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2015年5月

2015年5月28日 (木)

旅日記 ~「初めてなのに懐かしい 三岐鉄道三岐線 2015」その4・西藤原→近鉄富田の車窓の旅~

前回「三岐線2015その3」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

2015年4月12日に三重県の「三岐(さんぎ)鉄道」を探検して来たぞ

さて、「近鉄富田(きんてつとみだ)」駅まで一気に戻りますかいのぉ~。
今日中にもう一つの路線「北勢線(ほくせいせん)」も乗りに行きたいのでね
どちらの線も列車本数が少なく、終点まで1時間ほど掛かるので、のんびりとはしていられナイ。

まずは、先頭のお顔を1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5401
キッズがハゲしくチョロチョロしていたので、タイミングを見計らって素早く撮った。

このキッズは車でココに来ているようだ。
なので、電車の発車時間には無関心
1時間に1本だから、乗るならそろそろ慌てないとね(笑)

発車する前に、車内のパーツもいろいろ撮ってみた。

まずはコレ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5402
近鉄富田寄りの先頭車「クモハ805」の銘板。

」は「モーター(動力)のある車両」の意味。

運転席背後にあるこの銘板、「西武 所沢車両工場 昭和42年」のプレートが丸い旧タイプのものだ。

だけど、同じ車両の連結面寄りに行って見上げると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5403
年号は同じなのに、新タイプの菱形プレートが付けられている。

コレはかなりレアである。
…ナゼって?

銘板は、国内では通常は1両に1つしか取り付けられていない。
なのに、この車両には2枚も付いている。
しかも新旧両タイプが…

この理由は、元々中間車だった「モハ」に、先頭車「クハ」の運転台部分をスパッと切ってくっつけちゃって「クモハ」にしたからだ
まるで模型のような切り継ぎ合体改造

新タイプの銘板でも、年号が古いのは時々見掛けた。
古い銘板が破損したり、工場で内装(化粧板)をリニューアルしたりすると、新しいのに取り替えられることもあったからだ。
昭和42~44年辺りが銘板デザインの過渡期っぽい)

禁煙」のプレートは西武当時のまま。
車両番号「805」のプレートは、三岐に来る前は「781」番だった。
(運転席背後は、元「1781」番)

では次に、中間車「モハ」の銘板等をば。

近鉄富田(クモハ)寄りはこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5404
銘板機器箱が取り付けられている。

危険品持込禁止」もオリジナルのまま。
機器箱は、ドアや側面ランプ等のスイッチが入っている。

余談だが、貫通扉上部に細長いプレートを剥がした跡があるでしょ。
非冷房の時代には、そこに車両番号のプレート(「781」)が付いていた記憶がある。
もう相当昔のことなので、記憶が曖昧。
記憶が間違っているかもしれナイ…

反対向きの西藤原(クハ)寄りはこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5405
こちらは製造銘板車番禁煙プレートがある。

製造銘板は旧タイプで「昭和42年」。
車番は「806」、つまりこの車両は「モハ806」と言う。

余談だが、この端面だけ他の部分と違って白い板でナイでしょ。
コレは、ココに横長の機器箱が設けられているためで、結構室内側に出っ張っているのだ。
なので、表面の仕上げが、天井の白でなく室内のベージュと同じ色になっているワケ。
貫通路の上に大きなフタがあるのが判るっしょ

…んでは、室内の注意書きプレート等をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5406
お願い」プレートと「シルバーシート」のステッカーだ。

コレはオリジナルのまま。
現在の西武線でも同じ「お願い」プレートが付いている。

子供の頃は、「お願い」を「おがんい」と読んで(親に?)笑われたっけかな…
なので、今でも通勤時に心の中で「お・が・ん・い」と読んでいる(笑)

下の「窓から手や顔を~」ステッカーは、新しいね。
JRで現在貼られているモノにかなり近いデザインなので、最近貼られたのだろう。

もういっちょ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5407
非常用ドアコック」のプレートだ。

これも西武時代のオリジナル。
幸い、今までコレを実際に操作している場面に出くわしたことはナ~イ。

最後に、車体外側の連結面をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5408
形式名・重さ・定員・検査日が書いてある。

26.4」は「平成26年4月」に「22.6」は「平成22年6月」に定期検査(車で言う車検)を受けたという意味。
これらの表記は法規で義務付けられているので、日本国内の車両にはどこかしらに書かれている。
書体は三岐鉄道仕様のようだ。

さて、コレで各部の点検も終わったぞ

前方を見ると、出発信号がに変わっている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5409
いよいよ発車だ。

運転士さんもやって来た。
帰りも「かぶり付き席で」と思ったのだが、発車近くになって男性が一人最前部までやって来た。

…コレでは窓を開けて楽しめナイ。

そこでチト考えた。

……!!

そうだ、京都……いや、中間車に行こう。

中間車の連結面の小窓を開けて、走行音を楽しむのだ
子供の頃はよくこの窓を開けて、レールのつなぎ目の爆音を楽しんだよなぁ~
幸い、中間車に乗客は誰もいない。

小窓をオ~~~~プン

ほどなく列車は発車した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5410
いぃぃぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉ~~~~ぅ

そうこう、この音とこの眺め

新型車両の窓が下から開けられなくなってしまった今の世では、コレは貴重な体験だ
一気に子供時代の懐かしさがこみ上げてくる

この車両は、窓を全て上にしまって全開にすることも出来るのだが、もうイイ大人なんだから、そこまですることもナイだろう。
…危険だし。
下半分を開けてしばらく楽しむ。

ふと上を見上げたら…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5411
イイねぇ~~~~~~♪

西武時代のままだ
車体がかなり汚れているが、太陽光線とのコラボがカッチョエェ~

さて、行きにコーフンして撮りまくった、東藤原のセメント工場が近づいて来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5412
林の向こうに工場が見えるね

カメラを持ってスタンバイ。

列車が林を抜けたと同時に、再び撮りまくった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5413
カァ~~~~~ッチョエェ~~~~~

こっち向きのほうが、ぜ~んぜんエェやん
いかにもセメント工場」的なニオイがプンプンなのぢゃ

そして、つづけて…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5414
めかめかーーーーーーーーーっ

なんというメカメカしさ
この建物を設計した人、超スゲーよ 

ココは速度も出ているので、アッという間に通り過ぎてしまう。

東藤原駅に伸びる貨物線もしっかり撮っておいた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5415
パッと見、複線のようだね…

…ってか、架線柱の辺りの左側のレール、少し盛り上がってませんかぁ~?
上下にズレているのなら車両が少し斜めに傾く程度で済むが、左右に歪んでいたとすると脱線する可能性がある。
(多分、上下の歪みでしょう…)
まぁ、ココを走る貨物列車は速度がかなり低いので、それほど危険性はナイのかもしれないケド~。

さて、行きに撮影出来なかった展示車両(貨車)を撮ってやろうぢゃナイかっ

今度は展示場所も判っているので、しっかりとカメラを構えてGo!
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5416
ホッキーーーーーーーーーーっ

真っ黒で車体表記が何もナイが、コレは「ホキ5700」形というセメント用ホッパー車だ。
車番は「ホキ25767」。
全国でもよく見られた形式で、関東では秩父鉄道JR八高線でも走っていた。
この車両を画像検索すると、2014年はサビサビだが車体表記もあったので、お化粧直しの最中なのかな?

行きに留置線に停まっていた貨物列車は、もういなかった。
…残念。

…いや、待てよ。

いない」ということは「今日は貨物列車が動いている」ということ
期待が高まる

途中下車して貨物列車を撮影しても良いが、今日はあまり時間に余裕がナイ。
初めての地なので、無理して飛ばさナイようにしなければ…。
また来ればイイんだしぃ~

列車が東藤原駅のホームに停まった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5417
いやぁ~~~~~~~~ん

メッチャ目の前にタッキー様が

1996年以来、約20年ぶりに見る「タキ1900」が連なった貨物列車だ
かつて、西武線であれほどフツーにいつでも見れていた列車だったのに…
(西武の貨物列車は1996年3月廃止

ヤヴェェェ、スイッチ入った

連結面の窓はもうイイ
右側の窓を開けてカメラを構えてスタンバイ。

このセメント満載の貨物列車、どうやらこれからJR富田駅まで走るっぽい。

…動き出すのを見てみたい。

…でも時間ぐゎ~。

泣く泣く諦め、車内から撮影することに。

先頭の機関車は、結構近くにいた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5418
あぁ、これぞ貨物列車。

貨物は、機関車が付いてこそ「列車」だ

こちらの列車が動き出した。

ホームを抜けると、機関車が近づいて来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5419
…ち、近い。

こんな間近で見る貨物列車は、秩父鉄道以来だ
(秩父の貨物列車日記はこちらをクリック

車は機関車の横を通り過ぎた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5420
あぁぁぁぁぁぁ…

また見に来るよぉぉぉぉぉぉ~~~ん

列車は淡々と走り、次の「伊勢治田(いせはった)」駅に停車。
上り列車だけあって、乗客が増えて来た。

先頭車を見ると、女子高生の1グループが中ほどにいるだけだ。
むしろこっちの中間車のほうが人が乗っている。

…ってなワケで、今のうちに先頭の「かぶり付きシート」にそそくさと移動した。

あとは大人しく前方を見て行こう。
人が増えたからもう窓も開けられナイしね。

そして再び、車庫のある「丹生川(にゅうがわ)」駅へ到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5421
どこでもそうだが、駅名板をイタズラする高校生って必ずいるよね…

下り列車と交換後、列車は発車。

行きとは逆方向から車庫を見てみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5422
手前にいるラッピング車両の他に、奥にも同じ形式の車両がいるのが見えた。

この車両は「101系」といい、元西武の「401(411)系」だ。
2両編成で、お顔が平べったい食パンタイプなのが特徴。

今乗っている801系とは兄弟だ。
西武時代も仲良く手をつないで走っていた。

そして、留置線にいた列車も撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5423
ココにもいたね、食パン君

かつで西武線にいた3ドア車両のほとんどは、この乗っている列車のお顔か、ココにいる2つのお顔の、計3タイプのどれかに当てはまる。
つまり、三岐線には一昔前の西武の代表的なお顔が全て揃っているのだ

駅構内を出てすぐに、行きにすんごぉ~~~~く気になっていた場所に戻って来た。

それはコレだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5424
あくろばっとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーっ

なんと線路の真上に工事現場がっ

コレは初めて見た。
通常、線路上に橋を架ける時などは、別の場所で組み立てた橋を巨大クレーンで吊り上げて「よっこらせぇ~」と一気に設置してしまう。
あるいは、太い鉄骨を1本先に架けておいて、そこに肉付けをしていくとかの工法だ。

巨大な仮設足場が宙ぶらりん…
解っちゃいるけど、「落っこちて来ないのかな」…?

