、窓ガラスも貼っておこう。
…そうそう、ステッカー類もね。
特に「快速」表示器は、今のうちにガラスの裏から貼っておくべし。
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さて、ここからは屋根の加工に入る。
7連の場合は、パンタ付き屋根×4枚、パンタ無し屋根×3枚を用意する。
(Mc+M+M’+M+M’+M+Tc:Mc・Mはパンタ付き、M’・Tcはパンタ無し)
そしたら、パンタ部分だけ残して、屋根の表面(クーラーとベンチレーター)をすべて削ろう。
ニッパーで大まかに切り取って、残りは電動ルーターを使って削ると加工がラクだ。

つるんとなった屋根に、カレンダーなどの上質な薄い紙を貼る。
その前に、屋根のクーラー部分がボッカリ穴開いてるのが気になるねぇ…
もちろん、厚紙でもプラ板でも何でも構わないので、裏当てして紙がヘコまないように補強しておこう。
パンタ部分だけは、紙を貼らずにそのまま使用する。
先頭車Mcは、中盤からパンタが撤去されている。
それを表現する場合は、パンタ取付穴を、紙で貼ってふさいでおこう。
下の写真は、右から「加工前」「削った状態」「紙を貼った状態」だ。
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貼り終えたら、ベンチレーターをゴム系ボンドで接着する。
使用したパーツはKATOのASSYパーツ「4270ベンチレーター」。
Bトレにはちょうど良い大きさ&厚みだ。N用のGMパーツだと、デカ過ぎてバランスが悪くなってしまう。
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加工が終了したら、屋根全体をグレーでスプレー。
余談だが、実車の屋根は、アルミ地のままの銀色だ。そこに汚れなどが付いて茶色っぽくなっている。
リアルさを追求するなら、銀をスプレーしてから、上からサビ色でウェザリングしてみてね♪
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さぁ、いよいよ組立だ♪
通常のBトレと同じように組み立てよう。
前面だけゴム系ボンドで接着だ。
台車とパンタを取り付けて、これで完成!
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よく中野~三鷹間を彼らと走ってたっけ…。(あ、西船橋~津田沼間もか。)
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とりあえず「お疲れ様でした」、5000系ちゃん♪
もし同窓会があったら、また会おうね!
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2009年1月15日 (木)

Bトレ日記 ~「なかなか口説き落ちない西武鉄道2000系」の巻~

今回は、鉄道模型の「Bトレイン」の、西武鉄道「2000系」をご紹介★

Bトレインの既製品で「西武鉄道新2000系」がある。
この製品はなかなか良く出来ていて、西武線ユーザーとしてはコレクションしておきたい一品だ。
ただ、同じ西武線でも「西武新宿線ユーザー」となると、新2000系を見ると併結相手の↓この子も欲しくなってしまう。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1001
新宿線の主ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

…という訳で、西武鉄道2000系の初期型を作ってみた♪

最初から改造の難易度が高いのが判っていたので、試作の意味も込めて、今回は2両編成の「クモハ2401+クハ2401」とした。
いきなり6両編成や8両編成に手を出してしまって、半ばで挫折するのも嫌だしねぇ…
すごい美女に声を掛けたら、怖いお兄さんに「オレの女に何手ェ出しとんねん!」とボコられるのと同じ心境…かな?
(絶対に違うと思う。笑)

…さて、本題。

今回の2000系初期型に使用するベース車両は、同じ西武鉄道の101系だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1002
新宿線のお仲間ぁぁぁ~~~~~~っ★

写真は401系だが、お顔が違うだけで車体は101系と同じだ。
「黄色1色のパンタグラフ付きのクモハ」の比較をしたかったので、クモハ401形に登場してもらった♪

側面のデザインがかなり違うように見えるが、よく見れば…

1.戸袋窓の有無
2.中央窓が、個別窓か連続窓かの違い

だけなのだ。

実車は、2000系が4ドア車で、101(401)系は3ドア車なのだが、Bトレインになってしまえばその違いは無い。

…何てすばらしい模型なんだ(笑)

西武鉄道の車両は、黄色い電車までは自社工場(西武所沢車両工場)で造っていたので、基本的な寸法はほぼ同じなのだ。
だから、西武の車両は同じ西武の車両から改造するのが、違和感が無い。

Nゲージのグリーンマックス(GM)製品のキットの説明書に書いてある洗脳的な刷り込みで「西武鉄道2000系は東武鉄道8000系から改造する」というイメージが定着しているようだが、実はそうではない。
窓の形も全然違うし、乗務員扉の高さも全く違う上、屋根は大改造しなければならないし…と。
だから、Bトレインでも同じ事が言える。
(むしろ、国鉄103系の方が似ている。西武車両は国鉄車両の寸法にかなり近い)

…という訳で、素直に101系の車体を使用した。

肝心のお顔は、ガレージメーカーのKitchen(キッチン)製のメタルパーツを使用した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1003
貴重品~~~~~~~~~~~~~っ★

特攻野郎Bチームの仲間が、わざわざ工面してくれた物だ。
「西武の4000系を作るんだったら、当然2000系も作るよねぇ~♪」と言いながら、両方のお顔パーツを渡されてしまっては仕方が無い。(笑)

西武鉄道2000系のお顔のパーツは、このメタルパーツ以外にはGM製品(東武鉄道8000系キット)に付属していた物しか世に出ていない。
GMのパーツは、今では入手不可能に近く「幻のアイテム」となっている。
(この後、完成品が出たので、それを切断すれば制作出来るようになった。高価だけどね…)

このメタルパーツの裏側にある出っ張り(赤い矢印の部分)は最初に切り取って、平らに削っておこう。
メタルなので、この時点でプライマー(金属に塗装する時の下地材)を塗っておこうね♪

…あ、車体の塗装も、この時点で落として(剥離して)おいたほうがベター。
(落とさなくてもモウマンタイ(無問題)だよん♪)

剥離する場合は、ホームセンターの車のコーナーで売っている「IPA(ガソリンの水抜き材)」で落とそう。
タッパーにIPAを入れ、そのプールに車体を泳がせて、1日ほど放置しておこう。
歯ブラシで擦ると、塗料がきれいに剥がれるから。
ブラシで落としたら、すぐに布で拭いておこう。
そうしないと、乾いた時に塗料が残ってしまうから…。

※IPAに触る場合は、ビニールの手袋等をして手指を保護してね。
肌の弱い人はご注意を

さぁ!お次は側面の加工だ★

まずは、先頭車の乗務員扉より前の部分を切り落とす。
前面パーツとピッタリ合うように、真っ直ぐに削っておこう。

それが済んだら、中央の窓を一つにつなげる加工だ。

こんな感じにね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1004
地味だけど大事ぃぃぃ~~~~~~っ★

左の青い矢印↑部分(窓間の縦桟)をニッパーで切り取って、右の赤い矢印↑部分のようにつなげるのだ。
(作例は新2000系(制作当時は未発売だった)だが、加工方法は全く同じ)
切り取った部分は、カッターできれいに仕上げておこう。

窓の加工が終わったら、ここから最大の難関である「戸袋窓の穴埋め」加工だ。

たかが2両でも、16ヶ所もある。
地道に、淡々と作業していくしかない。

もし、これが8両編成だったら、何と「64ヶ所」にもなる★
オラ的には、気力が持たないだろう…

まずは、プラ板を戸袋窓の大きさに切り、瞬間接着剤で戸袋に接着していく。
ここは、敢えてはみ出すくらいにたっぷり塗ろう。
乾いたら、はみ出た部分がパテ代わりになるからね。
安い瞬間接着剤だときれいに固まらずに上手くいかないから、必ず「アロンアルファ」等のしっかりした品質の瞬間接着剤を使おう。
オラは、それで一度失敗した…。

接着剤が乾いたら、後はひたすら紙ヤスリで削っていく。
削り過ぎないように、慎重に作業しよう。
時々、接合面に凹みがないかもチェックして、あったら接着剤を塗って埋めておこう。
そして乾燥後、また削る…の繰り返し。

いつもなら、「お気楽道」の精神で、戸袋部分にシールを貼って目隠しするのだが、黄色い車体は結構目立つ事が判明★
経年変化でみっともなくなってしまうのならば、きちんと埋めておこうと決心した次第。

オラだって、やる時はやるんだ!……たまにはね。

戸袋窓埋めが終わったら、新しい中央の窓を用意しよう。

これは、小田急電鉄「5000形」の窓パーツを使うと簡単だ♪
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1005
いただきまぁぁぁぁぁ~~~~~すっ★

窓ガラスの中央部分(赤い矢印→部分)だけを、カッターやレザーソー等で切り出そう。
ニッパーで切り取ろうとすると、ガラスにヒビが入って割れるので注意

上のボス(丸い穴)等は、無加工でOK。
何と、そのまま西武線の屋根にもはまるから♪

窓を失った小田急5000形は、窓ガラスを使用せずに透明プラ板を貼って「5200形」にしてしまおう!
そうすると、全く無駄が無い
(小田急5200形の制作記はこちらをクリック)

う~ん、これも、エ・コ・

さて、戸袋窓を埋めた上に、中央の窓ガラスを移植するという事は、西武線の窓ガラスも加工しなければならない。

まずは、中央の窓を切り落とす。
次に、戸袋窓部分のガラスの出っ張りを削り落とそう。
電動ルーター等で削ると、作業効率が良い。
作業中に、他の窓に傷を付けないように注意!

