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2011年2月

2011年2月28日 (月)

レイアウト日記 ~「土手のある風景」の巻~

今回は「集合式モジュール」編を…。
01
これは、「特攻野郎Bチーム」の公開展示・運転会用に制作したもの。
比較的初期の作品だ

ボードのサイズは353mm×353mm。高さは40mm(線路の部分は100mm)。
曲線の半径はR249mmとR216mm。KATOのユニトラックを使用。
線路には「カント(傾き)」を付けてある

この作品は、武蔵野(多摩地区)あたりをイメージ。
時代は「昭和中期~後期」あたりに設定。
つまり、「往年の名車たちが似合う風景」というコト

まぁ、特に場所を限定していないので、全国のどこの線区にも応用が効く作品だ。
タイトルは「土手」になっているが、正確には「築堤(ちくてい)」と言う。

線路部分は、角材(支柱)とベニア板(路盤)で、高さが100mmになるように調整してかさ上げ。
「法面(のりめん)」(土手側面のこと)の芝生部分は、段ボールやボール紙で、カーブに沿って貼り付けてある。
カーブがキツくなればなるほど、貼り付けるのが難しい…。
数枚の小さなパーツ(短冊状)に分けて貼り合わせるのが楽。

パーツどうしの隙間は、上から茶色い画用紙を貼ってごまかせばOK
この画用紙をキレイに貼ることさえ出来れば、キレイな曲線が表現できる。

築堤に掛かった費用は、わずか30円ほど。
すべてそこらへんに捨ててある廃材から再利用してある。エコ・エコ
石膏や金網なんか使わなくたって、カンタンに出来るよん
それにすんごく軽量だしぃ~。
(発泡スチロールなどは経年変化する(歪む)ので、なるべく使用は避けるべし)

法面の芝生は、フツーに緑のパウダー(ウッドランド(KATO)製のターフ)を撒いてある。
路盤は、線路と芝生の間を茶色く塗った。(色は「マホガニー」)

線路にカントを付けるために、道床の外側下部にボール紙を2枚程度挟んである。
それを隠すため、道床周囲にグレーのバラスト(砂利)も撒いておいた。
線路の固定は、全てゴム系接着剤だ。モジュール両端の部分だけ、線路が浮かないように釘を打ち込んである。
これは、私のカーブモジュール全てに共通する工作方法だ

では、周囲をぐるっと見てみよう
まずは土手の裏側から。
02
この三角部分は畑になっている。
これは既製品の畑のシートを貼っただけ。

…えぇ、手抜きです。ハイ。(笑)

季節は「夏」ごろに設定。
特に細かいこだわりはナイ。

つぎに、コーナー内側にある住宅を見てみよう。
03
う~ん、れ・と・ろ

まぁ、1980年代くらいまでは、結構都心でもこんな家はたくさん建っていた。
昔の「都営住宅」は、まさにこんなカンジだった。

建物自体は、トミーテック製。特に改造はしていない。

反対サイドから見てみよう。
04
家の前の細い道を歩く夫婦。

昔の夫婦は並んで歩くなんてことは、あまりしなかった。まして「手をつなぐ」なんて…。
大抵、こうやって奥さんが少し後ろを歩いている…みたいな。
この20年くらいで、日本文化もだいぶ変わったねぇ~

電柱や町内のお知らせ掲示板などは、KATOのパーツを使用。(ローカル駅用だっけ?)

この住宅、実は仕掛けがしてある。
05
…そう、光るのだ

片方は電球色、もう片方は白色のLEDを入れてある。
当時はまだ「蛍光灯」なんていうのは、金持ちの持つ家電製品だった…。

建物内を黒く塗ったり、アルミテープを張ったりして、遮光や光の反射を調整している。
これで夜景も楽しめる

電源は線路から取っている。
DCCで運転しているので、常時点灯なのがよろすぃ
アナログだと、車両停めたら消えちゃうからね

…これで、このモジュールについての説明は終わりだ。
だが、このモジュールの風景にはつづきがある。

最初にコレを作って展示会で運転していたら、続きの景色も欲しくなった。
そう、カーブだけでは存在感が薄いのだ…。
なので、「その2」として直線版の「・土手のある風景」を制作した。
(その制作記は次回ご紹介

では、その続きのモジュールと連結した姿をご覧いただこう。
06
どうだい? 結構イカスだろう

ちゃんと、住宅の細道が生きるよう、直線モジュール側にも道を作っておいた。
これで、この夫婦も表通りに出ることが出来る

では、その接続部分をご覧いただこう。
07
景色がウマくつながるように、草などを配置。

モジュールで緑の色が違っているが、元は同じ色だった。
片方(コーナーモジュール)だけ収納箱に入れずに部屋に置いといたら、わずか半年ほどでこんなに色褪せてしまったというワケ。
08
一度、上から緑のターフを撒き直したのだが、またもや色褪せ…。

最近、コーナー用の収納箱を作ったので、もう1回撒けば色は揃うハズー。
…でも、なんかメンド臭いぃ。(笑)

さて、実際に車両を置いて見てみよう!
09
下から見上げた状態。

この家に住んでたら、間違いなく「」に育つな。うんうん。(笑)

上から見下ろしてみよう。
10
これは、展示会などで通常見るアングルだね。

車両は、今回は「海道線風」にまとめてみた。
115系(0・800番台)も御殿場線にいたからね。
検査などの関係でちょこちょこ本線を走ってたしぃ。
(「正月用の富士山の画像と同時に撮ったので、車両を使い回した」とは考えないよーに。…正解だから)

制作当初の目的だった「武蔵野のイメージ」は、他の画像でたくさん再現してあるので、このブログ内や「特攻野郎Bチーム」のサイト内でご覧下され

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…ってなカンジでっす
ご参考になりましたか?

ではまた~~~

つづきはこちらーーーっ!

