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2011年6月

2011年6月30日 (木)

実物日記 ~「スカ色の115系」2011~

つい先日、山梨県の「大菩薩峠(だいぼさつとうげ)」に登って来た
天気予報にウソをつかれ、サイコーに日差しが照りつけた

山頂からの絶景に満足し下山、駅前で「 ほうとう」食べて ビールを飲む。
その帰りに乗った電車なんぞを撮ってみた…って~~次第

でゎスタート
01
JR中央線の「甲斐大和(かいやまと)」駅。
昔は「初鹿野(はじかの)」駅と呼んでいた。

小ぢんまりとした駅舎で、最近建て直したっぽい。
ヒジョーにキレイだ
この時には駅員さんはいなかった…。

ちょうど黄昏時(18時直前)だったので、オレンジ色に包まれた周囲の光景はキレイだった

駅舎左側の跨線橋から、甲府(西)方向を撮影。
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線路が光ってるねぇ~

ホームに降りると、程なく電車が来た。
03
おぉ、の115系だ
高尾(たかお)」行き、6両編成。

そういえば、最近スカ(横須賀)色の115系に乗ってないなぁ…
中央線ではいつも長距離を移動するので、乗る電車は必ず信州(白地に水色のヤツね)だしぃ~。
だいぶ前から、スカ色編成は「立川(たちかわ)」~「小淵沢(こぶちざわ)」駅間内の、短距離区間用になってしまった。

…ま、とにかく、久々だってコト
04
あれ?本線ぢゃなくて2番線に入って来た。
…って~コトは、「あずさ」の通過待ち?

わーいスカ色だぁ~
05
懐かしいねぇ~~~。

この部分は国鉄時代とほとんど変わってナイからね
(ステッカーや部品は追加されてるが)
横須賀線房総半島の113系も髣髴(ほうふつ)させるアングルぢゃ

発車までしばらく時間があるので、席取ったあと、ホームで撮影することにした。
今度いつ撮れるか判らナイからねっ!(もうすぐ廃車とのウワサが…)

まずは1枚。
06
イイねぇ~~

…でも、なんか横須賀線っぽい。(笑)

…そっか、先頭車どうしがくっついているからだ。
国鉄時代に乗ってたスカ色115系(長距離運用編成)は、運転台と中間車の端面がくっついていたのだ。(3両+サハ2両+3両)
先頭車どうしというのは、8両編成に付属の3両編成(河口湖行き)がつながった時だけ。

4両+4両の8両編成もあったが、あまり新宿駅付近では見かけなかった。
(まだお子様だったから、しっかり見れてなかったというのもあろう…)

なので、自分にとっては横須賀線や内房線に見えてしまうのネ~

ちょっと先頭寄りに移動。
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スカってるねぇ~

この編成、塗装がキレイなので、よく夕日を反射してくれる。

振り返ってみた。
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エクセレント

キレイだなや

…ノッてきた。(笑)
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お顔どうしの連結部分。

紺色の塗り分け方が、紛れもなく「115系」である証だ
この300番台編成は、前面にステンレスの強化板が貼られてナイので、オリジナルのお顔をしててカッコエェ

アングル変えて…
10
もっとカッコエェ~

この曲線を設計した人は天才だ。神だ
国鉄車両は「デザイナー」という人がデザインした車両はいなかった。
国鉄の部内の車両設計チームが行っていたとのこと。
使い勝手のよさを追求していったら、このカタチに行き着いたらしい。

…まさに「機能美

駅名も入れて撮ってみた。
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どぉ?イケてるっしょ

こういう風に撮らないと、どこで撮影してんだか解りゃぁしない。
どの写真を見ても、同じようなアングルで、目当ての車両しか写っていないブログとかが多い。
…で、「~~駅付近で撮影」と言われても、周囲に特定できるもの(情報)が写りこんでないから、ホントにそうなのか、撮った本人以外は把握できない。
どの写真を見ても、車両が違うだけで、一般人にはほとんど同じに見える。
あれも一種の「自己満足」なのだろう。
模型鉄で言えば「車両ばかり集め(改造し)て、ジオラマ作らない人」タイプだ。

…ま、趣味はいろいろなので
本人が楽しんでるのならば、それでイイ。それ以上のものはナイ。

側面もおひとついかが?
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これで115系300番台のほとんどの要素が写りこんでいるのでゎ…?

手前の植え込みもポイント。
料理に添えるパセリ…みたいな。(笑)

背景も多めに入れてみた。
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これから進む先に、大きな山が立ちはだかってるねぇ~。

ここが有名な「笹子(ささご)」。
中央線きっての長大トンネル「笹子トンネル」もあり、4670mほどある。

東京から山梨に来るには、「小仏(こぼとけ)」と「笹子峠」を越えなければならない。
これらの峠を境に、天気が激変することも当たり前にある。

…って、写真を撮ってる私を撮ってる人がいるね。(笑)
気にしないで。山仲間の「大将」なので
(かなりカッコ良くシルエットが撮れたらしい)

…ていうかぁ~、「あずさ」来ないんですけどぉ。
ほどなく車内アナウンス。
お待たせしました。まもなく発車します

何だよ。来ないのか…。
(臨時あずさのスジだったらしい)

何事もなく、高尾行きは発車。
登山疲れと「まほうのみず」の効果で、車内ではすぐにまったり。

笹子トンネルを抜けたら、一気に天気が悪くなっていて、周囲の山々は雲(もや)だらけ。
雨が降るか降らないかのギリギリのライン。
でも風景は神秘的なまでにキレイだった(水墨画みたい)
きっとあの山々には仙人がいるな。うんうん

列車はまたもや待避線ホームに到着。
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四方津(しおつ)」駅だ。
ここでは、ホントに「あずさ」に抜かれるそうな。7分停車。

またもや、ホームに降りて撮影開始
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浜金谷(はまかなや)」駅ではナイ。
上総湊(かずさみなと)」駅でもナイ。

ほどなく、ホームの列車接近アナウンスがあり、後方のトンネルが明るくなった。
すぐに「あずさ」はやって来た。
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あずさ」でも「スーパーあずさ」ぢゃナイかぇ~~~っ!

…は、速えぇ。

目の前を高速で通過。
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あっという間に去っていった…。

あとはもうイベントもなく、列車はのほほんと走る。

そして、ついに終点「高尾」に到着
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天狗さんがお出迎えだ

こうして「スカ色115系の小さな旅」が終了した。
ココからは、もうフツーのE233系でフツーに帰りましたとさ。

…やっぱ楽しいね、115系ゎ

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2011年6月27日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その15:西安・大慈恩寺と大雁塔~

前回「その14」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの鉄道旅。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月30日(木):くもり のち 雨

西安(せいあん:Xi'an) →

おはよう

今日は11時に「西安(シーアン)」駅前の旅行社に行くために、9時に起きた。
10時にお宿を出て、仲間の1人と駅前に向かう。

まずは市内の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・西安の地図-3806
(1996年当時の地図を撮影)
からへ行くよん

…西安駅
…鐘楼と鼓楼
…東大街(繁華街)
…南門
…碑林
…お宿(勝利飯店)
…小雁塔
…大雁塔(三蔵法師が経典をまとめた大慈恩寺)
…シルクロード起点の碑

まずは、駅前で「刀削面(タオシャオミエン)」を食べる。
1杯3元(40円)。

刀削麺とは、読んで字の如く、(小麦粉を練った塊)を(と言うかヘラ)でって、鍋に入れて茹でるもの。
日本で言えば「すいとん」に近い感じ。

スープは醤油ベースでほんのり酸っぱ辛く、「香菜(シャンツァイ:パクチー)」とチンゲン菜が載っていた。

腹も満たされたので、旅行社に行く。

西安から次の目的地「敦煌(とんこう:トゥンフアン)」に行くために、最寄り駅である「柳園(りゅうえん:リウユァン)」までの切符を頼んだ。
それまで頼んでいたのは全て×だった…

ここで仲間と別れて、自由行動。

今日は「大雁塔(だいがんとう:ターイェンター)」に行くことに。(地図の
ここもぜひ行ってみたかった場所だ

駅前の道をひたすら真っ直ぐ南に行けば、自動的に着く。

お宿の前も通過し、大雁塔に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1501
(1996年撮影)
目の前に見える塔が大雁塔だ。

ここは、本当は「大慈恩寺(だいじおんじ)」と言う。
何の場所かって

…ふふふのふ。

ココは「西遊記」でおなじみの「三蔵法師」が、「天竺(てんじく)」から命懸けで持って帰って来た、ありがた~~~い経典をまとめたお寺なのだぁ
ここを訪れなかったら、西安に来た意味がナイ

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 おまけ 

上の写真はのどかな光景が広がっているけど、2011年に再び訪れた時はこうなっていた…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1502
(2011年撮影)
おぅ、ぢーざす!