さて、いよいよ車体の塗装だ★

今回は、黄色1色なので、簡単だ♪
GM製品の缶スプレー「西武イエロー」を使用する。

前面・側面・妻面(連結面)のパーツの全てを黄色く塗ったら、次は銀色の色差しだ。

これは、筆塗りでもOK♪
ただし、ドアはムラにならないように、手早く丁寧に塗ろう。
前面下部のステンレス保護板は、GM製品の西武線用ステッカーに付属のを物を使用すると簡単だ♪

次に、油性の黒マジックで、お顔の窓周りにあるゴム(Hゴム)部分を塗ろう。

はみ出やすいから慎重にね!
失敗しても、アルコールで拭けば簡単に落ちるから、ご心配なく~♪
実車登場時の灰色Hゴムを表現する場合は、塗料で塗るしかない。

お顔の塗装が終わったら、前面にガラスを貼ろう。

厚めの透明ビニール袋を切り出して、ゴム系接着剤で固定する方法が楽だ★
パノラミックウィンドウ(曲面ガラス)には、この方法が一番良い♪

加工を終えたお顔は、こんな感じになる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1006
良い感じぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

ヘッドライトのレンズは、入手出来なかったのと「走ってしまえば判らな~い♪」の精神で、省略した。(笑)
もし目立つようなら、何か適当に透明なパーツを差し込もう…
窓のワイパーも、省略。

さぁ!待ちに待った「組み立てのお時間」だ

側面にガラス類を全てはめ込み、屋根とはめ合わせる。

屋根は無加工でOKだ♪
作りたい車両(車種)に合わせて、ベンチレーターを「グローブ形(円形)」か「箱型(四角形)」かを選んでね。

前面パーツは、ゴム系接着剤で接着する。

後は、再現したい時代に合わせて、パンタグラフ・行先字幕シール・スカート等を用意しよう。
(2000系は活躍期間が長いので、変更(更新)された部分が結構ある)

…で、組み上がると、こんな感じだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1007
たいへんよくできましたぁぁぁ~~っ★

奥の新2000系とは、だいぶ雰囲気が違うねぇ~。
良いねぇ~

編成で写すと、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1008
かわいい力作ぅぅぅぅ~~~~~~っ★

短い2両編成でも、なかなか画になる車両だ

…実物は存在感が薄いけどね。
(2024年追記:今では超貴重な初期型の生き残りなので、人気爆発よ)

…かくして、「難攻不落」とまで思われた西武鉄道2000系が、わずか2両だが完成した。

編成は短いながらも、インパクトは充分あったようで…。満足、満足

…憧れの女性を、何年もかけて口説き落としたような心境。(笑)

では、ジオラマに置いて撮影してみよう♪

まずは、これ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1009
新宿線と言えばここぉぉぉ~~~~ぅ★

新宿線の「新井薬師前(あらいやくしまえ)」~「沼袋(ぬまぶくろ)」駅間にある「中野通り」の踏切だ。

いやぁ~、2000系の似合うこと、似合うこと
(完全に手前味噌の自己満足の世界…)

新宿線ユーザーなら解っていただけると思う。…うん、絶対に

さらに、これも。
(画像をクリックすると拡大するよん)
Bトレイン・西武鉄道2000系制作記-1010
新宿線の名物ぅぅぅぅ~~~~~~っ★

「上井草(かみいぐさ)」駅だ。

「機動戦士ガンダム」で有名な駅で、発車メロディもガンダムになっている。

この上井草駅は、前後に踏切がある関係で、ホームの長さが20m車両×8両分(160m)しかなく、8両編成の列車はお顔が少しはみ出して停まるのが特徴だ★

このジオラマは、そこそこリアルに作り込んだので、結構似ていると思っている。
後は、地元の方に判断していただこう♪(笑)

やはり、2000系初期車には「関東バス」と「西武バス」が良く似合う

…ふぅ、やり切った★

さて、次は6両編成か、8両編成か…
(お顔のパーツは、まだ2個残っている)

何年後に出来上がるか……な?

…いや、無理かもしれない。
(2024年追記:やっぱり無理だった★(笑))

では、またぁ~♪

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2009年1月12日 (月)

海外鉄道旅日記 ~「オリエント急行VSOE」1996夏~

今回は、今までの模型制作記ではなく、実際の旅日記をご紹介
(古いアナログ写真をスキャンしたので、画質の悪さはご容赦いただきたい)

時は2009年1月。
ここのところ、鉄道模型(Nゲージ)界が「オリエント急行」で盛り上がっているので、ちょいと便乗してみる事にした。

「オリエント急行」とは、ヨーロッパを走る超高級寝台列車で、「世界のあこがれの的」な存在。
ディナータイム等は正装しなければならず、超高級ホテルに泊まるのと同じ感覚で乗車しなければならない。
当然、乗車賃も超高級で、距離によっては100万円近くする場合もある。
走行区間は、イギリス~フランス~スイス~イタリア間が一般的。

今回ご紹介するのは、かのNゲージ製品と違い、「VSOE」つまり「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス(Venice Simplon Orient Express)」と言う列車。

Nゲージ製品は「NIOE」で「ノスタルジー・イスタンブール・オリエント・エクスプレス(Nostalgie Istanbul Orient Express)」と言う列車だ。

VSOEもNIOEも、客車自体は同じ会社「Wagons-Lits(ワゴン・リ)」製なのだが、所有者と編成および走行区間が異なる。
(欧州では、個人で客車を持って営業路線を走らせる事が、法的に可能だ)

NIOEは、1988年に特別なイベントで日本に来て、日本全国を走った事がある。[ ● ]
あの時は、日本中が大騒ぎした★
鉄道好きでなくても、駅や線路際に行って眺めたものだ…
オラは、「品川(しながわ)」駅の山手線ホームから、奥の臨時ホームに停まっていた姿をちょっとだけ見た事がある。
(観に行ったとしても、大混雑と入場規制で近付けないよ…)

ちなみに、NIOEの客車達には「日本を走った証(記念)」として、今でも日本語の標記(JRの車体標記)が書き残されている。

さてさて。

1996年7月18日、オラはユーラシア大陸横断鉄道旅行の最中に、フランスの「パリ東(Gare de l'Est)」駅に寄った。
香港~ウルムチ~北京~モスクワ~北欧~南欧~ポルトガル~ギリシャ~トルコと、全て列車で移動の旅だ。
(この旅日記「Go West!」(全92話)はこちらをクリック)

ちょうど日本テレビ(NTV)で、お笑いコンビ「猿岩石(さるがんせき)」の2人組が、ヒッチハイクでインド経由で大陸横断していたのと同じ時だった。
(沢木耕太郎氏の小説「深夜特急」を真似た、壮大な企画。オラの旅もそうなんだけど…ね。)

パリ東駅の、駅構内の発車案内板を見ていたら、1ヶ所だけ変わった表示が出ているのを発見した。

それは、これだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1001
すぺしゃるぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

よく見ると、左下には「SPECIAL」が、上部には「VENICE SIMPLON ORIENT EXPRESS」の文字が…

しかも、行き先はイタリアの「ベネツィア・サンタルチア(Venezia Santa Lucia)」(ベニス)行き。
ホーム上では、レッドカーペットが敷かれ、クロークを設置したりと、準備作業が始まっている。
一瞬にして、脳裏に1988年の品川駅で遠目に見たオリエント急行(NIOE)の客車がよみがえる。

…まさか、あの客車が来る訳がないよなぁ…

最近は、オリエント急行にも現代の新型客車を使用していると聞いていたので、その可能性もある。
(名前だけ「オリエント」で、実際はごく一般的な特急列車だそうな)

そう思いつつも、隣のホームに行って、列車が来るのを待ってみた。

しばらくして、列車はやって来た。

模型やビデオで見慣れたフランス国鉄(SNCF)のゲンコツ型の機関車の後ろには、“あの”紺色の客車が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1002
来たぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ★

8年ぶりに見た、本物のオリエント急行だ

…8年ぶりとは言っても、「品川駅臨時ホーム」と「パリ東駅5番線」では雲泥の差だが。

準備の整ったクロークの横を機関車はゆっくりと通過し、停車した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1003
これはすごいぃぃぃぃ~~~~~~っ★

早速、隣のホームから客車をガン見する。(笑)

こんな機会は、一生のうちにそうあるものではない。

まずは、一般型の紺色の寝台車から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1004
テリッテリのツッヤツヤぁぁぁ~~っ★

う~ん、ツヤが違う。

紺色が光り輝いている
金色の線もいやらしくなく、上品だ。

側面下部を見ると、車両番号は「No.3425」で、その上にはイタリア語で「CARROZZA-LETTI(寝台車)」と書かれている。
(車両の種類は、側面の車端部ごと(4か所)に、フランス語・ドイツ語・イタリア語・英語の各国語で書かれている)

車体上部には、フランス語で長々と会社名が書かれている。
「COMPAGNIE INTERNATIONALE DES WAGONS-LITS ET DES GRANDS EXPRESS EUROPEEN」で、意味は「国際寝台車・ヨーロッパ大急行会社」だ。
(COMPAGNIE INTERNATIONALE DES WAGONS-LITSで「国際寝台車会社」ね)

…まぁ、日本で言えば「EAST JAPAN RAILWAY COMPANY」みたいなものだ。
あ、この手の類はJR九州の方が得意か。(笑)

車体中央のエンブレムも撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1005
格式が違ぁぁぁぁぁぁ~~~~~うっ★

エンブレムもカッチョエェ~

…やっぱり本物は違うね~。
どこぞの寝台特急「北斗星」とは。

エンブレムの下には、車体番号(61 87 06-30 425-9)とその他の標記が書いてある。

車体番号の各項目の数字(2~3桁)を見れば、車種・所属国・最高速度等が一目で判るようになっている。
1ブロック目の「61」が「国際列車用の客車」で、2ブロック目の「87」が「フランスの車両だ」という事を表している。

この標記は国際規格(UIC番号)で、日本の番号(41番でJR東日本)も用意されているのだけど、今まで使った事は無い。
(日本の車両が外国に乗り入れれば、側面に書かれるのだろうけどねぇ~)

…え、この車両って78tもあるの!?

日本の新幹線(約50t前後)よりも重いね。
78tって、日本を代表するディーゼル機関車「DD51形」の800番台と同じなんですけどぉ…

まぁ、骨組みが頑丈な旧型車両で、内装が豪華で凝っているから仕方が無いよねぇ~。

列車の途中に、バー車・食堂車・プルマン車(間仕切りの無い、テーブルが並んでいる食堂車みたいなタイプ)が連結されているので、バー車も撮ってみた。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1006
豪華絢爛~~~~~~~~~~~~っ★

車両番号「No.3674」で、この側面にはフランス語で「VOITURE-BAR(バー車両)」と書かれている。

車内にはシックなバーカウンターとピアノがあり、高級ホテルにいるのと何ら変わりはない。

この裏側の側面が特徴的で、右側の窓が数枚無く、その部分にお洒落なデザインで「VENICE SIMPLON~ORIENT~EXPRESS」と描かれている。
(バーカウンターの部分の窓が無い)

この紺とアイボリーの2色塗りが、オラは好きだ。

…決して「上田交通色」とは言わないように。

あぁ、この中で美女と食事をしてみたいなぁ~

…夢のまた夢だな。

…あ、さっきクロークに日本人の新婚さんがいたなぁ。
新婚旅行でオリエント急行か~、何てうらやましい…。
オラもいつか…って、そんな金は無いか。

せっかくの記念にと、同行の友達に写真を撮ってもらう。

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1007
確かに目の前で見たぞぉぉーーーーぅ★

…これで証拠は残った。

写っているのは、どちらも一般寝台車のようだねぇ~。
(「一般」と言っても超高級だが)

…では、向こうのホーム(5番線)の様子でも見に行きますか。

まぁ、ホームの中に入れるとは思ってもいないけどぉ~。(笑)

恐る恐る、5番線に行ってみる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1008
近寄れぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~ん★

…おぉ、何てセレブな雰囲気なんだ

近付こうにも、1つ上の写真の通りのサンダル履きなので、思いっきり立ち入りNGだ。

当時、欧州ではフォーマルな場所でのジーンズはまだNGの所が多かった。
(欧州人は、アメリカ人の服装の真似をすると嫌がっていた)
なので、「チノパンを穿いて行け」との、欧州通の友人の言葉に従った。

足首まではOKだったのだが、足元がねぇ…
…残念。

仕方が無いので、この写真を撮った場所から眺めていた。

…まるで、昭和30年代の、金持ちを見て憧れている貧乏な子供状態。

何か映画「三丁目の夕日」っぽいな。
ちょうど夕暮れだったしぃ…。
(…と言っても21時くらいだったと思う。列車が21時40分発だから。夏の欧州は緯度が高いから日没が遅い)

す~っかりオリエント急行の魅力にメロメロになりながら、ふと横に目をやると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
フランス・パリ東駅「オリエント急行VSOE」1996夏-1009
ぶちゃいくぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

そこには、リアルなフランスの通勤型客車が停まっていた。

…何てダサいデザインなんだ。

…って言うか、正面に窓が無いじゃん!
何とな~く「眼が退化しちゃった深海魚」のイメージ。

フランスとは、お洒落ようでいて、実は意外にダサいデザインの物が多かったりする。
「美」と「醜」が極端過ぎるのだ。

世の日本人女性達よ、フランス(特にパリ)のイメージに騙されるな★

「パリ症候群」と言う言葉(症状)があるくらいだからね。
実際に行くと判るけど、パリの街は汚いし、治安も悪いし、差別も多いからね。

こうして、人生で2度目の「オリエント急行との遭遇」を満喫した。

果たして「3度目」はあるのか…?
(模型はダメよ★)

では、またぁ~♪

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2009年1月 7日 (水)

プチ旅日記 ~「京急大師線2005秋 その3・東門前駅から小島新田駅まで」~

(前回「その2・鈴木町駅から東門前駅まで」からのつづきーっ!)

