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2015年2月

2015年2月26日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その69:アテネ・遺跡の観光~

前回「その68」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年8月1日(木):晴れ

Αθήνα:アテネ

ついに8月に突入した

5月7日に日本を発ってから、まもなく3ヶ月が経とうとしている。
いつまで旅を続けられるか…な

さて、今日はアテネ観光をしよう

久しぶりのホテル連泊。
気分は「アテネの休日」だ

昼頃まったりと起き、1人で街に出る。
このお宿の周辺は、南米っぽい雰囲気だねぇ~。

まずは最寄りの地下鉄の駅まで行こう。

ここでアテネの街の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6901
(2015年のグーグルマップより)
整った町割りぃ~~~~~

…アテネ駅 (「ラリサ」駅と「ペロポネソス」駅)
…お宿 (HOTEL RIO)
…オモニア広場 (地下鉄「オモニア」駅)
…地下鉄「モナスティラキ」駅
…アクロポリス (パルテノン神殿)
…ゼウス神殿
…パナシナイコスタジアム (第1回オリンピック競技場)
…国立庭園
…無名戦士の碑 (シンタグマ広場)
…アテネ大学

宿の前の大通りをまっすぐ歩いて行くと、数分で最寄り駅の「Ομόνοια(オモニア:Omonia)」駅に到着した。
(現在の1号線。1996年当時は1路線しか開通していなかった。2・3号線は2000年に開通。現在は宿の目の前に駅がある)
切符を買い、ホームに行く。

切符はこんなカンジ。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6902
(1996年当時のモノを撮影)
欧州の市内交通機関の切符は、どの国のも似ている。

乗る前に、改札部分にある刻印器に切符を突っ込んで、「ガチャコンっ」と切符に時間を刻印する。
コレをしないと、検札時に見つかると罰金なので要注意。(欧州共通のルール)
この切符も75分間有効っぽい。

地下鉄は、東京でいうと「丸ノ内線」っぽいフンイキ。
車両も小柄で、チョットぷりちー

1駅隣の「Μοναστηράκι(モナスティラキ:Monastiraki)」駅で下車。

駅はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6903
(1996年撮影)
トンネルがおされ

このホームの部分だけ、青空の下にある。
まさに丸ノ内線の「四ッ谷(よつや)」駅のようだ

線路上に架線はなく、電気は線路脇にあるもう1本のレールから集電する「第三軌条式」だ。
日本と違って、電源レールむき出しだね…
(日本のは、上面と側面にカバーがある)
万一の線路転落時は要注意

駅の周りは「おシャレな下町」というカンジ。
住宅地の入り組んだ細い路地に、おみやげ屋やレストランも多く並んでいる。
東京で言えば、「代官山や下北沢の街外れ」っぽいかな。
…いや、むしろ神戸の山裾の辺りかな。

目的地に向かって路地を歩く。
途中から坂道になった。
だんだんキツくなっていく…
セミの鳴き声が、余計に暑さを増してくれる…。

街の雰囲気を楽しみながら登って行くと、見晴らしのイイ場所に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6904
(1996年撮影)
アテネの街が見える。

暖かい地方らしい雰囲気の街並みだね

そして別の方角を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6905
(1996年撮影)
おぉ、いぇい

コレぞ、「ギリシャ」でイメージしていた通りの景色だ

目の前に神殿が見えるぅぅぅぅぅぅ~~~~っ

そう、この地域は住宅と遺跡が混ざり合った場所なのだぁ~よ。
大昔からのアテネの中心地みたい。

…ってなワケで、ここに来た目的はコレ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6906
(1996年撮影)
ポリスぅぅぅぅぅーーーーーーーっ

アテネの城塞「ἀκρόπολις(アクロポリス)」ッス

わくわく

坂を登り切り、入口でチケットを買う。
料金は2000ドラクマ(約1000円)。

チケットはこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6907
(1996年当時のモノを撮影)
早く実物が見たいよぉぉぉぉ~~~ん

中に入ってすぐに、目の前に遺跡が建っていた。
コレは記念写真を撮らねばっ

近くにいた人に頼んで、写真を撮ってもらった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6908
(1996年撮影)
いぃぃぃ~~~やっほぉぉぉぉ~~~~ぅ

良き記念になった

そして、奥に進むと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6909
(1996年撮影)
来たーーーーーーーーーーーーーっ

ついに「パルテノン神殿」たどり着いたぜぇぃ

子供の頃から、教科書やアニメなどでさんざん見て来た建物が、いま目の前に…
オラ的には、これで「アネテを制覇したぞ」と言っても過言ではナ~イ

さらに奥には…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6910
(1996年撮影)
ギリシャの国旗が

う~ん、オラ、旅して来たねぇ~~

正直、半年前にはまさかココまで来るとは思っていなかった。

ちょっと感動……というか達成感

神殿に近寄って1枚。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6911
(1996年撮影)
カッチョエェ~~~のぉ~~~

近くの見晴らしのイイ場所から街を眺めてみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6912
(1996年撮影)
正面に遺跡があるねぇ~。

次はあそこに行ってみるか。
今のうちに地図で場所をチェック

見学を続けよう。

一部の建物の中には、展示品も置いてあった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6913
(1996年撮影)
…ガッコの美術室みたい。(笑)

学校内の美術準備室のように、たくさん彫刻が置かれている。

…ってか、逆だろ。

いやぁ~、ホントにギリシャにいるんだね、オラ

外に出て、少し下を見たら…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6914
(1996年撮影)
大昔の劇場だろうか

後で調べたら、「Θέατρο του Διονύσου(ディオニューソス劇場)」だそうだ。
形は現代の劇場でもあまり変わってナイね。

さて、そろそろ次に移動するか。

日陰がナイから超~暑いのだぁ~よ…

出る前に、周囲をもう一度しっかりと目に焼き付ける。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6915
(1996年撮影)
現役当時(2世紀)の姿も観てみたかったなぁ…

彩色がすごかったそうな。

周囲の光景も…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6916
(1996年撮影)
ココは「遺跡」と言う名の「廃墟」かもしれない。

復元かこのまま保存か……難しい選択だ。

最後に、下を覗いてみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6917
(1996年撮影)
こちらにも劇場らしき遺跡が…

これは「Ωδείο Ηρώδου του Αττικού(ヘロディス・アッティコス音楽堂)」だって。
上演中はどんなカンジだったのだろう…
(チョット観てみたい

アクロポリスを出て、さっき上から見えた遺跡に行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6918
(1996年撮影)
…やっぱ柱しかナイ。

これは「Ναὸς τοῦ Ὀλυμπίου Διός(ゼウス神殿)」と言う。
ギリシャの最高神「ゼウス」に捧げられた神殿だ。

これだけ何もナイと、あまり見学する所もナイ。
なので、次に行こう。

神殿のすぐそばに、こんな遺跡があった。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6919
(1996年撮影)
…門…かな

コレは「Πύλη του Αδριανού(ハドリアヌスの凱旋門)」と言うそうで。
ローマ皇帝「ハドリアヌス」の功績を称えるために建てられたんだって。
ローマやパリなどの凱旋門と違い、かなりこぢんまりとしている。

さて、次に行こう。

次の観光スポットが、ホントに行ってみたかった場所なのだ

ほどなく、到着ぅ~~~~
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6920
(1996年撮影)
おぅりんぴっくーーーーーーーーーっ

ココは「Παναθηναϊκό Στάδιο(パナシナイコスタジアム)」という、オリンピック競技場。
1896年第1回近代オリンピックが開催された場所なのだ

紀元前329年に建築されたそうな。
ずいぶんと縦長な印象だが、コレは古代オリンピックの基準だそうで。
トラックの一周は330mで、カーブの半径はかなりキツい。

イチバン奥まで行ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6921
(1996年撮影)
せいかーーーーーーーーーーーーーっ

この時は聖火が燃えていた

気分出るぅ~~~~

ちなみに、スタンドの観客席は大理石(紀元前131年に改修)で出来ていて、収容人数は約5万人だって

ココでも、近くにいた人に頼んで撮ってもらった。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6922
(1996年撮影)
いぃぃぃゃっほぉぉぉ~~~~ぅ