さてさて、列車は淡々と各駅に停まり、再び「平津(へいづ)」駅に戻って来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5425
行きに見たのと全く逆の立場のアングルっす~~~~

…コレはなかなか面白い

さぁ、あと2駅で終点の近鉄富田駅だぞ
この先、線路はほぼ直線だ。

景色も街中なカンジになってきた。
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三岐鉄道三岐線2015その4-5426
奥地の山林から戻って来ると、大都会に見える(笑)

このすぐ先が、近鉄富田駅(旅客列車)とJR富田駅(貨物列車)への分岐点だ。

JR線を鉄橋で越えると、すぐ目の前に分岐点のポイントがある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5427
左が貨物、右が旅客だ。

オラは貨物ではナイので、当然右へ曲がる。

すると、貨物線は地平へと下って行く。
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三岐鉄道三岐線2015その4-5428
右側にある青い鉄橋の下はJR線で、正面は近鉄線だ。

短い距離でJR線を2度跨ぐのだ。(「」の字状)
ちょうど目の前に近鉄電車が走って来た。

駅まで一緒に行こうねぇ~~

三岐線が近鉄線の横に並んだ。
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三岐鉄道三岐線2015その4-5429
おぉ、なんかカッチョエェ

まさか併走してくれるとは思わなかった。
チョイと大阪あたりの複々線っぽいフンイキも

そしていよいよ駅のホームが見え…
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三岐鉄道三岐線2015その4-5430
名古屋方面の列車も来てるね

およそ2時間ぶりにご帰還~~~
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その4-5431
意外と長かったよぉ~~~~~ん

列車はホームに停車。
乗客全員がぞろぞろと下車する。

記念にお顔を1枚。
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三岐鉄道三岐線2015その4-5432
やっぱ萩山(はぎやま)駅にしか見えなぁ~い

いやぁ~~~、楽しかったよ
久々にありがとうね
飯能(はんのう)」~「西武秩父(せいぶちちぶ)」間の往復並みの満足度

最後に、駅名板と列車を一緒に撮ってみた。
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三岐鉄道三岐線2015その4-5433
また来るよぉぉぉぉぉ~~~ん

さて、もう14時だ。
急いで次の北勢線に向かわねばっ

いったん改札を出て、近鉄線の切符を買う。
そして同じホームに戻って、近鉄電車を待つ。

さぁ、桑名駅まで戻るのぢゃぁ~~~~~~~

つづき「三岐鉄道北勢線2015その1」はこちらーっ!
つづき「三岐鉄道の貨物だよ2016」はこちらーっ!

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2015年5月25日 (月)

旅日記 ~「初めてなのに懐かしい 三岐鉄道三岐線 2015」その3・伊勢治田→西藤原~

前回「三岐線2015その2」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

2015年4月12日に三重県の「三岐(さんぎ)鉄道」を探検して来たぞ
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三岐鉄道三岐線2015その3-5301
三重なのに埼玉エキス全開ぢゃぁ~~~~~

さぁ、いよいよメインイベント区間に出発なのぢゃ~~~~
出発進行

列車は「伊勢治田(いせはった)」駅を出発した。
もう車内はほとんど乗客がいない。
1両まるまる貸し切り状態

田園風景の中を、ガッチョンガッチョン揺れながら走る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5302
のどかだねぇ~

中央の、林の裏側の低くなった所に「員弁川(いなべがわ)」が流れている。
その先にある山との間には、もう一つの三岐鉄道「北勢線」が走っている。
この辺りは、両者は結構近くを並行して走っているらしい。
事実、歩いて連絡することも可能
…橋が少ないので、渡れる橋は限られているが。

ほどなく、列車は次の駅にやって来た。

前を見ていると…
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三岐鉄道三岐線2015その3-5303
来たーーーーーーーーーーっ

コレだよ、コレっ

貨物祭りぢゃーーーーーーーーーーーい

…あぁ、もう西武線では観られなくなってしまった懐かしの光景が、今目の前に

わくわくしながら窓を開けて写真を撮りまくる。
車内に1人だけなので、誰にも迷惑が掛からナイ
(もちろん、運転士さんには迷惑掛けナイよっ)

列車はゆっくりと駅構内に進入。
(余談だけど、線路のへろへろ具合が良く判るから、写真のレールを見てね~

側線に停まっていた貨車を激写する。
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三岐鉄道三岐線2015その3-5304
いやぁ~~~~~~~~~ん

石灰(セメント)タンク貨車「タキ1900」と、背後のセメント鉱山とのナイスコラボ
アタマの中は完全に西武秩父線「横瀬(よこぜ)」駅だぜぇ~~~~い
(秩父鉄道の「秩父(ちちぶ)」駅も、かなり近いフンイキ)

西武線を走っていたセメント貨車も、全く同じ車両だった。
側面のロゴ(太平洋セメント)が違うだけ。
西武のは「三菱鉱業セメント株式会社」(後期は「三菱マテリアル」)だった。

列車はホームに停車した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5305
この駅は「東藤原(ひがしふじわら)」と言う。

このアングルだと秩父鉄道っぽい
やっぱ貨車があるとイイねぇ~~。

いやぁ~~、三岐鉄道、良いね 

左右にうろちょろしながら前方を見ると、さらに気になる存在が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5306
カモレぇ~~~~~~~~~~

ちゃんと編成に仕立ててある貨物列車だっ
留置線に停めてあるっぽい。
今日はこの列車、動くのかなぁ~~
休日だからどうだろう…?

機関車はお隣でお休みちう。

余談だが、この先の僅かな区間の線路は新品のようだ。
枕木も新しいコンクリート(PC)枕木だね。
ココだけはへろへろ感がナイ(笑)

さて、列車が発車した。
左側の窓を開けて、カメラ構えてスタンバイ

…と思ったら、右側にも貨車が展示されていたーーーっ

あたふた、あたふた @@;
…まぁ、帰りに撮ればイイや。

まずは、貨物列車に近づいたところで1枚。
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三岐鉄道三岐線2015その3-5307
イイねぇ~~~~♪

急いでもう1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5308
ながーーーーーーーーーーーーーい

かなりの長さの貨物列車だぞ
20両はつながっていそうだ

この留置線が終わったら、今度は右側に大きな工場が見えて来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5309
…かなりデカい工場だぞ

隣には貨物線が伸びている。

そして、緩いカーブを曲がっていたその先に…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5310
来たーーーーーーーーーーーーーっ

ココがセメント詰め込みの現場のようだ。
斜めに伸びたコンベアでセメントが上に運ばれて、下にある貨車に落とし込んでいるのかな?

すっかりコーフンしていたオラに、さらにショーゲキの光景が待っていた。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5311
カァ~~~~~ッチョエェ~~~~~~

なんぢゃい、こりゃぁ~~~っ

超クールでカッチョエェんですけど

地形の関係でか、詰め込み用の線路を伸ばしたら高架になってしまったようだ。
こんな光景は、今までの貨物線(工場構内線路)では実際に見たことがなかったのでビックリ
(大昔の石炭積み降ろし用の線路で似たようなのは雑誌で見たが)

急いでもう1枚撮ってみる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5312
おぉ、いぇい

このメカメカしさに、もうメロメロ

この高架線路が無かったら、ココまでメロメロにはならなかっただろう。
余談だが、高架線路の設備、三岐鉄道よりもかなりしっかり作られているカンジが…
まぁ、資本力が違うのと、車両の重さもまるで違うのでね。
(セメント満載にすると、1両で54tにもなる。電車は1両37tほど)

列車は速度を上げながら、セメント工場とバイバイキン。
すぐさまに入り込む。

林をサッと抜けると、また田園風景に戻った。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5313
右奥に見える白っぽい建物群の辺りが、北勢線の終点「阿下喜(あげき)」駅らしい。

この数時間後には、向こう側からこっちを眺めるのか… 

ほどなく、列車は小さな駅に停車した。
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三岐鉄道三岐線2015その3-5314
西野尻(にしのじり)」駅と言うのか…。

ホームが1本しかナイ、まるで模型のミニジオラマのようなホントにちっこい駅。
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三岐鉄道三岐線2015その3-5315
三岐線でイチバンちっこいのではなかろうか…?

秩父鉄道の「白久(しろく)」駅や、JR青梅線の「白丸(しろまる)」駅も、こんなカンジでちっこい。
山奥の終点1つ手前の駅というのは似てしまうのかな…?

いよいよ次は終点だ。

前方を見ると、イキナリになっていて景色が一変
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5316
なんかイイカンジだったので、思わず撮ってしまった…。

でも揺れるからブレブレだけどね
(今回の日記の画像は、数枚撮り続けたうちの、なるべくブレてナイものをチョイスしておりまする)

山が近づいて来たせいか、曇ってきたせいか、チョット肌寒くなってきた。
…まぁ、まだ電車の窓を閉めればイイだけのレヴェルのハナシ。

そして列車は、終点の「西藤原(にしふじわら)」駅にやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5317
おぉキッズがお出迎え~~~~~~

この数駅、ほとんど人がいない中を走って来たので、こんなに人がいるとビックリ
駅の横が公園みたいになっているねぇ…
ココに遊びに来ているようだ。

列車はホームに停車した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5318
これで三岐線制覇ぁ~~~~~~っ

近鉄富田駅から40分チョットの旅だった。
かなり楽しめたぞ

このまま折り返しこの列車で戻ることにした。
ココで次の列車をボーッと1時間待つのはツラい…

なので、サクッと写真を撮りまくることに。

まずは駅名板と列車を。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5319
コレで証拠は残ったぞ

コレだけ見ていると、西武秩父線の途中駅っぽい。

では次に駅舎を。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5320
ぽっぽーーーーーーーーーーーぉ 

何と汽車ぽっぽの形になっちょるぶぁ~~~い
しかも、後ろの緑色の建物は客車っぽくしてあるぅ~

駅全体が「鉄道公園」みたいになっているっぽいね。

とりあえず、三岐線の終端部を撮っておいた。 
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5321
奥がホントの終点。