「2005年10月当時の、京急大師線を振り返ってみよう♪」シリーズの第3弾★

※2026年7月~9月に、内容の大幅なリニューアル(3回シリーズ化)をしました。
(一部に2008年11月撮影の写真とグーグルの画像も使っています)

大師線や沿線の詳細については、2011年と2018年の日記でもご紹介していますので、そちらも併せてご覧くださいませ
京急カテゴリの各日記は、こちらをクリック

では、スタート★

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「京急川崎(けいきゅうかわさき)」駅(下の地図の♪)から「東門前(ひがしもんぜん)」駅(♠)までやって来た。

今は、ここに居るよん。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1301
(2018年のグーグルマップより)
♠の位置ね★

♪…京急川崎駅
▲…港町駅
■…鈴木町駅
●…川崎大師駅
♠…東門前駅
▼…産業道路駅(後の大師橋駅)
★…小島新田駅

◇…S字カーブ
◆…鉄橋と川崎河港水門
◎…川崎大師(平間寺)
○…出来野の商店街(大師銀座)
□…神奈川臨海鉄道浮島線(貨物線)
△…旧小島新田駅跡
▽…岸壁(千鳥運河)
☆…神奈川臨海鉄道千鳥線の踏切(夜光)

東門前駅の下りホームは、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1302
昭和レトロぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

1960年代で時が止まったかのような、非常にレトロで味のあるホームだ

では、先に進もう。

次の駅は「産業道路(さんぎょうどうろ)」駅(▼)なのだが、線路沿いに細い道があるけど歩いた事が無いので、東門前駅のホームから見てみると…
(いつも地図の○の商店街(大師銀座)を歩いてしまうので…ね)

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1303
見通し良好ぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

真っ直ぐなので、見通しが非常に良い

奥に停まっている列車の位置が、産業道路駅ね♪

では、ホームから出て歩いて行こう。

まずは、目の前の構内踏切を渡り、再度、奥にある踏切を渡る。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1304
ひたすら歩くぞぉぉぉ~~~~~~ぅ★

お子様の頃は、川崎大師へお参りした後に、この踏切までやって来て列車に乗るパターンだった。
でも、大人になってからは、自由に行動しますわよん

この踏切を右に進み、出来野(できの)の商店街「大師銀座」(○)をテコテコ歩く。

大師銀座は、こんな感じね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1305
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
下町レトロぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

東京都の品川区や大田区と同じく「海が近い東海道筋の街」と言った感じの、下町でレトロな雰囲気の商店街だ。

特に、右に見える「昭和マーケット」がレトロの最高峰で、ここを通ると必ず覗いてしまう★
(※追記:2022年の初め頃に解体されたようだ。跡地には普通の住宅が建っている)

この商店街の雰囲気が大好きなので、東門前駅と産業道路駅間は、線路の近くを歩いた事が無い。

奥まで真っ直ぐ続く道を進んで行くと、上に高速道路が走っている大きな道「産業道路」に突き当たるので、左に曲がって少し歩くと、産業道路駅(▼)に到着する。

駅舎は、こんな感じね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1306
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
チャリンコまつりぃぃ~~~~~~っ★

※2026年8月追記
産業道路駅(現在は「大師橋(だいしばし)」駅に改名)も写真に撮った事が無かったので、グーグル先生にお助け頂きました
この写真と下の2枚は2010年で、地下化工事が始まった後のお姿なので、2005年当時とはだいぶ違っている。
でも、駅舎は変わっていないと思うので、こちらで代用した次第★

踏切からホームを見ると、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1307
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
だいぶ変わってしまったぁ~~~~っ★

2005年当時と比べて、ホームが40mほど川崎寄りに移設されてしまった。
昔は、駅舎のすぐ近くにホームと構内踏切があった。
そして、踏切とホームの間に分岐器(ポイント)を挿入する工事が行われている。
(この後、踏切部分が単線になった)

昔の産業道路駅には上り線側に「3番線ホーム」があり、大昔は折り返しの列車もあったそうな。
すぐ近くには廃線跡らしき道路もあるので、2005年当時にちゃんと調べておけばよかった……と後悔している。
(ネットで調べたら、海岸電気軌道の線路跡のようだ)

ここからクルッと振り返って、終点の「小島新田(こじましんでん)」駅(★)の方向を見ると、こんな感じ。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1308
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
緩やかなカーブぅぅぅ~~~~~~っ★

ずっと直線で走って来た線路は、ここで緩やかにS字状にカーブして小島新田駅に到達する。

この踏切板(左側の線路の足元部分)にも、3線軌条だった時の名残りがあるねぇ~♪

この産業道路は交通量が激しいので、踏切対策として立体交差化(京急大師線の地下化)が始められたという訳★
頭上には高速道路があるので、地下に潜るしかない……となった次第。

では、頭の中を2005年に戻して、先に進もう★

線路沿いに道があるので、テコテコ歩いて行くと…

到着したぞ♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1309
しうてぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~ん★

大師線の終点、小島新田駅(★)だ。

非常に模型化しやすい駅だ…って言うか、模型っぽい駅。

鉄道模型のNゲージの、KATO製対向式ホームと地上駅舎で、速攻簡単に再現出来る。
(※2010年3月14日から、もう1本線路が増えて1面2線化(島式ホーム化)されて変わってしまった)

住宅と道路に挟まれた、非常に小ぢんまりした駅だ。

いっそ「こぢんまり新田」駅と改名した方が…

ホーム上から今来た線路を見ると、こんな感じね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1310
最果ての駅ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

…何か、地方の「最果ての駅」にも思える。

昔は、奥に見える踏切と小屋の辺りから貨物線が分岐して、国鉄の「塩浜操車場(しおはまそうしゃじょう)」(現:JR川崎貨物駅)まで伸びていた。
その痕跡は、今でも跡地の住宅の建ち方に残っていて、周囲の家と角度が違って、道路に対して斜めに建っている。

上空からの写真を見ると、良く判る。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1311
(2026年のグーグルマップより)
不自然なカーブぅぅぅ~~~~~~っ★

黄色い矢印→が貨物線の痕跡で、これらの家だけが道路に対して不自然に斜めに建っているのが判る。
この矢印(曲線)をたどっていくと、塩浜操車場の線路際に出る。
(2026年現在では、駐車場の端っこ辺りね)

赤い矢印→と青い矢印↓は、後で解説するので待っててね

では、ホーム上に戻って続けよう。

ホームの先端から少し下がって見ると、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1312
途中の駅ぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

ここだけを見ると、どこかのローカル線の途中駅にも見える。
あまり「終点」っぽくはないねぇ~。

でも、後ろにクルっと振り返ると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1313
やっぱりしうてぇぇぇ~~~~~~ん★

やはり「終着駅」だね★

線路のいちばん端っこを見てみると…

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1314
ここまでぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ★

比較的簡素な「車止め」が設置されている。

ちなみに、左側に見えている道路橋は、この先にある川崎貨物駅(塩浜操車場)を越える為に造られた「いつくしま跨線橋(こせんきょう)」だ。
道幅は広いが、歩行者と自転車専用になっているので、自動車は通れない。

では、いったん駅を出て、先ほどの上空写真の赤い矢印→を探りに行こう★

この赤い矢印→は、塩浜操車場が造られる前までは、京急大師線の線路だった所だ。

それまでは、小島新田駅は、下の赤い矢印→の場所(△)にあった。
そして、さらに先まで線路は伸びていた。
終点は「桜本(さくらもと)」駅と言う。

1964年の塩浜操車場の開設により、現在の小島新田駅(★)から先は廃線となった。

青い矢印↓は、すぐ右横にある巨大な工場「日本冶金(にほんやきん)」への引き込み線跡で、当時は(旧)小島新田駅(△)で味の素からの貨物線と合流し、3線軌条のまま桜本駅の手前まで続いていた。
(黄色い矢印→の連絡線は、塩浜操車場が出来た時に造られた)
小島新田駅の次にある「塩浜(しおはま)」駅(☆のすぐ下の交差点)から終点の桜本駅間は、1952年(昭和27年)から川崎市電の路線へと変更された。
なので、貨物列車は塩浜駅から先は川崎市電(ここも3線軌条のまま)に乗り入れとなり、途中の「日本鋼管前(にほんこうかんまえ)」から日本鋼管の専用線に乗り入れて、国鉄の「浜川崎(はまかわさき)」駅まで走っていた。
(味の素の貨物列車の運行は、1949年から1997年まで)

まずは、改札を出て駅前広場に行こう。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1315
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
猫のひたいぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

「広場」とは言えないくらいの狭さだが、一応タクシーも停まれるので「駅前ロータリー」の役目は果たしている。
小島新田駅から周辺の工場へ向かうビジネス客も多いので、タクシーは結構やって来るのだ★

駅前には、小さな売店と公衆トイレしかない。
(※追記:売店は、後にこの建物のままセブンイレブンになった。…かなり小さいけどね)

左側はちょっとした商店が並んでいて、仕事終わりの工員さん達が1杯飲んで帰る「癒しスポット」になっている

駅前には、いつくしま跨線橋に上れる階段があるので、テコテコと登って上空から小島新田駅を見ると…

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1316
まるでジオラマぁぁぁ~~~~~~っ★

…本当に、鉄道模型のジオラマのような駅だ。(笑)

線路の上空に聳える鉄塔は、東京電力の「塩浜北線(しおはまきたせん)」で、産業道路駅(▼)の少し川崎寄りにある「大師変電所」から伸びている。
駅舎の目の前に見える鉄塔は「塩浜北線 No.11」で、ここから先(背中側ね)は線路が無いので、「No.12」からは普通の鉄塔になっている。