…何だよ、まったく面影ナシ。

さらに、大雁塔の真下から西安駅に続く道を撮った光景はコレだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1503
(2011年撮影)
オラの「西安の想ひ出」を返せーーーーーっ

大雁塔の周囲は、もはや1996年の面影を残している場所なんて存在しないだろう…
どこもものすごい勢いで大規模ビル(商業施設)を建設している。

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入口周辺は、観光地化されていて少しゲンナリしたけど、中に入ったらGoodだった
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1504
(1996年撮影)
むかし「西遊記」で見たような…

これを見て「ゴダイゴ」の歌がアタマに流れて来たら、もう立派なお年頃よん

まずはチケットを買う。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1551
(1996年当時の実物を撮影)
ジオーーーーーーーーン

甲種で13元
9元から価格改定された痕跡が見える。
1人だったし、ケチらずにしっかりと観たかったので、素直に外国人丸出しでチケットを買ったッス
(外国人料金用のチケットの為か、なぜか漢字は繁体字で書かれている)

境内に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1505
(1996年撮影)
ほうほう。

大雁塔が真正面に。
ありがたや…(ー人ー)

2011年と比較してみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1506
(2011年撮影)
ほうほう。

…良かった、あまり変わってナイや

塔の下にある建物に近寄ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1507
(1996年撮影)
お宝ぁぁぁぁぁ~~~~っ

大雄宝殿」と書かれているねぇ…。

これも2011年と比較してみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1508
(2011年撮影)
…あれデカくなってない

…ってか、階段が拡がっているのかぁ
建物の壁や飾りを見比べると、色は変われど建て替わってはいないようだ。

…んで、真ん中の西洋ネーチャンは何

女子って、こういう所ではゼッタイ変なポーズを取るよね。(笑)
これは世界的に見られる現象だ。
女子の本能

ちょっと引いたアングルでご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1509
(2011年撮影)
木も一緒か…な

おそらく、2本の木はそのままの位置で成長したのであろう。 

建物の中を観てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1510
(2011年撮影)
ぴかりんこぉぉぉぉぉ~~~~ぅ

中は金ピカで、仏像が安置されている。

境内の周囲の建物は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1511
(1996年撮影)
おどぉぉぉぉーーーーう

法堂」と書かれているね。

右のカンバンの「保護文物 人人有責」が良い
1996年当時の風俗が凝縮された1枚だ

…んで、お目当ての大雁塔に近付いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1512
(2011年撮影)
おぉ、いぇい

聳えてるぅ~~~

塔の入口に立つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1513
(2011年撮影)
これもお宝ぁぁぁぁぁ~~~~っ

まぁ、カンタンに言えば「国宝級だよ」という意味。

チケットを買って、登ってみよう
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1552
(1996年当時の実物を撮影)
さんぞぉぉぉーーーーう

気分は三蔵法師

中に入って階段を登り始めると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1514
(1996年撮影)
…結構疲れる。

階段も急だしぃ~。

内部は思ったより広くなく、ここで数名の僧侶が経典の編集をしていたにしては狭いような…。
経典の保管所だったのかな

塔の上まで上ったぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1515
(1996年撮影)
仏像があった

後ろの空には、高い建物がまだ僅かしかない。

一通りぐるっと見て回ったので満足

では、お宿に戻ろう。(地図の

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 おまけ2 

2011年の光景を、もう少し。

大雁塔の境内を歩いていると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1516
(2011年撮影)
IT革命やぁぁぁぁ~~~~っ

人目に付かない場所で、パソコンをいぢっている僧侶。

もはや仏教界にもIT化の波が…

街中にて。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1517
(2011年撮影)
電線ぐるぐるーーーーっ

多分、通信用の電線だろう。

これから工事をする前準備だと思うけど、タイヤがぶら下がっているようにしか見えない…
もし、こんなグルグル状態で通電していたら、電磁力で発熱や通信障害等の影響がかなり出ると思う。

昔の中国だったら、一夜で盗まれていただろうね

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お宿に戻ってからは、14時半頃まで休憩。

その後、再び駅前の旅行社へと向かう。(地図の

今度は1時間半くらい待たされる。

…が、結局、今夜の「第143次直快 庫尓勒(こるら)行き」の軟臥(A寝台)ならあるということなので、それにした。
硬臥(B寝台)の切符を待ってあと数日も西安に留まるなら、倍額近くても軟臥で移動した方が結局は安上がりだ
1996年当時の中国国鉄は、どの駅からも方面別に見ると、1日数本しか走っていなかった。普通列車も「1日2往復のみ(全席指定)」なんて当たり前)

さぁ、そうと決まったら移動の準備だ

お宿に戻り、支度をする。
部屋には、ひげもぢゃ氏と同室の日本人が遊びに来ていた。
なので、彼らと一緒に夕食を摂る。
食後、部屋に戻り、彼らとハナシをする。

すると、ひげもぢゃ氏は20時半頃発の列車で「上海(シャンハイ)」へ、我々は21:40に「敦煌」へ、もう1人の日本人は22時半頃に「成都(せいと:チェントウ)」へ…と、同じ日にバラバラに分かれることが判った。

何という偶然…。

今夜が西安という街との「潮時」なのかもしれない

それぞれに別れの挨拶をした後、西安駅に向かう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1518
(1996年撮影)
これが最後の西安駅だ

わずかな日数だったけど、何度も通ったなぁ…

駅に着いたので「軟席候車室」(グリーン車旅客用待合室)へ入る。

いやぁ~、リッチ

フッカフカのじゅうたんに、ゆったりソファー。

貴賓室で列車を待つこの快感
ほんの少し前までは、軟座と軟臥車なんて、共産党幹部外国人しか乗ることが出来ない「超高級車両」だったのだ。

そして、第143次直快のアナウンスが…。

ゆったりと席を立ち、2番ホームへ移動。
乗る車両は「7号車」で、寝台番号は「14・15・16」だ。

車両は、深緑色の旧型車(22型)だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1519
(2001年に広州郊外で撮影)
わくわく

ついに、この旧型車両に乗れる日が来た
長年の夢だったのだ
(ちなみに、中国国内では「緑皮車」と呼ばれている)

軟臥車両の外観は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1520
(2006年に北京で撮影)
ゆったり

窓の数しか個室がなく、4人用のコンパートメントになっていて、室内は非常にゆったりとしている。
硬臥とは大違いだ
(硬臥は狭くて個室は無く、6人で1区画(3段寝台)になっている)

車体のドア横に書いてある形式名「RW」とは、「軟臥」の発音「ルァン ウォー:Ruan Wo」の頭文字を取ったもの。
この車両は22型なので、「RW22」となる。
(硬臥車両は「イン ウォー:Ying Wo」なので「YW22」となる)

ホーム上で7号車専属の車掌に切符を見せ、室内に入る。
我々のベッドは、上段2つに下段1つだった。

検札に来た専属の車掌さんは、若い女性で、とぉ~~~ってもLovely
超絶カワイイ
しかも笑顔で親切

我々の切符を預け、代わりに寝台番号が書かれた札をもらう。
(寝ている間の盗難防止のため)
ちゃんと部屋の鍵を掛けてくださいね」と言って、笑顔で去っていった。

かぁ~~わぁ~~いぃ~~うぃ~~~

…ヤヴェ、この列車にして大正解(笑)
最初は高くて文句を言っていたケチな仲間の片割れも、彼女を見てニッコニコ

料金というのは、高ければ高いなりに見返りがあるのだよ。(笑)

へぇ~、中国国鉄も変わったなぁ…
そう言えば、旅行社のおねぃさんも親切だった

中国人も親切な人が多いね」と思った、今日この頃だった…。

時間になり、列車はゆっくりと発車。

いよいよ西安ともお別れかぁ…

まずは、西安にカンパイ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その15・西安・西安・大慈恩寺と大雁塔-1521
(1996年撮影)
再見西安

…って、飲みっぱなしだよ、このバカども。(笑)

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その16」はこちらーっ!

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2011年6月23日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その14:西安・シルクロードの起点に立つ~

前回「その13」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

西安の写真はあまり撮っていなかったので、他の年代や場所で撮った写真で補填するッス~

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1996年5月27日(月):晴れ

西安(せいあん:Xi'an)

おはよう

今日は次への移動のために、駅へ切符を買いに行くことにした。

まずは市内の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・西安の地図-3806
(1996年当時の地図を撮影)
からへ行くよん

…西安駅
…鐘楼と鼓楼
…東大街(繁華街)
…南門
…碑林
…お宿(勝利飯店)
…小雁塔
…大雁塔(三蔵法師が経典をまとめた大慈恩寺)
…シルクロード起点の碑

西安駅まで行き、2階にある「外国人用きっぷ売り場」へ…。

確実に外国人料金が廃止された」と聞いたので、安心して窓口に。
専用とあって、売り場は空いている

29・30日の列車の切符(硬臥)を取ろうとするも「全て売り切れだ」と言われる。
(この時代がイチバン列車の切符が入手困難だったのだ…
仕方ナイので、一旦退却。

その後、昼過ぎに「小雁塔(しょうがんとう)」(地図の)の近くにある「中国旅行社(CITS)」に行く。

でも、「ここでは列車の切符は扱っていない」と言われる。
さらに、「駅の対面にある“解放飯店”の2階に行け」と言う。

えー、また戻るのぉ~~。

外に出ると、偶然昨夜の「ひげもぢゃ」氏と遭遇
なので、事情を話したら「一緒に行こう」ということになり、駅前まで移動。

解放飯店の中にある旅行社で予約を取り、お宿に戻る。

…あれ何かノドが痛いなぁ。

最近、車の排気ガスでノドをやられているみたいだ。
(この時代の中国は「排ガス問題」が大きかった。規制も緩かったのでね)

とりあえず、夜まで寝る。(笑)

ZZZZzzzz....