この先は山間部になるんだね。
さらに岐阜県へと伸びることもナイだろう…。
(岐阜県には、実は別の路線(養老鉄道)が伸びている)

左側のお山も撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5322
さっきのセメント鉱山ほどではナイが、荒々しい岩肌が見えている。

それ以外は、いたってフツーの山間部の集落というフンイキ。

改札口付近から振り返って、ホームと列車を撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5323
ナイスローカル駅

イイ佇まいだ♪

さらに列車をメインで1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5324
…あぁ、裾のオレンジ色が無ければ。(笑)

車両の外観を撮っていなかったので、数枚撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5325
コレは社紋と形式番号。

社紋は、「」の字が3つで「三岐(さんぎ)」。
昔の人は文字遊びのセンスがあった。

クハ」は、「」が「くるま」で「運転台がある」という意味、「」が「イロハ」で「3等車(普通車)」という意味。

大昔の国鉄は1~3等車まであったので、その名残で普通車は「」を名乗る。
今のグリーン車は旧2等車なので「」を名乗っている。
」は昔の一等展望車
つい最近になってJR九州の「ななつ星in九州」で「」が復活した。

余談だが、お召車両には「イ・ロ・ハ」はナイ。
だが、陛下が一般特急列車にご乗車されるときは、JRならば「」に乗る。
…つまり、ななつ星の乗客の方が陛下よりもワンランク上の車両に乗っているというワケだ。(笑)

さて、ココでミョーな考えがひらめいた

ソレを狙って撮った1枚がコレだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5326
せいぶせーーーーーーーーーーん

裾のオレンジ色が見えないように、黄色だけ写るようにして撮ってみた。

これだけ見たら、そのまんま当時の西武線だってばよぉぉぉぉぉ~~~~~ぅ

プチ満足(^艸^)

では、さっきからチロチロ見えている機関車たちを見て行こう。
駅のホームにいるが、公園に展示されている車両という扱いっぽい。

まずはコレから。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5327
ディーゼル機関車だね。

コレも貨物の操車場などではスタンダートなカンジのタイプ。
貨車を移動させたりつなぎ替えたりするのに使う。

横から見るとこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5328
三岐通運」という名からして、地元っ子だね。

裾にある表記を見たら「最高速度10Km」だって…
…チャリより遅い。

では、もう1つの機関車をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5329
ぽっぽーーーーーーーーぉ

蒸気機関車だ。

駅舎は、この子の存在にイメージを合わせたのだろう…。

後ろから見るとこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その3-5330
コレもかなり小型だ。

ディーゼル機関車と同じで、貨物の入れ替え用だったのかな?

さて、先頭に行ってみますかいのぉ~。
帰りも先頭でかぶり付こうかな

では、近鉄富田駅まで戻るのぢゃぁ~~~~~~~

つづき「三岐線2015その4」はこちらーっ!

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2015年5月21日 (木)

旅日記 ~「初めてなのに懐かしい 三岐鉄道三岐線 2015」その2・近鉄富田→伊勢治田~

前回「三岐線2015その1」からのつづきーっ!

2015年4月12日三重県の「三岐(さんぎ)鉄道」を探検して来たぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その2-5201
鉄分全開で8回シリーズでお届けするわん

さぁ、いよいよ出発なのぢゃ~~~~

運転士さんが乗り込み、発車準備が整った。
ドアが閉まり、出発進行

懐かしい音と共に、列車は動き出した。
初めて来たのに、腰と耳がしっくりハマり過ぎているこのフシギ

列車はしばらく近鉄線とゆっくり併走する。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5202
右側の複線が近鉄線だ。

よく見るとお判り頂けるが、三岐と近鉄は線路の幅が違うのだ。
近鉄は新幹線と同じ幅(1435mm)、三岐はJR在来線と同じ幅(1067mm)。
なので、横を走るが近鉄に乗り入れるポイントは設置されていない。

ほどなく、近鉄線とバイバイキンしJR線を越える。
すると、横から線路が近づいて来た。
コレはJR富田駅からやって来た三岐の線路で、現在はセメント貨物列車のJR乗り入れ用に使われている。

貨物線と合流し、まっすぐ次の駅まで単線を走り始める。
速度が上がって気付いた。

…ハンパなく揺れるぞ、ヲイ。

線路を見ると、路面電車並みにヘロヘロだ。
全く整備されていないかのようだ。
近鉄の揺れない快適な列車に乗った直後なので、この差にはビックリする。

しかも最高速度は70Km
そんなに出してダイジョーヴなのか、この線路状態で…
速度が上がれば上がるほどハゲしい揺れが襲ってくる。

ローカル私鉄」を味わうなら、この揺れは鉄ちゃん的には堪らない要素なのだが、一般利用客としてはたまったモンぢゃない
オラが乗っている車両だけ空気ばね台車なので少々緩和されているが、後ろのコイルばね台車の車両は激しく揺れているのだろうなぁ…
(もちろん、この車両達は西武鉄道時代に高速(100Km)で走っていたけど、まったく揺れなかったぞ

昨日乗った浜松の遠州鉄道って、やっぱ凄かったんだなぁ…

列車はガッチョンガッチョン上下左右に揺れて走り、次の「大矢知(おおやち)」駅に到着した。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5203
構内の線路が長ーーーーーーーいっ 

貨物列車が走っているため、駅構内の待避線や各ホームの線路の長さはかなり長い。
電車でいうと10両編成くらいは停まれるそうだ。
電車は2~3両編成なので、ホーム自体の長さはそれほどナイ。

…なんか、昔の箱根登山鉄道祭田(まつりだ)」駅っぽい
(当時のお姿の日記はこちらをクリック

大矢知駅を出発。
直線をガッチョンガッチョン走る。
この辺は、西武線だと「東飯能(ひがしはんのう)~高麗(こま)」の地平時代や拝島・国分寺線っぽいカンジ。
…ただ、揺れはハンパないが。

ほどなくお隣の「平津(へいづ)」駅に到着。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5204
正面からも来ちょるぶぁ~~~~~ぃ

両方向から同時に進入して来た。
だんだん近づいてくるお顔が面白い

そして、対向列車はポイントを渡り、隣のホームへとやって来た。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5205
いやぁ~~~~~~~~ん

西武線に単線が多かった時代によく見た光景だ
懐かしぃ~~~ねぇ~~~

…ヤヴェ、コーフンして来た 

ココで上下列車交換待ちの後、すぐに発車。
こんなカンジで淡々とガッチョンガッチョン走り、3つ先の駅に近づいて来た。

周囲に急に線路が増えたと思ったら…
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三岐鉄道三岐線2015その2-5206
しゃっこーーーーーーーーーーーっ

ココに三岐線の車庫工場があるようだ。
同じお顔の車両が停まっているね。
でも、よぉ~~~く見ると、前面の行先字幕部分がLEDで黒かったり、台車が空気ばねだったり、後ろの1両だけ全然違う車体だったり…と、「レア編成」なのだ
後ろの1両が事故で廃車になってしまったので、替わりの別形式の車両(新101系)を西武からもらって来た。
なので、つなげて走らせられるように再改造されたというワケ。

このレア編成の後ろに、別の2両編成もいた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5207
おぉ 新車ーーーーっ

三岐では新車の、元西武「新101」系だ。
今の西武でも、仲間が細々と走っている。
お顔はだいぶ現代風になっているっしょ

帰りの時に、逆向きから見てみようねぇ~

この列車たちの奥には、こんな光景が…
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三岐鉄道三岐線2015その2-5208
レトロだねぇ~~~~

トタン張りの車庫&工場ピットだ。
手前に見える、電車と同じをした小屋のようなモノは、「トラバーサー」という車両を左右にスライドさせる装置の操作室。
小屋の手前にある鉄板部分の線路ごと左奥へスライドする。

そして列車は真横にあるホームに到着した。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5209
広々した構内の中にホームがポツン…

目の前に駅名板があったので、撮ってみた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5210
ほぼ到着ぅぅぅぅ~~~~~っ

ココは「保々(ほぼ)」駅と言う。
この駅止まりの列車も多く、富田から続いた生活(住宅)圏はこの辺りまでだという雰囲気がある。
乗客も半分近く降りて、ガラガラになった。

すぐそばに周辺案内板もあった。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5211
…何も無ぇッス。

デカデカと「イオンモール東員(とういん)」と書かれているね。
この辺最大のショッピングモールのようだ。

列車が発車した。
ココから先は「ローカル区間」ということになるのかな?
わくわくしながら外を眺めていると、突然「あのお方」が現れた

慌ててカメラを構えて撮影したのが、コレ。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5212
来たーーーーーーーーーーーーっ

電気機関車様だっ

やっとお目に掛かれたよぉぉぉぉぉ~~~~ん

この電気機関車は、セメント貨物列車を引っ張るためにたくさんいるのだ
今では超~貴重な、私鉄の現役貨物列車牽引機だ

すぐ振り返って、後ろ向きにも機関車様を撮ってみた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5213
カァ~~~~~ッチョエェ~~~のぉ~~~~

ココにいるのは、2両とも東武鉄道からやって来た。
車体色も、黄色帯が加わっただけで東武当時に近い。

西武の車両に乗って、東武の機関車を見ながら、ローカルな単線を走る…

…コレって埼玉県の秩父鉄道ぢゃなくね?