では、駅舎とこの先の景色の両方が見えるアングルで観てみよう。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1317
真ん中を横切ってるぅ~~~~~~っ★

売店のすぐ先は、もうJRの川崎貨物駅だ。
大師線を分断させて、豪快に横切っているよねぇ…

そして、赤い矢印↓が、昔の大師線の廃線跡ね。
緩くカーブしてつながっているのが、判るよね♪

奥のど真ん中に見える鉄塔が「塩浜北線 No.12」だ。
この少し先(右奥)にある「塩浜変電所」(☆の真横)まで伸びている。
鉄塔自体は「No.14」くらいまであるようだ。

この跨線橋からは、川崎貨物駅構内で入換え作業をしている機関車や貨物列車を、たぁ~くさん見る事が出来る
(日曜日や祝日は運休が多いので要注意)

なので、ちょっと歩いているだけで…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1318
でーでーが来たぁぁぁ~~~~~~っ★

神奈川臨海鉄道のディーゼル機関車「DD55形」だ。

貨車は、石油タンク車(タキ)とコンテナ車(コキ)がほとんどで、たま~にレアな列車が来る感じぃ~。

あまりに貨物列車がやって来るので、鉄道仲間と「(1つ上の右に写っている茶色い)マンションの部屋をみんなで借りちゃおうっか?」と、笑いながら話していたよ★
趣味的には良いけど、生活するとなると深夜にコンテナ列車がバンバンやって来るので、うるさいだろうなぁ…

この辺りまで来ると、多摩川の向こう岸は羽田空港(✈)で、広大な敷地が良く見える。
風向き次第では、離発着する飛行機もかなり近くに見える。

貨物線を越えて、向こう側の地上にたどり着いた。

先ほどの赤い矢印↓の近くで線路を見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1319
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
超~広大ぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

はるか先まで、レールが敷き詰められている。

日中は、ここに貨物列車がいくつも並んでいるよん♪

左に見える車が停まっている駐車場が、先ほどの赤い矢印↓の場所(廃線跡)ね。
そして、右側のいつくしま跨線橋に緑色のネットが掛かっている左横が、小島新田駅の駅舎だ。
(架線柱の真後ろね)

では、小島新田駅に戻って、大師線の列車を観てみよう★

再びいつくしま跨線橋を歩き、小島新田駅の構内が見渡せる場所で待っていると…

来た、来た♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1320
ホームがギリギリぃぃ~~~~~~っ★

ホームの長さがほぼ列車分しかないので、結構ギリギリの感じがするね。

列車が停車して乗客が降りて来たので、ちょいとアップで見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1321
まぁまぁ乗ってるぅぅ~~~~~~っ★

「金曜日の11時半」という時間の割には、結構乗客がいるねぇ~。
「月末の週末」だからか…な?
(※追記:一時期「プレミアムフライデー」ってあったよね。この日がまさにそれだ★(笑))

この列車も1000形だったので、700形が来るまで待ってみた。

…来ましたぞ♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1322
わくわく

やはり、この光景ですな♪

列車はゆっくりとやって来て、停車した。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1323
しうてんでぇぇぇぇぇ~~~~~っす★

この列車にも、結構乗っていたねぇ~。

アップで見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1324
おぉ、いぇい★

良いねぇ~

鉄道模型(Nゲージ)で簡単に再現出来るのに、肝心の700形車両が売っていないのだ…
自作で改造したりして作るのも難しい…

非常にMOTTAI-NAI!ね★
(※追記:2014年5月に販売された)

駅の改札口に行って、線路の端っこからホームを見ると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1325
のどかぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ★

小島新田駅は非常にローカルなので、平日の日中は、ほんの数人しか乗降しない時もある。

この光景を「他の駅でも見た事があるなぁ~」と思う人も、結構な割合で居ると思う。

そう、大昔の京急空港線の「羽田空港(はねだくうこう)」駅と同じ雰囲気を醸し出しているのだ★

写真を見比べると、確かに似ている…。

昔の羽田空港駅は、現在の「天空橋(てんくうばし)」駅の内陸側で、細い川(海老取川)の手前にあった。
(営業は1991年1月15日まで)

…まぁ、当時の空港線は3両編成だったから、末期は新型の800形(ダルマさん)を使用していたので、大師線の700形よりもはるかにグレードは高かった

でも、沿線の雰囲気は、東京都と神奈川県の違いはあれど、同じ多摩川の岸辺を走っているので、兄弟の様に本当によく似ていた。
今では空港線の大発展により、全く雰囲気の違う路線になってしまった…。

ここからアップで見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1326
良いねぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ★

何とも言えない、良い雰囲気

やはり、700形ですわね

ちょうど女性が1人だけホームを歩いていたので、ちょっと格好付けて撮ってみた。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1327
お昼のひと時ぃぃぃぃ~~~~~~っ★

いい感じに撮れたね

これも、オラのお気に入りの1枚だ

…おっ、発車時間になったぞ。

車掌さんがドアを閉める。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1328
出発良しぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

空いているので、駆け込み乗車する人も居ない。

そして、列車が発車した。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1329
出発進行ぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

本線ではないので、いきなりフル加速等はせず、ゆっくりと動き出した。

列車は、ゆっくりと走り去る。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1330
バイバイキぃぃぃぃぃ~~~~~~ン★

このローカルさが、たまらない

本当に、京急大師線は良い路線だ

また来ようね♪

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2005年の想い出はここまでで、ここからは2008年以降のお話し。

この撮影が、最初で最後の700形の記録となってしまった…
(この1ヶ月後に引退してしまった)

…あぁ、以前からもっと撮っておけばよかった。

2009年の今や、大師線は(旧)1000形の天下だ。
時折、新しい1500形も入って来る。

だが、その1000形も、もう長くはない。
(※追記:2010年6月で引退した)

…そんな訳なので、ここでは1000形のお写真をいくつかご紹介しよう♪

まずは、基本のこれね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1331
(2008年11月4日撮影)
これぞ大師線~~~~~~~~~~っ★

「その1」の700形でも撮った、川崎河港水門前の鉄橋(◆)の光景だ。

よく見たら、鉄橋の下に車が停まれるほどの高さがあったんだねぇ~

そして、お次も…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1332
(2008年11月4日撮影)
結構レアものぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

「その2」で登場した「京急110年の歴史ギャラリー号」だ。

オラ的には全く馴染みは無いけど、「記録」としては結構レアな感じで、良いんでないのぉ~♪

そして、最後に…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その3・東門前駅から小島新田駅まで-1333
(2008年11月4日撮影)
黄色いぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

京急川崎駅(♪)を発車して、本線の多摩川の鉄橋上を走る「ありがとうギャラリー号」だ。

昭和20~30年代(1950年頃)の車両をイメージしていて、朱色と黄色でかなり派手だ
国鉄の「新潟色」に近い色合いだね。

ちょうど手前に2100形の快速特急が来てしまったので、遠いけど頑張って撮ってみた★
予期せず偶然来たので、結構慌ててしまったよ…

これも「いかにも川崎」という光景で、結構気に入っている

1000形の記録も、これでおしまい★

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2009年現在は、大師線の地下化工事が始まっていて、東門前駅(♠)~産業道路駅(▼)間は地面をほじくっている状況だ。
あと数年もしたら、これらの景色全てが過去の物となるんだろうなぁ…
にわかファンの「さよなら祭り」になる前に、一度訪れてみる事を強くお勧めします。

大都会にありながらも京急一のローカル線「大師線」は、今日も工場で一生懸命働く人達を乗せて頑張っています♪

では、またぁ~♪

(2011年1月の様子の「リバーサイド・ハツモーデ:川崎大師と京急大師線 2011新春」はこちら)
(2018年6月の様子の「京急大師線を歩く。その1小島新田駅と川崎貨物駅 2018夏」はこちら)

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2009年1月 6日 (火)

プチ旅日記 ~「京急大師線2005秋 その2・鈴木町駅から東門前駅まで」~

(前回「その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで」からのつづきーっ!)

「2005年10月当時の、京急大師線を振り返ってみよう♪」シリーズの第2弾★

※2026年7月~9月に、内容の大幅なリニューアル(3回シリーズ化)をしました。
(一部に2008年11月撮影の写真も使っています)

大師線や沿線の詳細については、2011年と2018年の日記でもご紹介していますので、そちらも併せてご覧くださいませ
京急カテゴリの各日記は、こちらをクリック

では、スタート★

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「京急川崎(けいきゅうかわさき)」駅(下の地図の♪)から「鈴木町(すずきちょう)」駅(■)までやって来た。

今は、ここに居るよん。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1201
(2018年のグーグルマップより)
■の位置ね★

♪…京急川崎駅
▲…港町駅
■…鈴木町駅
●…川崎大師駅
♠…東門前駅
▼…産業道路駅(後の大師橋駅)
★…小島新田駅

◇…S字カーブ
◆…鉄橋と川崎河港水門
◎…川崎大師(平間寺)
○…出来野の商店街(大師銀座)
□…神奈川臨海鉄道浮島線(貨物線)
△…旧小島新田駅跡
▽…岸壁(千鳥運河)
☆…神奈川臨海鉄道千鳥線の踏切(夜光)

鈴木町の駅舎は、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1202
こぢんまりぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

いかにも京急っぽい、小ぢんまりとした好ましい駅だ♪

この一帯は、駅舎と線路以外は全て「味の素」の私有地なので、自由に歩き回る事は出来ない。
駅舎前の踏切も、線路の向こう側は工場の正門なので、関係者以外は渡る事が出来ないのだ。

なので、踏切上から川崎方向の線路を撮ってみた。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1203
まっすぐぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

1つ手前の「港町(みなとちょう)」駅(▲)からは、線路が真っ直ぐに伸びている。
これが本線だったら、時速100Km近く出して可能な限りスッ飛ばすのだが、ここはローカルな大師線なので、速度はあまり出さないでおとなしく走っている。

右に見える建物は味の素の工場で、左の建設中の建物は味の素の食品研究所になる予定だ。

…つまり、見える範囲全てが「味の素の敷地」という訳★

大師線の線路は、その真ん中を走っている。

先ほど(その1で)観て来た鉄橋と川崎河港水門(◆)は、線路が盛り上がった場所にある。

この写真だと見えづらいので、アップで見てみると…

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1204
盛り上がってまいりましたぁ~~~っ★

…ね、結構盛り上がっているでしょ。

お子様だったらワクワクするでしょ 

…おっ、ここの東京電力の鉄塔は「大師線 No.10」だね★

多摩川の東京都側の土手辺りから数えて10本目だ。
(「No.2」は都側の土手沿いに建っていて、「No.1」は不明)
奥に見える、分岐点のゴチャゴチャ鉄塔は「No.5」ね。

奥の線路脇(左側)に見える、2本の丸い筒状の建物が、さっきのセメントのプラントね。

では、次の駅に行こう。

次は「川崎大師(かわさきだいし)」駅(●)なのだけど、その手前にちょいと変わった物が過去に存在していたので、ちょいとご紹介♪

線路に並行している道を歩いて、川崎大師駅の直前でクルっと後ろに振り返ると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1205
あぢのもとぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