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2011年2月24日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その3:香港・廟街の堂泰海鮮菜館~

前回「その2」からのつづきーっ!)(「その1」はこちら

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名等のふり仮名は、ひらがなは広東語読み、カタカナは英語読みなのだ
ふり仮名がない名称は、前回までの日記を参照されたし。

香港の詳細についてはこちらのシリーズ日記「小心地滑友の会」もご参照あれ。

やっとCMが終わったので、「夜の宴」編を…
(「その2」の後半と「その3」で一日間ッス)

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1996年5月9日(木):くもり ときどき 小雨

香港(ホンコン:Hongkong)

鉄路博物館」を観たので、中心部へ戻ろう。

ここで、香港の中心部の地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0301
(1996年当時の地図を撮影)
ほとんどの観光客は、このエリア内だけをうろついているッス。

…啓徳空港 (カイタック)
…九龍湾 (カオルーンベイ:友達の家)
…油麻地 (ヤウマーテイ:お宿)
…九龍駅 (紅磡駅)
…尖東 (尖沙咀東:チムシャーツィ・イースト)
…尖沙咀 (香港の中心街)
…女人街 (通菜街)
…男人街 (廟街)

…堅尼地城 (ケネディタウン)
…上環 (ションワン:マカオ行きの船の埠頭)
…中環 (セントラル:ビジネスの中心街)
…山頂纜車 (ピークトラム)
…山頂 (展望台)
…湾仔 (ワンチャイ)
…銅鑼湾 (コーズウェイベイ:香港島の繁華街)
…北角 (ノースポイント)

大埔墟(たーいぽーほい)」駅から、KCRに乗って「九龍(かうろん)」駅へ移動。(地図の

九龍駅を出て西側に進む。
西側には、車の海底トンネル用の広大な料金所があるので、渡り切るまでが遠い…

そして「尖東(ちむとん)」(尖沙咀東:ちむさーちょいとん)の海沿いまで歩き、渡し船に乗る。(地図の

これは、スターフェリーとは別の会社の路線で、船が小さい。
大きめのクルーザー」といった感じかな。

天気はくもりだったけど、海はシケていて波がすごく、乗り込むのに一苦労だった。
(確かスネをぶつけた気が…

九龍半島側から香港島の中環に移ったぞ(地図の

ここから2階建てトラムに乗って、の~んびりと終点の「堅尼地城(きんねいていせん:ケネディタウン)」まで行く。(地図のの左奥)

終点まで行っても特にすることはナイので、店でバナナを買い、ほどなく引き返す。
トラムは、降りなければ終点まで行ってもわずか「30円弱
40分以上も2階席に乗れて30円しないとは、何とウレシイ乗り物なんだらふ

途中の「湾仔(わんちゃい)」(地図の)で降り、スターフェリーに乗って尖沙咀へ。

海沿いのプロムナード(デッキ)で、海を眺めながらバナナを食べる。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0302
(1996年撮影)
おっお船がいるねぇ~

船尾に掲げてあるのは香港の旗だ。
この英国領の青い旗が見られるのも、あと1年チョットだ…

地下鉄に乗り、いったん油麻地のお宿へ。(地図の
ここで仲間2人と合流し、18時に徒歩で近くの「男人街(なーむやんかーい)」に行く。

お宿から男人街までは、ご覧のような景色の中を進む。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0303
(2007年撮影)
これぞ香港

道路に突き出たネオン輝くカンバンが連なっている場所は、実はあまり多くナイ。
この辺がイチバンたくさんある所かなぁ~。

ほどなく男人街に到着。(地図の
ここは、毎夜露店(夜市)が出て賑わう所だ。
男人街は、道路名の「廟街(みうかーい)」でも呼ばれている。

説明するよりも、写真を見たほうが解りやすいよね。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0304
(2007年撮影)
わくわく

上のおさしんは「女人街(のいやんかーい)」(地図の)だけど、男人街も似たような感じだ。
香港には「男人街」と「女人街」の、2ヶ所の夜市がある。
(昼間は女人街がオススメ。男人街は夜しかやっていない)

ニセモノあり、ホンモノの安いのもあり、掘り出し物(骨董品)もあり…のパラダイスだ
オラ、訪港時には毎回必ず男人街に行く。

ここを外したら「京都に行って清水寺に行かナイ」ようなもの。

しばらく露店を冷やかしたのち(少し雨に降られた)、19時半頃に海鮮屋さんへ行く。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0305
(2007年撮影)
今夜のメインイベント会場ッス~

店と言っても、目の前の露店と同じく、道路上にまでテーブルを出して営業している。
たま~に警察のチェックが入ると、すんごい勢いで撤収して、警官が去った後にすぐ復元するケド~

お店の名前はコレだ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0306
(2007年撮影)
とんたーーーーーいっ

堂泰海鮮菜館(とんたい ほいしん ちょいくぅん:Tong Tai Seafood Restaurant)」と言う、家族経営の店だ。

ここは1992年から行きつけの店で、もう顔も覚えられている。
2010年代でも通っているよん

競争の激しい香港で、20年以上も営業しているのだから、味と値段はオラが保障する
不安そうに日本人観光客が食べに来るのだが、そんなときはオラから話し掛けて、安心させてガンガン食べさせる。
お店のオニイチャンも大喜びだ(笑)

このお店の注文のシステムは…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0307
(2007年撮影)
このように、店の前に新鮮な食材が並んでいる。

もちろん、みんな生きている。
香港人は鮮度にウルサイので、冷凍食品なんてぇ~モノは使わない。

これらの食材を選んで、調理方法(揚げる・炒める・茹でる等)を指定すればヨロシアルヨ
カタコトの日本語も通じるので、モウマンタイ(無問題)。
(香港人は、オバチャンだって英語ペラペラだよ

でも、今回は極貧旅行なので、注文する料理は少なめにした。

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 おまけ 

…この1996年の旅ではあまり食べなかったが、ここではいつも堂泰で食べている料理をご紹介しよう
以下の写真は、ほとんどが2007年に撮ったモノだ。
2018年版はこちらをクリック

まずはコレでしょう
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0308
(2007年撮影)
お約束の瓶ビール

地元(広東省)の中国ビールで、「海珠啤酒(ほいちゅう ぺーちゃう)」と言う。
(英語と北京語では「ハイチュー」ビールと読む。だが決してヨーグルトの味はしないぞ

なかなかの美味で、何本でも飲める
(日本企業の資本が入っているみたい)

みんなコレを飲んでいる。
ここで青島(チンタオ)ビールを飲むのは、不慣れな外国人観光客だけだ。

オラが座ると、黙っていてもこのビールが出てくる。

さぁ、注文した料理がやって来た

まずは…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0309
(2007年撮影)
バイ貝」だね。

隣の2色のタレに付けて食べる。
辛いよ~ 

…お、どんどん来たぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0310
(2007年撮影)
パラダイスーーーーーーーっ

手前は「肉絲炒麺(よっくしー ちゃうみん)」。
豚肉の細切りとモヤシのあんかけ焼きそばだ。(塩味)

コレがオラの大好物
これを食べに来ているようなモノだ

左奥は、あっつあつの茹でエビで、「白灼蝦(ぱっくちょくはー)」と言う。
唐辛子の入った醤油を付けて食べる。
これもゼッタイに外せない…。

右奥は「アサリの豆豉(とうち)炒め」。
辛くて絶品 

もうビールが止まらない
やっちー ぺーちゃう」(一枝啤酒!:ビールもう1本!)

