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2009年1月

2009年1月29日 (木)

Bトレ日記 ~「カンタンに作れるタキ43000」の巻~

Bトレにはコンテナ以外に貨車がほとんどナイ。(「ワキ」は時代が古過ぎて論外)
今も昔も走っている貨物といえば「コンテナ列車」と「石油タンク列車」だ。

やっぱ、どーしても石油タンク貨車…つまり「タキ」が欲しくなるのが人情というもの。(笑)
ってなワケで作ってみました、それも大型の「タキ43000」を。しかもカンタンに…。
430001
他のブログなどで紹介されているタキ43000(またはタキ1000)の作り方は、Nゲージの同形式車両を切り継ぎ改造したのもだ。
仕上がりは超リアルなのだが、いかんせん、加工が大掛かりで大変だ。
量産するにも手間と気力と技術力が要る。

今回は、初心者でも比較的カンタンに製作できる方法をご紹介しよう。切り継ぎ加工は一切ナシよ♪
(これも初期の頃の作品なので、仕上がりの多少の「お気楽さ」はご諒承いただきたい…)

タネ車はKATO製「タキ1900 日立セメント」仕様車だ。
(写真は「三菱鉱業セメント」仕様車なので、車体標記位置などに若干差がある。ご注意を…)
430002
左が加工後のタキ43000、右が加工前のタキ1900。
Bトレにしては、長さが多少長いものの、「Bトレ版タキ43000」に転用出来そうな車両はコイツしかいないのだ…。

この車両からの改造のポイント(順番)は…
430003
1.中央下部のピンクの★部分のパーツをはずす。(使用しない)
2.車体上部両端のステップ(緑の矢印)をはずす。(使用しない)
3.車体裾のフレーム枠の、赤い矢印どうしの間を切り落とす。
4.車体屋根のハッチ(青い矢印)2個を切り落とし、穴を塞ぐ。
5.屋根の手スリの短縮および片側のハシゴを移設する。
の5項目だ。

では早速オペ開始だ!
まずは車体を分解しよう。
430004
中央下部のカバーのようなパーツをはずし、青い矢印のネジを緩め、はずす。
屋根のステップなどは、はずせるようになった時点で取り外そう。
無理にはずそうとすると壊れるので要注意!

Bトレなので、中に入っているオモリは使用しないではずしておこう。
でないと、機関車が「ボクには引っ張れませ~ん!ムリでーす!」と泣いてしまうだろう…

この時点で、台枠(フレーム枠)の中間部分を切り落とそう。
当然、前後に2分割されるので、組み立て時に向きを間違えないよう、メモや印などをしておこう。

これで上記の1~3までの加工は終了♪ …結構カンタンでしょ?
妻面(連結面)に開いた2個の小さな穴(下の写真の矢印部分)は、連結してしまえば見えないので、そっとそのままにしておこう。(笑)
430005
さて、次からはこの改造のヤマ場の「屋根」部分だ。

屋根のハッチが3個ある。その両端の2個をニッパーやカッターなどを使って削り落とそう。
するとポッカリ穴が開く。でもこれはそのままにしておこう。
穴の周りの、表面のデコボコだけをキレイに削っておくだけでOK♪

次に屋根の手スリの加工だ。
まず、一体成型されている手スリのパーツを左右に分割する。
この時に、手スリが車体に引っかかる(動かない)ようにモールドされている部分(ハッチの部品の下に隠れる部分)を残しておこう。
そうすれば、接着剤を使用しないで組み上げることが出来る。

分割出来たら、申し訳ナイが、手スリを写真のとおりに切って組み合わせて頂きたい。
(現物合わせで加工したので、詳細を忘れてしまったため…)
430006
写真の側の、向かって右側にハシゴが来る向きは、2つのパーツを組み合わせている。
赤い矢印のところが継ぎ目だ。(接着はしていない)
裏側の、左側にハシゴが来る向きのほうは、単純に両端を切り落とすだけでOK。

手スリの加工が済んだら、ここで車体を組み立ててしまおう。
タンク(車体)を組み、手スリを載せ、屋根ハッチを被せ、車体下からネジで留めよう。
台枠(フレーム)は、そのままでは固定できなくなっているので、ゴム系ボンドで車体に接着する。
デッキの向きが前後で反対にならないように注意!
台車取付け部周辺に接着剤が付かないようにも気をつけよう。
接着剤が乾くまでは、台枠が上下左右にブレないように固定して、触らないでおこう…。

台枠が固定できたら、屋根の穴の「ハゲ隠し」(笑)作業に移ろう。
上記の写真の、青い矢印から緑の矢印まで、薄いシールを貼ってしまうのだ。
横幅は、手スリがあった部分の溝が見えない所まで。

シールを貼ったら、シールをツヤ消し黒の塗料で筆塗りしよう。
なぁ~に、ホンモノもこの部分は油で汚くなってるから、気にしない、気にしない♪(笑)
塗り終えるとこんなカンジになる。
430007
右の加工前のタキ1900とは、だいぶ変わったべなぁ~♪

あとは、デッキの手スリとステップを白く塗れば、メリハリが効いてアクセントになるので、余力があったら是非やっておこう!
そして石油会社のシールを貼って、出来上がりぃ~~♪
(車体標記はそのままのほうがキレイに見えるから、いじるのは止めておこう)

これでやっと、貨物ヤードがバラエティ豊かな「自然な状態」になった☆
430008
このタキ43000が8連で特攻野郎Bチームの大モジュールを走る姿は壮観だ。ぜひ一度ご覧あれ

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2009年1月26日 (月)