ここがいちばん「味の素と大師線」の関係性が判る場所で、隠れた撮影スポットでもある

味の素とは、切っても切れない関係にある。

…おっ、列車が来たぞ♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1206
微妙に違うぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

構図は完璧なのだが、車両がぁ…

1000形だと、ちょいと「大師線」という雰囲気ではなくなるんだよねぇ~。

余談だが、列車の少し後ろにある鉄塔「No.12-1」で、大師変電所(No.29)から来た送電線「味の素前線(あじのもとまえせん)」が、右側の味の素の工場内に引き込まれている。
なので、ここから先は、送電線が3セット(縦の3本×3回線)ぶら下がっている。
(大師線は2回線)

このまま、上り列車を待っていると…

来た、来た♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1207
この子だよぉぉぉぉぉ~~~~~~ん★

そうそう、やはり700形でないとね♪

そして、最後尾のお顔も撮ってみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1208
これぞ大師線~~~~~~~~~~っ★

オラ的に最高の1枚が撮れた

味の素と送電線と700形……完璧ですわ

さてさて。

先ほど「変わった物」とお話ししたが、それは今立っている真横(右側)に存在していたのだ★ →

でも、ここから見ても鉄塔が邪魔して良く見えないので、背中側のすぐ後ろにある踏切(川崎大師駅ホームの真横にある)まで移動して見てみると…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1209
(2018年6月3日撮影)
秘密の玄関~~~~~~~~~~~っ★

正面の鉄塔「No.15」(写真は送電線が撤去された後の姿なので、ただの太い架線柱になっているが…)の右側に、白い門柱と格子状の門が見えるでしょ。
これは、昔の貨物線の引き込み口だった痕跡なのだ★

以前は、終点の「小島新田(こじましんでん)」駅(★)の目の前にある国鉄「塩浜操車場(しおはまそうしゃじょう)」(今のJR川崎貨物駅)から味の素の工場まで、深夜に貨物列車が大師線を走っていた。
(貨物列車の運行は1949年から1997年まで。詳細は、次回「その3」でご紹介♪)

貨車の積荷は「アミノ酸」で、調味料の原料だ。
車両は「タム5000形」と言う、超かわいい小さなタンク貨車だった。

実車の写真を「ウィキペディア」よりお借りして…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1251
(ウィキペディア「国鉄タム5000形貨車」より。1986年10月19日撮影)
あじたむぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

「味の素のタム」で、通称「味タム(あじたむ)」と呼ばれていた。

京急の線路の幅は1435mm(世界標準軌で新幹線と一緒)で、貨物列車は国鉄から乗り入れるから1067mmの狭軌だった。
幅が違うのでレールが3本あり(これを「3線軌条」と言う)、片側は共用になっていた。

こんな感じね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1210
(2006年9月19日に箱根湯本駅で撮影)
レールが多いぃぃぃぃ~~~~~~っ★

この写真は、箱根登山鉄道の「箱根湯本(はこねゆもと)」駅手前の光景だが、線路の幅は大師線のと全く同じだ。
外側2本のレールが1435mmで登山電車用になっていて、右側と内側にあるレールが1067mmで小田急線車両用になっている。

この右側と内側のレールが、味の素の工場内に入り込んでいたのだ★

こちらも、昔の実際の写真をウィキペディアよりお借りして…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1252
(ウィキペディア「川崎大師駅」より。1988年4月3日撮影)
これだよぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

お子様の頃は、列車内から必ずこの光景を「ガン見」していた★(笑)

でも、3線軌条は下り線だけだったので、京急の終電後に貨物列車が走っていたという訳。
(神奈川臨海鉄道のディーゼル機関車が牽引していた)

3線軌条の痕跡は所々に残っているので、後ほどご紹介しよう♪

さてさて。

この踏切で後ろにクルッと振り返ると、目の前に川崎大師駅(●)のホームがある。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1211
(2018年6月3日撮影)
ここがメイン駅ぃぃぃ~~~~~~っ★

この駅が大師線の最大の目的の駅で、川崎大師(平間寺:へいけんじ)(◎)への参拝の為に明治32年(1899年)に造られた。

※2026年8月追記:今まで何十回と訪れているのに、何故か川崎大師駅の写真を撮った事が無かったので、比較的最近の写真で代用します~。

ごく一般的な相対式のホームで、ホームの先端部分に構内踏切がある。
正月は、この構内踏切は大混雑だよ★
(※この後、2007年12月に地下道と下りホームにも改札口が出来た為に、構内踏切は廃止された)

では、ここでちょいと寄り道をして、お大師様にお参りに行こう♪

駅前広場で振り返って駅舎を見ると、こんな感じ。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1212
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
表参道ぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

川崎大師への玄関口に相応しく、駅舎の柱がお寺っぽく朱色に塗られている。

駅舎の後ろは、味の素の工場と低層階の住宅地なので、空がきれいに見渡せる♪
送電線の鉄塔(No.16)が目立つよね★

お大師様への参道「表参道」は、今立っている所の右側にある。

古くからあるお店が並んだ商店街(表参道)を歩いて行くと、180度曲がって、門前の商店街「仲見世通り」にたどり着く。
その商店街を抜けると、平間寺の正門「大山門(だいさんもん)」が現れるという訳だ★

山門をくぐって、境内に入ると…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1213
(2019年4月9日撮影)
威風堂々ぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

お寺で日本第1位の参拝者数を誇る、立派な本殿(◎)が建っている。

※2026年7月追記:この光景は昔からほとんど変わっていないので、これも最近の写真で代用させていただきます~。
かなり昔に、右の寺務所が新しくなったくらいか…な。

ここでお参り。

(ー人ー)南無大師遍照金剛~

境内はかなり広く、左側にはこんな建物も…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1214
50タワぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ★

立派な五重塔が建っている。

この他にも、屋台や池があったりして、の~んびり滞在する事も出来る。

トイレも大きく(何せ、日本一のお寺だからね)、何も困る事は無い♪

さて、お参りも済んだので、また大師線に戻ろう♪

境内を出ると、大山門のすぐ脇に超有名な老舗がある。

これぢゃ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1215
(2008年11月4日撮影)
子供の頃からの憧れぇぇぇ~~~~っ★

川崎大師名物「久寿餅(くずもち)」の老舗「住𠮷(すみよし)」だ。

お参りの後に、ここで久寿餅を買って、この先の角にあるお店「松屋(まつや)」で「せき止飴」を買って帰るのが、毎年の習慣だった。

お子様の頃は、正直言って参拝なんてどうでもよく、京急線に乗れて住𠮷の久寿餅が食べられるのが最大の「お楽しみ」だった

大人になって、自分のお金で久寿餅を買って、自由に好きなだけ食べられた時の幸せと言ったら…
まさに「憧れ」だった

お店には喫茶もあり、甘味を食べて休憩する事も出来るので、参拝の際には是非お立ち寄り頂きたい

ちなみに、「久寿餅」と「葛餅」は全く違う食べ物なので、混同しないようにご注意を
久寿餅は小麦粉を発酵させた物で、葛は入っていないからね。

仲見世通りを抜けて左に曲がり、そのまま大師線の線路脇の道へ移動。

川崎大師駅からは線路沿いに道があるけど、戻るのも面倒臭いので、ちょうど良い♪

線路脇の道に出たら、ちょうど列車が来た。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1216
至って普通ぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

…やはり、1000形だと本線と何の違いも無くなってしまうねぇ~。

ここでも上り列車を待ってみたら…

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1217
やっぱこれぇぇぇぇぇ~~~~~~っ★

やはりこれ、700形ですよ

列車の最後部辺りはもう「東門前(ひがしもんぜん)」駅(♠)のホームなので、ホームの上に行ってみよう♪

改札を通って、上り(川崎行き)ホームの先端部分に移動。
(上の写真の、列車のお尻辺りね)

列車が来たぞ♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1218
意外と撮れるぅぅぅぅ~~~~~~っ★

この場所って、意外とちゃんと撮影出来るのね♪

さて、ここで「3線軌条」の痕跡が判るので、ご紹介しよう★

足元に写っている上り線は、レールの枕木が最近の標準のコンクリート製だが、下り線は昔ながらの木製のままだ。
そして、いちばん外側のレールの左横に、微かに油で黒ずんだ部分が見えるでしょ。
これが、貨物列車用のレールが敷かれていた痕跡なのだ★

今まで各地で見て来たが、3線軌条用のコンクリート枕木って、当時は製品が存在していないと思う。
なので、木の枕木に釘(犬釘)で直接打ち付ける、昔ながらの方法で敷設されていたようだ。

木の枕木とコンクリート枕木では、乗り心地と走行音が全く違う。

もう貨物列車も走らないので、そろそろコンクリート枕木に交換されるだろう…
(線路のメンテナンスが楽なのでね♪)

この1000形が、東門前駅に到着して発車するまでを撮ってみた★

順に見てみよう♪

まずは、駅に到着して客扱い(乗り降り)が終わったくらいで、お顔を1枚。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1219
これが限界ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

ホームの長さが短いので、デジカメの標準モードだとこの範囲が限界だ…

少し右に向いて、編成全体を撮ってみた。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1220
これも限界ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

これが「いっぱいいっぱい」だ…
お顔を入れて編成全体を撮る事は不可能だねぇ~。

列車が動き出した。

程良いタイミングで、1枚。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1221
いい感じぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

やはり、これくらい列車が離れていた方が、良い感じで収まるね♪
しかも、東門前駅全体も写り込むので、証拠写真(想い出写真)にはちょうど良い

列車が駅を出た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1222
バイバイキぃぃぃぃぃ~~~~~~ン★

…うん、なかなか良い感じに撮れるんでない?この場所って

では、本命を撮ってみよう♪

次の列車がやって来た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1223
超いい感じぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

やはり、700形ですわ

こちらも、駅に停車して客扱いが終わる頃に、お顔を撮ってみた。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1224
超イケてますぅぅぅぅ~~~~~~っ★

かなりお気に入りの1枚が撮れたぞ

先程の1000形と同様に、編成全体も撮ってみた。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1225
4ドアまつりぃぃぃぃ~~~~~~っ★

いやぁ~、これだけドアが並んでいると、壮観だねっ
(それだけ「座席が少ない」という事だが…)

そして、程良いタイミングで、1枚。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1226
超完璧ぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

オラ史上、最高の1枚が撮れたっ

うれしひ

この東門前駅付近が、いちばんきれいに編成が撮れるねぇ~♪

そして、列車がホームを出た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1227
バイバイキぃぃぃぃぃ~~~~~~ン★

…ふぅ、大満足

では、落ち着いたところで、東門前駅のお姿を見てみよう。

余談だが、正月は、1つ手前の川崎大師駅が初詣客で大混雑するので、帰りはこの駅から乗ると座って帰れるという裏技がある。
川崎大師(◎)は両駅の中間にあるので、歩く距離はそれほど変わらない。
お子様の頃に父親がそれに気付いて以降、帰りは東門前駅から乗るようになった★