さて、ココに来たからにゃぁ~、やることは1つ。
周りにいるバックパッカー達も、思っていることは同じ。

おもむろに荷物を置き、トラックの中央に歩み寄る。
そして、一気にダッシュ

数秒間、オリンピック選手に変身するのだ

トラックはゴムが敷かれているのか、かなり柔らかかった。
なので、突然走り出しても膝に負担が掛からない。

ダッシュを終え、栄光の選手から路傍の平民に戻る。

あぁ満足♪

コレがやってみたかったのだ

最後に、国旗に向かって一礼。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6923
(1996年撮影)
メダルは取れなかったけど、楽しかったよ

こうして、孤高の日本選手(平民)団は、オリンピック会場を後にしたのであった…。
(「」ぢゃねーだろ)

次は、目の前にある大きな公園に入ってみよう。
ココは「Εθνικός Κήπος(国立庭園)」と言うそうな。

街中にあるこの広大な庭園は、東京で言えば「代々木公園」のような存在。
都会の癒しスポットだ

中に入ると、こんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6924
(1996年撮影)
こぉーーーよぉーーーぅ

まだ夏の真っ盛りなのに、この木だけ葉が赤かった
そういう種なのだろう…

落ち着くねぇ~

さらに進んで行くと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6925
(1996年撮影)
おぉアヒルたん

水場に向かってテコテコ歩く姿が、とってもぷりち~だった

癒されるぅ~

庭園を出た後、道路を歩いていると、広場の奥に変わった格好をしている人達が見えた。
周りに観光客らしい人が大勢いる。

近寄ってみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6926
(1996年撮影)
兵隊さーーーーーん

ここは「Μνημείο του άγνωστου στρατιώτη(無名戦士の碑)」と言うそうな。
この広場は「Πλατεία Συντάγματος(シンタグマ広場)」だって。
後ろの建物は、国会議事堂とのこと。

グーゼンにも警備交代の時間に遭遇したらしい。
観光客が写真を撮りまくっている。

滅多に観られるモノではナイので、終わるまで観てみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6927
(1996年撮影)
おぉ、ぷりちーーー

動きは一糸乱れぬ兵隊そのものなのだが、制服がぷりちーなのでコスプレをしているようにも見える。(笑)

現在の女性の洋服(スカート・ストッキング・タイツ・スラックスなど)は、中世の軍人や貴族(男性)の格好が起源だからねぇ~。
セーラー服だって、オリジナルは海軍服だしぃ~。

数分の儀式の後、役目を終えた兵隊さん達は、ゆっくりと行進しながら街中(兵舎)へ戻って行った。

次に移動しようと歩き出したら、目の前にさっきの兵隊さん達が…
そんなにゆっくり行進しているの
(上の写真のような歩き方だからねぇ…)

そういえば、庭園に入る前、道路を挟んだ対面に同じ格好をした人がいたなぁ…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6928
(1996年撮影)
がっちりガード

兵隊さんが警備しているということは、ココは国家レベルの重要施設なのだろう。

後で調べたら「大統領官邸(元王宮)」だって
庭園も元は「王立庭園」だったそうで。

そろそろお宿に戻ろう。

結構な距離まで歩いて来ちゃったな…。
仕方ナイ、おとなしく歩いて戻ろう。
(現在なら地下鉄が走っているのにねぇ~)

道をテコテコ歩いていると、神殿のような建物が目に入った。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6929
(1996年撮影)
キレイぃぃ~~~~~~

ボロボロの遺跡達とは違って、コレはちゃんとしている。
何の建物かと思ったら、何と「アテネ大学」だって

スゲーーーーーーーっ

キャンパスにこんな建物が建っていたら、まぢめに勉強するしかナイやん。

しばらく歩いたのち、お宿に到着。 

…なぁ~んだ、地下鉄に乗らなくても移動出来る距離だったぢゃん。

部屋でしばし休憩。

やがて仲間も戻って来たので、一緒に夕飯へ行く前に洗濯を開始。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その69・アテネ・遺跡の観光-6930
(1996年撮影)
久しぶりの洗濯だよぉぉぉぉ~~~~ん

さて、洗濯も終わったので、夕飯に行きますか

仲間と2人で、近くの昨日入ったレストラン(タヴェルナ)へ行く。

今日は何を食べよっかなぁ~~~~

・チキンのペッパーソース、パスタ添え
・スパゲッティポロネーズ

に決めた。
お値段はどちらも1000ドラクマ(約500円)。
(結局イタリア料理やん(笑))

味はどちらも文句ナシっ
自分の口に良く合うお店だ

いやぁ~、今夜も満足

お宿に戻って、ベッドでゴロゴロ。
さぁ、今日はもう寝よう。

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その70」はこちらーっ!

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2015年2月23日 (月)

旅日記 ~「人類の進歩と調和!太陽の塔」2014冬~

今回はサックリと

大阪に遊びに行った時に、途中で万博記念公園に寄った。

大阪モノレールの「万博記念公園(ばんぱくきねんこうえん)」駅で降りると、高速道路の向こう側に「あのお方」のお姿が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8001
シャキぃーーーーン

今日も腕が伸びているねぇ~

アップで見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8002
う~~~~ん、カッチョエェ

では、ちゃんとお姿を拝みに行こう。
公園の入口で入場料を払って中に入る。

すると、すぐ目に前に…
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8003
じんるいのしんぽとちょーわーーーーっ

今日もバクハツしてるぜぃ

コレは「太陽の塔」といい、1970年に開催された「大阪万国博覧会(EXPO'70)」のシンボルだ。

巨匠中の巨匠、「岡本太郎」氏がデザインした、今でもアバンギャルト(前衛的)過ぎるゲージツ作品。
ちなみに、大阪万博のテーマは「人類の進歩と調和」だった。

昔に観てから、もう15年は経ってるのかなぁ…
なので、改めてちゃんと観てみよう

横からのお姿を。
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8004
ほどよくぷりち~、ほどよくシュール(笑)

直線部分はほとんどナイ。

次に、正面の真下から見上げてみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8005
バクハツだーーーーーーっ

上の金色のお顔は睨んでいるのか
下のお顔はふてくされているのか
でも、腕はぷりちーなんだよなぁ~(笑)

裏側に回ってみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8006
実は、背中にもお顔があるのだぁ~~~よ

こちらは一年中日陰だけどね。

最後に、太陽とのコラボをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
大阪・万博記念公園の太陽の塔2014冬-8007
カァ~~~ッチョエェ~~~のぉ~~~

みなさんも、大阪に遊びに行った際はぜひどーぞ
どこから行っても、モノレールに乗れば簡単にたどり着けるッス

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2015年2月19日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その68:パトラからアテネへ~

前回「その67」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年7月31日(水):晴れ 一時 くもり

→ Πάτρα:パトラ → Αθήνα:アテネ

今朝は骨盤の痛みで目覚める。
船室の床が硬かったためだ。

昨夜、イタリアの「Brindisi(ブリンディジ)」港を出航したフェリーは、ギリシャの「Πάτρα(パトラ)」に直行せず、手前の島に寄るとのこと。
まだしばらくは船旅が続きそうだ。

デッキに出て外を眺めることにした。

外を見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6801
(1996年撮影)
うるとらまりーーーーーーーーん

海の色が真っ青だ
マリンブルー」とはこの色のことかぁ…。

イタリアの海(アドリア海)は緑色だったのだが、ギリシャ(イオニア海)の海は青いんだね。
オトラント海峡」を境にして海の色(深さ)が変わったようだ。

しばし海を眺める…

ココで、この船に日本人がもう2人乗っているということが判り、そのうちの1人の女性とハナシをした。
20代で、小学校の図工の先生をしているそうな。

旅先では、全世界どこに行っても日本人にちょこちょこ遭遇する。
(この当時は、日本人の個人海外旅行がブームだった)

少しハナシをしたあと、席に戻って昼寝した。

では、昼寝している間にギリシャの地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6802
(1996年当時の地図を撮影)
ギリシャは島国だ。

ペンで塗りつぶした線の上を移動している。

移動している順に、
ブリンディジ(Brindisi)
パトラ(Πάτρα)
アテネ(Αθήνα)
テッサロニキ(Θεσσαλονίκη)
ギリシャとトルコの国境

もうこの地図も、南の端っこの部分に来たね。
この先はユーレイルパスのエリア外なので、描かれていない。

ここでヨーロッパが終わるのだ

余談だが、ギリシャは、神奈川県の川崎~三浦半島の部分と何となく似ている気がする。(線路は京急線だ)
の国境が東京都との県境(多摩川)で、(テッサロニキ)が横浜駅。
そして京急線と同じようなルートを走り、(アテネ)の横須賀中央駅に到着する。
その後、半島の先端にある(パトラ)の三崎口(油壷)に終着するというカンジ。

