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2011年5月

2011年5月30日 (月)

Bトレ日記 ~「わったー自慢の ゆいレール」の巻~

めんそ~~~~れっ
ハイサイ

今回はオラの自信作だゾ
(以下の写真たちはクリックで拡大)
01
…どうだい、やっちまっただろう(笑)

泣く子も黙る「沖縄都市モノレール1000系ゆいレール)」だっ
Bトレでこの快挙

実物はこんなカンジだ。
02
詳細はこちらの日記をご覧いただきたい。

いやぁ~、「まほうのみず」(ビールとも言う)のパゥヲーは凄いね。
酔っ払って何気にBトレ眺めてたら、パッとひらめいた。

では、どうやって作った(改造した)かをご紹介しよう

種車はコレだ
03
何と、東京メトロ10000系。俗に言う「副都心線」だよん

一見、全く違うようだが、よく見るとお顔のカーブが似ている…

ってなワケで、車体はそのままで、カンタンに塗り替えて誤魔化したワケなんだな、コレが
本格的な「手抜き改造」だ。

では、車体全体を見てみよう。
04
…ね、そのままでしょ?

側面の行き先字幕なんて、キレイに埋めなくても、フツーの人はそこまで目が行かないから。
それだけ、全体のフォルムにインパクトがあるからだ

手を抜けるところは徹底的に手を抜こう
これが完成への近道

お顔を比較してみよう。
05
…ね、全くそのままでしょ?

改造したところは1ヶ所もナイ。

いったん塗装をIPA(ガソリンの水抜き剤:ホームセンターで売っている)で剥離して、銀色を塗装。
そこにグレーや赤を塗ったのだ。
お顔のパーツはメンド臭かったので、塗装剥離せず、そのまま上から筆塗りした。

メイクが終わったお顔を…
06
赤い帯の上の銀色は、銀色のシールを切って貼っただけ。
今回は、GM(グリーンマックス)のコルゲートシールの端切れを使用。

では、側面と妻板(連結面)を見てみよう。
07
銀色はGMの「アルミシルバー」、赤帯は「西武レッド」、グレーはMr.カラーの「ニュートラルグレー」だ。

屋根は、副都心線のものを、クーラーを切り取って上から薄い紙を貼り、銀色に塗装。
そこに、ボール紙を四角く切り、鉛筆で模様をつけ、薄型クーラーっぽく見せたものを貼った。

いやぁ~、手抜きもイイとこ(笑)

…あ、乗務員室のドア横の「ゆいレール」のマークは、油性マジックでそれとなく書いておいた。
こんなんでイイんだよ。Bトレなんだから(笑)

では、皆さんが気になってる「モノレール」(つまり下回り)部分を
08
ご覧のようにシンプルだ。

車体のプラスティック部分以下は、すべてボール紙を使用。

たまたま、おみやげ(お菓子)の箱がキレイな黒い表面をしていたので、それをそのまま流用。
最初は塗装するつもりでいたのだが、あっけなくカンタンに済んだ。

地方の友達は持っておくべきだね
ありがとう(笑)

赤帯から下が黒いボール紙。
イチバン下のグレー部分は、上からグレーの画用紙を貼った。

さらに、床板部分の企業秘密画像を……(企業ぢゃナイだろ)
09
黄色い矢印の切れ端で、車体と下の部分をつないでいる。
これには黄色いゴム系ボンドを使用。

床板には、少しだけかさ上げするために、ボール紙を1枚貼っておいた。(台車も何も履かないよ~ん)
連結器は、Bトレ付属の標準品をゴム系ボンドで接着。

特に変わったことは何もしていない

これで完成だ
10
イイねぇ~~~

…あ、線路(モノレール)が気になる?
しょうがナイなぁ~~。

ぢゃぁ、こっそり教えて、あ・げ・る
11
KATOの高架橋の橋脚と、たまたま家にあった木の角材(14mm角)を組み合わせたらジャストフィット

なので、角材にグレーの画用紙を巻いて貼り、橋脚の上にそのまま載せてみた。
たったコレだけだ
酔っ払いが作ってるんだから、コレくらいで出来なかったら完成するワケないべ?だべだべ?!

これですべて完成だ

では、背景付けて車両を線路に載せてみよう
12
てーじ、まーさんさぁ~~~♪(とっ~ても美味しいよぉ~)(笑)

手前の花は南国っぽく演出。

だって、本物がこうなんだモン
13
日本最南端の「赤嶺(あかみね)」駅で撮影。
ハイビスカスが「うちなー」(沖縄)っぽい♪

いやぁ~、コレを見ながら飲む、オジィ自慢の「オリオンビール」は、まぁさよ~
アリ、乾杯!!(イーヤーサーサー!)

にふぇーでーびるー(ありがとね~
またん、めんそ~れ

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2011年5月26日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その11:寝台列車で西安へ~

前回「その10:広州・珠江と路地裏を歩く」からのつづきーっ!
「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは日本語読み、カタカナは北京語(普通話)読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月23日(木):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou) →

おはよう

今日は特に早起きの日だ。
8:51発の「第44次特快 西安(シーアン)行き」列車に乗るためだ。

広州と西安の位置関係は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3802
(2016年のグーグルマップより)
南から中央部へ直行よん

6時頃に起床し、6時半にチェックアウト。

…んで、7:10頃には広州駅に着いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1101
(2001年に同行の仲間が撮影)
あれまだ列車の案内が出ていない…

…あっ、8:51発を8:15発と間違えていた

まぁ、早く着いた分には問題ないので良しとしよう(笑)

駅に入り、該当の候車処(待合所)で人民達と待機。
そして8:10頃に改札が開始された。
大群がぞろぞろと列になって、列車のいるホームに向かう。

車内に入る。
我々の席は、7号車9組上・中・下だ。

…そう、硬臥(B寝台)なので3段寝台なのだ。

車内は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1102
(2006年に北京の博物館で撮影)
これは深緑色の“あの”旧型客車「22系」の硬臥車ッス

今回は新型の「25系」なのでもっと近代的だけど、車内の造りはほぼ同じ。

上段はかなり上(網棚よりも少し上)にある。
中国鉄路の車両は天井が高いので、寝台の各段の間にも充分な高さがある。
普通に座っても狭苦しさを全く感じない。

ちなみに、防護用の柵等はナイので、上段に上った時は転落にご注意を
一応、気休め的な縦の帯は張られているが…。

寝台の向かいは、上・中段がおじさんで、下段は母と幼女の2人組だ。

列車が走り出した。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1103
(1996年撮影)
これは香港で撮った列車だけど、イメージ的にはほぼ同じ。

中国の列車は、どっかの「JR」とかいう会社の列車と違って、実に滑らかに動き出す
動き出したのに気が付かないほどだ
かつて「日本」という国にあった「国鉄」と言う所の列車も、滑らかな動き出しだった…。

走り出してしばらくすると、おじさんに話し掛けられた。
そしたら、我々3人が日本人だと気付き、みんなでいろいろ話し掛けて来た。

オラは、「広東語」は少し話せるけど「普通話(北京語ベースの標準語)」は全く話せない。
なので、広州を出たら意思が通じなくなるので、かなり不安だったのだ。

おじさんたちは話し掛けて来る。

おじさん:「中国語は出来るのか」(もちろん普通話で)
オラ:「聴き取れません(出来ません)」(これだけは最初に覚えておいた)
おじさん:「そうかそうか

…しばしの時間。

別のおじさん:「中国語は出来るのか
オラ:「聴き取れません」(さっき言っただろ
おじさん:「そうかそうか、話せないのか

…またしばしの時間。

おばさん:「中国語は出来るの
オラ:「聴き取れませんってば」(さっき言ったぞー
おばさん:「そう、話せないの

これの繰り返し。

おかげで「聴き取れません听不懂:ティンプートン)」だけは、1時間もしないでリアルに学習・習得出来た。
ヘタな語学教室より効果がある

でも、我々も一生懸命会話をしようと努力した。

ガイドブックや日中辞典を見ていたら…

あら、日本人も漢字を使うの」とビックリされた。

中国では意外と知られていない事実のようだ…。

それからは筆談がメインになった。
簡体字を書くのは慣れていなかったが、話すのに比べれば無問題(もうまんたい←広東語)

…楽しいぞ、硬臥車
(軟臥車は4人個室なので静かなもんだ)

途中、検札が来た。
列車長と思われる女史に我々の切符を見せた。

これが表。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1104
(1996年当時の実物を撮影)
日本では懐かしい「硬券」ッス

広州 - 西安」「空調 硬 特快 臥 下」「全価428元」と書かれている。

これが裏。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1105
(1996年当時の実物を撮影)
下部には「広州站市2」と書かれている。

広州駅市内切符売り場2」というような意味だろう。

その上部に、指定列車の日時、寝台番号が書かれたシールが貼られている。
523日 44次列車 8:51発」「空調硬臥 7号車 9番 下段」という意味だ。

女史、この切符を見るなり大声で…

あんたたちこれどこで買ったの!?