ちなみに、飲料は隣の酒屋からやって来る。
(後に一体化してしまったが…

この店は、回転すし店のように、皿で値段を勘定する。
ゆえに、皿はいつまでたっても片付けナイ。

なので、オラのテーブルはいつも皿だらけになってしまうのだ(笑)

さぁ、リーサルウェポンがやって来た
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0311
(2007年撮影)
来たーーーーーーーーーっ!!!!

これぞ究極シャコのガーリックフライ」だっ

デカいだろぉぉぉぉぉぉう 

まず日本ではお目に掛かれナイ大きさだ。
この存在を知ってからは、憑りつかれたようにコレを食べに通った。

…そう、3ヶ月に一度のペースで。(笑)

殻を上手に剥けるかどうかで、勝敗が決まる。
上手く剥ければ、ペロ~~~ンとまるまる食べられる。

失敗したら、殻にこびりついた身を、ヒーヒー言ってほぢくりながら食べなければならない。
殻の角が唇に刺さって翌日腫れる…という悲劇もアリ

これを食べに友達を誘って香港に来るのだが、連れて行くと200%ハマる
そして中毒になる。(笑)

…んで、「また香港に(シャコ食べに)行こうよぉ~~~」という甘~い誘いを受ける。
なので、香港で「ご乱心チョー海鮮祭り」をする相手には困っていない。(笑)

他にもいろいろあるのだが、シメの一品はやはりコレだろう…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0312
(2007年撮影)
ぽぽぽのぽーーーーーーちゃい

煲仔飯(ぽーちゃいふぁん)」と言う、小さな土鍋(煲仔)の炊き込みご飯だ。
(写真は食べかけの姿ッス。申し訳ナイ…

ぽーちゃいは、日本の釜めしみたいに米から炊く。
具は好きなモノを選べる。
鶏肉・カエル肉・腸詰・椎茸・白身魚の切り身・青菜…等が一般的。

食べる前にかけるタレは醤油ベースのもので、ほ~んの少し甘味がある。

コレは冬の食べ物で、結構あちこちで香港人が美味しそうに食べている。
最後に底に残った「おこげ」がウマいんだな、コレが

まぁ、こんな感じで、香港の夜をいつも楽しんでいるッス

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…さて、旅日記に戻ろう。

満足の食事の後、仲間の片割れと別れ、2人で香港島の山頂にある展望台に行くことに。
TVや旅行パンフ等でよく見る、あの夜景を観にね

またフェリーに乗って香港島へ。

中環の近くにあるケーブルカー「山頂纜車(さーんてん らむちぇー:ピークトラム)」(地図の)に乗り、展望台に到着。(地図の
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その3・香港・廟街の堂泰海鮮菜館-0313
(2007年撮影)
…さ、寒い。

景色はキレイなんだけど、昼間に海がシケていたように、当然風も強く寒かった。
雨が止んでいたのが、せめてもの救い…といった感じ。

夜なので、長居も出来ずにさっさとケーブルカーで下山。
またもやフェリーに乗り、お宿に戻る。

…えぇ、思いっきりフェリーを楽しんでいますよ。
ワザと乗るように移動ルートを組んでね

お宿の前で仲間と別れ、1人で地下鉄に乗って香港人の友達の家に戻る。(地図の
また雨が降って来た…

…今夜は寒い。(涼しい…か)

おやすみんみ~~~~ん

つづき「その4」はこちらーっ!

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2011年2月21日 (月)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その2:香港・鉄路博物館~

前回「その1」からのつづきーっ!

このシリーズは、香港からスタートし、中国・ロシア・北欧・南欧と進み、ユーラシア大陸最西端のポルトガルのロカ岬までの極貧鉄道旅行。

注:文中の地名のひらがなは広東語読み、カタカナは英語読みなのだ

香港の詳細についてはこちらのシリーズ日記「小心地滑友の会」もご参照あれ。

では、スタート
(「その2」の後半と「その3」で一日間ッス)

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1996年5月8日(水):くもり

香港(ホンコン:Hongkong)

朝、「油麻地(やうまぁてい)」のホテルで目覚める。
8時少し前に地元の友達2人(香港人男性と昨日の日本人女性)に連絡をし、夕食のアポを取る。

さぁ、出掛けよう

まずはココで地図をご覧いただこう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その38・香港の地図-3803
(2012年当時の地図を撮影)
見えている範囲が香港の全てだ。

今いるお宿は、の少し上にある。
空港で、細長い埋め立て地が滑走路。

まずは、銀行に行って両替をする。
1香港ドル(HK$1)=13.5円ほど。

の下の海沿いに行き、海の景色を眺めながらマッタリとする。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0201
(1993年頃撮影)
イイ眺めだ

2011年の今と比べると、高層ビルが少ない気が…

では、「天星小輪(てぃんしん しうれぉん:スターフェリー)」に乗って、対岸の「香港島(へぉんこんとう)」に行こう

スターフェリーは、香港島九龍半島(かうろん ぷんとう)を結ぶ渡し船のことで、写真の中央右側に映っている白と緑色の丸っこいお船がそうだ。
対岸の短い距離を、頻繁に往復している。

この海は「維多利亜湾(ビクトリアハーバー)」と言う。

昼にいったんお宿に戻り、仲間の片割れと2人で街を歩く。
地下鉄の隣駅の「旺角(うぉんこっ:モンコック)」駅付近で飲茶(やむちゃ)の後、再びフェリーで香港島の「中環(ちょんわん:セントラル)」に移動。(地図のの少し上) 

ここからは2階建てトラム(路面電車)で、2階の展望席から市内見物
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0202
(1993年頃撮影)
コレもイイ眺めぇ~~~ん

途中の「銅鑼湾(とんろーわん:コーズウェイ・ベイ)」で下車し、付近を散策。(地図のの少し左側)

この辺は、香港島側のイチバンの繁華街。
東京で言えば、渋谷新宿を混ぜ合わせたような雰囲気か…な。

再びフェリーに乗って九龍半島側へ。

19時、地下鉄「尖沙咀(ちむさぁちょい)」駅構内の「恒生(ハンセン)銀行」前で、友達と待ち合わせ。(地図のの少し下)