関東の鉄ちゃんなら、みんながそう感じるだろう。
ハッキリ言って、三岐は「中部の秩父鉄道」だ

雰囲気がことごとく似ているのだ。
どちらも西武・東武の車両が走り、セメント貨物列車が頻繁に走っている。

オラが三岐鉄道を乗りに来たのは、実はこういうワケ。
埼玉県で失われてしまったオリジナルの姿を、三重県で味わおう」という作戦だったのだ
秩父鉄道が近代化されてきてしまったため、往時の雰囲気を残している三岐鉄道に望みを託したのだ。

来て大正解だった
お子様の頃の記憶がよみがえる

駅構内を抜けると、景色が広々して来た。
やはり住宅地はこの辺までだったようだ。

住宅の代わりに、前方にこんなモノが見えてきた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5214
おやまぁ~~~~~~~~っ

右奥に見えるのが「藤原岳(ふじわらだけ)」というお山で、三重県と滋賀県の県境にある。
表面が段々状にガッツリ削り取られているね…。

コレこそが、三岐線の存在理由のトップである「セメント鉱山」の証。
三重県側はセメント採掘でかなり削られている。

コレも、秩父鉄道に乗っていると秩父駅付近で見える「武甲山(ぶこうざん)」に似ている。
武甲山のセメントは、西武線の貨物列車が都心まで運んでいた。
E851」という国鉄と同じ大きさの巨大な機関車が、昔は池袋駅や国分寺駅まで走っていた。
(廃止までの後半は、JR武蔵野新秋津(しんあきつ)駅まで)

まさに長瀞(ながとろ)駅方面から秩父駅に向かって走っているようなフンイキ
モーターの音も心地よい

列車は数駅走り、「丹生川(にゅうがわ)」駅に到着した。

ホーム横を見ると…
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三岐鉄道三岐線2015その2-5215
何かいるぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~っ

昔の貨車だ
黒くて平べったいのが「ト15」と言う、元名鉄の砂利などを運ぶ貨車。
銀色の丸っこいのが「タム8000」形と言うタンク車。
タンクに「過酸化水素専用」と書いてあるので、オキシドールのような液体を運んだのだろう…。

さらに、駅を発車してすぐ目の前に…
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三岐鉄道三岐線2015その2-5216
黒いのがいっぱぁーーーーーーーーーいっ

何か貨車がいっぱいいるぞ
まるで今にでも動き出しそうな、現役貨物列車のようだ…

実は、この駅には「貨物鉄道博物館」という建物がある。
この保存・展示されている貨車達の、真横の白い倉庫みたいな建物がソレだ。

ココはボランティアの方々が運営しているそうで、建物の中に入れる日は限られている
詳細はこちらのサイトをご覧あれ

外に置いてあるこの黒貨車達を外から見るのは自由なので、電車の中からぢっくりと拝んでやろうぢゃぁ~ナイかっ 

まずは先頭から。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5217
ぽっぽぉぉぉぉぉ~~~~~~っ 

蒸気機関車だ。
コレは「39」号機と言い、元東武鉄道の汽車ぽっぽ。

動輪が2つしかないので「B」形だね。
(有名な「D51」は動輪が4つあるので「D」なのだ。故に「C62」は動輪が3つ
小型なのでパワーはそれほどナイだろう。
元々、どこまでも平らな関東平野を走る機関車だったので、それほどパワー(登坂力等)は必要なかったのだろう…

黒貨車達のオシリのほうはこんなカンジ。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5218
いろんなタイプが勢ぞろりぃ~~~

右手前の半分写っているのは「ワフ21000」形と言う、車体の1/3が貨物室で残り2/3が車掌室
見えている部分は車掌室。

黒い丸っこいのは「タム5000」形と言うタンク車。
タンクに「塩酸専用」と書いてあるので、中に入ったら死ぬでーーっ

余談だが、昔はこのお仲間が「味の素」の原料になるアミノ酸を運んでいた。
神奈川県の京急大師線上を、味の素の工場に向けて夜中にコッソリ走る姿が、昔は「知る人ぞ知る迷列車」として有名だった
この貨車には「味タム(あじたむ)」というニックネームもあった

その隣にいるのが「ホサ1」形と言う、石灰石などを運ぶ貨車。
福井鉄道とのことだが、その前は奥多摩の石灰石を、青梅線南武経由で川崎臨海地帯まで運んでいたようだ。

イチバン奥が「テラ1」形と言う、車体が鉄製の貨車。
テラの「」はのテ。
これは日本全国でたくさん見られた、一般的な車両。

コレで終わりかと思ったら…
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三岐鉄道三岐線2015その2-5219
スゲェーーーのがいるぞぉぉぉぉ~~~~っ

この車輪だらけの巨大な恐竜の化石みたいな貨車は、「シキ160」形と言う運搬車。
巨大な変圧器(トランス)などを運ぶためのモノ。

荷があまりに重いので、車輪をいっぱい付けて負荷分散しているのだ
使用時は、真ん中からパカーーンと前後2つに分割し、その中間に変圧器などを挟み込む。
その変圧器は、設計時からこの貨車で運べるように寸法や固定用の穴の位置などを考慮しておく。

そして、大トリには青いトリさんがいた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5220
ヒッパレーーーーーーーッ

小型のディーゼル機関車だ。
工場や貨物駅の中などでは、この位のサイズの機関車が活躍している。
この子のお名前は「DB101」。
(「D」はディーゼルのD、「B」は動輪が2つの意味)

はたして、この青いトリさんは後ろのシキを引っ張れるのだろうか…?
み~んなで~ ヒ~~ッパァ~~レェ~~~~

さて、大きなイベントも終わった。
またまったりと車窓を眺めよう

列車は田園風景の中を進む。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5221
ナイス田舎(笑)

昔は埼玉県の狭山(さやま)の辺りもこんなカンジだったよなぁ~~。
西武線の窓を開けてよく眺めていたっけ
拝島線だって、こんなカンジだったのだぞ

そして列車は、お隣の駅にやって来た。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5222
おぉ、広いぞ

この駅は構内がすごく広い。
乗っている車両のせいか、「影森(かげもり)」駅?と思ってしまった。
秩父鉄道の影森駅(秩父駅から2つ目)に似たフンイキ。(線路配置が左右逆だが)

そしてホームに停車。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5223
この駅は「伊勢治田(いせはった)」と言う。

貨物を扱うローカル駅の、典型的なお姿だ
この写真だけ見ると、昔の西武秩父線「横瀬(よこぜ)」駅にも見えなくもナイ。
ホームの案内板の文字の色()が、昔の西武線のと同じなのだ

三重県まで来て、アタマの中はすっかり埼玉県になっていて済みませぬのぉ~~

ココで、上下列車交換待ちとのこと。
立ち上がって体を伸ばす。

すると、ほどなく上り列車がやって来た。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5224
わぁ~~~~~~~~~~~~~い

懐かしいねぇ~~~~~
西武秩父線そのものの光景だよ

構内踏切があるこの姿、昔の西武線では結構見られた。
あの西武新宿線「野方(のがた)」駅でさえ、こんなカンジだったのだ

上り列車が停車して、ドアが開いた。
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三岐鉄道三岐線2015その2-5225
イイねぇ~~~~~~~♪

昔、何度も見た光景だ
ちょうど女子高生が降りて来て、キレイな画になった

…ってか、奥地から乗って来たのに、こんな途中駅で降りるんだね。

さて、こちらの列車も発車するぞ。
終点まではあと3駅

お次はいよいよメインイベント区間に突入なのだーーーーーっ

わくわく

つづき「三岐線2015その3」はこちらーっ!

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2015年5月18日 (月)

旅日記 ~「初めてなのに懐かしい 三岐鉄道三岐線 2015」その1・近鉄富田駅~

前回「豊橋・ロシア料理バイカル2015」からのつづきーっ!

さぁ、今日(2015年4月12日)は今回の旅の第2目的、三重県の「三岐(さんぎ)鉄道」探検なのだーーーーっ
(全8回シリーズ)

9時半頃、「豊橋(とよはし)」駅前のお宿をチェックアウトする。
そして、おととい行って飲んだ、駅西口にある飲み屋街を撮影。 
駅前でおみやげの「ヤマサのちくわ」をガッツリ買い込み、そのまま名鉄線の乗り場へ…

今日は、まず「名古屋(なごや)」駅まで移動して、近鉄線JR関西線に乗り換えて三重県へ乗り込むのだ
名古屋駅までは名鉄線をチョイス
JR線はさんざん乗っているのでねぇ~

停車中の「快速特急」が間もなく発車なので、急いでホーム前方へ移動した。
名鉄での名古屋移動は今回で2度目~
(前回の移動の日記はこちらをクリック

編成は、今日も「パノラマスーパー」だった。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5101
この写真も使い回しぃ~

今回も、全く同じ号車と場所の座席に座る。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5102
前回と全く同じアングル

服装も荷物も飲み物も、前回と大して変わらず。
…おみやげまで一緒なのは、いかがなモノか。(笑)

…ま、そんなことは気にせず(笑)、まったりと車内でくつろぐ。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5103
お茶は地元の「豊橋茶」だぜぇ~い

お値段も安くて、「えぇじゃないか

車窓から観る景色も、2度目なので落ち着いて眺められる。
なので、前回撮れなかった場所を狙ってみた。

カメラを構えてスタンバイ。

そして、お目当ての場所でシャッターを切った。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5104
きっかんしゃーーーーーーっ

そう、名鉄の工場(舞木検査場)に停めてある電気機関車を撮りたかったのだ
でも窓ガラスがきちゃない…

名鉄の機関車は、青いのだ。
赤い電車の中にいると、ものすごく目立つ。

つい最近、なんと赤い電気機関車新製されたのだ
日本の私鉄で最も新しい電気機関車で、私鉄では西武鉄道「E31」形や大井川鐵道「ED90」形以来の、数十年ぶりの新製車なのではないかぇ?
(東京都交通局「E5000」形という、2005年生まれの激レア地下鉄用機関車もいたなぁ…

今までの青い機関車は、もう間もなく廃車される予定。
この機関車「デキ300」は、書類(法規)上ではもう「車両」ではなく工場内の「設備」扱いなので、もしかしたら残ってくれるかも…

ついでに工場の建物も撮ってみた。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5105
銀色電車は目立たナイのぉ~~~。

今日は「中京競馬場前(ちゅうきょうけいばじょうまえ)」駅にも臨時停車。
降車客は「夢見るオッサン」ばっかりで、女性が一人もいなかったのにはチョット笑えた。

列車は快調に走り、名古屋駅に到着。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5106
ハイ、この写真も使い回しですぅ~~~

降車ホームから改札を出る。
そして目の前のコインロッカーにコートと荷物を預ける。
…何気にちくわが重かったので。
この季節なら、保冷剤入ってナイけど大丈夫だろう…

超~身軽になったので、気分スッキリ

さて、三重県に移動しよう。
ココはやはり近鉄だなや

名鉄と近鉄の名古屋駅は、実は壁1枚しか隔たっていない。
なので、改札もすぐ隣にあるのだ。

…だが、そこには「階段ダンジョン」という魔物が存在する。
コインロッカーを使いたかったがために、乗り換え改札が通れなかったからだ。

初心者を不安に陥れる魔物と戦い、軽く迷って近鉄の改札前の広場に出た。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5107
どうやら無事たどり着けたようだ