…チョット強引なこじ付けかな

さて、昼寝も終わった頃なので、ハナシを元に戻そう。

お船は、15時にパトラの港に着いた。
みんなと一緒にぞろぞろと下船する。

下船時に、船内でパスポートにギリシャ入国のスタンプを押された。
中身(本人や期限など)の確認など何もなく、とにかくスタンプを押していくようなカンジ。

…事実上のフリーパスぢゃナイか。

まぁ、イタリアから来た船なので、チェックは厳しくはナイのだろう。
(その後、EU連合になって越境時はフリーになったからね)

さて、ココからアテネに行く列車を探さねばならない。
まずはを見つけなければ。
お船のみんなもアテネに行くのだろうから、早く行って列車の予約をしないとっ

…と思ったら、目の前の400m先にあった。(笑)

ほどなく駅につき、すぐさまアテネ行きの列車の予約をする。
16:28発の特急列車(IC:インターシティ)の席が取れた。

いやぁ~~、あらかじめ両替しておいて良かった

指定券はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6803
(1996年当時のモノを撮影)
コピー用紙ぃぃぃぃぃぃ~~~っ

コピーした紙に手書きの、ヘロヘロしたお手製指定券だ。
しかも、用紙は手で切り分けた感580%

…学園祭の整理券か

発車まで1時間ほどあるので、駅をくるっと眺めてみた。
この駅は結構小さい。

まずは記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6804
(1996年撮影)
コレで証拠は残ったぜぇ~~~ぃ

後ろの屋根に、駅名の「ΠATPA」の文字が見える。
フシギなことに、ギリシャ語の知識が無かったのに「パトラ」と読むことが出来た。

オラ、スゲぇ~~~~っ

…ナゼかって

それはね、6月にロシアのシベリア鉄道を一週間乗り通したでしょ。
その時に、駅名板とガイドブックを一所懸命に見ていたワケ。
(今どこにいるか調べるため)
なので、何となぁ~くロシアのキリル文字が読めるようになったのよ。

…んで、実はロシアのキリル文字とギリシャ文字は、ルーツが一緒なのだ

…というワケで、何となく読めてしまった次第。
学校では、電気や物理の時間に教科書に書いてある単位や記号の文字(πやΩ)だけは見ていたんだけどねぇ…

駅構内は、前半分がクネクネしている。
上の写真では線路が真っ直ぐ見えるが、振り返ると、線路もホームもクネクネだ。
そのクネクネした先はヘロヘロの単線になっていて、工場らしき土地の中へ消えている。

工場への貨物の引き込み線かなぁ~」と思っていたら、何とそこから特急列車がやって来た。

コレが本線だって

特急列車は、ディーゼルカーの3両編成。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6805
(1996年撮影)
一応、「特急」らしいお顔をしている。(コレはアテネの駅で撮影した別の編成)

…がっ

列車が目の前に来てビックリ

何とほとんどの窓ガラスがヒビだらけなのだ。

しかも、ガラス押さえの縁のゴムがベロンと外れかかっているのも多数。
良く見りゃ、前面もカバーがひび割れてへっこんでいるではナイか…。

…ダイジョーヴなのかコレ。

とても「欧州の車両」とは思えないレベル。
中央アジアか東欧にいるようなカンジ。

とにかく車内へ入ろう。

…お、一応クーラーは効いているのね
イスも座り心地は悪くナイ。

この編成、ディーゼルエンジンは先頭車の運転席後部にあるらしい。
そして、中間車はエンジンがナイ「客車」に近い構造のようだ。

列車は定刻に発車。
予想通り、ヘロヘロの線路の上を揺れながらテコテコと走る。

クーラーとリクライニングシート付きの路面電車というようなカンジ。(笑)

ほどほどの速度で淡々と走り続ける。
時々、景色が大きく変わる場所があった。
切り立った高い崖の上(コリントス運河)を鉄橋で渡ったり、崖の横を走ったり…

…そっか、窓ガラスや前面カバーのヒビって、崖上からの落石とかのせいだったのね。

…どっちみち危険ぢゃなくね!?

市街地では、列車は玄関先を横切って進んで行く。
まるで「江ノ電」みたいだ。
田舎の景色は、フシギと日本に近いモノがある。
馴染みやすそう

そして、4時間弱走った後、20時過ぎにアテネの「Πελοπόννησος(ペロポネソス)」駅へ到着した。
20時と言っても、まだ外は比較的明るい。

駅について列車を降りた直後、仲間の1人がインドへ向けて離脱した。

ココからは2人旅になる。
ユーレイルパス(3人同一行動用)がギリシャまで使えるので、トルコ国境までは有効なのだが、一刻も早く自分のペースでインドに行きたいらしく離脱したのだ。

…最初(成田)から、インドに直行すれば良かったんいぢゃナイ
(彼は思い込みが激しく、初めからこの旅の目的を深く考えていなかったようだ。この後、イラン経由でインドに行けていた。もちろん日本に帰国したよん)

あっけなくアッサリ別れた後、我々2人は駅の近くにいた人に声を掛けられ、ホテルのパンフをもらった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6806
(1996年当時のモノを撮影)
良さげぇ~~~~~

イイカンジの建物だし、日本語の案内も書いてある。[ ]

日本語だけ手書きだ。
宿泊者が協力したのだろうか

とりあえず、行ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6807
(1996年当時のモノを撮影)
お宿は駅のすぐそばだ。

左下の黄色い部分アテネの駅
(東欧・トルコ方面の「ラリサ」駅と、パトラ(ペロポネソス半島)方面の「ペロポネソス」駅の2つが隣接している。2005年に統合された)
そして、すぐ右にある赤い■がホテルの場所だ。

お宿の名前は「HOTEL RIO」。
シャワー付き・朝食なしで、1人1泊2500GRD(ドラクマ:約1250円)。
さすが欧州のはじっこ、かなり安い。
もうアジア並みの物価だ。

…つまりギリシャは「ヨーロッパの田舎」ということ

部屋を見せてもらうと、我々のだけが離れの部屋だった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その68・パトラからアテネへ-6808
(1996年撮影)
部屋の前の中庭がサイコ~~~~~

もうコレだけで気に入ったので、ココに泊まることにした
シャワーは、洗面台の蛇口脇からシャワーのホースが分岐している簡易なモノだったが、まぁイイだろう。

部屋に荷物をおろし、とりあえず近くのストアに買出しに行く。
そのまま小さなレストラン(ギリシャ語では「ταβέρνα(タベルナ)」と言う)で、スブラキを食べる。

ここのスブラキは、丸い木の皿(プレート)にナン・トマト・赤玉ねぎと一緒にキレイに盛り付けられていて、超~美味だった♪
肉はたぶん鶏肉で、塩味がベースのモノ。
トルコの「ドネルケバブ」と同様、スライスした肉を長い棒に刺し回転させ、横からバーナーで炙っている。
お値段は1000ドラクマ(約500円)。

ラッキーパプニングに満足し、お宿に戻る。 
そしてシャワーを浴びる。

…お湯ぢゃナイ。

気持ち、ぬるい水」というカンジだ。
まぁ、夏の南欧だからイイっか

明日はアテネ観光だ

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その69」はこちらーっ!