えぇぇ~~~~~~っ??

フツーに切符売り場で買ったんですけど…。
何かヤバい

目の前にいたおじさんが詳細を聞いてくれた。
それによると…

アナタたちの切符は「昔の切符」で、今はこの料金ではない」とのことらしい。

そっか、追加料金か…と思ったら、その逆で。

これは外国人料金のだ。今は外国人料金は廃止されたので、人民と同じ料金」と言っているようだ。

…あ、あ、あ、あ、あああぁぁぁぁぁぁ。

女史は再度聞く。

…ホントにどこで買ったの

白雲路の切符売り場だ」と言うと、「そっか、まだ古いのが残っていたんだ」的なことポツリを言う。

そのやり取りを見てたおじさん、間に入ってくれて、
まぁまぁ、彼らも外国人で勝手が判らなかったんだし、料金も不足していないんだし、このままでイイでしょ
的なことを女史に言ってくれた。

それを聞いて女史も「仕方ないわねぇ…。それにしてもお気の毒さま」的なセリフを言って検札を終わらせてくれた。

後で聞いたら、列車の外国人料金は、我々が中国入りするほんの少し前に廃止されたそうだ。
(その分、人民料金も大幅に値上げされたそうで)
それを知らなかったのは痛恨のミス…。

1.5倍くらいの料金を払わされたぁぁぁぁ…。
(まぁ、当時は情報が手に入りにくかったからねぇ~。インターネットなんて無いし)
制度変更の過渡期にはよくあった話しさ。

手痛いイベントが終了し、また元の雰囲気に戻った。

会話が一段落すると、後はみんなゆっくりとくつろぎタイム。
お茶を飲んだり、何かを食べたり、寝たり…の繰り返し。

まぁ、「退屈」っちゃぁ~退屈だ。
大陸なので、景色も大きく変化しないし。

夜になった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1106
(2008年に広州駅(もしくは広州東駅)で撮影)
イメージ的にはこんな感じ。(機関車はもっと昔風に脳内変換してちょ

みんな寝だしたので、我々も寝るか…。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月24日(金):晴れ

→ 西安(せいあん:Xi'an)

朝からひたすら食って寝る。(笑)

…何もすることが無い。

初めての硬臥車の旅。
慣れていないので、少し緊張していたのかもしれない。
(言葉の問題もあるので…

何だかんだで列車は遅れたようで、18時に「西安(シーアン)」駅に到着した。
33時間の列車旅。

あぁ~疲れた…。

列車からホームに降り立った途端に、呼び込みの人に声を掛けられた。
警戒していたら、何とその人は今夜泊ろうとしていた宿「勝利飯店」の人だったのだ。
(ガイドブックで下調べしておいたッス)

なので、早速話しを聞いてみた。

そしたら、「1泊20元(270円)の部屋からある」とのこと。
しかもバスで宿まで送ってくれるそうな。

ガイドブックに書いてあったのと相違無かったので、ここに決めた。
仲間の1人がやたら警戒していたので、一応「工作証(職業&身分の証明書)」を見せてもらう。

駅前に出る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その11・寝台列車で西安へ-1107
(1996年撮影:これは午後だよ)
ご覧のように、駅舎は「古都」のイメージに合うようなデザインになっている。

…にしても、だだっ広い。

人も車も、沿岸部の都会に比べたら、たいぶ少ない。
大陸内部の都市は、これが初めてッス~

お宿のマイクロバスに乗り込む。

一緒に駅から乗った、同じ宿に泊る娘から「あなたは韓国人」と聞かれた。
日本人だよ」と言うと「へぇ~。そうは見えないわ」と言われる。
周りのみんなも「うん。私もそう思った」と言う。

その時は別に気にしていなかったが、この後各地で同じ質問を受けることに…。

…ナゼ!?

ほどなく、無事にお宿に到着。
勝利飯店」は、駅前の道「解放路~和平路」を真っ直ぐ南下し、市街を囲む城壁(和平門)をくぐったすぐ南側にある。

とても解りやすい場所にあるねぇ~。
これは迷わなくて良い

チェックインしたら、「1人35元(470円)の3人部屋が空いている」とのことなので、部屋を見せてもらって決めた。
部屋も広くて申し分ない

風呂は共同浴場を使用する。
…と言っても、垂れ流しのシャワーがたくさんあるだけのタイル貼りの空間だけど。

部屋に入ったら、いきなりさっき駅にいた呼び込みの人が入って来た。
何事だ!?」と思ってかなり警戒していたら、一言。

明日、観光に行かないか

話を聞いてみると、西安には「東線一日遊」と「西線一日遊」という、2大お約束観光コースがあるそうで。
ほとんどの観光客が、このどちらか、または両方に参加するとのこと。(これ事実)

…そっか、これが狙いだったのか。

我々は、超有名な「秦兵馬俑坑」に行きたかったので、「東線」に参加することに。
参加費は1人40元(550円)で、各施設の見学料は別途らしい。

7:30に迎えに来る」とのこと。

申し込んだらさっさと去っていったので、とりあえず外出することに。
近場のレストランで食事を摂って、とりあえず明日に備えて早めに宿に戻る。

…なんか頭痛がするなぁ。

とにかく、寝てしまおう。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その12」はこちらーっ!

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2011年5月23日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その10:広州・珠江と路地裏を歩く~

前回「その9」からのつづきーっ!
その1「香港」その10「広州」その20「ウルムチ」その30「北京」
その40「ウーメオ」その50「ミュンヘン」その60「セルベール」
その70「アテネ」その80「イスタンブール」その90「クアラルンプール」

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは北京語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月22日(水):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日はひたすら寝る、とにかく寝る。

…まるで部屋が病室のようだ。

仲間は初めての中国なので、いろいろ精神的な疲れも出ているんだろう…
長旅は、定期的に「何もしない1日」を作って、心身共に休ませることが重要だ。
これを怠ると、途中で必ずカラダと精神を壊すので要注意

今日は18時半に「東方賓館(とんふぉん ぱんくぅん:トンファン ピンクァン)」で、広州の友人(広州人女性2人。以降FさんとSさん)と待ち合わせている。

Y君は来ないそうだ。
…授業があったんだっけかな
(そう言えば、留学生なんだよね。

夕方になって、出掛ける支度をした。

ここで、またまた広州の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3805
(2001年当時の地図を撮影)
新しい地図なので、1996年当時とは建物や交通機関がだいぶ違うが…

…広州駅
…解放北路
…東風中路
…東山口
…北京路 (繁華街)
…列車の切符の場外売り場 (白雲路)
…天字碼頭 (埠頭)
…珠江沿いの夜景
…中大碼頭
…中山大学 (周囲の緑の枠内すべてが敷地)
…陳家祠 (陳氏書院)
…白天鵞賓館 (ホワイトスワンホテル)

中山大学の正門前(地図のの下)から3人でバスに乗り、東方賓館へ向かう。(地図のの左上)

無事に合流出来た。
1年ぶりッス~~~

今日はY君がいないので、オラがつたない広東語と英語で、仲間2人は少しの英語で会話をする。

5人で相談した結果、珠江沿いのレストラン「広州裕記焼鵞飯店」に行くことに。
(「」はガチョウのこと)

1年ぶりの再会なので、いろいろ話す。
今回の旅行のことを2人に話したら、すごくビックリされた

食後、珠江沿いを散歩することに。

渡し舟で対岸に渡る。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1001
(1996年撮影)
暗いッス

お船の中は真っ暗に見えるが、ホントに真っ暗だ。(笑)
天井に電球が1個付いているだけ。

これでは何も解らナイので、昼間の光景で解説しよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1002
(2008年撮影)
いつも歩いている所にある、いつもの埠頭。(省総碼頭)

ここから対岸に渡し舟が出ている。
すぐ横に橋(解放大橋)があるのだが…。

…で、目の前の水面には…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1003
(2008年撮影)
ご覧のように船乗り場がある。

規模は小さい。

そして、船に乗ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1004
(2008年撮影)
対岸にある埠頭まで運んでくれる。
塹口碼頭:「KONKA」のカンバン下にある紅白の建物)