夜になったら、仲間の1人が「夜市へ出掛ける」と言う。
なので、「パンを買って来て」とお願いした。
そして自分は昨日買った本を読むことに。

しばらくして仲間が帰還。

しかし、約束したパンを買って来てくれなかった。
散歩に夢中で忘れていたらしい…。
仕方ナイので、自分で出掛けることに。
(横着した罰か…)

夜の西安の街は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1401
(2011年撮影)
まっくらぁぁぁぁ~~~~~っ

メインストリートは明かるいが、一歩横道に入ればこんなもの。
この写真を撮った2011年でも、変わりはなかった

売店に入って、ビール・ハム・あんぱんを買う。
そして、テコテコ歩いてお宿に戻った。

しばらくしたら、ひげもぢゃ氏が部屋にやって来た。
24時近くまで色々ハナシ(旅の武勇伝等)をして盛り上った。

よし、今日も楽しかった

おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月28日(火):晴れ

西安(せいあん:Xi'an)

今日はOFF

長期旅行は、5日に1回くらい「オフ日」を設けないと、必ずカラダと精神を壊すので要注意

夕方から3人で四川料理を食べに外出。
駅前からお宿まで伸びている道「解放路(チエファンルー)」にある、看板に「麻婆豆腐店」とだけ書かれた小さなお店に入る。

当然、「麻婆豆腐」を3つ注文する。
その他に、

・「炒青菜(チンゲン菜炒め)」
・「蛋炒飯(たまごチャーハン)」
・「酸辣面(スァンラーミェン:スーラー麺)」2つ
・「雪碧(シュエピー:スプライトのこと)」3つ

を頼む。
全部で29.5元(400円)。

…や、安いっ

麻婆豆腐は、美味いけど死ぬほど辛い
さすが本場「四川省」のすぐ近くなだけはある…。
味的には、日本にある「陳麻婆豆腐店」や、陳健一氏の店のと酷似している。
唐辛子の辛さと山椒のピリピリ感が、半端ナイ。

あまりに辛いので、チャーハンを食べて小休止。

仲間の2人も「からーーーいっ」といって、箸休めに酸辣麺を食べる。

……も、

もっとからぁーーーーーーーいっっ!!」と言って悶え始める。

そりゃそうだ。(笑)

…で、限界に達したのか、「そうだスプライトだ」と言って、店内あったスプライトをもらって飲んだ。

……が、

うぉぉぉぉぉぉ~~~~っ炭酸が痛いーーーーーーーっ!!

またも悶え死に(笑)

2人からの視線はオラのチャーハンへ…。

一口もらってもイイですか」と優しく言っているが、目は「それをくれっ」と訴えている。
なので、少し分けてあげる。
彼らはホッとした顔でチャーハンをほお張る。

代わりに、酸辣面をもらって食べてみた。

…確かに辛い。

日本そばみたいな色をしたラーメンにチンゲン菜が載って、麻婆のタレが掛かっていると想像していただければ、ほぼ同じだろう
味は、「酸っぱい<辛い<しょっぱい」という感じ。
この店のは、全体的に味付けが濃い。

いやぁ~、満足、満足

一通り汗を出したので、バスでお宿に戻ることに。

お宿の前の売店で、アイスと衛生紙(トイレットペーパー)を買い、部屋でくつろぐ。

今日はもうおしまーい。

おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月29日(水):晴れ

西安(せいあん:Xi'an)

今日は昼頃にベッドから出る。そしてボーッと過ごす。
そして、14時頃に外出。

東大街(地図の)まで歩いていると、バッタリとひげもぢゃ氏に会う。

よく会うなぁ…(笑)

そして、昨日旅行社に頼んだ切符が取れなかったことを知らされる。

…またダメだったか。
こりゃ、長期戦だなや。

バスという手もあったのだが、これより西の地域は、外国人は通過出来ない場所もあったので止めた。
(中国には、外国人立ち入り禁止の地域や宿がたくさんある)

散歩を続けた。

途中の店で「羊肉包子(ヤンロウパオズ)」(羊の肉まん)を2つ買い、食べる。
けっこう美味

そして、東大街から「101」番のバスに乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1402
(2002年に北京で撮影)
トロリーバスだ

これは北京で撮ったものだけど、イメージ的にはほぼ同じ。

うしろ姿は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1403
(2002年に北京で撮影)
レトロだねぇ~~~

バスは走り始めるも……遅い。
トロトロだ。
これでは「とろりんバス」だ

途中で後続の「101」番バス(普通のエンジンタイプ)に追い抜かれる。

…おいおい。

さらに、もう1本後の「101」番トロリーバスに追い付かれた。
(トロバスは架線があるので追い越せないからねぇ~)

…ぅをいこのバスがへっぽこなのか運転士がへなちょこなのか

まぁ、なんとか終点に到着。
街外れの静かな大通りの交差点だ。

ここから東に向かって大通りを歩く。

ほどなく、目的地が見えてきた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1404
(1996年撮影)
ざいでんしゅとらーーーーーせっ

そう、コレが「絲綢之路起点群塑」だ(地図の
(「絲綢之路起点群像」等とも呼ばれている)

「絲綢之路」は「シルクロード」のこと。
「絲綢」で「シルク」だ。

つまり、シルクロードはここから始まっているということ
ここはシルクロードの東端だ。

場所は、城壁の東側で、「西安西(シーアンシー)」駅の近くの「大慶路(ターチンルー)」上にある。
商人とラクダのキャラバン(商隊)の巨大彫刻だ。

今回の旅は「ユーラシア大陸横断」なので、シルクロードとは切っても切れない関係にある。

なので、どうしても訪れてみたかった場所だったのだ

この地点より西は「西域(さいいき・せいいき)」と呼ばれる。
西安が「長安」と呼ばれていた「」の時代では、ここから西は「外国」だったのだ。
当時はここに門があったそうな。

かつて西に「」という国があった。
なので、西方から来た物・文化には「」の文字が付いているモノが多い。

胡弓(こきゅう)」「胡椒(こしょう)」「胡瓜(きゅうり)」「胡麻(ごま)」「胡坐(あぐら)」…みたいな。

西域は、イスラーム文化の影響が大きくなってくる。
なので、この西安辺りから服装・料理・習慣等が変わり始める。
さっき食べた「羊肉」もそうだね

さて、あまりの静けさに、しばしまったり。
満足したので、バスで西安駅まで行くことにした。

今度は「103」番のバスだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1405
(2002年に北京で撮影)
…お、連接バスだ

これも北京で撮ったものだけど、同じだよん。

まぁ、コイツもエンジンが非力なので遅い。
さっきの「へっぽこトロりんバス」ほどではナイけどぉ…。

車内はこんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1406
(2003年に鄭州で友人が撮影)
運転席横の出っ張りがポイント。

この脇にじょうろが置いてあるバスもあった。
停車する度にこのフタを開けて、中に水を注いでいたのだ。

…何だったのだろう冷却水

しかも、停車する度にエンジンが止まる。
アイドリングストップ」なんて概念のナイ時代にだ(笑)

前面ガラスが平滑でなく、縦じま模様みたいに景色が歪んで見えるバスもあった。
前を見ていたら、気持ち悪くなった…。

余談だが、西安は日本の京都と姉妹都市だ。
なので、西安の街に京都市営の中古バスが走っていた
中国は車線が逆なので、一般道路では使えないため、観光地に行く直行バス等に充当されていた。

色もそのまま。車内広告もそのまま。
行き先は「四条大宮」なぁ~んて出ていたりした。

全然違和感がナイのはナゼだろう…(笑)

さぁ、西安駅に着いたぞ。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1407
(1996年撮影)
ひろびろぉ~~~~~

駅の大きなカンバンは「黄河電器」って書いてあるんだよ。
日本の「横河電機」ぢゃナイよっ

駅前の売店で、オレンジ2個ソーセージを買う。

ソーセージは、イスラーム仕様のものだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1408
(2011年撮影)
細長ぁぁぁぁ~~~~~~っ

牛肉風味香腸」と書いてあり、肉だから分類的には「ソーセージ」っていうより「ウィンナー」だよね。
ここから西では、定番中の定番商品

赤いのは、牛肉と鶏肉が入っている。
オレンジは、鶏肉のみのバージョンだ。
(なので、インドでもOK

結構美味しいんだな、コレが
でも、ここから先は、飽きるほど食べた(食べさせられた…)。

パッケージの、この部分に注目
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その14・西安・シルクロードの起点に立つ-1409
(2011年撮影)
はら~~~~~~~る

清真」がイスラームの意味で、「イスラームの戒律に則って作られた食品(肉)だよ」という証。

ムスリム(イスラーム教徒)は、戒律に則って処理された食品(ハラール食品)以外は口にしない。
豚肉は決して食べない)

日本でも、関西(大阪)には似たような商品があるとTVで見たが…
全国区の商品にはなれなかったらしいので、今度大阪で食べてみよっと

駅前からは、おとなしくお宿に戻る。
部屋でアイスを食べ、のんびり。

すると、ひげもぢゃ氏と、その同室のドイツ人(アメリカ在住)とアメリカ人とで夕食を食べることになった。

宿の中にあるレストランに行って、色々ハナシをする。
西洋人の2人は、どちらも写真家であることが判った。
ドイツ人(ハンス氏と言う)は写真集を出すそうで、そのために撮影に来たらしい。

テーブルの対面に日本人2人組みがいたので、加わって一緒にハナシをする。
(なんか急に日本人が増えたなぁ…
彼らは何と、これからエジプトに行くらしい

最後に会計という頃、カウンターの上に置いてあった「そろばん」にアメリカ人の目が釘付けになった。

あれは何だ」と言うから、「計算機だよ」と言ったら信じてくれなかった。

店員の女性も一緒に加わって、そろばんの説明をしだす。
オラが計算の方法を見せてあげたら、店員の女性が「あら、日本人もそろばんを使うの!?」と驚いた
玉の数は違うが、使い方はほぼ一緒だ。

その横でアメリカ人の「おーまいがーっなんてクールでナイスなアイテムなんだっ」と、目を爛々とさせて見入っている姿が面白かった。
特に「掛け算」と「割り算」を見せてあげたら、ものすごーーーくビックリしていた。

…東洋文化をナメんなよっ(笑)

あぁ、楽しかった
23時頃に部屋に戻って、寝る準備をした。

ここのところ、廊下じゅうに少女の歌声が響いている。

どうやらコンテストがあるらしい。
美声なのだが、ずっと歌っていてウルサイ…

ぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その15」はこちらーっ!