海外鉄旅日記 ~「南欧の目蒲線?」ポルトガル1996~

南欧のはじっこの美しい国「ポルトガル」。
1996年7月21~23日、私は友人と首都「リスボア(リスボン)」に行った。

そう、前回の「オリエント急行1996」の旅の続きである。
Port01
ここはリスボアの海沿いにある「コメルシオ広場」だ。

ヨーロッパで一番美しい」といわれている。

私がナゼ、このようなハッキリ言ってヨーロッパのド田舎にやって来たかというと…
目的はただひとつ。

ユーラシア大陸最西端の「ロカ岬」に行くためだ。

香港を出発し、ひたすら西をめざして鉄道旅行をしてきた人間にとって、これは当然の事(?)であろう。
…いや、ここまで来たら、もはや「義務」だ。

スペインから列車でポルトガルに入ると、テージョ川のすぐそばにある「リスボア・サンタ・アポローニャ」駅に到着する。
駅は意外と小ぢんまりした造りだ。

欧風レイアウト(ジオラマ)を作る時に、「スペースがないけどヨーロッパ調のターミナル駅を置きたいっ!」と思って作ったら、こうなったって感じだ。
まあ、解りやすく言えば「伊豆急下田駅のヨーロッパ(ドーム屋根)版」かな。

最西端の「ロカ岬」には、サンタ・アポローニャ駅のコメルシオ広場を挟んだ向こう側にある、小さな私鉄風の駅から「電車」に乗って行く。

1996年当時、ヨーロッパはほとんどが「客車」列車で、「電車」はごく一部しかなかった。
貴重な存在だ。

この駅の名前は「CAIS DO SODRE:カイス ド ソドレ」。
ここから終点の「CASCAIS:カスカイス」までは40分ほどの旅。
どうやら、他線とは繋がっていない、単独で運行している1本の路線みたいだ。

この路線、ポルトガル国鉄の路線なのに、至るところに「和風な匂い」がしていて、あまり「ヨーロッパの鉄道」という感じがしない。
日本のどこかの地方私鉄みたいだ。

車輌のデザインも、前面はJRのディーゼルカー「キハ20」、全体的には昔の「営団地下鉄日比谷線3000系」だ。
Port02
外板はステンレスで、窓周りが黄色で裾は紺色の塗装。

日本人にはすんなり馴染むデザインだ。(馴染みやす過ぎる!)
車内はチャチなクロスシートで、冷房なんて高級なものはあるワケがナイ。

こんな車輌達が(確か)5輌(7輌?)でトコトコ走る姿はもう「懐かしの東急目蒲線

しかも、よく見るとアルミ構体の試作車的な車両も1両混じってるではナイか…!
(↓真ん中のポッテリした車両)
Port03
…完全に東急電鉄の世界だ。

5000系(青ガエル)と5200系の混結や、7200系や8000系の試作車体を思い出させる。
こんなユーラシアの西端で、極東(日本)テイストの電車に出会えるとは…(少し郷愁をそそられる)

この路線は他の線とはつながっていないので、こんな感じになったんだろうなぁ…。(買収私鉄路線か?)
ちょっとファンになってしまった私であった

さてこの電車、なんと快速運転をしていて、快速は途中の駅(ちょうど中間位)までノンストップ。
そこから終点まで各駅に停車する。(相鉄や京阪みたいな運転形態だね…)
カイス ド ソドレ駅からは快速と各停が交互に発車。各停は快速の最初の停車駅まで。
終点まで行くので当然「快速」に乗り込んだ。

海の近くをひたすら西へ走るこの線は雰囲気がとても良く、江ノ電っぽくもある。
ちょうど夏休みシーズンということもあって、あちこちの駅でバカンスを楽しむ人達が乗り降りしていた。

ちょうど頃良い時間に、電車は扇風機をプルプルいわせながら、ユーラシア最西端カスカイス駅に到着。
ユーラシア最西端への「鉄旅」の最後を締めくくるにふさわしい路線だった

ここからはバスに乗り「ロカ岬」に行くのだが、わずか数分の差で間に合わず…。
地元のおばさんが親切に教えてくれたところによると、次のバスはなんと1時間半
仕方ない、待つとしよう…。

…ん?そうだ!せっかく水着持って来たんだから、目の前海だし、泳ごう…といって泳いじゃったよ、夏の大西洋
Port04
イメージとしては最高でしょう?でも現実は×
いくら暑くても水温は低いのだ。

よく考えたら北緯38度。仙台や「あの北の国」の軍事境界線と同じ緯度…。
西洋人と東洋人は寒さ・冷たさに対する感覚が違うらしく(後で知ったのだが本当にそうらしい…)みんな平気で泳いでいる。
私も頑張ったのだが、5分もしないうちに「ごめんなさい」モード。

さっさと服を着て、友人と近くのオープンカフェテリアで海を見ながらTea time
こっちのほうが優雅だねぇ~

そして、やっとバスが来たので乗り込んだ。バスは電車と違って近代的。新車だね
イナカ道をトコトコ西へ…。もう地元の人しかいない、完全な生活路線
そこに少しだけロカ岬に行く観光客が乗っている感じ。
ここはあまり訪れる人は少なく、ヨーロッパ人は特に少ないらしい。
でも、リスボアの宿屋のおばあちゃんが「日本人は必ず行くよ」とは言っていたけど…