ホーム全体の姿は、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1228
良い

東門前駅は、レトロ感があふれていて非常に好ましい。

ここの鉄塔「大師線 No.26」は、少し変わった形をしていて面白いね♪
他と同じそのままの形だと、列車のドアが開いた時に目の前に柱があって、降りられなくなってしまうからねぇ~。

この折れ曲がった脚も、また良い味を出している

少し前に行ってみよう。

鉄塔(No.26)の辺りで撮ってみた。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1229
ローカルぅぅぅぅぅぅ~~~~~~ん★

程良いローカル感があって、落ち着くね♪

ホームの屋根が気になるので、近寄って見た。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1230
昭和レトロぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

1960年代で時が止まったかのような、実に渋くてナイスな屋根だ

これは永久保存版だねぇ~。

東門前駅って、あの都会的な川崎駅からたった3.2Km(4駅)しか離れていないんだよねぇ…
非常にローカルだなや。

…走っている車両といい、「ことでん(高松琴平電鉄)」みたい★(笑)
(…いや、ことでんの駅の方が新しいか。)

駅の先端の方を見ると、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1231
まっすぐぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

これまた、真っ直ぐな線路が続いている。

ホームの端には構内踏切があり、駅舎(改札口)は左の下りホームにある。

なので、右側の街から来て川崎行きに乗ろうとすると、奥の道路の踏切を渡って左の改札を通り、再び構内踏切を渡ってホームに来る……という手間が掛かる。
まぁ、構内踏切のある駅って、どこも同じだけどね★

奥に見える列車が居る所が、次の「産業道路(さんぎょうどうろ)」駅(▼)ね。

そして、列車の左にある赤い信号機の手前にある鉄塔が「大師線 No.29」で、(送電線の)大師線の終点だ。
この右横に大師変電所があり、そこへ引き込まれている。
そして、この「No.29」から先は「塩浜北線(しおはまきたせん)」と言う別の回線となり、さらに続いているという訳。

…という訳で、京急大師線は「ほとんどの区間は送電線の下」という事になる。

なので、オラ的には「大師線と言えば送電線」というイメージが出来上がった次第★

さてさて。

送電線も大事だが、3線軌条跡も大切だ

奥の道路の踏切には、その痕跡がハッキリと残っている。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1232
生き証人~~~~~~~~~~~~っ★

踏切板の、赤い矢印↓部分をご覧いただきたい。

ここだけアスファルトで埋めた形跡があるでしょ。
ここに貨物用のレールが敷設されていたのだ。

写真だと見えないが、これらの木の枕木に近寄ってよぉ~く見ると、犬釘を引き抜いてレールを外した痕跡が、あちこちにある。
右側の上り線は、立派なコンクリート枕木で、レールがボルトでしっかりと固定されている。

今立っている構内踏切から、クルッと振り返って見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1233
京急鉄塔線~~~~~~~~~~~っ★

「京急大師線」と言うよりも「京急鉄塔線」だなや。(笑)

上下ホーム共にレトロな雰囲気が残っているので、非常に良い

下り線ホームなんて木の枕木だから、昔風のドラマや映画の撮影とかにも使えそうだね★

道路の踏切から、上りホームを見てみると…

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1234
非常に良いぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

ホームのサイズ的にもちょうど良く、実に好ましいお姿をしている

こちらの光景は、東急線や京成線っぽくもある。

構内踏切の下り線の踏み板は改良されたようで、3線軌条の痕跡は無くなっているね。

さて、ここからは2008年11月4日に撮影したお姿をご覧頂こう

東門前駅が気に入ったので、また撮影に来たのだ。

たった3年後だが、2005年当時とちょっと違っている箇所もあるので、見比べてみると面白いよん♪

まずは、上の写真と同じようなアングルで撮ってみた物が、こちら。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1235
(2008年11月4日撮影)
ちょっと変わったぁぁ~~~~~~っ★

一見同じように見えるが、下り線の枕木がコンクリート製に交換されているね。

これで、3線軌条の痕跡がかなり消えてしまった事になる。
残りは、踏切板に残された、アスファルトで埋めた部分だけだねぇ…

ホームに立っていた娘が「ホームの昭和レトロさ」と比べて「今どき(平成)のポップさ」で目立っていたので、失礼ながらアップで撮ってみた。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1236
(2008年11月4日撮影)
このギャップが良いぃ~~~~~~っ★

この新旧のギャップが良い♪

髪型といい、アイスを食べている姿といい、ちょっと内股で立っている姿といい……かわいいね

大師線の乗客って、大半が工場へ向かう「おじさん」ばっかりだからね★

※2026年8月追記:2008年から18年が経過しているので、この娘が仮に20歳だったとしたら、今では38歳……立派なママになっているか…な?

ホーム上の細かい部分を見比べてみると、自販機が奥に移設されてベンチが手前に新設され、屋根に「列車接近案内」表示器と踏切用の「特殊信号発光機」が取り付けられているねぇ~。

下りホームは、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1237
(2008年11月4日撮影)
特に変化なしぃぃぃぃ~~~~~~っ★

ホーム自体は、ほぼ変わっていない様にみえる。

でも、ついに地下化工事が始まったので、上空の電線に黄色い保護カバーが巻かれているねぇ~。
(※追記:送電線と鉄塔を撤去する前準備っぽい。撤去したのは2018年まで気が付かなかった★)

ホームの奥に見える鉄のフェンスらしき物は、地下化工事用の空間の壁のようだ。

ちなみに、駅舎はこんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1253
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
シンプルぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

平屋のシンプルな建物だね♪

何となぁ~く、西武新宿線の「上井草(かみいぐさ)」駅や、昔の西武池袋線「中村橋(なかむらばし)」駅っぽくも見える。(笑)
(中野区民だから仕方がない。)

このままクルっと右に向いて、道路の踏切板の3線軌条跡が残っているのを確認していたら、踏切が鳴った。

そして、上り列車(川崎行き)がやって来た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1238
(2008年11月4日撮影)
変なのが来たぁぁぁぁ~~~~~~っ★

何だっ!?この色は???

何か古そうな色合いだなや…

列車は、目の前をゆっくりと通過する。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1239
(2008年11月4日撮影)
ラッピングぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

窓上に「京急110年の歴史ギャラリー号」と書かれているねぇ…。

これは、記念ラッピング列車だね★

車体は大正時代の色で、ドアは木製を表現しているようだ。

京急は大師線がいちばん最初に開業したので、当然の事ながらこの記念列車は大師線をメインに走っているという訳だ★

色合いのレトロさと、1000形の車体の窓の大きさと「つるん」とした丸みのあるボディとが……何か合わない。
大昔の車両達って、窓が小さくてゴツゴツした車体だったからねぇ~。

列車が駅に停まった。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1240
(2008年11月4日撮影)
難しいぃぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

このような、マルーンや茶色系の濃い色って、撮影するには不向きなんだよねぇ~。
周囲の光が車体に写り込んでしまって、ハッキリとしないからねぇ…
明るい所でも暗い所でも、ちょいと難しい。
艶消し塗装(印刷)だったら、まだちゃんと撮れるんだけどね。

まぁ、目で観る分には面白いので、これはこれでOKという事で★

下り列車も来たので、撮ってみた。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1241
(2008年11月4日撮影)
京急はこの色ぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

やはり、京急はこの色だよね

オラの大好きな700形は2005年11月で引退してしまったので、もう1000形しかやって来ない。

…まぁ、仕方が無いね。

2009年の今では、今どきの車両達(1500形・新1000形)が続々入線して来ている。
この1000形も、そろそろ引退の噂があるので、これも貴重なお姿になるでしょう…。
(※追記:2010年6月で運用終了した)

アップで撮ってみた。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1242
(2008年11月4日撮影)
良いんでないのぉぉぉ~~~~~~ぅ★

「4両編成」という長さが、程良くていいね

列車が発車した。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1243
(2008年11月4日撮影)
いざ!工事区間へぇぇ~~~~~~っ★

2005年と違い、2008年では線路の周囲が木材で覆われてしまっている。
これは、工事用の作業車(自動車)が走れるようにするための物で、鉄道の工事現場ではごく普通に見られる。

いよいよ本格的に地下化工事が始まった…という事だ★

列車が走り去った。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その2・鈴木町駅から東門前駅まで-1244
(2008年11月4日撮影)
バイバイキぃぃぃぃぃ~~~~~~ン★

列車は、お次の産業道路駅(▼)へと向かって行った。

※2026年8月追記:現在はここから地下に潜り始めるので、景色は激変している。

さぁ!次の駅に行こう!!

…と言いたいところだけど、今回もここまでぇ~★

では、またぁ~♪

(つづき「その3・東門前駅から小島新田駅まで」はこちらーっ!)

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2009年1月 5日 (月)

プチ旅日記 ~「京急大師線2005秋 その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで」~

あけましておめでとうございます。

えー、勝手ながら「正月」といえば「初詣」、「初詣」と言えば「川崎大師(かわさきだいし)」という事で。
毎年この時期になると「京急大師線に乗りたぁなってまうやろー!症候群」が発症してしまうのである。

オラにとって「大師線」と言えば、やはり700形。

今やドア上に次駅案内等が表示される1500形も走っているなんて、未だに信じられないものがある…。
実際に1500形に乗っているのにそう思う。

…という訳で、2005年10月に撮影した写真があるので、当時の大師線を振り返ってみよう。
700形をメインに、(旧)1000形や沿線の光景も併せてご紹介♪
(一部に2008年11月撮影の写真も使っています)

700形は2005年11月で営業運転を終了しているので、この撮影が偶然にも「最後のチャンス」となった…
(全く気付いていなかった…)

※2026年7月に内容の大幅なリニューアル(3回シリーズ化)をしました。

大師線や沿線の詳細については、2011年と2018年の日記でもご紹介していますので、そちらも併せてご覧くださいませ
京急カテゴリの各日記は、こちらをクリック

では、スタート★

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まずは、京急大師線はどこを走っているのかと言うと…

ほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1101
(2026年のグーグルマップより)
神奈川県の端っこぉぉ~~~~~~ぅ★

♪…京急川崎駅(JR川崎駅の目の前)
◎…川崎大師(平間寺:へいけんじ)
★…小島新田駅
✈…羽田空港

神奈川県の川崎市内(♪~★)を走っている路線で、神奈川県の東の端っこに位置している。
中央を流れる「多摩川(たまがわ)」が東京都と神奈川県の境目で、対岸には「羽田空港(はねだくうこう)」(✈)や「蒲田(かまた)」の町がある。
「東京(とうきょう)」駅や「品川(しながわ)」駅は地図の上(北)にあり、「横浜(よこはま)」駅は中央やや左下(南西)にある。

地図をさらにアップで見てみると…

ほれほれ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1102
(2018年のグーグルマップより)
線~路はリバ~サイっ★