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2011年6月20日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その13:西安・街歩き~

前回「その12」からのつづきーっ!)(その1はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

西安の写真はあまり撮っていなかったので、2011年に再訪した時の写真で補填するッス~

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1996年5月26日(日):晴れ のち 雨

西安(せいあん:Xi'an)

今朝は、宿の服務員のおばちゃんに起こされる。

ナゼかって…さぁ。

とにかく、無理やり起こされると、毛布を奪い取るように持って行かれた。

…再び寝る。

5分後、また起こされた。
今度はタオルケットを持って来た。

…やれやれ。

ウレシイけど、寝かしてくれぃ

再び睡魔とのリターンマッチの末、11時半頃に起きる。
外出する支度をして、まずはフロントまで今夜の宿代を払いに行く。

バックパッカーが泊るような安宿は、基本的には毎日、その日の宿代を払うというのが世界的な慣例だ。
彼らは気まぐれで突然移動したりするので、このほうが宿とのトラブルも少ない。

今日は、自由行動にしよう

お宿の玄関で3人バラバラに別れ、行動開始
オラは14時くらいに外に出て、まずは「碑林(ペイリン)博物館」に行くことにした。

ここで市内の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・西安の地図-3806
(1996年当時の地図を撮影)
この地図、立体的で解りやす~い

…西安駅
…鐘楼と鼓楼
…東大街(繁華街)
…南門
…碑林
…お宿(勝利飯店)
…小雁塔
…大雁塔(三蔵法師が経典をまとめた大慈恩寺)
…シルクロード起点の碑

とりあえず、からに移動ッス。
近いので、テコテコ歩いて行こう

城壁沿いの道を進むと、ほどなく到着した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1301
(1996年撮影)
緑がいっぱいでイイ感じぃ~~~~

さすが、世界的な観光都市。
観光客が多いねぇ~。

入口で料金表を見ると…

「甲種参観券(TICKET A):30元
「乙種参観券(TICKET B):10元

と書いてある。

甲種」は早いハナシ、「外国人料金」である。
値段が違うだけで、見るものは全く一緒。待遇の差も全くナイ。
(たまに差があるときもあるので、意外と要注意なのだ)

とにかく、ココは一発勝負だ

気合を入れて、力を抜いて(笑)、100元札を1枚窓口に出して「一个」(日本語で“一個”:つまり「一人」)とふてぶてしく叫ぶ。
(この「ふてぶてしく」が重要なポイント)

…勝ったか負けたか

すぐに「小さな」チケットと「90元」のおつりが返って来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1351
(1996年当時の実物を撮影)
Yes!!I WIN!!ヤッタヨーーーっ

ついに独力で「人民」に紛れ込むことに成功

ニコニコしながら、黙って荷物を窓口に預ける。
(館内持ち込み禁止)

ゲートで黙ってチケットを見せてチェックを受け、中に入る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1302
(1996年撮影)
お屋根そりそりぃぃぃぃーーーっ

ここは色々な書体の漢字(書)を、石碑に刻んで置いてある所。
石碑が林のようにいっぱい立っていることから「碑林」の名が付いた。

書道家には堪らない場所だろう…

石碑は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1303
(1996年撮影)
光りまくりぃぃぃぃ~~~~っ

建物の中なので、上手く撮れなかった。
しかも、当時はデジカメぢゃナイから、どれを撮ろうか慎重に選んで1枚1枚ドキドキしながら撮ったものだったしぃ~。

これだと解りにくいので、別の写真をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1304
(2011年撮影)
乱れ立ちぃぃぃぃぃ~~~~っ

これは「華清池」(前回の日記を参照)で撮ったモノ。
でも、イメージ的にはほぼ同じだよん。

いやぁ~、石碑の多さとダイナミックさに圧倒される。
展示されているものだけでも、1087基もあるそうだ
(館内には全部で3000基以上もあるって
書道が好きでなくても、これは一見の価値がある。

漢字は奥が深いねぇ…。

しばらく見学して外に出る。
出口(入口の真横)左横の、みやげ物店にいたおばちゃんに声を掛けられる。
興味があったので、店に近寄る。

何と、おばちゃんが日本語で小声で話しかけてきた

入口で日本語を喋ると、せっかくお兄さんが人民料金で入ったのに、バレて外国人料金の差額を請求されちゃうからね
…的なハナシをしてくる。

解っているねぇ~

…ってか、さすがみやげ物屋、オラが外国人だとすぐに気が付いた。

解っているねぇ~~

まぁ、そんな気遣いも嬉しかったので、浮いた20元で本を買うことにした。
石碑の「拓本」みたいな、たくさんの石碑(150基)が載っている「西安碑林百図集賞」という本(15元)を買った。

表紙は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1352
(1996年当時の実物を撮影)
色鮮やかぁぁぁぁぁ~~~~っ

表紙は分厚く、各ページは屏風のように全てつながっていて、折られて入っている。
昔の書状みたいだ

表紙をめくると、英語と日本語での前書きも入っていたので、読みやすい。

中は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1353
(1996年当時の実物を撮影)
達筆ぅぅぅぅぅ~~~~っ

色々な書体の漢字があって面白く、ついじっくりと見入ってしまう

重さも軽いし、イイ買い物したなぁ~

店のおばちゃんに笑顔で(黙って)送られ、店を後にする。

ここからは、「碑林」→「南門」→「鐘楼(鼓楼)」→「東大街」→「和平路」→「お宿」の順に街を歩くことに。

次の「南門(ナンメン)」は、碑林のすぐ近くにある。

その間に、古めかしい一角がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1305
(2011年撮影)
ショイン・ショイーーーーーン

書院門」と言う路地で、書に関する筆や硯(すずり)や掛け軸等の道具を扱っている店が並んでいる。

1996年当時は、暑かったのでチラッと見ただけでスルーしたような気がする…。
2011年にはじっくり歩いた。
しっとりとして落ち着いた、かなりイイ路地だぞ

ほどなく「南門」に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1306
(1996年撮影)
ここが西安の街(城壁)の、南の中央部。

城壁にはいくつかの門があるが、「東門」「南門」「西門」「北門」の4つだけは立派な造りになっている。
いわば「メインの玄関」と言ったところか。

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 おまけ 

門の下(前の緑地)は、入れるようになっていて、城壁に上がって見学出来る。
のどかな光景だ

その同じ一帯を、2011年に撮ったのがコレだ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1307
(2011年撮影)
…あぁ、激変

1996年の写真を撮った位置は、上の写真だと左奥の建物の角辺りだと思う。
門の前の木々は変わっていないね

2011年に、この城壁の上を歩いたので、ちょいとご紹介しよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1308
(2011年撮影)
まずは、門の前まで移動。

この時は父親を連れて行ったツアーだったので、楽チン

そして、門の入口に立つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1309
(2011年撮影)
カァ~~~チョエェ~~~~ぃ

入場料を払い、門をくぐる。

門の中は中庭みたいなのがあって、結構広い。
大昔は、兵隊達がここで敵の攻撃に備えていたのだろう…。

隅にある階段で、城壁の上に移動。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1310
(2011年撮影)
…デカい。

写真中央のトンネル部分が今くぐって来た門で、楼閣の裏が交差点。

楼閣を横から見る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1311
(2011年撮影)
特に大きな特徴はナイ。

1996年と比べると、塗り直されているので色鮮やかだ

ここでクルッと振り返ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1312
(2011年撮影)
おぉ、いぇい

…どこまでも続く城壁。(奥が西)
一周すると14Kmもあるそうな

幅は「万里の長城」の2倍以上はあろうか…
とにかくデカい。

まぁ、こんなのを観たら、誰でも写真を撮りたくなるワケで…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1313
(2011年撮影)
びしやうぢよーーーーーーっ

近くにいた、撮影中の西洋金髪超絶美少女。(まぢで)

う~ん、やっぱり「古代中国の建造物」と「西洋金髪美女」というのは画になる。
ナゼかこの「ミスマッチ(ギャップ)」が良い

右側の「東洋オッサンズ」のダサいこと…(笑)

では、歩いてみよう。

ここはレンタルサイクルもあって、城壁の上のサイクリングも楽しめる。
14Kmもあるから、チャリでも一周に1時間以上は掛かる

南門から、西隣の「朱雀(すざく)門」まで行くことにした。
向かって右側が城壁内部の旧市街。

朱雀門は目の前にあるんだけど、なかなか近付かない。

中国の建物ってみんなこうだ。

…巨大過ぎるんだよ。
まぢで。

やっと到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1314
(2011年撮影)
レトロぉぉぉぉ~~~~ぅ

城壁に沿って古い建物が並んでいて電線も無いので、景観はヒジョーに良い

目の前にコーヒー屋さんがあるねぇ…

上島珈琲」って、日本の「UCCコーヒー」だよね
でもカンバンを見ると…「UBC COFFEE

…パチモノ!?(笑)

城壁の外側(新市街地側)を、城壁の隙間から撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1315
(2011年撮影)
全くの「中国の一般的な地方都市」の光景だ。

こっちの光景には興味ナイ。

…そうそう、城壁の外側にはが巡らされている。

これは日本の城と同じ雰囲気だ
上の写真の道路手前(下側)は橋になっている。

ここで南門に引き返す。

南門でも外側を1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1316
(2011年撮影)
う~~~ん……ここって「西安

何だ、この近代化っぷりゎ…。

 おまけここまで 

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さて、南門から次の「鐘楼(しょうろう:チョンロウ)」へ行こう。

鐘楼は、南門の前の大通り「南大街(ナンターチエ)」を真北に行った所にある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1317
(2011年撮影)
めのまえぇぇぇぇ~~~~~っ

南門の前から見た光景で、奥の楼閣が鐘楼だ。
読んで字のごとく「鐘を突く楼閣」だ。
日本のお寺の鐘と同じ役目を果たす。

余談だが、ご覧のように中国では「横断歩道はあっても信号がナイ」所がほとんどなので、渡るのは結構命懸けだ。
(車優先社会なので)

ここには地下道があるが、メンド臭くて通らない人も多い。
外国人は、まずこの「道路横断の儀」で挫折する。(笑)
特に日本人はヘタクソだ

でも、これには簡単なコツがあって、慣れると難なく渡れるようになる。
もちろん、オラはモウマンタイ(無問題)
このおねぃさんも、涼しい顔をして平然と車列を横切って行った。