やがて視界が開け、海が一望できる崖だらけの所にバスはやって来た。
すると目の前に灯台が見える…。どうやら目的地はココみたいだ。

運転士のおじちゃんが、すんごい巻き舌で「ロロロロ~~カ」と大声で教えてくれて、数名が下車。

バスはこの先まだ走って行くらしく、僅かな人を乗せてバイバイキン。 (^O^)/~~~
Port05
やっと到着!最西端

これで香港に始まり、中国・ロシア・北欧・欧州と続いた列車旅の「ゴール」に辿り着いたのであった
Port06
ここの灯台のそばには観光センターがあり、そこでは最西端に来たという証明書を書いてもらうことができる。
当然お願いする事に…。

見事な書体(ドイツの飾り文字みたい)で名前を証明書に入れてもらい、完成(しかも通しナンバーが打ってある)

そして、ユーラシア大陸のホントのはじっこを撮影。
ちなみに、海のはるか向こうはだ。
Port07 
これで我が旅の目的は終了! さぁて、日本に帰るか…

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翌日、リスボアの街を歩いた。

街には路面電車があちこちに走っている。
リスボアは新市街旧市街があり、路面電車は旧市街に多い。

スタンダードな車両はコレだ。
Port08
なかなか愛らしい、ぷりちーなスタイルをしている

たま~に、新車もやって来る。
Port09
こちらは「いかにも最近の欧州車」というカンジだ。

リスボアは坂道が多い

当然、路面電車も坂道を走る。
Port10
建物の隙間がナイ…。

中には、こんな狭い所も走っている。
Port11
信号によって、電車も車も一方通行にして行き来している。

ガケ崩れなどの工事現場の、片側車線交互通行みたいなシステムだ。

この場所を、引いて見るとこんなカンジ。
Port12 
路上駐車の車も電車にぶつからないようにキッチリと停めている。

…あの陽気イイ加減なラテン人が。

ここから写真の少し手前に戻ると…
Port13 
こんなカーブが出現する。

これも引いて見るとこんなカンジ。
Port14
右の店に座って眺めていると、実に面白い。

電車が自分に突っ込んでくるんではナイかと…
下り坂の急カーブ、結構怖くない?乗ってるほうも見てるほうも。

あと、線路もよく見てほしい。
ここは単線ではナイ。複線が重なっている。
ガントレット」というヤツだ。
やはり信号で交互通行をしている。

何気に見つけた「鉄スポット」に満足しながら、さらに街を歩いてみた。
(大昔に、このカーブをTVで見たことがあったのを思い出した)

小さな公園のようなところに来た。
Port15
やはり、「ポルトガル」といえば「タイル画」に尽きる。

街の至るところにこのような壁画(?)が…

高台に出たので、リスボアの旧市街を上から眺めてみた。
Port16
赤茶色の屋根」に、「黄色い壁」と「白い窓」…

これがポルトガルだ。
(…あ、マカオもか。

展望台の横にはレストランがあった。
Port17
こんな景色のイイところで飲むビール(ポートワイン?コーヒー?紅茶?)は最高だろうなぁ…

ポルトガル、のんびり旅行には最高の場所。かなりのオススメだ
またいつか「リスボアの目蒲線」に乗りに行こう…

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2009年1月22日 (木)

Bトレ日記 ~「どっちだって良くなくな~ぃ?…キハ20(52)」の巻~

ナゼかBトレには、メジャーであるこの形式↓がナイ。
2001
「キハ55」などという、今ドキ世代には分からないマイナーな形式を出しているのに…
かつては日本全国にこの系列がいたのだぞ。あの八高線でさえも。

…ってなワケで、超カンタンにではあるが作ってみることにした。

タネ車はKATOのNゲージ「キハ20」。でもボディ(上回り)しか使用しない。
私はASSYパーツでボディだけ入手した。
中古品でもOKであれば、完成品を買ったほうが安いかもしれない…

早速、車体を分割する。
今回は塗装を省略したので、切り継ぎも慎重に行った。
まず、完成品の側面(両サイド)をご覧いただこう。
2002
ご覧のとおり、青い矢印のところで切り継いでいる。
初期の頃なので、「お気楽道」の極みで行った改造のため、継ぎ目のスジがくっきりだ。
かえって判りやすいかもしれない。うんうん。(笑)

切れ味のいいニッパーで一発「パツンッ!」と切って、軽くヤスリがけしてゴム系ボンド(!)で接着。
この時は、なんて横着をしたものだ…。
当たり前というか…、後になって接合面が取れてしまった。orz...
応急処置はしたが、いつかキチンとレストアしよう。

トイレの表現を残すため、敢えて中間の窓を1個だけにしている。
…ナゼかって?
トイレがナイと漏らしちゃう~っ!…ではなく、キハ55とあまり差が無くなってしまうからだ。

で、バラしてみるとこんなカンジだ。
2003
窓ガラスは、オリジナルのパーツをそのまま使用している。
ここがポイント♪(後述)
動力はBトレ用の「通勤電車1」だ。

では車体を上から見てみよう。
2004
青い矢印のところに注目。
窓ガラスのこのツメを残すことによって、屋根をハメコミ式にすることができる。
ツメの位置はオリジナルのキハ20のままだ。

今度は下から…
2005
矢印部分に紙を貼っている。
これは床板(動力装置)にボディを載せた時に、高さが他車と合うようにするためのものだ。
ゴム系ボンドで、高さを調整しながら貼ろう。
もしズレてしまったら、紙を貼り足して調整しよう。
2006
屋根は車体加工後に、長さを合わせて切り継ごう。
そうしないと、長さ合わせに失敗する可能性が大だ。

元々の製品がシンプルな構造なので、Bトレ化改造も至ってカンタンだ。
これでおしまい♪
気合さえあれば量産できる形式だ。時間もそれほど掛からない。
しかも1両当たりの単価も安い…と、言うことナシ!