この場所は、一昔前の「新宿アルタ前」みたいなもので、ものすごい混雑だ。
お互いを見つけるのに一苦労…

北京ダックを食べに行く約束だったのだが、店の前まで行ったら閉店していた。
なので、仕方なく別の店で食事をした。

この日から、オラだけ友達(香港人)の家に泊ることにした。

残りの2人は、同じお宿に引き続きステイ。
だが、部屋は2人部屋にしてもらった。
…で、それを3人でワリカンに…という作戦
これで、少しは負担が軽くなるでしょ

仲間と別れ、友達の部屋でお茶を飲みながらくつろぐ。

…んぢゃ、おやすみんみ~~~~ん

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1996年5月9日(木):くもり ときどき 小雨

香港(ホンコン:Hongkong)

今日は11時半頃に外へ出た。
単独行動だ。

まず、すぐ近くの麺屋で「鮮蝦雲呑(しんはー わんたんみん)」を食べる。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0203
(2007年撮影)
アッサリ塩味(エビのだしが入っている)のエビワンタン麺で、超絶品だ 

香港中、どこでも食べられる。
味にあまり差はナイ。
お値段は、HK$20~25(350円前後)くらい。

その後、近郊列車の「九広鉄路(KCR)」(現:「東鐵綫(東鉄線)」)に乗り、郊外の「大埔墟(たいぽーほい:タイポーマーケット)」駅で下車する。(地図の

ココから少し歩いた線路際に「鉄路博物館(てぃっろう ぽうまっくぅん)」がある。
それを1人でのんびり観に来たワケだ
(仲間2人は鉄ちゃんではナイので

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余談だが、「大埔(たーいぽー)」の発音には、英語・広東語共に要注意

ぽー」は、息を出さないように言う。(^艸^)
昔のCMで、ローソクの前で炎が揺れないように歌っていたのと同じ要領だ

もし、息を強く出しながら「ぽー」と発音すると、全く違う意味になってしまい、女性にビンタされるかもしれない。

強く発音すると「大埔」が「大波」と聴き取られ、駅名が「デカパイ(巨乳)マーケット」駅になってしまう(笑) ()()
(「波」は「ボール」の当て字で、おっぱいの隠語だよん)

…もし、言い分ける自信が無かったら、日本語で「ダーイボー」と濁って発音すべし。
(一応、聴き取ってもらえる)

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活気のある商店街を抜け、博物館に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0204
(1996年撮影)
ひっそり。

森の中に、ひっそりと佇んでいる。

正面から見てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0205
(1996年撮影)
昔の駅舎をそのまま使用しているそうな。

入口上部の左側に書いてある「火車站」とは…
「火車」=「列車(蒸気機関車)」、「站」=「駅」
で、「鉄道駅」という意味。

「站」の字は、バスターミナル(巴士站)やガソリンスタンド(加油站)等にも使うので、わざわざ“列車”駅と書いてある。

日本語の「」って、元々は街道筋の「馬の乗り継ぎ場」(宿場)の意味だったとか。
」は「足だまり」という意味。
どっちも意味は似ているので、「駅站(えきたん)」という日本語もある。

日本の「道の駅」って、本来の意味からするとおかしい表現で、正しくは「駅」が「鉄道駅」であって、「道の駅」が「駅」なのだ
(ややこしい…

博物館は線路沿いなので、当然、走っている列車も見ることが出来る。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0206
(1996年撮影)
このハチみたいな色をした列車が通勤車両。

欧州合作のような感じの車両で、車体はイギリス領、電装品はドイツ…等といった具合だ。
12両編成(うち1両は1等車)で、数分おきにひっきりなしにやって来る。

香港の通勤ラッシュは、山手線に匹敵する。
香港は面積・人口ともに、ちょうど東京都の半分だ

2011年の現在は、この車両は引退してもういない。

ちなみに、撮影している場所は、博物館の敷地内のはじっこだ。
2011年の現在では、台風用の防風フェンスが建っているので、ここまでハッキリとは観られナイかも…

…あ、珍しい列車がやって来た
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0207
(1996年撮影)
香港にも貨物列車が走っているのだ

このKCRは、香港と中国本土を結ぶ大動脈の末端部(香港~深圳)で、大陸内部から貨物と直通列車が1日数本やって来る。
香港領土内の路線距離は、およそ40Kmほど。

さて、この貨車、日本では大昔にいなくなってしまった車種だ。
屋根がある有蓋車(ゆうがいしゃ)だが、側面に大きく隙間があり、中が見えるようになっている。
理由は、風通しを良くするためだ。
しかも、この車両は中間にも床があり、上下2段床になっている。

何を運んでいるのかというと…

…そう、「ぶたさん」なのだ

香港で食べられている美味しいぶたさん達は、この貨物列車でやって来る。
まだ何も知らなくて、初めてこの列車を駅のホームで見送った時のショックは今でも忘れない…。

何がショックって、通過後にジワリと襲ってくる「おいにぃ」だよ、お・い・に・ぃ
南国の亜熱帯を走る「家畜車」の、それも豚さんのニオイといったら…
2メートル前をバキュームカーが垂れ流しで通過したのに等しい。

日本の国鉄貨車では「」(家畜の「カ」)という貨車がそれで、昭和30年代くらいまでは牛や馬等を運んでいたらしい…。

今回も、やっぱりチョー臭かった

では、博物館の展示車両を観てみよう。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0208
(1996年撮影)
これはKCRの昔の客車(三等車)。

30年ほど前までは、こんな列車が実にのんびりと九広鉄路を走っていた。
展示車両は数両あるが、これはその中でも近代的な内装の車両だ。

車端部に製造銘板があった。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0209
(1996年撮影)
…あれ見たことある。(笑)

そう、MADE IN JAPANの「近畿車輛」製なのだ
そっか、だから内装に違和感がナイのか…。(納得)

近車製なので、当然台車も…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0210
(1996年撮影)
…こうだわな。

KD217」と書いてある。
日本の通勤電車「103系」やディーゼルカー「キハ20」あたりの台車にソックリだね

博物館自体は小ぢんまりとしてるので、それほど時間を掛けて観るものはナイ。
何かのついで」に訪れる程度で充分だ

列車内からも見えるので、乗った時には線路際に注目
(でも今は、間に防風フェンスが建っているよー)

帰ろうと思ったら、また変わった列車が…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0211
(1996年撮影)
来たーーーーーっ!!