南大街をまっすぐテコテコ歩いて、鐘楼に到着。(地図の

…も、鐘楼は交差点のロータリーの中にあるので、歩道から見つめるだけ。
なので、すぐそばにある「鼓楼(ころう:クーロウ)」をご覧いただこう。
形も似ているのでね

これが鼓楼だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1318
(2011年撮影)
どんどこどぉーーーーーーん

こちらも読んで字のごとく「太鼓を叩く楼閣」だ。

中央に大きな太鼓が2つ見えるねぇ~
鼓楼も、市民に何か情報を伝達する時に使われた。
今で言う、役所の「広報スピーカー」かな

余談だが、屋根の周囲の空に見える黒い点々は「つばめ」さん達だ。
いっぱい飛んでいて、観光客に人気だった

鼓楼のすぐ横には、レトロな路地「北院門(ペイユアンメン)」がある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1319
(2011年撮影)
イイ感じぃ~~~~~

ず~~~っと、おみやげ物屋さんが続いている。
昔からあった道だが、観光用にキレイに整備された感がある。
2011年でも、ご覧のように「(いにしえ)の中国」の雰囲気を味わうことが出来る

さて、ここからは進路を東に変え、西安一のメインストリート「東大街(トンターチエ)」を進もう。(地図の

西安は、鐘楼が街の中心地。
そして、鐘楼を中心に、東に「東大街」、西に「西大街(シーターチエ)」と言う大通りが伸びている。
(南北には「北大街(ペイターチエ)」「南大街」が伸びている)

ここには、最新のファッションや日用雑貨等を扱った店舗がたくさん並んでいる。

残念ながら、写真は撮っていなかった。

なので、2011年のへなちょこ写真でイメージしていただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1320
(2011年撮影)
ブレブレ…

まだ暗い早朝のバスの中から撮ったので、ブレまくりだ…。

2011年の現在では、かなり近代化され、しかも地下鉄工事&道路拡張工事中で激変していた。
昔の面影はほとんどナイ。
ガッカリしていたら、ほんの一部分だけ1996年当時の光景を残した所があった

…が、写真を撮りたくても今回はツアーなので、自由はナイ。
なので、がむばってバスの中から撮ってみたという次第。

右奥側が、1996年の東大街のイメージ。
店舗の前に塀が出来てしまったけど、それがナイ状態で想像してね
(ここも再開発で、これらの建物は全て取り壊されるっぽい…)

そんな、華やかな商店街を通り抜け、右折して「和平路(フーピンルー)」に入り、お宿の近くの城壁まで到着。

これが、お宿の目の前にある門の「和平門(フーピンメン)」だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1321
(1996年撮影)
トンネル4つぅぅぅぅぅ~~~~

城壁外側の、堀の橋から撮ったもの。
お宿(勝利飯店)は、ここから振り返った目の前にある。

交差点を渡り、ほどなくお宿に到着。(地図の

部屋でゴロゴロしていたら、仲間も戻って来た。
腹も減ってきたので、3人でお宿の近くのネオン輝くレストランに入る。

・鶏とピーマンの辛い炒め物
・例湯(「本日のスープ」という意味で、この日は「ふくろ茸と塩漬け肉と冬瓜」だった)
・揚州炒飯(中国では「普通のチャーハン」という意味)
・茹でレタスのオイスターソースがけ

しめて、お1人様あたり29元(400円弱)。
味も良くGood
好吃(おいしい

広東料理」と書いてあったが、味付けはしっかりと「東北料理」だったけどね~
(広東料理はあっさり薄塩味、東北料理はとにかく濃くてしょっぱい。日本と一緒)

満足したので外に出ようと思ったら、突然の夕立ち
雷がゴロゴロっ
急いでお宿に戻る。

シャワーを浴びようと浴室に行こうとしたら、手前のトイレの洗面台で、ひげもぢゃで色黒の背の高い青年に会った。
ちょうど仲間が洗濯をしていたら、その彼に突然英語で話し掛けられた。

仲間がカタコトの英語で答えるも、どうやら日本人っぽい。

…んで、日本語で聞いてみたらやっぱりそうだった。
とても日本人には見えなひ…。

しかも、年齢を聞いたら24歳
どんだけフケとんねん

…どう見ても30歳は越えとるやろ。(笑)

浴室から出た後、仲間2人はその「ひげもぢゃ」氏の部屋に遊びに行った。
旅の途中で知り合った日本人と、2人で泊っているらしい。

極貧旅行では、こうやってビンボー旅行者同士が相部屋で泊るのはよくあること。
そうすると、1人部屋よりも宿代が安く上がるのだ
3泊もすれば、軽く1日分は差が出てくる…。

…あ、お宿の紹介をしていなかったね

この「勝利飯店」の写真は撮らなかったので、似たような宿の写真をご覧いただこう。

まずは廊下から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1322
(2006年にウルムチで撮影)
まっすぐぅぅぅぅ~~~~っ

これは「新疆(しんきょう)ウイグル自治区」の区都「ウルムチ」にある安宿。
今後また日記に出て来るぞ

まぁ、こんな感じで、長~~い廊下の左右に部屋が並んでいるのが典型的なパターン。
オフィスや学校・病院みたいなのをイメージすると解りやすい。 

勝利飯店はもっと廊下が広く、倍くらいはあったような…。
壁の色も緑系だった。

部屋の中は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1323
(2006年にウルムチで撮影)
このように、ドアの近くにテレビや机等がある。

床はコンクリート・石・フローリングがほとんど。

…つまり、硬い。(笑)

中国人は何でも床に捨てるので、拭き掃除しやすいようになっているのだ

中国のテレビは意外とチャンネル数が多く、結構楽しめる。

ちなみに、クーラーはナイ。
あると部屋の値段が上がるのだ。(当時は高級品だ)
もう西安から先(西)は湿気も少ないので、クーラーはそれほど必要ない。

扇風機も「動けばラッキー」という存在。(笑)

…んで、ベッドは…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その13・西安・街歩き-1324
(2006年にウルムチで撮影)
シンプルぅぅぅぅ~~~~

まぁ、どこも大体こんな感じだ。

シーツ等はまめに交換してくれるので、多少のシミ・汚れはあるが至って清潔だ
(気になる人は、枕に載せる用のお気に入りのタオルを持参して行くと安眠出来る)
あとは「虫さん」が出るか出ないかが、勝負の分かれ道

大抵、廊下の途中には巨大なボイラーがあるので、お湯は飲み放題。
なので、中国旅行中は「お気に入りの茶葉」と「Myマグカップ」を持ち歩いていれば、飲み物に不自由することは一切ナイ

これが、中国(ロシアなどの旧共産圏も)の最大の良いところ
ヨーロッパでは「暖かい飲み物を手軽に飲む」ということにすごく不自由した…。

…ま、今日はこんなとこ。

ぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その14」はこちらーっ!

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2011年6月16日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その12:西安・兵馬俑~

前回「その11」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

西安の写真はあまり撮っていなかったので、2011年に再訪した時の写真で補填するッス~

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1996年5月25日(土):晴れ

西安(せいあん:Xi'an)

今日は一日ツアーに出掛ける日だ。

7時半に迎えに来る」と言われていたので、間に合うように準備していたら、7時15分頃にガイド女史が部屋にやって来た。
そしていきなり…

遅れるから早くしてっ!

…と、まくし立てる。

まだ時間前だろうと思っていたのだが、あまりのイキオイに、慌てて支度する。

そして、すぐミニバスまで連れて行かれ、乗り込む。
そしたら我々が最後だったらしく、すでに満員だった。

何だよ、7時集合だったのかぁ

昨日の彼の伝達ミスだな…。

すぐにバスは出発した。

今日は西安の街から東へ40Kmくらい離れた所にある「兵馬俑(ピンマアヨン:へいばよう)」に行くのだ。
その他にも数ヶ所、観光地に寄るとのこと。

兵馬俑は、ここにある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1201
(2016年のグーグルマップより)
結構離れているねぇ~。

…西安駅
…お宿(勝利飯店)
…臨潼博物館と華清池
…世界八大奇跡館
…兵馬俑

まずは、西安の街の様子を軽~く解説しておこう。

西安の街は「唐の都“長安」と呼ばれたとおり、周囲を四角く城壁に囲まれた、悠久の歴史を持つ古都だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1202
(2011年撮影)
ガッシリ

城壁の内側(写真だと右側)は、昔ながらの旧市街、外側は近代的な新市街(住宅や工場)になっている。

解りやすく言えば、京都の街に城壁がある感じ。
鉄道は、城壁の北側を沿うように走っていて、「西安(シーアン)」駅は城壁の北東の端っこ辺りに位置し、街の玄関口になっている。(地図の

城壁の中は、道路が京都や札幌と同じように「碁盤の目」状態に走っており、全体的に道幅は広く緑に囲まれていて、都心部なのにけっこう落ち着きがある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1203
(2011年撮影)
北京にも似たカンジぃ~

でも、旧市街とは言え、街の中心部は商店がたくさん建ち並んでいて、それなりに近代化されている。
京都の街と同じく、古来からの街に現代の街をそのまま造ってしまたので、城壁内にはそれほど古い町並みは残っていない。

市内の地図を見ると、このとーり。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・西安の地図-3806
(1996年当時の地図を撮影)
この地図、立体的で解りやす~い

…西安駅
…お宿

街は明日にでも、ゆっくり観に行こう

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 おまけ1 

この1996年当時は、まだまだイナカの風景が広がっていたのだが、2011年の現在では…

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1204
(2011年撮影)
どこここ…

ご覧のとおりに大開発が行われていて、とてもぢゃナイが、昔の雰囲気を思い出すことなんて出来なくなってしまっていた…。
電子機器やインターネット関連の学校や企業が多いとのこと。