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2015年2月16日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その67:ブリンディジ・お船でギリシャへ~

前回「その66」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年7月30日(火):晴れ

→ Brindisi:ブリンディジ →

今朝は、目が覚めた途端に「Brindisi(ブリンディジ)」駅に到着した。
急いで支度をして列車を降りる。

今夜乗るギリシャ行きのフェリー会社のカウンターが駅構内にあるとのことなので、早速向かう。
そこで、室内席48000リレ:約2500円)の予約を取る。
(運賃はユーレイルパスがあるので、割引なのだ

室外(甲板や通路)は、19000リレ(約1000円)だそうな。
さすがに、夜行のフェリーでは室内にいたほうが体調面では良いからね…。

カウンターで、「街(港)にあるオフィスのカウンターで乗船券を渡すから行ってくれ」と言われ、街中に出る。
港に向かい、オフィスで乗船券をもらった。
(手続き上、乗船券をもらう時に、港のターミナルビルからフェリー乗り場まで無料シャトルバスで往復したかもしれない。もう記憶がナイ…

乗船券の表紙はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その67・ブリンディジ・お船でギリシャへ-6701
(1996年当時のモノを撮影)
いかってるねぇ~~~

今まで列車のチケットだったので、表紙は車両や線路のマークが多かった。
なので、船や碇のマークを見るとチョットわくわく

デンマーク以来の「船旅」だぜぇ~~~い

Hellenic Mediterranean Lines」という名のお船だ。
日本語にすると「ギリシャ地中海ライン」だね。

乗船券はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その67・ブリンディジ・お船でギリシャへ-6702
(1996年当時のモノを撮影)
どうして西洋人の字はどれもキタナイのだろう…。

それは、子供の頃から40文字程度覚えれば済んでしまうからだ。

オマケに漢字のように細かく書く(区別する)必要もナイ。
…と、勝手に解釈している。

コレは3人分のチケットなので、合計金額が「144,000リレ」と、まるで一等船室に乗るかのような桁数になっている。
イタリアとトルコのお金の単位「リラ」は、インフレ率がすごいようだ…。
(トルコは入国後に解説するね)

乗船券を手に入れたので、もうイタリアリラをケチッて使う必要はナ~イ
夜までの食事代くらいを残して、ギリシャの「ドラクマ」に替えてしまおう。
(以前、フィンランドの船内で両替していなくて、スウェーデン到着後に苦労したからねぇ…

すぐ近くにあった両替所で、とりあえず必要な分だけ両替する。
だけど、「これから入国する国のお金に替えるのは率が悪い」という世界のルールの通り、レートは良くなかった。
しかも、米ドルや日本円から替えようとすると、「いったんイタリアリラにしてからドラクマにする」という形を取るので、なおさらだ。

両替は、出来る限り「目的国へ到着後にする」ようにしよう。

いったん、港のターミナルにある待合室に行く。
出発時は、ココに集合すれば良いらしい。
出航は20時だが、出国審査などもあるので、17時くらいまでに戻って来ればイイっぽい。

勝手が解ったので、街中へお昼ご飯を食べに行くことにした。

まずは、ブリンディジの地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その67・ブリンディジ・お船でギリシャへ-6703
(1996年当時の地図を撮影)
黄色いーーーーーーーっ

中央のブリンディジ駅で、右上のブリンディジ港

駅と港との距離はそれほどなく、1Kmくらいだ。
フェリーが発着する場所は、少し離れているようだ。(地図右上の枠外にある
港のターミナルビルとフェリー乗り場の間には、無料シャトルバスが走っている。

もう記憶が曖昧で、特にブリンディジの街はほとんど覚えていない…。
旅日記に残された、僅かなメモが頼り。
ナゼか街や港の写真も撮っていない。
(フィルム代をケチッたか街で入手出来なかったか

街のレストランに行き、最後のイタリア料理を食べる。

・ハムとマッシュルームのピザ
・スパゲッティ ボロネーズ(ミートソースのことだよ)
・コーラ

確か、道路に面した軒先で食べた気がする。
ピザのトマトソースが、濃くてメチャメチャ美味かったのは記憶に残っている。

やはり本場は違うねぇ~

店員のお兄ちゃんにコーラを注文した時に、英語で「ボトルの大きさは」と聞いたら、「ハルフ・リットロ(Half Liter:500ml)」と言われた。
スゴく訛った英語だなぁ~と思って聞いていたら、イタリア語だと「Half-litro」なので、合っていたのね

いやぁ~、美味しかった

さぁ、コレでイタリア料理ともバイバイキンだ。

さて、どうしよう

この街は観光地ではナイので、特に見る場所もナイ。
海はこれからいくらでも見れるしぃ~。

…ってなワケで、昼寝することにした。(笑)

夕方、お船に乗る手続きを始めた。
17時半ごろ出国審査を済ませ、乗船する。
(恐らく船までバスで移動したのであろう)

国際航路のフェリーだけあって、お船はデカい。
船内の旅客用部分はほどほどの広さで、じゅうたん敷きになっている。

お船は予定通り、20時に出航した。

チャオ!イタ~リア♪

お腹空いたなぁ~。
…ってなワケで、食堂に行く。

国際航路なので、イタリア料理とギリシャ料理の両方が置いてあった。
なので、予習もかねてギリシャ料理も頼んでみることに…

・スブラキ(σουβλάκι:Souvlaki)
 …トルコの「ケバブ」や日本の焼き鳥のような串焼き肉。羊または鶏肉が多い。
・ムサカ(μουσακάς:Moussaka)
 …ひき肉やイモ(カボチャ)等を層に重ねたモノ。ラザニアやティラミスっぽい。

ギリシャまで来ると、もう料理の名前を見ただけでは、何が何だか解らナイや…。
写真や実物があると、ホントありがたい

ムサカの味は、見た目通りのラザニア風だ。
パスタの代わりにイモ」といったカンジ。

値段も高過ぎず、味も良い
ただし、スブラキはイマイチ…

月明かりがキレイだけど、外も真っ暗だし、そろそろ寝ますか。

船内は若者だらけなので、みんな床に寝ている。
我々も同じように床で寝ることにした。
(「室内(個室ではナイ大部屋)」チケットなので座席はあるのだが、床に寝たほうが寝やすいので…

明日はいよいよギリシャ

んぢゃ、おやすみぃ~

つづき「その68」はこちらーっ!

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2015年2月12日 (木)

お知らせ(再掲) ~「特攻野郎Bチーム・公開展示・運転会」2015早春~

いよいよ来週!!

私が所属している(鉄道模型)Bトレイン集団「特攻野郎Bチーム」の、早春の公開展示・運転会を開催いたします
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しかも、今回はなんと「大阪」やでぇぇぇぇぇ~~~っ

みなさん、ぜひご来場いただき、我々自慢のBトレインやジオラマたちをご覧になってください

今回は、東京からの移動距離や作品の運搬の関係上、「ミニ展示会」となってしまいます。
でも、やる気は熱いでぇ~~~

このブログ「のんびり行こうぜ。」に載せた私の改造車両やジオラマたちも、一部ですが展示いたします。
(右にあるカテゴリの「Bトレ~~」各種をクリックして見てね~)

今回のテーマは、8年半ぶりの大阪遠征なので…

「そうだ ほんまに関西、行こう。

です。(前回も聞いたような…)

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日時:2015年2月21日(土)~2月22日(日)

場所:ホビーセンターカトー大阪店3F (大阪府吹田市豊津町)
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入り口は↑ココだよ!

緑色の鉄骨とKATOマークが目印

市営地下鉄御堂筋線北大阪急行電鉄の「江坂(えさか)」駅から徒歩3分くらいです。
(駅前の「東急ハンズ」の向こう側だよ)

詳細はこちらをクリック

メンバーが宣伝用の動画を作ったよ。ぜひ見てね~
 →こちらをクリック
 →第2弾はこちらをクリック

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 「Bトレイン」って何ぞや?

Bとレインとは、鉄道模型の「Nゲージ」車両の長さだけを半分に縮めて、カワユ~クした車両のこと。
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短いのでカーブが曲がりやすく、小さいスペースでも走らせることが出来ます。

なので、机やコタツの上でも充分楽しめるのだ

長さ以外はNゲージと同じなので、市販の製品を買って来てジオラマを作り込んで走らせることも可能。
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リアルさの中にカワユさ。これが良い~~

ときにはシヴ~くキメてみたり。
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ノスタルジックなのにカワイイ(笑)

小さなスペースでいろいろ再現できるので、イメージがたくさん湧いてくる
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夏の海岸線をイメージ。

↑このジオラマ(レイアウト)は、長さが60cm・幅が20cmしかアリマセン。
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こんなスペースでも列車がクルクル走るのが、Bトレインのスゴいところ

わずかA4サイズ(30cm×21cm)のスペースさえあれば、こんなカンジで一周するレイアウトが作れる
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…イカすだろぅ?

100円ショップで売っているケースを使用すれば、小さくても迫力のあるジオラマが作れる
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まるで天王寺駅のホームにいるみたい

ミニジオラマは、いろんなアングルから楽しめる
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これから関空に行って、海外旅行よぉ~ん

そんなクールでカワユいBトレインたちを、キッズやママたちが見逃すワケがナイ

展示会でもファミリーに大好評
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キッズ大コーフン

展示会があるのを知らないで、パパに嫌々付いて来た(笑)ママたちも、Bトレを見た瞬間大喜びっ
カワイイ~~~~~」の大合唱(笑)

もちろん、女の子にも人気です。
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パパと来たおねえちゃんから、彼氏と来た彼女まで、Bトレインはもうモテモテ

ときどきキュン死状態の女性もいます。

運転体験レイアウトのコーナーでは…
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史上最年少の運転士さんの登場かっ

鉄道の知識が無くても、充分楽しめます
もちろん、鉄ちゃんも納得の内容で楽しめまっせ

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今回は「大阪遠征」ということで、メンバーの気合が特に入っているので、乞うご期待っ

みんな来てねーっ!!