だが、ココで安心してはイケナイ
振り返って、帰りのコインロッカーまでの道順と景色を記憶しておく。
高級ちくわ様を忘れるワケにはいかないのだ…

切符売場上にある路線図で、降りる駅を確認。
…「桑名(くわな)」駅か「近鉄富田(きんてつとみだ)」駅で降りればイイんだな
どっちで降りるかは、列車のダイヤ次第だ。

とにかく、改札の中に入ろう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5108
Suica(ICカード)でサックリと中に入る。

頭上の発車案内板を凝視し、どの列車ならOKなのかを調べる。
そしたら、すぐに発車する急行列車が両方の駅に停まることが判明
そそくさと急行用ホームへ移動する。

すると目の前に…
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三岐鉄道三岐線2015その1-5109
まっさかさまーーーーーーーーっ

急行「松阪(まつさか)」行きが停まっていた。
コレに乗ればイイんだな

…あぁ、松阪ビーフ様を食べてみたい

発車まであまり時間がナイので、急いで先頭の方へ移動する。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5110
手前の改札に近い方は混んでいる。

このような「頭端(とうたん)」(櫛形)ホームの終着駅は、どの私鉄でも混む場所は一緒だ。
小田急新宿駅や阪急梅田駅とかね)

先頭へ進む途中に、他のホームに停まっている列車も撮ってみた。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5111
イイねぇ~~~

近鉄名古屋駅は、実は3度目だ。
初回は阪神大震災の年(1995年)に、大阪へ行く時に特急「アーバンライナー」に乗った。
2回目は、2008年のお伊勢参りだ。(その時の日記はこちらをクリック

名古屋から一般車両に乗るのは初めてなので、ちょっとドキドキ

この急行列車は、ロングシートだね。
でも、3両目から別の形式の車両がつながっていた。

中を見ると…
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三岐鉄道三岐線2015その1-5112
クロスシートやん♪

慌てて空いている席を探して、ギリギリ窓側の席をGET出来た
あと30秒遅かったら窓側には座れなかった…

コレで近鉄での快適な旅は保証された

ほどなく、列車は発車した。
特急列車と急行列車は車内のフンイキがまるで違うので、景色もまた違って見えるからフシギだ。

列車は淡々と走り、いくつもの川を横切る。
この周辺は異様なまでに川が密集している。

そして大河に差し掛かった。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5113
川幅ひろーーーーーーーーーいっ

コレぞ、この地域のラスボス「木曽川(きそがわ)」だ。
なので、鉄橋の長さもハンパない。

目の前に見える橋は、国道1号線だ。
反対の上流側にはJR関西本線の鉄橋がある。
近鉄線とJR線は、それほど離れていない距離を絡むようにずっと併走している。
JR線は、見える度に単線になったり複線になったりしていて、変化が目まぐるしい

快適な旅も早いもので、20分ほどで桑名駅に到着。
チョット考え、「ココは降りずに、まずは富田へ行こう」と決めた。

発車後、ちょうど頭上に三岐鉄道の黄色い列がやって来て、桑名駅へ向かって走って行った…。
…あっやっちゃった」と思ったけど、もう後の祭り。

…見なかったことにして、富田へ行こう。(笑)

10分も掛からず、近鉄富田駅に到着。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5114
いやぁ~~、良かったよ。近鉄ちゃん

走り去る急行ちゃんを、お見送りする。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5115
バイバイキ~~~ン

近鉄は便利だね

近くを併走しているJR線は、2両編成が単線を約15分おきに1本
近鉄線は、2~6編成の列車が複線をバンバン走っている。

JR東海さんよぉ、完全に勝負捨ててるだろ。
実質、紀伊半島の先っぽへ行くために乗る路線となっているようだ。

さて、ココで三岐鉄道に乗り換えだ。
三岐の列車はどこから発車しているのかな?
駅は近いのかな??

まずは、改札に向かって移動する。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5116
これといって特徴のナイ、一般的な駅だね。

乗り換え案内に従って歩いていると、「向こう側のホームへ行く階段を降りろ」との矢印が。
階段を降りると、「上り(名古屋方面)ホームに階段を上って行け」との矢印。

階段を上がってホームに行ってみると…
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三岐鉄道三岐線2015その1-5117
をぅ 同じホームから出てるのねぇ~~~っ

中間改札ナシに、近鉄三岐の乗り場が並んでいる。
…って~ことは、いったんこの駅の改札を出て、切符を買い直さねばならないというワケか

まずは階段を下りて改札に行って、Suicaで出札。
そして、三岐鉄道の切符を窓口で買う。

…何故に券売機でなく、窓口か?

それはコレを買うためだ。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5118
ふり~~~~~~~らんすザンス

1日乗り放題パス」がお得なのぢゃぁ~~~~~

1100円で、三岐鉄道の全ての区間が乗り降り自由なのだ
コレはかな~りお得なのだぞぇ

パスの裏側はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5119
路線図と付近の案内が描かれている。

さて、ココで三岐鉄道の解説をば

三岐鉄道は2つの路線がある。
今いる近鉄富田駅からは「三岐(さんぎ)」という路線が、桑名(西桑名)駅からは「北勢(ほくせい)」が、川を挟んでほぼ並行して伸びている。

北勢線は、以前は近鉄の路線だった。
それが赤字ローカル線ゆえ、近鉄からバイバイキンされた。
それを三岐鉄道が「ウチにおいで」と引き取った次第。

なので、北勢線はオラ的には「近鉄路線」というイメージが今でも強い。
まぁ、今日乗れば認識も変わるだろう

ちなみに、「三岐」とは「」と「」を結ぶ路線という意味。
だが、その意味には達成出来なかったようだ…。

さぁ、三岐線を探検しよ~~~う

人生初の三岐鉄道、わくわく感がハンパないのぢゃ

まずは、ホームに立つ。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5120
ホームが共用なので、案内板は近鉄様式だ。

バンバン通過して行く近鉄線を横目に周囲を眺めていたら、三岐の列車接近のアナウンス。
いよいよ来るぞ

そしてほどなく…
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三岐鉄道三岐線2015その1-5121
超~~~来たーーーーーーーーっ

わーーーーーっ来た来た~~~~~~ぁ
来ちゃったよぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~ん

お久しぶりです

お元気でしたか?
顔色も変わらず(笑)、がむばっているようで
少しほっぺに赤みが差したね。健康そうで何より

一人ニンマリしながら、列車が停まるのを待つ。

…あぁ、このブレーキの音

そして、列車が停まってドアが開く。
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三岐鉄道三岐線2015その1-5122
はぎやまーーーーーーーーーーーっ

…あぁ、もうオラには「萩山(はぎやま)」駅にしか見えない
(ソックリだ

そう、この列車は元「西武鉄道」の車両(701系)なのだ。
オラが生まれてからずーーーーーーーーーっと乗り続けて来た「超幼なじみ」なのだ
いわば「近所のお兄ちゃん」的存在。

この車両のことなら、隅から隅まで知っている

早速、運転室の真後ろにある「鉄ちゃんシート」をGET
コレで終点までカブり付くぞ

発車までしばらく時間があるので、あちこち点検しよう

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ハイ、ココからは鉄分丸出しで行きますので、詳しくナイ方はサックリと読み流してね
このブログでは超~珍しく、今回のシリーズは鉄道趣味エキス特濃の日記になりますぢゃ

車外を撮った後は、車内の点検をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5123
変わってナーーーーーーーーイ

往時と何ら変わっていないお姿に、もうメロメロパンチ
強いて言えば、座席のモケットの色が褪せすぎてしまっていることくらいか…。

まだクーラーが付いていなかったベージュの車体色の時代は、座席の色はあずき色(ワインレッド)だった。
クーラーが取り付けられて黄色くなった時代あたりから、座席の色がレンガ色(ウッドブラウン)に変わった。

余談だが、登場時の内装の色(ベージュの壁にワインレッドの座席)は、当時の国鉄2等車(今のグリーン車)と同じだった。
関東でも有名なオンボロ&ヘッポコの西武線車両、「せめて色だけは豪華に…」という思いだったのだろう。
JRでは、「サロ165」「サロ110-1200」等のグリーン車が同じ色だった。

…今こうして改めて見ると、吊革や手すりが少なかったねぇ~。
よくコレで日本有数のラッシュ区間を捌いていたモノだ。

ラッシュの混雑が激しかったせいか、天井の冷風吹き出し口からは、夏は最強パワーで真っ白な冷気が吹き出していたこともあった。
オレ達は西友の野菜売り場の野菜かっ」とみんなで震えていたこともあったっけ…。
(スーパー「西友」は、その名の通り、昔は西武鉄道系列の会社だった)

運転台と客室の仕切り壁上部を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5124
そのまんまーーーーーっ

車両の番号こそ変わっているが、銘板などは当時のまま。
西武 所沢車両工場 昭和41年」…コレだよ、コレ
この丸みのある銘板が「西武生まれ」の証。

西武鉄道は、1999年までは自分の工場で車両を造っていた
車両メーカーに頼まず、車体は全て自作というのは凄い技術力だと思う

この銘板の「工場」の「」の字がクネクネしているのが、お子様の頃は「学校で習った字と違う…」とヒジョーに気になっていた。

鉄ちゃんシート」に座った状態で撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5125
ムフフのフ

コレぞ、オラがご幼少の時にいつも見ていたアングル

まだまだ時間があるので、運転台周りを点検することに…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5126
あぁ、落ち着くお顔

行先表示器の「近鉄富田」の4文字も、「西武新宿」などと同じバランスで違和感ナシ
サイクルパス」の場所には、「急行」や「準急」などの種別板がぶら下げられていた。

では、運転席をのぞき込むぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5127
イヤァ~~~~~~~~~ん

めっちゃそのまんまやぁ~ん

運転席左側(写真だと奥)の壁にあった受話器などが撤去されて三岐仕様になっているが、右側のスイッチ類などはそのまま。

次に、運転台のアップをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5128
左のマスコンハンドル脇の放送装置など、部分的に三岐仕様になっているね…

右側のスイッチ、手前に引いたり奥に押したりしてON・OFFする。
ピンボールの、はじく部分見えて遊びたくなった想ひ出が…
(触ったらアカンで

天井を眺めてみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5129
基本的な構造は昔のままだが、自動放送装置などが追加されているね。

中央のクリアーブルーの覗き窓から見える、行先字幕の文字を見るのも好きだった
三岐だと、行先字幕のコマ数が9個かぁ…少ないね。
西武時代は40コマあった。
右側にあるレバーをくるくる回すと、字幕もくるくるスクロールしていく。
レバー下の赤い矢印が、コマ数が大きい方に太くなっていくデザインも好きだった

さぁ、コレで一通り点検したぞ

席に座って出発を待つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
三岐鉄道三岐線2015その1-5130
…あぁ、懐かしいアングル

実は、この席側の運転室との仕切り窓には大きな鉄板があり、視界が半分くらいになってしまっている。
機器類を追加したためのようだ。

でも、座っていれば前方は見れるので、モウマンタ~イ(無問題)

そろそろ発車時間だ
運転士さんが駅員さんと一緒に詰所からやって来た。

わくわく

わくわく

さぁ、いよいよ出発進行~~~~~ぅ

つづき「三岐線2015その2」はこちらーっ!