上の写真は、高速道路上から撮影。

この西安に高速道路だって

しかも今は地下鉄まで造っている。
(一番上の地図にある、縦の赤い線)

…まぁ、京都と一緒か。

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バスはのんびりした田舎道を走り始める。

そして、みんなの紹介が始まった。
ガイドさんが、みんなの出身地を紹介していくのだ。

みんな「~~」や「~~自治区」なのだが、我々3人ともう1団体のみが「省・区」ではなかった。
つまり「外国人」。

もう1団体は「台湾」の4人組だった。
まぁ、人民達に厳密に言わせれば「台湾省」なのだろうが…。

我々を「日本的朋友(リーペンダ ポンヨウ)」と紹介したとたん、車内全員の注目を浴びてしまった…。

そしてお決まりのセリフ、「中国語は話せるのか(笑)

…まぁ、何とかやり取りしていたら台湾組の連中と仲良くなり、以降は一緒に見て回ることに。

観光地には外国人料金がまだあったので、この後の各地のゲート入場時は、黙って人民か台湾人の後にくっついて行った。
ガイドさんにも「ゲートでは絶対に喋るな」と念を押された。

台湾・香港・マカオ同胞」料金(人民と外国人との中間くらいの値段)というのもあったが、そこは普通話(北京語)がしゃべれる台湾人、彼らは何事もナイかのように人民料金でフリーパス。(笑)

やっぱ、「喋れる」ってイイよなぁ…。
(この後、勉強したさぁ~

…んで、バスは最初の観光スポットに到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1205
(1996年撮影)
趣があるねぇ~~。

臨潼博物館(リントン ポーウークァン:りんどうはくぶつかん)」とのこと。

歴史的文物を展示している所だそうで。

…中の記憶はすでにナイ。(笑)

この100m横にも観光地はあるのだが、後で来るらしい。(後述)

さて、お次に移動だ。

…なぁ~んか、ヘンな所に連れて来られたぞ(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1206
(1996年撮影)
何だ、ここ

ぜぇ~んぜん、歴史的な建物ではナイ。
しかも、ハリボテっぽいチャチな造りだ。

さらにキョーレツなのは、隣の建物だ。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1207
(1996年撮影)
…おぉ、いぇい

何故「ゑぢぷと!?

しかも「世界八大奇跡館」(笑)

ぞろぞろと中に入る。
すると、ネオンビカビカの電飾で「ファラオ(法老)」だの「クレオパトラ(埃及艶后)」だのと飾り立てている。
しかも、像とかがチャチィ造りで泣けてくる。

…イイぞ、この悪趣味

人民達はまぢで喜んで楽しんでるのが、いっそう涙を誘う…。

あまりの「茶番」に笑いが止まらなくまり、それなりに満足(笑)して建物を出る。

1996年の今、ちうごくでは「えぢぷと」と「あふりか」が熱いらしい…

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 おまけ2 

余談だが、この茶番奇跡館と「奇跡の再会」をすることになった。

2011年5月に再び西安を訪れた。
今回は父親が「どっか海外連れてけーっ」とウルサかったので、楽なツアーに申し込んだのだ。
(個人旅行では、こんなワガママオヤジの面倒を見きれん…)

…んで、そのツアー途中の昼食時のこと。

食事した後、出発まで15分ほど自由時間があった。
建物の中にいると、しつこくお土産を買わされそうになるので、表に出た。

周囲を撮っていると、隣になぁ~~~んか見覚えのあるキミョーな形の建物が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1208
(2011年撮影)
おぅ!ぢーざす

こ、こ、こりゎ…!!
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1209
(2011年撮影)
アイヤーーーーっ

紛れもない「茶番奇跡館」でゎナイかーっ

そっか、こんな所に建っていたのかぁ…。
1996年の写真では周囲に何も写っていないが、今や市街地に飲み込まれてしまっている。

目の前の道路に標識があったので、場所を記録するために撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1210
(2011年撮影)
手掛かりはバッツィリ

秦陵北路(チンリン ペイルー)」と「体育路(ティーユールー)」の交差点ッス。

いやぁ~~、突然の、予想だにしない再会に1人でビックリ

これこそ、オラにとっての「世界八大奇跡」だ。

…はっだから「世界八大奇跡館」なのかぁ~っ(笑)

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いよいよ、今回の最大の目的地「兵馬俑」に到着だ(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1211
(2011年撮影)
新しい写真でゴメンねぇ~~

これは2011年現在の姿。
1996年はこんなに広い入口ではなかったはず。
確実に。

…ってか、入口(ゲート)はもっともっと奥だったような…。

おっ、中央に像が建っているねぇ…

近寄ってみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1212
(2011年撮影)
1996年当時はこんなの建っていたかどうか、すでに思い出せない…

誰だか判る
そう、「(しん)の始皇帝(シーフアンティー)」 だよ。

入口を入り、炎天下を結構歩かされる。
広過ぎるぞ、ここも…
(中国は何でも広くて建物が遠い)

そして、いよいよ兵馬俑のある建物に到着
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1213
(2011年撮影)
まだ遠い…

中央の丸い屋根の建物が巨大な「1号坑」で、建物はドーム状になっている。
その右横に小さめな「2号坑」と「3号坑」が建っているという構成。

では「1号坑」に入ってみよう。

どん!
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1214
(2011年撮影)
おぉいぇい

教科書とかで見たことあるでしょ
秦の始皇帝の墓の近くに位置するこの場所に、このような巨大な軍隊の隊列を模した等身大の人形(俑)が埋められていたのだ。

アップで観てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1215
(2011年撮影)
リアルぅ~~~~~~っ

俑は全て顔が違い、実在した人物(兵隊)を模したと言われている。
手には槍を持っていた。

全てに彩色が施されてたが、2200年もの年月には耐えられなかったのか、空気に触れるとすぐに酸化して色褪せてしまったそうだ。

では、お隣の「3号坑」へ移動しよう。

ここはそれほど大きくなく、小ぢんまりと兵隊達が立っている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1216
(2011年撮影)
映画のセットみたいだ…

馬車(戦車)に乗った将軍がいるのだが、指揮官がいないとのこと。
おそらく、指揮官は「始皇帝」その人だったという設定らしい…

ここの兵隊はみな「儀仗兵(ぎじょうへい)」(儀式用の杖を持った兵隊)とのこと。
右奥には「文官」(学者みたいな人)の集団もいる。

2号坑」にはこれといったモノもないので、サラっと通過。

一応、チケットは手元にあるんだよねぇ…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1251
(1996年当時の実物を撮影)
記憶に無い…

20元も払っているのだから、気合いを入れて観ているはずなんだけどねぇ…

そして、もう1枚のチケットも持っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1252
(1996年当時の実物を撮影)
さらに記憶に無い…

こちらの「秦兵馬俑環幕展」は、一切記憶に残ってございません
何かの特別展示だったのかな

これで一通り観て回ったので、出発までしばしの休憩。

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 おまけ3 

1996年の旅ではここで終わってしまったのだが、実はもう1つ建物がある。

ここは別料金なので、当時のツアーでは入らなかったのだ。
それに我々は極貧バックパッカー旅だったので、そこまで金を回せないという事情もあった。

2011年のツアーではすでに組み込まれていたので、余裕を持って見学出来た

その建物の中には、こんなモノがある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1217
(2011年撮影)
おうまたぁーーーーーーーん

銅で出来た馬車、その名も「銅馬車」。

これも発掘された実物で、2基ある。
スケールはなぜか「1/2」だそうだ。

2200年前の技術とは思えないような精巧な作りだそうで。
傘も開閉可能

カァ~ッチョエェ~~~~

いやぁ~、15年来の念願が叶った
これで満足

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さて、バスは次の目的地へ移動だ。
ぞろぞろとバスに乗り込む。

でも、すでに最大の目的地を堪能してしまったので、ハッキリ言って後はどーでもイイ。(笑)

しかも、お次は先ほど見た博物館のお隣さんだ
もう「帰るついで」みたいな感じぃ~。

バスはほどなく到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1218
(2011年撮影)
入口の前は、ちょっと趣のある道になっている。

駐車場から少しだけ歩き、入口へ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1219
(2011年撮影)
華清池(フアチンチー:かせいち)」と言うそうな。

ここは「驪山(リーシャン:りざん)」と言う山のふもとにあり、周囲は温泉保養地になっている。
…んで、この場所がナゼ有名なのかというと、「始皇帝」と絶世の美女「楊貴妃(ヤンクイフェイ:ようきひ)」とが「イチャイチャ」してた離宮だったからだ。(笑)

まずはチケットを買う。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1253
(1996年当時の実物を撮影)
ご立派ぁぁぁぁ~~~~~っ

今までのチケットよりも一回り大きいサイズだ。
裏には「乙票票価:16元」と書かれている。
右の「副券ABCD」部分に穴が4つ開いているので、場内の4か所でチェックポイントがあったようだ。

中に入ると…。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1220
(2011年撮影)
どでーん

後ろに驪山が「どでーん」とそびえている。

そして、池に連れて行かされる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1221
(1996年撮影)
これって、ただの池ぢゃん(笑)

山の上に向かってロープウェイが通っているのが見えるね(右上)。
温泉池は、正面~左奥の建物群内にある。

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 おまけ4 

ちなみに、2011年現在のこの場所はこんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1222
(2011年撮影)
あまり変わってナイね

木々が成長したので、建物が見えにくくなっている程度かな

池の中にはキミョーなステージが出来ていた。
ライトアップして、始皇帝と楊貴妃のラブロマンス劇でも演じるのだろう…。

西安は今、「国際観光都市」として急激に開発が進んでる。
なので、あちこちで景色や設備が激変しているのだ。

でも、日本の京都のように、「しっとり」といろいろ残しておいて欲しいんだよねぇ~。
現代中国人の美的センスはかなり向上したとはいえ、まだまだ欧米のレベルには到達していないな…。