♪…京急川崎駅
▲…港町駅
■…鈴木町駅
●…川崎大師駅
♠…東門前駅
▼…産業道路駅(後の大師橋駅)
★…小島新田駅

◇…S字カーブ
◆…鉄橋と川崎河港水門
◎…川崎大師(平間寺)
○…出来野の商店街(大師銀座)
□…神奈川臨海鉄道浮島線(貨物線)
△…旧小島新田駅跡
▽…岸壁(千鳥運河)
☆…神奈川臨海鉄道千鳥線の踏切(夜光)

大師線の線路がある辺りは住宅地なのだが、終点の「小島新田(こじましんでん)」駅(★)周辺は、もう重工業地帯だ。
なので、大師線は「沿線住民」「川崎大師への参詣客」「工業地帯の職員」を、毎日一生懸命に運んでいる

まずは起点の「京急川崎(けいきゅうかわさき)」駅(♪)から見てみよう★

京急川崎駅はJR川崎駅の目の前にあるのだが、間にJRの駅前ロータリーがあるので、ホームは隣接していない。
でも、乗り換えに不便は無い。
(乗り換える需要は、主に「京急線⇔南武線」の利用客なので、横浜駅や品川駅ほどは多くない)

JRの駅前からやって来ると、地上の改札口に到着する。
その改札口を抜けて真っ直ぐ進むと、すぐに大師線のホームが現れる。
(本線は高架上にあるので、階段やエスカレーター等で上ってね)

大師線ホームは4両編成(全長72m)しか停まれないので、非常に短くてコンパクトだ★
(本線は12両編成(216m)ね)

ホーム(3番線)の先端まで行って、振り返って列車を見てみると…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1103
これぞ大師線~~~~~~~~~~っ★

そうそう、これ、これ

良いねぇ~~~♪

品川駅から京急線に乗って川崎駅で降りた後に、本線の高架ホームから降りて来ると目にする「いつもの光景」は、こんな感じ。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1104
お楽しみタイムの始まりぃ~~~~っ★

わくわく

本線を時速100Km以上でカッ飛ばすお姿も魅力的なのだが、このローカルでのんびり小ぢんまりしたお姿も好き

お正月(初詣時)は特に急いでいないので、このお姿を見るとホッとする♪

ちょっと格好よく撮ってみた。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1105
大人なコントラストぉ~~~~~~っ★

この影のコントラスト、個人的には気に入っているぞ♪

川崎駅から大師線に乗る時は、オラは必ず先頭車に乗っている。

大師線は各駅の改札口がほとんど先頭だし、大師線の前面の景色を見るのも好きなのでね♪
(本線では前面展望はしない)

さて、発車前に列車(700形)全体のお姿も見ておこうね★

まずは、側面から。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1106
窓が少ないぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

この700形は短い18mの車体(一般的には20mある)にドアが4つもあるので、側面で開閉出来る窓は僅か4つしか無い。
激しい通勤対策用で、こうなった次第。
なので、座席も座面が短くて直角に近く、「正しい姿勢」で座っていないと腰が痛くなる…。
最近の京急車両と比べると、座り心地は全然違う。
「公園のベンチ」と「ソファ」くらいだ★(笑)

ちなみに、700形は先頭車と中間車で車体の長さが違うのだ★
先頭車は、運転台があるのと電動車なので車体重量を重くしたかった関係で、全長が18.5mある。
中間車は、モーターが無い付随車なので、編成全体での長さを他の形式と合わせる為に17.5mと短くなっている。
17mの車体にドアが4つもあるので、窓割りが窮屈なデザインとなった次第。

車内に入って、見上げると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1107
昭和ぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ★

もう「絶滅危惧種」に近い「扇風機」様がいらっしゃる 

羽根の色は、国鉄(JR)よりも薄くて明るい灰緑色だ。
そして、中央に小さく赤い文字で「KHK」と書かれている。
(三菱電機製だね)

これは「KeiHin Kyuko(京浜急行)」の略字で、戦時中に強制的に東急電鉄に組み込まれた鉄道会社では、3文字の略称が車体に書かれていた。
(「KHK(京急)」「TKK(東急)」「OER(小田急)」「EKS・EER(江ノ電)」「KTR(京王)」ね)

「KHK」は車体の裾にも書かれているから、馴染み深いでしょ?

ホームの改札側の端っこ(線路の終点)に移動。

ここから先頭の方向を見ると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1108
良い感じぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

屋根でガッツリと覆われているので、日差しが程良くて良い感じだ

「欧州の駅」とまではいかないが、落ち着いた雰囲気がある♪

正面に回って、列車のお顔を撮ってみた。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1109
何か微妙ぉぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

アングルは最高なのだが、日差しの光線の具合が…

…まぁ、仕方が無いね。

ちなみに、右側の「降車専用ホーム」と書かれたホーム(1・2番線)は、普段は使用しない。
初詣客でごった返す時等に使用される。
なので、1番線に到着する営業列車も、普段はほとんど無い。
(乗れたら超レアだよ★)

2番線側から列車全体を見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1110
ラララ無人くぅぅぅぅ~~~~~~ん★

ご覧の通り、誰もいない。

なので、列車だけを撮影したい場合は、最高の場所だ
(光線の具合は、時間帯や天気によって変わるからね)

では、列車に乗り込もう★

いちばん先頭の座席に座る。

すると、こんな感じの光景が見える。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1111
むふふのふ

いちばん前の席を確保すると見える、大師線ユーザーには当たり前過ぎる光景だね♪

この時は、写っている車両も700形ばかり。
いい時代だった…。

目の前に線路がいっぱい見えるので「これは何ぢゃらほい?」と思われた方に解説しておこう。

列車がいないほうが解り易いので、手前の700形君が走り去った後をご覧あれ、

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1112
線路まつりぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

左の高架上に登っている線路は、本線との連絡線だ。
車両の交換(大きな車庫や工場への送り込み等)に使われる。
ちなみに、本線からの直通列車は無い。
昔は、正月に品川駅からの直通急行(通称「ダルマ急行」)があった。

そして、今停まっている700形君がいる所が、大師線用の小さな車庫だ。
3編成(4両編成×3本)が停まれるようになっている。

…で、右手前の線路2本が大師線……という訳だ★

では、出発!!

列車は景気良く走り出すけど、すぐに減速~★

そして、多摩川の土手の真横を通る。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1151
(2008年11月4日撮影)
ギリギリを攻めてますぅ~~~~~っ★

左横はもう多摩川の土手で、超ギリギリの所を走っている。

そして、目の前の線路の砂利(バラスト)が白から茶色に変化している所で、さらに減速する。

ここからは、のそのそとカタツムリ並みの速さ(制限速度25Km)で急なS字カーブ(◇)を曲がる。

ここね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1113
見た目よりもハードぉぉぉ~~~~ぅ★

奥の線路上にある橋(1つ上の写真に写っている橋)の裏側が、多摩川ね。
線路の右側に見える草の部分は、多摩川の土手だ。
川崎駅は、線路の奥(写真で言うと左奥)にある。

列車がいないので、それほどキツいカーブではないような感じがするけど、列車が来ると…

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1114
ギギギギギギギギ……★

18mの短い車体でも結構キツい曲線で、かなりゆっくりと通過する。

昔(明治~大正)の路面電車時代の規格のままなのだろう…
1両だったら、難なく通過出来るからね♪

のぉ~んびりと列車が通過するこの地点が、お子様の頃からのお気に入りスポットだ★

列車が近付いて来た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1115
ねぢれてますぅぅぅぅ~~~~~~っ★

4両編成でも、ご覧の様に先頭と最後尾では逆向きにねじれているという、このハードさ★

ここは撮影スポットでもあるようで、鉄道誌等ではこのアングルの写真が多く掲載されている。

列車は、目の前を通過すると、やっと直線区間になって速度が出せる。

…でも。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1116
駅ぃ~駅ぃぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

もう目の前には「港町(みなとちょう)」駅(▲)があるので、数秒加速した後すぐに減速して停車する。

最後尾の車両脇にある▶◀が、「この地点で速度制限解除」の標識ね。
なので、最後尾の車両がここを通過し切るまでは、時速25Kmのままだ。

川崎行きの列車も来たので、見てみよう♪

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1117
700形ぢゃないぃぃぃ~~~~~~っ★

こちらは(旧)1000形だねぇ~。

700形でないと、何か本線上の途中駅にも見えるね★

列車が近付いて来た。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1118
何か普通ぅぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

「普通列車」だからと言う訳ではないが、京急の一大勢力の1000形だと「当たり前過ぎ」て、大師線という感じがしない…。

では、港町駅に行ってみよう♪

テコテコ歩いて、ものの数分で駅前に到着ぅ~。

駅舎は、こんな感じ
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1152
(2010年2月のグーグルストリートビューより)
真っ平ぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ★

平屋の、直線的でシンプルなデザインだねぇ~。

改札を通って、上りホーム(川崎方面)に立つと、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1119
一般的な京急の駅ぃぃぃ~~~~~っ★

これといって特徴の無い、ごく一般的な京急らしい雰囲気の駅だ。

奥の線路が右に曲がっている地点が、さっき居た場所ね♪
川崎駅は、正面の左斜め奥にある。

ここから後ろにクルッと振り返ると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1120
これぞ大師線~~~~~~~~~~っ★

ここから先は「いかにも大師線」という光景が続く。

終点までは直線区間も長く、カーブはそれほど無い。

ホームで写真を撮っていたら、さっきの1000形が帰って来た。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1121
早いのねぇぇぇぇぇぇ~~~~~~っ★

700形は4ドア車で、1000形は3ドア車なので、側面のデザインは全然違う。
(窓の大きさも違うので)

列車が走り去ったので、この先の区間が全部見えるアングルで撮ってみた。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1122
この鉄塔こそが大師線~~~~~~っ★

直線の線路上に、東京電力の送電線がずっと続いている。

いちばん奥に赤い電車が停まっている所が、川崎大師駅(●)ね。

右側ホームの先端にある鉄塔に「東川崎線 No.29」と書かれているでしょ。
この送電線は「東川崎線(ひがしかわさきせん)」と言い、JR南武線の川崎駅と「尻手(しって)」駅間のカーブ部分にある「川崎変電所」からここまで送られて来ているっぽい。

東川崎線は、写真の右側にある「川崎競馬場」の横を通って来て、この鉄塔から90度向きを変えて、大師線の線路上を通っているという訳。

そして、目の前のゴチャゴチャした鉄塔が「終点」のようだ。
(東川崎線の鉄塔は、目の前の次にある「No.30」まで)

このゴチャゴチャした鉄塔を別のアングルで見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1123
(2008年11月4日撮影)
ガッツリ真四角ぅぅぅ~~~~~~っ★