…たったこれだけの距離だ

でも、意外と需要があるのがフシギだった…。
(チャリ用かな

対岸も遊歩道があり、こちら側から見た夜景のほうがキレイなので、ここで記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1005
(1996年撮影)
美女2人に囲まれて、ご満悦のオラ(笑)

そして、左の美女Fさんは「これから仕事なの…」と言って、出勤して行った。
(バイト(副業)かな

…相変わらず忙しそうだ。

残り4人で、遊歩道上にある店で「たにし」を食べることに。
たにし」は広州名物でもあるのだ。

川沿いにあるお店に入る。
周囲が真っ暗なので、どこまでがお店なのだか判らナイ…
店先の空いている席に座る。
目の前のテーブルすらよく見えナイ暗さ。
まぁ、電球がポツンポツンとあるだけなので、仕方ナイか…
(盗難に注意

すぐにホッカホカの「たにし」がやって来た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1006
(1996年撮影)
おぉ、いぇい

テーブルの真ん中にある黒っぽい山が「たにし」君。

それを「ちぅちぅ」と吸って食べるのだ。
(決してほじくらナイ)
この吸い方にコツがあって、慣れないと食べにくい。

殻のテッペンが切り欠いてあるので、まずはそこを指で押さえて、口に当てて中の身を吸う。
殻の中が真空になった頃、テッペンを押さえていた指を離すと、圧力で身が口の中に「スポッ」と入って来るという技だ

これが上手く出来ると、アナタも広東人の仲間入り

Sさんに笑われながらも、仲間2人は果敢にチャレンジしていた
…あ、オラはフツーに食べられるよん

まぁ、日本でも昔は食べていたそうだからねぇ~。
(ウチのばーちゃんが言っていた)

この後も少し散歩して、23時頃にSさんと別れ、お宿に戻った。

いやぁ~、楽しかった
広州を満喫したぞ

さぁ、いよいよ明日は「西安」に移動だっ

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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 おまけ

広州の街の光景は、意外と日本人には知られていない。
観光ではなく、仕事(出張や転勤等)で来る人が多いせいかもしれない…。

かなり魅力的な街並みなので、少しご紹介しよう
(この旅日記の画像補填という意味も含めて

では、スタート

まずは、広州の街並みをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1007
(2001年に同行の仲間が撮影)
だいとかい~~~~っ

ホテルの部屋から撮影。

確か地下鉄「東山口(とんさーんはう:トンシャンコウ)」駅の近くだったと…。(地図の
広州市街でもかなり東寄りだ。

広東地方では、どんな高いビル(200m級)でも工事用の足場はで組まれている。
(香港でもそう)

お次は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1008
(1995年撮影)
のんびり~~~

広州の中心部辺りで、「中山紀念堂」近くの「東風中路」かと思われる。(地図の
この旅の前年(1995年)に訪れた時の光景。

先ほどの美女2人に「何かポーズとりなさいよっ」と言われて、何となく手を動かした時のモノ。
2人とも大笑いで、特にFさんにはバカ受け
写真からでも様子が判るね

Fさんは「チャキチャキの江戸っ娘」のように気持ちのイイ性格をしていた。
多分、広州人の気性って江戸っ子と似ているのかもしれない…。

もう片方のSさんは、知的で「良きお姉さん」という感じ。
この美女2人組、幼なじみだそうで、とても仲良し
確かに、見ていても性格的に相性ピッタリのような感じだった。

この2人とどうやって知り合ったかと言うと、「Sさんのお兄さんがY君と知り合い」という繋がり。

いやぁ~、人間、どこでどう繋がるか判らないね

そして…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1009
(1995年撮影)
中山紀念堂」にて。

後ろの建物が紀念堂だ。

いやぁ~、Fさんにはイイように扱われていた。
(からかわれていた

撮影する直前に、アタマの上に肘をつかれた。
それでみんなが笑ってるというシチュエーションなのだ

しかも、オラのあだ名は「肥仔(ふぇいちゃい)」だった。

日本語で言えば、(親しみを込めて)「おデブちゃん」というニュアンス。
日本では何て呼ばれているの」と聞かれたから、冗談で昔のあだ名「エコロジーでぶ」を言ったら、それに決まってしまった。
(「エコロジーでぶ」もすごいよね…。略して「エコでぶ」(笑)。バイト先の町名「江古田のでぶ」という意味もあった

街中でデッカい声で「ふぇいちゃい」と呼ぶもんだから、みんなが振り返る。
でもそこにいるのは、“超スリム”なオラだけ。
どこにもおデブ様はいらっしゃらない…

…まぁ、そんな良き想ひ出

ハナシが脱線したね、元に戻そう。

市内の主要な道路には、トロリーバスも走っている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1010
(2008年同行の仲間が撮影)
中国では、今でも当たり前に各地でトロバスが走っている。

環境問題に配慮しての政策だ。
静かで排ガス臭くなく、ヒジョーに良い。

だが、1つだけ欠点がある。
それは「前のバスを追い抜けナイ」こと。

前のバスが故障等でストップしてしまうと、後続のバスは全てアウト。
特に、多系統が通る幹線ではなおさらだ。

今では、架線がナイ区間も走れる、急速充電式のトロバスも登場している。
(北京の「王府井(ワンフーチン)」等)

日本も、もっと普及させればイイのに…。

さて、街中ではこんな光景もよく見かける。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1011
(2008年撮影)(2008年同行の仲間が撮影)
ファイトーーーーいっぱぁ~~~~つ

かなり重い荷物を引っ張る重労働だ。
表情も、つらそうな感じだ…。

でもカッコイイ

街では缶詰や飲料・ビール等を運んでいる人が多い。

加油(がんばれ

面白い乗り物をハッケーン
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1012
(2008年撮影)
2人乗りの自転車。

だけど、お子様同乗用なので、前の座席にはペダルはナイ。

…これのほうが、日本のより安全ぢゃなくね

ここからは街の光景を…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1013
(2008年撮影)
夕方の光景。

海珠広場」の脇だったはず。(地図の右上)

右側には日用品・雑貨系の問屋がたくさんある、楽しい場所だ
上野の「アメ横」みたいな感じ。

さぁ、ここからが見どころっ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1014
(2008年撮影)
だうんたうーーーーーーん

解放大橋」横の「一徳路」の北側にある細い路地。(地図のの左上)
石室聖心大聖堂」からそのまま西に進むと、ここにたどり着ける。

おそらく昔から変わっていないであろう光景だ
この「猥雑さ」「混沌さ」が大好き

進んでみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1015
(2008年同行の仲間が撮影)
イイねぇ~

シヴ過ぎるっ
出来ることならば、住んでみたい(笑)

さらに進むと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1016
(2008年撮影)
たまんねッス

ここは路地の出口付近で、「海珠南路」の所。
出口側から振り返って撮影。
奥が教会方面。

正面の壁には「売麻街(まーいまぁかーい:マイマーチエ)」と書いてあるねぇ…

このすぐ近くの海珠南路の道に面している建物「海珠市場」に、模型等を扱っている店舗(問屋)があった。
少しだけど、鉄道模型も置いてあってビックリ
(この当時は中国型車両の製品はまだなかったので、欧州の車両がほとんどだった)

この付近だったか、ぷりちーな店員さんがいた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1017
(2008年撮影)
にゃーーーーーーん

お店番だろうか
お客が来るのをジ~ッと待っていた。

この界隈の光景をもう少し。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1018
(2008年同行の仲間が撮影)
…シヴい

海珠南路(だと思う)の道沿いにある市場のビルから、裏を眺めたところ。

同じく…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1019
(2008年撮影)
キョーーーーレツっ

このようなレトロな景色が見たくて、ちうごくに通っているようなものだ
(上海のような近代的な景色には興味がナイ)

あと、広州一の観光名所をば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1020
(2008年撮影)
ちんちゃんちーーーーーっ

陳家祠(ちゃんかーちー:チェンチャーツー)」と言い、別名は「陳氏書院」。(地図の

陳さん」の総本家的な家だそうで、読んで字のごとく、「陳家の祠(ほこら)」だ
国家も認めた博物館になっている。

我々は解りやすく「チンチャンチー」と呼んでいた。

…そう、「陳ちゃん家(ち)」

敷地の中は…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1021
(2008年撮影)
これぞ、ちうごくっ

このように、昔ながらの色鮮やかな建物が建っている。
ものすごく趣のある所なので、ぜひ訪れていただきたい。
地下鉄「陳家祠」駅の目の前ッス

最後に…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1022
(2008年に同行の仲間が撮影)
ちかてつぅ~~~~

広州の地下鉄で、これはレモンイエローがラインカラーの「1号線」。
(地図のを走る赤い線
東京メトロ南北線のように、全面ガラスのホームドア完備なので、車両は撮影出来ず…。

車体は黄色で、赤の細いラインが1本。
車内は香港の地下鉄に似ている……けど、全体的に何かアカ抜けないデザインに仕上がっている。

駅名のアップをば。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その10・広州・珠江と路地裏を歩く-1023
(2008年撮影)
こうえんまえーーーーっ

公園前(こんゆんちん:コンユァンチェン)」駅と言い、広州一の繁華街「北京路」の最寄り駅。
朝夕は結構混雑する。
この地下鉄が出来る前は、ポンコツバスしか走っていなかったので、いかに道路の渋滞が激しかったか…
(チャリ通勤の人も多かったので、車道が1車線分チャリ用に開けられていた道もあった)

広州はこんな感じっす~~~ぅ

楽しい街だよん

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さぁ、次回はシルクロードの出発点「西安」へGo

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その11」はこちらーっ!