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2015年5月14日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その79:イスタンブール・仲間との別れと日本人達との出会い~

前回「その78」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年8月12日(月):晴れ

İSTANBUL:イスタンブール

今日は9時頃に目覚める。

仲間との別れの日だ。

彼は11時のバスに乗って空港へ行く。
(16時半発のカタール航空「ドーハ」行きだ。そこで「バンコク」行きに乗り換え)

お宿の前庭でバスを待っていると、11:15頃にバスがやって来た。
小型の観光バスで、周辺のお宿から直接空港へ運んでくれているようだ。

仲間に、出国(搭乗)するまでに必要なお金(2000円相当)を貸してあげる。
もうトルコリラの手持ちがナイそうだ。

バスに乗り込んだ彼は、少し不安げで寂しそうな顔をしてこちらを向いた。
大丈夫だよもう立派に一人旅出来るよ」と励まし、握手をして別れる。
彼は手を振りながら、バンコクへと旅立って行った…。
(帰国後にすんごい武勇伝を聞かされるとは、この時は思いもしなかった…

…あぁ、ついに1人になっちまったよ。

さて、どうするかな…

14日までは完全に自由の身となった。
もう、初海外の仲間達の安全を心配する必要もナイ。
気楽ではあるが、「1人」という不安もある…。

そんな不安をかき消すかのように、お宿のオニイチャンに「部屋を移動してくれ」と言われる。
今夜と明日の夜は、1人部屋に泊まるのだ。

移動と言っても、隣の22号室に行くだけ。
バッグを2つ持って、10秒ほどで終了

…この部屋、数日前は日本人女性が泊まっていた所だ。
思ったよりも狭くなく、結構快適かも~

ついにこの景色も独り占めだ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その79・イスタンブール・仲間との別れと日本人達との出会い-7901
(1996年撮影)
のどかだねぇ~~~~~

引っ越しが済んだので、お昼ご飯を食べに行こう。
CAN」で1人でモグモグ…。

そして、グランバザールに行き、おみやげを物色する。
追加で何かイイモノがあったら買おうと思っていたのだが、見つからなかったのでパスした。
そのままお宿に戻って、部屋でゴロゴロ。

お宿のオニイチャンが、屋上(オラの部屋の前)に洗濯物を干しに来た。
このお宿では、お金を払えば洗濯もしてくれる。
そのお金は、彼の収入になるようだ。

なので、連日「洗濯物はナイか」としつこく聞かれていた。
部屋で自分で洗って干しているのが見つかると、「何で俺に頼まないんだ」と怒られる。
今日も怒られたが、今日のオニイチャンはチョット違っていた。

オラの部屋に入り、話し掛けて来た。
お前は“カーディス”を知っているか」と。
知らない」と答えると。
…そうか。」と一言。
英語であれこれ言われたが、良く理解出来なかった。

そしてハナシは変わって、「お前、イイ靴履いているなぁ…」と一言。
そりゃそうだ、長距離を歩いても大丈夫なように、フィットネスクラブ用に買った1万円チョットのスポーツシューズを履いて来たんだから。
彼は、しげしげと靴を眺めながら一言、「オレにくれないか?」と。

…冗談じゃナイ

ダメ~~~」と言うと、彼は半分怒りながら「これだけ長い間泊まって顔を合わせているんだ。もう我々はフレンドだ。だから何かくれてもイイじゃないか」と言って来た。
仕方ナイので、今着ているTシャツを指差しながら「コレだったらOKだ」と言うと、「トルコで買ったのか」と聞いてくる。
香港で買ったイイTシャツだ」と答え、シャツを脱いで彼に渡した。

すると、シャツの生地を触りながら「うん、これはイイな…」と言って、顔が緩んで来た。
彼が「イイのか」と言うので(お前が「くれ」と言ったのだろ)、オラが「イイよ」と答えたら、彼はニヤリと笑って「サンキュー」と言って部屋を出て行った。

…このニイチャン、侮れん。

ホテル名は「アナドル」なのに。

どうも、彼は精神的にやや問題があるようだ。
フロントでもオーナーに「お前はどうしていつもそうなんだ」と怒られてもいたし…。
毎日見る、米ドルの「シャカシャカ」の儀式もナゾが多い…。
今思えば、発達障害系の症状だったのかもしれない。

カーディス」が気になったので、後で調べてみたら「クルド人(Kurds)」のことだった。
そっか、彼はクルド人だったのだ。
クルド人は、国家を持たない先住民族だ。
トルコや周辺国で抑圧されて来た、複雑な歴史を持つ。

彼もいろいろ苦労して来たのだろう…。

チョット彼に同情した。
Tシャツで良ければ、喜んであげるよ

さて、静かになった部屋でゴロゴロしていたら、寝てしまったようだ。
目覚めたら18時、もう薄暗いぢゃナイか…。

半ば愕然としながら、19時頃に「CAN」へ夕飯を食べに行った。
もう食べるメニューも大体決まってきた。
キョフテ」は外せナイね

1人夕飯を食べてお宿に戻ると、フロントで「日本人がいるよ」と言われて、日本人男性と出会った。
挨拶をして、「4階の屋上に来てください」と告げる。

少しして、その男性が4階にやって来た。
ハナシを聞くと、九州在住の40代(妻子あり)で、公務員を辞めてこの旅に来たそうだ。
北緯30~40度の間に限定して世界一周旅行しているとのこと。
しかも、家は農家で、自分でログハウスも建てちゃったんだって

この人、スゲーーーーーーーーっ

そんなハナシをして盛り上がっていたら、突然階段付近から声を掛けられた。
日本語、しかも女性

フロントで“日本人がいるよ”と言われたので、会いに来ました~」だって
挨拶をして、一緒にハナシに加わった。

ハナシを聞くと、もう1人の男性とココに泊まっていて、アメリカの大学の先輩・後輩の仲だとか。
早速呼んで来てもらって、4人でハナシをする。

…なんだよ、結構日本人多いぢゃナイか

女性のほうが先輩で大阪出身、男性は1学年下で山口出身。
男性はイランからやって来たとのこと。
ココ、イスタンブールで合流し、イタリアに行くそうだ。

…ワールドワイドなおハナシやな。(笑)

今朝までとはまるで違った展開になって来て、チョットわくわく

だから安宿の旅は面白い

偶然の出会いを祝して、みんなで記念撮影をすることに。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その79・イスタンブール・仲間との別れと日本人達との出会い-7902
(1996年撮影)
ベッドの上にカメラ置いたから、下がシーツで真っ白だ

さて、夜も更けたので寝ますか。
シャワーを浴びて、ベッドでゴロゴロ。

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その80」はこちらーっ!

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2015年5月11日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その78:イスタンブール・新市街とボスポラス海峡~

前回「その77」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年8月11日(日):晴れ ときどき くもり

İSTANBUL:イスタンブール

今日もお昼頃に目覚める。

さて、今日も仲間と出掛けよう。

まずは両替だ。
こうもインフレ(リラの下落)が激しいと、毎日両替したほうが良い。
一週間もしたら、どれだけ差が出るんだろう…。
(結局は、土日があったので1US$=84,000リラ辺りで落ち着いていた)

両替後は「CAN」で昼食。

店に入ると、お宿の隣の部屋にいた日本人女性の2人組がいた。
今は3階の13号室に泊まっているそうな。
我々の日本の住所を教えてバイバイキン

その後、シルケジ駅前のフェリー乗り場(エミノニュ)付近まで移動。
今日は橋を渡って新市街地へ行ってみよう

目の前の「Galata Köprüsü(ガラタ橋)」を歩く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7801
(1996年撮影)
左がガラダ橋、正面が新市街だ。

橋の幅はかなり広く、しかも2階建てになっている。
トラムが2階の中央を走り、車道と歩道はその両脇にある。
1階は、何とレストランもある遊歩道になっている。

橋の上では、多くの人が釣りをしている。
釣れるのは、やはりサバなのだろう…

橋の上で記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7802
(1996年撮影)
奥(頭の左)がトプカプ宮殿で、右奥がアヤソフィアだ。

…あぁ、ココでもベルリンのTシャツ。

まぁ、トルコ人にしてみたら、「日本」も「」も自分たちに関わり深い国だろうしぃ~

ココで今日移動した場所の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7803
(1996年当時の地図を撮影)
同じ地図を使い回しているよぉ~~~ん(笑)

…ガラタ橋
…世界最短の地下鉄とガラタ塔
…ユスキュダルのフェリー桟橋

さて、新市街はどんな所なんだろう…

橋を渡り、新市街に入った。
ガイドブックを見ると、ココには「世界最短の地下鉄がある」とのこと。

…これは「鉄ちゃん」としては乗らないワケにはいかナイ

Tünel(テュネル)」と言い、世界で2番目(ユーラシア大陸では最初)に開業した地下鉄とのこと。(1875年
ガラタ橋のすぐそばに「Karaköy(カラキョイ)」駅があり、573m離れた坂上に「Beyoğlu Tünel(テュネル広場)」駅がある。

カラキョイ駅のホームに入ってみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7804
(1996年撮影)
ちっこーーーーーーーーい

車両は短く、1両しかナイ。
車内はクロスシートが数組。
ドアは片側4か所。

屋根上には、ゴツい剛体架線が4本もある。
そして線路の中央にはケーブルが…

…これって、ケーブルカーぢゃん。

そう、カンタンに言ってしまえば「地下を走るケーブルカー」なのだ
高低差60mを2分ほど、時速約25kmで上下するとのこと。
ケーブルカーも「鉄道」なので、「地下鉄」と言っても問題ナイだろう…。

ガイドブックによると、フランス人の技師がパリの地下鉄を造る前に、ココで試作・実験をしたものとか。
実験線ならばこの短さは納得出来る。うん、うん。

電車が動き出した。
広いトンネルの中を淡々と進む。
ケーブルカーなので、中間地点で上下列車がすれ違う
速度といい、勾配といい、何となく箱根登山鉄道のトンネルの中っぽいフンイキ。

車内で地元のチビッ子に話し掛けられた。
ニコニコしながら話して来るが、言葉が解らん…

…残念。

あっけなく(3分ほどで)坂上のテュネル広場駅に着いたところで、記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7805
(1996年撮影)
車両が超~~レトロ

昔は木造車両だったらしい。
2015年の現在は、もっと近代的でおされな車両に替わっている。

地下鉄を降りて地上の道路に出ると、ココにもトラムが走っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7806
(1996年撮影)
おぉ、ぷりち~~~~~

新市街は街並みが現代的なのに車両はレトロで、旧市街は昔ながらの下町なのに車両は最新風

…逆ぢゃなくね?