中国国鉄の列車

これは「広州(くぉんちゃう)」行きだろうか…。

機関車はディーゼルの「東風4(DF4)」型、客車は「25」型だ。

コレはスタンダードな組み合わせ
機関士は中国国鉄の「人民」だ。
国境駅は無停車で通過するため、乗務員に「英国紳士」香港人は乗っていない。

これが唯一、近場で気軽に見られる「共産圏の車両」だっ
(…あ、まだこの時の香港は「イギリス」領だよ

編成は結構長い。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0212
(1996年撮影)
ちょうど右手前にいる車両は「食堂車」だ

その後ろは「1等車」で、最後尾は「荷物車」ッス。
これは25型でも、初期の車両だね~。

さて、中心地へ戻ろう。

KCRで終点の「九龍(かうろん:カオルーン)」駅へ行く。(の中間点)

1998年からは、エアポートエクスプレスの「九龍」駅開業のため、駅名が変更されて「紅磡(ほんはむ:ハンホム)」駅と呼んでいる。
元々昔から地元民は「ほんはむ」の名前で呼んでいたから、ぜ~んぜんモウマンタイ(無問題)

九龍駅に到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0213
(1996年撮影)
…お、ココにもちうごくの列車がいた

この機関車は「東風11」(DF11)型で、最新車両だ
後ろの客車は25型の「空調発電車(KD)」(電源車)で、日本風に言えば「カヤ25」だろう。

この駅は「終点」なので、列車が到着する時は、「上野(うえの)」駅の地平ホームのような雰囲気があって好きなんだよねぇ~

2004年に地下路線(西鐵)が延長開業し、通勤列車はただの「中間駅」になってしまった。
だが、中国本土への長距離列車は、2011年の今でもココが始発駅だ。
(その後、西鐵線の延伸に伴い、再び通勤列車も始発駅に戻った)

はじっこには、小さいながらも貨物ヤード(操車場)もある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その2・香港・鉄路博物館-0214
(2001年撮影)
まぁ、解りやすく言えば「昔の新宿駅」…みたいな。

手前左側が駅で、左のカーブした線路が本線で、真下が貨物ヤード。
奥が広州方面。

中心地は左奥なので、テコテコ移動しますかのぉ~。

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さて、この後は夜の宴があるんだけど、書き切れナイので、続きはCMの後に~(笑)

つづき「その3」はこちらーっ!

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2011年2月17日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」その1:香港へ~

前回「予告編」からのつづきーっ!
その1「香港」その10「広州」その20「ウルムチ」その30「北京」
その40「ウーメオ」その50「ミュンヘン」その60「セルベール」
その70「アテネ」その80「イスタンブール」その90「クアラルンプール」

 はじめに 

今回から長編日記「ユーラシア大陸横断 鉄道旅行1996」(全92回シリーズ)が始まるぞ
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0101
(1996年撮影)
これは、1996年5~8月に若造3人で行って来た「極貧バックパッカー」的な鉄道旅行だ。

バスや船は、鉄道移動が不可能な所以外はほとんど乗っていない。

香港からシルクロード(中央アジア)に寄り道し、北京へ戻り「シベリア特急」に乗りモスクワへ。
そしてロシア・北欧~ドイツ~南欧と移動し、ヨーロッパ大陸最西端のポルトガル「ロカ岬」まで行った。
そこからは、イタリア・ギリシャ経由でトルコのイスタンブールへ。

トルコからは、飛行機でシンガポールまで移動。
シンガポールでは、現地の友人とマレーシアへ小旅行。
そしてシンガポールから飛行機でご帰還という、一大旅行記だ
(概要(予告編)はこちらをクリック)(地図こちらをクリック

ここはブログなので、基本的には日記形式で書いてみようと思う。

所々に、他の年に旅した時の写真も織り交ぜてご紹介していこう。
1996年当時は、まだアナログカメラだったので、今みたいに何でもバシャバシャ撮れなかったのだぁよ…
高いフィルム代と相談しながら、被写体を選んで撮っていたので、枚数はそれほど多くなかった。
(それでも、この旅全体では結構な量になったけどね)
そんな訳なので、撮り逃した光景は、再訪した時や別の地の似たような景色で補填していきますぅ~。

鉄道旅行だけど、鉄道が全く出て来ない回もあるかもしれない…
(その土地の文化や風俗等も知っていないと、そこの鉄道の味が深く理解出来ナイのでね…)

かなりの回数に亘って不定期に日記を書くと思うけど、気長にお付き合いいただきたい。
海外の鉄道に興味のナイ方も、これをきっかけに興味を持っていただけたら、これ幸い
時代背景もあるので、現在とは違う点も多々あると思う。
(…でも、それが面白いのだ

一緒に、有名な沢木耕太郎氏の小説「深夜特急」を読んでいただけると、更に面白さ倍増
この本は、ユーラシアを旅するバックパッカー達の「バイブル(聖書)」だ
深夜特急」を読んで旅に出たようなモノだ…。
(計画自体は、この本を知る以前からだったが。)

この時期に、同時に「猿岩石」(有吉氏たち)がインド経由でヒッチハイクの旅を行っていた。
そう、まさに「深夜特急」の再現版で、NTVの番組で随時放映されていた。
(我々は旅先で知ったが…)

そんな、バブルの残り香がまだ少し残っていた時代の物語

ではスタート!!

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1996年5月7日(火):雨

東京(とうきょう:Tokyo) → 香港(ホンコン:Hongkong)

朝から忙しかった。
家を13:40頃に出発。
入れ違いに中国から親戚(中国残留婦人)がやって来た。

こちらは今からちうごくに行くというのに。

まぁ、何とタイミングの悪い…。

JR山手線で「日暮里(にっぽり)」駅に行き、京成線の「特急」(特別料金不要)に乗る。
いつもは「スカイライナー」や「N'EX(成田エクスプレス)」なのだが、今回は極貧長期旅行なので、出費は出来る限り抑えていくことにしたので「特急」に乗った。

成田空港に到着。
コンビニで、大陸では手に入らナイようなモノの最後の買出しをする。
買ったモノをバッグに入れ、ファスナーを閉めようとスライドさせたら、ファスナーの持つ部分がオラの手と一緒にイキオイ良く虚空を舞った

…「ファスナーぶっ壊れた~~~~~っ!!

えっ まだ出発地点だぞ。出国すらしていないぞ。

バッグは、メタボおやぢの腹のシャツのようにデップリと口を空に開けたまま、ポツンと床に佇んでいる。
もはや再生不可能な状態だ。
しかも、飛行機のチェックインまで時間がナイ。

…仕方ナイ。

新品を買うしかナイ。

空港内の店(三越)で新品のバッグを買う。
3800円ナリ。

い、痛い…
(後から考えたら、機内でブッ壊れて荷物丸出し状態になるよりは良かった

気分を取り直し、チェックインを済ませる。

チェックイン後は、見送りに来てくれた友達に頼んで記念撮影。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0102
(1996年撮影)
何か急に気分が盛り上ってくる。

…っていうか、「ワクワク」の期待感と「ドキドキ」の不安感。

時間が迫って来たので、いよいよ出国ゲートに。
友達に見送られ、ゲートに入る。

セキュリティーチェックをすんなり通過…のハズだったのだが、いきなり係員に叫ばれる。

ちょっと待ってーーーーっ!!