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2011年5月19日 (木)

旅日記 ~「小さくてフシギな旅:川越」2010~

今回は「小江戸」こと埼玉県の「川越(かわごえ)」のハナシでも…

川越は、西武新宿線ユーザーにとっては、終点まで乗ってればサルでもたどり着く、ヒジョーにカンタンに行ける観光地だ。
なので、たま~に「電車でも乗りたいなぁ…」と思ったら、フラッと駅に行き電車を待つ。
大抵の行き先は「拝島」「秩父」「川越」の順だ。

さて、最寄り駅から各停に乗り、「上石神井(かみしゃくじい)」で急行に乗り換え。

…お、急行が来た。
201
Yes!! 残り少ない301系

これは楽しい旅になるぞ

…それにしても、横の車庫、黄色いのばっか。このご時世に。
わずかに30000系が、お顔半分覗かせているが。
なんか、ひと昔前の光景だね

…んで、急行到着。
202
ほぉ~、トップナンバー編成か。

でも、この写真のイチバン手前に写っている「モハ302」と隣の「モハ301」は、モーターの音がいただけない。
新型の、「キーン」という不快な音を響かせるヤツだ。

なので、迷わず同じ編成内の前にある「モハ301-1」「モハ301-2」のどちらかに乗り込もう。
こっちは古いモーターで、キレイな和音を奏でてくれる

やがて電車は終点「本川越(ほんかわごえ)」に到着。
203
先頭はクモハの2両編成だ。

もう引退間近なので、撮っておいた。
(今は一部が池袋線に異動になって、かなり見れなくなってしまった…)

お顔のアップ。
204
個人的にはパンタグラフ付きの車両が先頭に立っている姿が好きなのだが、証拠写真としては、このように中間に入っている姿も良いね。

2連だけ撮ってみた。
205
カ~ッチョエェ~

改札側からも撮ってみた。
206
こんな光景もあと少し…。

数十年も君臨してきた101系にも、いよいよ終焉の時が来たか。

さて、せっかく川越まで来たのだから、街に出よう
改札を出て、観光スポットに向かう。

本川越駅前の道をまっすぐ北上するだけなので、誰でも迷わず行ける。

川越は、大昔「小江戸(こえど)」とも呼ばれた、この地方の一大拠点だった。
なので、街のあちこちに江戸時代からと思われる古い建物が残っている。
街自体もヒジョーに歴史があるので、その他の建物にも趣がある。

…お、なんかハッケーン
207
…こ、こりゎ

ばぶるすたぁ~んあ~~~」という有名な歌に併せて、マッチョなオッサン(大物俳優)達がマッパにタオル1枚で出ていた、“あの”CMのだ。 

今でいう「家庭用ジェットバス」のハシリの製品。
だが、いろいろ良からぬ問題があって倒産
一大ニュースにもなった「お騒がせ製品」だった。

ギガント懐カシス
まだカンバンが残っていたとゎ…

何気に、右下のちうか屋の昔と今を.ドッキングというカンバンも気になる

さらに歩いていると、交差点に出た。
208
古い洋品(紳士服)店だ。

だが待て。店の名前が…
洋服はスメル」…って。

あ~た、「スメル」は英語で「臭い」よ

洋服は臭い」って…

あ~、川越って、ス・テ・キ

…それにしてもコーナー部の黄色いシマシマのコンクリート壁が物々しい。
そんなに激しく車が突っ込んでくるのか?
まぁ、埼玉だからあり得るか。(笑)

あれ、何かヘンなバスが来た。
209
西武バスのようで西武バスではナイ。

パクリか?
行き先は「学校法人 星野学園」になってるしぃ。

側面に書いてあるバス会社名を見てみた。
210
西武総合企画」……何だかアヤシゲな名前。

まぁ、西武バス系列の会社であることは間違いナイだろうが、「総合企画」なんて、何やってる会社だか判りゃしない。

さて、先に進もう。
婦人服屋さんがあるね。

…ん?待てよ。
211_2
おぉ、いぇい

ふくよかな熟女」向けのマネキンがあるとゎ…

初めて見た。
やっぱ、お客様の需要には応えないとね

さすが、川越。パネェ

…お、観光エリアに入ったぞ。
212
黒いネコ宅配便屋さん。

パッと見、判りにくいが、景観に配慮してこうなっている。
全国各地の観光地でもこういった姿が見れるよね

ココにちょんまげ姿の武士商人がいても、何の違和感もナイだろう。
カ~ッチョエェ~

つづいて…
213
こちらは郵便局

成田山や伊勢神宮にも似た感じのがあった。
川越は「蔵の町」なので、蔵造り風の建物になっている。

中心地に着いた。
214
まんま、江戸時代だね

ココは「時の鐘」(ときのかね)という、鐘楼があるところ。
新宿からわずか1時間でこんな景色が見れるんだぜすごくね?

右端の理髪店、「銀巴里」(ぎんパリ)という名前がナイス
(たしか銀座にもあったような…)

周辺を散策してみた。
215
これはリアルに昔ながらの商店だ。

素晴らしい」以外の言葉はナイ

ちょっと大正チックな建物ハッケーン
216
埼玉りそな銀行」の建物だ。

これもカッチョエェのぉ~

さて、最後に昔から気になっていた店があったので行ってみた。
217
すでに閉店してしまっていた…。orz

この店、カンバンにデカデカと「ないものはない」と書いてあった。
雑貨(日用品)屋さんだったのかな?

無いものは無い

…どっちの意味だろう?

1.「ウチで扱っていない商品なんて無いくらい、品数豊富だぞ
2.「ウチの店中どんなに探したって、見つからなかったら在庫が無いんだから、存在しないんだよ

…う~ん、昔から気になっていた。(笑)

2階の窓上にも、右から「ナイモノハナイ」(イナハノモイナ)と書かれていた。
その痕跡がかすかに見えるね

他にも、このすぐそばに江戸時代風の外観のコンビニとかあったのだが、すでに無くなっていた。
あれも写真に撮っておきたかった…orz

…ま、こんなカンジで気軽に川越を楽しんで来た。

都心からは西武・東武鉄道で手軽にいけるので(JRは高くて遅い)、休日に「へにょれ~」と出掛けてみては?
通勤圏だが、いろんな発見がある

お子さんがいる方なら、

「行きは西武特急レッドアロー、帰りは東武東上線のTJライナーで」

または…

「行きはレッドアローで、帰りはJR埼京線新幹線と併走を見せてあげる」

という、安上がりかつ、キッズ大興奮の日帰り電車旅も出来ますよん
地ビールや地酒、スイーツ(さつま芋が名産)もあるしぃ 

では~~

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2011年5月16日 (月)

ジオラマ日記 ~「The 花見」の巻~

今回ご紹介するワンジオ「The 花見」は、「特攻野郎Bチーム」の販売チーム「B-Dash」で販売したもの。
(すべての写真はクリックすると拡大します)
501
我々Bチームで「ワンジオ(ワンショット・ジオラマ)」と呼んでいる、小形のジオラマだ。
小さなスペースに、いかに「それらしく」エッセンスを凝縮して再現するかが、腕の見せ所。
カンタンな様でいて、案外難しい…(プランを決めるまでが難しく、制作自体はカンタンだ)

