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2009年3月

2009年3月30日 (月)

プチ旅日記 ~「黄昏の和泉多摩川」2005~

過去に撮った画像達をチェックしていたら、こんなものが出て来たので、ご紹介を…

家から自転車でサックリ出掛けて、スナップ写真的に気楽に撮ったモノなので、アングル等にダメ出ししないように。 

複々線化工事中の、小田急線多摩川橋梁
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1001
県境ッス

今立っている場所が東京都世田谷区で、すぐ左側に「和泉多摩川(いずみたまがわ)」駅がある。
奥の対岸は神奈川県川崎市多摩区で、土手の部分に「登戸(のぼりと)」駅がある。

これらの写真は、おそらく2005年だと思われる。
まだ複線分しか架け替わっていない状態で、見えている鉄橋は、現在の上り線だ。
2009年3月現在の多摩川橋梁は、つい先日に複々線化工事が完成し、今は上下線で別々の橋梁を走っている。

余談だが、多摩川の鉄道橋の上にはナゼかポイントが設置されている所が多い。
京急・東急・小田急…と。
京急と東急のポイントは列車折り返し用で、列車は鉄橋上でしばらく停車し、反対向きに走り出す。

強風の日や大増水した日等は…
考えただけでも恐怖を感じる。
(…オラだけか

この日は夕日がキレイだったので撮影した…と思う。
なにせ古い写真なモノで。

では、スタート

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いきなり、何気に撮ったモノが今となっては貴重な写真になるとは…
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1002
なつかしやぁ~

やっぱりカッコ良かったね、9000形は。

夕日といえば、↓コレに反射させないと…
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1003
ギラリン

ステンレスの1000形だ。
ギラつき感がお気に入りッス

↓コレも何気に光っているねぇ~
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1004
ロマンス溢れる輝き

ロマンスカー「EXE(エクセ)」だ。
見た目には「ロマンスカー」という「華やかさ」と「存在感」はナイが、室内はシックで落ち着いているので、オラはお気に入りだ。

以前、横にいたキッズが、従来の展望席付き特急車両(連接車)が来ると「あーっロマンスカーだぁ~」と叫んでいたのに、EXEが来ると「…あ、特急電車だ。」とフツーに声を出していたのが印象的だった。

…そっか、お子様の脳内ではそのように区別されているのね

…で、しばらくしたら珍客も現れた。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1005
おぉ、いぇい

狙っていなかったので、ちょっとラッキー

JR東海の「あさぎり」(371系)だ。

2階建て部分がヒジョーに印象的で、全体的に「東海道新幹線の100系」とカブッて見えるのはオラだけか…

橋梁の下流側に行ってみた。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1006
残っていたーーーーーっ

まだ旧鉄橋が撤去中の状態。

新旧で線路の位置(高さ)や橋脚の本数などの違いがよく判る。
旧鉄橋の位置に、現在の新しい下り線の橋梁がある。

振り返って、和泉多摩川駅方向を見る。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1007
ちょうど、最新のロマンスカー「VSE」がやって来た

橋梁右下の土手のコンクリート部分(明るいグレー部分)が、旧鉄橋のあった位置。
こんなに低い位置にあったのだ。
たしかココに踏切があったよねぇ…

夕方のラッシュを前に、色々なロマンスカーがやって来た
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1008
カッチョエェのぉ~

ちょうど橋に掲げてあった「高圧線注意」の文字が、VSEの車体に書いてあるように見える。
同じ色だったから違和感ナイね。

またロマンスカーがやって来た
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1009
今度はLSE(7000形)だ。

旧鉄橋の時代は、多摩川全体に響き渡る音量で「ダダン、ダダン、ダダン…」と、ロマンスカー(連接車)特有の音を出血大サービスしてくれて、まさに「鼻血ブー」モノだったのだが、今や軽やかに無音でスーッと走り抜けるだけになってしまった。

登戸駅の下りホームだけが、まだロングレール化していないので、唯一「連接音」が堪能出来る場所だ。
(追記:その後整備され、ここも無音に…

ココからは、下流側の河川敷を歩いてみた。

小田急線とは関係ナイが、「和泉多摩川」と言えばこの建物だろう。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1010
ギザギザぁ~~~

必ず写真等に登場する、線路沿いのギザギザマンション。

ココのジオラマを作る時には、必ず入れないとね
(デカいぞ

あと、何気に視界に入ったこの木…
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1011
…デカ過ぎぢゃね

この~木、何の木ぃ~

鉄道模型だとHOゲージの木
(ベースがNゲージサイズだったらね)

その木の先から上流側を振り返ると、全体はこのような位置関係になっている。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1012
いろいろあるぅぅぅ~~~~

正面に橋梁、右手にマンション、その手前に木、左は多摩川の堰(せき)だ。
手すりと左の壁の間には、水の階段があり、サケ等の魚が遡上出来るようになっている。

では、左側を見てみよう。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1013
ダンサーーーーーーっ

そう、ここには大きな段差があるので、ボート等は下って行くことが出来ない。

堰のアップ画像を…
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1014
キレイだねぇ~~~~

」という流体が作り出す模様の、何とキレイなことか…。

薄緑の水の色もイイね。
オラのお気に入りの1枚だ

だんだん夕焼けがキレイになってきたので、チョット色気を出して撮ってみた。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1015
ススキと電車のコラボ。

今や真っ白な10両編成も貴重になってきたなぁ…
これこそが「小田急線」というイメージがある。

この日は雲の模様がナイスだったので、1枚。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1016
…チョット不思議(神秘的)な模様だね。

暗くなってきて、電車の撮影も不可能になってきたので移動開始。
再び自転車をこぐ。
途中にある「国分寺崖線(こくぶんじがいせん)」の崖の急坂にはいつも苦労する

崖の上にある「成城学園前(せいじょうがくえんまえ)」駅真上の、フタをしてある部分の「喜多見(きたみ)」駅寄り(崖のほう)に行ってみた。

ここでも1枚。
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1017
イイねぇ~~~~

この周辺は見晴らしが良く、読売ランドの観覧車富士山も見える。

さらに隣の「祖師ヶ谷大蔵(そしがやおおくら)」駅へと移動してみた。
線路沿いに道があるので、5分くらいで着く。

駅の近くに天然温泉の銭湯「そしがや温泉21」があるので、その前まで行ってみると…
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小田急線・和泉多摩川の鉄橋2005-1018
…絶景だなや

ヒコーキ雲もイイ演出をしている。
気が付いたら、横で同じように写真を撮っているオニイサンが…

そうだよねぇ~、カメラ持っていてコレ見たら撮らなきゃ

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…まぁ、こんなカンジで「小田急線、チャリで撮影の旅」は終了した。