…何事だ

係員はX線検査の画面を見ながら、仲間に「バッグ開けて」と言う。
仲間がバッグを開ける。
そこには100円ライターが20個ほど。
中央アジアに行った時に、おみやげに配ろうと持って来たモノだ。

係員曰く「ライターは1人2個まで…ダメだよ、こんなに持ち込んぢゃぁ~。危険物なんだから…

…確かに。(笑)

仕方なしに3人で6個を分担し、残りのライターはバイバイキン(没シュート)
やっと出国し、3人は無事、飛行機に搭乗した。

ひこーきは、ユナイテッド航空「UA801」便で、アメリカ発・成田経由・香港行きだ。

当時の格安チケットの王道であった、ユナイテッド航空。
もちろんコレを選択。
成田→香港・シンガポール→成田の「1年オープン(有効期間内はいつでも予約して乗れる)」のチケットを購入していた。
しかも、行きの到着地と帰りの搭乗地が違う、「オープンジョー」と呼ばれるチケットだ。

シンガポールへも便がある航空会社の格安チケットとなると、やはりユナイテッドしかないであろう。
JALは高すぎて問題外。
キャセイパシフィック航空(香港)も、やはり高い。

さぁ、ひこーきが飛び立った
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0103
(2016年のグーグルマップより)
右上のから左下のへ、5時間ほどのフライトだ。

…でも、たいくつ~~。(笑)

途中で「耳ツン」に右耳をやられ、聴こえにくくなる。

まぁ、何だかんだで無事に香港の「啓徳(カイタック)空港」に到着。(21:47着)

そう、ビルの真上をスレスレに飛んで着陸する、あの有名な空港だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0104
(1994年頃撮影)
高度を下げながら市街地を降りてくる。

左奥が滑走路だ。

ちなみに、啓徳空港は1997年までで、現存せず。

機体は、着陸直前に右へ大きくカーブする。
(画像はクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0105
(1994年頃撮影)
中央の奥が滑走路。

今まさに右に曲がっている最中で、機体が傾いているのが判るっしょ

ビルの洗濯物を引っ掛ける」と言われていたほど、かなりの低空を飛ぶのだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996その1・香港へ-0106
(1994年頃撮影)
洗濯物を引っ掛けるような所は、他には東京・浅草の「花やしき」のジェットコースターくらいしかナイ。

1992年にこのワイルドさにハマり、それ以来、香港に通うようになった。

空港で現地の友達2人(日本人女性)と会う。
そのまま一緒に、地下鉄「油麻地(やうまぁてい)」駅近くの格安ホテルへ行き、我々男3人のチェックインを済ませた後、みんなでベトナム料理屋へ食事に出掛けた。

友達に日本みやげ(当時は日本製品は入手難だった)を渡し、久々にハナシをする。
旅の予定を言ったら、結構ビックリされた

夜も更けたので解散し、男3人でホテルに戻る。
シャワーを浴びながら、明日からの事についていろいろ考える今日この頃であった…

…んぢゃ、おやすみんみ~~~ん

つづき「その2」はこちらーっ!

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2011年2月14日 (月)

ジオラマ日記 ~「プレイバックPart20」の巻~

前回「Part19」のつづきーっ!
「Part1」はこちら)(「Part10」はこちら)(「Part30」はこちら)(「Part40」はこちら)

今回も既存の画像(特攻野郎Bチームサイトのトップページ画像)を使った「ジオラマ総集編20」を。

テーマは「機関車
いつもどーり、ほひょ~んと見てくださいまし。

まずは…。
501
富士山をバックに、オシャレを決め込んだ「EF58」。

やっぱ、ゴハチといえばコレでしょう(謎)
思いっきりお正月チックな1枚。

車両はの改造作品。(制作記はコチラをクリック

お次は?
502
なつかしの「荷物列車」。

お荷物列車」といえば、ゴハチでしょう!
SG(蒸気発生装置)から水蒸気がモワモワ出るその姿に萌え
東海道&山陽線のお荷物列車が「EF62」にバトンタッチしてからは、少々萎え。

車両はすべての改造作品。
特に中央の「ワサフ8000」に注目(制作記はコチラをクリック
ジオラマは、コタツにKATO製のプレート線路と緑のスポンジ置いただけの簡易版。

そして…
503
機関車大集合~~~っ!!

機関庫に集まった、錚々(そうそう)たる面々。
モジュールは、「特攻野郎Bチーム」の「Nakanaka」氏の作品。

車両は…
右前の「EF64」以外はのだ(制作記は、当ブログ内のカテゴリー「Bトレイン」をクリックして探してちょ
ロクヨンはBチーム「たかし」氏のEF65塗り替え作品。

ところ変わって…
504
秋の奥羽本線をイメージ。

早朝の秋田県付近を、青森に向けて最後の力走をする特急「あけぼの」を再現。
「ぼの」は今や貴重な「フツーの寝台特急」だ

ワンジオ(ジオラマ)は、作の「みちのく一人旅」だ。(制作記はコチラをクリック
撮影時に影をつけなかったので、「朝方」というイメージではなくなってしまった…。

最後に…
505
同じく、みちのくの1シーンをイメージ。

奥羽本線か、東北本線か…。
車両からすれば、福島辺りに停車中の、臨時特急「つばさ」なぁ~んてカンジなのだが。
もちろん、急行「津軽」というのもアリ

機関車は作の「ED75」。
後ろの「14系客車」も同様だ。
(制作記は、当ブログ内のカテゴリー「Bトレイン」をクリックして探してちょ

モジュールも、の「高尾駅」だ。
車両によって中央線の駅とは思えないくらい変身するっしょ?!
国鉄時代の駅って、応用が効くから好き

う~ん、カッチョエェ

------------------

…ま、今回はこんなカンジ~~
いかがでしたか?
これらの作品は「特攻野郎Bチーム」サイト上の「ギャラリー」に掲載されているので、ぜひご覧ください。

それではぁ~~

つづき「Part21」はこちらーっ!