このワンジオは、小さくて正方形のケースを使用した。
ベースのサイズは84mm×84mm
B-Dash」で販売している「ワンジオキット・キューブ」と同じサイズだ。

イメージしたのは、「春の高原の線路沿い」の光景。
全国的に花見のシーズンも終わったので、ちょうどイイべぇ~

では、詳細を見てみよう…
502
まずは、正面側から。
線路端にある桜の大木の下で盛り上る人々のイメージ。
この作品は「人形の配置にこだわった」逸品だ

では、全部の方向から見てみよう
503
正面右裏側から見た光景。

線路・バラストは、透明ゴムボンドで接着。
ワンジオキットの中に入っている説明書と同じ作り方だ。
この方法だと、2時間もあればかなり固着する。

柵はKATO製品、木はウッドランド(KATO)のHOゲージ用。
桜のピンクスポンジは、当時は白色のを塗料で染めて使用。
今では十数年ぶりに桜色のスポンジが市販されている

ブルーシートは、青い画用紙を切ったもの。
ダイソーで売ってるようなフツーの紙だ。

さて、人々の様子を見て行こう

ブルーシート上の手前には、酔っ払って寝ているオニイチャンが。
シートの奥には、座ってハナシに花が咲いているオバサン2人とオジサン1人。

残りの元気な若者は、キャッチボールっぽいゲームを…

では真後ろ側から…
504
赤いテーブルが印象的。

これはドイツ製のN用ストラクチャーだ。
横には茶色いスーツケース1個と白いコンビニ袋が2つ。

コンビニ袋は、ティッシュを丸めて置いただけのもの。
案外それっぽく見えるでしょ

次に、ゲーム中の若者達を。
505
奥に女性、手前に男性。

で、脇でそれを見ている男性がもう1人。
彼の仁王立ちっぷりが、ス・テ・キ

アングルを変えて見てみよう。
506
草木の部分は、緑色のスポンジを使用。
あとは春なので、黄色い砂で「菜の花」っぽく演出。

キハ」がイイ脇役を演じているね
この作品では、車両はあくまでも「脇役」さっ
車両(キハ)はこちらの日記を参照あれ。

…で、ピントを奥に合わせると…
507
男性の立ち位置はこんな具合さ

キハの車体がタラコクチビルのように屋根板からハミ出しているが、気にしないよーに。
数十年も前から、製品自体がこのような仕様なのだ。

まぁ、こんなカンジで気合入れて短時間で制作した。
そのおかげか、販売後、即効売れた
ありがとうございました

やっぱ、背景付けて撮るとカッコイイべなぁ~~~♪♪

カンタンだから、みんなも作ってみれ

似たカンジの作品はこちらをクリック

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2011年5月12日 (木)

ジオラマ日記 ~「餘部鉄橋」の巻~

今回ご紹介するワンジオ「餘部鉄橋」も、「特攻野郎Bチーム」の展示会用に作って、Bチームのホームページに掲載したもの。
801
我々Bチームで「ワンジオ(ワンショット・ジオラマ)」と呼んでいる、小形のジオラマだ。
小さなスペースに、いかに「それらしく」エッセンスを凝縮して再現するかが、腕の見せ所。
カンタンな様でいて、案外難しい…(プランを決めるまでが難しく、制作自体はカンタンだ)

このワンジオは、ミョーに縦に長いケースを使用した。
ベースのサイズは80mm×80mm。ジオラマ自体の高さは148mm。

イメージしたのは、国鉄山陰本線の「餘部(あまるべ)」駅の横にある、有名な鉄橋の景色。
JR西日本」ではなく、あくまでも「国鉄」だ。
実物は、先日新しいコンクリート橋に架け替えられてしまって、現存していない。

ココは小さい頃に一度通ったかどうか…?という程度。
ハッキリと「訪れた」という記憶はナイ。

では、フタをはずして見てみよう…
802
まずは、正面側を。
草木の中から橋脚がニョッキリと生えていて、鉄橋を支えているイメージ。
餘部鉄橋の中でも、はじっこの光景だ。

では、全部の方向から見てみよう
803
正面右側の、客車のお顔側から見た光景。

では後ろ側を…
804
こちら側も似たようなものだ。

次に、左側からみた光景を。
805
こちらも特に特徴はナイ…。

…これで一周見て回った。
はい、おしまい

…ってなワケにはいかないよね。さすがに。(笑)

では、細部の解説を。
806
組み立てる前に撮っておいた。
…最初からブログに載せる気満々やん。

線路はKATOの鉄橋を切って使用。
車両はBトレの「スハフ42」をそのまま組み立てたもの。
線路にゴム系ボンドで接着してある。

ケースのベース(左側)には茶色いパウダーを撒いておいた。
真ん中のグレーの板は、橋脚付属のベース板。
緑のスポンジで、草を植えておいた。

これらを、ベースの上にゴム系ボンドで接着していっただけの、お手軽作品だ

…んで、肝心の橋脚は…
807
KATO(HELJAN:ヘルヤン)の鉄塔を切って、下半分を使用。
それをGMカラーの「西武ラズベリー」で塗装。

そうそう、あと鉄橋の加工があった。
808
鉄橋をカットしたので、そのままではカッコ悪い切り口が見えてしまう。

なので、キレイにお化粧してあげた。
俗に言う「ハゲ隠し」だ

黄色い矢印の部分に、西武ラズベリーに塗ったボール紙を貼った。
鉄橋下部(写真では真ん中の矢印)の紙は、橋脚の受け止め用だ。

この作品は下から眺める機会も多いので、手を抜かずに全部塗ったッス

…で、これを実際の目線(撮影アングル)で撮ると…
809
ホントはもっと下からなのだが、まぁ、写真的にはこれくらいだろう。
背後の山の中腹から望遠で撮った」という風に脳内変換していただきたい

ちなみに、車両はあえて旧型客車、それも青色にした。
茶色だと鉄橋の色とカブるのでね。色彩的に美しくない。
青いほうが見栄えもイイし、国鉄後期のイメージが出る。
これを引っ張っているのは「でーでー」こと「DD51」。

昔は京都駅始発の長距離鈍行もあったのだが…。

…んで、さらに実景を後ろにリンクさせてみると…
810
カッコイイべぇ~

超リアルだなや
…っても、コレ、実は江ノ電の「鎌倉高校前」駅あたりの景色なんだよね~。

それにしては、グーゼンにも似合ってるべ。
やっぱ、何でも撮っておくもんだなや

…ま、手軽に作れるので、みなさんもお試しあれ

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2011年5月 9日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その9:広州・街歩きと苦難の切符購入~

前回「その8」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは北京語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月19日(日):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日もまどろみの中を、Y君の「いつまで寝てんだーっ」によって起こされる。
時計はもう10時半

確かに…

まずは「海宝」で飲茶。

Y君曰く「明日から宿を移そう」とのこと。
もっと安いお宿を見つけてくれたそうな
なので、近くにあるもう1つの宿に予約しに行った。

そしてゴロゴロし、15時頃に外出。

ここで再度、広州の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3805
(2001年当時の地図を撮影)
新しい地図なので、1996年当時とは建物や交通機関がだいぶ違うが…

…広州駅
…解放北路
…東風中路
…東山口
…北京路 (繁華街)
…列車の切符の場外売り場 (白雲路)
…天字碼頭 (埠頭)
…珠江沿いの夜景
…中大碼頭
…中山大学 (周囲の緑の枠内すべてが敷地)
…陳家祠 (陳氏書院)
…白天鵞賓館 (ホワイトスワンホテル)

中大碼頭から15:30発のお船に乗り、天字碼頭へ。(地図の

そこから珠江沿いの「沿江中路(ゆんこんちょんろう:ヤンチァンチョンルー)」を東(下流)に歩く。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0901
(2008年撮影)
川沿いは、お散歩&デートコースになっている。
(写真は辺りの「沿江西路」)

両替をしようと途中の立派なホテルに入るが、「宿泊者でないと両替出来ない」と断られる。
仕方なしに、そのまま道を進む。

今日は、「白雲路(ぱっくわんろう:パイユンルー)」にある鉄道切符販売所「火車售票処(ふぉちぇー さうぴうちゅー:フォチュォー ショウピァオチュー)」に行くのが目的だ。(地図の

カンタンに言えば「場外馬券売り場」みたいなもの。
駅まで行かなくても、市内で切符を売っているのだ。

ここは中国。
コンピューター(ネット環境)が発達しているワケもなく、指定券はほとんど帳簿を見ながらの手売り状態なのだ。

…まるで昭和30年代並みだね

白雲路に曲がろうとするも、道路工事中で入口を見失い、かなり先まで進んでしまった。
東山湖公園」まで来たことに気付き、道端にあった地図を見て引き返す。
何とか白雲路に入り、切符売り場に到着。(地図の