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2015年2月 9日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その66:ローマ・街歩き~

前回「その65」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年7月29日(月):晴れ

Roma:ローマ →

世界最小国「ヴァチカン市国」を制覇した。
さぁ、次に行ってみよう~

では、これから行く場所を地図で見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6601
(2015年のグーグルマップより)
当時の地図を持っていなかった…

行った順に…
…テルミニ駅
…ヴァチカン市国(黒枠内が一つの国)
…スペイン広場
…トレヴィの泉
…パンテオン
…ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂
…フォロ・ロマーノ
…コロッセオと凱旋門
…カラカラ浴場跡

全体的に、各観光スポットどうしはそれほど離れてはいない。
メンド臭くなければ、全て歩いて巡れるよん。

まずは、オッタヴィアーノ・サン・ピエトロ駅まで戻り、地下鉄に乗る。
そしてテルミニ駅方面へ3つ目の「Spagna(スパーニャ)」駅で下車。
地上に出て歩き始める。

街の雰囲気はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6602
(1996年撮影)
南欧だねぇ~~

ドイツなどの中欧~北欧とは全然違う。
さすがローマ、平日なのに観光客で混んでいるね
(まぁ、夏休み中なので…)

そして、次の目的地に到着~
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6603
(1996年撮影)
王女さまぁぁぁぁぁぁ~~~~~っ

かの有名な「Piazza di Spagna(スペイン広場)」だ

そして、足元に見える白い柵の下が「スペイン階段」。

映画「ローマの休日」のように、「ローマの平日」だけど登ってみましたよ、えぇ。

映画とは違って、階段に花屋の露店などは何も無かった。
階段に佇むも、あまりの暑さ(階段が白いので日光をモロに反射させている)でヘロヘロだ。
それに、アン王女のようにジェラート(アイス)などを食べるのは、今は厳禁だそうで。

…え、映画と違う。

ヘプバーンのように、王女様気取りは出来ナイようだ。

…残念。

周りの観光客も、あまりの暑さに建物の日陰へ逃げている。
階段の写真を撮ろうにも、あまりの人の多さと、広場の奥行の無さで上手く撮れナイ…。

結局、階段を撮るのは諦めた。
映画でご覧あそばせ(笑)

階段を登って上の写真を撮った後、即座に横の露店でコーラを買ったのは言うまでもナイ。
(階段以外の周囲での飲食はOK)

さぁ、次に行こう。

他の観光客と混じって、ぞろぞろ歩く。
次の目的地は近いので、みんな歩いている。

ほどなく到着。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6604
(1996年撮影)
とれびあぁぁぁぁぁ~~~~ん

Fontana di Trevi(トレヴィの泉)」だ

…スゲー人。

ココも広くナイので、混雑している。

人をかき分け、泉に近づく。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6605
(1996年撮影)
…美しい。

では、お約束の「コイン投げ」をしに行こう。
ココで、後ろ向きに座ってお願い事をしながら泉にコインを投げると、叶うとか。

泉の目の前までたどり着いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6606
(1996年撮影)
さぁ、投げるわよん

…あ、イタリアリラのコインをあまり持っていない。

それよりも、今までの国のコインが大量に残っている。

結局、手持ちの外貨「スイスフラン」(0.5フラン硬貨)を投げ入れることに。
(スイスフランの単位名は、スイス国内でも言語によって全く異なるので省略)

日本語で願い事をして、スイスのお金を投げ入れて…

効き目あるんぢゃろか?

周りに順番を待っている人が大勢いるので、そそくさと移動する。
ココは日陰も多く水場なので、結構快適だ

でも、次へ移動しよう。
この後は全て徒歩で移動

次もすぐ着いたぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6607
(1996年撮影)
おぉ!ローマ

コレは「Pantheon(パンテオン)」という建物だ。
紀元前25年に建てられた神殿で、この建物は西暦128年に再建されたものだそうで。
歴史の知識がナイので、何となくギリシャっぽく感じる。

中に入ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6608
(1996年撮影)
いやぁ~~~、ココもスゴい

ヴァチカンから圧倒されてばかり。
さすが、ローマ。
世界の中心だっただけのことはある

そして、この神殿の天井を見ると…
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6609
(1996年撮影)
穴っぽこぉーーーーーーーーっ

ドームの天井にが開いている。
なので建物内が明るい

パッと見、日時計のように思えたが、違うようだ。

パンテオンを出て次に進んでいると、このようなモノがあった。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6610
(1996年撮影)
ぞぉさぁぁぁ~~~~~ん

オベリスク(記念碑)」だ。
エジプトの象形文字が彫られていて、土台には象さんが。
コレは「Basilica di Santa Maria sopra Minerva(サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会)」前にある。
(後ろの白い建物がその教会で、パンテオンのすぐ裏手にある)

オベリスクは世界に30本あるそうで。
そのうち13本がローマにあるんだって
強大かつ広大なローマ帝国の名残りだね。

さぁ、次はかの有名な「Colosseo(コロッセオ)」に行こう
少し離れているので、サクサク歩こう。

地図を見ながら大通りに出ると、目の前にこんな大きな建物が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6611
(1996年撮影)
スゲーぞ、これ

この建物は、「Altare della Patria(ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂)」と言うそうな。
イタリア語は「国父の祭壇」という意味で、日本語の人名はイタリア王国建国の父とのこと。
Piazza Venezia(ヴェネツィア広場)」に面している。

ココから大通り沿いに真っ直ぐ進む。

少し進むと、右側に広い空間が現れた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6612
(1996年撮影)
…遺跡!?

Foro Romano(フォロ・ロマーノ)」という、古代ローマ時代の遺跡だそうな。
中央の3本の柱は神殿の一部だったとのこと。

こ~んな街中に、こ~んな遺跡が…

ローマってスゲーな

先に進もう。

…といっても、すぐに目の前に目的地は現れた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6613
(1996年撮影)
ついに来たーーーーーーーーーーーーーーっ

コレが「Colosseo(コロッセオ)」だ

日本語で言えば「円形闘技場」で、「コロシアム」の語源となった建物。

建物に近づく。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6614
(1996年撮影)
旅行雑誌などで見たのとおんなじだ(←当たり前だ)

オラ、ホントに来たんだねぇ~~

中に入ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6615
(1996年撮影)
かなり風化していて、観客席などのカタチはあまり残っていない。

現在の球場やスタジアムと同じようなカンジだったと思われる。
(ココにあった石材の一部は、他の建物に流用されているそうな)

闘技場の床を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6616
(1996年撮影)
床は落ちていて、地下空間の壁が見える。

ココで剣闘士達が命を懸けて戦っていたのだ。
(ローマ帝国のキリスト教化後は競技場として使用)

地下空間の構造はこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6617
(1996年撮影)
いろいろな施設があったようだ。

いやぁ~~~、満足

コレでローマのメジャー所は制覇したぞ

さて、まだ時間に余裕があるので次に進みますか

コロッセオを出ると、目の前にこんなモノが…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6618
(1996年撮影)
ここはパリ

コレは「Arco di Costantino(コンスタンティヌスの凱旋門)」と言うそうな。
2~4世紀に建てられた。(諸説あり)

パリの凱旋門と目的は一緒。
…というか、このローマの凱旋門をモデルに、パリの凱旋門は19世紀に建てられた。

この写真を撮っている時は、全く知識が無かったので「ふ~ん、パリみたいな門があるね」程度にしか思っていなかった。
でも「とにかく古いモノだから撮っておこう」くらいの気持ちで1枚撮っておいた。

…あぁ、撮っておいて良かった

さぁ、進もう。

お次は、ちょいと気になっていた場所だ。
学校で歴史の時間に習った時に「見てみたいねぇ~」と思っていたのだ。

10分以上歩いただろうか。
もう日が傾いているので、それほど暑くなくなっているが、汗は出まくっている。

そして、階段を登ると、目の前にソレは現れた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6619
(1996年撮影)
テルマエ~~~~~~~~っ