最後の写真を撮った後に、そのまま横の温泉に入った。

…っていうかぁ~、それが本来の目的ぃ~

実は、撮影は「ついで」だった。

現在は、多摩川橋梁の下流側にあった工事用の広大な仮設資材置き場も取り払われたので、またこんなアングルの写真が撮れるようになった。
しばらくしたら、「比較写真」みたいに、上記の写真達と同じアングルで撮影してみよっかなぁ…

それぢゃぁねん

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2009年3月26日 (木)

Bトレ日記 ~「酔ったイキオイでつい…EF64-1000」の巻~

イキナリだが、「峠の機関車」が好きだ。新旧問わず。
中でも、イチバン身近なのは「EF64」だ。
中央線沿線で生まれ育った者としては、やはりココに行き着くだろう。

信州方面に遊びに行く時にはもっぱら中央線経由だった。
ごくたま~に信越線を使って長野に行く事もあったが、馴染みは薄い。

そのせいか、いつも見慣れた「EF64-0番台」とは同じ形式ながらも、全くスタイルの違う「EF64-1000番台」を上野~高崎間で見かけると、ちょっとワクワクしたものだ。
ハッキリ言って、0番台よりカッコイイ♪

そんな馴染みのないカッコイイ機関車が、いつの頃からか青梅~南武線の石灰石貨物輸送に使われ始めた。
641
拝島駅や立川駅などの構内で見かけるその姿に、いつも心の中で「ハァハァ」してたものだ…(笑)

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で、ハナシ変わって…

当初、BトレではEF64-1000を作る予定は全く無かった。
「EF65-1000」を単純に塗り替えて「EF64-0」を作って満足していたからだ。
もちろん、上記の理由でネ。

ところが…だ。

ある事情により、NゲージのEF64-1000のバディが1個余ることになってしまった。
もう今更Nゲージを増やす気持ちはない。「BトレLOVE☆」だからだ。(笑)
で、しばらくそのバディは引き出しの奥に眠っていた。

特攻野郎Bチームの展示(運転)会初日の夜の宴会で、そのEF64-1000のハナシが出た。
そのハナシに盛り上がっているうちに、なんだか「ムラッ☆」とソノ気になってしまった。

そして酔っ払いながら帰宅、すぐに机の上でヤッちゃった☆
で、翌朝起きてみると、布団の横にこの娘がいた…と。

…そうです。
「酔ったイキオイでヤッちゃったら出来ちゃった☆ テヘッ♪」と言うコトです、ハイ。(笑)

仕込み時間は2時間。(←意味深な時間長だなぁ…)

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あんまり↑なハナシをしているとPTAのオバサマたちに怒られるので、この辺でマジメに解説。
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タネ車は上記の通り、KATOのEF64-1000だ。使用したのはバディのみ。
Nゲージと比べると…
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…う~ん、みぢかい。(笑)

で、バディを切り継ぎしたワケなのだが、切り継いだ場所は左の赤い矢印の部分だ。
右のNゲージの緑の矢印部分を切断する。
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切れ味のイイ、新品のニッパーがあったので、一気に「パチンッ!」と切断。
ヤスリも軽くかけるくらいでOKだった。

切ったバディを接着剤で接着。
乾燥するまでズレないように慎重に扱った。
ここは「まほうのみず」(酒のコトだよ)の魔力との勝負であった…。

屋根の切り継ぎの跡は、パンタの下に隠れるので補修する必要はない。
あとは、小さいほうのモニターを側面の小窓1個分切り取って短縮して搭載。
モニターの、切ったほうの端面は、黒い画用紙を貼って塞いだ。

そしたら、今度はスカートの制作に入る。
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これはBトレのEF65-1000あたりのスカートを切って接着。
カプラーが首を振るように周囲を削っておいた。
リアルに仕上げるなら、KATOのEF64-1000のスカートを移植したほうが良いが、ココはカンタンに仕上げたかったので省略。
足回りは、多少床板を切ったりはしているが、Bトレ用の動力(通勤電車1)をほぼそのまま使用した。

バディと動力との固定は、両者のスキ間に画用紙を挟んでゴム系ボンドで軽く接着するという方法を取った。
こうすると、あとで修正や動力のメンテがしやすくなるのでね♪

あとは細かい部分の色入れや、ナンバープレートの取り付けなどだ。
今回はたまたま、すでに色入れ済みだったので、接合面のレタッチ以外は何もしていない。
屋根もすでに黒く塗られていたので…。
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こうして2時間でEF64-1000は出来上がった。
「酔う→スーパーサイヤ人→落ちる(寝る)」というプロセス内のわずかな時間なのに、「明日までに仕上げて見せびらかしてビックリさせよう」という野望があったから完成したようなもの。
これもすべて「まほうのみず」のパワーのおかげだ♪

事実、翌日の展示会場では「おぉっ…」という静かに唸るメンバーの面々がいた。
さらに、雑誌の取材でもスタッフに唸られ、掲載されたというエピソードもある。

今では首都圏各地で走り回るEF64-1000、つい「デキ心」で軽々しく作ってしまった割には、今や重宝しているウチの大事な「お子」だ♪
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2009年3月23日 (月)

Bトレ日記 ~「えぇじゃないか、富士急(京急)600形」の巻~

初めにことわっておこう。
「京急ファンのみなさん、ゴメンナサイ」(笑)

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今回は、とっても「Q」な京急600形のハナシを…

…まぁ、何と言うか…こういうことだ。
601
「京急」が「KEIKYU」になり、「KQ」に変化して「FujiQ」となった。(笑)
「関東の果てまでイッテQ!」である。

そう、これは「富士急600形」というワケだ。もちろん“フリーランス”ザンス♪
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左がホンモノの富士急、右がウソんこのFujiQだ。

コトの始まりは…
特攻野郎Bチームのメンバーから一通のメールが来た。
「青い京急600の先頭車2両余ってるけど、要るぅ~?」と。
先頭だけもらっても困るよなぁ~ワンジオ(ジオラマ)くらいにしか使えないし…しかも青いからなぁ…

…10秒ほど考える…

…「

かくして、青い車体に白い色が載っかるコトになった。
「天啓」としか言いようのナイ、電撃的インスピレーションだった。(笑)

では、サイドビューをご覧いただこう。
603
上段はオリジナルの富士急1000(1200)形だ。
反対側のサイドビューはコレ。
604
車体の改造点は特にナイ。
純粋に白い部分だけをスプレーしたのみだ。

意外とマスキングの難易度が高く、チョット苦労した。

白を塗装後、車体を組み立てる。
改造ナシなので、そのまま組めばOKだ。

あっさり組み上がったその車体、いかに「FujiQ」らしさを出すか、考える…
う~ん、字幕しかナイやんけ。(笑)

早速、手持ちのシールを漁りまくる。
「大月」「河口湖」くらいしか流用できそうなのがナイよなぁ~
…で、いろいろ現物合わせしてみた結果、JR201系のシールを使うことに相成った。