ここで次の目的地「西安(さいごん:シーアン)」までの列車の時間と値段を調べる。
同時に切符売り場の様子も伺っておいた。

…今日はまだ切符は買わナイよ。

何も準備出来ていないからだ。

このままお宿へ戻るのだが、天字碼頭でお船の時間を見たら少し余裕があったので、北京路に行くことに。(地図のの道)

近くにあった市場で「香腸(ひぇぉんちぇぉん:シャンチャン)」を買う。
(「蝋腸(らっぷちぇぉん)」とも言う)
中国風サラミ(腸詰め)」と言えば解り易いか…。

オラは、「1つちょうだい」という意味で、人差し指を1本立ててオバチャンに微笑んだ。
そしたら、目の前にゴッソリと香腸が…

わぁーーーーーーっ

「1」は「1」でも、「1本」ぢゃなくて「1Kg(1公斤)」だったのねーっ

慌てて「いやいや、半分でイイよっ」と、身振り手振りで叫んだ。
そしたら理解出来たらしく、500gにしてくれた。
お値段は21元(約280円)。

だが、それでも多い。
仕方なしに、そのまま持って帰ることに。

かじってみたら、す~~~~~んごく硬い
味はバツグンなのだが…。

後で聞いたが、これは蒸して食べるそうな。

列車内で「サラミのようにかじるべぇ~」と思っていたのにぃ~ 
(でも買っちまったから、しっかり列車内でかじったさぁ

そんな感じで、メチャクチャ趣のあった市場を後にした。
2011年の今では、あの市場はもう跡形も無くなっているだろう…

お船の時間になったので、埠頭に戻る。(地図の
グーゼン、仲間も同じ船に乗ろうとやって来たので、3人でお宿へ。

Y君は腹痛が治まらないらしく、今日もずっと寝ていたようだが、夕飯は一緒に北京ダックを食べた。
お値段は38元(520円)で、香港の半額だよ
(日本だったら8倍くらいするんぢゃぁ…

まぁ、今日はこんなところかな…。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月20日(月):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日もY君にたたき起こされた。

そしてチェックアウトの準備をする。
11時過ぎ頃に部屋を掃除に来た人によって、半分追い立てられるようにチェックアウトした。
(外国のチェックアウト時間は、正午がほとんど)

…ちうごく人って、自分に関係する事だと時間にウルサイんだよなぁ~。
(「5分前行動」ならぬ、「30分前行動」が基本らしい。この後も追い立てられるケース多し)

そして、大学内の西門の近くにある「中山大学酒店 管理培訓中心」まで歩き、「標準3人部屋」という部屋にチェックイン。(地図のの左)
5階の部屋に入る。
エレベーターはある訳がナイので、階段をヒ~コラ登ったッス…

眺めはヒジョーに良い。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0902
(1996年撮影)
おぉ、いぇい

この見える一面が大学構内だよ
(…と言っても、住宅等との敷地の境が明確ではナイので、詳細は良く解らん…

クーラーなし・シャワー付きで、1人当たり1泊35元(470円)。

メッチャ安いっ

浴室は、トイレと一緒になっていてヒジョーに広い。
日本だったら、この浴室だけでシングルルームが1部屋出来そうなイキオイ(笑)

あまりに広過ぎて、トイレが落ち着かナイ…

ドアを開けると、窓際にいた蚊の大群が一斉にオラを目指して飛んで来るっ
これさえ気を付ければ、実に快適なお宿なのだ
蚊は飢えているせいか、難なく退治出来るので、モウマンタ~イ(無問題)

荷物を置き、1階のレストランで食事。

その後、Y君は学生寮に戻り(また休息)、我々は街中へ行くことに。

いつもどおりにお船に乗り、天字碼頭へ。(地図の

珠江沿いを上流に歩き、近くの「海珠広場」横のホテル(中国銀行)で両替。

珠江沿いを軽くお散歩。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0903
(2008年撮影)
広州は暑いけど、ココは涼しぃ~~~ん(地図の

その後、また北京路に行き、百貨公司(デパートね)へ。
1時間フリーにして、ゆっくり見物。

今後の列車移動中の「まったりタイム」用に、茶葉を買った。
(列車内は、お湯はいくらでももらえるのだ

仲間と合流後、昨日の市場をまた見物。
今度はゆっくりと、説明しながら歩き回った。
2人も興味津々のようだ

そして、行きと同じルートで、お船で宿に戻った。(地図の

学生寮に行って、Y君の部屋を覗いてみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0904
(1996年撮影)
…暑くて狭い。

クーラーがナイので、扇風機と蚊帳で夜を過ごすっぽい。
この部屋は2人用だね。

その後、「近所にある」という旅行社を探しに、大学構内の外へ出る。
そこで切符を取れば楽だよ」とY君が言っていたので。

…も、探したけど見つからなかった。

なので、仕方なくお宿に戻り、あの硬い香腸をかじりながらゴロゴロ。
さて、寝るか。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月21日(火):晴れ

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日はヘンな電話で起こされた。
A503(号室)がどうのこうの…」と。

関係なさそうだったので、そのまま放置。

その後、すぐベッドメイキングの人がやって来た。
まだ8:40頃だ。

…ここの朝は早い。
(…っていうか、中国の朝はどこも早い)

仕方ナイので部屋を出て、海宝で飲茶

そして、昨日に続いて近所の旅行社を探すも、やはり見つからず…。

もうこうなったら…」と、バスで広州駅に行く。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0905
(2001年に同行の仲間が撮影)
…も、大混雑で切符を買うどころではナイ。

明治神宮川崎大師並みの行列だ。
今日中に切符が買えるのだろうか…

なので、白雲路の場外切符売り場に移動し、そこの行列に並ぶ。(地図の
ここなら何とかなりそうだ…。

…も、正午になったら、一斉に窓口のカーテンが閉められた
係員が昼食を摂るためだ。

アイヤーーーーーーっ

並んでいる人民の「アイヤー」の合唱の中、人民達はビッチリくっついて並んだまま、1時間以上そのまま待機。
(隙間が少しでもあると割り込みされるため)

我々もその中に埋もれたまま待機。
途中、ダフ屋に何回か声を掛けられるも無視。

そしたら、仲間の1人がダフ屋に紙切れを見せた。
我々が予約をしようとしてた列車の候補を、いくつか書いたものだ。

すると、彼はダフ屋に連れられて、行列のイチバン前に行かされた。
すぐに我々も呼ばれた。

何だろう」と思って列を抜けて前に行くと、ダフ屋曰く「お前達は外国人だから一番前で買え」とのこと。
周りから文句が出るが、「こいつらは外国人」と言うと、みんな黙ってしまった。

恐るべし、外国人パワー…。

13時過ぎ、満腹&昼寝後でヤル気のナイ係員達が窓口に着き、カーテンが上がる。

そこでダフ屋が仕切って、広州発西安行きの寝台を3人分取ってくれた。
5月23日8:51発 第44次特快 硬臥(日本で言うとB寝台)。

料金を払い、無事に入手したら、ダフ屋に建物の入口に連れて行かれた。
そしてダフ屋が一言。

手数料をくれ」。

モタモタしていたら「公安に見つかるとヤバいから、さっさと払え」と言われた。

声は小さかったが語気は強い。

3人分として、合計で100元も持って行かれた。

ちょっと想定外の出費だったが、あの状況を考えたら、ろくに中国語も喋れナイ外国人が「硬臥」の切符をおいそれと入手出来る訳がナイ。
プラス100元で買えたのなら、むしろ感謝しなければならないくらいだ
(当時は列車の本数と旅客数の需給バランスが全然取れていなくて、切符の入手は大変困難だったのだ。今で言うプレミアムチケット

この切符、後で思わぬ事実を知るハメに…
(うー、地雷を埋められていたー

その後お宿に戻り、今後のことについて3人で話し合う。
1人だけ旅の方向性の違いにより、軽く討論となる。
(とにかくインドに激安で行くことしか頭にナイ

しばらくして、仲間の片割れとY君と3人で外出。
現地在住の日本人女性と待ち合わせ、海鮮レストランへ。

ヘビのから揚げ等も食べたぞ

白身でアッサリしていて、言われなければ「キス」や「カレイ」等と間違えそうだ。
でも、料理によってはウナギもヘビも輪切りで調理されるので、見れば一発で判る

一緒に食事をした女性、ずっとホテル暮らしをしているそうな。
そのほうが楽だから」だって~

リッチだねぇ~~~。

その後、珠江沿いに散歩しながら夜景を見る。(地図ののエリア)
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その9・広州・街歩きと苦難の切符購入-0906
(1995年撮影)
キレイだけど暗い…

香港の夜景を観て来た後なので、真っ暗に見える。
(電力事情が良くナイので、気軽にライトアップ出来ないのだ)

唯一光って目立っているのが、高級ホテル「白天鵞賓館(ぱっくてぃんんごー ぱんくぅん:パイティェンウー ピンクァン)」(ホワイトスワンホテル)だ。(地図の

23時頃にお宿へ戻り、先日「お母さんが亡くなった」と言っていた広州の友人に連絡を取り、明日会う事にした。

今日も楽しかった~

さて、寝よう。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その10」はこちらーっ!