でも、この車両は欧風な街並みに似合っている
ちょっとリスボア(ポルトガル)っぽい。

新市街を少し歩いてみたが、特にオラを惹き付けるモノは無かった。
やっぱトルコらしい旧市街のほうが好きだなぁ~。

…ってなワケで、戻ることにした。

帰りはテュネルに乗らず、歩いて坂を下る。
実際にどんな所を登って来たのかが見たかったのでね

坂の下、つまり海の方を見ると、が見える。
Galata Kulesi(ガラタ塔)」と言うそうな。

…ちょっくら行ってみっぺぇ~

坂の途中は、坂上の新市街とはまた違った、旧市街に近いフンイキ。
この辺はイイカンジぃ~

のんびり歩いていたら、横からやって来たチビッ子に話し掛けられた。
ニッコリ微笑みながら「あれがガラタ塔だよ」と教えてくれた。

…トルコのキッズは、純粋でカワイイねぇ~~

こんな純粋な少年達が、なんで青年になると対向電車からラリアートを仕掛けて来るようになっちゃうんだろ…(ーー;)
でも、おじさんになると、また優しくなるんだよなぁ~。

少年に「サンキュー」とお礼を言ってバイバイキン
ほんの10秒ほどの出来事だった。

そのガラタ塔、住宅地の中に丸くニョッキリと生えている。
全体が見えなかったせいか、ナゼか写真に撮っていない…
(イチバン上の写真の、真ん中に生えている丸い建物がガラタ塔だ

ほどなく坂を降り切り、海沿いに出た。

…さて、またフェリーに乗りますか。

目の前にも「Karaköy(カラキョイ)」桟橋があってお船が出ているのだが、一応念のため、ガラタ橋を渡ってエミノニュ桟橋から乗った。

7日と同じく、10分ほどの船旅を楽しみ、ユスキュダルの桟橋に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7807
(1996年撮影)
今日はあの小舟でサバサンド食べようぜぇ~~~~~ぃ

船上のおじさんに勧められるままに乗り込む。

すんごく揺れるねぇ~~~っ

この「ボスポラス海峡」は海流が速いのだ。

いやぁ~~、今日もまいう~~~~
サバサンド、クセになりそう

食後はゆっくりと付近を散策。
そうそう、今日は仲間と2人だから、記念写真を撮ってもらおう。

ボスポラス大橋が見える波止場に行って、写真を撮ってもらう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7808
(1996年撮影)
今日もイイ海の色だ

風が少しあったせいか、海流が速いせいか、結構波立ってるねぇ…
落ち着いて海面を見てみると、かなりの速さで左へ流れていた。
潮の満ち引きで、黒海マルマラ海(地中海)との水面差が激しいのだろう…。
(…って~ことは、右に流れる時間もあるってことだよねぇ

ココでも釣りをしている人が多い。
日曜のせいか、今日は若い人ばっかりだね
(仕事などの休日は、太陽暦に合わせている国も多い)

右奥で、青年達で盛り上がっている場所があったので、近付いてみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7809
(1996年撮影)
飛び込んぢょるぅぅぅぅぅぅ~~~~っ

イキのイイ青年達が、順々に飛び込んでいた。
海流が速いので、あっという間に遠くまで流されている。

…ダイジョーヴなのかな

まぁ、地元民なので心配ナイのだろうけど。

さて、お宿に戻りますか。

またもお船に乗ってエミノニュの桟橋へ戻る。

この時だったか、シルケジ駅内の観光案内所へ再び寄ってみた。
あの愛想のイイおじさんがいた。

我々の顔を見るなり、半分ビックリした顔で「まだいたのかっ」とニヤリと一言。
いつまでいるんだ?」と聞かれたので「もうすぐ別々にバンコクとシンガポールに行くよ」と伝える。

どこか観光して来たのか?カッパドキアとか?」と聞かれたので「いいや、行ってナイ」と返事する。
おじさん、今度はホントにビックリして「ずっとイスタンブールにいたのかっ」と言う。
なんで?」と聞かれたので「お金がナイんだよ」と言うと、「日本人が何を言う」とニヤニヤしながら信じてくれナイ…。

イスタンブールはどうだった?」と聞かれたので「すごくイイ街だよ」と言ったら、おじさん、ご機嫌だった(笑)
またイスタンブールに来いよ~~~」と言われて、おじさんとバイバイキン

いやぁ~~~、ナイスおじさんだった

トルコはイイ国だ♪

駅前で仲間の記念撮影をする。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その78・イスタンブール・新市街とボスポラス海峡-7810
(1996年撮影)
さぁ、コレで今日の観光はおしまい お宿に戻ろう。

サックリとお宿へ戻り、夕方までのんびりして、夕飯を食べに出掛けた。

仲間が明日、1人バンコクへと旅立つので、今夜の食事が「最後の晩餐」だ。
5月7日からずっと一緒に夕飯を食べて来ただけあって、チョット寂しいねぇ…

晩餐会場は、いつもの「CAN」。(笑)

今夜は…
・レバーとイモの炒め物に玉ネギとパセリの付け合わせ
を注文した。

レバーは、サイコロ状に切ったモノに粉を付けて炒め、塩と唐辛子で味付けしたモノ。
イモも、サイコロ状で、フライドポテト風になっている。

店のおじさん達とも少し会話したと思う。
(仲間がおじさん達に「オレ、明日タイに行くんだ」と言ったような記憶が…)

最後の晩餐も満足、満足
お店を出てのんびり歩く。

…最後のシメにドンドルマ行っとくか

今日も同じおじさんの屋台に行く。
すると、おじさんの横に地元の青年がいてハナシをしていた。

その青年、おじさんに注文している我々を見ると、英語で話し掛けて来た。
どこから来たのか?」「仕事は何をしてるの?」などなど。
そんな話をしている間にドンドルマがやって来た。

いつものようにお金(1個100,000リラ)を払おうとすると、おじさんが少し戸惑った顔で「50,000リラ」と言って来た。

…あれ半額ぢゃん。

ハイ」、と再度10万リラ札を出すと、おじさんは青年の顔をチラチラ見ながら気まずそうに「…2つで10万リラだ」と言って来た。

…ハハァ~~~ン。

…オヤジ、今まで倍の値段でボッたくってたなぁ~っ

こちらも「ボッてただろ、オヤジ」というような顔をして無言でお金を出すと、おじさん、どうしたらイイか解らない表情をして、無言でお金を受け取った。
どうやら、おじさんは英語が理解出来ナイらしく、青年との初対面の会話で「コイツら知り合いだったのか」と思ったらしい。

我々が何も怒らなかったので、青年は何の事かも知らずに、我々とニコニコしながらハナシを続けている。

…悪い事はしないほうがイイぜ、おじさん。

最後にとんだイベントが発生したが、コレで最後の晩餐は仕上がった
お宿に戻ろう。

この日だったかは覚えていないが、いつもの路地裏で絨毯売りの青年に声を掛けられた。
いつもの「アノネ、ジュータン買ウカ」的な言葉ではなかった。

モシモシ~、アナタガタハ~日本ノ~方デスカ~

…笑いを堪えがら、日本人ではナイ振りをして無視を決め込み、通り過ぎる。
すると遠くから、

ドウヤラ~、日本ノ~方デハ~ナイヨウデスネェ~

と声が聞こえて来た。

…ヤヴェェェェェ、我慢の限界だーーーっ

ココで振り返ったり大笑いしてしまったら、日本人であることがバレバレだ。
必死に肩が震えるのを抑えながら、足早に角を曲がった。

そして2人で大笑い

トルコ語と日本語は文法が近いので、日本語が話せるトルコ人が多い。

…う~~ん、侮れない。

そんな「儀式」も、残りあと数日。

…逆に楽しんでやるか(笑)

街角のレストランのオープンテラスで、バブル絶頂期のハデな恰好をした日本人美女とトルコの超イケメンが楽しくおハナシをしていた。

…完全にアバンチュール目的でココに来ただろ。

…えっ別にひがんでませんよ、えぇ。

ほどなく、お宿に戻った。

さて、明日はゼッタイに寝坊出来ナイので、シャワーを浴びて寝るとしますか。

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その79」はこちらーっ!