青い矢印(↓)が東川崎線の終点で、他の鉄塔とは違って、かなりしっかりガッツリと建てられている。

何故かと言うと、ここで送電線が分岐している為なのだ★

線路上に左奥へ進んでいる送電線は「大師線」と言い、京急大師線と同じ名前だ。
(このゴチャゴチャ鉄塔は「大師線 No.5」と言う)
多摩川の向こう岸が起点で、多摩川を渡ってこの鉄塔にやって来て(写真だと、左のクリーム色の丸いタンクの上に送電線が写っている)、ここ「No.5」で90度曲がって線路上を進み、「東門前(ひがしもんぜん)」駅(♠)の少し先の線路沿いにある大師変電所までつながっている。
(終点は「No.29」)

ちなみに、手前の解体中の工場跡地が大昔(明治~大正時代)の京急の発電所で、大師線用の電力供給と工場地帯への売電を行っていたそうな。

発電所は、後に大手レコード会社「日本コロムビア」の工場になり、その工場が2007年に静岡県焼津市へ移転したので解体をしているという訳。

オラは、この工場のレトロな雰囲気が大好きだった★

ちゃんと写真に撮っておけば良かったね…
(港町駅のホームから撮った写真達には、左側にチラッと写っている)

…おっ、川崎行きの列車がやって来たぞ♪
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1124
ジェットコースタぁぁぁ~~~~~っ★

ちょうど列車がいる位置(ゴチャゴチャ鉄塔の少し奥ね)だけ、線路が盛り上がっているのだ。
なので、海が近い川沿いの平坦な路線なのに、ここだけアップダウンがあって、お子様の頃は「ジェットコースターみたいだ♪」と、大喜びしてワクワクしながら乗っていた
(この盛り上がりの秘密は、後でご紹介♪)

オラは、お子様時代は港町駅前後の区間(S字カーブとこの盛り上がり)が大好きだったようだね(笑)

列車がホームに到着した。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1125
やっぱこれだよぉぉぉ~~~~~~ん★

…やはり、大師線は700形に限る

本線上で長い距離を乗る時に700形が来ると、乗り心地(座り心地)が良くないので「ハズレだよ…」と思うけど、ローカルな大師線では大好きな存在だ
おでこのライトと、さっぱりしたお顔立ちが良いよね♪

では、先に進もう★

先ほどの、線路が盛り上がっていた「ジェットコースター」の部分には、実はこんな物があったのだ。

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1126
みどりのてっきょぉぉ~~~~~~ぅ★

ここは「港町」~「鈴木町(すずきちょう)」駅(■)間にある鉄橋(◆)だ。

中央の後ろにあるコンクリートの門のような建物は、多摩川の歴史ある水門で「川崎河港水門(かわさきかこうすいもん)」と言う。
屋根に2つの丸い球のような物が見えるでしょ。
あれは、この周辺(出来野(できの))の名産品「梨・ぶどう・桃」が彫られている。

手前の、生コンのミキサー車等が停まっている場所は、昔は船溜まり(運河)で、小船がたくさん泊まっていた。
いつの間にか埋め立てられてしまい、左横のセメント工場関係車のヤードになってしまった…。

なので、この緑の鉄橋は、今では地面の上にあるだけの不思議な存在になっている。
写真を撮っているこの場所(道路)も橋の形をしていて、この部分だけが周りよりも一段高く盛り上がっている。
(運河自体は、この道路のほんの少し先で途切れていて、ここで工事自体が中止された)

ここの左側はセメントのプラントだけど、線路の向こう側はほとんどが「味の素」の工場の敷地となっている。

右側を見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1127
メカメカしぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

味の素の建物(工場)の1つで、タンクや配管等がたくさんあって、メカメカしくてとても良い

高校生くらいの時は、こういう建物を鉄道模型のジオラマで作りたかったんだけど、ちゃんと再現するのは……ほぼ不可能だなや…

更に右を見てみると…
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1128
肩身が狭いぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

大師線の列車が、巨大な建物の中を「ちょっとすみませぇ~ん♪」と言って、遠慮がちに走っているようにも見える…

手前の駐車場の緑の金網から向こう側は、見える範囲全てが味の素の工場だ。
相当巨大なのが判るでしょ★

右側の建設中の建物は「食品研究所」になるそうだ。

ちなみに、線路の上の鉄塔(送電線)は「大師線 No.8」ね♪

ちょうど列車が来たので、鉄橋の上に列車が来たタイミングで撮ってみた。

ほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1129
これぞ川崎ぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

これこそが、川崎市川崎区の光景だよ

最高の1枚だね

さて、列車も通り過ぎたので、奥の水門に行ってみよう♪

まずは、緑の鉄橋の左側にある、細い道を歩こう。

今居る場所から、ほんの数mカニ歩きすると、多摩川の土手へと続く道が現れる。

これぢゃ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1130
一見さんお断りぃぃぃ~~~~~~っ★

どう見ても一般的な「生活道路」ではなく、工場の敷地内の専用道路の様に見える。

「通っていいのかな?」と様子をうかがっていると……あ、自転車が来た★

明らかに地元住民と思われる人達が、自転車や徒歩で普通に通っている。

どうやら、歩いて行って問題無いらしい。

…んぢゃ、行くべぇ~♪

テコテコ歩き出すと、突然両脇から工事用の車が飛び出して来た。

…そうだよね、セメントのプラントもある工場地帯だから、大きな車が出入りするよねぇ~。

しかも、目の前で舗装が終わって砂利道になっているので、車が走ると砂埃等がもうもうと立ち上がる。

更に、目の前に見える小さな鉄橋(ガーダー橋)は、桁下が「2.3m」しか無いので、かなり狭い。

…ちょいと危険だよねぇ…

一見さんが興味本位でフラフラ歩く道では無いね、ここは。

列車の撮影をする時等は、要注意★

小さな鉄橋をくぐって、頭上にある緑色のパイプラインらしき構造物もくぐると、水門が目の前に現れる。

ただ、この位置では近過ぎて撮影出来ないので、多摩川の土手に上がって、少し離れた場所から撮ってみた。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1131
ニコタマぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ★

てっぺんの丸いオブジェが、かわいいね

門のすぐ横に解説板が建っているので、興味がある方はご一読くだされ♪

ここはもう多摩川の土手なので、左側を向くと…

どん!
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1132
すーぱーびゅぅぅぅぅ~~~~~~ん★

ご覧の様に、実に広々とした多摩川の雄大な光景が、目の前に広がる

右端の建物が味の素の工場で、そのすぐ手前の水面が入り込んだ所が水門ね♪
奥が河口(羽田空港(✈))だよん。

足元にはホームレスの方々がお住まいになっていて、その住居の数は意外と多い。
岸壁に置かれているのは、荷物なのか、不法投棄物なのか…
釣り人も多く、近所の人がのぉ~んびりと楽しんでいる姿も、あちこちで見られる。
すぐ横には、小型の釣り船も泊まっている。

対岸は東京都大田区で、あちらは大きなマンションと小さな町工場が多い。
こちらは、大きな工場と小さな一軒家が多い。

余談だが、味の素の工場が巨大過ぎる為、この土手から京急大師線の向こう側(国道409号線)に行こうとしたら、今歩いて来た道を越してしまうと、東門前駅(♠)の手前まで全く道が無いので要注意
大師線で2駅分(約1.5Km)あるので、徒歩の場合はしっかりと地図を見ながら確認するように★

もう少し上流側から見ると、こんな感じね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1133
(2008年11月4日撮影)
もはや国境ぉぉぉぉぉ~~~~~~ぅ★

右側の奥に見える2本の煙突の向こう側まで、土手から脱出出来る道はない。

そして、対岸の東京都に行こうと思ったら、2本の煙突のさらに奥に見える青い矢印↓の吊り橋(大師橋)まで、全く橋は無い。
背中(上流)側も、川崎駅近くの国道15号線の「六郷橋(ろくごうばし)」まで無いので、徒歩の場合はおとなしく京急線に乗る事をお勧めする。

余談だが、中央の向こう岸に建っている赤い矢印↓の紅白の鉄塔が「大師線 No.3」だ。
「No.2」は緑の矢印↓で、東京都側の土手にある。

六郷橋は、これね。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1134
これまた遠いぃぃぃぃ~~~~~~っ★

川の上に見える青い橋が、六郷橋だ。
(左奥の巨大なビル群は、JR川崎駅のすぐ横ね)

これと2つ上の写真は、大体同じ位置から向きを変えて撮った物なので、距離感はご理解頂けると思う。
2つの橋は、約3.1Kmも離れている。

…もはや「国境」だよね、多摩川って★

そんな国境地帯で暮らしているホームレスの方々は、こんな方法で生計を立てている。

ほれほれ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1135
(2008年11月4日撮影)
リサイクルぅぅぅぅぅ~~~~~~っ★

空き缶等を拾い集めて、スクラップ工場へ持ち込んで収入を得ているのだ。

なので、毎日多摩川の土手の付近を、空き缶満載の自転車で走っている姿を見掛ける。

これは東京都側でも見られ、この一帯では「当たり前の日常」の光景だ。

…という訳で、多摩川沿いの街は空き缶が全く落ちていない、クリーンで清潔な環境になっている

新宿や渋谷でも、是非行って頂きたい…

では、先へ進もう。

川崎河港水門から再び大師線の線路沿いの道路に戻って、テコテコ歩くと…

数分で鈴木町駅(■)に着いた。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1136
会社員だらけぇぇぇぇ~~~~~~っ★

駅舎は、列車と右側手前の木の間にある。

パッと見、普通の駅前のように見えるが、線路の向こう(…と言うか、この一帯全て)は味の素の敷地内なので、この踏切は一般人は渡る事が出来ない。
しかも、この道路も味の素の私道なので、一般車は入る事が出来ない。
歩いている人も会社員風の人ばかりで、ほとんどが味の素の従業員ではなかろうか?

列車が通り過ぎると、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1137
いきなり正門~~~~~~~~~~っ★

踏切を渡った瞬間に、工場の門が現れる。

ここで守衛さんにチェックされ、関係者だけが中へ入れるようになっている。

なので、手前の交差点から鈴木町駅の駅舎に向かうだけでも、私服だと踏切の先に立っている味の素の警備員に監視される。
それだけ、一般人はほとんど乗降しない駅だ。
一応、駅前に大きなスーパー「イトーヨーカドー」があるけど、電車でお買い物に来る人はごく稀だろう…

駅舎は、こんな感じ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
神奈川県川崎市「京浜急行大師線2005秋」その1・京急川崎駅から鈴木町駅まで-1138
こぢんまりぃぃぃぃぃ~~~~~~っ★

いかにも京急っぽい、小ぢんまりとした好ましい駅なのだが、子供の頃から気軽に近寄れない雰囲気を醸し出していた…

いっそ「味の素」駅にすればいいのに…。

…と思ったら。

昭和19年(1944年)までは、本当に「味の素前(あじのもとまえ)」駅だったそうな。
しかも、現在の鈴木町の「鈴木」は、味の素の創業者の名字だそうで。

さぁ!次の駅に行こう!!

…と言いたいところだけど、今回はここまでぇ~★

写真をかなり増やしたので、3回に分けてお届けしまぁ~す

では、またぁ~♪

(つづき「その2・鈴木町駅から東門前駅まで」はこちらーっ!)

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