さぁ、「キハ20が出来たぁ~♪」というコトで、写真を撮ってみた。
2007
イイねぇ~♪イイねぇ~~~♪♪

今度は他形式と併結した写真を…
えーっと、手持ちのキハ58でイイや。
2008
おぉ!大糸線の糸魚川駅っぽいぢゃん!

あれっ?大糸線って「キハ52」だよねぇ…

…そっか、Bトレだと長さが同じになっちゃうから、キハ「20」もキハ「52」も関係なくなるのか!
(実物は搭載エンジンの関係上、キハ52のほうが中間の窓1個分、車長が長い)

というコトで、この車両の形式は「見た人が決めて」くだされ。(笑)
併結相手で柔軟に形式が変化するこの車両、かなり「お得」です♪
アナタも1両いかが? 今度の休みにでも「サクッ」と…

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2009年1月19日 (月)

Bトレ日記 ~「クラスメイトのような存在…営団5000系」の巻~

500001
私は営団東西線の5000系があまり好きではない。(笑)
「内装が暑苦しい」「抵抗器が冬でも熱い」「うるさい」「ドアの開閉が攻撃的」などなど…
クーラーが付いて回生ブレーキ化されて、少しはまともになったものの、やっぱ…ね。

特に、朝の高田馬場→早稲田間なんて地獄だったよ。非冷房だし。
早稲田→神楽坂の下り坂カーブなんて、脱線しそうな音を立てて曲がってたからね。
車体がガタガタ外側に向かって振動してたから…。
学生の自分でも「これはヤバい…」と思ってた。
今思えば、7両編成だったからあんなに混んでたんだなぁ~。

だが、物心付いた時から彼らは走っていた。
そして、学生時代はイヤというほど彼らに乗って通学した。7年間も。
中野~大手町間はもうウンザリ。(笑)

…とはいえ、あまり好きではナイ相手でも、毎日顔を合わせていると馴染みが出てくるというもの。(笑)
強いて言えば、「クラスメイト」みたいな感覚かなぁ…
中央線を再現する上と、私の青春時代を語る上で、欠かせない彼らの存在を称え、Bトレ化することにした。

今回、模型化するのは5000系の中でも異色の存在である「アルミ車」だ。
…ナゼかって? そりゃぁ、“つるん”としてて改造がラクだからさ。(笑)
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ベース車は201系。これはNゲージのGM製キットと同じ手法だ。
ということは、当然「お顔」もGM製201系キットに付属の5000系のパーツを使用する。
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今回の201系と5000系の相違点は…
1.顔が違う(何度も当たり前のことを言うな)
2.戸袋窓の大きさが違う
3.中央窓が連続窓か個別窓かの違い
4.ドア縁の凹みの厚さ(鋼製車体かアルミ車体かの、肉厚の違い)
5.屋根全般
6.車体の色
…と、案外多い。
でも、雨樋の位置や屋根カーブ、ドア窓の大きさ等がイチバンしっくりくるのだ。

さぁ、改造に入ろう。

まず最初に、塗装を落とそう。
これは前回の「西武2000系」にも書いたが、「IPA」(水抜き剤)を使用する。
(ホームセンターなどの車のコーナーで、青いボトルに入って100円程度で売っている)
ただし、青い201系をベースにする場合は、逆に落とさないほうがイイかもしれない。
「IPA」入手が困難な場合は、塗膜が厚くなってしまうけど、そのままでもモウマンタイ(無問題)だ。

塗料が落ちたら、水色の帯を表現するために、側面パーツにだけ「東武ライトブルー」をスプレーしよう。
すると、京葉線や京都・神戸線よりも鮮やかな201系が誕生する♪
500005
塗料が乾いたら、帯の部分だけマスキングして、「アルミシルバー」をスプレーしよう。
この時に、一緒に前面と妻面のパーツも銀色に塗ろう。
乾燥後、マスキングを剥がすと…
500006
これだけでも何となく東西線っぽい。

次に、戸袋窓を下に拡張したように見せよう。
これには黒い塗料を使用する。ツヤ消しよりも半光沢のほうが良い。
窓ガラスのツヤと違和感がナイからだ。

細い面相筆で、一つ一つ丁寧に塗っていこう。
まずは四角く塗って、後で銀色で角の修正を掛けていく方法が素早く出来てラクだ。
戸袋窓の内側下部も黒く塗るのを忘れずに。上から眺めた時に繋がって見えないからね…
先頭車の乗務員扉横の窓だけは、油性マジックで黒く塗ったシールを貼ったほうがカンタンだ♪
乾燥したら、側面パーツに窓ガラスをはめ込もう。
すると、↓こんなカンジになる。
500007
そしたら、今度は中央窓の加工だ。
幅1mmのプラ帯を銀色に塗って、窓の高さと同じ長さに切り、ゴム系ボンドで接着しよう。(下の写真の赤い矢印部分)
すると…
500008
ホラ、もうすっかり5000系だべ!
背景が黒い所(トンネルとか)だと違和感ナイでしょ?