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2011年2月10日 (木)

海外旅日記 ~「Go West!ユーラシア大陸横断鉄道旅行1996」予告編~

その1「香港」その10「広州」その20「ウルムチ」その30「北京」その40「ウーメオ」その50「ミュンヘン」その60「セルベール」その70「アテネ」その80「イスタンブール」その90「クアラルンプール」

今回は予告編

今年のメイン長編日記は「ユーラシア大陸横断鉄道旅行」に決めた

これは1996年香港からシルクロードに寄り道し、北京からシベリア特急に乗り、ロシア・北欧・南欧と旅をし、ヨーロッパ最西端のポルトガル「ロカ岬」まで行った、一大旅行記だ(全92回)

こんな酔狂な旅をしたのだから、いつかホームページで公開しようと思っていた。
だが、時代は「ぶろぐ」という素晴らしいアイテムを誕生させた。
なので、いよいよ「時機到来」とばかりに書いてみようと思った次第。

写真の都合上、所々に2006年に旅した「~我的長征~ シルクロードお気楽一人旅」等も織り交ぜてご紹介していこう。
このブログは鉄道が主流だけど、 鉄道がまったく出てこない回もあるかもしれない…
(その土地の文化や風俗なども知っていないと、そこの鉄道の味が深く理解出来ナイのでね…)

かなりの回数に亘って日記を書くと思うので、気長にお付き合いいただきたい
海外の鉄道に興味のない方も、コレをきっかけに興味を持っていただけたら、これ幸い

著名な沢木耕太郎氏の小説「深夜特急」を読んでいただけると、更に面白さ倍増
この本は、ユーラシアを旅するバックパッカー達の「バイブル(聖書)」だ

今回はダイジェスト版なので、全体をサクーッとご紹介するよん

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まずは出発地から。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0001
(2004年撮影)
香港」の2階建てトラム。

この時点では、まだバカみたいにのんびりムードだった…。
現地の友人達に会ったりの日々。

そして…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0002
(1996年撮影)
こんな緑色の旧型寝台列車に乗って、中国各地を巡った。

西安敦煌(とんこう)・ウルムチ北京
あぁ、楽しかった

今はもうこんな(長距離列車の)旧型客車には乗れナイよ。
もっと素晴らしく快適だ

そして、敦煌では…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0003
(2006年にトルファンで撮影)
砂漠(鳴沙山)に一歩足を踏み入れ、先人達の偉業を称えまくった。

これ、歩いて行ったら、確実に死ぬぞ… 

シルクロードの奥地「ウルムチ」では…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0004
(2006年撮影)
中国なのに中国語が通じナイ地域を、憑りつかれたようにさすらい…

お宿の旅行社に声を掛けられて、ちょっと山奥まで泊まりのツアー。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0005
(1996年撮影)
天池」という秘境でこの世の極楽を楽しむ

北京に戻り、モスクワ行きシベリア特急(車中6泊7日)に乗る。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0006
(1996年撮影)
途中のロシアの駅で「CCCP」と書かれた旧ソ連のマークがまだ付いている車両を発見

モスクワでは当然…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0007
(1996年撮影)
赤の広場」と城壁の中の「クレムリン」を見学。

モスクワからは…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0008
(1996年撮影)
レッドアロー」号という、どこかで聞いたことのある列車で北欧方面へ移動。

寝台に寝ていても飛び跳ねるくらい、よく揺れた

やっと北欧に到着
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0009
(1996年撮影)
フィンランドヘルシンキ中央駅にて。

この1等車で、ムーミンがいてもおかしくない神秘的な森の中へ…

北欧からドイツのベルリンへ南下。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0010
(1996年撮影)
東ドイツの客車に乗れてドッキドキ

ベルリンと言えば…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0011
(1996年撮影)
地下鉄とベルリンの壁。

1996年当時は、まだ東西ドイツ統一の混乱が収まってない頃。
立っている(写真を撮っている)所が旧西ドイツで、壁の向こうは旧東ドイツだ。

ドイツに来たら、やっぱりこの列車でしょう
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0012
(1996年撮影)
ドイツが誇る新幹線「ICE(イーツェーエー)」だ

ミュンヘン中央駅で夕日に染まるICEは、カッチョエェかったぁ~
車内で飲んだ地ビール、たまんねっす

ミュンヘンから夜行急行列車で、おフランスのおパリに到着。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0013
(1996年撮影)
パリの駅と街って、案外汚いんだよねぇ…

日本のご婦人がイメージしている「おパリ」は、実は街中には存在しないのだ

超~お約束で、こんな所も見学。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0014
(1996年撮影)
さぁ、今から西のはじっこへ凱旋するぞーーーっ

5年前(1991年)に来た時の写真を見たら、服装が全く一緒だった…

巴里」といえば、あの往年の名列車の発着駅。

まさかねぇ~~と思っていたら…
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0015
(1996年撮影)
何と!「オリエント急行」に偶然出会えた

テンション最大っ感電注意っ

ここで宿代を浮かすために、夜行列車でスイスへ移動。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0016
(1991年撮影)
ジュネーヴ以外はほぼ素通り状態…

5年前にも来たから、イイっか。(笑)

スイスからは、いよいよ南欧へ乗り込む。
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0017
(1996年撮影)
まずはコレを観ないとね

バルセロナサグラダ・ファミリアを観た後は、スペインご自慢のこの列車で
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0018
(1996年撮影)
タルゴ」と言う、独特の構造をした高速列車だ。

そして、南欧をひた走り、「欧州のはじっこ」へ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
ユーラシア大陸鉄道横断旅行 Go West!1996予告編-0019
(1996年撮影)
ポルトガルリスボアだ。

この地の「ロカ岬」が、ユーラシア大陸最西端の地だ。

この後は、イタリア・ギリシャ・トルコと巡り、ひこーきでシンガポール入りし、マレーシアをちょいと観光して帰って来た…という次第。
合計4ヵ月の極貧旅行だった…。

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まぁ、こんなカンジで巡って来たので、順次気力が続く限り日記を書くねん
(追記:結局、全92話4年半掛かったよ…

でゎ、第1話の始まりなのだぁ~~
つづきは↓をクリック

つづき「その1」はこちらーっ!