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2011年5月 5日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その8:広州・街歩き~

前回「その7」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは北京語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

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1996年5月17日(金):くもり

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日は9時半過ぎに、留学生の友達(以降「Y君」)にたたき起こされた。

彼のカゼの具合は、まだ良くナイ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0801
(1996年撮影)
どうだい、このやつれ具合

昨夜、寝る前に撮影。
モザイクが掛かっていても、顔色が悪いのが判るっしょ

10時頃に中山大学(中大)正門近くのレストラン「海宝(ほいぽう:ハイパオ)酒店」で飲茶(やむちゃ:インチャー)をする。(下の地図の下辺り)
4人で合計90元(1170円)ほど。

安い

さすが、本場の飲茶(点心)はまいう~だね
食在広州(せっくちょい くぉんちゃう:シーツァイ クァンチョウ)」という言葉は、まぢで正しい。

その後、中大内の理容室で髪を切ることにした。
カットだけで5元(65円)。

笑っちゃうくらい安い

…が、もみあげと襟足を剃る時に、クリームも何も付けずに(もちろん蒸さずに)力いっぱい剃るのはいただけナイ。
切れるかと思った…。
カミソリも研いでいないらしい。

しかも、仲間のを剃った後、消毒も何もせずに(もちろん布でも拭かずに)オラのモミーを剃り剃りするのもいただけない。
(世界中でエイズが騒がれているのに…

…まぁ、それ以外は問題なかった。

さて、お宿に戻ろう。

広州の友人に連絡を取るが、「お母さんが亡くなった」と聞き、会うのを見合わせた。
TVを観たり、シャワーを浴びたり、洗濯したり、近所の市場で買出ししたり…と、しばしの休息。

そして18時頃、Y君と4人で1階にある学生食堂に行く。

6元で「おかず2品にご飯食べ放題」というシステム。
味は美味いが、広州料理なので、全体的に味付けはアッサリしている。

その後、部屋でワインを飲む。

中国産の「長城葡萄白酒」という白ワインだ。
味もなかなか

この「長城ワイン」は、中国では有名ブランドで、「中国では質が高い方」にランクされる。
(「世界的には」は、聞かないでくれぇ~~~い。

後は、Y君が「茶を習っている」と言っていたので、高級烏龍茶を淹れてもらうことに。
茶器を温めたり、茶葉を洗って蒸らしたり…
少しして、少量のお茶がお上品に差し出された。

うまぁ~い

渋みは全く無く、ほのかな甘みがあって、すごく上品な味。

さて、夜も更けてきたので、今日はもう寝ますか。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月18日(土):くもり

広州(こうしゅう:Guangzhou)

今日は8時頃に起き、食堂で朝食を摂る。

その後Y君はベッドへ。
カゼの具合はまだまだ良くならない。

仲間の1人と午後から街中へ出掛けた。

ここで、広州の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・地図-3805
(2001年当時の地図を撮影)
新しい地図なので、1996年当時とは建物や交通機関がだいぶ違うが…

…広州駅
…解放北路
…東風中路
…東山口
…北京路 (繁華街)
…列車の切符の場外売り場 (白雲路)
…天字碼頭 (埠頭)
…珠江沿いの夜景
…中大碼頭
…中山大学 (周囲の緑の枠内すべてが敷地)
…陳家祠 (陳氏書院)
…白天鵞賓館 (ホワイトスワンホテル)

1996年当時は、地図上の赤い線緑の点線(地下鉄)は全て存在していない。

今はの枠内の下の方にいるッス。
あまりに広過ぎて、どこまでが大学内だか判らぬ…

大学の裏側にある「中大碼頭(ちょんたーい まあたう:チョンター マートウ)」(地図の)から船に乗り、街の中心地「北京路(ぱっきんろう:ペイチンルー)」(地図の)へ行こう
(「碼頭」は「埠頭」の意味)

広州の町の中心には大きな川「珠江(ちゅーこん:チューチァン)」が東西に流れている。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0802
(2008年撮影)
左が下流だよん。

この川は、香港とマカオの間にある「珠海(ちゅーほい:チューハイ)」へと続いている。

ちなみに、目の前の橋は「海珠大橋(ほいちゅー たーいきう:ハイチュー ターチャオ)」と言う。(地図のの左)
何となく東京の「勝鬨橋(かちどきばし)」に似ているね。
多分、こちらのほうがアニキ分だ

の~んびりと、お船に乗る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0803
(2008年撮影)
イイ眺めぇ~~~~ん

毎時30分発で、8角(10円。10角で1元)という安さ
広州の街もゆっくり眺められ、ちょうど良い遊覧船といった感じだ

15~20分ほどだろうか、船は北京南路にある「天字碼頭(てぃんちー まあたう:ティェンツー マートウ)」に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0804
(2008年撮影)
川沿いの埠頭ッス

上の写真は、天字碼頭の少し上流(解放大橋のたもと)にある、対岸との渡し舟用の埠頭で「省総碼頭(さーんちょん まあたう:シェンツォン マートウ)」と言う。(地図の
天字碼頭はもっと大きい施設だ。
…でも、イメージはこんな感じであまり変わらない。
2011年の現在は、どエラく立派(派手)になってしまったが…

下船して、繁華街を歩き始める。
天字碼頭から真っ直ぐ北に伸びている道が繁華街の北京路(北京南路)なので、そのまま北上していくことに。

今日の目的は、「中国国鉄の時刻表を手に入れる」ことだ。

…が、本屋に入って探すも、どこにも売っていない。
路上の売店にもナイ。

…日本とは事情が違うようだ。

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外国では、時刻表を買う一般人なんて、まずいないのだ。

1日数本しか列車が走らなくて、時間に不正確な所も多いので、時刻表は要らない。
欧州では本数が多いので、すぐ来た列車に乗り込む習慣がある。
日本人だけが「●時●分に到着して、乗り換えが5分で…」とか、分単位でセコセコ動いている。

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仕方なく広州駅(地図の)まで歩いて行くことに。

街に地下鉄はなく(工事中)、大混雑のポンコツバスのみしか走っていない。
しかも、朝夕は大渋滞で、橋を渡るだけで数十分掛かる場合もある。
チャリンコがあれば便利なんだけどねぇ~。 
(独特のルールがあるらしいが)

北京南路(ぱっきん なーむろう:ペイチン ナンルー)」→「北京路」→「東風中路(とんふぉん ちょんろう:トンフォン チョンルー)」→「解放北路(かーいふぉん ぱっろう:チエファン ペイルー)」と進んで行く。

結構な距離だ…
(後で調べたら、6Kmくらいあった)

北京南路は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0805
(2008年に同行の仲間が撮影)
緑がいっぱい

広州の街は、大抵の道には大きな樹が茂っていて、都会なのに落ち着いた雰囲気だ。
日除け・台風避け・空気浄化の効果もある。

この写真(上と、下の2枚)は、おそらく1本西側の「広州起叉路」だと思う。
でも、雰囲気は一緒ッス~

道路にはこのような光景がよく見られる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0806
(2008年に同行の仲間が撮影)
イッパァーーーーーーーッツ

大きな荷物を運んでいる工員達。
この辺は、衣類・金物類を扱っている店(問屋)と町工場が多い。

チャリ軍団は、昔ながらのデフォルトの光景だ

大通りの脇には、こんな光景も良く見られる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0807
(2008年に同行の仲間が撮影)
もっしゃもしゃ

やはり樹がたくさん植えられ、イイ雰囲気だ
…ただし、音はやかましいけど。

ちょっと中心部へ近付いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0808
(2008年に同行の仲間が撮影)
レトロ~~~~~ぅ