このノリのまま、お顔の化粧も済ませよう♪
銀一色のお顔にライトブルーを筆塗り。
(スプレーでも良いが…マスキングがメンドくさいよ!)
細部の色を入れ、窓ガラスも貼っておこう。
…そうそう、ステッカー類もね。
特に「快速」表示器は、今のうちにガラスの裏から貼っておくべし。
500009
さて、ここからは屋根の加工に入る。
7連の場合は、パンタ付き屋根×4枚、パンタ無し屋根×3枚を用意する。
(Mc+M+M’+M+M’+M+Tc:Mc・Mはパンタ付き、M’・Tcはパンタ無し)
そしたら、パンタ部分だけ残して、屋根の表面(クーラーとベンチレーター)をすべて削ろう。
ニッパーで大まかに切り取って、残りは電動ルーターを使って削ると加工がラクだ。

つるんとなった屋根に、カレンダーなどの上質な薄い紙を貼る。
その前に、屋根のクーラー部分がボッカリ穴開いてるのが気になるねぇ…
もちろん、厚紙でもプラ板でも何でも構わないので、裏当てして紙がヘコまないように補強しておこう。
パンタ部分だけは、紙を貼らずにそのまま使用する。
先頭車Mcは、中盤からパンタが撤去されている。
それを表現する場合は、パンタ取付穴を、紙で貼ってふさいでおこう。
下の写真は、右から「加工前」「削った状態」「紙を貼った状態」だ。
500010
貼り終えたら、ベンチレーターをゴム系ボンドで接着する。
使用したパーツはKATOのASSYパーツ「4270ベンチレーター」。
Bトレにはちょうど良い大きさ&厚みだ。N用のGMパーツだと、デカ過ぎてバランスが悪くなってしまう。
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加工が終了したら、屋根全体をグレーでスプレー。
余談だが、実車の屋根は、アルミ地のままの銀色だ。そこに汚れなどが付いて茶色っぽくなっている。
リアルさを追求するなら、銀をスプレーしてから、上からサビ色でウェザリングしてみてね♪
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さぁ、いよいよ組立だ♪
通常のBトレと同じように組み立てよう。
前面だけゴム系ボンドで接着だ。
台車とパンタを取り付けて、これで完成!
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よく中野~三鷹間を彼らと走ってたっけ…。(あ、西船橋~津田沼間もか。)
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とりあえず「お疲れ様でした」、5000系ちゃん♪
もし同窓会があったら、また会おうね!
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2009年1月15日 (木)

Bトレ日記 ~「なかなか口説き落ちない西武2000系」の巻~

Bトレの既製品で「西武鉄道新2000系」がある。
これもなかなか良く出来ていて、西武線ユーザーとしてはコレクションしておきたい一品だ。
ただ、同じ西武でも「西武新宿線ユーザー」となると、新2000系を見ると併結相手の↓コレも欲しくなってしまう。
200001
…ってなワケで、西武2000系を作ってみた。

最初から改造の難易度が高いのが判っていたので、試作の意味も込めて、今回は2連の「クモハ+クハ」の編成とした。
いきなり6連や8連に手を出してしまって、半ばで挫折するのもイヤだしねぇ…
スゴい美女に声掛けたら、コワいお兄さんに「オレの女に何手ェ出しとんねん!」とボコられるのと同じ心境…かな?(笑)

…さて、本題。

2000系に使用するベース車は、同じ西武の101系。
写真は401系だが、顔が違うだけで車体は同じ。
200002
側面のデザインがかなり違うように見えるが、よく見れば…
1.戸袋窓の有無
2.中央窓が、個別窓か連続窓かの違い
だけなのだ。

西武線は、黄色い電車までは同じ工場(西武所沢工場)で作っていたので、基本的な寸法はほぼ同じなのだ。
だから、西武の車両は、同じ西武の車両から改造するのが違和感がナイ。
NゲージのGMキットの洗脳的刷り込みで「西武2000系は東武8000系から改造する」というイメージが定着しているようだが、実はそうではナイ。
窓の形も全然違うし、乗務員扉の高さもまったく違う。屋根は大改造しなければならないし…と。
だからBトレでも同じコトが言える。
しかもBトレは3扉も4扉も関係ナイ。なんて素晴らしいシステムなんだ。(笑)
というワケで、素直に西武101系を使用した。

肝心の「お顔」はKitchen製のメタルパーツを使用した。
200003
Bチームの仲間がわざわざ工面してくれたモノだ。
「西武4000系作るんだったら、当然2000系も作るよねぇ~♪」と言いながら渡されてしまっては仕方がナイ。(笑)

このパーツの裏側にある出っ張り(矢印の部分)は最初に切り取って、平らに削っておこう。
もちろん、GM製の前面パーツだってOKだ。(東武8000系に付属してた)
メタルなので、この時点でプライマーを塗っておこう。

…あ、車体の塗装も、この時点で落としておいたほうがベター。
ホームセンターの車のコーナーで売っている「IPA」で落とそう。
タッパーにIPAを入れ、そのプールに車体を泳がせる。
あとは1日ほど放置しておこう。
歯ブラシで擦ると、塗料がキレイに剥がれるから。
ブラシで落としたら、すぐに布で拭いておこう。そうしないと、乾いた時に塗料が残ってしまうから…。
IPA入手が困難な場合はそのままでもOK。同じ黄色に塗るからね♪

次に側面の加工に入る。
まずは、先頭車の乗務員扉より前の部分を切り落とす。
前面パーツとピッタリ合うように、まっすぐ削っておこう。
それが済んだら、中央の窓を一つに繋げよう。
200004
左の青い矢印部分を、右の赤い矢印部分のように繋げるのだ。
(作例は新2000系だが、加工方法はまったく同じ)
窓間の縦桟をニッパーで切り、カッターでキレイに仕上げる。

窓の加工が終わったら、ここから最大の難関である「戸袋窓の穴埋め」加工だ。
たかが2両でも16ヶ所もある。これが8両編成だったら…。(64ヶ所!orz...)