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2011年2月 7日 (月)

ジオラマ日記 ~「プレイバックPart19」の巻~

前回「Part18」のつづきーっ!)(「Part1」はこちら

今回も既存の画像(特攻野郎Bチームサイトのトップページ画像)を使った「ジオラマ総集編19」を。

テーマは「ディーゼルカー
いつもどーり、にゃれ~んと見てくださいまし。

まずは…。
701
緑に囲まれて走る、キハ58のローカル普通列車。

ワンジオ(ジオラマ)は、「特攻野郎Bチーム」の「AVE」氏の作品。
本来は九州の風景をイメージして製作。
それの背景を差し替えて撮影したのがコレ。
日本のどこにでもある」ような光景に仕立ててみた

お次は?
702
紅葉の中を走る、キハ52(キハ20)のローカル普通列車。

ワンジオは、Bチーム「B.B.」氏の作品。
背景は秩父(奥武蔵)の山々だ。
車両はの改造作品。(制作記はコチラをクリック

アングルを変えて見てみよう…
703
線路の横にはがあり、収穫間際といったカンジ。

農家の軽トラとオジサンのポーズがポイント
これも「日本のどこにでもある」ような光景に仕立てある

ところ変わって…
704
加悦(かえつ)鉄道」をイメージ。

レイアウトは、「特攻野郎Bチーム」の販売サイト「B-Dash」で以前販売したA4サイズレイアウト「釣り人のいる風景」だ。
のどかな昼下がりを1両でテコテコ走る、のんびりした風景という設定。

車両は、Bチーム「たかし」氏の作品。

イメージを変えて…
705
同じく、秋の加悦鉄道をイメージ。

すべてBチーム「たかし」氏の作品。
何気に建物と電灯のライトは点灯する

う~ん、昭和

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…ま、今回はこんなカンジ~~
いかがでしたか?
これらの作品は「特攻野郎Bチーム」サイト上の「ギャラリー」に掲載されているので、ぜひご覧ください。

それではぁ~~

つづき「Part20」はこちらーっ!

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2011年2月 3日 (木)

実物日記 ~「東西の境目、大糸線」~

また古い写真だよん

今回は「大糸(おおいと)」線だ。それもディーゼルカー「キハ」が主役
(客車編はこちらをクリック
101
JR西日本「糸魚川(いといがわ)」駅に佇む「キハ52」。
(小田急ぢゃナイよっ!)

1両で、険しい山間部の「糸魚川」~「南小谷(みなみおたり)」間をトコトコ走っている。
今は小ざっぱりした「キハ120」に世代交代。キハ52は昨年春までの運行だった。残念。

普段は専用の短いホーム(4番線)にいるのだが、この時は本線上(3番線)にいるね。
12両以上も入る長いホームに、たった1両でポツーン…。
ホームが異様に長く見える。(笑)

その車内を見てみよう。
102
クーラーが付いてからの姿。

近代的なように見えて、実は窓枠下部が木製である
学生の落書き(落彫り?)がすごかった…。

クーラーの性能は「弱弱冷房車」程度。
正直、窓開けてトンネル内の冷気を入れたほうが、はるかに涼しかった。

では糸魚川を出発
列車はてろてろ走って小さな駅に到着。
103
平岩(ひらいわ)」駅でプチ休憩中の列車。
対向列車の交換待ちだ。

乗客も、外の空気を吸いにのんびりホームでくつろぐ。
ゆっくりとした、のどかな時間だ…

お、対向列車(糸魚川行き)が来たゾ
104
う~ん、小田急。(笑)

こんなのどかだが、大雪や台風の日はトンでもない景色へと変貌する。
それほどこの区間の自然環境は厳しい…。

この辺一帯は西日本と東日本の境目。
JRの境界もそうだが、地層もそうなのだ。
フォッサマグナ」というのを聞いたことがあると思う。
早いハナシ、地面の巨大なプレートどうしがぶつかり合ってる場所(境目)なのだ。
それゆえに、いろいろと自然災害が多い場所でもある。

その反面、車窓の眺めは絶景だ
こんなにワイルドな所はそうそうナイ。

そうそう、この平岩駅までが新潟県だ。奥はもう長野県
現在は、写真の列車が入線してきている線路は撤去されている。
ココも単線の駅になってしまった。

列車は険しい渓谷のはじっこを、トンネルで隠れるように進み、やっとこさ南小谷駅に到着。
105
南小谷駅に進入する列車。

この駅から南はJR東日本の管轄だ。
JR西日本は、この写真の奥の線路にある架線柱が終わった辺りからが管轄だ。

松本~南小谷までは電化されていて、一応この駅の北側本線上にも、入換用に600mほど架線が張られている。
その先の糸魚川までは、トンネルも小さい「ディーゼル車両」だけの世界だ。

私はこの非電化区間が大好きで、たまに通っていた。
だが、年々列車本数が減り、もはや気軽に乗車できる状況ではなくなってしまい、それ以来足が遠のいていた。
(2009年12月と2010年1月は大雪で断念…コチラを参照

しかも、まもなく開業する北陸新幹線が開通した日には、この非電化区間が廃止されてしまうというウワサも聞いた。
…確かに、現状ではバスで充分だ。

こんな斜陽な路線だが、昔は元気だった
106
南小谷駅に進入してくる、当駅止まりの列車。「キハ58」だ

…そう、キハ52になる前は、キハ58が走っていたのだ。(国鉄だよん)
107
ホームから出発する糸魚川行き列車。

…ね?キハ58でしょ。それも2両編成
この非冷房キハ58×2両ってぇ~のが、お子様心にカッコイイと思った。

まぁ、この時代、信州には(急行列車の間合い運用以外の)「普通列車の冷房車」なんてモノはいなかったが。
となりの115系も冷房準備仕様のままだ。
それだけ昔は夏でも涼しかったってコト。

115系の横っ腹に貼ってある白っぽいものは「さわやか信州」キャンペーンのステッカーだ。
長野鉄道管理局の115系には全て貼ってあった。

余談だが、国鉄時代の「境目」は、県境と同じ「平岩(ひらいわ)」駅だった。
松本から平岩までが「長野」鉄道管理局、平岩から先が「金沢」鉄道管理局となっていた。
昔発売されていた「信州ワイド周遊券」も、平岩駅の1コ手前の「北小谷(きたおたり)」駅までがフリー区間だった。
なので、意味も無く、何も、ホントに何も無い北小谷駅で降りたことがある。
で、すぐ来た上り列車に乗って折り返した記憶が…。(それ一度きりでやめた:笑)

最後に…
108
南小谷以南を走るキハ58。
信濃森上(しなのもりうえ)」駅だ。キハは「信濃大町(しなのおおまち)」行きだ。

昔は、信濃大町駅までフツーにキハがやって来てた。
編成も2~3両だったような…。
昔の本を見ると、「キハユニ26」なんていうリーサルウェポンが写っている

余談だが、この駅の左側(3番線)に、急行「くろよん」が昼寝していたのを想い出した。
大阪(名古屋)から来た、湘南色の167系4両だった記憶が…。
(松本で急行「ちくま」から分割した付属編成)
あぁ、なつかしや~

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…あぁ、北陸新幹線が出来たら、キハのすべてが「想い出」と化してしまう。orz
年内にまた行っておこう
最後の「日常なう」を撮りに…。

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