種別は…
以前、特急として1200形が走っていたから、「特急」にするか?
イヤ、でも現在の特急は「↓コレ」だしぃ…

605_2
やっぱ「急行」くらいが妥当か、設備的に言っても。
実在しようがしまいが関係ナイ。
車両自体が実在しないのだから。
えぇぢゃナイか。(笑) (←クリックしてみて♪)

赤い「急行」のシールは腐るほどある。関東私鉄のほとんどがそうだったからね。
で、貼ってみた。
606_2
…まぁ、こんなモンだろう♪

かくして、富士Qチックな600形が出来上がった。
いつもBチームの展示会の時に、富士急風ミニレイアウトの中にシレーッと紛れ込ませておいてある。
初めは誰も気が付かないが、しばらくすると「あれっ?」とか「おぉっ!」といった声が出始める。
それでもコチラは「どうかしましたぁ~?」とニヤニヤしながらスットボケる。

そんな立ち位置なのだ、この「Qちゃん」は。
そう、熱烈な京急ファンに背後から毒矢を首筋に吹かれないようにするためにも…(笑)

えぇぢゃナイか、それで。 (←クリックしてみて♪)
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2009年3月19日 (木)

ジオラマ日記 ~「桜のある風景」の巻~

今回はの季節に合った、Bトレ用に作ったミニジオラマの解説を…。
01
今回ご紹介するワンジオ「桜のある風景」は、「特攻野郎Bチーム」の展示会用に作って、Bチームのホームページに掲載したもの。
我々Bチームで「ワンジオ(ワンショット・ジオラマ)」と呼んでいる、小型のジオラマだ。
小さなスペースに、いかに「それらしく」エッセンスを凝縮して再現するかが、腕の見せ所。
カンタンな様でいて、案外難しい…(プランを決めるまでが難しく、制作自体はカンタンだ)

このワンジオは、100円ショップの野球ボールサイズのケースを使用。
02
ベース板のサイズは84mm×84mm。

まず最初に、「この小さなスペースに何を表現しようか」と考えた。
アタマに浮かんだのは…
1.桜の木
2.花見の光景
3.西武線
だった。

当時、まだBトレのラインナップはほんの僅かで、103系から西武線を作って「見せびらかしてやろう」という目論見もあった。(笑)
再現する場所は「東村山~西武園」間をイメージ。(あくまでイメージ)

まずは全景から。
03
一応、表現したいモノはすべて取り込んだ。

では各方向からアップで見てみよう。
04
線路はKATOのユニトラックの端切れを使用。モジュール制作で加工した線路の余ったモノだ。
線路の端っこにはグレーの画用紙を貼って美観度アップ
レールには水性塗料の「ウッドブラウン」を筆塗りしてある。
水性なので臭いも少なく、筆も水で洗えるので、夜間の部屋での作業に非常に役立った。
05
桜の木はウッドランド(KATO)製の樹木に桜色のスポンジ(建築模型用)を接着したもの。
この微妙かつ絶妙な色合いの「ソメイヨシノ」的ピンク色は、現在あまり市販されていないので、入手困難だ。
また手に入れたいのだが…まだ売ってる所あるのかなぁ~?(2011年現在では再発売されたので売っているよん

ブルーシートは青い画用紙を切って表現。
06_2
西武線は、JR103系の車体にGM製キットの西武401系のお顔を接着。
塗装を変えただけでも、結構それっぽく見える。
乗務員扉横の戸袋窓は、黒いシールを貼って表現。

401系は、作った当時は大好評だった。西武線はまだ発売されてなかったのでね
だが、しばらくして製品が出たので「お役御免」となり、このワンジオに鎮座(接着)するコトになった。

では次に、裏側から見てみよう。
07_2
ワンジオに限らず、レイアウトやジオラマ制作のイチバンのコツは「見せ場を作る」コトだ。
全体的にまんべんなく風景を作っても、完成後に見ると味気ないモノに見え、やがて飽きが来る。
なので、1ヶ所だけ「まずココだけは見てくれっ!」的なシーンを作ろう。
この「桜のある風景」の見所は「花見客」にした。
決して「車両」にしてはイケナイ。(これがポイント

人形や物の置き方を工夫しよう。
自分がその場所にいて、「これからそこで何が始まるのか」を考えれば、おのずと人や物の配置が見えてくるから…
08_2
花見客の見せ方も重要だ。
時間の設定は「午前9~10時ごろ」にした。
一般のファミリー(主婦)たちが到着するであろう標準的な時間。

…ただ、それだけでは表現に「オチ」がナイ。(笑)

そこで、「徹夜で場所取り」の若いオニイチャンを登場させてみた。
これで風景に「ストーリー(時間の流れ)」が生まれる。
09
ブルーシートの上で、寒さに耐えながら寝っころがって朝を迎えたオニイチャン。
そこに最初のカップル2人がやって来て、彼を起こさないように、花見用の荷物を置いて準備をはじめる。
10
そしたら、後から「お呼ばれ」されたカップル2人がやって来た…

11
…そんなシナリオだ。

コレを見て、その光景(流れ)をイメージ出来たとしたならば、こんな嬉しいコトはナイ。
私の伝えたかったコトはすべて通じた

これで小さな何気ないジオラマに「訴えかける力」というパワーが備わった
美術品の絵画とかと同じノリだなや。
ぢゃ、この作品って「芸術品」?(笑)

案の定、展示会ではキッズや車両マニアには見向きもされないが、一般のファミリー、特にママ(女性)に高評価をいただく。
…作戦通りだ。(笑)

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まぁ、こんなカンジでジオラマ(レイアウト)を制作されてみてはいかがでしょうか?
まずは小さなスペースで練習しましょう
気楽にスタート出来ますしね~
12

もうひとつの花見のワンジオはこちらをクリック

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2009年3月16日 (月)

Bトレ日記 ~「狸の皮を被ったチーター:西武101系」の巻~

いよいよ西武線シリーズも「黄色い電車」に突入だ。
今回は101系(旧)のバリエーションをご覧いただこう。
101
101系は1969年に西武秩父線対応としてデビューした高性能車。
今までの「へなちょこ赤電」とは比べモノにならないくらいの足回りを持っている。
見た目の可愛いさ(まったりさ)とは裏腹な、超俊足ランナーなのだ。

電車が遅延した場合などに「高加速スイッチ」が投入された時の加速は、まぢハンパない。
これが6M2T編成や8M2T編成だったりすると、立ち客にとっては「恐怖」だ。

制御器が「直列」→「並列」と変化し、時速60Kmくらいだろうか、「弱め界磁」制御に入ってからの加速の伸びが素晴らしく、乗っていてモーター音を聴いてるだけでゾクゾクしたものだった。
今ドキのオタク風に言うと「激萌え♪ハァハァ…」か「ギガント萌ユス☆」あたりだろうか。(笑)
古いロットのモーター音のほうが好きで、電車が動き出した後に、選んで車両を移動したりしてたっけ…。
…そんな高校生だった。当時の私は。(汗)