Terme di Caracalla(カラカッラ浴場)」だっ

ローマ帝国時代の「健康ランド」で、風呂に入ったり遊んだり出来る娯楽施設だった。
そう、映画「テルマエロマエ」のまんまッスよ

中に入ろうと思ったけど、もう夕方なのでゆっくり見学出来ナイのと疲れてヘロヘロだったので、パスした。
またいつか来てみよう…。

さぁ、そろそろテルミニ駅に戻らないと。

…ホントは「Bocca della Verita(真実の口)」も見たかったのだが、ナゼか持っていたガイドブックには解説は書いてあるのにその場所が記されていなかった
なので、泣く泣く諦めた。
(今改めて地図を観たら、すぐ近くぢゃねーかっ

地下鉄でテルミニ駅まで戻る。
料金は1500リレ。(約80円)
合計3回乗ったのできっぷを3枚買ったが、後々知ったのは「70分以内なら何回乗り降りしてもOK」ということ。

おーまいがーっ

よく見りゃぁ、きっぷにも書いてあるぢゃナイかっ
…まぁ、安かったからイイけどぉ~。

駅で仲間と合流。
汗を大量にかいたので、シャワーを浴びたかったが有料だ。
もう両替&手持ちのリラを使いたくなかったので(明日の船の指定券を買うため)、トイレで体を拭くことに。
周りの西洋人学生達もそうしている。

とりあえずサッパリしたところで、駅構内のレストランで夕食を摂ることに。
ピアノ演奏付きで、ビンボー旅行者でも結構リッチな気分になれた

列車に乗るまでに、駅の列車を撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その66・ローマ・街歩き-6620
(1996年撮影)
カァ~~~~~ッチョエェ~~~~~~っ

どちらもイタリアを代表する名車だ

奥の機関車は「E656」形で、運転席の下にワニが走っている絵が描いてある。
車体が2連接で、台車が3つ(6軸)という変わった構造。

手前の列車は「ALe601」形で、1963年に登場した急行用電車だ。(←当時の欧州では、「電車」は珍しい存在)
時速180~200Kmで走ることが出来る。
車体全体が丸っこくてぷりちーなのが特徴

余談だが、線路の周りが白いのは雪ではなく、消毒薬だ。
この当時の列車のおトイレさまは「垂れ流し」が多く、線路周りが「黄金祭り」と化してしまうため、それの消臭・殺菌用に撒かれているのだ。

寒い北欧ならまだしも、ココは南欧。
対策しないと、夏はタイヘンなことになる…
(イタリア国鉄は旧型車両が多かった)

さて、今夜乗る夜行列車は23:50発。
目的地のブリンディジ到着は翌朝だ。

明日はいよいよイタリア最終日

んぢゃ、おやすみぃ~
(車内の同室のおばあさんがウルサイ…

つづき「その67」はこちらーっ!

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2015年2月 5日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その65:ローマ・ヴァチカン市国~

前回「その64」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。
その57」からは、その帰路の、ポルトガル→イタリア→ギリシャ→トルコと、シンガポール⇔マレーシアの鉄道旅。

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1996年7月29日(月):晴れ

Roma:ローマ

昨夜、「Venezia Santa Lucia(ヴェネツィア・サンタ・ルチーア)」駅から「Napoli Centrale(ナポリ中央)」駅行きの夜行列車に乗った。
今日の目的地はローマなのだが、睡眠時間を確保するためにいったんナポリまで行き、改めてローマへ戻って来る作戦にした。

解りにくいので、地図でご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6501
(2015年のグーグルマップより)
青い●がヴェネツィア、紫の●がナポリ、黄緑の●がローマだ。

これから先は、上から順に

ローマ (Roma:イタリア) 
ブリンディジ (Brindisi:イタリア)
パトラ (Πάτρα:ギリシャ) ■✚■
アテネ (Αθήνα:ギリシャ)
テッサロニキ (Θεσσαλονίκη:ギリシャ)
インスタンブール (istanbul:トルコ) ■☪■

と進んで行く。

いよいよ旅の後半戦だ。

イスタンブールから先はひこーきで「シンガポール」まで移動したので、今回の鉄道の旅は「イスタンブール」が終点となる。

朝にナポリ中央駅に着いた。
そこですぐにローマ行の列車に乗り込み、今来た道を戻る。
コレでトータル半日以上、列車のゆったりシートに座って休憩出来るぞ

1等車に乗り込んでほどなく、中南米系らしき3人組が1等コンパートメントに入って来た。
…姿や立ち居振る舞いからして、明らかに1等乗客ではナイだろう。

不安そうに座っていたので、声を掛けた。
そしたら、切符を見せながら「ナンバトゥー!(No.2)」と叫ぶばかり。
(「ナンバル」の「ル」は巻き舌

彼らはイタリア語が解らない上に、英語も解らないようだ。

同室のイタリア人のおばあさんも困った顔をして見ている。
オラが英語で「ココはファーストクラスだ、セカンドクラスはあっちだ」と言っても「ナンバトゥー!

…困った。

ファースト」「セカンド」が理解できないらしい。
おまけに「ナンバーワン」「ナンバートゥー」も聴き取れないようだ。

仕方ナイので、オラは一等車内の「」の文字を指差しながら、彼らに合わせて「ココはナンバルワンナンバルトゥーはあっち!」と言った。

そしたら、通じましたよ。えぇ。(笑)

彼らはハッとしたような顔をして、指を隣の車両に向けて差しながら「 ナンバルトゥ?」とフツーの声で聞いて来た。
なので、オラも頷きながら指を差して「 ナンバルトゥ。」と言った。
そしたら、「ナンバトゥー!」と言いながら全員ぞろぞろと隣の車両に移動して行った。

…コントか

とたんに訪れる静寂。
おばあさんと一緒に笑ってしまった。

一生記憶に残る、イタリアの小さな想い出となった。(笑)

列車は快調にカッ飛ばす。
非冷房車なので、窓を開けている。

時速140Kmくらいで窓を開けているというのは、なかなかスゴい。
窓際に立っていると呼吸が出来ナイ。(笑)
しかも、トンネルに入るともっとスゴい状態になる。

複線区間を高速で走っていたら、突然真横に特急列車(ETR)のお顔が後ろからやって来た。
そして、もっと高速で追い抜いて行った。
ボーッと車窓を眺めていたのでビックリした

欧州では、複線区間は「単線が2本並んでいる」という考えなのだ。

日本のように、線路を走る方向が限定されていない。↑↓
なので、複線区間でも対向車が来ない場合は、走りながら追い越して行く。
(あちこちの駅間に左右への渡り線が設置されている)
コレは日本ではゼッタイに見ることの出来ナイ光景

はぁ~~、ビックリしたぁ。

そしてまもなく、正午頃「Roma Termini(ローマ・テルミニ)」駅に到着した。

今夜も宿に泊まらずに、夜行列車で「ブリンディジ」という港町まで移動する。
ブリンディジからは、ギリシャへ行くフェリーが出ているのだ。

なので、半日でローマを観光することに。

結構時間がナイなぁ…

仲間の3人で目的がバラバラなので、自由行動にすることにした。
(と言っても、インド行きしか眼中にナイ1人だけが別行動だが)

ローマでは、ゼッタイに行ってみたい場所があった。

なので、すぐに移動開始っ

まずは、テルミニ駅から地下鉄に乗る。

地下鉄のきっぷはこんなカンジ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6502
(1996年当時のモノを撮影)
文字が薄くて重なっていて読みにくいね…

そして、6駅ほど乗って「Ottaviano "San Pietro"(オッタヴィアーノ・サン・ピエトロ)」駅で下車。
地理も良く判らナイので、地図を見ながらひたすら進む。

すると、ほどなく右側の目の前に大きな建物が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6503
(1996年撮影)
塀の上の柵が物々しい…

実はこの塀、なんと「国境」なのだ

そう、ココが目的地の建物だ。
国境沿いに、正面玄関へと進む。

正面に着いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6504
(1996年撮影)
ばちかーーーーーーーーーん

ココこそ、世界最小の国「Stato della Città del Vaticano(ヴァチカン市国)」だ

キリスト教カトリックの総本山で、ローマ法王(教皇)がいる場所だ。
大昔(中世あたり)には全世界に強大な権力を誇っていたので、長い歴史のいろいろな出来事の後、独立した国家となった次第。
日本国内で例えると、皇居と伊勢神宮が一つの独立国家になっているようなものだ。