昔ながらの、広東地方でよく見かける建物だ。
香港やマカオも、昔はこんな感じだった…。

この建物に、白熱電球の組み合わせが一般的。
なので、夜景は魅力的だ。

蛍光灯はまだまだ少なく、ほとんど見かけナイ。
たま~に白い蛍光灯の光を見つけると、店のじいちゃんが「ウチは蛍光灯だぜ~ぃ」と自慢して来る

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 おまけ 

2008年に再訪した時に、この北京南路にあるチョット気になる横道に入ってみた。

右に何やら古い門があるねぇ…。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0809
(2008年撮影)
路地の名前が書いてあるね。

この道は「高第街(こうたいかーい:カオティーチエ)」と言うそうな。

気になる雰囲気

早速入ってみよう
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0810
(2008年撮影)
おぉ、いぇい

この路地は、端から端まで全て卸売り問屋の店舗がびっしりと並んでいる。
一部の店は、小売りもしているようだ。

この雰囲気、かなり気に入った
ぐるっと歩いてしまった…。

いやぁ~、楽しい寄り道だった

では、また元の「北京南路」に戻ろう。

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ここで振り返ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0811
(2008年撮影)
奥が、今歩いて来た道。

左奥側が珠江だ。
(写真が新しいのでマンションがあるけど、この1996年には当然ナイよん

上の「おまけ」の、高第街の門は真ん中にある。

すぐに、大きな交差点に出た。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0812
(2008年撮影)
人が増えてきたぞ

ここから奥は「大南路(たーいなむろう:ターナンルー)」と言う道で、北京南路は左側に走っている。
この交差点から右側は、我々が歩いて来た道は「北京路」と名を変える。

この辺からは繁華街になる。
ファッション関連の店等が立ち並ぶ、広州の中心地だ。

例えて言うなら、「超庶民的な表参道」といった雰囲気か。
…どちらかと言えば「浅草」や「上野」のような感じ…かな
2011年の現在では、もっと近代的で日本と変わらナイ光景だけどね~)

すぐに小さな交差点に出た。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0813
(2008年撮影)
この道は、多分「惠福東路(わいふぉっく とんろう:フェイフー トンルー)」だろう。

ここからはショッピングストリートになる。(地図ののエリア)

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1996年当時の写真がナイので、2008年に再訪した時のモノをご覧いただこう。
あまりに近代化され過ぎて、当時の雰囲気はほとんど残っていないが…

北京路をさらに進むと…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0814
(2008年撮影)
コレは現在の北京路の姿。

中山四路(ちょんさーん せいろう:チョンシャン スールー)」(&五路)との交差点(地下鉄「公園前」駅)あたりから見た光景。(地図のの上)
もちろん、1996年にはこんなおされなショッピング街は存在していなかった。

この辺は「渋谷」「新宿」といった雰囲気。
最新のファッションや電子機器も手に入る。

悪質な客引きも多いので要注意。

広州には昔の雰囲気を残しつつ、現代風にアレンジした商店も多く存在する。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0815
(2006年撮影)
まぁ、こんな感じだ。

これは「下九路(はーかうろう:シアチウルー)」だ。(地図の右上)

道全体がテーマパークっぽくもある。

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さて、北京路を抜けて左に曲がり、だだっ広い「東風中路」を少し歩く。(地図の

…まぁとにかく、ちうごくの道幅は広い。

有事の際には滑走路にもなる」と言われても、あながちウソとは思えない…

大きな道どうしの交差点を右折し、「解放北路」に入る。(地図の

広大な公園「中山紀念堂(ちょんさーん けいにむとん:)」(地図の)と「越秀公園(ゆっさう こんゆん)」(地図のの右)の脇をひたすら歩く。

余談だが、中国語では「記念」と書かずに「念」と書く。
そして、さっきから頻繁に登場している「中山」は、かの有名な「孫文」の号で、中国では「孫 中山(そん ちょんさーん:ソン チョンシャン)」と呼ばれている。
中山」の号は、日本亡命中に、日比谷公園付近に住んでいた「中山さん」から取ったそうな。

解放北路は、こんな感じ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0816
(2007年撮影)
左が広州駅方面で、奥の森は越秀公園

もうこの辺は商店も少なく、町工場と雑貨屋とボロ社宅等がある地域だ。

振り返って撮影してみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0817
(2007年撮影)
右奥が珠江方面。

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余談だが、この写真を撮った地点の右側は、昔はフツーの建物が建っていた。
それが、改築工事の時に、何と昔の王様の墓が出て来てしまった

すぐに国家により管理・発掘され、今では「西漢南越王墓博物館」となって開放されている。(地図のの左)
国家級の施設なので、警備員は軍人だ。

1996年当時はまだ静かな地域だったような…。

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歩くこと2時間は掛かったろうか…。

やっとこさ広州駅に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その8・広州・街歩き-0818
(2001年に同行の仲間が撮影)
…つ、疲れた。

さぁ、時刻表を探そう

…も、時刻表を売っている場所が判らナイ。

駅の中に入るには、切符を持っていないとダメだし、売っているとも限らナイ。
周りの人に聞いても、皆がまるで違う方向を指差す。

しょうがナイので、自分のカンを頼りに駅舎の出口付近に行くと、近くの売店で売っているのをハッケーーーンッ

迷わず購入
1冊は8元。(110円)

この小さな本が、この先重要な役割を果たしてくれるのだ

これで、今日の目的は達成
さぁ、お宿に戻ろう。

さすがに歩き疲れたので、帰りはバスに乗ることに。

人でごった返している駅前から、始発のオンボロバス(552番)に乗る。
始発だから座れるのでラクだ

バスは街中を抜け、珠江を渡り、街外れを走る。
かなり長い時間乗り、「中大正門」で下車した。(地図のエリアの下)

中大の対面にある市場で「亀令膏(くゎいりんこう:クイリンカオ)」(亀ゼリー)を買い、宿に戻る。

そして、3人で1階の学生食堂で夕食を摂ろうと列に並んだが、食堂のオニイサンに「オマエ達は学生じゃないからダメだ!」と言われる。

…そっか、今はY君がいない。

オニイサンは「留学生」と書かれた看板を指差しながら…

オマエたちは留学生か」と北京語で聞いてくる。

仕方なしに、広東語で「いいえ」と答えると、オニイサンは「やっぱり違うだろ」と語気も荒く答える。
我々3人でシュンとなっていたら、オニイサンの横にいたオバサンが「今回だけよ」という感じでオニイサンを説得してくれて、何とか食事を出してもらうことが出来た。

ありがとう……  優しい

後でY君にこのことを話したら、「何だよ、食堂のヤツらもケチ臭せぇなぁ…」と一蹴。
ちうごくは、このくらい逞しくないと生活していけナイ。

しばらくして、「お口直しに…」という訳ではナイが、外の屋台に4人で夜食を食べに行った。

まぁ、今夜もこんな感じで寝るとするか…。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

つづき「その9」はこちらーっ!

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2011年5月 2日 (月)

ジオラマ日記 ~「展示会が終わったゾ★」の巻~

1日に「特攻野郎Bチーム」の展示会が終わった。
今回は、雑誌取材等で準備にバタバタしていたので、ゆっくりと日記を書いている余裕が無かった…。
なので、今回までサラッと。

展示会に出ていた新しい西武線ジオラマたち
(画像はクリックで拡大)

まずは…
101
言わずと知れた西武池袋線「池袋(いけぶくろ)」駅手前の、JRとの立体交差部。

特に、右下の道路周りがかなりリアル
1年以上、この道をチャリで通勤していたので、良く判りまっす
角っちょに警官も立っています
Nakanaka」氏作。

つぎは…
102
これも有名、西武新宿線「高田馬場(たかだのばば)」駅手前の、JRとの立体交差部。

道路と線路の間の公園も、これまたリアル。
むかしはホームレスで混雑していたこの公園も、整備されて今や学生達のコンビニ弁当のカスで混雑していまっす

これも「Nakanaka」氏作。

さいごに…
103
西武新宿線「上井草(かみいぐさ)」駅の風景。

まだ製作途中なので、ところどころアラがあるが、見えなかったコトにしていただきたい
さて、駅改札前に置く「ガンダム」像、どうやって作ろっか…

これは、私「まりりん」作。

ま、とりあえずこんなカンジぃ~

みなさん、ご来場いただきありがとうございましたぁ
次回は8月下旬~9月初旬頃の予定です。
(ホビーセンターカトー東京です。JAMには出ません)

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