今でも、最後の力走をしている101系10連急行に乗るとヤヴァイ。特にクモハが。
狭山線で2連+2連の全電動車4両で走ってた運用は、特にヤヴァかった。
加速音と電制の効きの良過ぎさに「メロメロパ~ンチ☆」モノだった。

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さて、本題。
ご紹介するのは101系の登場時の姿「非冷房車」と、冷房化の最初期に試作された「分散冷房車」の2種だ。
102
タネ車は言うまでもナイ、「西武101系」だ。(イチバン左側)
今回は屋根の改造のみの、比較的「お気楽カンタン」バージョンだ。

まずは「非冷房車」から。
103
これは結論から言ってしまえば、前回の「赤電801系」と改造方法はほぼ一緒。
なので、こちらもご参照いただきたい。

加工方法は、屋根板のクーラーとベンチレーターを全て削り取り、パンタなし車両は全体に、パンタ付き車両は下の写真の赤い矢印間に、上から紙を貼ってツルンとした屋根を作成。
屋根をグレーに塗った後、そこにベンチレーター(KATO103系用グロベン)を別途接着するという順番だ。
パンタ部分はいじらずに、オリジナルの成型を生かしている。

サイドビューはこんなカンジ。
104
パンタは最初から2基載っている。
クハ(先頭車)の屋根アップは↓コレ。
105

モハ(奇数車)の屋根アップは↓コレ。
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中央にある変な出っ張り(緑の矢印)は何かというと…
実物にはこの位置に遮断器(ヒューズ)が付いていた。
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なので、手元にあったチップコンデンサーでそれっぽく再現した次第。
ハッキリ言って手抜き作業だ。(笑)

こんな程度で改造は終了だ。
難しいところはナイ。

4連2本作って、8両編成で秩父線レイアウトを走らせたい。
ただし、正丸トンネルに入るときは、窓を全部閉めるように。
(車掌さんにもアナウンスされるけどね~☆)
扇風機の緑色の羽が、スイッチも入れてナイのに勢い良く回りだしてしまうからね…

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お次は「分散冷房車」だ。
108
加工方法は、「クハ」と「パンタ無しモハ」の屋根板のクーラーとベンチレーターを全て削り取り、上から紙を貼ってツルンとした屋根を作成。
ココまでは非冷房車と同じだ。
そこにBトレ「小田急5000形」から切り出した分散クーラーを接着し、屋根全体をグレーでスプレーするという技だ。
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余談だが、ウチの小田急5000形、窓ガラスとクーラーとスカートを西武線に供出されまくり…
ま、その「抜け殻」も、「5200形」として蘇ってはいるが。

パンタ付き車両の屋根は何もいじらないで、そのまま使用する。
ただし、クーラーは銀色ではナイので、他の車両の屋根と同じグレーでスプレーしておこう。

クーラーの切り出しには手間が掛かるが、改造後の視覚的効果はバツグンなので、その苦労は報われるハズ~♪
こちらは4連で西武新宿線や国分寺線を走らせてもイイ感じ♪

今や多摩川線で細々と余生を過ごしている101系、登場時はかなりの「☆スタァ」だったのだよ…!
そう、「に○きの○○ら」のように。(笑)
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2009年3月12日 (木)

旅日記 ~「なのはな、くるり。久留里線」2007春~

がいよいよ近づいて来た

なので、今回は2007年4月1日に「特攻野郎Bチーム」の「たかし」氏と「春のローカル線の旅」に出掛けてきた時のおハナシを。
場所は、千葉県の「木更津(きさらづ)」~「上総亀山(かずさかめやま)」間を走るJR久留里(くるり)

地図で見ると…
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4101
(2018年のグーグルマップより)
房総半島のど真ん中ーーーーーっ

…木更津駅
…久留里駅
…上総亀山駅

東京(とうきょう)」駅から直線距離でそれほど離れていないのに、関東の秘境中の秘境(笑)

まずは、東京駅から総武線快速電車に乗り、「千葉(ちば)」駅へ。
内房線の各駅停車に乗り換え、東京湾沿いに一路木更津へ…

サックリ着いたぞ。

列車を降りて、去り行くお姿を眺める。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4102
おぉ、いぇい

後ろの4両は珍しいラッピング編成だ
オラ、この車両(113系)のラッピングは初めて見たー

余談だが、この車両は東海道線から異動でやって来た子のようだ。
なので、ドアと窓の上に湘南色(緑と橙色)時代の塗分け線がクッキリと残っている。
(このクリームと紺の塗分けは、横須賀色(通称;スカ色)と呼ばれている)

そして、最後のお見送り。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4103
バイバイキ~~~ン

奥の上りホームも113系だ。

113系祭りでイイねぇ~~~~~

木更津駅とお隣の「君津(きみつ)」駅までは、都会の銀色電車(E217系205系)も10~15両編成で東京から直通で走って来る、通勤路線なのだ。
君津から先は、4~8両編成のローカル列車がのんびり走る。

さて、久留里線に乗るには、この木更津駅で乗り換えだ

久留里線は、たった2両のディーゼルカー(気動車)がトコトコ走る、純ローカル線。

東京直通の快速列車とのギャップがすごい。
両列車が同じホームにいると、エラい違いだ。

久留里線のホームに立つ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4104
超~お久ぁ~~~~~

早速、「キハ30」がお出迎え。
ラッキー

今や超貴重な車両で、日本全国でもこの線のみに数両しかいない。
昔はほぼ全国にいたというのに…

首都圏にディーゼルカーというのも貴重なのだが。
JRで東京からイチバン近いのはココかな
あとは「八高(はちこう)」線の「高麗川(こまがわ)」駅から北だ。

先頭は「キハ38」だ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4105
まぁ、懐かしや

これは八高線用に作られたモノで、八高線の南側が電化された今、かなりの貴重品だ。

この2形式とも、意外とこの久留里線塗装が良く似合う。

カッチョエェ

木更津駅構内には久留里線用の引込み線もある。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4106
いろいろ寝ているぅぅぅぅぅ~~~~

ディーゼル機関車の「DE10」等も一緒に停まっていた。
奥に見える赤い車両がDE10で、普段はあまり動かないで昼寝している。

いよいよ発車時間だ。

久々の「キハ」(気動車のこと)でワクワクする。

しかも、通勤形のキハなんて20年近く乗っていないのでは…
(相模線以来か??