中へは自由に入れるので、早速見学することに
国境の検問もナイし、パスポートも要らない。

ただし、「教会」なので服装はキチンとして行くこと。
ノースリーブ・ミニスカート・半ズボン・サンダル等は禁止だ。

正面に見える「Basilica di San Pietro(サン・ピエトロ大聖堂)」の右側にある建物から見て行こう。

建物の入口に近づくと…
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6505
(1996年撮影)
荘厳な入口に衛兵が立っている。

この衛兵、中世の格好のままだそうで。
みなさん、スイス国籍の傭兵(儀仗兵)だそうな。

建物沿いに進み、寺院の中に入る。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6506
(1996年撮影)
おぉ、じーざす

さすが総本山、なんという威厳に満ちた重厚感なのだろうか…。

奥に進んでみよう。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6507
(1996年撮影)
スゴいねぇ…

カトリックの教会は、大抵が上から見ると十字架の形になっていて、イチバン奥にイエス・キリストが飾られてる。

見る所は正面だけではナイ。
壁や天井も要注目だ

天井を見上げると…
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6508
(1996年撮影)
いやぁ~、言葉が出ない。

やはり来てよかった

この聖堂の上に登れるそうな。
6000リレ(リラ)(約320円)払って登ってみた

上から見る教会内はこんなカンジ。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6509
(1996年撮影)
あちこちに画が描かれている。

改めて見ると、もスゴイね
壁は金ピカだ。

さぁ、上に行ってみよう

ドームの上に行くほど階段がキツく&狭くなる。
屋根が内側にどんどん傾斜してくるので、テッペンのほうでは体を斜めに曲げて階段を登らないとイケナイ。

…こ、腰が折れる。(笑)

テッペンまで行き、外の景色をぐるっと眺める。

まずは正面から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6510
(1996年撮影)
どどぉぉぉぉ~~~~ん

ナイス展望

目の前の丸い部分までがヴァチカン市国
そこから外はイタリアだ。
これから見に行く観光スポット達は、右奥の方角にある。

右側に移動して見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6511
(1996年撮影)
ローマの街並みが見える。

中央に並ぶ木々の手前までがヴァチカン市国。
木の向こうはイタリア。

右下の白い建物を見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6512
(1996年撮影)
コレはヴァチカン市国の駅だ。

1つ上の写真に、ヴァチカン市国の駅へと分岐している複線線路が見えるっしょ
ちなみに、ココが世界最短の国有鉄道だそうな(全長300m)。
旅客(教皇も)の使用実績はそれほど多くはナイ。
東京・原宿駅の「宮廷ホーム」と同じような感覚かな。

もう少し右を見てみると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その65・ローマ・ヴァチカン市国-6513
(1996年撮影)
ココがヴァチカン市国、…いや、カトリック世界の中心地のようだ。

さて、下に降りよう。

降りた所で絵葉書を買った。
ココから手紙を投函すれば、「ヴァチカン市国」の切手と消印が押された「国際郵便」が出せるのだ
安上がりで貴重な「おみやげ」となるので、日本の数人に書いて出しておいた。(笑)

コレで訪問国が1ヶ国増えた

世界最小国を制覇したぞ

さぁ、次の観光スポットへGo~~

つづき「その66」はこちらーっ!

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2015年2月 2日 (月)

旅日記 ~「はじめてのお散歩 名古屋・大須」2015~

前回「西枇杷島駅2015」からのつづきーっ!

さて、西枇杷島駅を堪能した後は、定番の「名古屋市内観光」とシャレ込もう

これだけ愛知県に遊びに来ているのに、実は、名古屋市内はもう十数年近くちゃんと歩いていない。
2008年に一度、仕事で「金山(かなやま)」駅付近と名古屋駅周辺のわずかな距離を歩いただけ(伊勢神宮に行った直前)。

名古屋市内を歩いた時は、必ず一緒に地元の友人がいた。
…というか、ワケも解らずあちこち引きずり回された。(笑)
なので、自分の感覚で地理をまったく把握出来ていないのだ。

…ってなワケで、今回は初めて一人でじっくり名古屋市内観光することにした次第。
わくわく♪

名鉄名古屋駅で電車を降りる。
みんなの波に従って改札を出て、目の前の地下鉄乗り場へと移動する。

まずは、「大須観音(おおすかんのん)」に行ってみよ~う

地下鉄のホームは、朝ラッシュ並みに大混雑。

ひぇぇぇぇぇぇぇ~~~

やって来た電車はピカピカの銀色電車。
…前は確かボロボロの真っ黄色電車だったよなぁ~。

電車は今ドキの新車。
でも地下鉄内の雰囲気は、東京とも大阪とも京都とも、自分の知っている昔の名古屋とも違う。
なんか「異次元世界」に来たみたいで、落ち着かないや。

次の駅「伏見(ふしみ)」で、ピカピカの水色帯の電車に乗り換え、「大須観音(おおすかんのん)」駅で降りる。
改札からデカデカと「大須観音」の案内がつづいているので、迷うこともナイ

案内に従って地上に出ると、すぐ近くに大須観音の入り口があった。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-701
ついに来たか…

今までこの周辺をTVで観たことがあったが、観音様自体は初めて見る。
…ってか、大須に来たのは初めてだ。

境内に入ると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-702
おぉ、いぇい

さすが名古屋の名所、立派だねぇ~。

お正月なので、参拝客で混んでいる。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-703
イイ光景だ

さて、大須に来た目的は、観音様だけではナイ。
この周囲に広がる広大なアーケード商店街を見に来たのだ~

…ってなワケで、混雑していたのでお参りをスルーし、商店街へと向かう。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-704
境内のすぐ横に入り口があった。

行ってみよう
わくわく♪

アーケードの中に入ると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-705
スゲー人っ

ちょうどお昼時だったので、食べ物屋さんの前はどこも行列だ。
ご当地グルメを食べてみたかったが、こんなに混んでいては諦めざるを得ない…。

屋台で何か買うか…と思って歩いていると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-706
んせ~~~~~~~~っ

んせ玉…いや、「玉せん(玉子せんべい)」という食べ物だそうな。
平べったいエビせんに、玉子焼きをサンドするシンプルなもの。
素朴で美味そうだったのだが、人気があるらしくココも行列…。

…あぁ。

先へ進もう。

歩いていると、あちこちに商店街のガイドマップが置いてあった。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-707
観光に力を入れているようで、観光パンフも各所に大量に置かれている。

この地図だと縦長だが、実際は横にもかなり長い。
この全てを歩いてみようという計画

なので、サクサク歩いていると、いろんなお店に遭遇する。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-708
スーちゃぁぁぁぁぁぁ~~~~~ん

スーちゃん」でおなじみの、名古屋名物「寿がきや」だぁ~
全国的に袋麺が売られているので、ご存知の方も多いだろう。

商品が「スイーツとラーメン」という組み合わせの、チョット変わったお店。
元々は「お買い物に来た主婦やファミリー層」がターゲットなのだろう。
スプーンの形が超~オリジナルなので、ぜひお店に入って食べてみてね

さらに歩いていると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-709
けんきゅーじょーーーーーーーっ

名古屋 肉味噌カレー研究所」なる、謎のお店だ。
かなり惹かれたのだが、他の店も見てみようということで、いったんスルー。
(結局戻って来なかった…

ある一角に、周囲と全く違う雰囲気を醸し出しているお店があった。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-710
おっそーーーーーー

オッソ・ブラジル(Osso Brasil)」という、ブラジル料理屋さんだ。

この店内だけ、異様なまでに東南アジアの食堂っぽい
思わず立ち止まって見入ってしまったくらいだ。
今度来てみよう…

ずっと歩いていて思ったのだが、大須は「鶏肉料理」が異様に多い。
どの店も、鶏肉を使った料理を「大須名物(ご当地グルメ)」として前面に押し出している。
愛知は、鶏肉と卵の消費量(生産量)がかなり多いと見た。

商店街は、道によってアーケードの雰囲気(デザイン)が異なっている。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-711
いかにも門前町っぽいデザイン

東西に細長~く一周して、観音様の所まで戻って来た。
さぁ、残りの商店街はあと少しだ。
サクサク進もう

今来た道を少し戻るために、振り返って見てみると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-712
にをーーーーーーーーーっ

マンションに巨大な仁王様が描かれている。
超~インパクト

こっちじゃ」の指示に素直に従う。

そして、今度は南北に伸びる商店街「大須本通(おおすほんどおり)」を探検。
ココは車道があるので、アーケードではナイ。

そして、北端の交差点まで来て右を見ると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-713
アカモーーーーーン

赤門通(あかもんどおり)」という商店街がある。
ココは他の道とチョット違ったフンイキだねぇ~。
人も少ないし、どことなく客層も違うような…?