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2015年5月 7日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その77:イスタンブール・ブルーモスクとグランバザール~

前回「その76」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年8月9日(金):くもり のち 雨

İSTANBUL:イスタンブール

またもや昼頃起きる。

今日は仲間と2人で外出することに。
身支度をして外に出た。

まずは両替に行こう。
この数日、日に日に為替レートが変化している。
今日はなんと、1US$=84,000リラになっていた。

…スゴい。

街中で迂闊に米ドルを見せられナイや。
チョット用心しよう

次は、お食事
またもや「CAN」に行く。

その途中で、しつこい絨毯売り日本語で声を掛けられまくる。
お宿への道を毎回通る度に絡んで来て、もういい加減ウンザリ…。
(日本人はしつこくされると買ってしまうので、余計に悪循環となるのだ。徹底的に無視するに限る

食事が終わり、仲間とブルーモスクへ行く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その77・イスタンブール・ブルーモスクとグランバザール-7701
(1996年撮影)
今日は見学出来るようだ。

入場無料なので、靴を脱いで静かに入る。(服装に注意

…とんでもなくスゴい。

教会とは違う荘厳さだ。
さすがトルコ、床の絨毯がハンパ無くフカフカ
邪魔にならないように端っこに座っていると、地元の人が集まって来た。
そして真ん中でお祈りらしきモノが始まった。

まさにそのものの動画が見つかったので、こちらをクリックして見てちょ
(チョット画像のピントが合ってナイけど、視点がオラと全く同じ)

…そっか、今日は金曜日だ。

どうやら、キリスト教で言う「日曜礼拝」みたいなモノらしい。
そう言えば、今朝はアザーンがいつものと違っていて、ボソボソとつぶやくような感じだったなぁ…

地元の人はこちらをチラッとは見るが、端っこで大人しく黙って座っていたので、特に何も言われずに座っていることが出来た。

本格的に礼拝が始まった。

室内に反響する美しい祈りの言葉を聴きながら座っていたが、あまり邪魔をしてはイケナイと思い、そっと外に出ることにした。

次はグランバザールに行こう

おみやげを買っておかないとね

先日、ある程度見当は付けておいたので、後は値段が安くて品質の良い店を探すのみ。
目的の品物は、「魔除けのお守り」。

目玉をモチーフにしたもので、マリンブルーの平たい円盤状のガラスの上に、白目と黒目が同心円で載せてあるモノ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その77・イスタンブール・ブルーモスクとグランバザール-7702
(2016年に購入したモノを撮影)
…そんなに見つめちゃ、イヤん

名前は「Nazar boncuğu(ナザール・ボンジュウ)」と言うそうな。
トルコではポピュラーなモノらしい。
詳細はこちら(Wikipedia)をクリック
3つでUS$2だった。(米ドル払い)

このグランバザールも、観光客目当ての客引きが多い。
本来のバザールの雰囲気を楽しみたいのなら、エジプシャンバザールのほうがイイね。

さて、おみやげも買ったので、お宿に戻りますか。

…あれれ、雨が降って来た。

急いでお宿に戻る。
すると、雷と共に激しい雨が

…あっぶねぇ~。

トルコに来て、初めての雨。
また違った雰囲気だね

雨が止むまで部屋でゴロゴロ。

…気が付いたら寝ちゃっていた。

夕方、雨も止んだので、仲間と「CAN」に夕飯を食べに行く。
もうすっかり顔なじみだ。
ご飯を食べながら店のTVでニュースを観ていたら、店のおじさんが画面を指差しながら「近くの町が大洪水になった」と教えてくれた。

…あらら。

そういえば、久々にTVを観たぞ

今夜も満足したので、お宿に戻る。

そして部屋でゴロゴロして、深夜の2~3時頃に寝た。

んぢゃ、おやすみぃ~

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1996年8月10日(土):くもり

İSTANBUL:イスタンブール

今日は12時半に目覚める。

仲間にせかされ、「CAN」にご飯を食べに行く。
そのままお宿に戻り、くつろぐ。

今日は何もしなぁ~~~い

荷物を軽くするために、これから行くシンガポールのガイドをノートに書き写す。
空港から市内への交通機関と宿の情報さえ判れば良い。  

そして、19時頃に再び「CAN」へ食べに行く。

・キョフテ
・デザート

を食べた。

キョフテ、かなり気に入ったぞ

ここのキョフテは、塩漬けの羊肉のハンバーグをタルトみたいに真ん中を凹ませ、そこにマッシュポテトをドカーーーーンと盛り付けたモノ。
上面は焼き目が付いていて香ばしい

デザートはメッチャ甘かった

小さくて四角い器に、ういろうの固まっていないようなモノが入っている。
その中にはご飯つぶも入っている。
表面には(たぶん)シナモンが少し掛かっている。

イスラム教では飲酒は厳禁なので、イスラム圏ではスイーツがかなり発達している。
(アル中がいない反面、糖尿病患者は多いそうな
トルコでは観光客が飲酒しても問題ナイ。トルコ製のビールも売っている。

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余談だが、この当時のトルコでは、会計時に金額を下3桁取った数で言う場合が多い。
例えば、「150,000リラ」なら「150(ワンハンドレット・フィフティー)」のようにだ。

インフレが激しいので、こういう習慣が出来たそうで。
事実、お札も下3桁の「000」だけ、違う色または薄い色で印刷されている。
(例:「1,000,000リラ」札なら「1,000,」までが赤紫色で「000」が青色)

仲間はレジでおじさんに「150」とか言われたので、一番安いお札(25,000リラ札だったかな?)を1枚出した。
おじさんは更に同じセリフを言いながらレジの金額表示「150,000」を見せる。
仲間は気付かずに「だから、コレ」というカンジで安いお札を指差す。

おじさんが首を横に振りながら「No~~~~~~~~」(軽い溜息)

オラが後ろから「オシリの000を取って言ってるから、150,000リラだよ」と言うと、「えーっ早く言ってよぉ~~~っ」と慌ててお札を追加した。
ソレを見て、おじさん達も大笑い
こんな光景も、観光客相手によく見られたそうだ。

2005年からはお札も新しくなって、2015年の今では「1トルコリラ=約46.5円(100円=2.15トルコリラ)」だそうな。
1996年では「約100円=1US$=84,000トルコリラ」だったのだが、お札が切り替わる直前の2004年では「1US$=1,511,631トルコリラ」にまでなったんだって

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さぁ、お宿に戻ろう。
今夜の帰りももちろん、ドンドルマ

サックリとお宿に戻り、シャワーを浴びてゴロゴロ。

…あぁ、今日はホントに何もしない一日であった。

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その78」はこちらーっ!

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2015年5月 4日 (月)

グルメ日記 ~「豊橋でハラショー! ロシア料理バイカル」2015~

前回「遠州鉄道2015その4」からのつづきーっ!

今回はサックリと

浜松から豊橋へご帰還後、お宿で2時間ほど昼寝して体力を回復。
そして準備万端でお宿の前に立ち、お迎えの車を待つ。
しばらくして一台の見慣れた車が止まり、拉致された。

今夜の宴の会場は、「ロシア料理」とのこと。□
今までとは一風変わった、異色のチョイスだ

お店はすぐ近くにあるそうで。
歩いても行ける距離にあったのだが、車で乗り付けた。
付近の駐車場に停めて、お店に向かう。

お店の外観はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4601
おされだねぇ~~~~~

お店の名前は「バイカル」と言う。
そう、ロシア(アジア)最大の湖「バイカル湖」のバイカルだ。

お店のカンバンもおされだったので1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4602
手持ち鍋のカタチかな

カンバンの真横に「点検おばさん」も写っているのだが、思いっきり逆光で全く見えナイね…

いそいそとお店に入る。
予約していたので、指定された窓側の席に座る。

お店の中はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4603
イイカンジぃ~~~

色がベースのインテリアだ。
鴨居の棚には「マトリョーシカ」もたくさんいたのだが、ちょうど頭上だったので撮影を断念…

料理は、基本的にはコースメニューになっているので、基本のコースを頼んだ。
食べ足りなかったら、単品を追加注文しよう」ということになり、最初っから2品を追加。

麦汁を飲みながらハナシをしつつ、料理が来るのを待つ。

ほどなく、最初の料理がやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4604
ぼってるぅぅぅぅぅ~~~~~ぅ

ロシア料理の定番、「ボルシチ」と「ピロシキ」だ
このボルシチ、見た目はケチャップが濃そうなカンジだが、味は深味があってお上品なトマト味。
なかなかのボリ具合だ

ピロシキは、巨大なかりんとうのように丸々していて、2つに割ると中から挽き肉がドッサリ
なかなかのピロリ具合だ

店内にはお客も少なかったので、我々もお上品に静かに料理をいただく。
ウォッカ飲んでコサックダンスして騒ぎながら食べるイメージとは程遠い…

次の料理がやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4605
ハラショーーーーーーーーーーっ

つぼ焼き茸」と「サラダ」だ

つぼ焼きは、上のパンを破ると、中からキノコたっぷりのホワイトシチューが出て来る。
コレが美味いの美味くナイのって

お屋根のパンをちぎって、中のシチューに付けて食べると絶品
(シチューはしばらく熱いので気を付けてねーーっ

サラダは、魚介類が入った一般的なモノ。
あまり「ロシア」というイメージはナイ。
(オオカミや熊・トナカイの肉などが入っていれば別だけど~
内容は、季節などで変わるっぽい。

つぼ焼きを横から見ると、こんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4606
…あぁ、ブレちゃった。

店内が暗めでブレたのと、近過ぎてピントが上手く合わなかったのとで、ダブルで失敗。
でも、美味しさは伝わるよねぇ~~~

以上が、基本コース「レナ コース」(1900円)のセット内容だ。
あとはコレに紅茶が付く。

紅茶には「いちごジャム」と「薔薇(ばら)ジャム」が添えられ、好みの味にすることが出来る。
個人的には、「薔薇ジャム」をた~~~~っぷり紅茶に入れるのが、このお店でしか味わえないカンジがして好き
(他のロシア料理屋さんでもあるのかな…

さて、追加した単品料理もご紹介しよう。

まずはコレ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4607
肉々しいねぇ~~~~~~

チャップドステーキ」(1800円)と言う、ヒレ肉を叩いてベーコンでくるっと巻いたステーキ。
マッシュポテトも添えられている。
鉄板の奥に見える小さな鍋型の器には、バターが入っている。

味はもちろん言うことナシ
…あぁ、1人で全部食べたひ

そしてもう1品。
(画像をクリックすると拡大するよん)
豊橋・ロシア料理バイカル2015-4608
シンプルぅ~~~~~~~

こちらは「帆立貝のバター焼き」(1400円)と言う。
名前も味もそのままの料理だ。

…あぁ、コレも1人で全部食べたひ

とっても美味しかったのだが、なんか撮った写真がイマイチだったので、美味しさが伝わっているのか…な

店舗情報などが記載されている「食べログ」サイトはこちらをクリック

お上品に「お食事会」(すでに「宴会」ではなくなっている…)を終え、お店を出る。

車に乗り込むも、「さて、どうするべぇ~」というハナシになり、2次会へ行くことに
結局、豊橋駅前の和風な居酒屋に入り、本来の宴会らしい宴をしてきましたとさ
(運転していたメンバーは、酒も飲まずに(元々飲めナイ)ず~っとお付き合いいただきました

満足してお宿に戻り、ガッツリ寝たのであった…。

さぁ、明日は今回の旅の第2目的三重県の「三岐(さんぎ)鉄道」探検なのだーーーーっ

つづき「三岐鉄道三岐線2015その1」はこちらーっ!

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