終点の上総亀山駅までは、1時間ほどののんびり旅だ。

列車が発車した。

昔、親戚がすぐ近くの久留里線沿いに住んでいて、ここから少し先までは子供の頃よく遊んでいた場所なのだ

懐かしいねぇ~~~~

建物はだいぶ変わってしまったが、街の雰囲気はそのままだ

そこから先は、未知の区間。
人生で2・3度目だと思うけど、小さい頃なので完全に記憶がナイ…
よって、「今回が初めて」と言っても過言では無かろう。

おだやかな春の日を浴びて、ローカル列車はのんびり走る。

途中の駅で、ホームに駅長さんが立っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4107
おぉこりゎっ

タブレット」と言う、信号機代わり(補助)の「通行手形」を交換している。
これも久々に見る光景だ

駅員さんの後ろにいたキッズも興味津々
もう、東京では見られないからねぇ~。

この輪っか状のモノがタブレット。
正確には、駅員さんと運転士さんの指先にある、金属の丸いブロックのことをタブレットと言う。
これが信号機の代わり(補助)の役目を果たす。

これを持っていないと走ってはイケナイ」という決まりがあり、区間ごとにタブレットの中心の穴の形が違っている。
運転士さんが差し出しているのはの穴で、駅員さんが渡そうとしているのがの穴だ。
つまり、ここから先はの穴のタブレットを持った列車しか走ってはイケナイのだ。

単線なので、この先の駅で待っている木更津行きの上り列車には、絶対にのタブレットは渡さない。
この下り列車が先の駅に着いてのタブレットを渡すまでは、絶対に走行禁止

今乗っているキハ38、面白い現象が起こることに気が付いた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4108
カチョーン、プシュー、カチョーン、バン

駅でドアが開くと、閉まる時に左右半分(1枚のドア)ずつ閉まるのだ。

電車みたいに左右同時には閉まらない。
たかし氏と「これぞ半自動ドアだ」と、アホなことを言う。

沿線は房総名物の菜の花が咲き乱れている。黄色い花が鮮やかだ。

のどかなローカル風景の中を列車は行く。
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房総・菜の花と久留里線2007-4109
のんびり~~~~~

平地が少ない房総半島にしては珍しく、畑や田んぼの中を列車は進む。
想像していたほど山中を走るのでもなく、山間の平野部を進んでいるようだ。

しばらく走って、久留里駅に到着。
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房総・菜の花と久留里線2007-4110
ゴメ~~~~~ン、待ったぁ~

対向列車が待っていた。

カメラを構えている人もちらほら。

同じ千葉県の「銚子電鉄」とは違って、女性の姿は少ない。
あちらは、女性達がみんなケータイ持って電車の写真を撮りまくってたんだけどなぁ…
菜の花だけでは女子ウケしないのか…な

それにしてもこの駅、典型的なローカル駅の構造だ。
すごく好ましい

停車時間があったので、ホームに降りて撮影。
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房総・菜の花と久留里線2007-4111
こちらは「キハ37」だ。これも超貴重だ。

全国で5両しか製造されなかった形式で、ここ久留里線に3両と、西日本の加古川(かこがわ)に2両のみ。

前面のHゴム(ガラスを押さえているゴム)が、灰色なのがチト残念。
黒かったらもっとカッコ良かったのに…。

途中の駅で見た桜が見事だったので1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4112
ふしぎーーーーーーーーーっ

1本の木から2色の花が咲いているのは珍しい

かなり美しい……イケてる
イケ花だ。

久留里駅からは山の中に入り、線路もずっと上り坂になる。
終点近くになって、少しだけ山裾を通り抜ける。
信州っぽい風景だ。

トンネルをくぐって、終点の上総亀山駅に到着~
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4113
おつぅ~~~~~

非常にのどかでのんびりした所だ。
東京駅から直線で50Kmほどしか離れていない所とは、とても思えない。

振り返って木更津方面を見ると、こんなカンジ。
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房総・菜の花と久留里線2007-4114
イイねぇ~~~~

線路は3本、ホームは1つの、典型的なローカル駅仕様。
貨物用の側線もあったら最高だ 

奥から駅全体を見てみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4115
イイカンジぃ~~~~~

列車はホームに停まっている。
周囲は菜の花でいっぱいだ

上の写真に写っている奥のポイント部分を、右横から撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4116
奥の菜の花、大爆発ぅーーーっ

久留里線のホントの終着点はコレ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4117
ジ・エンド

線路の「はじっこ」には、何か訴えかけてくるモノがある…

では、駅舎に行こう。

待合室につばめがいた
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房総・菜の花と久留里線2007-4118
国鉄スワローーーーーーーーズ

どうやら巣を作っているようだ。

春だねぇ~

さて、ここから折り返さねばならないが、1時間近く列車が無い。

…っていうか、乗って来た列車が1時間動かないのだ。

なので、近くの「亀山ダム」まで散歩することに。
徒歩で10分ほどだ。

テコテコ歩いていると、すぐに到着ぅ~
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4119
イイねぇ~~~

ダムではボートで釣りをしていたり、湖畔で弁当を食べている人達がちらほら。

この人の少なさが良い。
おおかたの日本人は、今日は公園等で花見で酔っ払っていることだろう。

この湖にも菜の花が咲いていたので、写真を1枚。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4120
ほのぼのぉ~~~~~

さて、そろそろ駅に戻らねば…

駅に行く途中、線路の横から列車と菜の花の写真を撮ってみた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4121
最高のショットだ

駅舎に戻り、折り返しの列車に乗る。
車窓の景色は行きに楽しんだので、帰路はの~んびりと眺める。

途中の久留里駅で下車。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4122
…え、降りるの??

駅の柱にある駅名板の、ひらがなの「くるり」がカワイイ

ここでもタブレット交換。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4123
はいよ~~~~~~

受け取ったタブレットを、今度は対向列車に渡さないとイケナイので、駅員さんは忙しそうだ…。

ホームで撮影していたら、発車する直前に「乗りますかー」と聞かれたので、慌てて笑顔で「乗りませ~ん」とお返事
列車はほどなく、発車した。

対向列車との2ショットだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4124
バイバイキ~~~~ン

左の柱の「タブレット 確認 ○」が渋くてカッチョエェ~~

…さて、ナゼ久留里駅で降りたのか

たかし氏曰く、「ここには小さいながらもがある」とのこと。
なるほど。

それでは、早速見学に行きますかいのぉ~。

小さい街を抜け、しばらくすると「城入口」の看板が。
その看板の矢印の先を見ると急な坂道が延々と…。
一瞬ひるんだが、ここまで来て途中で投げ出すのは「」というもの。

意を決して登り始める。

かなりキツい…。
しかも今日は暑い。

高さにして90mは登っただろうか、そこには小さい城が建っていた。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4125
プラモデルみた~~~~い