プラ板を戸袋窓の大きさに切り、瞬間接着剤で戸袋に接着してゆく。
ここは敢えてはみ出すくらいにタップリ塗ろう。
乾いたら、それがパテ代わりになるからね。
安い瞬間接着剤だとうまくいかないから、必ずあの有名な「黄色いケース」の瞬間接着剤を使おう。
私はそれで一度失敗した…。

接着剤が乾いたら、あとはひたすらサンドペーパーで削ってゆく。
削り過ぎないように、慎重に作業しよう。
時々、接合面に凹みがないかもチェック。あったら接着剤を塗って埋めておこう。
そして乾燥後、また削る…の繰り返し。

いつもなら、「お気楽道」の精神で、戸袋部分にシールを貼って目隠しするのだが、黄色い車体は結構目立つことが判明。
経年変化でみっともなくなってしまうのならば、キチンと埋めておこうと決心した次第。
私だって、やる時ゃやるんだ!……たまにはね。(笑)

戸袋窓埋めが終わったら、新しい中央の窓を用意しよう。
これは「小田急5000形」の窓を使うとカンタンだ。
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窓ガラスの中央部分(矢印部分)だけを切り出そう。
上のボスなどは無加工でOK。なんと、そのまま西武の屋根に嵌るから♪

この時、ニッパーを使うと思わぬところにヒビが入るので、使用を避けるべし。
レザーソーやバンドソーなどの「のこぎり系」で切るのがベター。
無ければカッターでチマチマすじ目を付けて切っていこう。

窓を失った小田急5000形は、窓ガラスを使用せずに透明プラ板を貼って「5200形」にしてしまおう!
そうするとまったく無駄がナイ♪
う~ん、これも、エ・コ・☆

西武の窓ガラスは、まず、中央の窓を切り落とす。
次に、戸袋窓部分のガラスの出っ張りを削り落とそう。
ルーターなどで削ると作業効率が良い。
作業中、他の窓にキズを付けないように注意!

さて、いよいよ車体の塗装だ。
今回は黄色1色(「西武イエロー」)なのでカンタンだ。

前面・側面・妻面のパーツすべてを黄色く塗ったら、次は銀色の色差しだ。
これは筆塗りでもOK。ただし、ドアは手早く丁寧に塗ろう。
前面のステンレス保護板は、GMの西武ステッカーに付属のを使用するとカンタンだ。

次に油性の黒マジックでHゴム部分を塗ってゆく。はみ出やすいから慎重にね!
失敗しても、アルコールで拭けばカンタンに落ちるから。
登場時の灰色Hゴムを表現するなら、塗料で塗るしかない。

お顔の塗装が終わったら、前面にガラスを貼ろう。
厚めの透明ビニール袋を切り出して、ゴム系接着剤で固定する方法がラクだ。
パノラミックウィンドウにはこの方法がイチバン良い。
200006
さぁ、待ちに待ってた「組み立てのお時間」だ♪
側面にガラス類をすべてはめ込み、屋根とはめ合わせる。
屋根は無加工でOK。
作りたい車両に合わせて、グロベンか箱型ベンチレーターかを選んでね。
前面パーツはゴム系接着剤で接着する。
後は時代に合わせて、パンタ・字幕・スカートなどを用意しよう。

…で、組みあがるとこんなカンジだ。
200007
奥の新2000系とはだいぶ雰囲気が違うねぇ~、イイねぇ~♪(笑)

編成で写すとこんなカンジ。
200008
2両でもなかなか絵になる車両だ。
…実物は存在感薄いケドね。(笑)

かくして、「難攻不落」とまで思われた西武2000系が、わずか2両だが完成した。
短いながらも、インパクトは充分あったようで…。満足、満足。
…憧れの女性を、何年もかけて口説き落としたような心境。(笑)
200009
新井薬師前~沼袋間の、中野通りの踏切↑が似合うこと、似合うこと…
(完全に手前味噌の自己満足の世界…)
新宿線ユーザーなら解っていただけると思う。…うん、絶対に。

さて、次は6連か、8連か…

何年後に出来上がるか……な? いや、無理かもしんない。(笑)

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2009年1月12日 (月)

海外鉄旅日記 ~「オリエント急行」1996~

ここのところ、鉄道模型(Nゲージ)界が「オリエント急行」で盛り上がってるので、ちょっと便乗してみることにした。

今回ご紹介するのは、かのNゲージ製品と違い、「VSOE」つまり「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」という列車。
(古い写真をデジカメで撮ったので、画質の悪さはご容赦いただきたい)

かの製品は「NIOE」「ノスタルジィ・イスタンブール・オリエント・エクスプレス」という列車。
客車は同じ会社(ワゴン・リ)製なのだが、所有者と編成および走行区間が異なる。
(欧州では個人で客車を持つことも可能だ)

1996年7月18日、私はユーラシア大陸横断旅行の最中に、フランスの「パリ東」駅に寄った。
香港~ウルムチ~北京~モスクワ~北欧~南欧~ポルトガル~ギリシャ~トルコと、すべて列車での旅だ。
ちょうど「猿岩石」がヒッチハイクで、インド経由で大陸横断していたのと同じ時だった。

パリ東駅の、駅構内の案内板を見ていたら、一ヶ所だけ変わった表示が出ているのを発見した。
Vsoe9601_2
よく見ると「SPECIAL」と「VENICE SIMPLON ORIENT EXPRESS」の文字が…