進んでみよう。

通りに入って少し進むと、その違いの意味が解った。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-714
アメ横~~~~~~

どっかの江戸で聞いたことがある名前のビルには、「パーツセンター」という看板が出ている。
ビルの中に入ってみた。

…そっか、この通りは「電気街」なのか

電子部品やパソコン・模型等のお店が並んでいる。
ビルの名前は上野だが、街は秋葉原なんだね。(笑)

そして、目の前に見える小さな交差点に行ってみた。
名古屋・大須2015-715
実は、この交差点は大須の隠れた観光スポットなのだ。

アップで見てみると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-716
なんぢゃい、こりゃぁ~~~~~っ

歩行者用の信号が真ん中にある。
この奇妙な信号機、全国でもココにしかナイそうな。
(追記:仙台にもあるそうで)

こうすると、道路に柱が1本しか要らないため、経済的かつ通行がスムーズだ。
だが、実際に歩いてみると、歩行者用の信号が車道の中心にあるため見づらい…。
点滅時は、斜め上を見ながら急いで歩くカンジになる。

小さな交差点では有効的な仕様だろう。
でも、普及はしない気がする…。
(歩行者用信号に気付かない人もいるのでは

少し進んで振り返り、今の交差点を見てみる。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-717
…まぁ、フツーの交差点だわな。

歩行者用信号機がナイ、一般的な交差点にしか見えない。

この赤門通、東京・アキバや大阪・日本橋のように「電気店一色」というカンジではナイ。
電気屋に混じって、居酒屋やお洒落なブティックなども並んでいる独特の光景だ。
なので、この道を歩く客層もいろいろで、あまり「オタク感」はしない。

残りの南北に伸びているアーケード「新天地通(しんてんちどおり)」を歩いていると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-718
アメ横、ハッケーーーーーーン

第1はココにあったのか…。(笑)
ちなみに、第3もある。
この日記を書いている時に、観音様の境内からアーケードに進む時の写真(上から4枚目)に写っていたのを発見。
完全に見落としていたぜぃ…

このお店の周囲にはお不動さん万松寺(ばんしょうじ)」があり、独特のフンイキの空間がある。
個人的にはお気に入り空間だ

さぁ、コレで大須商店街を完全踏破した
では、次なる目的地へ行きますかいのぉ~

商店街を抜け、並行する大通りに出た。
ココから2Kmほど歩いて北上して行く。

少し歩くと、目の前のビルに「Joshin(ジョーシン)」の文字が…
何のためらいもなく吸い込まれた。(笑)

そして、混雑した店内で「Bトレイン(鉄道模型)」の東京では品薄な車両をGET
大阪展示会が近いので、関西方面の準備しないとねぇ~
(後で知ったけど、このお店は中京地区の模型店の「メッカ」っぽい)

ラッキーパプニングに満足してまた歩き出すと、道路の向こう側に大行列しているお店のビルが見えた。
名古屋・大須2015-719
やばとーーーーーーーーん

おぉ
ココがかの有名な「矢場とん」かぁ~~っ

お客がビルの裏側まで並んで待っている。
ひぇぇぇぇぇぇぇ~~~~っ
近くにも支店があるのに…

カンバンをアップで撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-720
ごっつあんだブヒっ

昭和22年創業」ッスかぁ…
みそカツ食べたいなぁ~~。

そうか、「矢場とん」ということは、ココが「矢場町(やばちょう)」か。
地下鉄の駅もある。
周囲にある地下鉄駅どうしって、結構近いんだね。

矢場町の交差点で、信号を待ちながら周囲を眺める。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-721
…ひ、広いッス

奥に見えるビルまでが、1つの交差点だ。
つまり、今から横断する道路の幅は、こ~んなにも広いということ。

そう、この道は通称「100m道路」と言われる、名古屋名物だ(東西の100m道路)。
全国でも何ヶ所かあるが、比較的名古屋のが有名だ。

当然、1回の信号では渡り切れない(リアル「100mダッシュ」すれば別だが)。
中州(広大な中央分離帯)で待つことになる。
中州の頭上には高速道路があり、地上は部分的に公園っぽくなっている。

JR線からだと、中央線の「鶴舞(つるまい)」駅付近で、この広大な道を眺めることができる。

この交差点から先は、デパートなどが建ち並ぶ、名古屋一の繁華街「(さかえ)」エリアとなる。
街の雰囲気もガラリと変わる。
好天の休日、歩道はかなりの混雑だ。

歩きにくくてしょうがナイので、早々に1本右にある広い道(南北の100m道路)へ避難する。
…ってか、次の目的地はこっちの道上にある。

道の中央に行き、正面(北)を見ると…
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-722
ニョッキリ~~~~~~~~っ

1本の鉄塔が、ニョッキリ生えてる。
そう、コレが次の目的地「名古屋テレビ塔」だっ
名古屋観光に来てコレを観ないのは、「エビフライのエビだけ食べない」ようなもの。

日本初(1954年)の電波(テレビ)塔で、高さは180m
今の時代では、それほどは高くナイ部類に入ってしまう。

今まで何度か怪獣に破壊されたが、そのたびに再建されているようだ。
(東京タワーもそうだったねぇ…

道路の中央を黙々と歩き、まっすぐ近寄って行く。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-723
おぉ、いぇい

もうかれこれ、20年ぶりかいのぉ~~~♪

…そんなに来ていなかったか、この栄に。
自分自身で、ちょっとビックリ。

まずはテレビ塔の下まで行ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-724
おされになっとるのぉ~~~

おパリの「エッフェル塔」にも似た雰囲気。
決して大阪の「ツーテンカク」やナイ。(笑)

塔の足元から見上げてみた。
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名古屋・大須2015-725
カ~~~~チョエェ~~~~~

この「地味で無骨」なのが、日本の「テレビ塔の長男」としての威厳を倍増している。

ふぅ~~、コレで満足
テレビ塔」ミッションもクリアしたぞ

…あぁ、もう14時だ。
そろそろ東京に帰ろう。

…ってなワケで、このまま足元にある駅から名古屋駅まで地下鉄で戻ることにした。
栄の地下街を歩く。
20年前に、ココから瀬戸電(名鉄瀬戸線)に乗ったなぁ~~。(しみじみ)

帰りの地下鉄は激しい混雑もなく、アッサリと名古屋駅に到着。
新幹線の自由席特急券を買い、ホームに上がる。

少し後の「こだま」ちゃんでのんびり帰ろうと思い、ホーム上で駅弁とビールを買い込む。
結局、名古屋市内では何も食べなかったなぁ…。
せめて駅弁は名古屋名物にしよう
買って一息ついたら、ちょうど目の前に「ひかり」ちゃんが停まっていた。

…そっか、コレでもイイんだ。

のぞみ」ちゃんは速過ぎる&混んでいるので、速いけど空いているひかりちゃんが理想だな

…ってなワケで、急遽目の前のひかりちゃんに乗ることにした。
自由席車両までいそいそと歩き、乗り込む。

席は難なくGET出来た
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-726
半分くらいの乗車率だろうか。

さぁ、ゆっくりおべんとタァ~~~イム♪

テーブルの上にお弁当様を置く。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-727
いぃぃぃぃやっほぉぉぉぉぉ~~~~~ぅぃ

松浦のみそカツ」っす

さぁ、食べるぞ

フタをオープン
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-728
おぉ、いぇい

美味そぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~っ
いただきまぁ~~~~~~す

うんめぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~っ

やっと生き返った
ヤヴェ、ビールが止まらん

モグモグ食べながら、トン平さんの心意気を読む。
(画像をクリックすると拡大するでなも)
名古屋・大須2015-729
な、なるほど…。

では、しっかりと味わいましょう
もぐもぐ。

弁当のフタを見ている時に、気になってしょーがナイがあった。
名古屋・大須2015-730
ぶひーーーーーーーーっ

トン平さんの印「ぶひ」がツボにハマッって抜けなくなった
…イイぞ、この駅弁

そして、比較的サックリと東京駅にご帰還。
やっぱ、こだまちゃんよりは速いねぇ~。

あ~~~、楽しい新年会旅行だった♪

また名古屋観光しに行こぉ~~~っと

(この旅はコレでおしまーい!)
(大須商店街のつづき「大須グルメリベンジ2015」はこちらーっ!

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