この城は、復元したニセモノであった。
なので中には入らず。

本物は、左横に城の土台(盛り土)だけが残っているのみ…とのこと。

まぁ、この城、桜が咲いていたら「ミニ姫路城」くらいの貫禄はあったかもしれない。
…そういう風に見えるように写真撮って、あ・げ・る

さぁ、駅に戻ろう。

坂を下って街に戻る。
途中の井戸(名水とのこと)を試飲したら、あまりのマズさに慌てふためく
他にも数か所あるようだが、この井戸だけはもおう飲めなくなっているっぽい。

飲み込まなくて良かったぁ~。
ふ~ぅ、アブナイ。

久留里駅に戻った。

ここで遅めの昼食に…。

だが、飲食店がほとんどなく、あったとしても営業していない。

…これがローカル線の旅の醍醐味だ。

駅前に1軒だけ開いているお店があった。
ナゼかそこはオシャレな「タイ料理屋」。
その名も「たいこくどう」。

…ここは千葉の超ド田舎だぞ。
しかも、列車が1時間に1本しか来ない所だぞーっ

店に入って「タイカレー定食」を注文する。

グリーンカレーとライス(タイ米)・トムヤムクンスープ・ジュースのセットだ。
(画像をクリックすると拡大するよん)
房総・菜の花と久留里線2007-4126
超絶まいうーーーーーっ

オラ、ビックリ
とても木更津や久留里の味ではナイ。(笑)

マスターがタイ人だけあって、料理は超~美味い。

本物の味だ……なつかしい。

どうやら,、奥さんが久留里の人みたいだ。

…何か納得。

客も地元のイナカ臭丸出しの「老壮男女」だ。(「若」はいない)
横にいたおばぁちゃんと話をしたら「アタシ、生まれてから一度も東京へ行った事がないよ」とのショッキングなセリフが

こんな近距離で東京に行ったことがナイのぉぉぉぉぉx~~~~
木更津の海の目の前に、川崎の街や羽田空港が見えるんだぜぇぇぇぇぇ~~~い

…いやぁ~、世の中にはいろんな人がいるもんだ。

まぁ、暖かくて雪も降らない、魚と野菜に困らない土地にいたら、都会へ行く用事もナイよなぁ~。
ちょっと羨ましいぞ…。

美味しいカレーを食べていたら列車の時間に間に合わなくなったので、わざと1本遅らせる事に…。
駅前にあったお菓子屋さんでシュークリームのようなモノを買い(名前忘れた…)、駅で列車をのんびり待つ。

ごーーーーーーぉぉぉぉぉぉぉぅぅぅぅぅぅ……

時折、飛行機の通過音が辺りに響く。
羽田空港に着陸するひこーきは、運行上すべて木更津を通過しなければならないため、この一帯は意外な数のひこーきが低空で通過して行くのだ。

東京に近い」を、こんな事で実感する。

やっとこさ来た列車に乗り込み、大都会「木更津」まで戻る。
オラもたかし氏も「まったりモード」に入ってしまったので、このまま東京に戻ることにした。

千葉駅で快速列車に乗り換えて、東京駅へ~~~。

東京駅に着いたら、もう日が暮れてしまった。
距離的には近いとはいえ、時間的には意外と遠い。

…やっぱり千葉はまだまだ「イナカ」なのだ。

でもこのイナカ、オラは好きだぞ

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2009年3月 9日 (月)

Bトレ日記 ~「必然の産物:小田急5200形」の巻~

小さい頃から小田急には「華やか」なイメージを持っていた。
5201
西武線沿線に住んでいると、サツマイモのような野暮ったい赤い電車を毎日目にするワケで。(笑)
その吊り掛けの轟音と振動の激しい電車に乗り、猥雑な繁華街「歌舞伎町」に隣接した“仮設(一部木造)”の西武新宿駅へ行く。
国鉄(JR)の大ガードをくぐり、数分歩いた先にある“オシャレなデパート”の1階に行くと…
そこには真っ白な車体に水色の帯がクールに入った、速くて静かなカッコイイ電車たちがたくさんやって来るホームがあった。
特急も超カッコイイのが頻繁にやって来る。(西武新宿線は日曜日に2往復だけ)

同じ新宿駅なのに、このあまりのギャップに子供ながらも「悔しさ」と「羨ましさ」を感じたものだった…。

なので、Bトレで小田急5000形が出た時に、つい買ってしまった。
Nゲージでは手を出さないようにしてたのにぃ…!

で、急行の10連にするには、当時のBトレラインナップでは5000形(4連)+5200形(6連)くらいしか組めなかった。
2600形はまだ主に各停専用だったからね。(4000形は屋根のクーラー配置などが微妙に違うし…)
5200形は5000形の増備車なのだが、窓の形が違うので、改造で作ってみることにした。

…っていうかぁ~。(笑)

西武線のラインナップを増やしていくうちに、小田急5000形の窓を使う必要が生じてきた。
そのたびに窓を捻出され、組み上げるコトが出来なくなってしまった車両たちを、5200形として無駄なく再生するコトにした。
こっちの理由のほうが比率が高い。いわば「必然の産物」なのだ。

では5200形のサイドビューをご覧いただこう。
5202
まぁ、一昔前のフツーの「小田急線」である。(笑)

5000形との併結だとこうなる。
5203
左が5200形、右が5000形だ。
新宿駅などでよく見る1シーンだ。
前6両(左)が箱根湯本行き、後ろ4両(右)が片瀬江ノ島行き。そんなカンジ。(チト古いか?!)
この視点は「分割位置:A」といえば、分かる方には分かるかな。(笑)

では、5000形(↓上)と5200形(↓下)は何が違うのか?
5204
1.編成の両数が違う。(5000形は4両編成・5200形は6両編成(当時))
2.側面の窓が違う。
3.ドアと戸袋窓のガラス押さえが違う。(編成によって違いがあるが)
くらいかな。Bトレ的には。

今回は、窓ガラスを持って行かれてしまったので、イチバン作りやすいタイプ(最終増備車)を選んだ。
つまり、ガラス押さえがHゴムでない「押さえ金」式のものだ。

改造は、結論から言ってしまえば「ただ、透明塩ビ板を窓に貼っただけ~☆」だ。
だが、それだけでぶっきら棒に解説を終わらせてしまっては、後日背後から刺される可能性も無きにしもあらずなので(笑)、補足もキチンとしておこう。
5205
まずは、組み上げる前に、透明な塩ビ板(GM製キットに付属)を側面の窓全部にかかるように貼る。(緑の矢印)
中央窓の縦桟は、銀色のアルミシールを細く切り出して貼った。
次に赤い矢印の所に、本来の窓ガラスのパーツから切り出したものを接着する。
車体&床板固定用のツメをそのまま活かすためだ。
このパーツは割れやすいので、無理に切り取ろうとしないことがポイント。

側面にガラスとパーツを接着し終わったら、「お顔」(前面)と妻板を取り付ける。
これは通常のBトレの組み方と同じだ。

最後に屋根板だが、これだけは接着剤が必要だ。ゴム系ボンドがベターかな…

まぁ、そんな流れで組み立てると、こんなカンジになる。
5206
外観が劇的に変化するワケでなはいので、「出来上がりぃ~~~♪」と喜びにくい。(笑)
だが、小田急の急行列車には欠かせない形式なのだよ、5200形は。うんうん。

この後、気を良くして8000形も作ろうと前面とクーラーのパーツを用意したら、製品が出てしまった。
すべて無駄と徒労に終わる。orz...