しかも行き先はイタリアのベネツィア・サンタルチア(ベニス)行き。
ホーム上では、レッドカーペットが敷かれ、クロークを設置したりと、準備作業が始まっている。
一瞬にして、脳裏に1988年の品川駅で遠目に見たオリエント急行の客車がよみがえる。

…まさか、あの客車が来るワケないよなぁ…

そう思いつつも、隣のホームに行って列車が来るのを待ってみた。

しばらくして列車はやって来た。
見慣れたフランスのゲンコツ型の機関車の後ろには、“あの”紺色の客車が…
Vsoe9602_2
8年ぶりに見た本物のオリエント急行だ

…8年ぶりとは言っても、「品川駅臨時ホーム」と「パリ東駅5番線」では雲泥の差だが。

準備の整ったクロークの横を機関車はゆっくりと通過し、停車した。
Vsoe9603_2
早速隣のホームから客車をガン見する。(笑)

こんな機会は一生のうちにそうあるものではナイ。

まずは一般型の紺色の寝台車から。
Vsoe9604_2
う~ん、ツヤが違う。

金色の線もイヤらしくナイ。上品だ。
Vsoe9605_2
エンブレムもカッチョエェ~!

…やっぱ本物は違うね~。
どこぞの寝台特急「北斗星」とは。

途中にバー・食堂・プルマン車が連結されているので、バー車も撮ってみた。
Vsoe9606_2
この2色塗りが私は好きだ。

…決して「上田交通色」とは言わないように。
この中で美女食事をしてみたい……夢のまた夢だな。

あ、さっきクロークに日本人の新婚さんが2人いたなぁ。
新婚旅行でオリエント急行か、なんてうらやましい…。
私もいつか…って、そんな金ナイか。orz...

せっかくの記念にと、同行の友達に写真を撮ってもらう。
Vsoe9607
…これで証拠は残った。

恐る恐る、5番線に行ってみる。
Vsoe9608
…おぉ、なんてセレブな雰囲気なんだ。

近付こうにも、上の写真の通りサンダル履きなので、思いっきり立ち入りNGだ。
当時、欧州ではフォーマルな場所でのジーンズはまだNGのところが多かった。
なので、「チノパンを穿いて行け」との欧州通の友人の言葉に従った。
足首まではOKだったのだが、足元がねぇ…残念。
仕方がナイので、この写真を撮った場所から眺めていた。

まるで昭和30年代の、金持ちを見て憧れているビンボーな子供状態。
三丁目の夕日」っぽいな。ちょうど夕暮れだったしぃ…。
(といっても21時くらいだったと思う。列車が21時40分発だから。夏の欧州は緯度が高いから日没が遅い)

すっかりオリエント急行の魅力にメロメロになりながら、ふと横に目をやると…
Vsoe9609
そこにはリアルなフランスの通勤型客車が停まっていた。

…なんてダサいデザインなんだ。
ってか、正面に窓ナイぢゃん
なんとなく、眼が退化しちゃった深海魚のイメージ。

フランスとは、オシャレなようでいて、実は意外にダサいデザインのモノが多かったりする
」と「」が極端すぎるのだ。
世の日本女性たちよ、フランスのイメージにダマされるな

こうして、人生で二度目の「オリエント急行との遭遇」を満喫した。
果たして、「三度目」はあるのか…?

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2009年1月 5日 (月)

実物日記 ~「京急大師線」2005~

あけましておめでとうございます。

えー、勝手ながら「正月」といえば「初詣」、「初詣」といえば「川崎大師(かわさきだいし)」ということで。
毎年この時期になると「京急大師線に乗りたぁなってまうやろー症候群」が発症してしまうのである。

オラにとって「大師線」と言えば、やはり700形

今やドア上に次駅案内等が表示される1500形も走っているなんて、未だに信じられないものがある…。
実際に1500形に乗っているのにそう思う。

…ってなワケで、2005年10月当時の写真があるので、ご紹介がてら当時を振り返ってみよう。

まずは起点の「京急川崎(けいきゅうかわさき)」駅から。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7001
イイねぇ~~~~

そうそう、コレ、コレ

本線の高架ホームから降りてくると目にする、いつもの風景。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7002
オラは必ず先頭車に乗っていた。

大師駅の出口も前だし、前面の景色を見るもの好きだったし…
この影のコントラスト、個人的には気に入っているぞ

イチバン先頭の座席に座る。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7003
むふふのふ

イチバン前の席を確保すると見える、大師線ユーザーには当たり前過ぎる光景だね

写っている車両も700形ばかり。
イイ時代だった…。

では出発

列車は景気よく走り出すが、すぐに減速~

そして、のそのそとカタツムリ並みの速さで急カーブを曲がる。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7004
ギギギギギギギギ……

隣の「港町(みなとちょう)」駅手前の、多摩川土手横のS字急カーブ。
列車の後ろはすぐ土手だ。

制限速度25Kmというノンビリさで通過するこの地点が、小さい頃からのお気に入りスポット。
このカーブ、どう見ても明治の路面電車時代のままだろ…

さらに進もう。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7005
みどりのてっきょーーーーーーぅ

ココは「港町」~「鈴木町(すずきちょう)」駅間にある鉄橋だ。

中央の後ろにある2個玉(ニコタマ)は、多摩川の歴史ある水門。
手前のダンプ等が停まってる場所は、むかし船溜まり(運河)で、小船がたくさん泊まっていた。
いつの間にか埋め立てられてしまい、左横のセメント工場関係車のヤードになってしまった…。