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ここでは珍しく記念撮影をした。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1223
(1996年撮影)
貴重な1枚よん(笑)

今まで滅多に自分の写真を撮らなかったので、チョット緊張
これからは、少しは撮るようにしよう。
(証拠写真にもなるしね

写真からも、のどかな雰囲気が判るっしょ

この池の左奥には、いろいろな建物が建っている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1224
(2011年撮影)
これらの建物の中に、楊貴妃や皇帝が入っていたと言われている浴槽(浴池)がある。

手前に白い女性像があるね。
1996年にはあったかな…

近付いてみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その12・西安・兵馬俑-1225
(2011年撮影)
パイオツカイデーーーーっ

これが「楊貴妃」だそうだ。
ホンマかいな(笑)

男達(特にオッサン)は、ニヤニヤしながらお乳に触っている。
なので、チョット黒ずんでいるのよ(笑)

まぁ、こんな感じで一日ツアーが終わった。
全部で178元(2400円)だった。

バスは街中に戻り、19時頃にお宿に到着。

何か、疲れてメンド臭くなっちゃった

部屋に入ると、そのまま外出せず、シャワーも浴びずに深夜1時頃まで話しをする。

さぁ、寝よう。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

…あれ?今日食事したっけ??(笑)

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 おまけ5 

お宿の部屋で、電動ひげそりを充電しようと思って、仲間が持って来た軽量の変圧器(スイッチング回路の電子式)を借りてコンセントに挿した。
その瞬間、ピカッと光ってひげそりが爆死

…おいおい、まだちうごくで一度も使用してナイんだぞ

一服盛られた…

スイッチング回路式は、高電圧の電気が溜まっている場合が多く、最初に刺した瞬間に破壊的な電気が流れるのだ
なので、ブッ壊れてもイイような、頑丈なモノをまず差してから、充電器をコンセントから抜かずに差し替えて使うべし。

結論:重くてもイイ、必ずアナログのトランスが入った従来の変圧器を使用しよう

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つづき「その13」はこちらーっ!

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2011年6月13日 (月)

実物日記 ~「列車の来ない風景:横浜本牧2007」その2~

前回「その1」のつづきーっ!

今回も、前々回のワンジオ「列車の来ない風景」の実物の風景を。

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小さな橋の横にある踏切を見てみよう。
220
こちらもそれなりに規模は大きい。

…お、手前に何かいるぞ。
221
さんだぁ~

遮断桿(しゃだんかん)のなくなった遮断機だ。

踏切の全景は、こんなカンジ。
222
まぁ、工場地帯ではスタンダードな光景。

ゲートの中央に標識が建ってるね。見てみよう。
223
う~ん、レトロ。シブいねぇ~

…あ列車通過時刻表が書いてあるぅ

早速アップで
224
平日3往復、休日2往復だったのかぁ…

今や運用はなくなり、列車は1本も通過しない。(2005年7月に廃止された)

なので、警報機も寂しく建っている。
225
真ん中に何か書いてあるねぇ…

これもアップで。
226
「使用中止」…ほとんど見かけない標識だ。

振り返って、踏切全体を見てみる。
227
さっきのキリンさんは、このようにして立っている。

さて、あまりの暑さに、もうへろへろだぁ~
…お、左を見ると…
228
ヤッターやったよ~~~~

これぞ工業地帯のオアシス

周囲を見回してもココ1軒しかない、チョー貴重な給水所

早速コーラを買う。
う、うみゃぁ~~~~~~~~いっ

はぁ、生き返った

ちなみに、店の後ろは根岸駅へ行く貨物線(本線)だよん。

では、奥へ進もう。
229
…お、バス停ハッケーーーン

そっか、バス走ってるんだぁ。
…あ、でも本数が超ローカル線並み。(笑)

グーゼン、バスが来た。
230
横浜市営バスだ。快適そう

根岸駅から走ってるっぽい。
今度来ることがあったらバスで来よう…。
(ココはどの旅客駅からも、結構遠い)

このバスを発見した交差点全体を見てみよう。
231
このように、線路がカーブしている途中に存在している。
変形丁字路だね。

余談だが、「字路」(アルファベットのT:ティー)ではなくて「字路」(漢字の丁:てい)が日本語的には正しい。
「Tシャツ」の普及によって、丁字路もT字路に取って変わってしまった次第。
…はいはい。つまらないウンチクでしたよ。えぇ。(笑)

塀の上に青いカンバンがあるねぇ…
232
ほぅほぅ。やっぱ最初のあのデカい踏切が、工場の正門か。

この交差点の、線路のないほうの道は…
233
このように、すぐに交差点に突き当たって終わっている。

石油備蓄タンクが、いいカンジ

では、線路を進んで行こう。
234
ちょうどこの部分を模型化した。

ワンジオ(ジオラマ)の「列車の来ない風景」だ。
詳細は前々回の日記をご参照あれ

線路が錆びまくってるように、もう列車は来ないので、線路上に乗って撮影。

昔は「工業塩」を積んだトラ(無蓋車)がテコテコ走ってたそうな。
横浜本牧駅のヤードに停まってたトラの姿は、前面展望ビデオで見たことがある。

道路を挟んで建っている工場たちの姿は、こんなカンジ。
235
ココは倉庫っぽいね。
海上コンテナがいっぱい積んである。

道路上にもトレーラーがたくさん停まっている。
(写真の下の部分は、トレーラーのシャーシだ)

道路のもうちょい奥は…
236
更地だねぇ~。

後ろの石油タンクが丸見えだ
左はトラックヤードかな?
トレーラーのアタマ達がたくさん停まっている。

…お、もう1コバス停があった。
237
もう時刻表も何も貼ってナイ。
っていうか、「朽ちた」?(笑)

次のバス停の名前も、なんかスゴい

もうこの奥まで行く気力が無くなったため、今回の撮影はココで断念。
やっぱ暑いよぉ~。
しかも山手駅から相当歩いて来たしぃ~。

最後に1枚。
238
線路は、奥の赤いコンテナあたりで右に90度曲がり、岸壁に沿うようにして少し進み、そこで終わっている。

終点は私有地なので入ることは出来ない。
見れないのだったら、敢えて更に歩いて行くこともナイだろう…。

…こうして、取材の撮影は終了した。

んで、同行してくれた友達と一緒に、横浜本牧駅の高速道路下にあるバス停から、横浜の中心地まで、快適なバスで移動。
そして、真っ直ぐ「ちうか街」へと向かい、激辛中華を食べながら「まほうのみず」(ビールとも言う)を浴びたのは言うまでもナイ
ちうか街はGWで激混みだったが、そこは裏路地の店を知ってるので、並ぶことなく即「宴モード」さぁ~

…そうして出来上がったのが、かのワンジオってーワケ。
この日記を読んで、改めて作品を眺めていただければ、その背景(味わい)がもっと良く解るハズー

なかなかイイ1日観光コースだったが、間違っても彼女を連れてってはイケナイよっ!(鉄子なら別だが…)

でゎでゎ~~~

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2011年6月 9日 (木)

実物日記 ~「列車の来ない風景:横浜本牧2007」その1~

前回「列車の来ない風景」のつづきーっ!

今回は、前回のワンジオ「列車の来ない風景」の実物の風景を。

ジオラマを作るべく、2007年5月に現地へ撮影しに出掛けた。
201
JR根岸線「山手(やまて)」駅で下車。

ココから閑静な高級住宅地を抜け、海岸沿いに出ることに。

駅前から坂道を上る。
5月とはいえ、この日は暑かった。
かなりぐでぐでになりながらも、丘の上に到着。

すると、目の前にこんなカンバンが…
202
変わった名前の道路だ。

う~ん、「YC AC」なのか、「Y C&A C」なのか…?
なぁ~んて冗談を友達と言ってたら、なんと「Y C&A C」が正解だった
横浜 カントリー&アスレティック クラブ」の略なのだそうで
かなり由緒ある施設とのこと。
テニスコートなどもある。

その施設を通り過ごすと、やっと海が見えてきた。
203
う~ん、びゅーちほー

海岸線が工業地帯というのも、これまた「萌え」ポイントだ(笑)

ココからさらにテコテコ歩き、脱力停止寸前にやっと目的地に到着した。
204
そう、ココが目的地、神奈川臨海鉄道の「横浜本牧(よこはまほんもく)」駅だ。

JR根岸線の「根岸(ねぎし)」駅から分岐した貨物線で、本牧埠頭のあちこちに線路が伸びている。
この駅では「海コン」こと海上コンテナを扱っていて、外国から来た大型のコンテナが、コンテナ貨車に積まれて内陸部に輸送されている。

上の高架線は高速道路だ。歩道橋から撮影している。

さて、そんなコンテナ駅の片隅に、別のヤードが広がっている。(上の写真だと右奥)
かつてそこには無蓋車「トラ」という、おチビな黒貨車がたくさん停まっていた。

んで、そのトラ軍団のいるヤードから、線路が1本「もみゅ~」っと伸びている。
205
1コ上の写真の撮影場所から、そのまま右に60~70mほどスライドした位置から撮影。

実は、ホントの目的地は、この線路なのだ

これは「国際埠頭専用線(こくさいふとうせんようせん)」といい、横浜本牧駅から「国際埠頭(株)」の敷地内まで伸びている貨物線。
終点は、岸壁に接した状態で止まっている。
まさに「臨線」ではなく、「臨線」といった雰囲気だ

では、実際に線路を追って行ってみよう

横浜本牧駅から出発した線路は、工場と道路の間を細々とすり抜けるように走る。
上の写真の場所から、そのまま振り返って撮影すると…
206
左の工場は「三菱重工業(株)」の本牧工場(横浜製作所)。

線路は奥に進んでいる。
さらに追ってみよう。
207
…お。左にカーブしているねぇ。

地上に降りて、調査開始
208
線路も道路も工場も、同じようにカーブしているね

カーブ部分に到着。
209
おぉ!いいカンジ

模型向きの、ナイス曲がり具合

んで、ほぼ90度曲がった先には…
210
ご覧のように、ずっと直線が続いている。

直線を見渡せる位置から見ると…
211
このようになっている。

この先は、岸壁に突き当たる直前で90度右に曲がり、岸壁の真横に沿って、国際埠頭の敷地内に入っていく。
途中に交換施設やポイントなどない、シンプルな単線の路線だ。

では、詳細を見ていこう。

先ほどの歩道橋の足元に踏切がある。
212
どうやら、ココが工場の正門らしい。

規模も大きくて立派な踏切だ

この踏切を地上から見ると…
213
イイねぇ~非電化線路の魅力タップリ

この空のスッキリさが良い。

同じ場所から振り返ってみると…
214
う~ん、貨物線(笑)

左の塀に、やたら何か貼ってあるぞ。
215
…おぉいぇい

これも殺風景な貨物線では、模型化に有効なアイテムだ

線路が盛り上ってる部分に、もう1コ踏切があった。
216
…あ、ココには小さい橋がある

橋をアップで。
217
ほぅほぅ。シンプルなガーダー橋だ。

道路上から橋を見てみる。
218
うんうん、いかにも貨物線

この「目立たなさ」が良い

この川の奥(河口)は…
219
こんなカンジだ。

これって川?運河?掘?