今だったら「8000(9000)形から作れるぢゃん!」と、コレ読んで思っている方も大勢いるに違いない。
…確かにそうだ。(笑)
だが、先頭の乗務員扉横の戸袋窓がナイのだ、8000(9000)形には。
5207
左から9000形・5200形・5000形だ。

私みたいに「窓ガラスの捻出」という特殊な理由がナイのであれば、8000形に5000形のお顔付けて、5000形の屋根使って、先頭の戸袋窓部分に黒いシール貼って完成だ、ゴルァ!(笑)
(「悔しさからの開き直り」…とも言う)

まぁ、とにかく、6連で渋沢~新松田間の四十八瀬川の鉄橋を走る急行列車は再現できたのだ。
5208
これはVSEのCMに出てきた鉄橋をモチーフに作ってみた「ワンジオ」(ワンショット・ジオラマ)だ。
特攻野郎Bチーム」の中に作品を載せてあるので、興味ある方は「こちら」をクリック♪

ウチの西武2000系と3000系が増備されない限り、もうこの5200形が増殖することはナイ……ハズ。(汗)

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2009年3月 5日 (木)

海外鉄旅日記 ~「スイスアルプス」1991・その2~

前回「その1」のつづきーっ!

今回は「グリンデルヴァルト」から「ユングフラウ山頂まで」の話題を…

ベルナーオーバーラント鉄道(BOB)」の終点「グリンデルヴァルト」駅で、隣に停車している「ヴェンゲルンアルプ鉄道(WAB)」に乗り換える。

WABの車両は、江ノ電のような深緑&クリームの塗装だ。

これまたシックな色合いだ。
11
…ん?よく考えると、BOB色もWAB色も江ノ電にあるなぁ…。

シックさを求めると、おのずと似てしまうのか、それともパクリ

ちなみに、WABの新車は色が濃い
12
ちょとキツいカンジもするが…

白銀の中では目立つほうがイイのだろう。

列車の側面を見てみよう。
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WengernAlpBahn」は「ヴェンゲルンアルプ鉄道」の意味。

路線の途中にヴェンゲルンアルプという街がある。

この登山鉄道3社、ともにホームの高さは無いに等しい
なので、となりのホーム(乗り場)に行く時は、線路を跨いで移動する。
そのため、線路間の中央にあるラックレール(歯車を受けるギザギザのレール)に足を引っ掛けたり、物が当たってラックの歯が欠けたりしないようにと、ラック周辺が保護板で覆われている。
(一番上と下の写真を参照)

列車は、その時の乗客数によって、臨機応変に増発したりするようだ。
バスや路面電車のような柔軟な運用に感心する。

その場合は、正規の列車のすぐ後を「続行運転」でくっついて行く。
併結はしないようだ。
BOBとJB(後述)と、WABの線路幅は違うらしく、乗り入れはできない。
(前者は1000mm、WABは800mmらしい)

WABは「グリンデルヴァルト」駅と、「ラウターブルンネン(Lauterbrunnen)」駅の2ヶ所から、別々の路線で上り始める。
で、終点の「クライネシャイデック(Kleine Scheidegg)」駅で合流する、「」の字形の路線だ。

大雑把に言えば、BOBの「」字形の両先端の終点が、WABの「」の字の両下端に接続している。
Kleine Scheidegg」は(クライネ)小さな、(シャイデック)境界・分岐点というような意味。
…たぶん。

どちらの路線も、かなりの勾配で山を登る。

…で、ゆっくりと一生懸命に登りきった電車は、山中の何もないクライネシャイデック駅に到着する。
14
余談だが、ラック式レールのポイント部分(写真右側)というのは実にメカメカしいカンジがしてカッチョエェ♪

ここからは、「JB」こと「ユングフラウ鉄道(JungfrauBahn)」に乗り換えて頂上を目指す。
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こちらの車両は、ウッドブラウンクリームという、ワゴン・リの客車(オリエント急行)をイメージさせるような配色だ。

Jungfrau」とは、(ユング)若い、(フラウ)女性、つまり「乙女・処女・聖母」という意味。
まぁ、これは山の名前なので、日本的に言えば「乙女山」とか「聖母山」というカンジなのだろう…。

さぁ、ココからはいよいよ「雪山」の世界に突入だ

緑色の草木も消え、茶褐色の世界になってきた。
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遠くの眼下に、グリンデルヴァルトなどがある緑の地域が見える。

列車は褐色の世界を写真の右上へと登ってゆく。

お、いよいよ雪山が近付いてきた
17
終点は、この写真のもっと右側にはずれた山頂だ。

列車は雪(氷河)の中に突入。

一面が銀世界へと変わった。
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車内の雰囲気も盛り上がってきた。

みんなワクワクしている

雪中の急勾配を列車が滑ることのないように、しっかりと支えてくれている頼もしい「ラックレール君」を撮ってみた。
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レールの真ん中にあるギザギザしたのがそれで、これは「リンゲンバッハ式」ラックレールと言うそうだ。

途中で左側の視界が開けた。
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もうこんなに登ったのか…

先ほどのグリンデルヴァルトなどの地域が眼下に小さく見える。
山の影の大きいこと…日陰と日向の差が激しい。

この少し先で列車はトンネルに入ってしまい、もう表には出ない。

終点もトンネルの中だ。
21
いよいよ終点に到着

ここで全員が下車。

ここから山頂の展望台(室)までエレベーターで上がる。
こんな山のテッペンにエレベーターとは…

で、展望台からの景色はこんなカンジだ。
22
雪、ゆき、ユキ…とにかく「白の世界」。

少しだけ外に出られるようになっているので、チョット出てみた。

…即、凍死

ハンパでない寒さだ。風もかなり強い。
そりゃそうだ、ほぼ富士山の山頂と同じところに秋の服装で来てるんだから…。

さっさと室内に入り、ゆっくりと景色を眺めた。
23
絶景だねぇ~~~

この日は天気も良く、アルプスの山々をハッキリと眺められてラッキーだった。

スイスは本当に美しい国なので、一生に一度は訪れることを強くオススメする。

(おしまい)

おまけ:スイスアルプスについてもっと詳しく知りたい方は、「旅の車窓から」という、すばらしいHPを書かれている方がいらっしゃるので、ぜひご覧ください。

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2009年3月 2日 (月)