列車内からココを見ると、鉄橋の所だけ線路が盛り上がっていて、平坦な区間を走る大師線の見所でもある。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7006
…ね、真ん中だけ盛り上がっているでしょ

小さい頃は、ちょっとしたジェットコースター気分にワクワクしたものだ。
今でも鉄橋だけは残っている。
(鉄橋の周辺を歩いた日記はこちらをクリック

余談だが、上の写真は港町駅から南側を撮ったモノで、奥に小さく赤い電車が見える位置が2つ先の川崎大師駅。
その間にある鈴木町駅は存在感が全くナイ…

サクサク進もう
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7007
あぢのもとーーーーーーーっ

大師線と言えば「味の素」。

切っても切れない関係にある。
多摩川土手沿いに延々と続く味の素の工場は圧巻だ。

以前は、海側にある「塩浜操車場(しおはまそうしゃじょう)」(今のJR川崎貨物駅)から味の素の工場まで、深夜に貨物列車が大師線を走っていた。

貨車の積荷は「アミノ酸」で、調味料の原料だ。
車両は「タム5000」と言う、超ぷりちーなちっこいタンク貨車だった。

京急の線路の幅は1435mm(世界標準軌で新幹線と一緒)、貨物は国鉄から乗り入れるから狭軌(1067mm)。
幅が違うので、3線軌条(レールが3本ある。片側は共用)になっていた。

でも下り線だけ
だから、京急の終電後に貨物が走るというワケなのだ。
貨物線は川崎大師駅の川崎寄りで工場内に入っていた。
今でも、その門だけは残っていると思う。

ちなみに、この写真を撮った場所の川崎側にある踏切(鈴木町駅の入口)は、一般人は渡る事が出来ない
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7008
線路の向こうは味の素の敷地内だ。

手前の交差点から鈴木町駅の駅舎に向かうだけでも、私服だと踏切に立っている味の素の警備員に監視される。

それだけ一般人はほとんど乗降しない駅だ。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7009
子供の頃から気軽に近寄れない雰囲気を醸し出していた…

いっそ「味の素」駅にすればイイのに…。
昭和19年までは、まぢで「味の素前(あじのもとまえ)」駅だったそうな

さらに移動。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7010
まっすぐーーーーーーーーぅ

ココは鈴木町駅から2つ目の「東門前(ひがしもんぜん)」駅。
(この線イチバンのメイン駅「川崎大師」を紹介しない日記って…

この駅付近が、いちばんキレイに編成が撮れる。

正月は、一つ手前の「川崎大師」駅が、初詣客で大混雑。
なので、帰りはこの駅から乗ると座って帰れるという裏ワザがある。
川崎大師は両駅の中間にあるので、歩く距離はさほど変わらない。

駅の姿を見てみよう。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7011
良い

東門前駅はレトロ感があふれていて、非常に好ましい。

頭上を通る東京電力の送電線のブッとい鉄柱が、さらにイイ味を出している。

よく見ると、ホーム部分だけ鉄柱の足が外に折れ曲がっているのが判るでしょう…。
ドアが開いたら目の前が鉄柱ぢゃぁ降りられナイしぃ~。

前に行ってみよう。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7012
ナイス屋根っ

シヴ過ぎて何も言うことはナイ。
永久保存版だ。

…しっかし、ココはあの都会的な川崎駅から、たった数キロ(4駅)しか離れていないんだぞ
ヒジョーにローカルだなや。

さらに進んで…
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7013
しうてぇ~~~~~~~ん

大師線の終点「小島新田(こじましんでん)」駅。
(東門前駅から2つ目)

非常に模型化しやすい駅だ…っていうか、模型っぽい駅。

Nゲージの、KATO製対向式ホームと地上駅舎で、速攻カンタンに再現出来る。
2011年現在では、もう1本線路が増えて変わってしまった)

この駅の先は、道路を挟んで広大な川崎貨物駅が横たわっている。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7014
どどーーーーん

右下が小島新田の駅舎で、その正面の小屋(トイレ)と細い道路の先が貨物駅。

列車を1・2本見送って、ヤード内での石油タンク貨車の入れ換えを見ているのも楽しい
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7015
でーでーが来た~~~~

歩道橋の上からよく見えるよん

この駅まで来ると、多摩川の向こう岸は羽田空港で、広大な敷地が良く見える。

駅の改札側からホームを見る。
(写真をクリックすると拡大するよん)
京浜急行大師線2005-7016
のどかぁ~~~~~~

小島新田は非常にローカルな駅だ。
平日の日中は、ほんの数人しか乗降しない時もある。

大昔の京急の空港線「羽田空港(はねだくうこう)」駅と同じ雰囲気を醸し出している。
確かに似ていた…。
(現在の「天空橋(てんくうばし)」駅の内陸側で、細い川(海老取側)の手前にあった)

今や大師線は(旧)1000形の天下。(時折、新しい1500形も入って来るが…)
だが、その1000形ももう長くはナイ。(2011年で引退した)

しかも現在、大師線は地下化工事が始まっていて、「東門前」~「産業道路(さんぎょうどうろ)」駅間は地面をほじくっている状況だ。
あと数年もしたら、これらの景色全てが過去のモノとなるんだろうなぁ…
にわかファンの「さよなら祭り」になる前に、一度訪れて見ることを強くオススメします。

大都会にありながらも京急一のローカル線「大師線」は、今日も工場で一生懸命働く人達を乗せてガンバッています

2011年1月の様子の「リバーサイトハツモーデ川崎大師2011」はこちら
2018年6月の様子の「京急大師線を歩く。その1小島新田駅と川崎貨物駅2018夏」はこちら

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