ココも、模型化するにはちょうどイイ規模の川だね

…あ、画像の容量の関係で、今回はココまでー
まだまだこの先に進むよん

つづき「その2」はこちらーっ!

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2011年6月 6日 (月)

ジオラマ日記 ~「列車の来ない風景」の巻~

今回ご紹介するワンジオ「列車の来ない風景」も、「特攻野郎Bチーム」の展示会用に作って、Bチームのホームページに掲載したもの。
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…どうッスか

我々Bチームで「ワンジオ(ワンショット・ジオラマ)」と呼んでいる、小形のジオラマだ。
小さなスペースに、いかに「それらしく」エッセンスを凝縮して再現するかが、腕の見せ所。
カンタンな様でいて、案外難しい…(プランを決めるまでが難しく、制作自体はカンタンだ)

ベースのサイズは223mm×114mm
個人的にはイレギュラーなサイズだ。

イメージしたのは、神奈川臨海鉄道横浜本牧(よこはまほんもく)」駅から分岐している「国際埠頭専用線(こくさいふとうせんようせん)」。
ココは、JR根岸線の「根岸(ねぎし)」駅から分岐した貨物線にある、横浜本牧駅の近くだ。
交差点の名前でいえば「かもめ町第2」の海寄り。

現在は列車の運用がなくなり、もうココに貨物列車は走らナイ。
2005年7月に廃止された)
なので「列車の来ない風景」なのだ

実景はこんなカンジ。
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塀だらけぇ~~~っ

塀の向こうは「三菱重工業(株)」の本牧工場。
右奥は「国際埠頭(株)」の岸壁だ。

では、フタをはずして見てみよう…
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まずは、正面側を。

道路と工場の敷地の間に沿って線路が敷かれている。

全部の方向から見てみよう
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正面左側の、横浜本牧駅側から見た光景。

次に後ろ側を…
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…こちら側は見ないでネ

樹木(KATO(ウッドランドシーニクス)製)は、実はこのように貼り付けている。
スペースの関係上、薄っぺらくペッタンコだ。

さらに、正面右側から見た光景を。
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こちらも特に特徴はナイ…。

…これで一周見て回った。

では、細部の解説を。
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線路はTOMIX製の線路を切って使用。

ベース板の上にゴム系ボンド(G17)で直接貼り、周囲に木工ボンド原液のまま塗って、ブレンドしたバラスト(砂利)を撒いて固定。

道路は、「お約束」のグレーの画用紙だ。
塀はGM(グリーンマックス)製品、塀の下は細い角材を貼って色を塗り、コンクリート製の土台を表現。
これらは全てゴム系ボンドで接着したッス。

アングルを変えて、実際の目線で見てみよう。
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イイしょ

草木の部分は、濃淡組み合わせた緑色のスポンジを使用。
あとは、線路の周囲にも雑草を表現してある。

…で、これを実景で見ると…
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…どぉ似てるべ

ちゃんと塀に貼ってある警告文や、柵(古枕木)のヨレヨレ具合も表現してあるッス

では、正面左側から右に向かって少しずつ移動してみよう。
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左端から見た光景。

郵便車は、樹木のとトレーラーのの色彩を考慮して配置。
いいアクセントになっている。

今回は太陽光の下で撮影した。
なので、結構リアルだべ

トレーラーのおしり部分を…
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カァ~~~~ッチョエェ~~~~

超リアルだなや

トレーラーは、TOMYTECH(トミーテック)製品をそのまま置いた。

少し引いたアングルで。
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夏の午後」ってカンジでしょ

実際に現地調査しに行った時も暑かったぁ~。
(現地の実景は、次回でご紹介

今度は、トレーラーの前側を。
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実景に合わせていろいろ配置してみた。

赤い矢印の傾いた白い棒は、一体ナニモノ

正解はコレ。
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何者(トラック)かの仕業により「メキョって」しまった道路標識の残骸だ

直してナイところが、いかにも工業地帯っぽくて良い

では、最後に線路の上から見てみよう。
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結構イイねぇ~

…んで、これを実景に置き換えると…
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どうだい、ナイスだろう

…ま、ってなカンジでアッサリ作ってみましたとさ。
結構カンタンに作れるので、週末にでもおひとつどぉ

次回は実際の現場をご紹介~

つづき「横浜本牧2007」はこちらーっ!

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2011年6月 2日 (木)

ジオラマ日記 ~「プレイバックPart21」の巻~

前回「Part20」のつづきーっ!)(「Part1」はこちら

今回も既存の画像(特攻野郎Bチームサイトのトップページ画像)を使った「ジオラマ総集編21」を。

いつもどーり、もにょ~んと見てくださいまし。

まずは…。
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みちのくの山々をバックに走る「JR701系」秋田地域車。

えぇ感じだなや

車両は、「特攻野郎Bチーム」の「ZERO」氏のペーパークラフト。
Bチームのサイト内で無料配布しています。
ダウンロードして作ってね

それを…
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同じシーンで、背景だけ変えてみた。

峠を走ってるイメージになったべ?
ジオラマは「特攻野郎Bチーム」の販売サイト「B-Dash」の商品。

余談:撮影後にパンタグラフが逆向きだったのに気付いた。

お次は?
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緑に囲まれて走る、DD51の牽くローカル普通列車。

ワンジオ(ジオラマ)は、「特攻野郎Bチーム」の「AVE」氏の作品「ゆっくり行きましょう」。
本来は九州の風景をイメージして製作。
それの背景を差し替えて撮影したのがコレ。
日本のどこにでもある」ような光景に仕立ててみた

これも…。
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緑に囲まれて走る、EF64の牽く旧型客車列車。

何とな~く「中央西線」や「篠ノ井線」のようなイメージに仕立ててみた

そして…
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御茶ノ水」駅の1シーン。

神田川の上を鉄橋で跨ぐ地下鉄丸ノ内線。さらにその上を行くJR中央線
小さな空間に、立体的かつワイルドに再現。
ワンジオは、「特攻野郎Bチーム」の「S.F」氏の作品「御茶ノ水駅東京方」だ。
第1回「ワンジオコンペ」入賞作品

ところ変わって…
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京王線「府中」駅の名物「くらやみ祭り」をイメージ。

毎年5月に行われる祭りだ。
実際は夜明け前にやる祭りなので、周囲は真っ暗だが…。
みこしの人々がイイ感じ

ワンジオは、「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏の作品「けやき並木の大祭」。
地上時代の府中駅を再現。

お次は…
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JR山手線「目黒」駅の付近のカーブをイメージ。

左奥が東急目黒(目蒲)線の走っているあたり。右奥が目黒駅。
手前が五反田駅だ。

国鉄→JRになりたての頃を再現。

モジュールは、作の「セレブのいる風景」だ。

南へ移動しよう
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伊豆の海岸線を走る、特急「」号。
ビーチで寝ている人々がイイネッ

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏の作品「海・岸・線」だ。

同じく、
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上の写真から、ほんの少し右へスライドした光景だ。

夏だねぇ~

車両を変えて…
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国鉄時代の臨時快速列車。

学旅行色167系が「東京伊豆急下田」間を走っていた。

今の「ホリデー快速」のハシリのような存在。
現在では、快速「アクティー」がそれに近いのかなぁ…。

同じ設備で急行「伊豆」も走っていた。
当然、こっちの快速のほうがお得だった

もう少し西へ行って…
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東海道線「富士」駅付近のイメージ。

国鉄時代の雰囲気を再現。
EF58の荷物列車に、20系寝台車。
113系電車は非冷房。身延線の旧型電車…。
貨車のコンテナも当然、黄緑色の国鉄仕様

あぁ、懐カシス

モジュールは、作の「武蔵野の電車区」だ。
背景に富士山を持って来ることで、武蔵野の車庫が静岡の大ヤードに早変わり

最後にチョット北上。
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木曽の森林鉄道をイメージ。
これはHOスケールのナローゲージだ。(1/80 9mm)

ジオラマは「特攻野郎Bチーム」の販売サイト「B-Dash」の商品。
好評に付き、即完売

背景をシンクロさせると、カッチョエェ
ちなみに、背景は奥多摩の「御嶽(みたけ)」駅付近だよん

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…ま、今回もこんなカンジ~~
いかがでしたか?
これらの作品は「特攻野郎Bチーム」サイト上の「ギャラリー」に掲載されているので、ぜひご覧ください。

それではぁ~~

つづき「Part22」はこちらーっ!

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