海外鉄旅日記 ~「スイスアルプス」1991・その1~

以前書いた「ジュネーヴ」の続編。
アナウンスしたとおり、今回は「アルプス」の話題を…

スイス・アルプスには有名な山がたくさんある。
中でも、鉄道好きにイチバン名が知れているのは「ユングフラウヨッホ(Jungfraujoch)」かもしれない。
この山は、「ベルナーオーバーラント(Berner Oberland)」と呼ばれる地域にあり、なんと山頂(標高3475m:駅は3454m)まで登山鉄道が走っている
日本で言えば、富士山の9合目くらいまで鉄道が走ってるというカンジか…。

この登山鉄道に乗るには、「インターラーケン・オスト(Interlaken Ost)」駅に行かねばならない。
(ドイツ語で、(インター)~の間、(ラーケン)塩水・海・湖、(オスト)東、つまり「湖の間にある街の、東側」という意味)
アクセスは、スイスの都市「ルツェルン(Luzern)」または「ベルン(Bern)」からの2通りがある。

1991年10月に訪れた時は、「ルツェルン」からスイス国鉄でインターラーケンに向かった。
この線は「ブリューニク(Bruenig)」線といい、狭軌の線路(日本の新幹線の線路幅(国際標準の1435mm)よりも狭い)で途中にラックレール式(歯車式のレール)の勾配区間がある、変化に富んだ楽しい路線だ

途中の景色も美しく、例えようがないくらいの絶景ばかりだ。
01

湖に風景が鏡のように映っている。
02_2
波がなければ完璧だったのだが…

列車はなかなかの速度で走っているが、ラックレールの区間に入るときには、10~20Kmくらいの速度に落として、ゆっくりと進入する。
ラックレールの歯と車軸の歯車がキチンと噛み合うようにするためだ。
一度噛み合えば、速度を上げて走っても問題ナイ。

途中の駅にこんな機関車(?)がいた。
03
なかなかぷりちーなカッコをしている。
Bトレイン的にちょうどイイかもしれない…(笑)

インターラーケン・オスト」駅についたら、ここから私鉄の「ベルナーオーバーラント鉄道(BOB)」に乗り換える。
列車の接続時間が数分しかないため、観光客達は大慌て。
我々も切符を買おうとしたが、初めての欧州旅行で言葉もアヤフヤなので、とりあえずそのまま列車に飛び乗ってしまった。
次の列車は1時間後だったので…(あとで車掌に罰金込みの割り増し請求された…

BOB鉄道の車両はこんなカンジ。
04
茶色ベースのシックな色合いだ。

写真の車両は当時の新車。この動力車に客車を4両程度連結して走る。
欧州の列車は、どんな編成にでも必ず1等車(室)が付いているのが特徴だ。
窓上に黄色い帯があれば、それは1等室の表示だ。
(青森で走っているJR東日本のE751系なんて、欧州人から見れば全車1等車に見える

付属の客車はこんなカンジ。
05
BernerOberland-Bahn」は、直訳すれば「(ベルナー)ベルンの、(オーバーラント)高地・山地、(バーン)鉄道」、つまり「ベルン高地鉄道」だ。

インターラーケンから途中の駅まで、2列車併結運転をする。
途中駅で分割。それぞれ別の駅を目指す。

インターラーケン(標高567m)からユングフラウ山頂(3475m)へは、3つの私鉄(登山鉄道)を乗り継がねばならない。
ルートも2通りあり、カンタンに言えば「左側」と「右側」がある。

BOBが途中でY字状に分岐。
それぞれの終点で、次の登山鉄道「WAB」(後述)に接続。
その「WAB」の2路線が、山中の終点(標高2061m)で合流。
そこから山頂の終点まで「JB」(後述)という登山鉄道が走っている。

ま、どっち回りにせよ、乗る鉄道会社は同じというワケ。
ただ、両ルートの途中駅に、それぞれ街があるため、宿泊する宿(街)によって、通るルートを考えなければならない。

我々は、今回泊まる宿がある街「グリンデルヴァルト(Grindelwald)」を通るルートに乗った。
(インターラーケンから見れば「左側」ルートだ)

BOBの車窓の風景は「いかにもスイスアルプス」といった、美しくのどかな雰囲気。
切り立った崖の上から滝が落ちていたり…とイイ感じだ

途中、セスナ機が「ぶ~ん」と1機飛んでいた。
「のどかだねぇ~」と思った瞬間、列車のすぐ真上を爆音とともに何かが通過した。
音からしても、かなり近過ぎるゾ!!

…どうやら、スイス空軍の戦闘機らしかった。
まさか、あのセスナ機に対してスクランブル発進したというのか…?

しかも、戦闘機なんてどこに…?
と景色を見回すと、あるはあるは…軍関係の施設が。

スイスは「永世中立国」。
EUにも加盟していない
だからお金も「ユーロ」ではなく「フラン」のままだ。
つまり、「自国の事は自分達で守る」というコト。

山の中の国なので平地が少ない。だからあらゆるところに穴を掘ったりトンネル作ったりして戦車や飛行機を格納している。
パッと見はキレイな芝生の丘だったりする所が、地下に戦車があったりするワケだ。
平和で極上なまでに美しい景色とは裏腹の「生々しさ」を垣間見てしまい、ちょっとフクザツな心境になってしまった…。

列車はノンビリと勾配を上り、終点の「グリンデルヴァルト」駅(標高1034m)に到着。
06
ここで隣のホームから発車する「WAB」(左の列車)に乗り換えて、すぐに山頂に向かったのだが、先にこの街の景色をご覧いただこう。

山頂の帰りに泊まった宿の、ベランダからの朝の風景はコレだ
07
…どうだい?美しいだろう
作り物のセットぢゃナイよ

ハイジがいてもおかしくナイな。
朝日の中、教会の鐘の音と放牧されてるウシくん達のカウベルの音…

…あぁ、来て良かった…。

朝食を摂りながら、しばしご満悦タイム

この絶景の中央にWABの線路がある。
ちょっとアップで撮ってみた。
08
山頂方面から続行運転で3列車が同時にゆっくり下りてきている。判るかな?

客の動向を見て臨機応変に増発しているみたいだ。
ナイス運用

チェックアウト後、少し街を歩いてみた。
街の中心地は、小さいながらも平地の市街地とあまり変わりは無かった。

で、その途中で撮ったのがコレだ。
09
う~ん、どこを撮っても絵になるなぁ…

写真では縮小しているために、このすばらしさは半分も伝わっていないだろう。
ぜひ一度訪れて、ご自身の目(五感)を使ってこの景色を堪能していただきたい。

あまりに景色がイイので、今日はもうこれでおしまーい。
山頂への続きは次回というコトで~~

「その2」につづくーっ!)

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